第九輪:誘拐(後編)
今回はちょっぴりシリアスになりました。
グロい表現もちょこっと…
それでは…どぅーん!
シエルが直哉に助けを求めてる時…流石に遅すぎると直哉は心配していた。
かれこれ一時間は待っている。町を知り尽くすシエルが迷うとも考えられない。
そして何より、嫌な予感が直哉に襲い掛かっているのだ。
いつもならどうしたものかと慌てる直哉だが、今は心強い親友がいるのだ。
《ウィズ》
『あん?』
《シエルが帰って来ない。一時間は経ってるんだ》
『…そりゃおかしいな』
《だろ?飲み物買うのにこんなに時間掛かる訳がねぇ…それに、嫌な予感がする》
『ナオヤも鋭くなったもんだな。少なくとも…良い状況とは言えないな』
《よし、捜すか》
『おう、ナオヤがそうするなら、俺は力を貸すまでだ』
《さんきゅ、ウィズ》
親友・ウィズと共に、荷物を先程の店に預け、シエル捜索に乗り出す直哉。しかし、方向音痴を極めた直哉が歩いた所で、迷子になると言う悲しい定めは免れない。
《どうにかして探査出来ないもんかね》
『ナオヤ、ゲームとかを思い出せ』
《ゲーム?RPGとか?》
『魔法が出てくるヤツなら何でも』
《ふぅむ…そーいや、探査出来る魔法あったな》
『それをイメージしてみろ。ちなみに属性は?』
《確か…風だったはず》
『承知した。エレメント調整は任せろ、ナオヤはイメージに専念してくれ』
《分かった。頼むぜ相棒》
そう言うと、直哉は目を閉じる。精神を落ち着かせて、心に波が立たない状態まで漕ぎ着ける。周りの喧騒も、直哉の耳には届かなくなっていた。
静寂が支配する世界の中で、直哉は魔法をイメージし始める。精神を統一し、心の眼を開くイメージを、そしてシエルを…
しっかりとイメージが浮かび、ウィズの方も準備が整ったようだ。直哉は、呟くように魔法の名を告げる
「イマジン」
するとどうだろう。おでこがむずむずしたかと思ったら、急に視界が晴れた。そして…モノクロの世界が広がっている。
…それは先程まで見てた世界だ。だが、動くモノは何一つとして存在しない。
『これはナオヤの"第三の眼"の視界だ。お前の両目の他に、デコに眼が出てるんだよ』
《すげぇな…》
『ナオヤに名前を貰って、俺もパワーアップしたみたいだ。本来は時は動き続ける筈なんだが、時まで止めれたらしいな』
《名前付けたらパワーアップかぁ…テンプレだな》
『俺もそう思ったわ』
冗談を交わす二人。時が止まったため、少し余裕が出来たようだ。
だが、いつまでものんびりする二人ではなかった。
《んじゃ、捜しちゃいますか》
『おう』
そうして、二人はシエル捜索に走り出すのであった。
《うぅーん…》
『無駄に広いな』
《全くだな…どこ捜したんだかすら分からん》
『こりゃあ骨が折れそうだ』
走り初めて三十分。時が動いてるのは直哉の周りだけなので、実際には一秒すら経ってない。
しかし、何処にもシエルが居ないのだ。
《シエルが居るところだけがカラーで表示されんだっけ?》
『あぁ、そうだな…尤も、カラーのところすら見つかってないけどな』
直哉とウィズが発動した魔法"イマジン"は、心に描いた人が通った場所や触れたモノだけがカラーで表示されると言うモノだ。
今回だとシエルだ。だが、まだカラーを見てすらいない。
《そんなこんなで町を一週しましたよっと》
『町の外…じゃ、ねぇよなぁ…』
《あぁ、城門はモノクロだったからな》
二人は今、先程の服屋にいる。ベンチに腰掛け、直哉は溜め息を吐く。ちょっと疲れたようだ。
だが、捜査の手を緩めるつもりは毛頭も無かった。
《よし、また捜してみよう。シエルが向かったのは…こっちだったな》
ベンチから立ち上がり、歩き出す直哉。シエルが消えた人混みに向かって行く。
因みに、人も固まったままである。通りにくいったらありゃしねー…とぼやく直哉。
そして、細い裏通りの入り口に差し掛かった時だった。
《……なぁ、これ》
『あぁ、間違い無い』
《さっきは見落としてたんだな…》
細い裏通りの入り口を少し入ったところに、水色に輝くブレスレットが落ちていた。
それを拾う直哉。何か水のようなモノが流れ込んでくる。
《これは…》
『水のエレメントだな。そのブレスレットが、自然のエレメントを水のエレメントに置換してるみたいだ』
《……ウィズ、天才だな》
『神様だからな』
後にセラに聞いた話だが、このブレスレットを形成する"オリハルコン"と言う金属は、自然に存在する状態のモノに魔術を掛ける事により、その魔術の属性のエレメントを大気中のエレメントから生成するらしい。つまり、このブレスレットは水属性の魔術を掛けられたオリハルコンを加工したモノだ。
