第八十話:王宮ロワイヤル(後編)
おひたしです。いいえきさらぎです。
センター前は流石に足掻くべきだと思って、手をつけませんでした。
まだ二次もあるので、時間的余裕は余りあるとは言えませんが、ちまちま執筆していこうと思います。
お気に入り登録してくれていた読者の皆様、お待たせして大変申し訳ありませんでした………。
これからもこの駄作をよろしくお願いします。
中庭での惨劇は王宮中を駆け巡り、瞬く間に広まった。それは王宮に住む者、勤める者の耳に入ると、恐怖と好奇心を6:4の割合で残した──それ程までに、シエル達が留守にした期間の影響は大きかったのだ。
「貴女はそっちを張ってて!私はこっちを注意しておくわ」
「がってん承知でぃ!ただ………利潤はしっかり平等に頼みますぜ………ぐへへ………」
仕事をそっちのけで二人を待ち伏せするメイドが居れば、
「よーし!今日の訓練は二人を追い詰める事だ!素早く凄まじい戦力を持つ相手に真っ向から挑んではならないと言う戦友の遺言を活かし、地道に体力を削るんだ!」
「「「「「サーイエッサー!!」」」」」
二人の捕獲を訓練にしてしまう騎士達も居るし、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、シエル様に踏まれてぇぇぇぇぁぁぁあああ!!」
頭を抱えて意味不明の言葉を吐き出すヤバめの重鎮もいた。
禁断症状に苛まれているいるエネミー達は各自が血走った目をギラギラと輝かせていて、それはそれは恐ろしい光景だった。
そして、〝二人の捕獲〟と言う彼等の共通目的は、強力な仲間意識と団結力をもたらした。
ザッ………
そして、意気揚々と声を張り上げる一行の前に、恐ろしい〝邪神〟が降臨した。頭に濡れた手拭いを巻き、熱のせいで僅かに紅潮した顔に笑顔を浮かべ、恍惚な面持ちで仁王立ちする〝邪神〟は、同志達に向けて大声を張り上げる。
「者共、静まれ静まれぇい!!」
すると、先程の喧騒が嘘のように止んだ。それどころか風も止み、小鳥も囀ずる事を放棄した。
静まり返った彼等は、彼等の首領とも言える邪神──セラの言葉に耳を傾ける。
「良いか者共、我等は一つの輝かしい未来を求める仲間だ。故に、けほっ………団結をする事が出来れば、その絆を深める事だって可能なのだっ」
「団結………」
「絆………」
咳をしながらのたまうその言葉にはえもいわれぬ頼もしさがあり、彼等の心にじんわりと染み渡る。それがセラの策略とも知らずに、心を一色に染められていった。
「数日の間──拷問とも感じれる長い長い期間、我等は欲求を封じ込め………耐えて耐え抜いて耐え忍んできたっ!」
「「「「「おぉっ!」」」」」
「我等は充分な………否、寧ろ有り余る程の代償を支払ってきているのだ!次は我等に恩恵が授けられるべき時ではないかっ!!」
「「「「「おぉぉぉぉっ!!」」」」」
「二人にはっ!対価をっ!!支払う義務があるのだっ!!!」
「「「「「うおぉぉおぉおおぉぉぉぉっ!!!」」」」」
「時は満ちたっ!!者共よ、反撃の狼煙を立ち上げろっっ!!我等の団結の成せる進撃を見せ付けてやるのだァァーッ!!!!!」
「「「「「サーイエッサー!!」」」」」
そして、完全に洗脳が完了した時──
ゾクッ
「うぅ………?」
「………」
──直哉を重そうに引き摺るシエルの背筋に悪寒が走る。引き摺られている直哉は相変わらず屍モードを続けていた。
キョロキョロと周りを見渡しても目立った異変は見られず、しかし自分の直感を見てみぬフリもできず、シエルは僅かに警戒を強める。
──ザッ、ザッ、ザッ………
「!」
それが功を奏したのか、シエルの聴覚は妙に揃った足音を捕らえた。例えるなら──そう、〝ある目的〟の遂行の為に歩を進める軍の行列。
「──ッ?!」
そこまで考えたシエルが取った行動は、引き摺るように連れていた直哉の首根っこから手を離し、腋と膝に腕を入れて抱き上げる、所謂お姫様抱っこをすると言う中々に滑稽なモノだった。
しかし、そうでもしなければ──
──ザッ、ザッ………ザッ!
