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嘘、囁いて(3)


「……またやってるよ」


 屋上へ向かう階段の踊り場にイリアと数人の生徒の姿があった。またも何やら言い争っているようだが……。イリアはやはり集団行動が苦手なタイプなのだろうか? 確かに誰にも彼にも突っかかって行きそうな印象はある。

 足を止め、その様子を下から眺めた。そういえば、彼女はついこの間も同じように他の生徒から詰め寄られていた……。その時は自分には関係ないと無視したし、今も実際に関係ないのは変わらないんだけど……。


「……どうしたの?」


 相変わらず朝は異常に眠そうなエアリオがとぼとぼ戻ってくる。教室についた途端居眠りを始めるであろうエアリオの貴重な睡眠時間をここで奪ってやるのも可愛そうだ。授業はまじめに受けなさいと言いたい所だけど、ボクは彼女の保護者でもなんでもないんだし……そんな事を言える立場にない。片手をひらひらと振ってボクはエアリオに振り返った。


「ちょっとね……。エアリオは先に行ってもいいけど」


「……? イリア……どうかしたの?」


 しかしエアリオはひょっこりと顔を覗かせ、イリアを見上げる。それからそそくさとボクのところまで戻ってきた。ボクとエアリオは一緒に物陰から顔だけ出してイリアの様子を覗う。昨日はあんなコテンパンにされたのだ、少しくらい弱みを握っておくのも悪くないだろう。協調性がどうだと人に説教する割には自分が出来てないじゃないか。これがバレたらまたそれはそれで煩そうだけど、何もしてなくても煩いんだから別に変わらないか……。ゆっくりと踊り場の声が聴こえるように階段に近づき、隠れながら耳を澄ませる。どうやら言い争いをしている……というよりは、むしろイリアが一方的に責め立てられているらしい。何かヘマでもやらかしたのか……狂犬説払拭か? そう考えた時だった。


「おい……いい加減に教えろよ! 本当にカイトがやったのか、あの事件!?」


心臓が少しだけ高鳴った。

あの事件、というのは紛れも無くボクがクレイオスを倒した事件だろう。 あれ以外に該当する事件は他にプレートシティで起きていない。

他のプレートはどうなのかしらないが81、82番プレートは今まで平和そのものだったのだ。 これは間違いないだろう。


「イリアがレーヴァテインとかいうロボットに関係してるってのはもうみんな知ってるんだよ! 教えろよ……! あのロボットに乗ってたのはカイトなのか!?」


「だから、それは何度も言ってるけど言えないんだってば!」


「言えないで済むことじゃねえだろ! あのロボットのせいで俺らの家は壊されるわアイリスは入院するわ、とんでもない事になったんだぞ……!?」


「だからっ! そんなことあたしに言われても困るってば!」


「いつまでシラを切ってるつもりなんだよ!? どうしちまったんだよ、イリア……! お前らがそんな……!」


 エアリオは無表情のまま一部始終を眺め続けている。しかし……ボクは黙っている事が出来なくなった。さも親しげな関係であるかのように悠々と歩き出し、イリアの肩を叩いて告げる。


「――イリア先輩、おはようございます」


 全員が一斉にこちらを向いた。ボクはその視線に対し、笑みを返し続けた。イリアはかなり面を食らったのか、目を丸くしてボクの友好的過ぎる態度を凝視している。何も言われなくても考えている事は判るが、こんなのは演技に決まっているので特にリアクションはとらなかった。


