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第七十輪:ベクターの思惑

まさか二回連続で更新が遅れてしまうとは………。

当初の目標を何度もスルーしてしまい、申し訳無いですprz


色々と忙しかったんです………。

少し経って落ち着きを取り戻したシエルは、センギア率いる救出組の話を聞き、事の顛末を知った。


「──儂達が兵舎に着いた時には、もう手遅れだった………」

「もう少し早く行動に移っていれば、あいつ等は助かったのかも知れないと思うと………悔やんでも悔やみ切れん」

「くっ………」

「………」

「あの時、私が睡眠薬を見つけれていれば………」


センギアとラルフが沈痛な面持ちで顔を俯かせ、ルシオは自分の無力さを顔に表し、ミーナは細剣を握り締め、アイザックは自分が危機に気付けなかった事を後悔していた。


それがどうしようもない事だったのは、シエルを初めとした捜索組も分かっていた。


「いえ、皆さんは悪くないです。何の罪もありません………ですが、この国を率いる国王だけは、私はどうしても許せそうにありません。悪政に虐殺………この罪は、しっかりと償ってもらいます」


なので、シエルはそれ以上救出組を責めるような事はせず、励ましとこれから自分達がするべき目標を示した。


「それと、先程は出すぎた発言をしてごめんなさい………皆さんの気持ちも考えず、感情に任せてしまいました………」


そのまま救出組に頭を下げ、心からの謝罪を伝えた。

救出組は慌てて頭を上げさせ、シエルには非が無い事を必死にアピールした。


「い、いや、シエル様は悪くありませんよ!私達の力が及ばなかっただけで………」

「そうです、注意を怠った私達に非があるんです………」

「いえ、私こそ──」


そんな逆責任転嫁をBGMに、直哉は自分達に新たな危機が迫っている事を感じ取っていた。

言葉には出来ないが、大雑把に纏めて言うとすれば〝悪意〟が近づいてくる、と言うのが適当であろうか。


闇に包まれた通路の奥を睨むように見つめている直哉に気付いたのはシエルだった。


「………ナオヤ、どうかしたの?」

「………」


シエルの言葉には答えず、無言で腰の袋から柄を取り出そう──


「………あれ?」


──としたのだが、袋を触ってもぺちゃんとした感触しか伝わってこなかった。

目で袋を見てみると、何かが入った状態では無い事が一目で分かった。


救出組を王宮内で発見した時、妖刀村正を構えてゴーレムを切り刻んだのを覚えているだろうか。そのままテレポートして先程ダークサイドに身体を乗っ取られるまで、妖刀村正は右手に握られたままだったのだ。

地面を見渡して、通路の端の方に柄が転がっているのを見つけた直哉。次に取ったアクションは、それに手を伸ばして、


ダァン!


「む!」


それを咄嗟に掴み、壁を蹴って横に飛ぶと言うモノだった。

柄があった通路の端は何かに抉られていて、歴史を重ねた遺跡を見るも無残なモノとしていた。


その轟音ではっとした一行は、逆責任転嫁合戦を無理矢理中断し、直哉、抉れた地面、そして音の発信源へと目を移した。

その時、一行は各々が武器を構えるのを忘れはしなかった。


通路の奥から重苦しい足音が聞こえてきた時、救出組は顔を顰めた。

また、捜索組の一行は先程の足音に似た響きを持つそれに苦笑いを零した。


セフィアの持つ炎が照らす範囲に一体の〝それ〟が入ってきた。しっかりとした足が見え、赤い輝きを放つ球体が見え、そしてゴツい上半身に顔代わりの赤い球体が見えた。

しかし、救出組が戦ったそれとは違い、その腕は剣を掴んではいなかった。


「何だ、ありゃあ!」


アリューゼが素っ頓狂な声をあげてしまうのも無理は無い。

──何故なら、両腕はそのまま銃身へと姿を変えていたからだ。


それ──ゴーレムが唐突に腕(銃身、と言うべきだろうか)を一行に向けたかと思うと、その先端にあいた穴が淡く輝きだした。


「っ、まずい!」


それを見た直哉の第六感が警鐘を打ち鳴らし、直哉を回避行動へといざなった。

瞬間的に魔力を練り上げて雷球を生成し、前方へと放り投げたのだ。


ドォン!


