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第八十三話:ノスタルジア

東日本大震災から十日、震源地に近かった私の家も被害を受けていました。

………が、地震、津波、火災、原発………様々な問題に見舞われ、今も尚苦しんでいる被災者の方々も居ます。


金銭面的余裕も無い私は、命有る方々の無事を祈る事、また………亡くなられた方々のご冥福を祈る事しか出来ません。

直接的な援助が何一つ出来ない自分に無力感を感じています。


被災者の方々、親戚が東北・関東に居る方々、今は忍耐の時です。きさらぎは、皆様の平穏無事を願っています。

「で、此処は何処なの?」


ガガァン!


「えと──」

「危ねっ!」


パンッ!


「油断しちゃ駄目だぞー!」

「う、うん………でもね──」

「またまたぁ!」


スパァン!


「──うぅ………」


瓦礫の街の真っ直中を足を止めずに走り続ける直哉とシエル。走りながら現状の説明を求めた直哉だが、シエルの説明を妨害するかのように沸いてくる影に手すらも休めている暇が無く、鬱陶しさを抱き始めた。

シエルはシエルで、頬っぺたを膨らますと言う形で怒り(?)を表している。


右手に妖刀村正を生成し、突然襲い掛かってくる影に対応できるようにしてから、直哉は呟くように訊ねた。


「………見覚えがある、と言うより、俺の生きてきた街なんだよね、ここ。勿論瓦礫の山で過ごし──」


ザシュッ!


「──た訳じゃ無いよ?建物も崩れてないし、こんなに血生臭い臭い──」


ガァァァンッ!


「──も、しなかったしね。ただ、雰囲気なんかがそっくりだし、こんなリアルな夢も考えにく──」


ズバァンッ!


「しゃらくせぇえええぇえぇえええええええ!!」


しかし、話している暇も無い波状攻撃に、元から剰り高くない直哉のリミッターは沸点を貫いてしまった。

妖刀村正がどす黒いオーラを纏ったかと思うと、直哉はそれを確認もせずに正面の左端から右端に妖刀村正を振り切った。真一文字に切り裂かれた空気中から漆黒の衝撃波が生じ、武器を振り上げた影、地面から沸き出そうとする影、そして関係の無い瓦礫等を消し飛ばしていく。


『………相変わらず、出鱈目な威力ね』

「そりゃどーも!」


ヒュパッ!


ふんがー!と、〝憤慨〟している直哉とシエルの脳内に、マーキュリーの念話が木霊した。

それに自棄を起こしながら相槌を打ち、直哉は右後ろ目掛けて妖刀村正を投げ付ける。妖刀村正は回転しながら影を切り裂いて霧散した。


『下らないナレーションだこと』

「「??」」


うるせぇやい。


『まぁいいわ、ナレーションなんて放っておきましょう。突っ込むだけ時間の無駄よね』


………ぐすん。


『シエルの代わりに説明するわね………この〝悪夢〟について』

《あ、やっぱ夢なんすか》

『えぇ………ちょっとばかりたちは悪いけれど』

《え──》

『この夢の舞台は………ナオヤ、貴方の生まれ育った世界の成れの果てよ』


若干躊躇いがちに、それでいてしっかりと、マーキュリーは説明を始めた。









「………」

『………』

「ナオヤ………」


事の顛末を知った直哉は、無言で、無表情で、ただただ瓦礫の山を駆け抜ける。そんな直哉を心配そうに覗き込んだシエルの瞳には戸惑いの色が見て取れた。知らない方が幸せな事もあるのだ。

