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神話、狩る者たち(3)

「その、オリカちゃんってどんな女の子なんですか?」


 ある日のアーティフェクタ運用本部――。副指令席に座り、のんびりとコーヒーを飲んでいるヴェクターの姿があった。その傍らには同じようにマグカップを片手に立つアルバの姿もある。

 基本的にアーティフェクタ運用本部というのは対天使、対神作戦を行う場所だ。故に平時には特にする事がない……というのも別段珍しい光景ではない。他の事務処理をしている事もあるが、主要人物は基本的に襲撃に備えこの近辺に居なければならない為ヴェクターもユカリも完全に暇を持て余していた。

 とはいえ最も暇だったのはヴェクターであり、ユカリは先ほどまでレーヴァのパイロットたちに関する報告書を纏めていた。アルバがヴェクターと話があるというのでやってきたのが数十分前……。コーヒーを出しに来たらすっかり話が終わっていたので、彼女もまたその団欒に参加したのである。

 男二人の話題はオリカ・スティングレイについてであった。ユカリもその会話に乗っかる形で質問を投げかける事になる。三人は立場も地位も違ったが、こうしてよく暇なときには雑談する仲であった。


「そうだな……。オリカ君はかなり特殊な子だからね。どう説明したものか」


「存在は知っていましたけど……その役職も不明でしたしね。私が本部に来た時にはもう居たような気がするんですけど」


「ウッフ! そうですねぇ~……。レーヴァテイン運用計画が軌道に乗り、実際に現在の形にまでなったのはまだ三年前の事なんですよ。それ以前にもレーヴァテインプロジェクトというものは既にジェネシス内にあったわけです。オリカ君はまだ運用本部が立ち上がる前からプロジェクトに関わってる大先輩なんですよ」


 “レーヴァテインプロジェクト”……それはジェネシス内部に立ち上がったアーティフェクタを運用する為の計画である。その内容は不明だが、大雑把に言えばレーヴァテインで神を打ち滅ぼす為にジェネシスの設備を整える……という内容だったらしい。それにしたがって運用本部が完成したのが三年前。ユカリが本部配属になったのもその頃だ。


「って、オリカちゃんって何歳でしたっけ?」


「確か……十七歳だったかな?」


「……本部完成以前からって……何歳の時からレーヴァと関わってるんですか、それ?」


「その辺は企業秘密という事で……。ああ、ちなみに彼女は十代前半で既にジェネシスの社員でして。ご家族も全員ジェネシスの関係者なんですよ……ウッフッフ」


 コーヒーに更に砂糖とミルクをタップリ足しながらヴェクターは笑う。既にかき混ぜられているカップの中身はコーヒーなのかなんなのか識別不能だ。二人とも既に見慣れているので何も言わないが、内心その飲み方には異議があった。


「明るくていい子だとは思うんですけどね……。私は……ちょっと苦手ですね」


「おや? 珍しいですねぇ、ユカリ君がそんなことを言うなんて」


「うーん……。なんていうか、やっぱり変わってますよ。他のパイロットの子たちも変わってますけど、彼女はその中でも更に異色っていうか……。なんか、全然子供らしくないんですよね」


 へらへらと笑っていたり、誰にでも人懐こかったり、フレンドリーな態度はいかにも少女らしく見える。しかしその纏っている雰囲気は言動の無邪気さからかけ離れているような気がしていた。そしてユカリのその感情は決して間違いではない。


「彼女は三年前、レーヴァテインの起動実験時の事故でご両親を亡くしている。彼女の両親もレーヴァの関係者だったが、彼女はそれで天涯孤独の身になってしまったんだ。それ以前も彼女は特殊な教育を受けていたが……やはり、変わったのはあの頃からだろうな」


「アルバ、少し喋りすぎじゃないですか?」


「あくまで一人の医者としての見識だよ。いや……大人としての……かな。まあ実際彼女の前では僕らは形無しだけどね」


「そんなにすごいんですか? オリカちゃんって」


「すごいなんてものじゃないよ。彼女はやはり、天才というやつなんだろうね。リイド君を見てもそう感じたが……彼女はよりずば抜けているというか。何とも言葉にしづらいが……。実際に見てみればわかるかもしれないな」


