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第六十三輪:第一印象は大切に

つらつらのんびりまったりるんるんと執筆したら、無駄に無駄を重ねて二つ折りしたかのような長さになりました。


ちょっとえげつない話には目を瞑ってください

ロームに率いられた一行がやって来たのは、ギラギラと輝く宝石に無駄に装飾されて重苦しくなった扉の前。

因みに、一行と言うのはシエルと第一騎士団の団長、副団長、そして直哉の事だ。残りの騎士達には部屋が宛がわれ、そちらで休憩を取っている。


《うわぁ………何これ怖い………でも売ると高そう………》

『こら、そんな事言っちゃ駄目でしょ?』


思わず引いてしまった直哉は、シエルに可愛らしいお咎めを喰らった。しゅんっと落ち込んで見せつつ、扉をまじまじと観察する。

──シエルからも若干引き気味な感情が伝わってきていたが、(自称)心が大海原張りに広い直哉は見逃してあげる事にした。


《にしても、無駄に豪華だなぁー………》

『ナ・オ・ヤ?』

《スイマセン》


シエルが語調を強めたので、今度こそ自粛する事にした。


それを見計らってか、単なる偶然か、ロームがドアをノックする。


「エアレイド王国王女、シエル・キャパシェン様及び第一騎士団の方々をお連れしました」

「うむ、入れ」


無機質な声が入室の許可を降ろした。

同時に、直哉を除いた一行は気を引き締め、直哉は再び疑問符を浮かべた。


《なぁウィズ》

『んぁ?』

《普通さぁ、謁見に騎士はいらなくねーか?しかも武器持ってるし、尚更な気がするんだが》

『………さァな。相手側が友好国に手を出す訳が無いとか思ってんじゃねェか?それとも──』


続きを聞こうとしていた直哉は、不意に袖を引っ張られた。何事かと意識を現実に向けると、目の前に頬をぷくーっと膨らませたシエルがいた。

その目は「みんな行っちゃったよ!」と訴えていて、その時初めて周りに誰もいない事に気付いた。


「あ、やっべ」


これも失礼云々に直結するモノかと苦笑いし、二人は慌てて扉に向かって歩き出した。

そして二人で開かれた扉を潜った時、


「止まれ──ッ?!」

「きゃっ?!」


目の前に交錯した二本の槍が二人を塞き止め──直哉が瞬間的にデコピンを放ち、それらをへし折った。

槍を持っていた二人の兵士がそれに驚き、シエルは直哉にしがみ付いた。


当の直哉は遠慮無く溜め息をつき、二人の兵士に殺気をぶち当てた。すると、二人はまるで糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

同時に、周りからざわめきが沸き上がった。


「なっ………貴様、何を!」

「王の御前で何たる無礼を!」

「恥を知れ!」

「死刑だ!死をもって償わせろ!!」


謁見の間は巨大なドーム状になっていて、無駄に豪華な扉から直線上に幅が3mはありそうな赤い絨毯が敷かれ、少し歩いた所に階段があり、その頂上に国王が座っている。階段手前の絨毯の左右には武器を構えた兵士が控え、その後ろには罵声を次々に飛ばす老若男女様々な人間がいた。

第一騎士団の団長達は、階段の手前で直哉達に不安そうな眼差しを向けていた。その腰や背中に武器は無かった。大方先程の兵士に奪われたのだろう。


再び溜め息をつくと、シエルを引き剥がし、直立しながら目を閉じた。シエルが震える手直哉の手を握ってきたので、先程のお返しと言わんばかりに優しく握り返した。


「………」


そのままゆっくりと目を開く。すると、先程までの喧騒が嘘のように空気が静まり返った。

纏う雰囲気を変えただけでも、とんでも無い影響を及ぼすんだなーと再認識し、苦笑いしながらシエルの手を引いてアリューゼの元へ向かった。


「武器は取られちゃった?」

「あぁ………流石に謁見の時に武器を持つのは無礼だと思ったが………」

「槍を突き付けられたの?」

「いや、ただ渡すようにって指示されただけだ」


ふぅん、と相槌を打ちつつ、直哉は階段の上の椅子を睨み付けた。国王のシルエットは見えるが、俯いているので表情までは分からなかった。


少ししてから、直哉は魔力を練り上げた。そのまま一行を包み込み、階段の上までテレポートした。

凍結していた空気が解凍され、後ろで再び罵声や驚きの声が飛び交うのを無視し、目の前の国王に近寄る直哉。アリューゼ達は堪らずに騎士の礼を取り、シエルは直哉に引っ張られる形で付いて行った。


