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第六十四輪:覚醒

累計アクセス数が、数が数が数ががががががかっががっががが、500000をととっ突破しましたたたたたた!


感動を通り越して冷や汗がとまんねぇぜ!




………それとは関係無いけど、うまく区切れずに一寸畑最長の文字数を記録してしまいました。


ペースもへったくれも無ぇや………prz

天然と人口を掛け合わせたようなしっかりとした造りの巨大風呂で、疲れやストレスや汗に涙、その他もろもろを綺麗さっぱりと流した一行は、浴場の前で軽い挨拶を済ませた。


「ふぁ~………全員上がったみたいだね。じゃ、今日はゆっくりしませう」

「大賛成ー………凄く眠いや」

「緊張の糸がぶっ千切れたのか………」

「はふぅ~」

「うぅーん………確かに、身体が重いなぁ」

「うむ………食事に何か仕込まれたか」

「有害な物質は含まれてませんでしたが………恐らく緊張とあの圧力が原因でしょう」


上から直哉・ミーナ・アリューゼ・セフィア・ルシオ・ラルフ・アイザックだ。皆が皆眠そうで、ラルフが毒物が仕込まれた可能性を挙げたが、気付かれないように魔術で調べていたアイザックがその可能性を否定した。


一刻も早く眠りに就きたいと言う考えは全員が共通らしく、今日はそこで解散となった。

耐え切れずに寝てしまったシエルを抱っこし、部屋に足を向ける直哉も例外では無く、今にもブラックアウトしそうな意識をどうにかこうにか繋ぎ止めていた。

何とか部屋に到着し、そのまま中に入る。右手でシエルを抱き抱えつつ左手でドアを閉め、そのままベッドに寝かせてシーツを掛けた。


「ミッション・コンプリートっす………」


ベッドの縁から立ち上がり、先程引っ張り出した椅子をテーブルの元に戻し、それに腰掛ける。そしてテーブルに突っ伏し、溜め息をついた。


《あぁぁー………眠ぃ眠ぃ眠ぃ、どうなってんだ………》

『こりゃあ、疲れだけって訳でも無さそうだな』


ウィズが少し真剣さを混ぜた声色で返事をしてきた。直哉がウィズの言葉をゆっくりと噛み砕こうとすると、眠気がすーっと抜けて行った。


《………あれ?もう眠くないや》

『飯に睡眠薬が混ぜられてたみたいだな………ま、今魔術で取っ払ったからもう平気だろ。アイザックだっけ?そいつが「毒物は含まれてませんでしたが」とか言ってたが、睡眠薬は毒物なのかどうなのか微妙なラインらしいな。そもそもナオヤが疲れる訳が無いし、最初からおかしいとは思ってたんだが………俺様でもなかなか気付けない程の睡眠薬とは、驚いたぜ』