 アルバはそう言葉を濁し、コーヒーを机に置いた。ほぼ同時刻――。ユーテリア内のレストラン、リイドたちが座っていた席から落ちたカップが音を立てて砕け散った。

 オリカは懐から拳銃を取り出すとそれを素早く連射する。窓の外に居た数人の男がそれで倒れるのを確認し、オリカはリイドの手をぎゅっと掴んで言った。


「四人とも私についてきて! さあ、急いで脱出するよ!」


「脱出って……!? なにがどうなって……うわっ!?」


 頭を上げたリイドの傍に外からの銃弾が跳ねる。オリカはリイドを庇いながら反撃し、四人の無事をもう一度確認する。


「説明は後々! ここにいたってしょうがないでしょ? ほら、行くよ!」


 そうしてオリカは四人が座っていたテーブルを片足で蹴り上げ、その足を掴んで盾代わりにして窓を破って外へと飛び出した。飛び散る硝子の破片が煌く中、オリカはテーブルで外に居た黒服の男たちをなぎ払い、男たちが持っていた拳銃を拾ってそれを連射した。


「こっち! ついてきて!!」


「リイド、今はオリカの言うとおりにした方がいいぜ! エアリオ、リイドを頼む!」


「わかった」


「イリアしっかりしろ!? 何パニクってんだよ!?」


「ひ~ん! こんな事になるなんて……! せっかくの休日だったのにーっ」


 エアリオに手を引かれ、リイドはオリカの後に続いていく。まるで映画のワンシーンを切り取ったようなその光景に思わず息をする事さえも忘れてしまいそうだった。二丁の拳銃を自在に操り、踊るように敵を倒していくオリカ……その後姿は頼もしいとしか表現出来ない。

 オリカに誘導され、四人が飛び込んだのは路地裏だった。ここもまだ安全とは言えないが、襲撃者の殆どはオリカが倒してしまったし追跡は今のところなさそうだった。周囲の警戒を怠らないままオリカはリイドへと目を向け、にっこりと微笑む。それが逆に少年にしてみると不気味だった。


「何者なんだ、お前は……? あいつらは一体誰なんだ!? どうしてボクたちを狙う!?」


「私はオリカ・スティングレイ……君の護衛だよ。あいつらがどこの手先なのかは不明。狙う理由はレーヴァのパイロットだから」


 質問にオリカは的確に答える。しかし……本当によく無事だったものだ。相手は武装した大の男が数人……。それをオリカは襲撃を察知しパイロット四名を全員無傷で連れ出しただけではなく、襲撃者ほぼ全員を倒してしまった。こんなに上手く行くものか……? ただ喜べないのは、恐らくリイドの中に疑問が残っているからだろう。

 オリカは拳銃を片方カイトに渡した。エアリオは自分用の銃を持っており、特に襲撃にも慌てず既に冷静さを取り戻している。カイトもただの子供にしては冷静だったが、イリアは酷く取り乱してしまっている。逆にイリアがこんな様子だからこそ、自分はしっかりしなければという心理がカイトに働いているのかもしれない。


「残念だけど、今日の予定は中止したほうがいいよ。このままジェネシス本社に直通のエレベータまで移動して、そのまま本部に行った方がいい。今はまだ私一人で抑えていられるレベルだけど、相手が本腰を入れてきたら全員無事じゃすまない」


「ちょっと、それよりあれどういう事なのよ!? なんであたしたちの命を狙ってくるわけ!?」


「だから、それは皆がレーヴァのパイロットだからだよイリアちゃん。レーヴァのパイロットっていうのは本当に重要な存在なの。貴方たち一人でも殺されればジェネシスは……ううん、この世界は大打撃を受ける事になる。アイリスちゃんがジェネシス本社の病院に入院してるのだって同じ理由だよ」


「アイリス……? あの子には関係ないでしょ!? あんた一体何者なの……!?」


「ちょ……ま、待てイリア! オリカもちょっと待ってくれ、俺たちも混乱してるんだ! 少し段取りを追って説明してくれないか!?」


 二人の間に割って入ったのはやはりカイトだった。カイトの言葉でイリアは引き下がり、オリカも溜息混じりに腕を組んで笑った。リイドは壁に背を預け、彼女の話に耳を傾ける。夜を演出する娯楽の町……。その喧騒は遠く、オリカは闇の中で事件の裏を語り始めるのであった。



神話、狩る者たち(3)



 

