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神話、狩る者たち(2)


 曰く、虫になっていた――。

 曰く、異世界に召還されていた――。

 曰く、性別が変わっていた――。

 古来から目が覚めるといきなり現実離れした状況に陥りやすいのは主人公と相場が決まっているわけだけど。目を覚まして真っ先に飛び込んできた誰かの巨大な胸を見てボクは全身の血の気がサっと引いて、表情が青ざめるのを感じた。

 最初はエアリオではないかとも思った。しかしあのエアリオが……あえて明言するが、幼児体型極まりない彼女にこんな巨大なのはついていないはず。となればまったく別の女性になるわけだけれど、ここは別に異世界でもなければボクは虫でもなくて、だからここは間違いなくボクの部屋で。

 だからつまり何が言いたいのかというと、ボクの部屋に忍び込んできたこの人はもうなんていうか異常ってことで。だって昨日ちゃんと寝る前に鍵はかけたわけであって、そもそも何故ボクなのか理解も出来ないし……。


「リイドー……?」


 がちゃりと音を立て、部屋の扉が開いた。ついでにボクの全身の毛穴も開いた。嫌な汗がじっとり出てくるのが判る……。休日の朝なのに意味も無く早起きしたらしいエアリオが抜群のタイミングで部屋に入ってきたに違いない。

 ほぼ身動きが取れないまま首だけを動かし恐る恐る入り口へ目を向ける。エアリオは最初はぬぼーっとした顔で目を擦っていたが、一人で勝手に何かを納得するとやがて何も言わずに去っていった。


「…………。さて、これは……どうしたものかな――――」


 涙が出てきそうだった。一つもセリフ無いまま出て行くってどうなんだよ。色々な意味でさ……。ボク、エアリオにどう思われてるんだろ……。なんかもう……何もかもが一気に嫌になってきた……。

 しかし参った。すぐ目の前、というかもうほぼ接触するような状態で胸が目の前にある以前に、何故かボクは全身を彼女に拘束されていた。腕も足もまるで動かないのは彼女ががっちりとボクの身体をホールドしているからに他ならないわけだが……。めちゃくちゃ柔らかいし、めちゃくちゃあったかいし、すげぇいいにおいがする……。駄目だ、なんかこれはいろいろな意味でヤバい。


「……エッ、エアリオォオオオッ!! ちょ、待って!!!! 助けて! この人知らない人だよっ!!」


「ん?」


 部屋の前で聞き耳でも立てていたのか、エアリオはすぐに部屋に入ってきた。どうせそんなことだろうと思っていたけれど、なんというかこいつは……。もしかして――もしかしなくても性格悪いんじゃないか。

 エアリオはスタスタとベッドの近くまで歩み寄ると、腕を組んで考え始める。何度かうつらうつらしながらもエアリオは懸命に考えていた。しかし一向に状況をどうにか打開してくれる気配はない。


「考えないでもわかるでしょ! 警察を呼ぶかこれを解くかどっちか早くしてよ!」


「お、なるほど……」


「本当に判ってんのか、お前ッ!?」


「もーまーんたーい……っ」


 両手を広げ、何故か気合を入れてエアリオはそう応えた。ちょっと……意味がわからないんですけど。そして結局ベッドにもぞもぞ潜り込んできて寝こけ始めるエアリオ……。ボクは生まれて初めて女の子をぶっ飛ばしたいと思った。

 目の前には巨大な胸。後ろにはエアリオの背中……。全く身動きが取れない。なんか頭が痛くなってきた……。脱出しようともがいてみるが、信じられない程強い力で抱きしめられていて抜け出す事が出来ない。


「というかなんだこの状況は……!? ボクが何をしたっていうんだ!?」


 冷や汗がだらだら出てくる。何で朝からこんな事になっているんだ。ていうかほんとこの人マジで誰だ……!? これ冷静に考えるとかなりこえーよ!