「そろそろホームルーム、始まっちゃいますよ? 先輩も早く教室に入った方がいいんじゃないですか」


「リイド、なんであんたこんなところに……」


「……おい。誰だか知らないけどな、お前は関係ないんだから向こうにいってろ」


 何やら厳つい少年――多分上級生だな――が、肩に掴みかかってきた。それを振りほどく事はしない。そんな事するまでもない。ボクは溜息混じりにゆっくりと口を開く。


「どういう事情があるのか知らないけど、男が寄ってたかって女の子一人に詰め寄って――そういうのみっともないですよ、先輩?」


「お前には関係ないだろ」


「どう関係ないんですか? そっちこそ関係ないでしょう? あのロボットに関する事は喋れないってイリアも言ってるじゃないですか」


「待ってリイド、あのね……これは――!」


「ああもう面倒くさい……っ! ボクですよ、ボク! ボクがあのロボット――レーヴァテインに乗って、あの日敵をやっつけたんですよ!」


 全員の目の色が変わった。ぎろりとまるで親の仇でも睨むような視線が降り注いだ。そんな中、イリアはボクを庇うように掴みかかってきた男子の手を振り解き前に出る。しかしもう全員目が据わってしまっている。余程ボクに恨みでもあるのか……。家が壊されたくらいでみみっちい連中だ。


「てめぇ! よくもノコノコと!!」


「やめてくださいよ……。馬鹿なんじゃないですか、あんたたち?」


「なんだと!?」


「だからあ、ボクがレーヴァのパイロットなんですよ……? あははははっ! なんでわかんないんですか? 少しはそのカラッポの脳味噌を働かせて考えてみて下さいよォ!!」


 イリアを押しのけて前に出る。少年たちは首をかしげ、疑問を露にしていた。その眼前に人差し指を突き出し、笑ってみせる。


「あのねえ……? 次の神に襲われた時、あんたたちを助けてやるかどうかはボクにかかってるんですよ? それどころか、あんたたちを“うっかり踏み潰してしまうかもしれない可能性”だって、ボクは秘めてるんです。そんな相手にいいんですか? 殴りかかっていいんですか? 別にいいですよ、どうぞお好きに! でもボクは執念深いですからね……顔は覚えましたよ? 全員潰すのにレーヴァなら一分も必要ないでしょうね――――!」


 明らかに全員の顔色が変わった。そう、こいつらただの民間人とレーヴァのパイロットであるボクとの間には天と地程の差があるんだ。戦闘中に何があって、どんな事になろうとジェネシスがボクの味方……。権力の後ろ盾があるのだ。“特別”な存在であるボクを前に、守られるだけのこいつらは跪いて然るべきじゃないか。


「ぐっ……!? このっ!!」


「止めなさいッ!! リイドもやめて! 機密情報を漏らすことは契約違反よ!!」


 まさかイリアの口から契約違反なんて言葉を聴くことになるとは思わなかった。だがその言葉は逆に相手にボクがパイロットであることを信じさせる裏づけとなるはずだ。そこまで考えていなかったらしいイリアはボクの手を引き、階段を早足で駆け下りていく。案の定連中はもうボクらを追いかけてくる事は無かった。

 階段をどこまで降りるのか、途中でエアリオを追い越してしまう。そのままエアリオはぼーっとボクが拉致られていくのを黙って見送っていた……。一階まで降りて出入り口付近までボクを連れ出すと、唐突に振り返りイリアは盛大に溜息をついた。


「あのねえ……余計な事しないでくれる?」


「なんですか、その言い方は……? せっかくあんたが絡まれてるから助けてやろうと思ったのに」


 何で逆に困ったみたいな顔をされなくちゃいけないんだ? そもそもこの間の事件でイリアは別に関係ないだろう。そりゃ、やられてビル薙ぎ倒したりしてたけどさ。確かに出撃はイカロスで行っていたものの、町の破壊には相当気をつけていたように見えた。派手にぶっ壊したのは十中八九ボクだろう。

 そもそも神をやっつけたのはボクなのにその手柄が何故かイリアたちのものになっているというのもなんか気に入らない。イリアを助けたというのは、実際の所おまけ程度の結果だ。ボクは両手をズボンのポケットに突っ込み、イリアを睨み返した。


「誰が助けてなんて頼んだのよ! それにあんた、あたしが強いの知ってるでしょ?」


 確かに言われてみればあんな連中イリアならコテンパンにするのになんら手間取らないだろう。確かにそういう意味では余計なお世話だったかもしれない。


「でも寄ってたかって女の子に詰め寄るなんて下種な事するね。あんな連中死んでしまえばいいのに」


「滅多な事を言うんじゃないわよ……。彼らだって家や友達を失って悲しいの。そうしたのはあんたの“流転の弓矢ユウフラテス”でしょう」


「でもクレイオスがあのまま生きていたら被害はもっと拡大したはずだ。力の無い人間のことまであれこれ構ってやる必要なんてないよ。ボクらは強い力を持っていてソレを行使して人類を救ってやってるんだから。何もしないくせに犠牲者ぶってぎゃあぎゃあ喚いてる連中なんて踏み潰してしまえばいいんだ」