「どうも初めまして――。貴方の噂はかねがね聞いていますよ。スヴィア・レンブラム殿……」


 ジェネシス本部、アーティフェクタ専用格納庫。広大な広さを持つその場所にスーツ姿の男の姿が二つ。片方は陽気な笑顔を。片方はぶっきらぼうな鋭い視線を向け、対峙する。

 スヴィアと呼ばれた男は不思議そうに対峙する男を見つめた。正面に立っているのは高級なスーツに身を包んだ若い男だ。出迎えはてっきりヴェクターだとばかり思っていただけに、見ず知らずの男が出てくるのは意外だった。男はそんなスヴィアの疑問を読み取ったかのように、口元に笑みを浮かべて名乗る。


「申し送れました。僕は対神武器研究所の所長、ソルトア・リヴォークです。ま、どうぞ一つ宜しくお願いしますよ」


 ソルトア・リヴォークと名乗った男の笑顔にスヴィアは表情を曇らせる。まるで忘れていた何かを唐突に思い出したかのようだった。二人の間に重苦しい沈黙が続いた。


「そんなに怖い顔をしないで貰いたいですね。同盟軍の英雄、スヴィア・レンブラム……そのお姿を一目拝見したかっただけですから」


「……そうか。では、仕事に関係のない話が続くのであれば私は失礼させてもらう」


 格納庫には二つのアーティフェクタが並んでいた。一つはレーヴァテイン、そしてもう一つはレーヴァテインと全く同じ外見を持つアーティフェクタ……。通称、“ガルヴァテイン”。

 二つの違いといえば基本素体のカラーリング程度だろう。無論細かい差異はあれど、白いか黒いか……その程度の差しか存在しない。アーティフェクタの性能を決定するのは干渉者が構成する機体装甲にあるのだから素体が似ていようが似て居まいが関係などないが、その二機は筆舌に尽くしがたい何かが似通っているように見えた。

 ガルヴァテインを背にポケットに手を突っ込んだままのスヴィアを影から覗く小さな顔が一つ。褐色の少女、エンリルはガルヴァテインの足元に立ったまま二人に近づく様子はない。ソルトアは肩をすくめ、そして男に言った。


「なるほど、彼女が今の貴方の適合者ですか。ガルヴァテイン……。強力なアーティフェクタらしいですね。まあ、貴方の素性を考えればそれもそのはずですが」


「私はわざわざおしゃべりをする為にカリフォルニアくんだりからここまで来たわけではない。悪いが失礼する」


「――ああ、一つ言い忘れていました」


 さっさとその場を去ろうとするスヴィア、その背中にソルトアは言葉を投げかけた。いかにもわざとらしい口調だったがスヴィアが足を止めたのは、それなりに彼を警戒しているからに他ならない。


「リイド・レンブラム……“アダム”の資格を持つ少年はレーヴァの適合者になりました。“レーヴァテインプロジェクト”が動き出すのは時間の問題ですよ」


 張り付くような笑みを浮かべるソルトア。スヴィアは振り返り、鋭く赤く輝く瞳で男を射抜いた。ソルトアの表情から笑顔が消えたのは、二十歳前後の青年とは思えない程の威圧感を覚えたからである。スヴィアはそれ以上何も語らず、黒いコートを翻して去っていく。その後に続き、エンリルは固まったソルトアを追い抜いて走っていった。


「……マスター、彼は……?」


「ああ……。恐らくは、私に対する牽制だろう。だが……気にする必要はない。所詮、あれは“小物”だ」


 不安げにスヴィアの隣を歩くエンリル。背後でソルトアは傍にあったコンテナを蹴っ飛ばしていた。どうやらスヴィアの威圧に屈した自分が許せなかったらしい。プライドの高い男だった。それは……スヴィアも同じ事だったが。


「この分では苦労しているようだな、“彼女”も」


「久しぶりに、ゆっくり話せそうですか?」


「どうかな……。とりあえず、“弟”に会わなければならない。あっちは私を兄だとは思ってくれないだろうが……それでも、大事なものさ。どれだけ離れていても……どれだけ嫌われていても」


 そう微笑むスヴィア。エンリルはそれに小さく笑みを返す。レーヴァテインにも真の覚醒が迫っている。残された時間が少ないのであれば、せめて今出来る事を可能な限りやっておかねばならない。男の足取りは止まらない。スヴィアはそのまま久しぶりに訪れる本部を真っ直ぐに突き進むのであった。




