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第七十七輪:帰国

戦闘だらけの血生臭い〝センティスト王国編〟は終了しました。

って事で、久々のまったり日常に。


暫くまったりまったりが続きそうです。

ローラン(と、お世話になってしまった店員)に別れの挨拶をし、二人は裏路地へと入っていった。

テレポートをするにも、日中の人混みのど真ん中では出来ないからだ。


「うぇぇ………」

「よしよし、泣かないの」


隣でえぐえぐと泣いているシエルの頭を撫で──何故泣いてるかは、前話の最後の方参照──、直哉はウィズに対する説教を延々と続けるマーキュリーを諭しに掛かった。


『そもそもですね、アグネア様は行動が余りにも軽率過ぎるんですよ。そこを漬け込まれたら──』

《お説教中悪いんだけどさ、もう勘弁してやってくれね?ウィズの性格は知ってんだろ?》

『しかしですね、そろそろ自重して貰わないと、また調子に乗ってしまいますから。明確な敵意を感じ取った以上、気軽に構える事は出来ませんので』


しかし、マーキュリーの論も筋が通っていた。

小賢しいウィズがしゃしゃらなくなるのは直哉にとっても大幅にプラスに働くし、神々にとって脅威となる可能性を秘めたエリニュスが復活してしまった以上、警戒するに越した事も無いだろう。


だがしかし、それでも譲れないモノが直哉にはあったのだ。


《成る程。まぁ確かに一理あるな──》

『でしょう?だから私も〝説得〟を中断する訳には──』

《──とでも言うと思ったかボケェ!!》


〝説教〟を続けようとしたマーキュリーの言葉を掻き消し、嫌に大音量の念話を轟かせた。

──因みに、マーキュリーにとってこれは〝説得〟の範疇らしい。


尚も大音量且つ早口で捲し立てる直哉。念話では荒れ狂っているが、普通に見たら泣きじゃくる女の子を優しくあやす不審者だ。


《人の頭ん中も考えろってーんだよ!!テメェ等の〝痴話喧嘩〟を大音量で延々と流されてる俺の身にもなれってんだボケェ!!こちとら色んな疲労が溜まってキツいんじゃい!!!》

『──っ』


センティスト王国での事件、戦闘で心身共に疲労の極みにある直哉にとって、マーキュリーの説教は疲労・肉体的精神的ストレスの蓄積にしか作用しない有害物質に他ならなかった。

そして、そんなマイナスパワーを進んで浴びようとする程、直哉は狂ってもいないのだ。


シエルに対する念話をちゃっかり遮断している直哉に、マーキュリーは息を呑んだ。


『………ここまで嫁の為を思っているなんて………なんて器の広さ………?………それに、〝痴話喧嘩〟ですって………ナオヤったら………キャッ////』


何かとんでもない方向を向いたベクトルを受信したマーキュリーは、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。

どうやらセラやその他メイド達と同じ属性を秘めているようで、ピンク色の妄想世界は膨張を止めずに拡大し続け、終いには『あぁっアグネア様、こんな所で………』等と息を荒げながら喚き出した。


「な………ナオヤ………」

「情緒教育に悪影響を与えかねん、耳を貸すなよ」


その念話は二人に筒抜けで、涙目を様々な意味を含んだ恐怖に震わせたシエルと目が合った時、直哉が意味が無いにも関わらずシエルの両耳を塞ぐ程の威力だ。

しかし、説教よりはマシかと思えなくも無かった──


《………ま、これでちょっとはマシになんだろ──》

『駄目ですっアグネア様っ、ここは皆が見ていますよぅ』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

《………》

『あぁっ、そんな、まだ、私、心の準備がぁぁ………恥ずかしいですよぅ………』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』

《………う》

『そんなっ………い………、嫌じゃ、ないですぅ………////』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい──』

「うるせぇぇぇぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


──なんて事は無かった。






裏通りから発せられた怒鳴り声はセンティスト王国の隅から隅まで響き渡り、歓喜する住民の心を上下左右に揺さぶったと言う。

後に奴隷制度廃止記念日として指定される一日となったが、それと同時に〝騒ぎたい人も居ればそうでない人も居るんだ、だからお祭り騒ぎをするのは止めて静かにゆっくり解放の余韻を味わおうよ!!〟と言う意味合いも併せ持つ一日となるのだが、それはまた別のお話である。