「んゆ……」


「エアリオ……? ちょ、エアリオよだれ! ボクの枕によだれが!!」


「なるほど……」


「お前絶対わかってないだろ!? テキトーに受け答えすんじゃねえよ!!」


「リイドくーん、あっそびましょ~! 友情をふっかめっましょ~!」


 扉が開いて、カイトが笑いながら入ってきた。長めの髪の毛をヘアバンドで留め、腰にじゃらじゃらとなにやらアクセサリをぶら下げたなんか売れないインディーズバンドのボーカルみたいな格好だった。図体がデカイ上に顔も悪くないので似合っているといえば似合っているのだが、扉を開けた姿勢のまま笑顔が固まって身じろぎ一つしないのは気持ち悪い。

 暫くの間見つめあう。なんでこいつがここにいるんだ? こいつ、うちに来た事一度もねえだろ? なんで今? なんで今なんだ? 別に今である必要性ないだろ? なあ、ないだろ?


「カイト……。あのね、これはね……違うんだ」


「リイド……。わかった、お前がそういうつもりなら俺にも考えがある」


「何が……?」


「ふざけんなあああああっ!!! お前はライトノベルの主人公かよっ!!!!」


「ぐほおっ!?」


 思いっきりドロップキックを喰らった。呼吸が出来ないほど痛い。そして隣接しているエアリオもどこの誰だか知らない人にも掠りもしないという命中精度。そのまま強引にベッドから引っ張り落とされ、首根っこを掴み上げられたままぶらぶらと宙を漂う。というかお前はどんな馬鹿力なんだ。


「一応ツッコみつつ救助を試みてみたが、どうだ?」


「蹴りはいらないよっ!! なんで朝から何もしてないのに蹴られなきゃいけないんだよ! あんまりにも理不尽だ! これはあんまりだあ!!」


「そうか……。なんていうか……それはご愁傷様だな……」


「あんたのせいだろうが!? あんたが蹴ったんだよ!? 何を哀れんだような顔してんだよ!? お前だからね蹴ったの! 元凶お前だからね!?」


 疲れる……! バカと付き合ってるとホント疲れる――!そうしてカイトの手を振り解いて床に下りる。カイトは相変わらずニヤニヤしていてなんだかもうソレを見ていたら怒る気力も失せてしまった。しかしカイトが強引に引っぺがしてくれたお陰で脱出には成功した。ベッドを振り返り、巨大な胸のせいで拝めなかった女性の顔を凝視する。腕を組み、それから目を凝らした。


「…………んんんっ?」


「どうした? もしかしてやっぱり知り合いだったのか?」


「…………」


「誰なんだこいつ……? お前の家族か何かか?」


「いや……」


 前々から言っている事だけど、ボクの母親はジェネシス本社に勤務している。で、殆ど本社の社員寮で暮らしているので、ここに帰ってくる事はごくまれだ。だから母親がここにいるはずもない。

 じーっと眺めてみるが、本当に全く誰なのかわからなかった。本格的に不法侵入である。カイトと顔を合わせ、ボクは何も言わずに眉を顰めた。カイトはそれで全てを理解してくれたのか、ボクらは声をそろえて言った。


「「 誰だ、こいつ――? 」」




神話、狩る者たち(2)




「初めまして~! 私の名前はオリカ・スティングレイ……。ジェネシス本社、アーティフェクタ運用本部所属のエージェントですっ!!」


 カイトもエアリオも目を丸くしていた。一階のリビングに移動したボクらは四人まで座る事の出来るテーブルについていた。ボクの隣に不審者が、正面にはカイトとエアリオが目を丸くしたまま座っている。


「いや……リアルに誰だよ……」


 ボクがそう呟くと、不審者は目の中に星を入れたかのようにキラキラと笑顔を輝かせ、立ち上がって両腕を広げて大声で叫んだ。


「オリカちゃんは、リイド君のお嫁さんになる……予定……の、女の子なのですっ!!」


 エアリオがかわいそうな人を見るような目をしていた。カイトは頬杖をついたまま、アホそうな顔で口を軽くあけっぱにしている。そしてボクは……垂れ流される電波に完全についていけず置いてけぼりになっていた。