「「「あ゛!!」」」
「居たぞー!目標01の部屋の前だ!!」
「隊長、セラ隊長!目標を確認!!二人揃って逃亡を図ろうとしている様子!!!」
「でかしたァァーッ!!者共、目標01の部屋を囲め!!王宮全土に伝令を回せェーッ!!」
「ウヒョー!?」
──この危険な連中から逃げ仰せる事は叶わないだろう。
彼等の目が血走っているのも去る事ながら、彼等を率いているのが邪神である事も、その行動を取ると決断させた事の原因となっている。
生半可な方法では、セラから逃げ切れない。
直哉がエレンシア大陸のエアレイド王国に来てから学んだ教訓だ。
何時もは彼等を返り討ちにしてくれていた直哉が屍状態な今、自分達を護れるのは他ならぬ自分だけだ──騎士やメイド達が敵の立場なら、尚更。
「伝令ー、伝令ー!!目標を確認、直ちに集合せよ!!繰り返す、目標を確認──」
凄まじいプレッシャーが肌を刺激する中、妙に統一された連携を見せ付ける彼等の前で悠長に立ち尽くす暇等無い事を悟るのには、刹那の時間すら要する必要が無かった。
『お願いっ、マリー!』
『ガッテン承知でぃ!』
「あっ!隊長、目標が逃亡を──うわああああああああ!!?」
咄嗟に走り出したシエルに気付いた騎士が声を張り上げようとして、それよりも更に大きな音量の悲鳴をあげた。
走り出したシエルはマーキュリーに魔術の行使を頼み、それを承諾したマーキュリーが大量の水を産み出したのだ。
ドドドドッ!
「ひっ、ひえええ!!」
「何だありゃ、あわあああああ!?」
「隊長ぅぅごぼっ、ごぼごぼっ」
「うぶぐぅぁぁぁううあうあ!」
雪崩さながらに押し寄せる水に、接近を試みていた数人の騎士やメイド達が呑み込まれていく。抵抗するにもさせてもらえない絶対的な力に、数名の者は情けない悲鳴を発した。
だが、首謀者であるセラだけは落ち着いていた。右手に魔力を込めつつ、悲鳴を発した騎士達に大声で一喝。
「静まれぇい!この程度で怯むでない!」
直ぐそこにまで迫っている水にも怯まず、寧ろ果敢に向かっていく。その後ろ姿には、歴戦の英雄を彷彿とさせる趣があった。
そして、目と鼻の先にまで迫った水に向けてにやりと邪悪な笑みを湛えると、
「キエイッ!」
ズドン!
そのまま右手の拳で地面を殴り付ける。
すると、殴られた場所から土が盛り上がり、瞬く間に通路を塞ぐ巨大な壁となった。
そして、壁が通路を塞ぐと同時、ドンッ!と、何かが凄まじい勢いで衝突するような音が鳴る。
巨大な水の塊が、巨大な壁に直撃したのだ。
その後暫く地鳴りのような揺れが続き、やがて収まった。
「「「「「………」」」」」
「す、すげぇ………」
「これが………これが隊長の力か………」
誰もが衝撃的な光景に息を呑み、そして首謀者に尊敬の眼差しを送る。それに応える為なのか否かは定かではないが、セラはスローモーションで立ち上がった。同時に、通路を塞いでいた壁が光の粒となって霧散した。
消えた壁の向こうには、床の上で魚のようにビクンビクンと痙攣する犠牲者が数名転がっていた。
「クフッ、クフフフフ………その程度では、我等を止める事は出来ませんよ、姫様ァ………」
そんな犠牲者にはお構い無しに、身の毛も弥立つような恐ろしい音色で独り言を呟くセラ。後ろに控える仲間達も、そのどす黒く淀んだ声色に思わず背筋を凍らせた。
そして、ゆっくりと振り返り、身動きすら取れない仲間達に向かって笑い掛けた。
「クックック………ハッハッハ………ハァーッハッハッハァァーッ!!面白い、面白いッッ!!この〝追いかけっこ〟、実に面白いじゃないかァーッ!」
「「「「「──ッ?!」」」」」
正真正銘の邪神の浮かべていた恍惚の表情、そして唐突に張り上げた笑い声に、騎士達は息を呑まずにはいれなかった。
それからも幾度と強襲をされ、その度にシエルの精神的余裕は圧迫、更に直哉を抱き抱えながら逃げると言う明らかに不利な状況は、シエルを次第に衰弱させていった。
「はぁ、はぁっ………ぷぁ、はぁ………」
「………」
『シエル、お水をゆっくり飲んで』
「ん………んくっ、んくっ………ぷぁっ、はぁ、あぁ………」
『………(じゅるり)』
──しかし、衰弱したシエルもまた別の良さがあるらしく、襲撃の手は弱まるどころか熾烈を極める一方であった。
それらから辛うじて逃れ、ふらふらになりながらも駆け込んだのが………騎士達の装備をしまっておく薄暗い格納庫であった。
隣でぐったりと倒れている直哉を一瞥し、荒い呼吸を整えながら独り愚痴を洩らす。
「はぁ………どうして、みんな──」
「みぃーつーけたぁ」
ぱっ!
