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祭りの喧騒

9.

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手拍子が鳴り響く。太鼓とフルートの音に合わせて、鮮やかな衣装を纏った踊り子たちが一斉に宙返りをうつ。


シルクは踊りに目を奪われていた。数ヶ月前にアイゼルがやってのけた動きに似ている。血が騒ぐ。


数時間前、ガルドンからの許しはすんなり出た。あまりに呆気なすぎて、アイゼルは少し寂しそうだったが。


今はアイゼルと別れ、各々で祭りを堪能している。今夜は街の宿に泊まり、明日から旅を始める予定だった。その宿で待ち合わせているが、シルクは今夜はアイゼルは帰ってこないと踏んでいた。どうせ祭りの熱に冒されて女性たちと遊び散らすんだろう。


シルクはあたりを照らす月を見上げ、あくびをした。祭は楽しいが、このような人混みには慣れていない。シルクは人々の熱気に少し目眩を感じていた。そろそろ宿に戻ろう。そう思っていると、不意に誰かに肩を叩かれた。


「君、名前は?」


見上げると、そこにはシルクと同じくらいの年の少年が立っていた。


シルクは見知らぬ歳の近い異性に声をかけられたことと、その相手の顔が整っていたことにドギマギし、慌てて目を逸らした。


「…シルク。貴方は?」


顔を背けたまま言う。少年は面白がるように答えた。


「僕はハーミド。ちょっと話そうよ。」


ハーミドはシルクの手を取り、二人は街を行く宛もなくブラブラと散歩した。


「君、どこから来たの?見かけない顔だけど。」


「…半年くらい前にベルの森から来た。それからはアイゼルの塔にいる。」


「アイゼルの!そうか、あの噂の女の子は、君だったんだね。ベルの森…。あんなに遠くからよくここまで来たね。大変だったよね」


しばらく話すうちに、二人は打ち解けていった。歳の近い人間と話すのは久しぶりで、シルクはハーミドに一種の安心感を抱いていた。


祭も大詰めとなり、人々の興奮が最高潮に達する頃、シルクは近くの建物の屋上でアイゼルと思しき人物を見つけた。衣装を着付けてくれた女性、確か名はルールアだったはず。彼女と二人でいる。


…けど、何かが変だった。どこか胸騒ぎがする。


「知り合い?」


シルクの視線を追ってハーミドが聞く。シルクは頷き、建物の階段を登った。ドレスに手間取るシルクを見て、ハーミドはシルクの手を取った。二人は屋上に着き、柱の影から様子を伺った。


見ていると、アイゼルがルールアの腰に手を回した。


「僕たち、お邪魔何じゃない?」


ハーミドは耳を赤くして呟いた。


「シッ。静かにして。」


シルクはハーミドの口に人差し指を当て、アイゼルとルールアを見守った。ハーミドは更に顔を赤くした。


途中まで良い雰囲気のようだったが、突然ルールアの顔が恐怖に歪んだ。アイゼルの手を振りほどこうと身をよじるが、アイゼルはがっしりと掴んで離そうとしない。こちらからではアイゼルの顔は分からなかった。


助けに入った方がいい…?でも、アイゼルに限って女性を、ましてや嘗てのガールフレンドを傷つけるなんてことをするだろうか…?


シルクが躊躇っていると、急に視界が眩しくなった。驚いてその場で飛び上がる。心臓を震わせるような爆音が続けざまに耳を劈く。


「何!?」


シルクがささやくと、それを見ていたハーミドが笑っていった。


「花火だよ。ほら、見てごらん」


ハーミドの指差す方向を見ると、砂漠の空に色とりどりの火花が打ち上げられていた。初めての花火に目を奪われていると、かすかに誰かの叫び声がした。


目を移し、信じられない光景が目に入る。


アイゼルに抱かれたルールアの背中から短剣が飛び出し、血が滴っていたのだ。


アイゼルがぐるっと首を回し、こちらに振り返る。彼の顔を見て、シルクは違和感の正体にやっと気づいた。


ずっとアイゼルだと思っていたアイゼルではなかった。アイゼルの姿を模しているだけだ。何かが彼に成りすましている。


「逃げて!」


叫びながらハーミドに背を向け、護符を感じる。シルクはアイゼルの形を真似た何かに飛びかかろうとしたが、それはルールアの喉元に刀を押しあてシルクを牽制した。


…まだ息がある。シルクは微かにルールアの胸が上下するのを見た。


アイゼルに似た何かを見据え、集中する。もうあの時みたいなヘマはしない。


シルクは何かを抱えるように両手を広げた。次の瞬間にはルールアはシルクの腕の中にいた。


アイゼルの姿を模した何かが混乱している間に、シルクはルールアをハーミドに預けた。


ハーミドは目を丸くし何か聞きたそうにしていたが、シルクの真剣な目を見て、大人しくルールアをおぶって階段を降りていった。


シルクはアイゼルの姿の何かと対峙し、剣を抜いた。


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シルクは短剣を握りしめ、アイゼルの姿を模した何かと対峙した。月光が屋上の石畳を照らし、祭りの喧騒と花火の爆音が遠くで響く中、彼女の心は驚くほど冷静だった。護符が胸元で熱くなり、彼女の意志と共鳴するように脈打つ。ルールアの血が滴る短剣を握る偽物のアイゼルは、薄く笑いながらシルクを見据えた。その目はアイゼルのものではなく、冷たく、まるで底のない闇を湛えている。




「シルク・ベナリフェ…お前の力はセリスが言った通り、素晴らしい。」 偽物の声はアイゼルのものに似ているが、どこか機械的で、感情が欠けている。「だが、均衡に縛られたままでは、所詮その程度だ。混沌を受け入れれば、こんな小細工など必要なくなる。」