魔術の威力・発動速度・耐性を高めてくれるのだが、オリハルコン自体が物凄く貴重で、ブレスレットは最高級な部類に入る。サイズ的にも、基本的には指輪の形に加工するからだ。
シエルが咄嗟に投げたのか、誰かと揉み合った時に落ちたのかは分からないが、余り良い状況とは言えない事に変わりはなかった。
《この裏通りか》
『あぁ。行くぞ、ナオヤ』
《おう!》
直哉は裏通りへ駆け出した。
裏通りはただでさえ迷う表通りよりも酷かった。迷宮さながらな王宮を思い出す。モノクロだと言うのに、暗く写るところの方が多い。
負のイメージが浮かぶのも無理は無かった。
《やな雰囲気だな》
『だな…こんなところにシエルちゃんを連れてきて、一体どうするつもりだ?』
《……少なくとも、悪い目的だってのは》
『違いねぇな』
《…待ってろよシエル、すぐに助けてやるからな》
決意を固めて捜索を続ける直哉であった。
《これは…》
『間違いねェ』
表通りから十分ほど進んだ直哉達の目の前には、影により暗く彩られた礼拝堂のようなモノが佇んでいた。
イマジンによるモノクロの世界で、こんなにはっきりと写る闇は、見間違うと言うのが不可能だった。
不意にイマジンが解除される。目的に達したら自動で切れるようだ。
解除と共に、凍り付いていた時は動き始める。表通りの騒がしい声は聞こえず、吹き抜ける風が背筋を撫でる。
礼拝堂を見据えた直哉。規模はとても大型で、礼拝堂の前にある庭も広い。庭の左右には崩れてたり傾いてたりする墓石があり、掘り起こしたような跡がある。
それを見た直哉は、禍々しい"何か"を感じた。
《っ?!》
『気を付けろ…ただ者じゃない"何か"の気配を感じる』
《あぁ…》
そうしてる間にも、シエルには危険が迫ってるかもしれないのだ。
《待ってろよ…今助けてやるからな、シエル!》
直哉は礼拝堂へ向けて一直線に走り、ドアに飛び蹴りをかました。
勇者補正の掛かった直哉である。ガァァン!と言う効果音と共に、ドアは砕け散った。
そして、中に入り――
「?!」
――物凄い悪臭が襲い掛かってきた。
何かが腐ったような、生臭い臭い。鉄のような、血生臭い臭い。形容しがたい臭いに、思わず鼻を覆う。
ウィズは咄嗟に見えない風の壁を直哉の周りに形成した。
『これで大丈夫だ』
「う゛…さんきゅ…」
鼻から手を離す直哉。そして、周りを見渡してしまう。
「なんてこった」
全身から血の気が引いてくのを、直哉は実感した。
木製の室内は、とんでもなく広い。入り口を入ってすぐの所は大広間で、左右に階段があり、二階に繋がっている。入り口正面と左右の壁にはドアがあり、其々の部屋に繋がっているようだ。
しかし、問題はそこでは無い。
『……血だな、それも大量の』
大広間の床、壁、天井はところどころが赤黒く染まっていた。こんなモノを初めて見た直哉でも、臭いと光景ですぐに分かってしまうほどの規模だ。
《くそっ…シエル、シエルは?!》
『落ち着けナオヤ、まずは捜すんだ』
《くっ…》
大人しくウィズの指示に従う直哉。行動と表情から焦りを読み取れる。
「シエルー!」
叫びながら、入り口を入って左側のドアを蹴破る。相変わらず血が飛び散っていたが、人の気配すら感じない。
急いでその部屋を出て、向かい側…入り口を入って右側のドアを粉砕する。ここも人の気配が無い。
そして、最後のドア…入り口正面のドアを破壊する。中を赤い光が満たしていた。見上げると、正面中央に巨大な十字架が掲げてあり、その左右には天に向けて手を伸ばす、羽根をもがれた天使の絵が描かれた真紅のステンドグラスがあった。十字架は血に染まり、両脇の天使を苦しめているようにも見えた。
しかし、この部屋からも人の気配は感じられない。
部屋を出て、二階に向かうために階段をのぼり始めると
「誰だ!」
二階から叫び声が響き渡ってきた。
目を向けると、階段の上から男Aがこちらを見ている。
「テメェは…あの娘の護衛…クソッ、どうやってここまで来やがった!」
「テメェで考えろや!」
男Aが"あの娘"と言ったのを聞いて、ここで間違い無いと確信した直哉。
「テメェ!生きて帰れると思うな!」
男Aは怒鳴ると、右手に剣を携えて階段を駆け降りてきた
「笑顔で手を振って帰ってやるよ!」
そう叫び返すと、直哉は右手を前に出し
「マテリアライズ!」
と叫んだ。
刹那、直哉の右手には形成された日本刀の柄のようなモノが握られていた。
そして
「我は望む、邪を切り払う轟雷の輝きを!来たれ稲妻、妖刀村正!!」
また叫んだ。
ガァァァァアンッ!!
