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第八十二話:現(うつつ)

やっと暇になった………。

『………エル、シエル、起きて?』

「う、ん………も少しぃ………」


マーキュリーの呼び掛けに駄々をねるように寝返りを打つシエルは、良い匂いのする枕をぎゅっと抱き締めた。身体を包み込む柔らかい材質の布団が、そんなシエルの寝返りを手助けしている。

太陽の光が振り撒いている優しい温もりも、シエルに駄々を捏ねさせる一因となっていた。


『駄目よ!貴女の〝目的〟は〝夢の中〟で眠る事では無いでしょう?』

「うぅ~ん………………?」


半寝状態のシエルの脳だが、マーキュリーの言葉を断片化して部分的に合成する事は出来たようだ。


「むにゃむにゃ………夢の中………目的………すぅ………」

『そうよ。苦しむ〝ナイト様〟を〝助けに来た〟のでしょう?』

「むにゃ………ナイト様………助けに………………っ?!」


その断片が1つに纏まった時、シエルの脳の回転速度は急速に速まっていく。


「ナオヤっ!!」


がばっ!


叫びながら起き上がったシエルに眠気は無かった。が、反比例して不安と焦りがシエルに充満していった。


「ナオ………?」


また、自分の見た事も無い形式の部屋が広がっている事によって、更に好奇心も上乗せされていく。

高い視野や小綺麗な室内は去る事ながら、天井にくっ付いているドーム状の白い物体──隅の方から紐が垂れ下がってる不思議なそれ──は特にシエルの興味を引いたようだ。


「ここは………ナオヤの匂いがするけど………」

『ここはナオヤの夢の始まり………彼もここで目覚めたみたいね』


物珍しいと言った様子でキョロキョロと周りを見渡すシエル。その呟きにマーキュリーも不思議な物を見ているかのような口調で返答した。

人間界に降りてきた事の無いマーキュリーにとっても、この空間は興味を引くようだ。


「不思議な場所………」

『間違い無いわ、ここはナオヤが生きていた時代──滅ぶ前ののエレンシア………ニホンね』

「ニホン………?」

『えぇ。ナオヤ達にそう呼ばれていた国の事よ』


しかし、先程自分で注意してしまった手前、暢気のんきに新鮮な光景を満喫している訳にも行かない。気持ちを切り替えて真剣な様子を呈し、シエルに現在地の大雑把な説明をする。


『この時代はエレンシアのような大陸が何個も存在していたの。その中でも最大の大きさを誇る大陸に寄り添っていたのがこのニホン。昔は戦争もしていたけど、滅ぶ直前では………世界中で最も安全で、最も発達していて、何よりも平和を尊ぶ綺麗な国だったのよ──もっとも、綺麗事だけで済む何て言う理想国家では無かったけど』

「理想寄りな国だったんだね………」

『えぇ、それは間違い無いわ』


大雑把な説明を終えたマーキュリーは、シエルに動くように指示を出した。


『じっとしてても始まらないわ。ナオヤを捜しましょう』

「それもそうだね………けど、何処を捜せばいいのかな………」

『先ずはここから出ましょうか。この空間に人の気配は感じられないわ』

「ん………分かった!」


それに頷いたシエルは、二段ベッドの上から顔を出した。下を覗き込んだのだ。そして危険が無い事を確認してから静かに飛び降り、音も無く着地した。

マーキュリーの補正は夢の中にも及ぶようだ。


そのまま改めて室内を見渡すと、窓際に見覚えのあるシルエットを発見する。

同時に、シエルは安堵からか表情をほころばせた。


「あ、ウィズちゃ──」


窓際に駆け寄り、見覚えのあるシルエット──〝置物〟に触れ、動きを止める。


「………置物?」


そして手を引っ込め、動かない置物を観察する。直哉が召喚したウィズと形は似ているが、色──そして、顔が圧倒的に違っていた。

ウィズは紫色だったが、この置物は黄色だ。そして、ウィズのような凶悪な人相をしておらず、優しげで円らな瞳でシエルを見つめ返していた。


仮にウィズのデザインをこの置物としているなら………。


「………」


脳内にウィズを思い浮かべ、目の前の置物と比較し、思わず苦笑いをしてしまうシエル。


『………』


シエルのイメージはマーキュリーにも伝わっている。当のマーキュリーも苦笑いを浮かべていたのは言うまでも無かった。


「………捜そっか」

『………賛成』


直哉のイメージ力には低い天井がある事を悟った二人は、苦笑いを湛えたままドアへと向かう。

──苦笑いが続いたのは、ドアノブを捻ってドアを開け、外に出ようとする時までだった。


「っ?!」


途端にくだんの悪臭がシエルの鼻腔を満たす。誘拐された時に礼拝堂の一室で嗅いだ、あの酷い腐乱臭だ。

咄嗟に鼻を手で覆ったが、強烈な悪臭は鼻腔にこびりついたまま離れようとはしない。


「なっ、何これ?!