シルクは眉をひそめ、短剣を構えた。「あなた、灰の使徒ね。セリスと同じ。アイゼルをどこにやったの? ルールアを傷つけた理由は?」




偽物はくすくすと笑い、アイゼルの顔が歪んだ。「アイゼル? 彼は今、ガルドンの館で酔い潰れているさ。祭りの夜は隙だらけだ。ルールアは…ただの囮。お前を引き出すためのな。」 偽物が手を振ると、屋上の空気が揺れ、霧が渦を巻き始めた。シルクの護符がさらに熱くなり、警告するように震えた。




「囮?」 シルクは一瞬、ルールアの恐怖に歪んだ顔を思い出した。彼女の胸に怒りが湧き上がるが、すぐにそれを抑え込んだ。グエルの時のような憎悪に飲まれるわけにはいかない。彼女は深呼吸し、護符の力を感じた。赤黒い霧が彼女の周囲に集まり、意志に応じて形を成し始める。「もうあなたの術には騙されない。アイゼルを返して!」




偽物は笑い、短剣を構えた。「返してほしいなら、力で奪ってみなさい。灰の使徒の三人目、ヴァルトだ。私の術はセリスとは違う。お前の心を直接抉る。」




ヴァルトが動いた瞬間、屋上が暗闇に包まれた。シルクの視界が歪み、突然、ベルの森の炎が再び現れた。家族の叫び声、燃えるツリーハウスの轟音、灰に変わる故郷――すべてが鮮明に蘇る。シルクの足元が揺らぎ、短剣を持つ手が震えた。「…やめて! これは幻よ!」




「幻? これはお前の記憶だ、シルク。」 ヴァルトの声が暗闇から響く。「お前の無力さが故郷を燃やした。お前が護符に縛られ、力を抑えていたからだ。混沌を受け入れていれば、救えたかもしれないのに。」




シルクは歯を食いしばり、護符を握った。彼女は目を閉じ、アイゼルの言葉を思い出した。「力は導くんだ。迷うな。」 彼女は心の中で炎と水をイメージした。燃える故郷と、流れるオルディン川。破壊と創造、混沌と均衡。両方が彼女の一部だ。彼女は目を開け、叫んだ。「黙れ! 私の故郷は私が取り戻す! あなたなんかに渡さない!」




護符が眩く光り、赤黒い霧が渦を巻いて暗闇を切り裂いた。ヴァルトの幻が砕け、屋上の現実が戻ってくる。ヴァルトは一瞬驚いたように目を細め、だがすぐに笑った。「ほう…護符に頼りながらも、意志は強いな。だが、これで終わりだ。」




ヴァルトが短剣を振り上げると、霧が刃の形に凝縮し、シルクに向かって飛んできた。シルクは咄嗟に身をかわし、護符の力を集中させた。彼女の周囲の霧が炎に変わり、ヴァルトの刃を焼き払った。彼女は一気に距離を詰め、短剣でヴァルトの腕を狙った。だが、ヴァルトは素早く後退し、霧を盾のように展開した。




「無駄だ、シルク。私の術はお前の心を捉える。お前の恐怖、怒り、欲望――すべてが私を強くする。」 ヴァルトの声が響く中、シルクは再び幻を見た。今度はアイゼルが倒れ、血にまみれている。ルールア、ハーミド、ガルドン――皆が灰に変わっていく。シルクの心が揺らぎ、護符の熱が一瞬弱まった。




「シルク!」 突然、屋上の階段から声が響いた。本物のアイゼルだった。彼は息を切らし、短剣を握りながら駆け上がってきた。「ヴァルト! てめえ、よくもシルクを…!」 彼の周囲にも霧が立ち上り、炎がちらつく。ヴァルトは舌打ちし、シルクから視線を外した。




「アイゼル…来てくれた。」 シルクは安堵と同時に新たな力を感じた。彼女は護符を握り、アイゼルに頷いた。「一緒に戦おう。」




アイゼルはにやりと笑い、「その言葉を待ってたぜ。シルク、護符の力を信じろ。俺がヴァルトの術を乱す。お前は一撃を決めろ!」




シルクは頷き、護符に全神経を集中させた。アイゼルの霧がヴァルトの幻を切り裂き、シルクの赤黒い霧が炎と水の刃に変わる。ヴァルトは二人の連携に押され、初めて焦りの色を見せた。「…小娘と酔っ払いが、よくも…!」




シルクは叫び、護符の力を解放した。炎と水が融合し、巨大な渦となってヴァルトを飲み込んだ。ヴァルトの叫び声が響き、彼の姿が灰となって崩れ落ちた。屋上は再び静寂に包まれ、花火の光がシルクとアイゼルを照らした。




シルクは膝をつき、息を切らした。アイゼルが彼女の肩に手を置き、「よくやった、シルク。だが、灰の使徒はまだ一人残ってる。こいつら、しつこいぜ。」




シルクは立ち上がり、護符を握った。「アイゼル…ルールアは?」




「ハーミドってガキが医者に連れてった。大丈夫、命は助かる。」 アイゼルは笑い、シルクの頭を軽く叩いた。「お前、ドレス似合ってるけど、戦うならズボンの方がいいな。」




シルクは顔を赤らめ、むっとした。「…うるさいよ! さ、ガルドンに報告しに行こう。灰の使徒の本拠地、絶対に見つけるんだから。」




二人は屋上を後にし、祭りの喧騒に紛れた。だが、シルクの心には新たな決意が宿っていた。灰の使徒の最後の使者、そしてマゼルダの行方――彼女の戦いはまだ続く。



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