砂漠の街
3.
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砂風が、乾燥した肌を引っ掻いて通り過ぎていく。風が収まるのを待ち、彼女はフードを下ろし、顔を上げた。見渡す限り、砂。太陽に照らされ黄金色に輝く砂が、大小様々な山々を作っては崩れていく。
革袋には二匹のサソリとあと少しの水しか残っていない。小高い砂丘に登り、あたりを一望する。一縷の望みをかけて。目を凝らしていると、南西の方角、遥か遠くに小さな影が見えた。
胸を撫で下ろすが、まだ油断はできない。あそこまで近く見えて、あと数日はかかるだろう。
月が登る頃、枯れ枝と石で火を起こし、暖を取った。昼間までの酷暑とは裏腹に、砂漠は白い息が出るほど冷え込んでいる。
サソリを噛み砕く。サソリは硬い外殻と尻尾の先の毒が難点だが、それ以外は非常食としてのポテンシャルは高かった。それもこれも、彼女が自分で見出したものだった。
食事をしたあと、水筒が空になっていることを思い出した。
片手を砂の上に固定し、目を閉じる。
水。井戸から湧き出る清い水。オルディン川を流れる冷たい水。ツリーハウスを包む、静かな水。体内を駆け巡る血液。地下深くに眠る、雄大な水の流れ。
コポポ、と微かな音を立て、手のひらが湿った。どっと疲れが押し寄せる。せっかく湧き出た水が地に還ってしまう前に、少女は砂を掻き、水たまりを作って水筒に入れた。グビグビと冷たい感触が乾ききった喉にしみ渡る。
少女は床につき、明日を待った。
数日後、少女は砂漠都市を取り囲む土壁の門の前にいた。出入国管理をしている衛兵に呼び止められる。
「どこから、何のようで来た?」
門兵はぶっきらぼうに行ってからお尋ね者が少女と気づき、目を見開いた。
「一人で砂漠を渡ってきたのか?……すまねえな。最近は警戒を強めてるんだ。」
少女は頷いた。
「ベルの森から、ある人に会いに来た。」
門兵が眉をひそめる。
「…ベルか。数ヶ月前、デカい火災があったらしいな。ある人ってのは?お前さんの名前も教えてくれ。」
少女は護符を握り、流れる炎のような紋章が刻まれた顔を露わにして言った。
「私の名前はシルク。シルク・ベナリフェ。この街に住むという魔法使い、アイゼル・イヴレフに聞きたいことがあるんだ。」
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門兵はシルクの言葉を聞き、護符に刻まれた炎のような紋章に目を奪われた。彼の顔に一瞬、驚きと疑念が混じるが、すぐに表情を硬くして頷いた。「アイゼル・イヴレフ、か。確かにこの街に住む魔法使いだ。だが…」彼は声を潜め、周囲を一瞥した。「アイゼルに会うのは簡単じゃない。あの者は砂漠都市の奥、禁じられた区画に住んでいる。許可がなければ近づけない。」
シルクは眉を寄せ、護符を握る手に力を込めた。「許可? 誰に頼めばいい?」
門兵は顎を撫で、考え込むように空を見上げた。「街の長、ガルドンだ。彼ならアイゼルの居場所を正確に知ってるし、許可も出せる。だが、ガルドンは気難しい男だ。理由がしっかりしてなきゃ、門前払いされるぞ。」彼はシルクをまじまじと見つめ、続けた。「それに…ベルの森の火災の話、気にかかるな。お前、ただの旅人じゃなさそうだ。」
シルクは一瞬、言葉に詰まった。ベルの森の炎、夢の影、「古の守り手」の声――すべてが彼女をここまで導いたが、説明する言葉が見つからない。それでも、彼女は目を逸らさず答えた。「私は…答えを探してる。アイゼルがそれを知ってるかもしれない。ガルドンに会わせてほしい。」
門兵はしばらく沈黙し、シルクの決意のこもった瞳を見据えた。「…分かった。ついてこい。ガルドンの館まで案内する。ただし、礼儀を忘れるなよ。あと、その護符…隠しておいた方が賢明だ。砂漠都市じゃ、妙な噂がすぐ広まる。」
シルクは護符をマントの下にしまい、門兵の後に続いた。砂漠都市の通りは活気に満ち、色とりどりの布をまとった商人や、荷物を背負ったラクダが行き交う。だが、シルクの目にはどこか不穏な空気が映った。道端で囁き合う者たち、鋭い視線を投げてくる衛兵たち。まるで街全体が何かを警戒しているようだった。
ガルドンの館は、街の中心にそびえる石造りの建物だった。砂岩の壁には複雑な幾何学模様が刻まれ、門には重厚な鉄の装飾が施されている。門兵が衛兵に何かを囁くと、門がゆっくりと開いた。
中に入ると、広間には色鮮やかな絨毯が敷かれ、壁には古い剣や盾が飾られている。広間の奥、玉座のような椅子に座る男がいた。ガルドンだ。彼は灰色の髪を後ろに束ね、鋭い目でシルクを見据えた。顔には無数の傷跡があり、砂漠の過酷さを物語っている。
「ベルの森から来た娘だと?」ガルドンの声は低く、響きに威圧感があった。「アイゼルに何の用だ? 魔法使いは気まぐれでな、よそ者に会うとは限らん。」
シルクは深呼吸し、護符を握ったまま答えた。「私はシルク・ベナリフェ。ベルの森は…炎に消えた。マゼルダという者が私にこの護符を託し、アイゼルに会うよう導いた。『古の守り手』について、答えが必要なんだ。」
ガルドンの目が一瞬、鋭く光った。「古の守り手…?」彼は立ち上がり、シルクに近づいた。「その護符を見せなさい。」
シルクはためらいながらも護符を取り出し、差し出した。ガルドンがそれを受け取り、紋章をじっと見つめる。やがて、彼は低い声で呟いた。「…この紋章は、均衡の印だ。なぜお前がこれを? マゼルダは死んだはずだ。」
「死んだ?」シルクの声が震えた。「マゼルダは…炎の中で?」
ガルドンは護符を返し、厳しい表情で言った。「ベルの火災はただの事故じゃない。均衡を崩そうとする者たちが動いている。アイゼルはその鍵を握る一人だ。だが、警告する――アイゼルに近づくなら、お前自身が均衡の一部になる覚悟が必要だ。それでも行くか?」
シルクは炎の記憶、獣の声、護符の温もりを思い出した。彼女の胸には恐怖と決意が交錯したが、目を閉じ、静かに頷いた。「行く。答えがそこにあるなら。」
ガルドンは小さく頷き、衛兵に命じた。「アイゼルの塔へ案内しろ。ただし、シルク…砂漠の夜は冷えるだけじゃない。何かが目を覚ましている。お前の護符が本物なら、それが導くだろう。だが、偽物なら…お前は二度とこの街に戻れん。」
シルクは護符を握りしめ、衛兵の後に続いた。砂漠都市の奥、禁じられた区画へ向かう道は、月光に照らされ、まるで夢の草原のように不気味に静かだった。遠くで、風が唸り、まるで獣の咆哮のように響いた。