「……レーヴァテインを持つジェネシスは、この世界をも支配する可能性を持った組織なんだよ」


 レーヴァテイン……。アーティフェクタと呼ばれるそれは、神に対抗する事が出来る唯一の兵器である。そしてジェネシスはその力を使いヴァルハラの平和を維持している。だがレーヴァテインはただ平和維持の目的だけに使われているわけではない。

 先日の対アルテミス戦でそうであったように、ジェネシスは外交にそれを利用しているのである。ジェネシスはレーヴァテインを持つが故に外界の人間に対して常に圧力をかける事が出来る。レーヴァテインによって他国を、組織を、助ける事の見返りを求めているのだ。この滅びかけた世界の中、ヴァルハラが異常なまでに高い生活水準を持つのは決して偶然などではない。それは外界から搾取した誰かの些細な幸福の形なのだ。


「故に、レーヴァテインを奪いたい人はこの世界に山ほど存在しているのね。でもレーヴァテインは通常兵器じゃどうにもならない化け物なの。もし皆がレーヴァテインを使えなくしようと思ったらどうする?」


「……。代わりが居ない、貴重なパイロットを狙う……。確かに効率的だね」


 リイドがそう続けるとオリカはウンウンと頷いた。イリアとカイトも大体状況を理解したのだが、しかし何故今なのだろうか? 彼らはこの三年間、本部立ち上げ初期からレーヴァテインに関与しているが、これまで命を狙われるような事は一度もなかった。

 今までとは何かが決定的に違い始めているのだ。そうでなければパイロットの命が狙われるような事もなかっただろう。だがこの襲撃がレーヴァテインを使用不能にすることを目的としているのだとしたら、リイドたちには絶対に逃げ切らねばならない義務がある。


「あたしたちがうやられてしまったら、レーヴァテインが動かせなくなる……」


「そうなったらヴァルハラを守れるやつがいなくなる……ってことか。そうだな、今はそれだけ理解してりゃ問題ねぇ」


「わかってくれた? それじゃあ移動するよ。ちゃんと私についてきてね。死にたくなかったら……だけど」


 オリカが最後に付け加えた言葉にイリアはむっとした様子だったが、今は内輪もめしている場合ではない。オリカに続き、四人は移動を開始した。物陰に隠れながら慎重に移動を繰り返し、無事にユーテリアから脱出すると本部へ直通するエレベータへと乗り込んだ。その間一度も襲撃を受ける事は無く、四人は同時に安堵の表情を浮かべた。

 こうして襲撃から時間が経過してくると、徐々にあれは全て偶然の産物で、全てただの思い違いだったのではないか……そんな気さえしてくる。リイドはちらりとオリカを見やり、それから眉を顰めた。ただでさえ謎なオリカだったが、今回の一件で余計に謎が増えてしまった。

 五人はそのまま本部へ戻り、無事に何とか問題は解決した。危険がなくなるとオリカは銃を収め、相変わらずゆるゆるとした表情のままリイドへ微笑みかけた。せっかくの休日を台無しにされてくだを巻くイリアとそれをなだめるカイト……。二人を背景にリイドはオリカに語りかける。


「……結局、あんたは何者なんだ?」


「ん~……? 正義の味方……?」


 呆れた様子でリイドはオリカへと歩み寄り、その腕を掴み上げた。そう、四人とも無事だったから良かったものの……あれは本当に正真正銘の危機だった。オリカは助けてくれた恩人だ。だが……何かが引っかかる。腑に落ちない。

 そんなリイドにオリカは顔を寄せ、光が渦巻くような不気味な瞳でリイドの瞳を覗き込んだ。二人の間、時間が引き伸ばされたかのような感覚が続いた。折れたのはオリカの方で、両手をリイドの肩にポンと置いて首を横に振った。


「信じてくれなくてもいいよ。それでも私はリイド君を守り続ける。これまでもそうしてきたし、これからもそうする……。たとえリイド君が私の事をどう思っても、それは変わらない」


「…………」


「リイド、オリカは敵じゃないよ」


 そうしてにらみ合う二人の間、ちょこんと割って入るエアリオの姿があった。リイドはエアリオが仲裁してきた事が意外だったのか、目を丸くして引き下がる。


「オリカの事なら、私も少し聞いてる。今回も助けてくれたんだし……。オリカが居なかったら、四人とも死んでいただろうから」


 そのエアリオの判断は正しい。リイドはそれを改めて認識し、背筋がゾクリとするのを感じた。レーヴァテインに乗っていれば無敵の強さを誇るリイドも、生身を襲われてはどうにもならない……。冷や汗を流すリイドに顔を寄せ、オリカはにっこりと笑う。