宝石の散りばめられた赤い外套を羽織った、とてもぶくぶくした豚の進化系のような国王が顔を上げた。肉が汚らわしく垂れ下がった頬を動かし、開いてるのかすら分からない目で直哉を睨み返した。


「誰だ、貴様は」

「エアレイド王国第一騎士団、神崎直哉でーす」


テレポートで驚かなかった事に逆に驚きつつ、如何にも喧嘩腰な物言いで返した直哉。

アリューゼ達がみるみる内に青ざめて行くが、意図的に視界から追い出した。


「………聞いた事が無いな」

「新入りなもんで」

「威勢が良いのはそのせい………とも言い切れぬ、か」


ぶくぶくに膨れた顔を動かし、歪な笑みを直哉に向けた。心の中まで見透かされているような寒気に襲われたが、努めて面に出さなかった。


ふと笑顔を取り払ったかと思うと、ベクターは威圧的な態度を取る。


「しかし、新入りとは言えど………王に対する数々の不敬は見逃せんぞ?」

「王とは言えど、我等が王女に槍を向けさせた不敬は見逃せませんね?」


それに物怖じもせずに答えて見せた直哉に、ベクターは豪快な笑い声をあげた。


「ククッ、ハハハハハ!良いぞ、面白いじゃないか!」

「………」


「この豚頭大丈夫かよ」と本気で訝しむ直哉の目の前で、ベクターが奇妙な発言をした。


「こんな人材を求めてたんだよ………どうだ、我が国の騎士団に入らないか?重要な立ち位置くらいは準備してやろう。気に入らなかったら金だって積んでやる。〝あんなに平和な国〟なんざ飽きてしまっただろう?」

「「「「「「………は?」」」」」」


これには直哉を除く一行全員が驚かざるを得なかった。目の前で身内が突然スカウトされたら、素っ頓狂な声をあげてしまうのも致し方無い。


「ハッ、笑わせんな、ですよ」


しかし、直哉はそれを鼻で笑い、


「私利私欲の塊みたいな豚………じゃなくておっさ………でも無い、〝ベクターさん〟の下に就くんなら、俺は喜んで自殺なり何なりしてやりますよ。生憎だけど、奴隷公認の〝物騒な国〟なんかよりずっと過ごし易い平和な国に拾って貰えたんでね」


どす黒い魔力を纏いつつ、明らかな敵意を込めて返した。

流石のベクターも恐怖を覚えたらしく、直哉の言葉に反論したそうな表情を浮かべていたが、それ以上言葉を重ねる事が出来なかった。

本来なら直ぐ様兵士に捕らえさせ、即刻処刑にしても良い位だが、それはこの〝化け物〟を捕らえられたらの話で、殺気に宛てられただけで気を失うような兵士が何千と集まっても太刀打ち出来ないだろう事は想像に難くなかった。