雷球を放り投げるのと砲撃の音が鳴るのは同時で、着弾した直後に爆発音と衝撃が一行を駆け抜けた。


その衝撃は遺跡を揺るがせ、天井からは細かい砂のような物がパラパラと落ちてきていた。


「ひゃわわわわぁぁぁっ!」

「お、落ち着いて!大丈夫だよセフィアちゃん!」


その衝撃に驚いて炎の維持に向けた集中を切らしかけたセフィアをミーナが宥め、何とか炎は消えずに済んだ。

驚いたのはセフィアだけでは無く、一行全員が焦りを抱いていた。今の爆発の衝撃も然る事ながら、その衝撃を受けてもゴーレムが立っている事が何よりも焦りを招いていた。


そんな中、闇の中から更に三体のゴーレムが現れた。一体は腕が銃身で、二体は手に巨大な剣を握った、見慣れているタイプだ(救出組にとっては、だが)。


「!!」


更に慌てふためく一行の中で、一人の人物が飛び出した。

その人物──センギアは、D直哉に渡された二本のショートソードを両手で逆手に握り締め、最前列にいるゴーレムに切り掛かった。


表面に弾き返されるだろうと予測した一行だが、現実はそれとは異なったモノだった。


「「「な!」」」


センギアの振るったショートソードは、ゴーレムの肌(表面と表すべきか………?)をいとも容易く切り裂いたのだ。

救出組を始めとして、ゴーレムに攻撃を加えた末に武器を失った一行は、その光景を信じられないモノを見るような眼差しでただ呆然と眺めていた。


そんな一行を醒ますのも含めてか、はたまた深い意味は無いのか、センギアに向けて直哉の声が飛んだ。


「その赤い部分が弱点だ!それを壊せば動かなくなる筈だ!!」


直哉の声が耳に届いたセンギアは、右手に握るショートソードを腰らへんの核に、左手に握ったショートソードを顔面部分にある核に突き刺した。

同時に、ゴーレムが大きく痙攣をした。


「おおおおおぉぉおおぉっ!」


叫びながらショートソードを右側に水平に振り抜く。すろと、ゴーレムの痙攣が止まった。

そして、核から赤色が少しずつ抜け、核が灰色に染まった時。


「「「「「!!!!!」」」」」


ゴーレムは身体をバラバラに切り裂かれたかのようにバラバラと崩れていった。


「これは──ふっ!」


その切れ味に驚愕するセンギアの頭上から巨大な剣が振り下ろされ、センギアは後ろに飛び退いてそれを回避。獲物を捕らえ損ねた剣は空を切り、地面に深く突き刺さった。


そのまま一行の位置まで下がって行き、再びショートソードを構え直した。


「………今まででこの手に握ったどんな武器よりも凄まじい切れ味だな………」

「重さもですけどね」

「………」


その漆黒の刀身に目を遣り、意味深な沈黙を醸し出す。


渡された時はマトモに振れそうな重さでは無かったのだが、先程振ってみると羽のように軽かったのだ。

それに、先程の凄まじい切れ味。

今まで使っていたショートソードはゴーレムの肌を切り裂くどころか、かすり傷を付けるのがやっとであったのだが、渡されたショートソードの切れ味はそれを遥かに凌駕していた。

そして、極め付けの馴染み易さ。くだんのショートソードを貰ったのは、ほんの数分前の事だった。刀身の長さや重さ等は前のそれとは異なる筈なのだが、羽のように軽くなる事も、刃のリーチも、全てが頭の中に流れ込んでくるような感じだったのだ。