漸くピンク色の妄想世界とおさらばしたマーキュリーに溜め息をついた直哉は、シエルと共にコラーシュ達の帰りを待っていた。

帰りを待ちつつ袖を絞り、直哉は絞られた袖に滲む水分を窓の外へと落とす。重力に引っ張られた水滴が夕焼けの色を秘め、幻想的にきらりと輝いた。


「くそ………とっとと妄想世界から脱却してくれてりゃあこんな事にはならなかったんに………」

「………………」


そんな直哉に、髪から水を滴らせるシエルが無表情で生温い視線を送っていた。


裏通りで叫んだ後、直哉は自分の正気を疑った。同時にざわめき出した周りの空気を敏感に感じ取り、当初の目的だったテレポートを試みたのだ。

慌ててしまったせいで、当初は王国入り口に移動すると言う直哉の計画は、メイド達が集団で入浴している大浴場のど真ん中と言う〝狙った疑惑〟が拭えない結末に終結したのである。嬉々とした表情で二人を捕まえようとするメイド達から逃れつつ、辛うじてコラーシュの部屋にテレポートできたのは良いが、テーブルの上に置かれた開きっぱなしの分厚い本以外、特に変わった事は無い──つまり、誰もいなかった。

巡回している騎士を取っ捕まえてコラーシュの行方を訊ねる──と言うより〝吐き出させる〟──と、どうやら自分達を出迎える為に王国入り口に向かっていたらしい。その騎士に「コラーシュさんを呼んできてくれ」と巨大な雷球を生み出しながら〝恐喝〟を吹っ掛けた所、狂ったように首を縦に振り、泣き、喚き、「コラーシュ様ぁぁぁぁぁ!」と叫びながら王宮を飛び出していってくれたのだ。そんな騎士を見送って現在に至っている。


「ったく、踏んだり蹴ったりボコられたりだな」


踏まれて蹴られてボコられた張本人バカは、それらの事象の原因が全て自分にある事に気付いてすらいない。

──そして、シエルからの生温い視線にも気付いていなかった。









それから暫くしない内に、息を切らしたコラーシュとフィーナ、服を着替えた第一騎士団の団長格達、それにロームとセンギア、そしてメイド姿のセラが室内に駆け込んできた。


「シエル、ナオヤ!」

「無事だったのね!!」

「お父様、おかあさ──」

「ただい──」


久方ぶりに見た二人の姿にえも言われぬ安心感を感じ、笑顔を浮かべた二人。

そんな二人を襲ったのは、自分達の首らへんをしっかりと掴む白い腕、そして有無を言わさずにベッドに押し倒そうとする悪意ある力だった。


ドサッ!


「「──ま゛っ゛!゛!゛」」


思わず記号にまで濁点を付けてしまう程の強烈な衝撃──背中からふかふかのベッドに押し倒された為、痛みは感じなかったが──と、遅れて感じた、暖かくて柔らかい〝何か〟に圧迫され息を詰まらせた。


「っ!むっ、むぅぅぅぅー!」

「──────」

「あぁ………懐かしいこの感じ………私の可愛い子羊の抱き心地………ッ!!」


十人に「これは異常ですか」と訊ねたら二十人が「はい」と答えるであろう狂えるセラが、二人の頭をしっかりと抱き締め、自らの豊満な〝山〟に押し付けているのだ。

破廉恥はれんち極まりないその行動に、シエルは顔を熟れたトマト宜しく赤く染め上げながら呻き、直哉はそんなシエルとは対照的に蒼白く変色し、白目を剥いて沈黙、そして「ピー………」と言う無機質な電子音の幻聴が聴こえてきそうな雰囲気を醸し出していた。


皆の見てる前での問題行動に羞恥に支配されたシエルは、声をあげながらセラの呪縛から逃れようともがいた──直哉はぴくりとも動かず、完全なる屍と化していた──。

しかし、シエルの抵抗は逆効果の極みだったようで、セラは息を荒げながら嬉々とした声で問題発言を繰り返す。


「あぁぁぁ、細かい振動が伝わるっ………シエル様、もっと優しく揉みほぐしてくださ──」

「む゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛ぅ゛!!!!!」


ギシ………パリンッ!


蓄積した羞恥がシエルの許容限界量を軽やかに超越し、センティスト王国でヒビの入ったリミッターが完全に崩壊した。それを機に、上流で塞き止められていた水がダムの決壊により下流へと押し寄せるかの如き魔力が怒濤どとうの勢いでシエルに流れ込む。


「「「「「「「「「「な──」」」」」」」」」」


そのとんでもない魔力の量に、セフィアを始めとするウィザードは愚か、魔術の扱いに長けないナイト達でさえも驚愕を示した。

──ただ〝二人〟驚いていないのは、片や恍惚に満ちた表情で頬を赤らめる変態、片や死人宜しくオブジェクトと化している憐れな小心者だ。


シエルに流れ込んだ魔力は瞬時に透き通る水へと姿を変え、押し倒された自分と直哉、悪魔セラを乗せたベッドの周り、そして部屋の内部を漂う。


「ふぇはの、ふぇっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいい(訳:セラの、エッチぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいい)!!!!!!!!!!」


柔らかい〝凶器〟に顔を圧迫されながらシエルがのたまうと、セラが変態発言2ndエディションを発するよりも先に水が収束を始め、後に高速で回転を開始し、その回転半径を少しずつ縮めていった。

そして、回転半径がちょうどベッドと同じくらいになった時、再び強大な魔力がシエルへと集まる。


「あぁん………あん──」


紅潮して現実と妄想の狭間をさ迷っていたセラも異常な魔力の流れに気付いたらしく、その潤んだ目を腕の中のシエルと向けた。

その刹那の事だ。


「ふぁふぁぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ(訳:バカぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあ)!!!!!」


ドドドドドドドドドドッ!!