そのまま暫く一方的に睨まれていると、不意にシエルが直哉に寄り掛かるように気絶した。

それにより重圧が霧散し、ベクターは溜め息をついた。


「………ま、謁見は済んだだろうし、俺達は下がらせてもらいましょうか」


直哉はそんなベクターを気にも留めずにシエルを抱き抱え、騎士の礼を取ったままのアリューゼの頭をぺちりと叩く。


「立場が逆だろアリューゼさん、本来はアリューゼさんが動くべきじゃねーのか!」

「はっ、申し訳御座いません………」

「………駄目だこりゃ」


正気を失っているのはアリューゼだけでは無いようで、一行全員がぶるぶると震えていた。

溜め息を吐き出しつつ纏った魔力を稲妻に転換し、一行に向けて放った。すると、様々な悲鳴やら絶叫やらか飛び交い、さっきまで伏せていた一行が全員立ち上がった。


「な、な、な、何すんだよナオヤ!心臓が活動停止する所だったぞ!?」

「そのまま止まっちゃえばいいのに………」


アリューゼの抗議にぼそりと本音を洩らし、息を切らした一行を急かす。


「シエルが疲れて眠っちゃったしさ、早い所休ませてやりたくてね~」


そのままベクターを一瞥もせずに階段を降りた。一行はお辞儀をしたりしながら直哉の後を追った。

絨毯の敷かれた通路の左右では、武器を構えた兵士がぶるぶる震えている。そんな兵士の前を通り過ぎ、ふと足を止めた。


「………あーそうだ、君」

「ははははひっ!」


面白いまでに怯える兵士に憐れんだ眼差しを送り、手短に用件を告げた。


「取り上げた武器、返してくんね?」


兵士は泣きながらコクコクと頷いたかと思うと、後ろから取り出した槍や両手剣、細剣や杖を直哉の前に置き、


「ごめんなざいごめんなざいごろざないでおねがいじまず」

「………」


──命乞いを開始した。


取り敢えず武器を全員に返し、殺す気が無い事を伝えた。すると土下座されお礼を言われまくったが、途轍も無い申し訳無さに襲われるばかりだった。


一行の周りにはまだ罵声が飛び交っているが、一行が罵声を飛ばす人間の正面を通過する時は、思わず吹き出してしまう程静かになる。

余りにも素直過ぎて、直哉は肩が震えるのを止められなかった。それを違う意味で捉えたのか「何震えてんだ、今更怖じ気付いたのか」や「もう遅ぇんだよ」等々、罵声がより一層激しさを増した。


それらを華麗なるスルーで右耳から左耳へと受け流し、先程の(今となっては目障りで仕方が無い)扉に辿り着いた。

扉の取っ手に手を掛け、そこで一度後ろを振り返った。すると、再び場が静寂に包まれる。口を閉ざしてはいるが、その目には憤激が満ち溢れていた。


「なぁ、前もこうだったの?」

「………」


小声で訊ねた直哉に、セフィアが赤い髪を振り乱しながら頭を左右に振る。

先程は震えていた一行も、複雑そうな表情を浮かべた。


しかし、今そんな事を考えるのは場違いだろう。ただでさえ殺気立つ空気の中で国王に散々無礼を働いた挙げ句、視界から消えてやらないのは流石に可哀想だ(一行がであって、ベクターがでは無い)。

なので、そのまま立ち去ろうと扉と向かい合おうとした時、ふと視線を感じた。

敵意では無く、興味を含んだ視線を、だ。


その視線を追って首を捻ると、罵声を飛ばす人間の最後尾から送られている事が分かった。

そこにいたのは、真っ白の髪を綺麗に整えた老人だった。その眼差しには、ロームと同じ輝きが秘められていた。


「うーん………」


顰めっ面になりながら扉を開け、そのまま続々と謁見の間を後にした。防音加工がしっかりと施されている所だけは評価出来るなー、と直哉は設計した人に向けて褒め言葉を送る。


「お疲れですか?」

「!!!」


そして、どこに隠れていたのか、ロームが急に声を掛けて来た事に心臓を止め掛けた。


瞬間的に前に走り、驚きを露にした口調で怒鳴った。


「馬鹿野郎!殺してーのか!!」

「そこまで驚かなくても………」


口ではそう言いながらも、しっかりと目で謝るローム。先程の人間達とは大違いだ。

そのまま口を開いたロームは、表情が陰るのを隠さずに言った。


「………気を悪くするな、と言っても無理ですよね。誰だって苛立ってしまいますよ、〝こんなの〟がこの国を仕切っていると思うと」

「あいやー、ロームも気に入ってないみたいだな?」


隠す事はせずに素直に聞いてみた。直哉が確かめた時の〝ベクターさん〟と言う発言(前話参照)や、たった今顔を陰らせたロームからして、現在のセンティスト王国を好きでは無い事は容易に推測出来た。