「あんた――それ本気で言ってるの?」


 イリアの表情と声のトーンが変わった。どうやら怒らせてしまったらしい。カイトが居なければ、所詮ボクらの関係なんてこんなものだ。価値観が相容れないのだから、仲良く出来るはずもない。


「本気ですよ、偉く本気です。言っておきますけどね、ボクは間違った事は言ってませんよ」


 にらみ合いになる。せっかく助けてやろうと思ったのに何でこんな風になってしまうのか……。まあ別に元々こいつのためなんかじゃない。ボクはボクが正しいと思った事をやるだけ、それ以上もそれ以下もない。

 第一そんな風に甘ったれたことを言っているから、あんなことになったんじゃないか。貴重なたった一機しかない兵器と掃いて捨てるほど居る下らない人間と、どっちが貴重でどっちが正しいのかそんなのは明白なはずなのに。


「あんたはそれでいいかもしれないけど、他の人は――」


 その時だった――。シティ全体に巨大な警報音が鳴り響く。それはあの時聞いたものと同じであり、そしていつも通りカタパルトエレベータの封鎖が始まる。しかし今回の警報は即時避難のような緊迫したものではない。学校はこのまま続行されるし、ただ宇宙に連中の影を察知したというだけの知らせだ。

 今までもボクらはこの警報を聞いてもなんら現実味を持たずただ授業を続けていた。でも今は違う……。これは確実に敵の襲来を示しているのだ。そして選ばれた人間であるボクらレーヴァのパイロットにとって戦いの始まりを意味している。


「説教ならもう沢山ですよ。安心してください、次からはあんたが困ってても助けないようにしますから」


「あのね、そうじゃなくて……!」


「そんなことより早く行きましょう。あんたたちの言う大事な大事な一般市民の命を守りたいんだったらね」


 イリアはまだ何か言いたげだったが、その言葉をぐっと堪えて振り返った。やはり彼女にとって一般市民の安全はかなり尊いものなのだろう。あんな連中いくら死んだって仕方ないと思うけど。自ら生きる努力も思考もしない、戦うこともしないくせに戦った人間を責めるなんて具の骨頂だ。

 何はともあれイリアとはやはり今後も肌が合わないと思った。ボクらは何から何まで違いすぎる。まあいいさ、どうせ友達や仲間なんて関係じゃないんだ。あくまで社員なら社員らしく、ビジネスということで割り切ればいい。これからはこっちも余計な事は控えるようにしよう。こいつが目の前で死のうが足掻こうが……知った事ではない。

 大空を見上げてその先に居る敵を見据える。そうさ、ボクは間違ってなんかいない。ボクはボクのためにレーヴァに乗る。そして仕事なら人間を守ってやってもいい。だってボクは選ばれた人間で、英雄なんだから。それくらい選ぶ権利はあるさ。そう、力を持つ人間が決定する権利を持つ……。無力である事は――罪以外の何物でもない。


「行くわよリイド。どっちにせよあんたは必要になるんだから」


「わかってますよ。エアリオと合流してジェネシスに向かいましょう」


 こうしてボクの二度目の闘いが始まろうとしていた。振り返り、校舎を眺めて笑う。大丈夫、安心して勉強して待っていればいいさ。役に立つのかどうかも判らない、ただ続く日常に浸っていればいい。ボクは違う。ボクは特別な人生を生きていくんだ。


「――お前らは、ボクが守ってやるよ」


 風が吹き抜ける中、ボクは笑みを浮かべる。イリアはそんなボクの横顔を何も言わず、何の感情も表情に出さず、黙ってじっと見つめていた――。




嘘、囁いて(3)