 まるで会話にならない――ボクがそう頭を悩ませていた時だった。年長者としての責任感からなのか、それとも何か別の感情からなのか……カイトが咳払いし、真剣な顔つきで不審者に詰め寄った。


「あんた、今アーティフェクタ運用本部所属って言ってたよな? ってことは……もしかしてレーヴァの関係者か?」


「もしかしなくてもそうだよ、カイト君。私はアーティフェクタの適合者及び干渉者を監視、護衛するのが任務なの。君たちは知らなかっただろうけど、私はこれまでも君たちを監視してたんだよ」


 驚きの事実にボクもカイトも言葉が出ない。エアリオは……もしかしたらそういう事があると知っていたのかもしれない。大分落ち着いた様子だった。まあ、確かにアーティフェクタ……レーヴァテインのパイロットは貴重な存在だ。その身に危険が無いようにジェネシスが配慮するのは理解出来る。

 だが、問題はそこではないのだ。見た限り彼女はボクらより一つか二つくらい年上にしか見えない。スタイルは良いし背も高いが、大人と呼ぶには無理がある。変な帽子を被ったスーツ姿の少女はにんまりと笑い、ボクらの疑問を自ら解決しようと説明を開始した。


「ジェネシスにも色々あってね。ヴァルハラ全土が安全なわけじゃない。管理出来ているわけじゃない。だから護衛は必要な事なんだよ。大事な大事なパイロットだから……それが居なくなって困るのはジェネシスだからね」


「……ジェネシスってのは子供に危ない事させるのが日常茶飯事なのか」


「リイド君、私の心配してくれるの!? やさしい~! でも心配には及びません! オリカちゃんは皆とは違う人生を生きてきたからね。それにちょっと普通の人とは違うから――暗殺、誘拐、狙撃……あらゆる危機的状況を回避かつ撃退する能力を秘めているのです!」


「そ、そんな物騒なのか……。俺今までそんなの意識した事無かったな。レーヴァテインで天使や神を倒すのは、喜ぶ人は居ても嫌がる人はいないと思ってたし」


「人間の社会はそこまで単純じゃないって事。ヴァルハラも一つの国みたいなものだからね。組織というのは常に磐石、一枚岩というわけには行かないんだよ。そういうドロドロしたトコは皆が知る必要は無いけどね」


 と、説明と呼ぶには余りにも一方的な説明を前置きとしてオリカ・スティングレイは笑った。なんだろう……明らかに不審者だというのに、物凄く馴れ馴れしい所為か……あまり他人という気はしなかった。むしろずっと前から知っていたような気がする。

 そんな不思議な感覚の理由を思考の中で追求しようとしていたというのに、オリカは突然背後から抱きついてきて思い切り思考を遮断してくれた。スキンシップというのは余りにも行き過ぎた行為だ。ほっぺたをすりすりとこすりつけてくるが……ボクはそれから逃れようと必死でもがく。


「さっきの事と言い、お前はなんなんだよ!? なんでそんなにボクにべったりひっつくんだ!?」


「ふっふっふ~……! 説明しよう! オリカちゃんは……リイド君の事が大好きなのであるっ!」


「全く意味がわからない……」


「愛に意味なんかない! 恋に始まりなんてない! リイドく~~~~ん!! 好き好き好き好き好き好き! すりすり……♪ すりすりすりすり……♪」


「ひいいいい!? カイト、助けてくれ!!」


 しかしボクの悲鳴を聞いたカイトは遠い目でエアリオと一緒にお茶を飲んでいた。おいやめろ……俺たちは“こっち側”です的なその態度を止めろ……!