「だから、私が居た方が便利でしょ? リイド君を守る為なら私、自分の命だって余裕で張れるよ?」


「……それが任務だからか?」


「違うよ。それが私の“愛”を表現する形なの。私は君の為に死ぬ事でしか好意を表現出来ないから――」


 オリカの胡散臭い笑顔を前にリイドは赤面する。愛、愛と連呼する恥ずかしい女が目の前にいるのだから仕方のない事かもしれない。とりあえずオリカを押し返すと振り返り、カイトとイリアに目を向けた。


「ま、全員無事でよかったじゃねえか! 誰も怪我してねえしな!」


「……まぁ、ね。とりあえず……助けてくれてありがとう。えっと……オリカ、さん?」


「オリカでいーよー、イリアちゃん♪」


「そう? なんか年上っぽいけど……まああたしそういうのめんどくさいからそれならそれで行くわ。宜しく、オリカ」


 二人は握手を交わし、笑いあっている。先ほどまでやや険悪なムードだったのは気の所為だったのだろうか? 少年二人は遠い目で二人の友情を眺めていた。

 そうして五人が廊下で立ち話を続けていた時だった。曲がり角を曲がってきた一人の男がリイドの背後で立ち止まる。ゆっくりと振り返るリイド……その視線の先、予想していなかった男の顔があった。

 静かな男性だった。それは彼自身が寡黙であるという事実より、彼が纏っている不思議な雰囲気が原因だと言えるだろう。リイドと同じ、緩くカーブを描いた黒い前髪の合間から除く紅い瞳……。穏やかで、冷静で、全てを見透かすような落ち着きのある光。きちんとした身だしなみ。何もかもが彼の中の静を演出し、落ち着き払った大人の男である事を示していた。


「……? 久しぶりだな、リイド」


「スヴィ――ッ!?」


「スヴィア!!」


 リイドの声を遮り、その名前を大声で叫んだエアリオはリイドを押しのけスヴィアに駆け寄っていく。そのスーツ姿に満面の笑顔で飛びつくと、スヴィアは無表情にエアリオの頭を撫でていた。

 状況が飲み込めないリイドは名前を呼ぼうと開いた口を渋々閉じてから一歩後退し、二人から距離を開く。背後から駆け寄ってきていたイリアとカイトも驚きの表情を浮かべ、二人の様子を遠巻きに眺めていた。


「スヴィア先輩!? なんでここにいるんスか!?」


「……先輩」


 イリアはスヴィアの顔を眺め、それから何も言わずに唇を噛み締めた後、逃げるように走り去って行ってしまった。その後姿を見送りながらリイドは首を傾げる。


「って……? 皆知り合いなの?」


「あ、ああ……。知り合いも何も……」


「久しぶりだなカイト。相変わらずのようで何よりだ。イリアも……相変わらずらしいな」


 腕にしがみ付いているエアリオの髪を指先で梳きながらスヴィアはカイトに歩み寄る。カイトとしては複雑な心境だった。嬉しいような、気まずいような……。しかしやはり嬉しかったのか、照れくさそうな笑顔を浮かべて頷いた。


「先輩も変わらないようで……! 今日はどうしたんスか? 本部に戻ってくるなら先に連絡しといてくれりゃ、歓迎会の一つも開いたのに」


「いや、今日は弟に会いに来ただけだ。あまりヴァルハラには滞在しない予定でな」


「弟って?」


「そこに突っ立っているやつだ」


 カイトの視線がリイドに向けられる。その先に居るリイドは居心地悪そうに視線を逸らし、頬を指先で掻いていた。


「ん……? ってことは、リイドの兄貴が……スヴィア先輩? そういえば、レンブラムって……」


「そうだよ……。さっきからそう言ってるじゃないか……」


 確かに言われてみると似ている。似ているのだが、何と言うか二人は違いすぎて兄弟のようにはみえなかった。きょとんとしているカイトを押しのけ、リイドが前に出る。その二人の表情はとてもではないが兄弟の再会のようには見えなかった。

 二人とも胸に複雑な想いを抱えている所為であろう。ともかくこの奇妙な再会はどちらにしてみても急な展開に違いはなかった。スヴィアはじっとリイドを見下ろし、そして言葉を投げかける。