それらを脳内で纏め、一つの結論に辿り着いた。


『これは、神器の類なのだろうか………となると、雷神は………』


人間の手でここまでの業物を打つ事は不可能だろう。それを一瞬で、しかも複数個作り上げた直哉は人間離れしている──寧ろ神の化身なのでは無いのだろうか。

ここで化身が味方しているのは、双頭の鷹──悪を司る右側の頭に短刀を突き刺した自分達の味方。


シエルを利用して強制的に操作する等と考えた自分に嫌悪を抱き、仮にそうしたとしたら、一瞬で命を刈り取られていたであろう事に背筋を凍らせた。

──そして、そんな事を悠長に考えてる暇が無い事にも気付いたのだった。


「危ないっ!」


危機を知らせる叫び声で我に返ったセンギアは、自分目掛けて飛来する球体に目を見張り、隣から飛び出た槍がそれを貫通して壁に突き刺さった事に心臓を止め掛けた。槍が飛んで来た方向に首を捻ると、アリューゼが息を吐き出しながらほっとした表情を浮かべていた。


「ふぅ、何とか間に合ったみたいですね………」

「す、すまない………」


それにつられてセンギアも大きな溜め息をついて、跳ね上がる心臓を落ち着かせた。


壁に突き刺さった槍を引き抜き、刃の部分に突き刺さった球体を見たアリューゼは、先程のセンギアの斬撃がマグレでは無い事を身を以って実感した。

球体を穂先から取り除きつつ、直哉に向けて言葉を投げ掛けた。


「ナオヤ、お前ってやっぱり人間だとは思えないわ」

「悪かったな………が、俺も同じ意見だ」


ゴーレムを切り裂いたセンギアや、アリューゼの投擲槍とうてきそうを見て、自分(ダークサイドだが)の〝マテリアライズ〟の重大さを実感した。

これでマテリアライズ・アーマーでも作った暁には、エアレイド王国の誇る第一騎士団はエレンシアの無敵軍隊となってしまうだろう。


それが戦争を生んでしまいそうで、出来るだけ無闇に見せびらかさない事にしようと誓う直哉。柄に魔力を注ぎ込み、妖刀村正を出現させて構えた。

そして、前方に注意を向ける。同時に、鈍い砲撃音が直哉の鼓膜を揺らした。


「来るぞ!」

「で、りゃっ!」


警戒を仰ぐと、視界に黒い球体が飛び込んできた。それはルシオが両手剣で両断し、ラルフが大剣を右後ろに靡かせつつ突進した。


「大いなる風よ、我が剣に汝の加護を与えたまえ!装填・神風!」


叫び声と共に、ラルフが携えた大剣に風が纏わり付く。それは可視の渦を巻き、膨れ上がり、普段の数倍以上の規模となった。

それに驚きつつも、眼前に迫る球体を薙ぎ払う。すると、風の渦が球体に向かって飛び、それを弾き飛ばした。


更に追撃してくる砲撃をその風圧で防いでいると、その後ろからミーナが細剣を構えながら飛び出してきた。瞬く間に砲撃ゴーレムの眼前に移動したミーナは、低く構えて細剣を後ろに引いた。