《ほうほう………因みに、眠気促進以外の影響はある?》

『ちょっと待て………………ざーっと調べてみたが、どうやら毒物として機能する物質は含まれていないみたいだ』

《ならいいや。仮に毒性が少しでもあったら、皆が危ないからな》


直哉がほっと一息ついたが、ウィズは深刻さを漂わせる声色を崩さない。


『………毒性が無いからって安心は禁物だ。普通は大事な客人に睡眠薬入りの飯を食わせるか?』

《はっ》

『今更気付いたのか………相変わらず鈍いんだか鋭いんだか分からないヤツだな』

《うるせーやい!………でもさ、どうして毒物を盛らなかったんだ?仮に俺等が邪魔だったなら、そっちのが手っ取り早い気もするけどなぁ》

『センティスト王国はアイザックの存在を忘れてなかったって事か、他の目的があるか』

《他の目的?》

『はぁ………お前の隣で眠ってるのは誰だ?』

《シエル?》


視線をずらし、直哉は整った寝息を立てるシエルを見た。幸せそうな寝顔だ。


《うん、シエル》

『で、それを護衛する騎士達と本人が眠ったとしよう』

《………》


ここで漸く危険性に気付いた直哉は、思わず言葉を失ってしまった。


『友好国の姫様に槍を突き付けさせるヤツ等が、マトモな思考回路を持ってるだなんざ考えられん』

《もしかして………》

『あくまでも仮説の域は飛び出さないが………薬で眠らせて、誰も守る者がいない姫様をかっ拐うのは──』


カサッ


《ッ!?》


ウィズがその先の言葉を繋げようとした時、より鋭くなっていた直哉の聴覚が、布が微かに擦れる音を聞き取った。

発信源は不明だが、音が天井から聞こえてきた事は確実だ。


『──ま、どんなヤツにでも出来るだろうが、念には念を、ってヤツだな』


天井裏を最小限の音しか立てずに移動するのは至難の業だ。暗殺部隊かその辺りの人間が天井裏を行動しているのは一瞬で分かった。

そして、何の迷いも無くこの部屋に向かっている事も。


その気配が直哉の真上らへんに移動した時、更に六人の気配を確認した。最初は纏まっていたその気配は、途中で分離したかと思うと、他の騎士達が眠る部屋の上に移動した。


《邪魔者は消せ、って事で間違い無いらしいな?》

『だろうな』


ウィズに確認を取りつつ、瞬間的に魔力を練り上げる。そして、びっくりする程扱いに慣れてしまった敵意を天井にぶつけた。

その威圧感は兵士にぶつけたそれの比では無く、部屋を軋ませる程の圧力を携えていた。


「──ッ!!」


天井裏を進む気配に動揺が生じたのを感じた直哉は、咄嗟に魔力を稲妻に転換し、二次的ダメージを重視した拳大の雷球を生成した。

それを掴んで、腕を大きく振り被り──


「小手調べよ!」


──何の躊躇いも無しに天井に向けて全力投球した。

刹那、


「ぎゃあああああぁぁぁああぁあぁぁあああ!!!」

「ふっ………」


男の断末魔が天井裏にけたたましく木霊し、次いで何かが倒れる音が響き、そして天井を突き破って男が降ってきた。簡素だが余分な要素が微塵も無い、漆黒の装束を纏った男が仰向けにビクンビクンと痙攣を繰り返している。