「レーヴァテインの適合者になったそうだな」


「なんであんたがそれを知ってるんだ……? あんたには関係のない事だろ!」


「それも含め、久しぶりに話さないか。本社内レストランなら、そう時間もとられまい。色々と……積もる話もあるだろう」


「……。別に、いいけどさ……」


 リイドはこの再会に若干の不満があった。しかしだからといってそれを望んでいなかったわけではない。何故ならばリイドにとってスヴィアはやはりかけがえのない兄であり、そして自らが心を許せる数少ない人間だったから。だというのにこの再会に不満を覚える理由とは何か……。

 その理由が目の前で兄にじゃれついているエアリオや。仲間達の過去を知るであろう、兄の存在に対するものであると。少年は理解出来ないから、正体不明の気持ちのもやに首を傾げていた。


「久しぶり、スヴィア」


 もやもやした気持ちのままそっぽを向くスヴィア。そんな彼に手を振ったのはオリカだった。スヴィアは優しく微笑み、それから頷いてみせる。


「変わりないな、オリカ」


「変わりはあったけどね。ううん、これからあるのかな?」


「……そうか。リイドが世話になっているようだな」


「おい、ボクは別にこいつの世話になんかなってないぞ!?」


「そうなのか? まあどちらでも良い……。行くぞ、リイド」


 スヴィアはそれだけ一方的に告げ、さっさと歩いていってしまう。リイドは舌打ちし、笑うオリカを置き去りに兄の背中を追いかけ走り出すのであった。


~しゅつげき! レーヴァテイン劇場~


*お兄ちゃん大好き*


スヴィア「ふう……本編に登場するのは本当に久しぶりだ。2パラでは出番が無かったからな……」


エンリル「……マスター、緊張しているんですか?」


スヴィア「ああ……。久しぶりに会う弟にどんな話をすればいいのか……。最近の若者の好む話題なんて私にはわからないからな……」


エンリル「(あのマスターが緊張するなんて……よっぽどの事なのね……)」


スヴィア「……最近流行っているものか……。ううむ……」


エンリル「マスター、最近はへこデレというものが流行っているみたいです」


スヴィア「へこデレ……? なんだそれは……?」


エンリル「えと……。ツンデレの派生系のようです」


スヴィア「もう新しいのが出たのか? 私の中ではクーデレ当あたりでストップしているが……。派生が乱立しすぎていて追いつかないな」


エンリル「えっと……。普段はツンツン、いざとなるとへこたれるそうです」


スヴィア「…………。それは……ツンへこ……なんじゃないか……?」


エンリル「…………。そうかも、知れません……」


スヴィア「……。昔は何も言わずともお兄ちゃん大好きとどこにでもくっついてきたものだが……リイド……」


エンリル「……あの、リイド・レンブラムがですか?」


スヴィア「昔は可愛かったんだぞ。今も可愛いがな」


エンリル「(マスターが笑ってるなんて……よっぽどのことなのね……)」


スヴィア「よし……今度ヴァルハラに行く時は、ツンへこを土産に持っていくとしよう。ところでツンへこはどこで入手出来るんだろうか……」



~数日後~



オリカ「で……どうして単身潜入したの?」


スヴィア「いや……。お土産を入手しようと思って……」


オリカ「それでどうしてアイリスの病室に夜な夜な忍び込むのかな?」


スヴィア「ツンへこを手に入れる為だ」


オリカ「……はっ?」


スヴィア「リイドが喜びそうな物を私は他に一切思いつかないからな」


オリカ「うーん……。じゃあ私が代わりにお土産を考えてあげるよ」


スヴィア「それは助かる」



~数日後~



スヴィア「久しぶりだな、リイド」


リイド「……スヴィアか。あんたはヴァルハラを出て行ったんだろ? ボクには関係ないね」


エンリル「相変わらず完膚なきまでにツンデレですね……」


スヴィア「今日はお土産があるんだ」


リイド「なんだこの箱……デカッ!?」


スヴィア「開けてみてくれ」


リイド「おい……爆薬とかじゃないだろうな……?」


スヴィア「…………」


エンリル「…………」


リイド「…………」


オリカ「にゃー」


リイド「なんで箱の中にオリカが詰まってるの」


スヴィア「お前が喜ぶかと思って」


リイド「喜ぶわけ、ねーだろがッ!!」


スヴィア「ぐはっ!?」


エンリル「マスター!?」


オリカ「にゃー!」


リイド「お前もうるせぇんだよおおおおっ!!」

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またいつものやつです。
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