「ああ~もうっ! なんなんだよこれ!! ボクが何をしたっていうんだよお!!」


「あ、そうそう……! リイド君が混乱しないようにってヴェクターからお手紙預かってるんだけど、読む?」


 それを最初から渡してくれと絶叫したくなったがもうそんな体力が残っていなかった。慌てて封筒を乱雑に破くと、中身を一気に引き抜いた。そこにあったのは一枚の手紙……。


『リイド君へ。オリカ君はこれから貴方の家で厄介になる事になりますので、どうぞ宜しく。くれぐれもやりすぎないように』


 なんか……目がショボショボする。変な文章が見えた気がしたので、ボクはもう一度読み直してみた。


『リイド君へ。オリカ君はこれから貴方の家で厄介になる事になりますので、どうぞ宜しく。くれぐれもやりすぎないように』


 駄目だ、なんか……ハウスダストかな? 目がショボショボするんだよね……。なんか……同じ事が書いてあるような気がするんだよね……。

 しかし何度読み直してみても文章は変わらなかった。ボクは無言でそれを何度か折りたたんでから破くと紙切れを片手でつまみ、それをゴミ箱に思いきり叩き込んだ。


「ヴェクタァアアアアッ!! あの野郎、オッサンの分際で……ッ!!!!」


「今日のリイド、なんだかすごく元気」


「俺もそう思うぜ。きっと女の子とイチャイチャしてテンションあがっちゃったんだな」


 ボクは無言で二人の背後に歩み寄り、エアリオの頭とカイトの頭を掴んで激突させた。エアリオは涙目になって頭を押さえてぷるぷるしていたが、カイトは何とも無かったようだ。仕方が無いので自分で座っていた椅子を担ぎ、それでカイトの頭を思い切り殴打した。頭から血を流しながら倒れるカイトを放置し、ボクは振り返る。

 オリカと呼ばれた不審者女は椅子の上に座ったまま、両足をぱたぱたさせて微笑んでいた。なんて邪気の無い目で、悪意の無い口元で笑うんだろう……。この無垢な表情から電波が垂れ流されるのだから本当にたまったもんじゃない……。


「兎に角、あんたは出てってくれ……」


「え!? あれっ!? ヴェクターからのお手紙、読んだよね!?」


「ああ、あの封筒にはゴミが入ってただけだった」


 一人で頷き、オリカの首根っこを掴んでずるずると引き摺っていく。そうして玄関口から外に放り出し、ドアの鍵をかけてチェーンロックもきっちりかけた。扉を叩いて泣いているオリカの情けない声が聞こえたが、何も聞かなかった事にしてボクはリビングに戻った。


「もうー! 家から閉め出すなんて酷いよ!」


「………………なん……だと……?」


 リビングに戻ると、ついさっき外に放り出したオリカの姿があった。さも最初からここに居ましたくらいの感じで……。オリカとカイトはずっとここに居たはずなのに、オリカがいつ戻ってきたのか判らない様子だった。


「ふっふっふ~! リイド君、私のアサシンスキルを甘く見ちゃ駄目だよ! 何度家から追い出されても、私は颯爽と戻ってくるんだよ!!」


「どうやってだよ!? どこからだよ!?」


「それは……火の中水の中草の中……。あの娘のスカートの中……! きゃーっ!」


 頬に両手を当ててクネクネしているオリカ。ボクは何か人知を超えたおぞましいものと関わってしまったらしい――。そうしてまたオリカを玄関から外に放り出したが、ダッシュで戻ってもリビングにオリカは立っていた。それを何度か繰り返し……力尽きたボクは床の上に膝をつき、うなだれる事になった。

 家の中に居たくなくなったボクは、オリカを追い出せないのならば自ら出て行く事を選んだ。ちなみに今日はエアリオ、カイト、イリアと一緒に出かける約束をしていて、冷静に考えてみるとカイトはそれで迎えに来てくれたらしかった。予定よりも大分遅くなってしまったが、ボクらは家を出て歩き出した。オリカの事は努めて忘れ、明るく会話を交わす。


「でもカイト、よく入って来られたね」


「自慢じゃないが、開錠は得意だからな!」


 本当に全く自慢にならない特技を誇らしげに語るカイト。うん、安心する。この安定した馬鹿さっぷりを見ているとボクの精神は安定する……。


「門は勝手に開けるとアラームが鳴る場合があるから飛び越えて、玄関は針金でちょちょいとな」


 何で電子ロックの扉を針金でちょちょいと出来るのかわからなかったがあえてそこは何も考えないようにすることにした。最近、馬鹿と話す時は基本真面目に受け答えしてはいけないという方程式をボクは学んだのである。