「せぇいっ!」


そして、目にも留まらぬ速さで連続突きを繰り出した。

高速で繰り出された細剣による突きは、ゴーレムの核を何十回も突き刺し、そして打ち砕いた。核を壊されたゴーレムは、まるで糸が切れた操り人形のように崩壊した。


一歩後ろへとミーナが下がると、地面に積み重なったゴーレムの残骸を踏み付け、巨大な剣を携えたゴーレムがミーナに向けて剣を振るった。


「甘いっ、てい!」


しかし、先程とは違い〝自分でも立ち向かえる〟と理解したミーナは、持ち前の素早さを駆使して斬撃を回避し、ゴーレムの右側面に逃れつつ左足に細剣を叩き付けた。

細剣の割りに破壊力は抜群で、それはゴーレムの左足を綺麗に切断した。


悲鳴の変わりに軋むような音をたて、ゴーレムが倒れこんだ。ゴーレムは立ち上がろうと力を込めるが、片足が無いとそう簡単にもいかない。


「でりゃぁあ!」


そして、そんなゴーレムの顔面部分に、ルシオが握り締めた両手剣を刃を下にして構え、そして渾身の力を込めて突き刺した。

その刃はゴーレムの顔面部にある核を貫き、粉々に砕いた。砲撃ゴーレムはそれを期に動かなくなり、踏み潰していたゴーレムの上に自らの身体を積み重ねた。


「凄いなぁこれ、さっきは傷を付けるのすら出来な──」

「危ない!」

「ぐえっ?!」


ゴーレムから剣を引き抜いたルシオは漆黒の両手剣に関心の眼差しを向けていたが、突然ミーナに鎧の首元を引っ張られてそれを中断させられた。


ダァン!


何を、と繋げようと思ったのだが、同時に銃声が響き、自分の目の前に積まれたゴーレムが爆発するかのように砕け散ったのを見て、思わず呑み込んでしまった。

ルシオを掴んだミーナは、一行の元まで下がってからルシオを開放し、半身になって右手で細剣を構えた。その隣では、ラルフが如何にも上司ですと言った歪な表情で立っていた。


「全く………注意が足りないぞ」

「うー、ごめんなさい………」


注意されている時も両手剣を片手で構えるのを忘れない所を見ると、ラルフの注意をしっかりと理解できたようだ。


そんな一行の前で両腕を持ち上げるゴーレム。その両手に光が集まるのを見て、一行は各々が武器を構え直した。

そして、光の収束が終わった時、一行の中から漆黒の剣が飛び出した。


「わっ!」


それが自分のすぐ脇を通った事に直哉は驚き、慌てて後ろを振り向いた。

そこには、何かを投げたかのような格好で真剣な表情を浮かべるロームがいた。


「な、何したの──」


ガラガラガラッ………


ロームの頭を心配しつつ引き気味に質問をする直哉の後ろで、何かが崩れる音が鳴った。

振り向くと、ゴーレムの残骸が作り上げた山が高さを増していた。


「………」

「センギア様に投擲技術を叩き込まれていて助かりました」


不自然な格好を解除しつつ、ロームがヤケに胸を張ってのたまった。

しかし、それに対するセンギアの反応は──


「五十点だのう。技術こそ磨かれていたが、味方に当たる危険性が考慮されておらん。状況を素早く把握する事も騎士に必要な事だと言う事位分かっておるだろう?」

「う………」


──余りにも素っ気無く、そして若干辛口なモノであった。

しかし正論でもあるので、ロームは言葉に詰まる以外の選択肢を選ぶ事が出来なかった。









それから何回もゴーレムと遭遇したが、対抗手段を持ち合わせる一行の敵では無く、一行は瓦礫を増やしつつ探索を進めた。


「しかし、部屋が多いですね………」


戦闘面で活躍が乏しいアイザックは他の誰より捜索に力を入れていたが、余りにも部屋数が多すぎて多少うんざり気味だった。


大小様々な部屋に、隠し部屋まで数多く残っていた。隣の部屋に繋がる屋根裏の通路を発見したり、入ったら急に扉が閉まってゴーレムが襲い掛かってきたりする部屋もあったのだ。


規模から推測して王宮かそれに準ずる建物が遺跡となったのであろうが、隠し通路がある所等は現在のセンティスト王国王宮にそっくりであった。

その他に罠が設置されていたりする所にも違和感は生じた。


「どうしてこんな不可思議な罠を設置したのでしょうか………」

「それが分かれば苦労はしないよ」


とある部屋を覗き込み、中に何も無い事に溜め息をつきつつ、アイザックは半ば無意識に呟いた。それに瞬間的に返事をしたのは直哉だ。こちらも無意識の成せる技だったりした。