「(ビクッ!)」
だが、愚痴は邪悪な響きを含んだ声に塞き止められてしまった。同時に強烈な光が格納庫内を照らす。
眩しさに目を眩ませながら、シエルは声の主であるセラの方を睨み付ける。
「セラッ!」
「うふふ、もう逃げ道はありませんよぉ?」
「ッ?!」
セラの言葉を受け、慌てて周りを見渡すシエル。確かに、出口と思わしき通路はセラの後ろにのみ繋がっていた。そしてその通路も、ぞろぞろと沸いて出たエネミー達に埋め尽くされてしまう。
格納庫に逃げ込んだのが運の尽きだった──それがセラの思惑通りだとも知らずに。
「そんな………」
「ふひひ、ついにこの時がやって参りましたなぁ………長い追いかけっこでしたよぉ」
両手をわきゃわきゃと動かしながら近付いてくるセラ。頭にうっすらと角が見えるのは気のせいでは無いと思う。
「う………」
「………」
その邪な姿に戦いたシエルは、無意識に震える手で直哉の袖をきゅっと掴んだ。
因みに、胸元が破けたままの服装だ。
そんな二人を見ながら優越に浸っていたセラは、二人に背を向けてエネミー達に声を張り上げた。
「者共!我等の勝利は目前だ!目標は最早風前の灯、我等の色に燃え上がらせるならば今しか有るまいっ!!」
「「「「「うぉぉおお!!!」」」」」
ここに来て士気の高揚を煽るセラ。二人を舐めていない証拠である。そして、それに釣られて高ぶる感情を声に変えて叫ぶエネミー達。謎の宗教のミサよりも恐怖を煽る光景だ。
高揚に満足したのか、セラは再び振り向き、二人を見据える。
「さぁて、お開きの時間ですよー!!」
「っ!!」
がしゃん。
思わずに身体を震わせてしまったシエル。そんな小動物チックな身振りに、セラの理性はリミッターをぶち破った。
目を充血させたセラは、二人目掛けて飛び掛かった。
「戴きまぁぁぁぁぁす!!」
「ひっ、ナオヤぁっ!!」
「………」
最早逃げると言う選択肢を思い浮かべる事すら出来なかったシエルは、動かない直哉の胸板に顔を埋め、力一杯しがみつく。
そして、来るであろう衝撃と羞恥に備えた。
「っ………」
しかし、30秒程待っても衝撃も羞恥も感じない。
回らない頭を何とかして回そうとしていると、あれ程騒がしかった室内が異様な静けさに包まれている事に気付いた。
「………?」
流石に異常事態(追い回されてる時点で異常だが)である事に気付いたシエルは、直哉の胸板から顔を離し、いつの間にかきつく閉じられていた瞼をうっすらと開き、目の前に広がる肌色に顔を赤らめつつ、ゆっくりと起き上がった。
そして、後ろを振り返って──
「ひぁっ?!」
「~~~~!~~~~~~~!!」
「え──あっ、ナオヤ!!」
──口元を押さえ付けられているセラが目の前でじたばたともがいている事に息を呑んだ。
その手は、先程まで身動き一つしなかった直哉のそれであった。顔に目を向けると、瞼の隙間から〝漆黒の〟目を気だるそうに覗かせる直哉がいた。
数日振りのダークサイドだ。
「よ」
「や!」
簡易な挨拶を済ませると、シエルの顔から絶望やら何やら………ありとあらゆる負の感情が消える──現在の状況はそっちのけで。
直哉の蘇生(?)が邪神に迫られる恐怖を上回ったのだろう。
「──で、コレ」
「うーん………」
「~~~~!」
そして、挨拶からセラへと意識が傾く。二人してセラに視線を向けると、セラの紅潮した顔がさーっと青ざめた。
ぶるぶると震えているのは、ただ単に身体が熱いからでは無さそうだ。