 今の時期は比較的温かい事もあり、薄着で出かけるつもりだったのだが、何故か今日は少し冷え込んでいた。それがだからどうというわけでもないのだが、上着を羽織って家を出る時ボクは何か違和感を覚えたのである。そしてその違和感の正体はあっさりとカイトに指摘されることとなった。


「そういやお前、顔の腫れが引いてるな」


「えっ? あ、ほんとだ……?」


 昨日あんなに派手にぶん殴られて顔がものすごいことになっていたのに、今はもう全然痛くないどころか全くの無傷だ。そっか、怪我をしてたらこのサマーセーターだって着る時痛かったはずだ。全く顔を庇わないで行動出来たのが違和感だったんだろうな。

 そしてチラっと振り返ってみる。オリカはボクらから少しだけ離れた場所をつかずはなれずで歩いていた。意識しないと気配を感じないのは、あいつ特有の能力なのだろうか……。ていうか昨日も護衛してたなら顔殴られた時助けに出てこいよ――。


「……まあ、いいんじゃない? 怪我した顔で出歩くよりはさ……」


「そうだな。傷は男の勲章だが……お前の場合、顔に傷があるとせっかくのかわいい顔が台無しだからな」


 無言でカイトの足を踏みつける。カイトは冷や汗を流して悶絶していたが……何級にわけのわからない事を言い出してるんだろうか。ああ……なんか、ちょっとだけイリアの苦労がわかった気がする……。

 そうしてエレベータに向かい、下層フロアである90番プレートを目指す。そこにあるのがアミューズメントプレート、“ユーテリア”だ。ジェネシスが経営するゲームセンター、遊園地、レジャー施設が所狭しと並ぶただ遊ぶ為だけの街だ。所謂巨大アミューズメントパークなわけだが、入場料が存在しないというのが大きい。

 エレベータを降りるとめまぐるしいネオンの輝きがユーテリアを照らし出している。あえて照明を暗くして常に夜のような状態を演出しているこのパークはヴァルハラの中でも数えるほどしかない居住目的を完全に排他した施設だ。故に近場のプレートの人々も休日になればここに集まってくる。ジェネシス社製なので安全性もばっちりだ。

 後がつかえているエレベータを降り、エレベータフロントでイリアの姿を探すと缶ジュースを飲みながらベンチで手を振っている彼女の姿を確認した。家でひと悶着あったせいで大分遅れてしまった。恐る恐る近づくと、イリアは殆ど空になっていた空き缶を握り潰し、立ち上がった。


「遅い! 何やってたのよ、あんたらは!? 時間厳守って事を知らないの!?」


 そうして始まるイリアの説教……。しかしボクは確かに見た。彼女が放り投げたつぶれた缶……そこに“スチール缶”のマークがついていたのを――。

 そんなわけで、ボクらは約束通りユーテリアの町に繰り出す事になった。薄暗い街を照らし出す明るいイルミネーションの数々……。どこを見ても楽しそうな若者や家族連れでにぎわっていた。人ごみは嫌いなのだが、まあ来てしまった以上は仕方ない。エアリオも人ごみが苦手なのか、人をこまめに避けながらボクの後ろにくっついて歩いていた。


「さーて、どうするか……! とりあえず飯か?」


 言われてみるともう昼になりそうだった。ボクも珍しく今日は寝坊してしまったせいか、朝食は食べていない。その提案に飛びついたのは言うまでもなくエアリオで、ファーストフードショップにカイトを引っ張って行ってしまった。


「相変わらず食い意地張ってるわね、エアリオ」


 紅い髪を掻き上げながらイリアは溜息をつく。胸元が派手に露出したその格好は十代後半になったばかりのボクらにはちょっとどうかと思う。黒いチョーカーについた鈴とハイヒールを鳴らしながらボクの前を歩き、それから腕を組んで振り返った。