『彼が泣き喚いていた理由と関係してそうね』


強烈な臭気に顔を顰めっぱなしなシエル。流石に辛そうだと判断したマーキュリーが魔術によりシエルの周りの臭気を緩和させると、漸く顰めっ面を解除した。

──が、今度は不安を全面に押し出している。


「この臭い………」

『急いでナオヤを見つけ出しましょう!』

「ん………ナオヤ………」


不安気に呟いたシエルは、ドアを開け放ち部屋を後にした。ドアのすぐ先にある階段は数十段あるが、シエルは迷わずに全段を飛ばして着地する。

ナオヤのように転んだりはしなかった。


「ナオヤ!何処に──」


華麗なる着地を決めたシエルは、直ぐ様捜索を開始した、が、居間の中を覗くと同時に動く事を止める。

そこには性別の判断すら不可能──否、人間であるのかすら分からない〝屍〟が横たわっていた。


「──ッ?!!」


傷付いた兵士を見た事はあったが、死体………それも、ここまで酷い有り様の物は見た事は愚か、見ようと思った事すら無い。そんなシエルには余りにも強烈すぎる光景だったようだ。


「う………っ」


シエルは喉に酸っぱい液体が込み上げて来るのを必死にこらえ、右手で口元を隠しつつ顔を背ける。

そして、少し遅れて胸の奥に沸いてきた鈍く響く痛みに耐えるように、左手で胸の中央を押さえ付けた。


「く、うぅ………」

『大丈夫?シエル、しっかり!』


吐き気を魔術で抑え込みながら、マーキュリーはシエルを襲う痛みの原因を探る。

マーキュリーでさえ発見するのが困難なダメージを、シエルは確実に受けているのだ。


そして、シエルの心の中に散策の手を伸ばした時、原因は明らかとなった。


「んくっ………はぁ………はぁ………」

『………これは………』


シエルの胸部に発生した痛みは、直哉の心に走った亀裂だ。この光景を見て精神的にダメージを受けた〝夢の主〟である直哉と同じように、シエルの心にもダメージが及んだのだ。


夢の中で直哉達が受けた肉体的・精神的な傷は、夢の外では〝精神の傷〟──つまり、心のダメージとなる。夢の中での死は、夢の外で言う〝精神の死〟──廃人や植物状態を意味しているのだ。分かりやすく纏めると、夢の中での肉体的・精神的ダメージ=夢の外での精神的ダメージ、となる。

そして、今シエルが居る場所は直哉の夢の中。主である直哉の受けた傷は、同じ世界に居るシエルにも流れてくると言う仕組みだ。


直哉が何処で壊れてきたのか分からない夢の中と言う現状は、いつ理不尽な影響をシエルに及ぼすか分からない、圧倒的不利な状況だ。

──この世界の地理・荒廃前の景色を知らない事、心のダメージをマーキュリーが癒せる事が不幸中の幸いだった。


「っ………?あれ、痛くない………?」

『急ぎましょう!早く見つけないと………!』

「う、うんっ!」


いつの間にか消えていた胸の痛みに首を傾げるのも束の間、危機感を漂わせるマーキュリーの必死な念話を受け、シエルはその空間から逃げるように出口へと向かう。

が、途中で足を止めた。


『何をして………、………。ったく、貴女も人がいいんだから………』


マーキュリーが口を開こうとするが、シエルのやろうとしている事を理解し、口を閉じる。

そして、振り向いて震える手を合わせ、恐怖を押し殺して屍に黙祷を捧げる小さな女神を見守るのであった。









「っ………、酷い………」

『荒廃した世界が、ここまで酷い有り様とはね………』


家を飛び出したシエルを出迎えたのは、崩れた家屋に荒れた通路、灰色に淀む空、そしてそれらを黒く染める変色した血液………一言で纏めると〝地獄絵図〟だった。


この時代の土地勘や情景が全く無いシエルでも、崩れた建物が本来の姿で、この通路を笑顔の人々が行き交ってる場合を想像するのは容易い事だ。それ故に、真逆な現実に強烈なショックを受けた。