そんな男を椅子に座りながら見下し、決め台詞をのたまった。


「何も残らないだけゴミよりマシよね」

『………』


ウィズの沈黙は直哉に対する痛々しい思いを切なくなる程詰め込んだモノだったが、それは直哉の自己満足には遠く及ばなかった。


しかし、そんな自己満足にも勝るモノが存在した。


「………っと、優越感に浸ってる場合じゃねーや。皆は大丈夫かな?」


それは、仲間に対する思い遣りだ。異世界の母国と称するだけあって、人との結び付きも決して浅くは無いモノとなっていたのだ。


無意識にそんな事を考えた直哉は、仲間って良いなーと呟きつつ、黒尽くしの男に稲妻属性を付与させたデコピンを三発叩き込み、暫く起きない事を確認してから微笑んだ。


《ま、アリューゼさんは放って置いても大丈夫だろ。黒光りだけど足が六本生えたダイヤモンドくらい生命力が高そうだしな………ククッ………》

『もうちょっとマシな目で見てやれよ、幾ら何でも憐れ過ぎるぞ………この俺様が同情する位だ、随分なモンだろ』

《ゴミよりマシじゃね?》

『………』


同時に、邪悪な笑みも浮かべていたりした。









男が落ちてきた穴に飛び込んだ直哉は、穴から首と右手を出し、ベッドごとシエルを包み込むような風の壁を張った。


《これ、使い勝手良いよなー》

『侵入も防げるし涼しいしで快適万歳だな』

《うむ》


シエルの前髪が風に揺られているの見て癒され、現在自分が置かれている状況に溜め息をつく。


《嫌な予感が当たっちまったよ、ったくよー………》


愚痴を溢しながらも天井裏に引っ込む直哉は、取り敢えず歩いてみる事にした。

真っ直ぐ進むと左右に道がある突き当たりに辿り着き、左右に伸びる整備された〝通路〟を見て驚いた。


《うわ、天井裏に通路とか》

『異常だな』


通路は人が擦れ違える程の余裕があり、高さは2mと言った所だ。そんな通路が延々と続いていたのだ。所々に枝分かれしていて、そこが各々の部屋に繋がっているようだ。

灯りは無いが、ある程度の暗闇なら目が利く直哉には問題が無かった。


取り敢えず突き当たりを右に曲がり、少し進んだ所にあった枝分かれした通路に入る。床を観察しながら歩くと、一ヶ所だけ色がおかしい床を見付けた。

もしやと思いそれを良く観察すると、灯りが無いと見落としてしまいそうな取っ手を見付ける事が出来た。


《………》


恐る恐るそれを掴み、上に引っ張った。すると、それは余り音を立てずに取り外された。

灯りが無く、通路と同じ暗闇が満ちた室内。だが、確かに二人分の気配を感じた。


遠回しに調べようかと思ったが、面倒だったのでそのまま部屋に侵入する事にした。


《ほっ》


ウィズの密かなフォローも幸いしてか無音で着地し、直哉は顔を上げた。


《ふぅ、さんきゅ──》


──そして、固まった。


部屋の造りはシエルが眠っている部屋と全く同じで、家具の配置の微かな違いが無ければ見分けがつかないような瓜二つっぷりだった。

だが………ベッドに横たわる大きな影と黒い人影は、シエルの部屋には存在しない〝とある事象〟を引き起こしていた。


どの部屋でも存在しない、否、存在して良い訳が無い事象。

それは──


「──何してんの?」

「!!」


直哉は無意識に、黒尽くしの男──アリューゼの槍を、その持ち主に深々と突き刺している──に呼び掛けていた。

男は飛び跳ねるようにしてアリューゼと直哉から距離を置き、直哉に対し警戒心を露にした。しかし、アリューゼは直哉の声に反応すらしなかった。


直哉は男を気にも留めず、ただ呆然とアリューゼと槍を見つめていた。頭の中は真っ白で、何かを考えようと言う考えすら沸かなかった。

──しかし、それとは対照的に、真っ白な心の中に漆黒の感情が濁流となって押し寄せた。


何も考えられない直哉を漆黒の濁流が支配するのには、刹那の時間だけで事足りた。


「ひっ」


直哉が男と向き直る。その動作は明らかに不自然で、本人の意思によるモノでは無いように見えたが、男にはそんな事を考える肉体的精神的な余裕がひとかけらも無かった。

男は特殊な訓練を受けているようで、暗闇の中でも目が利くようだが、身体が底から震え上がるような恐怖には慣れていないようだ。


そして、気が付くと直哉が視界から消えていた。


「な──」


ゴシャッ


「──」


次に男が聞いた物音は、自分の頭が粉々に潰される効果音だった。









『──、──!』

「アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが、アリューゼさんが──」

『──ヤ!ナオヤ!!』

「!!!」


ウィズの必死の呼び掛けで、直哉の心を満たしていた漆黒の濁流が収まり、考えると言う行動を取れるようになった。


「あ、あれ、俺………一体──」


グチャッ


先程までの記憶が無い自分に不安を抱き、後ずさろうとした時。まるで挽き肉を踏み潰したような音が直哉を止めた。


「え………?」


そして、嗅覚が焦げた鉄のような悪臭を嗅ぎ取り、視覚が血の噴水でも吹き付けたのかと錯覚してしまう程鮮やかな紅に染まった壁を認識した。


不安が大きくなり、尚更そこから逃げ出したくなった。

──しかし、それがまずかった。


「う、うわ──」

『ばっ、止めろ!〝下を見るな〟──』


ウィズの静止も虚しく、直哉は自分の足元へと視線を向けてしまった。

──そして、人間の形をしたミンチとご対面した。


「あ、あ」


黒い装束により辛うじて人間の形を保ってはいるが、内臓は全て破裂し、骨は身体中のそれが打ち砕かれ、装束を突き破って赤黒く輝いている。そして、そんな装束の隙間から溢れ出す生臭い血液は、壁に鮮やかな模様を描き、足元に大きな、大きすぎる血溜まりを造っていた。


「あ゛──」


不安が恐怖へと移行した時、直哉の意識に限界が訪れた。視界が霞んだかと思うと、背中に硬い感触と、ほんの僅かな衝撃──立った状態からそのまま後ろに倒れたから強い衝撃が生じたのだが、意識を失い掛けていた直哉には分からなかった──を感じた。それらを感じると共に、深淵に引き摺り込まれるように意識が薄らいで行く。


《あ──》

『オイ、しっかりしやがれ、ナオヤ!ナオヤ、ナオ──』


意識が途絶える前に右腕を突き上げ、まるで助けを呼ぶかのように虚空を掴むような動作をした直哉。その手が赤黒く輝いていたのも、その手から滴って直哉の頬を汚した生暖かい液体も直哉には認識出来ず、その右手は力無く床に落ちた。









