表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

死の谷

user

日が暮れる頃、一行はオアシスに辿り着いていた。干し肉と乾パンの夕飯を済ませて寝床を作り、さっさと横になる。


三人で代わる代わる番をすることにし、シルクは最後だった。


東の空がほんのりと赤く染まり始める頃、シルクはアイゼルに肩をたたかれ目をこすりながら起き上がった。


しばらくして遠くの方でかすかな音がした。最初は風の音か何かだと気に留めなかったが、次第に音は大きくなっていった。見ると、巨大な獣の大群が迫ってきている。狼とも熊ともつかない、丘のように巨大な異形の獣。


不意にシルクは思い出した。ツリーハウスで毎夜見ていた夢。集落が燃えた日、シルクの前に現れた…古の守り人。あの時は一体しか姿を現さなかったのに、今何頭もの獣が彼女に襲いかかろうとしている。


シルクはハーシムとアイゼルに伝えようと口を開いたが、声が出ない。その代わり先頭の獣が咆哮を上げた。「失敗した。お前は失敗した。」


それに倣うように獣たちの咆哮が何重にもなりシルクを責める。シルクは両耳を塞ぎその場にかがみこんだ。




「…ルク。シルク!」


シルクはアイゼルの声に目を覚ました。


「大丈夫か?うなされてたぞ。」


シルクはしばらくボーッとし、ようやく夢を見ていたのだと気づいた。アイゼルに頷き、番を交代する。それから朝日が登るまで、砂漠とシルクは静けさに覆われていた。




巨大な積乱雲のお陰で、三人が目指す場所は分かりやすかった。雲の中を走る雷鳴の轟が遠くからでも肌を震わせる。


「…あそこに入っていくのか?」


ハーシムが誰にとも無く呟く。


近づくに連れて砂の地面は泥に変わり、気づくとシルクたちは湿地帯にいた。


膝丈ほどの泥水に足を取られながら進んでいるうちにあたりは急激に冷え込み、ついには数歩先も見通せない程の豪雨の真っ只中にいた。三人は互いを見失わないように身体を寄せ合った。


がむしゃらに進んでいると、唐突に雨が止んだ。まるで台風の目に入ったかのようだ。足元は黒ずんだ岩盤で、両側には一行を見下ろすような尾根がそびえ立っている。色が奪われたような白と灰色の世界は、現実離れした異様な雰囲気を漂わせていた。風の音すらしない完全な無音。シルクたちは自然と柄に手を添え、静かに進んだ。


grok

シルクたちは無音の谷を進んだ。黒ずんだ岩盤が足元で鈍く光り、両側の尾根がまるで生き物の背骨のように不気味にそびえる。空は灰色の雲に覆われ、雷鳴は遠くでくぐもった音を立てていたが、谷の中心ではまるで時間が止まったかのような静寂が支配していた。護符がシルクの胸で微かに脈打ち、彼女に警戒を促す。ハーシムは短剣を握り、アイゼルは霧をまとうように周囲を警戒しながら歩いた。




「…ここが死の谷か。」 アイゼルが低く呟いた。「灰の神殿はこの奥だ。ラザルスは絶対ここにいる。気ぃ抜くなよ、二人とも。」




シルクは頷き、夢の中で見た獣の咆哮を思い出した。「失敗した。お前は失敗した。」 あの声が耳に残り、彼女の心に影を落とす。護符を握り、彼女は自分に言い聞かせた。「失敗なんかしてない。私は…均衡を守るためにここにいる。」




ハーシムが足を止め、眉をひそめた。「…何か変だ。静かすぎる。獣も、風も、何の気配もない。まるで谷全体が俺たちを待ってるみたいだ。」




「その通りだ。」 突然、谷の奥から低い声が響いた。シルクたちの背筋が凍る。声はどこからともなく聞こえ、岩盤を震わせるように反響した。「シルク・ベナリフェ。均衡と混沌の血を継ぐ者。ようやく来たか。」




シルクは短剣を構え、声の方向を見据えた。「ラザルス…! 姿を見せなさい!」




谷の奥、灰色の霧が渦を巻き、ゆっくりと人影が現れた。長身の男だった。黒いローブに身を包み、顔はフードに隠れているが、目だけが赤く燃えるように輝いている。手に持つ杖からは黒い煙が立ち上り、まるで生き物のようにうねっていた。ラザルス――灰の使徒の最後のリーダーだ。