「――――ッ!?」


 強烈な重力付加がコックピットを襲っていた――。

 制服姿のままレーヴァに乗り込んだリイドとエアリオにかかるその負荷は本来ならば生身の人間に耐えられるようなものではない。地面に這い蹲れと行動を強制するかのような強烈な重力の中、リイドは必死で面を上げる。

 初めてのカタパルトエレベータの全力稼動……。それはリイドの日常には存在し得なかった感覚だ。故に一瞬の驚きが浮かび、そしてそれらはより自らが特別な世界へと足を踏み入れた実感へと変わっていった。

 心境が落ち着き、リイドが体勢を整えればレーヴァもまた正常な状態へと戻っていく。実際に過負荷は変わらないのだが、少なくともコックピット内部はリイドに対しては平静であるように感じられるだろう。何もかもが思い通り……。巨大な力を得た実感に少年は笑みを浮かべる。


「はは、すごいなレーヴァは……。本当にボクの思い通りだ」


「当然の事……。特に適合者を守るのはレーヴァの最優先事項」


 後方でコンソールを操作しながらエアリオが答える。リイド自身がレーヴァをコントロールできなければその負荷はエアリオにも降りかかる。重力制御はその最たるもので、リイドがそれを克服できなければエアリオもまたその被害の巻き添えになる。カイトは既に重力制御は完璧故に彼女は久々の加重を味わったわけだが、それを瞬時に克服するリイドの才能に若干の感動すら覚えているところだった。やはりどう考えてもリイド・レンブラムのレーヴァテインに対する適応力は異常だ。エアリオは静かに呼吸を整え、眼を瞑る。


「……もうすぐ宇宙」


「まだエレベータの中なのに?」


「合図と同時に飛んで」


 見上げる塔の遥か彼方、突き抜けた宇宙の果てが迫ってくる。それは尋常な速度ではなく、合図など必要ないほどほんの一瞬で訪れた。


「今」


「――っくう!?」


 全力で飛翔するマルドゥーク……。巨大な翼を広げ、飛び立つと同時にヴァルハラの最上部から宇宙に向かって放り投げだされる。エレベータはいわば投擲機。その勢いをつけたまま、宇宙に向かって羽ばたくレーヴァを支援するものだ。

 音速で宇宙に向かって飛んでいくその速度はおよそ地球上に存在するあらゆる物体よりも早く、一瞬で大気の層を越え暗闇へと向かう。それはまるで落ちているかのようだった。蒼い星から真っすぐに墜落していく流星――。暗闇の中へと沈んでいくかのよう。羽ばたき、減速する。そうして頭上に果てしなく広がる宇宙を眺め、リイドは目を輝かせた。


「すごい……!」


 機械の両手を広げてもまるで届きそうに無い星たち。果てしなく広がる宇宙は、リイドにとっていずれ到達したいと願っていた場所でもあった。その夢がこんなに容易に叶えられたのだから、感動は一入だろう。


「一生無理だと思ってた……。でも、こいつなら……。レーヴァならこんな――日帰りみたいな感覚で来られるんだ」


 ここから地上に戻るのに三十分も必要ない……。その事実が少年を興奮させる。自分自身の手に入れた力の凄まじさ、その自分に対する有効性が背筋をゾクゾクさせた。弱者をねじ伏せる力。夢を叶える力。それは巨大な力……。何もかも、世界の全てを変えていく“力”――。


「今が作戦行動中であることを忘れないで。無重力空間での行動は可能?」


「余裕だね。無重力ってのがどんなもんだかは知らないけど、動かすのに支障はないよ」


 重力下と無重力下とでは人間の行動には果てしない違いがあるのだが、重力下ですらマルドゥークの能力により慣性を無視した動きをしていたせいなのか、それとも本人の宇宙への才能なのか、その場所に慣れたエアリオの目から見てもリイドはその状況を物ともしていなかった。

 羽ばたき、飛翔する……。ブースターが搭載されているわけでもないのにマルドゥークは優雅に宇宙を飛翔する。まるで自由を謳歌するかのように、巨人は少年の踊る心に反応して何度も回転しながらふわりと暗闇を舞い続ける。