凄まじい効果音と共に、直哉(正確には柄)に一閃の稲妻が落ちる。
男Aは咄嗟に目を左手で隠し、その場に止まる。
そして、左手を退けると――
「……テメェ、シエルをどこにやりやがった……」
黒紫に輝く刀身の日本刀を携えた直哉がいた。男Aには日本刀かどうかは分からなかったが。
直哉は剣の生成が成功して、少しほっとしていた。剣の生成自体は昨日ベッドに寝転がって考えていたのだ。だが、王宮で試す訳にも行かなかったので、いきなり本番で試す羽目になったのだ。柄は土属性魔術で生成し、刀身は稲妻で生成したのだ。
刀身を稲妻にしたのは、当たっただけで切れるような刃では無く、切れはしなくても感電して気絶さえすれば無力感出来ると踏んだからだ。…尤も、直哉の操作一つで真剣より鋭くなるのだが。
男Aは一瞬驚いて後ずさったが、すぐに剣を構え直し
「テメェが死んだら教えてやるよ!」
そう怒鳴ると、階段を飛び降り直哉に向かって行く。だが、勇者補正の掛かった直哉と対峙するのは、余りにも愚かだった。
剣を両手に持ち直し、真上から振り下ろす。直哉は右に少しずれてかわす。
振り下ろした剣を引き、直哉を刺し貫こうとする。直哉は身を引いて回避。
突き出した剣を引き、その力を利用し、一回転して水平に一閃。直哉はしゃがんでやり過ごす。
しゃがんだ直哉に向けてジャンプし、脳天目掛けて剣を振り下ろす。直哉は……消えた。
空を切った剣は、床に突き刺さった。
「?!」
戸惑いを隠せない男A。さっきまで目の前にいた筈の直哉が、何処にも居ないのだ。
「何処だ!出てきやがれ!」
「こっちだ」
はっとして声が聞こえた方を振り向く男A。
そこには、並大抵の人間では纏う事の出来ない、純粋な"殺意"を纏った直哉がいた
男Aを睨み付け、低い声で直哉は尋ねた。
「シエルは、どこだ?」
「うわぁぁああ!」
剣が掠りもしない事、直哉が突然消えた事に焦り、おぞましい殺意を放つ直哉に戦慄し、男Aはついに発狂した。
床から剣を引き抜き、矢鱈滅多に切りまくる。もちろん、直哉には掠りもしない。
男Aが答える気が無い事を理解した直哉は
「おやすみ」
そう呟き、日本刀…妖刀村正を振るった。脳天から一閃、左右に両断するように。腹辺りから一閃、上下に両断するように。
目にも止まらぬ早さで斬られた男Aは、動く事を止めた。そして、何かが割れるような音と共に、男Aは崩れ落ちた。身体は痙攣していて、白目を向き、口からは泡を噴いている。当分動けそうに…意識を取り戻しそうに無い。
「………」
そんな男Aを見た直哉は、念のためにと床板を加工し、男を拘束しておいた。
男Aの発狂した時の悲鳴を聞いたのか、二階ではドタドタと足音が鳴り響く。階段に近付いてきているようだ。
直哉は音も無く階段を駆け上がり、階段に辿り着こうとしていた男B・Cの前に立ち塞がる。
「んだテメェ!」
「こいつ…アイツの護衛じゃ?!」
「んだとぉ?!」
「シエルはどこだ?」
「知るかぁ!」
言うが先か、男Bは背負っていた両手剣を振り上げ、直哉の脳天目掛けて斬りかかる。男Cは時間差で斬りかかるつもりのようだ。斧を構えている。
直哉は妖刀村正の強度を上げて右手に持ち、男Bの両手剣を防ぐ。
すると後ろから
「オラァァァ!」
叫び声がして、男Cが斧を横に振ってきた。
このままだと男Bまで真っ二つだが、斧が来た瞬間にでも飛び退くのだろう。飛び退くまで後ろにいる男Cは見えないのだ。
よく考えてはいるが、弱点を見つけてしまった直哉。
男Bが飛び退こうとする。それを見計らって、左手で男Bの胸ぐらを掴み、自分側に引く。飛び退く事が出来なくなった男Bを、さっきまで直哉がいた場所に立たせたのだ。
ゴキッ
耳を塞ぎたくなる効果音と共に、男Cの振るった斧が男Bの脇腹を抉る。