直哉は視線をシエルに向け、困ったように訊ねる。
「どうしたい?」
しかし、シエルは腕を組んだままうんうん唸るばかりで何も答えない。正確に言うと、酷い〝お仕置き〟を所望したいのだが、流石にやりすぎると可哀想だとか、顔の赤らみから体調不良を見抜き、病人を痛め付けるのは道徳に反する等………要するに葛藤していたのだ。
だが、そんな葛藤はセラが起こした行動により砕け散る事となった。
「──うぉい、手ぇ舐めんなよ!!」
「あ」
「ふがー!!我等に栄光をー!!!」
口元を押さえ付けていた直哉の手に舌撃を喰らわせたのだ(噛んだら可哀想だから舐めるに留めたらしい)。それに驚いた直哉が手を離した隙に、よろけながらも二人目掛けて突撃を開始したのである。
手は直哉とシエルを捕まえようと、ぴーんっと伸ばされている。
「捕っ──」
バチバチィッ!
そして、油断した二人を捕まえようとした腕は、あと少しの所でびくびくと痙攣を開始した。
「──た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」
セラが反撃の手を1回伸ばす間に、直哉には反撃の手を摘むタイミングが10回はあったのだ。そして、こっそりと雷撃を浴びせかけたのである。
バチッ!
「にゃあああああ!」
バチンッ!
「うきゃあ!」
バリバリバリッ!
「くぁぁあああ!?」
バリンッ!
「ひゃぅぅんっ////」
黒い稲妻が走る度に身体をびくんと揺らし、セラは独りで激しめに踊った。
それを見た騎士達の表情に焦りが見え始めた。
「あああぁぁぁふー………」
ぱたり。
雷撃が止むと、セラは奇声をあげながら倒れ込む。涙の滲む目は虚ろに二人を見据えているが、その表情は清々しさと妙な興奮に満ちている。
「もっとぉ──」
「良いから寝てろ」
ズビシッ!
「ぇぅ」
ちょっと卑猥な甘ったるさを含んだおねだりを無視し、直哉はセラの首筋に手刀を叩き込んで沈黙させた。
後になってシエルは知ったのだが、雷撃を喰らわせながら風邪の原因である病原菌を淘汰していたらしい。器用且つ粋な真似だ。
床に倒れ伏したセラから視線を逸らし、徐に右腕を振る直哉。右手には魔力が練り上げられていた。
それと同時に、数名の騎士達が驚きの声をあげる。
「うおっ?!」
「な、何だこりゃあ!」
その声に釣られた騎士やメイドも〝それ〟に気付き、思わずに絶句してしまった。中には頬を引き攣らせる者も居た。
しかし、それも致し方無い。
「これじゃあ………出られないよ!?」
自分達が塞いだと思っていた相手の逃げ道を風の壁で逆に塞がれ、立場が完全に引っくり返ってしまったのだから。
「うわ………うわぁ………」
「はわわわわ………」
「ハッ」
状況を理解した途端に慌て出す敵を一瞥し、直哉は鼻で彼等を笑い飛ばした。
「何が〝戴きます〟だ………逆に戴いてやろうかってんだ」
「むぅ。駄目だよナオヤ!」
隣で頬を膨らませるシエルを宥めつつ魔力を練り上げ、漆黒の小さな雷球を作り上げた。それを掴むようにして引き延ばし、黒い稲光を放つ稲妻の鞭にした。
手に馴染ませるように数回振り回しながら──
「じゃあ、〝調教〟の意味合いも兼ねて………」
──邪神セラも逃げ出す程の邪悪な笑顔を浮かべた。
「直哉、いっきまーす(笑)」
その後、格納庫から発せられた魑魅魍魎の猛り声と聞き間違えてしまいそうな程凄絶な悲鳴が、王国中をこれでもかと言う程長らく響き渡った。