部屋を調べるアイザックだけでは無く、他の皆もくたくたになっていたのだ。警戒は怠れず、ゴーレムとは何十回も戦い、何も無いと言う報告に落胆していたら、疲労が蓄積してしまうのも仕方が無いだろう。


しかし、だからと言ってベクターを放置できるワケでは無い。

殺された騎士なかま達のためにも必ず見つけ出そうと、再び通路に設けられた部屋へと入った。


「………何も、無いですよね」


中をざっと見渡したアイザックが呟いた。


縦横は一辺10mはあろうかと言う程の大きさなのだが、奥行きはその半分以下のおかしな部屋だった。家具などは一切無く(風化したのだろうか、扉の無い部屋も多かった)、殺風景だ。


「ここもはずれですね──」

「待て」

「わっ!」


再び溜め息をついて踵を返そうとしたアイザックは、ラルフに止められてしまった。


アイザックを押しのけて部屋内に入ったラルフは、向かいの壁に向けて一直線に歩き出した。

そして、壁に手を当ててから魔力を練り上げる。その魔力はまるで溶け込むように壁へと浸透していった。


「………」


暫く無言を貫いたラルフだったが、急に大剣を構えたかと思うと、唐突に壁に切り掛かった。


「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」


ゴトン。


驚く一行の前で、壁はまるで紙を切るかのように四角くり貫かれた。

そして、その奥から赤い光が漏れてきた。


「奥に空洞があるのを〝探査〟で調べたんだ。運良く当たりを引き当てたみたいだな」


〝探査〟とは風属性魔術だ。魔力を飛ばす事によって、障害物の向こう側に何があるか調べる事が出来る。勿論、暗闇に危険が無いかを確認するためにも用いることも可能だ。


切り裂かれた壁を見て、大剣を右手で握り締めつつラルフは言った。


「よし、行こうか」

「「「「「「「「「………」」」」」」」」」


しかし、一行は返事を返さない。

どうしたのかと思って振り返ったラルフは、自分に複雑な感情の篭った眼差しを向ける九人に驚いた。


「な、何だ?!」


思わずそう聞かずにはいれなかったラルフ。

すると、すぐに返事が返ってきた。


「いやー」

「そんな便利なの使えるんならさ」

「初めから私の代わりに調べてくれれば………」

「調べた部屋に見落としがあったら大変じゃない!」

「ららっ、ららるふさんさんさんんん、酷いでひゅっっ!」

「………(苦笑)」

「で、でも皆様、分からないように使ってくれていたのかも──」

「どちらにしろ、一言告げておくべきだったのぅ。情報は共有しておくのが当然だろう?」


上からルシオ・アリューゼ・アイザック・ミーナ・セフィア・シエル・ローム・センギアだ。

ロームは形だけのフォローをしていたが、センギアに即刻ばっさりと切り捨てられてしまった。


何も言い返せなくなったラルフは直哉へと視線を向けたが──


「ま、そう言う事だよ」

「………すいませんでした」


──鼻で笑われ、土下座する以外の選択肢を失ってしまったのであった。









通路を進む一行は、細い通路に灯る赤い炎に薄気味悪さを感じつつ奥を目指した。

通路に籠る黒い靄に吐き気を覚えた直哉。少し辛そうなその姿にシエルが声を掛けた。


「大丈夫?ナオヤ………」

「う?あ、あぁ、何とか」