そして何より………表情も感情も読めない事に怯えていた。


「ナオ──ッ!」


再び声を書けようとしたシエルは、直哉の足元に黒々とした影が沸き上がっている事に気付いた。

慌てて生み出した水銀を弓矢の形にし、弓を左手に握り締め、矢を右手に持ち弓の弦に引っ掛け、影の手目掛けて引き絞った時、


グシャッ


「あ!!」


直哉が影の手を踏み潰した事に驚いて、思わず矢を掴む右手を放してしまった。それが地面目掛けてでは無く直哉目掛けて飛んでしまったから堪った物では無い。

しかし………青い軌跡を残しながら飛ぶ矢は、直哉に当たる直前に〝自然消滅〟。


「ほっ──」


それに溜め息を溢したのも束の間、次は思い切り息を呑む事となる。


「………なぁ」

「(ビクン)」


恐ろしく冷たい声色で直哉が話し掛けてきたからだ。身体の深層に眠る本能が縮こまる程の、深く、果てしなく、そして甚大な恐怖を感じたシエルは、言葉を失ってしまう。

そんな事は気にせず、直哉は続けた。


「邪神ってーのは、今此処に──地球に居んだよな?」


質問を投げ付けつつ、凄まじい効率で魔力を練り上げていく。それは直哉を中心に渦を巻き、辺りに強風が吹き荒れた。


シエルが目元を覆いつつ強風に耐えてると、直哉は返事を待たずに魔力を稲妻へと転換した。

渦を巻く稲妻は直哉の右手へと収束し、黒々とした球体となった。


「まーどうでも良いか」

「な、何を?!」


シエルの問い掛けは再び無視し、直哉はそのまま空中に飛び立った。そのまま空中に留まり、瓦礫の街となった故郷を見下ろす。


「この世界を〝滅ぼした〟のは邪神だろうけどさぁ──」


──そして、狂気を孕んだ笑みを浮かべた。


ぞくん………


「っ」


背筋に得体の知れない寒気が走ったシエルは、直ぐ様直哉の隣へと浮上した。

しかし、直哉を直視する事が出来なかった。


そんなシエルは完全に意識の外らしく、右手を後ろに振り被りつつ直哉は独り言のように呟いた。


「──そいつ等ごとこの世界を〝消した〟のは、俺かも知れないね」


その右手を廃墟目掛けて思い切り振り切った。


球体は地球に着弾し、轟音と共に地球へと埋まっていく。硬い岩盤だろうが地層だろうが、そんな物は虚空の前では単なる塵芥じんかいでしか無い。

そして、地響きが聞こえなくなった刹那の事だ。


「砕けろォ!!」

「っ!!」


不意に直哉が叫んだかと思うと、眼下の地球が激しく揺れ始めた。そして、瓦礫の街に巨大なヒビが走る。

それはみるみる内に広がっていき、ヒビが繋がっていき、やがて巨大な溝となった。


溝から噴き出すのは、赤々とした熔岩では無い──闇よりも暗い邪悪な漆黒だ。

それが地表を蹂躙し、沸き上がる影を呑み込み、大地を闇の底へと呑み込んでいく。






眼前から一つの惑星が消えるのは、それから間も無い事だった。






「あ………」

「──ククッ」


音の消えた空間に響き渡るのは、狂気染みた笑い声。

その声の持ち主である直哉を見るシエルの目には、溢れんばかりの涙が浮かんでいた。


「クククク………ハハッ、アハハハハ………」


肩を振るわせつつ、堪えきれない笑い声を洩らしてしまう直哉。その姿は、端から見たら恐怖しか抱けないだろう。

ただ一人、シエルを除いて。


「アハ、アハハハハ!ハハッ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」

「………っ!」


──笑いながら大粒の涙を溢す直哉に、シエルは正面から抱き着いた。


「ハハハハハハハハハハ………ハハハ………ハ………」

「うぇっ、えぇぇ………」

『『………』』


ウィズやマーキュリーも言葉を失っていて、ただ沈黙を紡ぐ事しか出来なかった。


やがて笑い声は途絶えたが、


「畜生おおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおおおおぉぉぉぉぉおおおおぉぉ!!」


代わりなのかは分からないが、〝独り〟の男の悲痛な叫び声は、暗闇の彼方へと木霊していった。