《う………あ、あれ………ここは………》

『多分、お前の夢の中だ』


半ば掻き消されるように意識を失った直哉は、気が付くと真っ白な空間に浮かんでいた。

前後上下左右どこを見ても限り無く続く白い空間は、それがあるだけで不安を煽る。


《こんな夢見た事無いぞ………それに………さっきの〝アレ〟の方が夢みたいだ………いや、夢であって欲しい………っ》


先程の肉塊と化した男──性別不詳だが、今となっては調べる方法すら存在しない──が鮮明に蘇り、直哉を強烈な吐き気と震えが襲った。

思わずその場に踞って喉を押さえるが、喉が焼けるような感覚はしなかった。


自分の肩を抱き締め、歯をガチガチと鳴らし、目をきつく瞑って得体の知れない恐怖に懸命に耐える直哉。


《はっ、は………はぁ………》

『ナオヤ──』


あれ程の事があれば無理も無いが、それでもウィズは声を掛けない訳には行かなかった。


しかし、そんなウィズの行為は意味を成さなかった。


《──ナオヤ》

《………?》


不意に聞き慣れた声が自分を呼んだ。否、聞き慣れた、と言うのは語弊があるかも知れない。

何故なら、その声は紛れも無い〝自分自身〟のモノだったからだ。


そのまま顔を上げた直哉が見たものは、元の世界にいた頃、鏡を通して良く向き合っていた人物。


《よ、随分キツそうだな》

《お、お前は──》

《お前なんて呼ぶなよー、俺達は他人じゃないんだからさー》


見覚えのある顔、黒い髪に、邪悪な感情を漂わせる漆黒の瞳、懐かしい黒のスウェット、そして裸足なのは、自分が異世界に飛ばされた時の格好と瓜二つで──









《──俺はナオヤ、お前もナオヤ。つまり、俺はお前でお前は俺、同一人物なんだからさ》









自分に向けて頬を歪めて造った笑みを向ける、紛れも無い自分自身が目の前にいた。

それを頭が理解した瞬間、身体を駆け巡る恐怖が重圧を増し、吐き気が格段に増加した。


《っ──!!》


呼吸が上手に出来ず(夢の世界だが、その辺はしっかりしているようだ)、胸を掻き毟る。身体中から噴き出す冷や汗は止められず、苦しさに目を開くのも辛くなった。


《おいおい、大丈夫かよ──》

《お、れに………触、る、なっ!!》

《うわっとと!》


近寄ってきて背中を擦ろうとする〝もう一人の自分〟の手を払い、直哉は距離を置いた。息を荒げながらも睨み付ける目には、はっきりと敵意が含まれていた。

痛そうに手を擦る偽直哉は、残念そうな目で直哉を見た。


《おーいてて………ったく、俺はお前の衝動を代行してやっただけだっつーのによー》

《は………?》


警戒しつつ質問する直哉に、偽直哉は盛大な溜め息をついた。


《はぁ………ウィズが言ってたじゃん、〝ダークサイド〟ってさ。名前聞けば分かるだろうけど、お前が表なら俺は裏、お前が〝光〟なら俺は〝闇〟。つまり、〝ブライトサイド〟なお前と〝ダークサイド〟な俺は対であって、〝ナオヤ〟と言う存在を造り上げる要素であるお前と俺がいて、それで初めて〝ナオヤ〟が出来上がるって事だ。まさか人間は片方の要素だけで成り立ってるとか綺麗事言わないよな?どんな人間にだって表裏が存在するって事位知ってるよな?》

『ダークサイドにウィズだなんて気安く呼ばれたくは無ェな』

《ウィズはブライトサイドの俺に甘いんだねー………同じナオヤな俺にも優しくしてくれればいいのに》


ダークサイド直哉──略してD直哉──が直哉に向けて言った。実体化していないウィズは直哉の内面にいるので、強ち間違ってはいない。


《………》


当の直哉もD直哉の言った言葉は理解出来ていた。どれだけ善良な人間でも心の奥底には黒い感情を抱いている事、又は、邪悪な人間も聖なる心を僅かながら携えている事を。

しかし、だからこそ目の前のD直哉が怖かった。


《あぁ、言い忘れてた》


そんな直哉の心情を読み取ったのか、D直哉が口を開く。

──正確には直哉〝達〟は心情も共有しているので、読み取った、と言うのは不自然かも知れないが。


《お前は何かを勘違いしてるみたいだから、一応教えといてやるよ》


満面の、且つ邪悪な笑顔を浮かべつつ、D直哉は言った。


《俺が〝ナオヤ〟のほんの一部分だと思うなよ?光が無ければ闇は生じない、光が強ければ強い程闇も濃さを増す。………言いたい事は分かるな?》

《まさか………》

《そのまさかだよ》


D直哉の表情から笑顔が消えた。


《お前と俺は同じ力だ、符号が異なる力だがな。お前だって分かるだろう?自分が授けられた膨大な──有り余る程の〝神〟の力が………闇だからって甘く見ずに、これからは気をしっかり持つんだな。じゃなきゃ、俺が身体を乗っ取っちまうぜ?》


そのまま両手を広げ、一抹いちまつの光すら宿らない瞳で直哉を見下ろした。


《〝さっきの男〟のような運命を増やしたいなら別だがな………クククッ………ハハ、ハハハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ、ハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!》