多少苦笑い気味になっていたのは、大丈夫でない事の裏返しだった。


『強がんなって………確かに、こりゃキツいだろ』

≪まーな………でも、奥に豚がいるのは間違い無くなっただろ≫


そんな念話を耳に挟むと同時に、先頭を歩くセフィアの足が止まった。


「っ!」


その視線の先には、巨大な空洞──部屋と言うには余りにも洞窟チックすぎている──があり、中央には祭壇らしき大型の建築物、そして醜く膨れ上がった人物がいた。


「ベクター!」


叫び声をあげて走り出したのはセンギアだ。補助魔術を施されていないにも関わらず、風と形容するに相応しい速度だった。

そのまま飛び上がり、その上にいるベクターに向けてショートソードを振り──そして弾かれた。


「ぐっ………!」


祭壇を中心に見えない結界が張られているらしく、そのせいでショートソードが弾かれたのだ。

センギアが体勢を立て直すために半回転し、何も無い空間に着地していた事からも、結界の可能性は十分に考えられた。


結界を蹴って打撃を加えつつ着地したセンギアは、一行を見て笑うベクターを睨み付けた。


「ハハハハハ、虫けらが束になった所で、私の結界を崩せる筈が無い──」

「サンダーアロー」


ズガァァァァン、バリンッ!


「──」


高笑いを中断させられた苛立ちでも無く、凄まじい轟音に対する怯えでも無く、ただただ驚愕を浮かべた表情でベクターは一行を見た。

そこには、謁見の間で見せ付けられた魔力を纏う直哉がいた。左手には弓らしき稲妻を携えていた。


「虫けらが何だって?」

「っ!このっ!」


その声にはっとしたベクターは、直哉に指を向けて、その先に黒い塊を作り出し、そして発射した。


「呪術!………やはり、昔から狂っていたのだな!」


ロームが声を荒げ、大剣を構えた。それをバット宜しく振り、塊に思い切りヒットさせた。


「馬鹿め!そんなモノで我が魔術が──」


カキィンッ!


「な──ぶひゅっ!」


再び驚愕を浮かべるベクターの顔面に、ロームの弾き返した塊が直撃した。

豚のような鳴き声をあげ、ベクターは仰向けに倒れ込んだ。


「よしお前等、行くぞ!」


必死に笑いを堪える直哉の変わりに、アリューゼが槍を構えて一行に呼び掛けた。

ミーナは細剣を、ルシオとラルフとロームは大剣を、センギアはショートソードを、アイザックは杖を構え、セフィアは頭上に掲げた火球を巨大化させて応えた。


そして、祭壇に向けて走り出そう──


ゴゴゴゴゴゴ………


「「「「「「「「「「!」」」」」」」」」


──としたが、急に地面が揺れ始め、立っていられなくなった。


「な、何だ?」

「地震?!」


座り込みつつ慌てる一行。

地下の遺跡は、いくら頑丈に作ってあったとしても、巨大な地震に耐えられるとは考えにくい。


瓦礫に押し潰される自分達を想像してしまい、一行の顔から血の気が引いた。


しかし、それはすぐに別の意味に上書きされる事となる。


「しぶとい虫けら共め………良いだろう、我が城──〝エリニュス〟で葬ってやる!!」


いつの間にか起き上がっていたベクターが、祭壇の上で手首を切っていたのだ。溢れる血を祭壇へと滴らせ、ぶつぶつと呟き始めた。遠くて内容は聞き取れなかったが、あまりよろしくない事が起ころうとしているのは間違い無いだろう。


