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第八十一話:夢

この小説を書き始めてから1年も過ぎてしまいました。

やる気が失せたり時間が無かったりもするけど、何だかんだ言っても愛着が沸いてる気がしなくもありません。


もうちょっと頑張ってみよう。

──柔らかい。


微睡みの最中にある意識が捉えたのは、遠い昔に嫌と言う程堪能した、それでいて飽きの兆しすら見い出せない、懐かしく恋しい柔らかさ。

心地好い柔らかさに顔をうずめると、微かに太陽の香りがした。


「んん~………」


閉じられた瞼を肌色に透けさせる太陽の光からして、今は朝の7時位だろうか。何時もなら〝起きて訓練に向かう〟時間だ。


「ふゎあ………も少し………」


だが、この心地好さはそう見す見すと手放せる物では無い。少し前まで生活習慣が崩壊していた──惰眠を貪る素晴らしさを知っていた──ので尚更だ。


せめて〝お姫様〟が起こしに来てくれるまで………この心地好さを堪能しておこう。

そう自己解決し、浮上した意識を再び沈めようとした。


《………?》


だが、何故か意識は沈もうとせず、逆に浮上しようともがいているようだった。

まるで見えない何かが『眠ってはいけない、起きて!』と訴えているかのように。


「う~ん………」


眠れないのに無理して寝ようとすると、却って疲れてしまう。それを熟知していたので、渋々起きる事にした。

「俺は寝ていたいんだ!止めろ、開かないでくれ!」と言わんばかりに抵抗する瞼をじ開けると、かすんだ視界が眼球を出迎える。


「………?」


そのまま夢見心地で暫くぼんやりとしていると、自分が妙な違和感──明らかに違う〝何か〟──を感じている事に気付く。

そして、それが晴れていく視界に比例して大きくなっている事にも。


そして、視界から霞みが完全に晴れた時、違和感は確信へと変わった。


「あれっ?」


何時の間にか眠気は吹き飛び、その代わりに溢れんばかりの驚愕が身体を駆け巡っていた。

身体をがばっと起き上がらせた男性──直哉は、ただひたすらに目をまばたかせ、その〝有り得ない光景〟を呆然と眺める。


「ど、どーなってんだ?!」


そこは直哉が〝住んでいた〟部屋だった。全体的に纏められ、置かれた机の上もしっかりと整頓されていて、男性の部屋だと言われてもしっくり来ない程小綺麗な部屋。自分の部屋を見紛う筈も無く、見たのは久し振りだが、一瞬でそう理解した。

意識が浮上する時に感じた違和感は、天井が妙に近い事──直哉のベッドは二段構成、普段寝ているのは上の段(一話で転げ落ちてます)──だったのだ。


「えっ?えぇ………」


掛けられていた毛布をどかし、転げ落ちる事も無くベッドから降りる。無意識の内に身に付いた習慣は、直哉をしっかりと床に立たせた。

その時の直哉は〝スウェット上下に身を包んでいた〟のだが、そんな事を気にする余裕は無かった。


「俺の、部屋………」


部屋の中を見回して呆然と呟く。高校の「物理Ⅱ」と言う教科書を机の上に発見し、捲ってみると謎の文字の羅列としか思えない公式が出迎えてくれた。

しかし、ずっと見ていると頭が痛くなってしまうのは健在だった。


「う………止めよう、物理Ⅱ使わねぇし」


その〝呪文書〟を閉じ、頭を振って公式を吹き飛ばす。


その時、見覚えのあるシルエットを視界の隅の窓際に見付けた。

尖った耳、丸い身体、ギザギザの尻尾に、愛くるしい表情──逆光で良くは見えないが、そこは想像で補填。


首を振るのを止め、窓際に寄って行く。そして、そのシルエットを掴んだ。


「………ふへへ」


シルエット──〝黄色い〟電気系ねずみの人形は、変わらぬ表情で直哉を見返していた。歪な笑顔を浮かべる事も無ければ、「ヴィ゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛」とも鳴かない、ただの人形………。

それに妙な現実味を感じて、ふと〝ある事〟を思い出す。


「あ、そうだ!」


そして、それを実行するべく精神を研ぎ澄ます。未だに原理は良く分からないが、とにかく集中だ。


「………」


人形を窓際に置いてから右手を突き出して瞼を閉じ、暗闇に目の前の電気系ねずみのようなシルエットを思い浮かべる。但し、この人形のように可愛くは無い。

紫色のボディに悪意満ち溢れる瞳、そして漆黒の稲妻。ただならぬ雰囲気を纏わせて完成だ。


そして、魔力を練り上げてイメージを投影し、邪悪な電気系ねずみを召喚──


「………あれ?」


──とは行かず、魔力すら纏まらない始末。魔力の不思議な感覚も無く、マナやエレメントの流れすら感じれない。

それから何度も何度も繰り返しウィズを召喚しようとするのだが、その全てがことごとく失敗してしまった。


「おっかしいな~………」


何が何だか分からずに首を傾げる直哉。まるで〝夢〟でも見ているかのようで──


「………待てよ………夢?」


──自分で考えた事にヒントが隠されている事に気付いたのは、それから直ぐだった。


今の自分が居るのは何時もの世界、そしてつい先程まで自分は眠っていた。良く良く考えてみると、剣と魔術のファンタジーランドであるエレンシアは夢と片付けられても致し方無い──その割には妙に〝リアルな〟夢だったが。