狂ったように──否、自分からしたら確実に狂っている──笑うD直哉を前にして、直哉は間欠泉のように噴き出す恐怖を止める事が出来なかった。


そのまま笑い声を聞いていると、D直哉の姿が僅かにぶれた。そのぶれは次第に大きくなって行き、最後には原形すら窺わせない程にまで巨大化した。


《ハハハ………っと、お目覚めのお時間みたいだな》


まるでモザイクのように形を変えたD直哉は、


《まぁ頑張れよ、ブライトサイドの俺》


と言い残し、霧散した。


『──』


同時に、直哉の耳に誰かの声が聞こえて来た。そして、何かに引っ張られるような感覚も感じた。

しかし、それに抵抗する気力も力も残されておらず、されるがままに引っ張られる直哉は、心を恐怖で満たしたまま意識を浮上させた。









「──っ!!」

「ナオヤ!良かった、気が付かれたんですね!」


長い悪夢のような心の映像から解放された直哉は、勢い良く起き上がった。自分が倒れた光景──肉塊の前、そして、アリューゼの傍で倒れた事──を思い出したのだ。


心臓を鷲掴みされたような息苦しさと、異様なまでの倦怠感を感じた。どうやら魘されていたせいか、汗を信じられない程かいていたようだ。

しかし、今はそんな事を気にする余裕は無い。


「アリューゼ、さん………っ!」


傍にいたロームを無視し、直哉は掠れた声でアリューゼの名を呟き、立ち上がった。

──同時に、激しい目眩に襲われた。


「う──」

「まだ起き上がってはいけません!」


ロームがよろけて倒れそうになった直哉の腋に手を差し込み、支えつつ〝ベッド〟に寝かせた。目を開けておくのも辛かった直哉は、それでも起き上がろうと力んだが、衰弱しきった直哉を止めるのは容易で、アイザックが直哉の目を覆うように手を翳し、治癒魔術を行使しつつ直哉の動きを封じた。

それを待っていたかのように、短く浅い呼吸を繰り返す直哉に次々と言葉が投げ掛けられる。


「今、ナオヤには極度の疲労が蓄積してます。恐らく精神的なモノだと思いますが………」

「とにかく、今は安静にしてて?」

「うむ、無理矢理負担を増やす必要は無い」

「そうだね、ここには〝みんな〟がいるから大丈夫だよ──まぁ、姫様とセフィアは隣室で待機してもらってるけど」

「そう言う事だ………何があったか知らない──敢えて聞かないが、今は寝て寝まくってひたすら寝るんだな」


目を開けない直哉は、声を耳で聞き取って判断するしか無かったが、聴覚はしっかりと機能したようだ。聞き覚えのある〝五つ〟の声色に、少しだけ落ち着く事が出来た。

上からアイザック・ミーナ・ラルフ・ルシオ・アリューゼの──


「………え?」


思わず素っ頓狂な声をあげてしまった直哉。無理も無い、自分が〝死んだ〟と思っていた人物の声が聞こえたのだから。

先程の会話を噛み砕き、ルシオが「ここには〝みんな〟がいるから大丈夫だよ──まぁ、姫様とセフィアは隣室で待機してもらってるけど」と言っていた事を思い出した。そして、ロームを含め六種類の声色を確かに聞いた。それらは全員聞き覚えのある声で、他の誰かと言う線は薄い。


となると、やはり──


「ア、リューゼ………さ、ん………?」


直哉は掠れつつ震えている声でその名を呼ぶ。


「何だ、いつものお前らしくねぇな。何かあったのか?」


そして、帰ってきた返事は間違えようも無く、当の本人──槍で貫かれた筈のアリューゼの声だった。


「………何でも、無いよ」


直哉の目を覆うアイザックは、その手のひらに暖かい液体が触れたのを感じ、微笑みながら、且つ誰にも気付かれないように親指で拭ってやった。器用な男である。

直哉もされるがままで、大人しくその好意(?)を受け取った。









アリューゼの声を聞いて安心した直哉が眠るのにそう長い時間は掛からず、先程とは打って変わって長く深い呼吸をし始めたのを確認したアイザックは、直哉から手を退かした。

直哉の目尻に光る筋が一本伸びていたが、誰も突っ込んだりはしなかった。


「落ち着いたみたいですね」


深刻な表情でそう呟くアイザックは、部屋の片隅に不自然な膨らみを築くシーツに目を向けた。

何重にも重ね掛けされているものの、所々に赤い斑点が浮き上がっているそれの下には、見るも無惨な姿へと変えられた暗殺部隊と思われる人物が安置──と言うより〝設置〟──されている。