一行が何とか立ち上がろうとした時──


「蘇れ!復讐の化身〝エリニュス〟よ!!」


──ベクターが大声で怒鳴った。

それと同時に、洞窟のような空洞が赤い輝きを放った。それは一行の視界を奪い、身動きを封じさせた。


「ナオヤ!!」

「シエル!!」


シエルが辛うじて直哉の元まで這ってきた。直哉はシエルを抱き締め、怪我をさせないように巨大な結界を張った。


「気を付けろ!何が起こるか分からんぞ!」


直哉の警告は轟音に呑み込まれ、掻き消された。









暫くは凄まじい揺れと轟音、そして赤い輝きのせいで目もあけられず動けなかったが、暫くするとそれも収まり、静寂が場に満ちた。


「………?」


静かになった事に気付いた直哉は、ゆっくりと目を開く。

まず目に飛び込んできたのは、空色。次に感じたのは、シエルの温もり。


自分の腕の中に目を向けると、シエルが横たわったまま動かずにいた。


「シエル、シエル!」


声を掛けつつ揺さぶり、シエルの安否を確認する。すると、可愛らしい抵抗が帰ってきた。


「やぁだぁ~………まだ眠いのぉ~………ナオヤったら、昨日の夜はぁ~………あんなにぃ~………うふふ~………」

「………」

『………どんな夢、見てんだろうな………』

《クソリア充め………爆発しろ!》

《お、おいお前等!何を抜かしやがる!そしてD、引きこもりかお前(笑)》

《死ね》

『相変わらず仲が良いなお前等』

《《はぁ………》》


その後、直哉に耳元で「セラがニコニコしながら近付いてきたよー」と呟かれた瞬間に飛び起きたシエルは、直哉を見た途端に顔を赤くし、踞ってしまった。

溜め息をつきつつ、直哉は他のメンバーに目を向けた。すると、丁度起き上がる所だったようだ。シエルのような荒療治(?)をせずに済みそうで、直哉はふーっと息を吐き出した。


「ここは………?」


最初に起き上がったラルフが周りを見渡し、壁の割れ目から差し込む空色に目を奪われた。

立ち上がって壁に歩み寄り、覗き込んで絶句した。


「馬鹿な………あり得ん!」


その言葉を聞いた一行もラルフの脇に歩み寄り、そして絶句した。

──何故なら、そこから見えたのは先程まで自分達がいた場所だったからだ。


センティスト王国の王宮があった場所は、まるで隕石が衝突したかのように陥没していた。その回りには居住区が広がり、少し視線をずらすと影縫いの森も見えたりした。

それらの情報、そして差し込む光から、一行はある一つの結論を導き出した。


「まさか………」

「王宮が浮いてる?!」









夜も明け、太陽の光がセンティスト王国を照らす時間になった。

貴族達にとっては清々しい一日を告げる、奴隷達にとっては拷問の始まりを告げる朝がやってきたのだ。


しかし、今日はいつもとは違う日だった。貴族は奴隷を殴り付けたり酷使したりするのを忘れ、奴隷は〝ご主人様〟に酷い扱いをされない事──そして、諸悪の根源である王の住居が綺麗さっぱり消えている事に歓喜した。


しかし、その歓喜は長くは続かなかった。


突然空から一筋の黒い光が差し込み、奴隷の目の前にいる貴族の頭上に降り注いだ。光が当たっている貴族は、自分の頭上に異変がある事に気付いていない。

その光に気付いた奴隷は、頭上を見上げて凍り付いた。


「あ──」


消えた筈の王宮が浮いている事に唖然とした奴隷の前で、黒い光が急に密度を増した。その光は貴族を覆っても有り余る程巨大で、奴隷はその範囲から辛うじて逃げ出した。

そして──


グシャッ、バキッ、メキメキ………ゴキンッ。


「っ!」


耳を塞ぎたくなるような音が鳴り、それから少しずつ光が縮小されていった。

暫くすると、急に光が消えた。そして、貴族も消えたかのように見えた。


だが、実際は消えてはいなかったのだ。


「あ、あぁ………」

貴族は消えたのでは無く〝あり得ない形に縮小されていた〟のだ。


「嫌ぁぁああぁあああぁああぁぁあああぁぁあぁぁぁああぁあああぁああぁぁあああぁぁあぁ!!」


四肢は曲がってはいけない方向に捻れ、首は180度後ろを向き、上半身と下半身で綺麗に二等分された貴族は、虚ろな眼で自分の鮮血が彩った紅い地面を見つめていた。

王宮が空中浮遊するのは戦乙女様のゲームから拝借したイメージですが、光線はあれです、龍の巣の向こう側にあるあれです、あれ。

実はゴーレムも劣化版ロボットだったりしました。


ファンタジーって何でもアリで素晴らしいですね////

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