「………まさか、単なる夢じゃないなんてな………」

「………」


いつの間にか目が覚めた二人は、先程の内容を振り返り呆然としていた。

特に直哉の様子が酷かった。それもそうだろう、自分の生きた街、国、世界を滅茶苦茶にされていたのだから。


『………夢の中だから言わなかったけど、あの頃は崩壊初期だったみたいね。最初に被害を受けたニホンが舞台だったみたい………他の国は被害を受けて無かったと思うわ』

《じゃあ、生きていた他の奴等も殺しちまったんだな………》


夢の中とは言えど関係無い人まで殺してしまった事も、直哉を心理的に追い詰める要因になっていた。


《日本が〝最初に被害を受けた〟のも、俺が時間転移タイム・リムーバルしたから、なんだろ………?》

『えぇ………』

《………っ》

『………』


──そして極め付けが、親や地域の人を殺したのが自分自身だと知った事だ。

寿命も全う出来ずに理不尽な理由で殺されてしまった人々が浮かばれない。


「くそ………俺のせいで………」

「………っ」


頭を抱え込む直哉を、シエルは抱き締める事しか出来なかった。


「ナオヤは、悪く、無いよ………!」

「だけどっ!!」

「(ビクッ)」

「………っ、ごめん………」


思わずに声を荒げてしまった自分に嫌悪感を抱きつつ、成す術も無く途方に暮れる事しか出来ない現実に苦しむ直哉。

強く握り締められた拳が何も出来ない事に対するもどかしさを如実に表している。


自らを追い詰める直哉に、マーキュリーが口を開く。


『過ぎた事を悔やんでも仕方無いわ。これからは前を向いて歩かないとね』

《そんな事分かってるよ!………でも、でも………!》

『じゃあ、貴方に訊くわ』


一呼吸置いて、真剣な口調で。


『邪神は手段なんて選ばないわ………不謹慎かも知れないけど、貴方の国の未来を知った今なら、それが良く分かる筈。そして、その邪神が復活した今………エレンシアと言う大陸、そしてナオヤ、貴方自身が危機に晒されている事は明らかよ』

《………》

『過ぎてしまった事を悔やむ事と、これから起こるかも知れない惨事を防ぐ事、貴方ならどっちを選ぶ?』

《それは………》


言葉に詰まる直哉を前に、マーキュリーは口調を変えて続けた。


『可愛いお嫁さんを護るのだって、貴方の大切な仕事よ?』

「ふぇっ?」


すると、直哉の腕の中から素っ頓狂な声が返ってきた。

直哉が目を向けると、涙目になりながら見上げてくるシエルと目が合った。


「「………」」


暫く見つめ合っていた二人。言葉を交わさず、ただひたすらにまなこの奥を覗き込む。


やがて、いつの間にか抱き締めていた腕を解き、シエルの頬っぺたを両手で挟む。


「みゅ、むぅ、うにー」

「………」


そのまま無言でむにむにと押したり引っ張ったりした。涙目も相極まって、ある種の凶器となっている。

シエルもシエルで、黙ってされるがままに徹しているのが愛くるしい。


暫くすると、直哉が笑みを浮かべた。それに釣られてシエルも笑顔になる。


『私は〝誰が〟とは言ってないのに………相思相愛とは良く言ったわね………うふふ………』


マーキュリーの譫言うわごとは二人の耳に届く事は無かった。









夕陽の輝く城壁の手摺に寄り掛かり、その赤い光に目を細める。

元居た世界と寸分もたがわない──否、澄んだ空気も影響しているのか、より強く明るい光を放っているように見える太陽は、〝二つ〟の影を背後に長く延ばしていた。


「道理で、太陽なんかもそっくりな訳だ」

「あぁ………」


太陽から目を逸らすように左側を向いた直哉は、手摺の上に乗る具現化ウィズへと目を向けた。

ウィズは太陽から目を逸らさず、直哉に口だけの返事をする。


「なーんも変わらないんだなぁ………昔見た夕陽みたいだよ」

「………そうか」


相変わらず素っ気ない返事をするウィズに苦笑いしながら、直哉は続ける。


「お前には感謝してるんだ。時間転移タイム・リムーバルしてくれなけりゃ、皆………そして、シエルと出会えなかったからな。こんなに暖かい気持ちになれたのも、ぜーんぶお前のお陰だよ」