それは直哉も同じようで、シエルの心に〝痛み〟となって表れていた。


「っ、あ………」

『シエルッ!!』


胸を押さえ付けるようにして(うずくま)るシエル。マーキュリーは咄嗟に治癒魔術を行使した。

心の受けたダメージが瞬間的に消えうせる。


「はぁ………はぁ………」

『影響が大きくなってきてる………ナオヤも貴女も、早く悪夢(ここ)から抜け出さないと………!』


マーキュリーの脳裏に廃人と化した二人の姿が浮かび、それを消し去るように語尾を強めた。


「う、ん………っ、早く、ナオヤを助けないと………」


それに同調するようにシエルも立ち上がる。少しよろけたが、心身のダメージはほぼ皆無に等しいレベルまで回復されていたので、単なる眩暈だったようだ。

その眩暈も少しすると慣れたのか感じなくなった。


「どこに行ったの、ナオヤ──」

『待って!!………近くに、何かが居る………』

「?!」


荒んだ大地を見渡すシエルを制したのは、マーキュリーの慌てた口調の念話だった。

慌てるのも致し方無い、生物の見当たらない悪夢で、少なくとも生命を携えた者──でなければ〝居る〟と言う表現は使わないだろう──が見つかるかもしれないのだから。


『………このまま真っ直ぐ進んで』

「(こくり)」


直ぐ様探査モードに切り替えたマーキュリー。精神を研ぎ澄ませて辺りの気配を探る。シエルもマーキュリーから伝わってきた念話の質が変わった事を感じ、余計なことを挟まないよう気を配る。

そしてそのまま、指示された通りに足を進めた。


歩く事数分、辺りを警戒しながら歩いてたシエルが唐突に走り出す。


「!!!」


鋭い瓦礫をひょいひょいと避け、ただ只管にある一点を凝視、そしてそこへ飛ぶように駆け寄っていく。

身体能力が強化されているので、この位は障害物とすら感じないレベルだ。

そして、目指していた場所に辿り着いたシエルは、そこに横たわる〝人〟を抱き起こした。


「ナオヤ!起きて、ねぇ!」


抱き起こされた直哉は返事はしなかった。瞳も閉じられたままだった。しかし、か細いとは言えど、しっかりとした呼吸を保っている。が、その頬には酷い擦り傷ができていた………そこから流れ出す血液は〝赤〟だった。

それを瞬間的に治癒魔術で治療し、シエルは直哉を揺さぶる事を続ける。


「ナオヤってば………起きてよ、お願いだからぁ………」


嬉しさからか悲しさからか、シエルの目には輝く涙の雫が溜まっている。それが頬を伝い、空中へと投げ出され、直哉の治癒された頬に滴った。


すると──


「………う………」


直哉が表情を(しか)め、苦しそうな呻き声をあげる。そして、薄っすらと目蓋を開いたのだ。


「ナオヤっ!!!」

「ん………?シエル………?」

「良かった、良かったぁ………」


まだ朦朧とする意識の中、直哉は自分の胸元に顔を摺り寄せてくるシエルの名前を自然と口にする。そして、自分の現状を瞬時に理解した。


「じゃあ………やっぱり、夢じゃ無かったんだな………」


右腕に魔力を集めるイメージをする。すると、身体中を駆け巡り右手に集まる不思議な流れを感じることができた。空気中からもその感覚は伝わってきて、右手の掌で混ざり合っているのが手に取るように分かった。

脳裏に稲妻をイメージすると、右手に濃い紫色の雷球が出来上がる。


「だとすると──」

『オイオイ、俺様が寝てる間に何やってんだ、ここは何処だよ』

「──やっぱり、実体験だったんだな!」


続いて脳内に響いてきた懐かしい声色に、直哉はエレンシアでの出来事が現実に起こったことだと確信した。

──そして、そのまま左手でシエルを抱きかかえて後ろに跳躍した。


「ふぇ──」


ズドン!


「──っ?!」


刹那、二人が居た場所を巨大な〝影〟が叩き潰した。素っ頓狂な声をあげたシエルだが、その直ぐ後に聞こえた轟音、そして地を揺るがす揺れに警戒を露にする。

そんな二人の視線の先には、人間の形をしているが、人間よりも二周りも大きい巨大な影がゆらゆらと蠢いている。


「えっ、何………?!」

「悠長な事言ってられないみたいだな」


抱きかかえていたシエルをゆっくりと降ろした直哉は、その影に向けて右手を向けた。そして、練り上げた魔力を雷球に注ぎ込んでいく。

膨張を続けていた雷球だが、不意にパンッと破裂すると、切っ先の鋭い刀のような無数の刃雷となった。

そして、影に向かって殺到。


ガァアアアン!


雷鳴が荒野を貫き、影を粉々に打ち砕いた。粉塵と化した影は霧散する。

しかし、その直ぐ後ろにはもう一体の影が控えていた。


「何はともあれ、話すのはあいつらをぬっ殺してからだな」

「え、う、うん」


記憶を取り戻した直哉とシエルは、その〝見えない脅威〟へと立ち向かうのであった。

お久し振りです、ニート予備軍第一隊隊長を務めるきさらぎです。

昨日は国公立の入試ご苦労様でした。


これからもちまちま更新頑張っていきませう………!

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