仮にそれら全てが〝夢〟だったとするならば………。


「………っぷ」


胸の中にとある感情が沸き上がる。


「ククク………」


それは止まる事を知らないかのように溢れ続け、


「ははっ!あははははは!!」


そして爆発した。


「何よ魔術って、んな非現実的過ぎる事が実際にある訳が無いじゃんか!何本気にしてんだろ俺、あははははははwwwww」


腹を抱えて転げ回る直哉。魔術を行使しようとしていた自分に対して「夢の見すぎだよ俺」等と罵っては笑っている。端から見たら危険極まりない要注意人物認定されるに違いない。

──しかし、そうでもしなければ、この得体の知れない悪寒を拭い去る事は出来ないだろう。


「あはは………はは………は………」


笑い声は尻すぼまりに小さくなっていき、やがて途絶えた。後に残されたのは鳥のさえずり声すら響かない無音の空間のみだ。


やはり何かがおかしい。


「………」


暫く考えてからそう結論付け、意を決した直哉は部屋の出口へと向かう。無論、この異変の元を突き止める為だ。

そしてドアノブを捻り、押すようにしてゆっくりとドアを開いた。


「──ッ?!」


途端に、悪臭が直哉の鼻腔を刺激する。悪臭なんて生易しい物では無い、吐いてもおかしくない程の強烈な〝鉄の臭い〟だ。


そして、直哉にはこの悪臭に嗅ぎ覚えがあった──今までの経路が夢かうつつかも分かっていない現状では、妙に鮮明な夢と捉える事も出来るが──。


「そんな、まさか………っ?!」


それはとある平原での事。自分達が走らせる馬車にたかってきた盗賊達を返り討ちにするべく、仲間が刃を抜き放ち、盗賊達を次々に切り刻んだ。

平原は血と肉片の海と化し、周囲には〝死〟の臭いが充満していた。


思い出すだけで目眩のする出来事だったが、今は目眩を感じている暇等無い。

何故なら──


「おい!誰か居ねぇのか?!頼むから返事をしてくれ!!」






──直哉の鼻腔を刺激する悪臭も、それと同じ臭いだからだ。


「誰か──うわああ!」


ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ………ドスン!


「うぅっ………」


臭いに我を失った直哉は、足を階段から滑らせてゴロゴロと転がり落ちる。そのまま床に叩き付けられ、その際の鮮明な痛みに頬を顰めた。

しかし、今は痛みよりも家族の身が第一だ。


「くそ………っ、誰か、居ねぇ──」


痛む身体に鞭打って起き上がり、周りを見渡す。そして、ある方角を向いた時に首の動きが止まった。

直哉の目は限界点まで見開かれ、脚はガクガクと震え、顔には脂汗がぽつぽつと浮かんでいる。


「──え………あ、ああ………」


かすれる声を喉から溢しつつ、〝何か〟から逃げるように後退りをする直哉。視点は前方に釘付け──と言うより、〝それ〟から逸らす事が出来ないようだ。


………プツン


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


そして、喉がはち切れんばかりの絶叫を上げて、玄関目掛けて走り出す。転びそうになるも辛うじて耐え、酷い吐き気も何とか遣り過ごし、靴も履かないで玄関を飛び出していった。

直哉が見た〝もの〟──乾いて黒く変色した血液の海に横たわり、腐った肉体にうじを這わせる、変わり果てた姿となった母親──は、直哉を無言の沈黙で送り出した。









「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」


自宅を飛び出した直哉は、先程見た映像を記憶から取り除く為に、ひたすら叫びながらがむしゃらに走り続ける。


ここで想像して欲しいのは周りの目。良い年した男性が真っ昼間から──真夜中でもあれだが──絶叫しながら疾走しているのだ、周りからは奇異な視線が飛び交ってもおかしくは無い。

だが、そんな直哉には視線の一つすら向けられる事は無かった。


「誰かぁぁぁあああ!!」


──それもその筈、視線は元より、周りに人が居ないのだ。

何時も数人の人が行き交っていた道路はコンクリートが砕けた山道のようになっており、道路を縁取るように連なっていた家やその他の建造物は倒壊していて、辺りには人──と言うより〝生物〟の気配すらしなかった。






幾ら叫ぼうと誰も返事をしてくれない。

幾ら走ろうと瓦礫の山しか見えてこない。






その〝変わらない事実〟は、瓦礫の隙間から覗くどす黒い染み、そして鼻の曲がる程強烈な鉄の臭いと相極まって直哉を追い詰めていく。


ガッ


「あ゛──」


ズザザァーッ!


