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魔法使いの塔

4.

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シルクは街で一泊し、翌日にはアイゼルの下へと向かった。


衛兵の後について、街の奥へ奥へと進んでいく。しばらく歩いていると、ちらほらと緑が増え始め、気づくと大樹が生い茂る深い森にいた。昼間なのに光がほとんど届かず、木々の隙間から冷えた微風がくる。霧のようだ。


砂漠に接しているとは到底思えないほど湿気ていて、冷たい靄が音を吸い込みあたりは静けさに包まれていた。


背後に視線を感じ、シルクが振り向くと、そこには巨大な狼のような獣がいた。シルクの頭と同じくらいの位置に肩がある。鋭い牙が並んだ真赤な口からよだれと何かの肉塊が滴る。


衛兵はシルクが立ち止まったのを不審に思って振り返り、やっと巨大な獣に気づいた。


「…刺激せず離れるんだ」


腰を低くし、目を合わせずに離れようとする。


衛兵が一歩踏み出すと、ふいに狼が彼に飛びかかった。シルクが反応する前に前足で衛兵を投げ飛ばす。衛兵は数フィートほどふっとび、木にぶつかって動かなくなった。


狼はシルクに顔を向けた。咆哮を上げ噛みつこうとする。シルクは狼をひらりと避け、持っていた短剣で脇腹を切りつけた。しかし狼を覆う硬い毛に拒まれ刃が立たない。反動で投げ飛ばされ地面を転がる。息をつく間も与えず、狼は再びシルクに飛びかかった。シルクは体勢を立て直すのが間に合わず、狼の強烈な一撃をまともに喰らった。頭からドクドクと血が滴るのを感じながら踏ん張り、シルクは高く飛び上がり、狼の両目を切り裂いた。


狼はその場で暴れ回り、森に鮮血が飛び散った。狂ったようにあたり構わず噛み付いたり引っ掻いたりしている。シルクはするすると木に登り、盲目になった狼を見下ろした。


目をつぶって深呼吸する。自分の中に流れる怒りや憎しみを呼び覚まし、芯から燃え尽くすような熱い炎を、連想する。


次の瞬間、狼の口からマグマのような炎が湧き、瞬く間に体全体が炎に包まれていった。


狼は地面を転げ回り、森に飛び火した。シルクがいる場所も灰と煙に包まれていく。


シルクは反動で押し寄せる倦怠感に酔わされながら木から半ば転げ落ちるように下り、伸びている衛兵を担いでその場から離れた。


自分より一回り大きい男を担ぎ、少し離れた場所まで避難する。


森が燃える音が聞こえなくなるくらいまで逃げ、シルクはやっと腰をおろした。衛兵の鎧を脱がせると、案の定服の下は血だらけだった。


みぞおちから腰にかけて3筋の抉るような深い傷ができている。このままでは保たない。そう直感したシルクは自分のマントをちぎり、衛兵の傷を縛った。もうさっきみたいな力を使う体力は残っていないし、そもそも治癒に使えるのかすら分からない。


男の革袋をあさり、一枚の羊皮紙を見つけた。地図だ。東西南北と砂漠の街、森、そして星印が記されている。影を見て方角を確認し、シルクは星印の方角を目指した。衛兵が時々教えてくれたから、自分のいる位置は何となく分かっていた。




衛兵を担ぎ直し、ゆっくりと進む。いつの間にか日は暮れ、森は本当に真っ暗になってしまった。何もない闇の中にいるような感覚に襲われながらもシルクはひたすら歩き続けた。真っ直ぐ進めているのかも、進んでいる方向が合っているのかも分からない。


シルクは歩くのに精一杯で、何にも襲われない違和感に気が付かなかった。


いい匂いがしてぎこちなく顔を上げると、森の奥にほのかな明かりが見え、シルクは力を奮い起こした。


やっとの思いで塔の前に着き、ベルを鳴らす。扉はすぐに開き、中から短い髭をはやした茶髪の男性が出てきた。


「あなたが…アイゼル…?」


シルクが息も絶え絶えに聞くと、男はにやっと笑ってうなずいた。


「ああ。俺がアイゼルだ。あんたはシルクだな?そんなデカイもんを担いでよく来たな。まあ、上がれ。」


シルクは安堵し小屋に足を踏み入れた。


「この衛兵は…重症なんだ…。治療してやってくれないか…」


「あんたのほうがよっぽど重症に見えるがね__」


その言葉を最後に、シルクは深い眠りへと落ちていった。


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シルクは目を覚ますと、柔らかな光が差し込む部屋にいた。木の床には色あせた絨毯が敷かれ、棚には古い本やガラス瓶が雑然と並んでいる。鼻をくすぐるハーブの香りと、どこかでパチパチと燃える暖炉の音が、彼女を現実へと引き戻した。体は重く、頭には包帯が巻かれ、鈍い痛みが脈打っていた。衛兵を担いで歩いた記憶、燃える狼、アイゼルの笑顔――すべてが夢のように曖昧だった。