「姿を見せる必要などない。」 ラザルスの声は冷たく、しかしどこか穏やかだった。「お前たちはすでに私の領域にいる。この谷は私の意志そのものだ。シルク、お前の力は見事だが、まだ未熟だ。グエル、セリス、ヴァルト…彼らはお前を試すための駒に過ぎなかった。」




アイゼルが一歩前に出て、短剣を構えた。「ラザルス、てめえの戯言はもういい。シルクを狙う理由は何だ? 混沌で世界を灰にするってのがお前らの目的なら、なぜシルクなんだ?」




ラザルスは静かに笑い、杖を軽く振った。谷の空気が重くなり、シルクの護符が熱く脈打つ。「アイゼル、裏切り者よ。お前がシルクを守る理由は、罪の意識か? それともマゼルダへの忠誠か? シルクの力は、均衡と混沌の境界そのものだ。彼女の血を灰の神殿に捧げれば、均衡は完全に崩れ、混沌が世界を新生させる。」




シルクの心臓が締め付けられるように痛んだ。「私の血…? 何のために? 世界を新生させるって、ただの破壊じゃない!」




ラザルスはフードの下で目を細めた。「破壊? 愚かな言葉だ。均衡は停滞を生む。世界は腐り、変わることを拒んでいる。混沌は自由だ、シルク。お前の内に宿る混沌の力は、それを証明している。グエルを殺した時の力、ヴァルトを倒した時の解放感――あれがお前の本質だ。護符に縛られなければ、お前は神にも等しい存在になれる。」




シルクはグエルの死を思い出し、赤黒い霧が彼女を飲み込んだ瞬間を振り返った。あの力は確かに強大だったが、同時に彼女をどこか遠くへ引きずるような恐怖もあった。彼女は護符を握り、アイゼルとハーシムをちらりと見た。「…私は神になんかなりたくない。私の故郷を、家族を、守りたいだけだ。ラザルス、あなたの混沌はそれを奪うだけ!」




ハーシムが短剣を握り直し、シルクの隣に立った。「シルク、俺も戦う。こいつの言うことは信用できねえ。アイゼル、作戦は?」




アイゼルはにやりと笑い、霧をまとった。「作戦? 簡単だ。シルクがラザルスをぶっ飛ばす。俺とハーシムが援護する。ラザルスの術は心を抉る。シルク、護符を信じろ。迷ったら終わりだぞ。」




ラザルスが杖を振り上げると、谷の岩盤が割れ、黒い煙が無数の獣の形となって襲いかかってきた。シルクは夢で見た巨大な獣を思い出し、恐怖が一瞬胸をよぎった。だが、彼女は護符を握り、目を閉じた。炎と水、均衡と混沌――彼女の内に宿る二つの力が共鳴する。彼女は目を開け、叫んだ。「ラザルス! 私は私の道を選ぶ!」




赤黒い霧がシルクの周囲に渦を巻き、炎と水が融合した刃が獣たちを切り裂いた。アイゼルの霧の刃がラザルスの煙を乱し、ハーシムの短剣が獣の急所を突く。三人の連携は息を合わせ、ラザルスの獣を次々と倒していった。だが、ラザルスは動じず、杖を地面に突き立てた。




「無駄だ、シルク。お前の力は私の神殿に吸収される。」 谷が震え、岩盤の中心に巨大な紋様が浮かび上がった。灰の神殿の入り口だ。シルクの護符が激しく熱くなり、彼女の意志を試すように震えた。




「シルク、行くぞ!」 アイゼルが叫び、霧の刃で神殿の入り口を切り開いた。シルクは頷き、ハーシムと共に神殿の奥へと突入した。ラザルスの笑い声が背後で響く。「ようこそ、シルク。灰の神殿へ。ここでお前の運命が決まる。」




神殿の内部は闇に包まれ、壁には炎と灰の紋様が蠢いていた。シルクの護符が光り、彼女の道を照らす。彼女はアイゼルとハーシムを振り返り、決意を込めて言った。「ラザルスを倒す。そして、マゼルダを見つける。絶対に。」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