「………」


視線を正面に戻し、地平線に引っ込掛けた太陽を眺めながら続ける。


「そのせいで日本が一度滅んじまったのも事実なんだがな。ただ、それに匹敵する程この出会いは大きな物だったよ」

「………そか」


この時ウィズは笑みを浮かべたが、正面を向いた直哉は気付かなかった。

そんな事とは露知らず、大きく深呼吸をする直哉。そして、口調を真剣な物に切り替えた。


「ま、問題が一つ出来ちまったんだがな」

「問題?」

「あぁ」


再びウィズと向き合った直哉。その目は真剣その物だった。


「邪神さえ消してまえば解決なんだけどさ、問題は〝どの時間軸で〟消せば良いか、って事なんだよな」

「………?」


問題点の意味がイマイチ理解出来ないのか、ウィズは首を傾げる。すかさず直哉は説明に入った。


時間転移タイム・リムーバルを行った直ぐ後に、邪神によって日本が消されて、他の国々も消えてって………んで、その後にエレンシアが出来たんだろ?」

「あぁ」

「だとするとだ、仮にその時に戻って邪神を消したとする。すると、消える予定だった世界はそのまんまだ」

「だな、日本もそのままだ」

「だけどよ」


手摺に飛び乗り、そのまま腰を降ろす。足は手摺の外に宙ぶらりんだ。


「日本とかその他の国が残ったら、エレンシアと言う世界は生じなかったかも知れないんだよな」

「………!」


此処でウィズも勘付いたのか、直哉に視線を向けた。


「かと言ってエレンシアで邪神を消し飛ばすと、日本や他の大陸は戻らないままだ」

「………二つの世界の命運が託されたって事か」

「そゆこと」


ウィズに言わんとしている事を当てられた直哉は、深刻な面持ちを浮かべる。


「日本も消したくないけど、エレンシアだって消したくない………どーすりゃ良いのかなぁ………」

「俺様が一概に言える事でも無さそうだ………」

「それもそうだよな………」






話している内に、太陽は地平線の彼方へと引っ込んでいた。その代わりなのか、濃い藤色の空には幾千もの星が輝いている。


空を仰ぎ、直哉はぽつりと独り言を溢した。


「………皆、元気にしてっかなぁ………」

「………きっと元気にしてんだろ、何せお前の生きてきた国の奴等だしな」

「む。何だそりゃ、馬鹿にしてんだろ!お淑やかーな人だって居るぞ!」

「ナオヤみたいな脳味噌筋肉のが多そうだがな」

「あぁん?お前がそんな偉そうな事言えるのか?全身筋肉で脳味噌スッカラカンだろ電気系ねずみめ、頭振ったらカランカラ~ンとか鳴るんだろーなぁ!」

「んだとテメェ!主人である俺様を愚弄するかァァーーーッ?!」

「引きこもり(笑)」

「(ブチッ)」


ズガンッ!ガァァァアァンッ!


「テメェ!雷落とすんじゃねぇ!!」

「黙れニート!脛かじり!馬鹿!アフォ、間抜けェェーーッ!」

「(ブチッ)」






群青へと色を変える大きな空は、直哉の質問には答えない。喜び、怒り、悲しみ、楽しむ人々を、ある捉え方では優しく、またある捉え方では厳しく、無言で分け隔て無く包み込むだけだ。それによって大きな不安を抱く事になっても、幾ら大きな宿命を背負っていようとも、それは変わらない。

しかし、空の代わりに答えてくれるウィズが居るからこそ、直哉はやって行けているのかも知れない。


稲妻の交錯するエアレイド王国に、楽しそうな二つの声が木霊し、全てを包み込む大空に馴染むように消えていった。

一ヶ月も空いてしまいました。暇が無ければアイデアもなかなか思い浮かばない物ですね………。


そんな駄作でも読んでくれる人がいらっしゃるので、ただひたすらに頑張ります。

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