『その様子では全然余裕そうですねえ、リイド君』


 コックピット内部に声が響き渡る。無論それは本部からの通信であり、声の主はヴェクターである。少々その素っ頓狂な声にうんざりしながらリイドは応えた。


「余裕ですよ。ちなみにその余裕のお陰で宇宙に感動していたところなんですが、あなたのお陰で台無しです」


『ウッフッフ、それは失敬。ですがそれは後でゆっくりやってください。今は頭上の天使を何とかしましょう』


 “頭上”を見上げるレーヴァテイン。その視線の先には宇宙の闇の中を蠢く白い翼の影があった。無数に存在するそれらは徐々にレーヴァテインへと近づいている。闘うべき敵……。“神”の下僕たる“天使”が群れを成していた。


「分かってますよ……。エアリオ、“流転の弓矢ユウフラテス”を出してくれ」


「了解」


 フォゾンが収束し、マルドゥークの手の平の中で巨大な弓矢が創造される。そうして現れた弓を構え、頭上を見上げリイドは目を丸くした。


「……なんだこれ」


 天使、というのは“敵”の中でも下級の存在、小型の存在を指し示している。それらは単体では上級存在である“神”には遠く及ばない。レーヴァであれば腕の一薙ぎで肉片へと変化させられるだろう。通常兵器ですらこれらにはある程度有効だ。ではそれら天使と呼ばれる下級存在は人類にとって脅威と呼ぶに値しないのか……? その答えは、NOである。

 頭上に果てしなく広がる蠢く群体……。それら一つ一つが全て天使であり、その数は当たり前のように数百という桁で存在している。天使は単体で出現しない。必ず大挙として訪れる群体レギオンなのである。故に人類にとって脅威なのは、出現頻度の低い神よりも当たり前のようにいくら倒しても沸いてくるこれら天使であると言えるだろう。

 流転の弓矢を放つ……。それは当然のように一撃で数十体の天使を凍てつかせ粉々に砕く。しかしその勢いは衰えない。うじゃうじゃと、倒した刹那には次の天使の群れが氷結した仲間を追い越してくるのである。近づいてくるにつれ、その膨大な数が実感出来るようになり、リイドは冷や汗を流した。


「おいエアリオ! いつもこんなウジャウジャいるのか!?」


「そう。今日は少ないくらい」


「ウソだろ!?」


「必要性のないウソはつかない」


「……わかったよ、全く!」


 高速で飛来する天使群。それらと距離を一定に保ちながらマルドゥークは宇宙を逃げ回る。大挙として押し寄せる天使に対し格闘戦闘を挑むのはマルドゥークでは不利と判断したリイドの機転だった。

 それはともかく、全力で飛行しているはずなのに一向に天使を引き離す事が出来ないのはマルドゥークが重いからだとリイドはまだ気づかない。マルドゥークは重装甲のレーヴァテインだ。故に機動速度はさして早くはなく、イカロスのそれに比べると数段劣っている。

 格闘に対する適正も低く、今のリイドではこの群体に対処することは難しい。むしろ先日のクレイオス戦で見せた格闘適正、速度のほうが異常であり、今のマルドゥークは本来の性能に戻っていると言えた。あまりの大軍にそこまで頭が回らないリイドは逃げ回りながら何度も流転の弓矢を放ち、徐々にその数を減らしていく。


「しかしキリがないな……っ!! エアリオ、何かもっと都合のいい武器とかないのか!?」


「ないわけでもないけど、流転の弓矢で十分対応出来る」


「つまり出す気はないってことか……。非協力的なパートナーだな、全く――!」


 笑いながら振り返る。口ではそんなことを言いながら、リイドはもうその解決策を講じていた。手を翳し、空中に無数の矢を創造するとそれを束ねて弓を引く。


「要は使い方って言いたいんだろ!」


 ギリギリまで引き絞られた矢は広い範囲に拡散し、押し寄せてきていた大挙とした天使の群体を薙ぎ払った。闇に瞬く蒼い光の連鎖……。同じ要領で逃げ回りながら何度も矢を束ね撃ち、天使をあっと言う間に掃討していく。その映像を本部で眺めていたヴェクターは腕を組んで嬉しそうに笑った。