余り切れ味は良くないみたいで、勢いで肉は切れたものの、骨は叩き折る感じになったのだ。
それでも男Bを二等分させるのには十分だった。
目を見開いた状態のまま、滑り落ちるように上半身が落ちる。ぐちゃりと言う嫌な音が響き、吹き出した血は床に赤い水溜まりを作った。
次いで下半身が倒れ、上半身に重なる。水溜まりはどんどん大きくなっていく。
本来なら、直哉はこの光景を見ただけで盛大にリバースする程グロいのは嫌いだが、シエルの事で頭が一杯のようで、そんな事考える暇すら無かった。
そして、男Cを見据える。男Cは斧を手放し、その場に座り込んでいる。
男Cの胸ぐらを掴み、左手だけで持ち上げ、問う。
「あ…あぁ…」
「…シエルは、どこだ」
「あぁぁ……」
「シエルはどこだ!!」
「ひぃぃぃっ!」
「答えないなら――」
「あああぁぁああっちです、あっちにいますぅうう!」
右手に構えた妖刀村正を男Cに向けると、男Cはすんなりと白状した。指を指した方向にはドアが一つあるだけだ。
一応男Cをぶん殴り気絶させた。そして引きずっていく。目的地はもちろん、あのドア。
ドアを開け、中を見渡す。
そして――
「シエル!」
――倒れた椅子に縛り付けられ、猿轡を噛まされ、目を閉じているシエルを見つけた。
直哉は男Cを階段に向けてぶん投げた。そのまま階段を転げ落ちる男C。が、直哉は男Cを構う事無くシエルに向かった。
椅子と身体を縛り付けるロープを村正で斬り、猿轡を外してやる。椅子から解放されたシエルは、ぐったりとしたままだ。目元には涙の筋が残っている。衣服は整ったままで、ただ縛られてただけのようだ。
急いでシエルを抱き抱え、血塗られた礼拝堂を後にする。入り口正面の部屋…巨大な十字架とステンドグラスのある部屋に何かの気配を感じたが、今はシエルが優先だ。
庭に飛び出た直哉は、脳内で王宮をイメージする。自分達がそこにいるイメージも欠かさずに。
《頼むぜ、相棒》
『任せとけ』
「テレポート!」
直哉が叫ぶ。瞬間、直哉とシエルを光が包み、二人を浮遊感が襲う。尤も、シエルは気絶したままだから感じてないのかも知れないが。
そして、気付いたら王宮入り口に突っ立っていた。
入り口の警備兵四人から焦りを感じる。因みに、直哉はシエルが連れてきた客人として通ってるため、怪しまれない。
警備兵が直哉に質問した。
「ど、どこから――」
「んな事どーでもいいから!早くシエルを看てやってくれ!!」
ぐったりとしたシエルを見た警備兵は、蒼白い顔をしながら頷くのだった。
二人の警備兵が王宮に入り、中から担架のようなモノを持ってきて、シエルを伸せて王宮へと向かう。
直哉も黙って警備兵についていく。
王宮には病院のような施設も設けられていて、迅速な診察が出来たようだ。
不安でたまらない直哉は、医者に向かって強めに聞いた。
「どうなんだ?!」
「大丈夫、眠ってるだけです」
それを聞いた直哉は、その場に座り込んでしまった。
「よかったぁ……」
「しかし、極度の疲労からか…酷く衰弱しています」
「しばらく寝かせれば治るか?」
「えぇ、安静にすれば」
「そうか…あ、警備さん」
「何でしょう?」
「コラーシュ王の部屋まで案内してくれないかな」
「畏まりました」
畏まられても困るなぁ…そんなことを考えつつ、先を歩く警備兵についていく直哉。
今回の事を報告しない訳には行かない。それに、平和な国に血塗られた礼拝堂など必要無い。
そして、あの時感じた"何か"…放っておいたら……
頭をぶんぶんと振って、報告する事だけを意識する直哉。
今は黙ってついていくだけだな…そう思って、得たいの知れない不安を拭い去る直哉だった。
誘拐編はこれにて終了!でも、誘拐の舞台となった礼拝堂はも少し使う予定です。
内容に期待しないで待っててくださいね!