「目が覚めたか。しぶとい娘だな。」




声のする方を振り向くと、アイゼルが木の椅子に腰掛け、金属の杯を手にしていた。彼の茶色の髪は乱れ、髭には灰が付着している。だが、その目は鋭く、まるでシルクの心の奥まで見透かすようだった。




「衛兵は…?」 シルクは体を起こそうとしたが、痛みに顔を歪めた。




「生きてる。なんとか命は繋いだよ。あの傷は並大抵のものじゃなかったが、俺の薬草とちょっとした術で持ちこたえてる。」アイゼルは杯を置き、シルクに近づいた。「だが、あんたの傷も大概だ。頭から血を流して、よくあの衛兵を担いでここまで来たもんだ。それに…」彼は一瞬言葉を切り、シルクの胸元に目をやった。「その護符。あんた、ただの猟師の娘じゃないな。」




シルクは反射的に護符を握った。温かく、微かに脈打つ感触が手に伝わる。「あなたは…知ってるんだね? この護符のこと。古の守り手のことも。」




アイゼルは小さく笑い、窓の外を見やった。森は静かで、昨夜の炎の痕跡は霧に隠れているようだった。「知ってるさ。マゼルダから話は聞いてた。シルク・ベナリフェ、均衡の血を継ぐ者。ベルの森が燃えた夜、お前がここに来るって予言されてたんだ。」




「予言?」 シルクは眉をひそめた。「マゼルダはそんなこと一言も…それに、彼女は死んだかもしれない。炎の中で…」




アイゼルは首を振った。「マゼルダは死んでない。あの婆さんはそう簡単にくたばらんよ。だが、ベルの炎は彼女の計画の一部だったのかもしれん。均衡を崩そうとする者たち――『灰の使徒』と呼ばれる連中が動いてる。その火は、奴らが仕掛けたものだ。」




「灰の使徒?」 シルクの声に苛立ちが混じる。「誰もが抽象的なことばかり言う! 均衡って何? 古の守り手って何なの? 私はただ…故郷を取り戻したいだけなのに!」




アイゼルは静かにシルクを見つめ、ゆっくりと立ち上がった。「落ち着け、シルク。答えは簡単じゃない。だが、教えてやるよ。」彼は棚から古い巻物を取り出し、広げた。そこには護符と同じ炎のような紋章が描かれ、複雑な文字が周囲を囲んでいる。「この護符は、均衡の鍵だ。世界には二つの力がある――創造と破壊、生と死、光と影。それらが調和してるから、この世界は存在する。だが、灰の使徒は破壊の力を暴走させ、すべてを灰にしようとしてる。」




シルクは巻物をじっと見つめた。「それで…私はどうすれば?」




「古の守り手は、均衡を保つために選ばれた存在だ。護符はお前の血と共鳴し、力を引き出す。お前が森でやったこと――狼を炎で焼き尽くした。あれはお前の力だ。だが、制御できてなかったな。あの力は、使い方を誤ればお前自身を焼き尽くす。」




シルクは息を呑んだ。あの炎は、確かに彼女の内から湧き上がったものだった。怒りと恐怖が引き起こした、制御不能な力。「じゃあ…どうやって制御するの?」




アイゼルはにやりと笑った。「それが、俺の仕事だ。マゼルダは俺に、お前を導くよう頼んだ。だが、シルク、覚悟しろ。灰の使徒はもうお前を狙ってる。あの狼はただの使い魔だ。もっと強い奴らが、すぐそこまで来てる。」




その時、塔の外で低いうなり声が響いた。霧の向こうから、複数の影がゆっくりと近づいてくる。アイゼルは窓に歩み寄り、目を細めた。「…早速か。シルク、立てるか?」




シルクは痛みを堪え、立ち上がった。護符が熱を帯び、彼女の心臓と共鳴するように脈打つ。「立てる。アイゼル、私に教えて。どうやって戦うの?」




アイゼルは短剣を手に取り、シルクに投げ渡した。「まず、護符の力を呼び覚ます。心を落ち着け、炎をイメージしろ――だが、今度は怒りじゃなく、意志でコントロールするんだ。行くぞ、シルク。均衡を守る戦いが、今始まる。」




塔の扉が軋み、霧の中から赤い目がいくつも浮かび上がった。シルクは護符を握り、アイゼルの背後に続いた。森は再び炎に包まれるかもしれない――だが、今度は、彼女がその炎を導く。

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