シエルとセフィアを別室に待機させたのはそのためだ。ミーナも移動しても良いとルシオが言ったのだが、口元を押さえつつそれを拒否したのだ。


「あのナオヤにここまで惨たらしく殺す事が出来るのだろうか………」


ルシオがぼそりと呟いた。

盗賊を捕まえた時も不殺を貫いた直哉が、変形では済まされない程打撃を加えて、且つ殺してしまう等到底考えられなかった。


確かに………と呟くアイザックを尻目に、ミーナも(色々な意味で)重い口調で意見を述べた。


「………ここはアリューゼ様の割り当てられた部屋で、天井には通り抜け可能な通路に繋がる穴、ナオヤ達の部屋の中にはシエル様と………〝この人〟と同じ服装の男、そしてこちらにも穴が空いていて、ナオヤ達の部屋からこちらへは天井の通路を通じて移動可能でした」


ミーナは部屋の片隅の膨らみを一瞥し、すぐに目を逸らした。

少々顔色が悪いのは、シーツの下の〝モノ〟を見てしまったのを思い出したからだろうか。


そこに付け加えるように、ラルフが補足を補った。


「確かにナオヤ達の部屋には同じ服装の男が倒れていた。が、気絶していただけだった………一人を生かして一人を殺す………ナオヤは少し──いや、かなり変な所が多いが、そんな狂人のような真似をする人間では無い」


ベッドに寝かされる直哉が顔を顰めたが、誰も気付かない。


暫くの沈黙の後、ロームが「もしかしたら………」と仮説を立てた。


「自室に侵入した暗殺部隊の人間を撃退し、シエル様の安全を確保した直哉は………他の皆様の安全を確保するために動いたのでは無いでしょうか?それならナオヤがアリューゼ様の部屋にいた事も不自然では無いかと思います」

「そうか、それなら筋が通るな」


アリューゼがロームの仮説に同意した。

そして、重々しい表情になる。


「しかし、どうして殺したりしたんだ?ナオヤなら、普通の人間を捕まえる事位朝飯前だろうに………」


再び重く長い沈黙。アリューゼの尤もな──ロームを除いて、だが──疑問に、すぐに答えが浮かばないのだ。


幾ら頭を捻っても正当な理由が分からず、心の片隅で〝快楽犯かも知れない〟と言う疑惑を一行が抱き始めた時──


「〝そこ〟で話していても何も変わるまい、視点を変える事が大切だぞ」

「「「「「?!」」」」」


──静かに、且つ滑らかな動作で天井から人間が落ちて来た。それも、普通の人間ならともかく、整えられた白髪を持つ老人だ。

身体に密着するチェーン・メールの上に漆黒の外套を羽織り、その僅かな隙間に数多くの投擲用ナイフを忍ばせ、腰の部分で縛られた紐に二振りのショートソードを通した、忍者のような外見。しかし、老人の面影など微塵も無く、小手やすね当て等の邪魔な装備は外していると言うのに、弱点や死角がある事を感じさせない、まるで未だに現役の老兵のようだった。

驚いた一行が武器を構えようとしたが、妙に威厳の籠った声に止められてしまう。


「待て、そこの団長。こんな老い耄れに集団で武器を向けさせるつもりか?………尤も、気配を感じられない甘ちゃん達に儂をしいする事は愚か、毛を一本切り裂く事すら出来ないだろうがな」

「な、貴様──」

「待ってください、この方は敵ではありません」


ルシオがアリューゼに対する無礼について口を開こうとした時、ロームがそれを制止させた。

そして、老人に苦笑いを向けた。


「もうちょっと早く来てくださいよ、センギア様」

「済まんのぅ、睡眠薬が強力だったから、身体から抜くのに時間が掛かってしまったのだ」


センギアと呼ばれた老人は、親近感が沸く笑顔を向けた。

同時に、アリューゼが驚きの声をあげた。


「センギア………この距離で気配を感じさせない凄腕の猛者………そして、この笑み………どこかで………っ、まさか、〝静謐の破壊神〟と謳われたバロン・センギアとは──」

「懐かしい二つ名だ………今となってはただの隠居と変わらぬがな」

「貴方が隠居なら、私達は赤子同然だ………部下の無礼を許してやってください」


アリューゼの態度に驚いた一行も、〝静謐の破壊神〟と言う単語を聞いてからは大して驚かなくなった。

それもその筈、〝静謐の破壊神バロン・センギア〟と聞けば、善人が聞けば歓喜に打ち震え、悪人が聞けば辞世の句を並べたくなる程にまで大きな存在なのだ。また、権力に支配されず、常に弱者の側に立ち、喩え国が敵となり向かい合うしか無くとも、そこで身を退く事は無かったと言う、謂わば英雄だ。そして、静かな外見と同じように静かで暖かみのある笑顔を浮かべる事が出来る人物として知られている。