「ふぅ」
「はふぅ………」
「疲れたな」
「うん………」
「〝アイツ〟も眠いってさ。たまにはあんな〝やんちゃ〟しないで休ませてやれよ」
「う………////」
「………点多いな」
「うぅ………」
等と下らない会話をしながら、二人は直哉の部屋へと向かう。
たまにメイド達とすれ違うが、セラの洗脳を受けてないらしく、丁寧にお辞儀をして通り過ぎていった。
その後直ぐに部屋に到着し、直哉はドアを開けて──
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
「し゛え゛る゛さ゛ま゛あ゛あ゛あ゛」
「「………」」
ぱたん。
──中に広がっていた光景を見てしまい、有無を言わさずにドアを閉めた(詳しくは前話参照)。
額に手を添えながら溜め息をつき、直哉はシエルに苦笑いを向ける。
「随分とご立派な〝趣味〟ですこと………」
「っ?!ちちち違うよ、あれはその、えっと、お仕置きって言うか………」
「それ何てSM?」
「えっ」
「えっ………いや何でも無いですはい」
「………変なナオヤ」
「いやだって今いつもの俺じゃなし」
「うっ」
「まだ許容範囲だし」
「それはどうかt」
「ちょっとアレな性癖をお持ちなのは俺じゃなくシエルだし」
「うぅぅ………アレじゃないm」
「そもそも俺の部屋で何やらかしてくれてんだ君」
「あぅぅぅ………ちg」
「全くもって怪しからんな」
「ふぇぇ………」
「………まだ愚痴れるけど聞く?」
「………………ごめんなさい」
「よろしい」
泣きべそをかき始めたシエルに満足そうに頷き、直哉はシエルの頭をぱしぱしと叩いた。
それに黙って従うシエル。若干乱暴だが、直哉に撫でられている事に変わりは無いのだ、悪い気分は──苛められた事以外ではしない。
先程の粛清からもダークサイドのドSっぷりは発揮されていた──気絶した騎士達に魔術製水をぶっかけて起こし、電気伝導性を上げてから鞭による稲妻属性付与打撃を与え、メイド達は動けなくしてから擽り地獄に引き摺り込み──のだが、それを身をもって体感したシエル。
直哉だけは敵に回してはいけない事も悟る。
「………ま、部屋が〝アレ〟だし。シエルの部屋で寝かせて貰うよ」
「や………ううん、いいよ」
「?」
「ななっ何でもないのえへへ」
「………風邪でもひいた?セラと同じように治療する?キツ目にしてあげるよ」
「滅相も御座いません!」
「そうか」
首を傾げる直哉を見てほっと一息。キツ目にされたら堪ったものじゃない。
明日になれば戻るだろう………そう思いつつ、窓から差し込む夕陽に目を眩ませるシエルであった。
『ねぇ、マリー』
『なぁに?』
『ナオヤの中にはもう一人のナオヤ──ダークサイドがいて、今は〝入れ換わって〟いるの』
『………道理で禍々しい魔力だと思った………アグネア様の魔力をここまで黒く染めるなんて、並大抵の人間──神にだって出来ないわ』
『ナオヤが規格外なのは知ってるけど………えと、聞きたかったのはそれじゃなくて………』
『彼は一体──あら?』
『〝入れ換わる〟って、どんな感じなのかなーって思って』
『うーん………上手く言葉に出来ないなぁ………やってみる?』
『え?!出来るの?!』
『ふふん、私を舐めちゃ怪我するわよ!さっきの可愛い子達を纏めて食べたり、貴女の身体を隅々まで調べ上げたりなんて朝飯m』
『ごめんね、やっぱり入れ換わってくれなくていいや』