「なるほど。どうせ矢は作り放題なんですから一発ずつ撃ってやる義理もないと……。カイト君では思いつかないやり方ですねえ」


「それに、いきなりあんなに宇宙で動き回れるなんて……。正直驚異的です」


 モニタリングしていたオペレーターのユカリも複雑そうな表情を浮かべていた。本来ここまで出来るどころか訓練もなしにレーヴァテインを動かせるだけでも驚き……。いや、そもそも適正があるだけでも珍しいのだ。こんな常識はずれな展開が続いてはあまりに都合が良すぎて諸手を上げて喜ぶ事さえも躊躇してしまう。しかしヴェクターはそんなことは気にもかけない。彼は彼なりにその全てに理由付けをしていたし、天使を倒せるのであれば文字通り“なんでもよかった”。


「武器もさっきから流転の弓矢ユウフラテスしか使っていないのに……。本当に彼はすごいですね……」


「まさに救世主ですねえ~! カイト君が復活するまでは彼に頑張ってもらわなくちゃいけないんですし、喜ばしい事ですよ」


「……でも、その“反動”も必ずどこかで来るはずです。あれはそういうものですから」


「ま、それもなんとかなるでしょう? そのためのエアリオなんですからね」


 マルドゥークは弓矢を捨て、数が減った天使の中に突っ込んでいく。腕を振り回し、蹴り飛ばし、大量の肉片を生産しながら漂う血の雨の中を突き抜けていく。吼えるレーヴァテイン……。それは頭のいい戦法とは呼べないものだった。あのまま安全に戦えばそれでいいというのに。それでもリイドは笑ってあえてその手段を取るのだ。自分の持つ力を誇示するように、両手を振り回して強さをアピールするように……。


「――でも、危ういです。とても……」


 インカムから聴こえてくる少年の笑い声を遠ざけるように、ユカリはそれをテーブルの上に置いた。返り血を闇の中に大量に浮かべ、レーヴァテインは既に消化試合と化した戦いを続けている。


「彼は自分の為だけに戦って居るように思えてなりません。そんな子に強大すぎる力を預けたらどうなるか……」


「仕方ないでしょう、子供じゃないと適正が発生しないんですから」


「子供にそれをやらせる時点で割り切ってはいます。ただ、あのままでは危険すぎる――というだけの話です」


「そうですねえ……。ま、一応配慮はしておきますよ。しかし彼は上からアレコレ指示を出すと反発するタイプでしょうしね。色々と段取りと言うものは必要です。いいじゃないですか、今は……。気持ち良く闘ってくれている間は――ね」


 ユカリにはヴェクターが話を真面目に聞いてくれているとは思えなかった。しかし何も言わなかったのは、彼もまた新しい玩具を見つけた子供のように目を輝かせてマルドゥークの戦いを眺めていたからだろう。

 彼女が認める認めないは関係ないのだ。それは事実、英雄と呼ぶに相応しい人材の登場だったのだから。リイド・レンブラムはレーヴァテインのパイロットとして図抜けた性能の持ち主……。彼の存在は今のジェネシスにとって必要不可欠。結果がそうなのだから、それ以上も以下もない。


「マルドゥーク、戦闘行動の終了を確認しました。直ちに本部に帰還してください」


 インカムを装着して指示を出すユカリ。モニター内に浮かんだ映像ではレーヴァテインは周囲に天使の残骸を浮かべながら優雅に翼をはためかせていた。不安げに溜息を漏らすユカリ……。その背後、ヴェクターは腕を組んだまま振り返り、背後にずっと立っていた少女へと声をかけた。


「如何ですか? 噂のリイド・レンブラムの活躍っぷりは?」


「うーん……? 無駄だらけなのは初心者だからしょうがないと思うなあ。でも、すごく大胆で素敵だと思う。それに適応能力がやっぱりすごいね、リイド君は」


「天才という奴ですかねえ……? 貴方と同じ……。ねえ、オリカ・スティングレイ君?」


 ヴェクターの背後、立っていた少女は無言で笑みを浮かべた。人懐こい視線がヴェクターを捕らえ、その指先がセミロングの黒髪の上に乗った帽子を摘んだ。オリカ・スティングレイと呼ばれた少女はジェネシスの制服に身を包み、ネクタイを緩めながら前に身を乗り出した。