案の定ロームはそれに頷き、


「詳しくは後程。ここでは誰に聞かれているか分かりませんから………お疲れでしょうから、皆様を部屋にご案内致します。どうぞこちらへ」

そのまま踵を返して歩き出した。


眠るシエルのためにも、一行は大人しく付いて行った。様々な視線には慣れてしまったのか、そこまで気にせずに歩く。

そのまま言葉を交わさずにひたすら歩き続け、客室が並ぶ一角に到着。


「部屋に指定はありませんので、お好きな部屋でお寛ぎ下さい。中は大して変わらないのでご安心を」

「んじゃーお言葉に甘えて」


ロームに一礼し、直哉がシエルを抱き抱えたまま一番手前の部屋に入ろうとして、直ぐ様ロームが止めた。


「お待ちください、一番端は他の方にするべきです」

「どして?」

「………」


口に出せない理由があるようで、それを察した直哉が手前から三番の部屋に入った。もしもの事を考え、シエルと同室に居座る事を決意した。

アリューゼやラルフも察したらしく、手前から二番目、四番目の部屋に各々が入った。


各自が各々の部屋に入った事を確認し、ロームは直哉達が入った部屋のドアをノックする。


「失礼します」

「ほいほい、お静かにね」


ゆっくりとドアを開けるロームに、ベッド脇に引っ張ってきた椅子に座る直哉が笑い掛けた。


「お気遣いどうも」

「いえいえ、どういたしまして」


ドアを閉め、部屋内を見渡す。小型のテーブルと並べられた四つの椅子(一つは直哉が座っているので、正確には三つ)、そしてベッド位しか無い部屋に、他の人間の気配は無かった。

周りを見渡すロームは安全を確認したのか、椅子の一つを引っ張り出して腰掛けた。


「しかし、ぐっすり眠っていますね」

「あぁ………疲れたんだろ、って言いたいけど、多分俺のせいだな」


頭を掻いて苦笑いする直哉をロームが慰める(?)。


「いえ、ナオヤ様は悪くはありませんよ」

「堅苦しいなぁ、様なんていらんよ」

「そうですか?それじゃ、ナオヤで」

「そうしてくれ、そっちのが気が楽だよ」


お互いに笑い合う二人。どうやらいつの間にか打ち解けていたようだ。


しかし、その笑顔はそう長くは続かなかった。すぐに表情を曇らせるロームに、直哉も気を引き締める。

そして、そのままロームの出方を窺った。


暫く俯いたロームは、声のボリュームを落としつつ、囁くように告げた。


「………他の皆様はお気付きかと思いますが、ナオヤはセンティスト王国が初めてのようですから、一応説明をしておきます」

「頼んだぜっ」


ロームはそのまま言葉を続ける。


「ナオヤ達が先程謁見した現国王である〝ベクター〟は、数年前はあんな非人道的なお方ではありませんでした」

「外見?それとも内面?はたまた両方?」

「………どちらもですね」

「ぶふっ」


直哉が思わず吹き出してしまうと、ロームもつられて笑い出した。

すまんすまんと口だけで謝りつつ、目ではお互いが笑い合っていると言う不思議な空気。深刻なのか賑やかなのかすら分からない。


やがてその笑みも途絶え、真剣な眼差しが再来する。


「数年前はあんなに汚らわしいお姿では無かったし、そもそも奴隷公認すらしなかった。それが〝ある事〟を切っ掛けに変わってしまったのです」

「ある事?」

「はい」


気になるワードが並ぶとすぐに聞き返す。直哉の長所………だと思う。

一息ついてから、ロームは再び口を開いた。


「王宮の奥底に、古代文明の遺跡が見付かったんです。それは国王、王宮の建築を承った建築士、その他は国王の側近位しか知らない情報です」

「あれ、じゃあ何でロームは知ってんの?」

「こう見えても団長ですよ?」

「あっ、そう言えばそうだったな」

「………そんなに頼もしく見えませんか?」

「いや、余りにもフレンドリーでそんな気がしなかっただけさ」


おかしいのは直哉だけでは無いようだ。

逸れた話を再び矯正するべく、ロームは頭を振って切り替えた。


「それは置いといて………その遺跡を探索するのがベクターの趣味とも言える行為でした」

「ほうほう?」

「それで、騎士団の団長や副団長を率いて奥まで降りていくのです。その時は団員だった私も、失われた技術を現代に復元出来ればこの国に貢献出来る、そう考えていたのですが………」