戦士でここまで綺麗な笑顔を浮かべる事は普通なら出来ない──仮に出来たとしても、狂人又は変人扱いされてしまう──ので、〝安寧のバロン〟とも呼ばれていたそうだ。


アリューゼが顔を上げた所で、センギアは溜め息を一つ。


「何が起こったかの説明をする前に、まずは謝らせてくれ」


そして何を血迷ったのか、突然正座をしたかと思うと、そのまま前屈みになって行き地面に頭を打ち付けた。


「申し訳無い………私がいながらも、暗殺部隊の襲撃を止める事が出来なかった………そして、団長である君の部屋と王女様の部屋にだけ、本物の暗殺部隊を侵入させてしまった………」

「私の責任でもあります。危険に晒してしまい、誠に申し訳御座いませんでした」


声に悔しさを滲ませるセンギアに倣い、ロームも土下座をした。これが所謂〝貰い土下座〟である。


先程と立場が逆になったアリューゼは、一刻も早く顔を上げさせたかった。


「いやいや、全く話が読めんがまぁ、気にしないでくださいよ!」


アリューゼの必死の説得により二人は顔を上げたが、まだ申し訳無さが満ちているのが見て取れた。

これ以上謝られたらたまったモノでは無いので、半ば強引とも取れる話題転換をした。


「と、ところで………」

「そうだったな、儂達には説明の義務がある………老いると物忘れが激しくなるから嫌だのぅ」


それは功を奏した(?)ようで、センギアはまるで何も無かったかのように平然と話し出した。

昔の国の事、地下遺跡の事、鏡を発掘した事、それから豹変した事──そして、これから起こそうとしている行動について。


「儂の皿にも薬を盛ったと言う事は、国王は儂を敵と見なしていると見て間違い無いだろう」

「そしたら、強行策に出るしかありませんね」


ロームが大きく頷いた。覚悟を決めたのか、強い意思を感じる。


「ま、そう言う事だ。思い切り迷惑を掛けてしまったが、元はと言えばお主達には縁も所縁ゆかりも無い話。これからは極力巻き込まないように努力させて貰おう──」

「何を言ってるんですか」


センギアの言葉をアリューゼが遮った。


「狂王が王女に矛先を向けさせたのはこれで二度目。騎士がこれを見逃したら、私達は未来永劫後悔を引き摺って行くしかありません」

「………」


それを黙って聞くセンギアは、アリューゼや騎士達を吟味するような眼差しで観察した。

──そして、全員の瞳に決意が宿っている事に溜め息を洩らした。


「ここまで言えば、どうするかは分かりますよね?」


アリューゼが不敵な笑みを湛える。


「「………」」


暫くお互いの出方を窺っていた双方だが、先に根負けしたのはセンギアだった。

今までで最も長い溜め息を洩らし、如何にも呆れてますと言った表情になった。


「コラーシュの部下達は、相変わらず面白い輩達ばかりだな」

「え──」

「さてそれでは、そこの仏頂面、こっちに来てくれ」


アリューゼが聞き返すのを遮り、仏頂面──ラルフに向けて手招きをした。

それに気を悪くした様子も見せずに素直に従うラルフは、流石としか言いようが無い。


センギアの目の前に来た所で、ラルフは後ろを向かされた。


「よし、あの若造を良く見るのだ」

「………」


ラルフは真顔で寝かされた直哉を凝視。見られてる側の直哉としたら居心地が悪いのだろうか、寝返りを打った。

そして、ラルフの視線が直哉の脇に立て掛けられた槍に向けられた。


「………まさか」


何かを閃いたのか、ラルフは隣で腕を組んだセンギアに訊ねた。


「暗かったら、槍が突き刺さっているとも見て取れますね………」

「そう………つまり、そこの若造の早とちりだな──早とちりをしなければ、団長が凶刃の前に命を散らせていただろうが。暗殺部隊が息の根を止める前にこの若造が来たのは幸いだったな」