「私は別に天才なんかじゃないよ、ヴェクター。本当の天才っていうのはリイド君みたいな子を言うんだよ! いいなあ、エアリオ……。リイド君と一緒にレーヴァに乗れてさぁ」


「まあまあ……。ところでオリカ君、貴方を呼び出したのにはそれなりに理由というものがあるのですが」


「何? リイド君の戦いを見せてくれるだけだとは思ってなかったけどさ」


「ちょっとしたお願いですよ。最近、お仕事の調子はどうですか?」


「平穏無事、世は事も無し……だよ。楽しくやらせてもらってまーす」


 ヒラヒラと両手を振り、オリカは白い歯を見せて無邪気に笑う。ヴェクターはそれに納得するように腕を組んでうんうんと何度か頷き、それから用意しておいた書類をオリカに手渡した。そこには一人の少女の顔写真が載っている。


「この女の子がどうかしたの?」


「彼女はレーヴァテイン干渉者としての高い適正がありそうなんですよねぇ。まあ適正がある事は前々から判っていたんですが、先日彼女が怪我をしまして。病院で検査した際に出た結果がこれなんですよ」


「ふーん……って、うわ!? すごいねこの子……? エアリオに匹敵する干渉値……」


「ええ、そうなんですよ。“最強の干渉者”であるエアリオ・ウイリオに匹敵する少女……。それを引き入れない理由もないでしょう? 近々お話を持ちかけるつもりではいるのですが、如何せん彼女は生い立ちが特殊でして」


 ぺらぺらと資料を眺め、オリカは一瞬まるで人が変わったかのように鋭い目つきを浮かべた。それからぱたんと紙束を閉じ、それを丸めて肩を叩く。


「新しいお仕事って事かな~」


「……最近、あまりよろしくない噂も耳にします。第三共同学園……もしかしたら危険かもしれません」


「現状でもほぼ二十四時間体制でリイド君を監視、保護中なんですけどー」


「それでも足りなくなるかもしれません。そんなわけでこちらの資料に目を通してサインのほうをお願いしますね」


 更に渡された資料は緑色の封筒に入っていた。封筒には第三共同学園の名前が印刷されている。オリカは次々に渡される資料に唇をとんがらせながら渋々封筒を開き……そしてぱあっと目を輝かせた。


「これ……もしかして、そういう事なの、ヴェクターッ!?」


「ええ。第三共同学園への転入届けですよ。オリカ君には今後、リイド君やカイト君といった適合者の護衛だけではなく……“彼女”のような特殊ケースを護って貰う事になると思います」


「わーっ!! わぁーっ!! ほんとに? ほんとにいいのかなっ!?」


 資料をぎゅうっと胸に抱きしめ、オリカは目に星を入れたかのように目をきらきらと輝かせた。彼女にとって第三共同学園への編入は正に夢のような出来事である。ヴェクターはそんな様子のオリカに微笑み、その肩を叩いて言った。


「これからも任務の方、よろしくお願いしますね。オリカ・スティングレイ君」


「やったあーっ!! これで毎日リイド君と逢えるっ! 会えるっ! あっ! えっ! るぅっ!!」


 その場で小躍りし、くるくると回るオリカ。話を聞いているのか聞いていないのか……最早それさえも判らなかった。だが彼女の関して言えば、仕事がおざなりになるなどという事はまずありえないだろう。オリカはプロ中のプロ……。その為だけに人生の全てを犠牲にしてきた少女なのだから。

 何も知らないリイドはレーヴァテインでゆっくりとカタパルトエレベータの中を降下していた。その映像を眺め、オリカはにっこりと微笑む。抱きしめた“彼女”の資料……新しい仕事とこれから始まるもう一つの未来に胸を躍らせながら――。


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またいつものやつです。
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