「──ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!!」


ゴンゴンッ!!


「「──」」


ベッドからとにかくひたすらに大量の水が噴き出し、邪神セラ──と、そんなセラにしっかりと抱き締められていた屍(直哉)──を空中へと吹き飛ばした。そして、セラは背中と後頭部を、直哉は顔面と身体の前面を天井へと叩き付ける。

声に出せない程の衝撃──天井には石を使っているので、今度は痛みも伴っている──が身体を貫き、思わず呻き声をあげてしまった二人。だが、それは激流のような水圧によって掻き消されてしまった。


「~~~~~!!~~~~~!!!」

「──」

「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカぁぁぁぁぁ!!!」


必死に助けを乞うセラ──と、身動ぎ一つ取らないオブジェクト・屍──だが、シエルは下を向いて目を瞑り、首を真横にぶんぶん振っているため、そんな二人の姿は目に入っていないようだ。


バキッ………


「──っ!!シエル、落ち着け、落ち着くんだ──」


尚も水圧を増していくと、耐久度の限界が近付いてきた天井が軋み出した。

天井の悲鳴を聞いて我に帰ったコラーシュは、直ぐ様シエルの暴走を止めるべく行動を取った。

しかし、時既に遅し。


「うわぁぁぁぁぁぁん!!!!!」


ドォォォォン!!


咆哮(?)を轟かせたシエルによる水柱は、コラーシュ夫妻の部屋の天井を突き破り、エアレイド王国に大量の水飛沫と二人の人間を降らせた。

二人は王宮からすぐの場所にある民家──セラは積み上げられた洗濯物の上に「ぽすん」と落下、直哉はそこから僅かにずれた頑丈な石畳の上に頭から「ゴシャッ」と若干ヤバめの効果音と共に落下し、住民の大目玉を喰らった。


「ふにゅぅ………」

「ななな何で空から人が………でも、何だか──」

「あ・な・た?」

「あっ!やめっ、ああああああ!!!」

「あっ、あのっ!大丈夫ですかっ?!」

「………」


発信源の分からない怪音に訝しんだ住民は自宅から出て、その惨劇を目の当たりにする。

水浸しで妙に色っぽいセラに男性は鼻の下を伸ばし、それを見た女性に耳を引っ張られる。

そんな二人の横で、頭から石畳に突き刺さっている直哉に声を掛けるチビッコは、二人の子供だろうか。


「このっ!浮気者っ!!」

「あっ!やめて耳が耳が耳がぁぁぁぁぁ!」

「お母さーん!」


女性は男性の耳を引き千切らんばかりに引っ張り続け、それに涙目になりながら必死に耐える男性。子供は状態異常の直哉の事を女性に伝えようと必死だ。


「──────」


各々が各々の考えの元で行動を起こす中、石畳と垂直に突き刺さっていた直哉の身体がくにゃりと倒れた。

現状は首のみが石畳にめり込み、あり得ない方向に身体が倒れている形だ。


「この耳かっ、耳がいけないのかっ!!」

「痛い痛い痛い耳関係無い無い無い、いやっあっあ、ぎゃあああああああ!!!」

「うわ~~~~ん、お母さ~~~~ん!!」


しかし、三人がそんな直哉の状態に気付く事は無かった。






──憐れな直哉と水浸しのセラが見つかったのは、10分ほど後に王宮の方から走ってきた警備兵が道のど真ん中で喚く一家三人をなだめようとした時だった。









やがて王宮に連れ戻された──天井から無理矢理弾き出されたのだから被害者である筈なのだが、何故か罪人のような扱いとされている──二人は、各々が別の場所に移された。

セラは水を浴びたせいで熱が出てしまったようで、現在は暖かい風呂で身体を暖めている。


問題は石畳に首を突っ込んだ直哉だ。

頭から石畳に直撃したにも拘わらず脳天には若干重めの打撲しか無く、あり得ない方向にねじ曲がった首は軽い捻挫でしか無かった。他にも裂傷があったりしたが、少々血は流れてしまったものの、そこまで重症だとは言えない傷だったのだ。

だが、何故か意識が戻らないのである。心臓は動いていて身体も暖かいのだが、端から見たら食屍鬼グールとしか見えない表情──白眼を剥いたままぴくりとも動かず、舌をだらしなく脇から垂らしている──で、シエルの部屋のベッドで横になり続けているのである。