天井裏からの落下地点と直哉と槍は全てが一直線上にあり、手前から直哉・槍と言った配置だ。

薄暗く、且つ急いでいたとすると、自然と悪い想像が浮かぶのも無理は無い。ベッドで寝ていたアリューゼが返事をする筈も無いから尚更だ。


「そんな………ナオヤが………俺のために………俺のせいで………」


アリューゼが呆然と二人を見つめる。そして、そのままベッドへと視線をずらす。

そこには、何も知らないような幸せに満ちた寝顔の直哉が横たわっていた。


アリューゼの表情から気持ちを察し、センギアは少し事態を整理するための時間を設ける事にした。


「………儂達には時間は無い。国王に儂達の意図が伝わっている以上、手を打たれるのは時間の問題だ。だが、だからと言って焦ったら、それこそ無駄な労力を重ねる事になり兼ねん。被害は最低限に抑えるためにも、ここいらで作戦を確認して置こう」

「私も賛成です。加勢して下さるのはありがたいのですが、お怪我をされたら元も子もありませんからね………それに、姫様もいらっしゃいますから」


ロームも肯定の意を示し、誰も反対意見を並べなかったので、作戦会議と称した休憩を取る事になった。


直哉をアリューゼが背負い、天井の通路から隣室へ移動。ドアから出てしまっては、見回りと鉢合わせになる危険性があるからだ。

隣室へ移動するのは、シエルとセフィアにも作戦の概要を知らせるためである。


最初にセンギアが穴に飛び込み、ロープを垂らした。普通の人間のジャンプでは届かない距離なので、一行はその身軽さに改めて「静謐の破壊神は伊達じゃ無い」と実感させられた。


抜き足でシエル達がいる部屋に移動し、センギアが天井から室内へ侵入。二人がびっくりして慌て出したが、後に続いた騎士達の顔を見て落ち着いたようだ。

因みに、直哉が掛けた風の壁──シエルとベッドを包み込んでいた──は、直哉が気絶したと同時に解除されている。現在は二人でベッドの上に座り、仲良くお喋りしていた所だったようだ。


自己紹介を手早く済ませ、大雑把な説明を済ませたセンギアは、ドアにテーブルによる簡易衝立を立て掛け、天井裏に注意を向けた。

直哉が暗殺部隊の人間を惨殺した事は、アリューゼが敢えてシエルに伝えた。その時のシエルの表情に心が苦しくなったが、それでも伝えずにはいられなかった。


「私が殺させたようなモノです………申し訳御座いません、シエル様………」

「………いいえ、アリューゼさんは悪くはありません………全ては、センティスト王国国王の画策ですから」


持ち前の適応力を見せ付けたシエルは、怯えながらも直哉の頭を撫でた。


「ありがとう、ナオヤ………アリューゼさんを護ってくれて」


心の底からお礼の言葉を並べるシエルに感心しつつ、センギアはシエルに撫でられる直哉に目を向けた。


『ふむ………』


先程のシーツの下には、秘密裏に事を処理するプロフェッショナル集団の成れの果てがいた筈だ。風属性魔術で生臭さを取り払っていても、全て取り除けた訳では無いし、紅に染まった壁を見たら一目瞭然だ。下を見ないでも何を隠すつもりでシーツを掛けたのか位の推測は立った。

しかし、血の臭いが強烈な割に、直哉は武器を携えていない。腰には柄のような棒を射し込んだ袋を提げているが、そこから血の臭いがしない事からも、武器を使った攻撃では無いだろう。


『………となると、素手か』


他に残された武器と言えば、両手足位だろうか。しかし、それであのような血生臭さを醸し出すのには無理がある──否、不可能に限り無く近い。


自分で自分が辿り着いた意見を掻き消し、再び直哉を──シエルと直哉の二人を見る。

どうやったかは知らないが、先程の惨状を直哉が造り上げたのは事実だ。そんな人間──人間と呼ぶには余りにも現実離れし過ぎているが──が敵に回ったら、今回の作戦は愚か自身の命まで持ってかれてしまう。


『姑息な手は打ちたく無いが………そうなった時は、ここまで親身になって心配をしている姫君を人質に黙らせるしか無いか………』






それがどれだけ不可能極まり無い行為なのかをセンギアが知るのは、後に起こる〝異常事態〟に対処すべく、共同戦線を張ってからだった。

《おい、D直哉》

《んだよB(Bright)直哉》

《お前よぉ、人の事〝お前〟って呼ばないとか抜かしながら、何回〝お前〟って繰り返してんだよお前、調子に乗ってんのかお前、あ?》

《お前お前うるせーんだよお前、ついさっきのお前の発言見直してみろよお前、お前お前って四回抜かしてんじゃねーかよ》

《お前はたった今お前×6を達成した──》

『だァ!黙れW直哉!お前お前ってさっきっからウゼェんだよ!』

《《お前もうぜーよ!》》

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