「そういえばあんた、顔どうしたの? すっかりよくなってるじゃない」


「うーん、それがなんか治ったっぽいんだよね。不思議と」


「えぇ……? まあ、よくなったならいいんけど……。ほら、はぐれるわよ」


 ボクの手を引いて歩いていくイリア。なんだかこの間の一件以来、彼女は時々おせっかいに見えるのはボクの気のせいではないと思う。そしてそれを成すがままにしておいているボク自身も、ある意味おせっかいになってしまったのだろうか。

 それぞれが食事を注文し……エアリオはまたBLTバーガーだった……ボクらは席につく。四人してこうして出かけるのは初めてだったけれど、あまり緊張もしなければ居心地も悪くない。ボクとしては不思議な経験だった。


「そうだ、イリアにも報告しねぇとな! リイドの家の新しい同居人の話を!」


「カイト! もうその話題はいいだろっ!」


 チラっと振り返ると、オリカは後ろの席で一人でケーキにぱくついていた。あれだけ人ごみの中を複雑に移動しているのにまるで見失う気配が無い……。あながちガードマンというのも嘘ではなさそうだ。


「え、なになに……? 興味あるわね、その話」


「だろ? 実は遅刻の言い訳でもある。ついさっきの事なんだけどよ……」


 カイトが笑いながらボクの話を続ける。もう勝手にしろと思ってボクは窓の向こうを眺めた。めまぐるしく行きかう人の笑顔と浮かれた声の嵐。人間と言うのは、笑ってさえいれば……楽しんでさえいれば、悪くないものだと思う。

 誰もがこうしていつでも笑っていられたら、それこそ世界は平和になるのだろうに……。ホットコーヒーを口にしながら苦笑する。そういえばと思い出して、ボクはずっと気になっていた事を尋ねてみる事にした。


「イリアとカイトってさ、ボクとエアリオみたいに同居してるんだよね?」


「そうだぞ?」


「二人って付き合ってるの?」


「ごふっ!!」


 イリアが派手に噴出した紅茶がエアリオの食べかけのBLTバーガーにぶっかかって、エアリオの表情が見る見るヘコんでいく。目をうるうるさせ、唇をきゅっとヘの字に結んだまま、小さく震えながらボクを見ていた。


「えーと……そんな驚く事?」


 仕方ないのでボクは自分のチーズバーガーをエアリオに渡した。満足そうにそれを齧るエアリオの前のテーブルを拭きながらボクは小首をかしげた。


「なななん、な……なぁっ!?」


 目がものすごい勢いで泳いでいるイリア。一体どうしたというのだろうか……。せわしなく動き回った後、顔を真っ赤にして俯いた。


「……ごめん、付き合ってるっていうリアクション? それ」


「違うわよぅっ!! あんた突然何言い出してるのよ!? あたしとカイトが付き合ってるなんてそんな、あるわけないでしょ!」


「そうだぞリイド、それは正直ありえない」


「……。なんでありえないのよ……?」


「だってイリアが俺を好きになるはずがない――って、ちょっと待て!? ナイフはガチでヤバイから! ナイフとフォークはマジで下ろしてくれ! それはコメディじゃ済まないから!!」


 二人を見ていると一体どういう関係なのかわからなくなってくる。カイトをすごい目つきで睨んでいるイリアは、カイトの事がやっぱり嫌いなんだろうか? 思えばいつもカイトは蹴飛ばされている気がする。しかし当の本人はというと――。


『その度にパンツが見えるからそう悪いもんでもねえさ』


 とか爽やかに笑っていた気もする。だとすると、カイトは蹴られて喜んでいるって事になる。単純にカイトが変態なのか? いや、でも普段は仲良さそうだし、同居してるわけだし……。よくわかんないな。