「ぁぅぅ、ごめんなさい、ごめんなさい………」


そんな隣で涙をくしくしと拭っているシエルは、震える声で〝ごめんなさい〟と呟きっぱなしだ。

二人を発見した騎士に凄惨な状態だった事を聞いてから、シエルの心中には罪悪感しか無い。


『私がもうちょっと落ち着いていれば………』

『止しなさい、シエル。〝もし〟の可能性を悔やんだって、どうにかなる事では無いでしょ?それに、そんな事を考え続けていたら、貴女が罪悪感に押し潰されてしまうわ………』

『でも──』

『貴女の気持ちも痛い程分かるけどね、今はやってしまった事では無くて〝これからするべき事〟を考えましょう?』

『………うん』


自分を責め続けるシエルを、まるで妹想いの姉のように慰めるマーキュリー。不思議な温もりを持つ言葉に、シエルは自然と頷いていた。

しかし、頷いていたのは良いとして、これからどうすれば直哉を食屍鬼から蘇生させられるのかは分からないままだ──つまり、何の解決にも至ってはいないのだ。


『でも、どうすれば………』


直哉を心配そうな眼差しで見つめるシエルに、シエルの中のマーキュリーは恐ろしい程の笑顔を浮かべながら答えた。


『〝キス〟よ』

『え?きす………?』

『えぇ、キス。別の呼び方だと〝チュー〟とか〝口付け〟なんかがあるわ』

『ちゅー………〝口付け〟………………………っ!?!?!』


キスと言われてもしっくり来なかったシエルだが、口付けと言われて気付いたのだろう、瞬間的に顔を赤くしてから凄まじい勢いで部屋内を確認して回った。

そして、誰も居ない事を確かめてからドアの前に重しを並べ、自室を完全な密室にする。


『なっ、なな、何で口付け?!?!?!』


そのまま直哉の元に戻り、シエルは飛び跳ねる心臓を両手で押さえつつに疑問を呈した。

そんな〝用意周到な〟シエルに苦笑いを向け、マーキュリーは童話を語り出す。


『私達の間で語られているお話の中にね、〝白雪姫〟って言うお話があるのよ──』


毒林檎を食べさせられて仮死状態となった白雪姫を王子様が口付けで目覚めさせる、と言う余りにも非現実的な童話だ。


『──だから、同じ方法を取れば目覚めるかも知れないわ』


本当は他に起こす方法等腐る程あるのだが、マーキュリーは口付け時に直接気付けの魔術を行使するのを選んだ。童話の話はそれを助長させる為に過ぎない。

何故口付けをさせようとしているのか、についてのヒントは、このお話の少し前を読み直せば見つかるかも知れない。


『………(ごくり)』


だが、シエルはそれしか方法が無いものだと思い込んでいるようで、直哉の唇を見て鼓動を速めている。

すると、不意に食屍鬼と化していた直哉が舌を引っ込めた。驚いたシエルは後退り、マーキュリーに疑問を向ける。


『何かしたの?!』

『い、いや………何もしてないわ』


しかし、驚いているのはマーキュリーも同じだったようだ。

直哉が起きたのかと思った二人は直哉を暫く見つめてみたが、白眼は剥いたままだし、それからはぴくりとも動かなくなった。


──が、それはマーキュリーにとって好都合である。


『でも、お陰でしやすくなったわね?』

『うっ、うん………』


シエルを都合良く導く事に成功したのだから、マーキュリーは万々歳だ。

そして、直哉に少しずつ近付いていくシエルを眺められるのだから、これ程までにセラ並みの妄想力を持つ者を刺激する事は無いだろう。


『さぁ、貴女の全てをぶつけなさい!!』

『………』


興奮の極みに達してしまったようで、鼻息を荒げながら高らかにのたまうマーキュリー。が、シエルの脳にその念話は聞こえていない。

そして、夕陽が地平線に沈むと同時に──

暑い。


暗闇の中を漂う直哉が真っ先に感じた事だ。原因は不明だが、自分の左脇腹から胸にかけてが異常に暑いのだ。


「んん………ん?」


そのまま意識を浮上させ、うっすらと目を開く。すると、視界の下方に金色の髪が映った。そして、鼻腔を甘い香りがくすぐる。


重い瞼を開いていくと、それがシエルである事に気付いた。


「………どうしたの?」

「はぅぁぅぁぅぁぅ………」


──身体中から水蒸気を噴き出し、真っ赤な顔を直哉の胸板に押し付けている、ちょっと所の騒ぎでは無い程異常なシエルである事に。


訳の分からない譫言うわごとを喚き、ただひたすらに猫のように顔を擦り付けているのだ。


「………?」


そんなシエルに、意味が分からない直哉は首を傾げた。

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