脚をもつれさせて派手に転び、顔を地面に擦り付けた直哉。痛覚は既に麻痺していて痛みは無かったが──


「うぅあ、ああ、あああああ、あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」


パリン………


──その時にえぐれた頬から滴る深紅の液体が、アスファルトに当たると同時に黒く変色するのを見て、ぼろぼろの精神は完全に砕けてしまった。









「………ヤ、ナオヤ、ねぇ、ナオヤ………大丈夫?ねぇ──」

「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!」

「──ッ?!」


うなされる直哉を起こそうと揺すっていたシエルは、その直哉が突然張り上げた絶叫に身体を強張らせた。

その絶叫からは恐怖が手に取るように感じられ、ただの夢では無い事をシエルは悟る。


「あああ、うあああああ」


目を瞑りながら苦悶の表情を浮かべ、助けを求めるように手を宙にさ迷わせる直哉。

呼吸は荒く、顔は土気色で、閉じられた目からは涙をぼろぼろと流し、脂汗の量は尋常では無い。


「ナオヤ!!起きて!!」


シエルは揺さぶりを強くして、一刻も早く悪夢から覚まそうと必死になった。

すると、直哉がうっすらと瞼を開いた。


「ナオ──」


その事に安心したような声を出そうとしたシエルだが、直哉の暗く淀みきった瞳を前に言葉を失ってしまう。


「う、あ………し………え………」


直哉は滲む視界の中に捉えたシエルに向けて手を伸ばす。

──しかし、シエルはその手を掴む事は出来ない。


「だ………ず、げ………」

「っ?!ナオヤ、ナオヤぁっ!!」


直哉の願いも虚しく、助けを求める言葉を最後に、宙をさ迷っていた直哉の手はベッドに落ちた。

はっとしたシエルが再び揺さぶっても直哉は動かない。淀みきった瞳は瞼に覆われているが、その隙間から溢れる涙は止まらなかった。


「しっかりして?!ナオヤ、ナオヤっ!」


手を差し伸べてあげられなかった事に対する自己嫌悪に苛まれながら、シエルは混乱の深みにはまっていく。

──マーキュリーが念話で語り掛けて来るまで。


『落ち着きなさい!貴女が取り乱してはどうしようも無いわ!』

『っ!』

『助ける側がしっかりしないと、助かるモノも助からなくなるわよ?』

『でも………でも、ナオヤがっ』

『今の不安定な状態で何かしても、彼を苦しめる事になるだけよ?』

『っ………ごめん、なさい………』


マーキュリーの念話はシエルの荒んだ心をひんやりと包み込むかのように広がり、シエルに冷静さを取り戻させた。若干辛辣(しんらつ)な物言いだが、今のシエルには丁度良かったようだ。焦りを0にする事は出来なかったが。


『で、でも、どうすればいいの?』


目の前にぐったりとしている直哉が居るのだから、それも至極当然である。

だが、そんな些細な事は想定済みだ。


『今………夢の世界で、ナオヤの身に異常が起きてるのだと思うわ。それも、精神にここまで影響する程強烈な、ね』

『夢の、世界?』

『えぇ。毒物なんかを飲まされたから苦しんでる、と言う訳では無いみたい。隅々まで調べてみたけど、呼吸不全と脂汗の原因は見当たらなかったからね。となると、精神的な事──眠るナオヤが見ている夢が原因かな、と推測が立つわ』

『成る程………』

『ただ、人間の見る夢やその原理は複雑でね………正確な原因とは言い難いけど、邪推と言う訳でも無い筈よ』

『………』


人間の心理についての究明がされていない現在のエレンシア大陸に住む人に、脳波が云々と解説しても分かる筈が無い。なので、分かりやすいように消去法を使った例を挙げるマーキュリー。

そんな解説を受け、シエルは1つ思い当たる事を口にする。


『………そう言えば、ガルガント王国の時も………』


首をちょん切られる夢を見た直哉の状態と、現在苦しんでいる直哉の状態が酷似しているのだ──間違い無く前回よりも酷くなってはいるが。


だが、同時に決定的な違いも発見した。


『………あの時は目が覚めてたけど、今は………』

『再び気絶する程の物………』


前回はしっかりと覚醒した意識だが、今回は覚醒せずに闇の底へと沈んだままだ。まるで、悪夢に奈落の底へと引き摺り込まれたかのように。


纏わり付く漆黒の闇の中でもがき苦しむ直哉を想像し、シエルは空色の瞳に涙を溜めた。


『ねぇっ!私はどうすればいいの?!お願いだから教えてっ、何でもするからっ!!』

『落ち着きなさい。私は貴女の味方だから、安心して』

『でも、でもっ!!』

『大丈夫よ、ナオヤを救い出す方法はあるわ』


不安と自己嫌悪と得体の知れない恐怖に襲われたシエルは、それを打ち消すかのような必死な声でマーキュリーに念話を送る。

それに相変わらず落ち着いた声色で答えるマーキュリー。その声には自信が満ちているように思われた。


そして、平常時に聞いたら心が(おど)ってしまいそうな事をのたまった。






『ナオヤの悪夢(ゆめ)に入るのよ』

変な夢見てるときに入ってこられたら困りますね(苦笑)

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