「まぁ、カイトの反応を見ればわかるでしょ……? あ り え な い ……そうだから!」


 あえてそこを強調したイリアは完全にふて腐れて紅茶を飲みながらそっぽ向いてしまった。まあ、何とかオリカの話題からそらす事には成功したようだ。


「結構二人はお似合いだと思ったんだけどな」


「そ、そう? へ、へぇ~……。カイトとあたしがお似合いね……ふうん……? ところでリイド、このフライドチキン食べる?」


「あ、ああ……? ありがとう?」


 急にご機嫌になったイリアはボクにフライドチキンをくれた。意味はわからなかったがとりあえずありがたく頂戴することにした。


「ま、まぁ~確かに、カイトみたいな超馬鹿の面倒を見られるのはあたしみたいなお人良しじゃないと無理よねぇ~!」


「ボクもそう思う」


「リイド、あんたよくわかってるじゃない! すいません店員さーん! デザート注文していいですかー! リイド、何が食べたい!?」


「え、えぇ? じゃあ……期間限定ティラミスアイス……」


 そんなわけでティラミスアイスが届き、食べているとエアリオがよだれを垂らしながらこっちを見ていたので、どうせ貰い物だし半分食べたあとエアリオにあげることにした。エアリオは幸せそうにアイスを食べているが、さっきから一向に会話に参加する気配がない……。本当に食事中は一人の世界だな、こいつ。


「んふふふ~♪ そうよねえ、やっぱりカイトはあたしが居ないとだめよねえ~!」


「いや、そんなことはないんじゃないか? つか、イリアが居ると色々不便な気が……はい、ごめんなさいっ!!」


 レーヴァに乗るようになってから人間の殺意とか敵意みたいなものに対する勘が鋭くなったけれど、イリアは時々そういうのを隠さず放出している。というか……感情の起伏が激しい人だなあ――イリア。


「そういえばリイド、あんたのそのストーカーって後ろの席にいるあの人でしょ?」


「…………。イリア~!! せっかく無視してたのになんで蒸し返すんだよ!」


「いや、無視は可愛そうでしょ……。見なさいよ、一人でケーキ食べてフォーク齧ってるわよ……」


 ちらりと振り返る。オリカはケーキを食べながら退屈そうにしていた。なんか……犬耳でも生えてたらちょうど良さそうな雰囲気だ。ボクが見ている事に直ぐに気づき、オリカはにぱーっと笑いながら手を振っている。ボクは無言で正面を向いた。


「…………あいつは多分人間じゃないんだ。アンドロイドかなんかだ」


「ねえちょっとカイト……。リイドがなんかおかしいんだけど……」


「色々……疲れてるんだよ。ほっといてやれよ……」


 頭を抱え、ボクはテーブルに突っ伏した。どうして皆で楽しく出かけるだけのはずがこんな事に……そう一人で思い悩んでいた時だった。何となく顔を上げると、ボクらの席の隣に急にオリカが立っていた。そうして突然――ボクとエアリオの頭を掴み、強引にテーブルへと叩き付けた。


「いってぇッ!?」


 何!? なんで急にキレちゃったの……!? と、疑問を口にするよりも早く、窓が割れる音がした。聞こえてきたのは銃声だった。オリカはボクの手を引き、テーブルの下に無理矢理押し込むと同じようにカイトやイリア、エアリオを隣に押し込んできた。


「な、なんだ!? 何がどうなった!?」


「落ち着きなさいリイド! こういう時は人という字を掌に書いて飲むのよ!」


「…………。落ち着くべきなのはイリアのほうじゃないか?」


 エアリオがボソっと呟く。オリカは頭の上に乗っかった帽子を片手で押さえながらスーツの内側に忍ばせてあった拳銃を抜く。それが本物である事にぎょっとするボクを置き去りに、彼女はにっこりと笑った。


「大丈夫、君たちは私が守ってみせるから。さあ、私の言う事をちゃんと聞いて。君たちをきっと、ここから生かして脱出させてあげるからね――」


 ぽかーんと、口を開けたまま唖然の様相……。ボクら四人がついていけていない状況の中、立ち上がったオリカは窓の外に向かって連続で発砲した。引き金を引く度に悲鳴が響き渡り、店内の客が逃げ出していく慌しい音が聞こえる。オリカの放った銃弾の薬莢が床の上に落ち、カツンと音を立てて跳ねる。ボクは……ボクたちは……。どうやらとんでもない事に巻き込まれてしまったらしかった――。


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またいつものやつです。
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