「ロスト・テクノロジーか………ゴーレムとかいないかな」

「え?」

「あいや、何でも無いっすよ」


急に独り言を呟く直哉に、ロームは珍獣を見る眼差しを送る。昔はエアレイド王国の王宮でも同じような視線を浴びてたっけな、と〝異世界の母国〟に対するノスタルジアを抱いた直哉。


そんな直哉に首を傾げつつもロームは続ける。


「こほん。ある時、何時ものように探索に付き合っていると、今までに探索した事の無い隠し部屋を見付けたのです。そこに失われた技術が眠っているかも知れないと考えたベクターは、迷わずその部屋の探索を開始しました。私達は罠に警戒しましたが、どうやら何も仕掛けられていなかったようでした」

「ほへー」

『完璧にT(定番)ロールプレイングゲームな展開だな』

《まぁ夢や希望に満ち溢れるパラダイスワールドだしな、しゃーないしゃーない》

「そこには確かに失われた技術の片鱗を匂わせる様々な物がありました。その頃の──昔の〝ベクター様〟はそれらを国のために役立てようとしました──」


直哉とウィズの念話に気付ける訳も無く、ただひたすら言葉を並べるローム。因みに、ロームの会話内容はしっかり耳に届いている。勇者補正は(ry。

そして、実にテンプレートな単語を耳にした。


「──あの〝鏡〟を手にするまでは」

《M(滅茶苦茶)T(定番)ロールプレイングゲームに修正しよう、うんそうしよう》

『異議無し』


瞬間的に直哉が挙げた意見は、一人と一匹の同意をもってして即刻可決された。

そんな直哉とウィズとは真逆に、ロームは今にも潰れてしまいそうな雰囲気だ。


「鏡を手にしてから、ベクター様は急に太り出し、醜い怪物のような姿になりました。誰も部屋に入れなくさせたのも、部屋の警備を強化したのもその頃です。そして、悪政としか取れない政治を行いました。王宮が異様に豪勢なのはそのせいです」

「なるほどり~」


王宮に辿り着くまでの道程を思い出し、苦笑いする。

しかし、それよりも気になるのが──


「──そして、急に奴隷制度を取り入れたんです。目に付いた者、気に入らなかった者、何の罪も無い者が次々とこき使われ、ボロ雑巾のように扱われています」


これである。

どうやらロスト・テクノロジーの鏡の影響で国王が狂ってしまったのは確定らしい。恐らく鏡に自我が呑み込まれたりでもしたのだろう。


しかし、


「そんなベクターに見付かってしまった私の母親は、私だけでも見逃してくれと必死に懇願しました。ですが、その態度が気に入らなかったようで………父は私が幼い頃に他界してしまって、母と私はずっと二人きりでした。母や私に抵抗する力等無く、しかも相手が国王と来たら、刃向かえる筈がありません。半ば強制的に貴族の奴隷にされ、私はその貴族に売り払われたのです。そして、再び騎士としての腕を買われ、現在に至ります」

「って事ぁ、騎士、奴隷、騎士………って成り変わったって事か」


唇を噛み締めているロームが奴隷制度の被害者で、しかもその母親に心当たりがある事は予想外だった。


ここで母親の話題を出すのは苦だろうと自粛した直哉は、代わりに答えの見えている質問をした。


「そんな憎き存在の元に仕えているのは──」

「お察しだとは思いますが、私はこれ以上私のような犠牲を増やしたくは無いんです。騎士として雇われるのは、隙を見て鏡を何とか出来るかもしれないと思ったからです………尤も、断れなかったから、と言うのが一番の理由ですがね」


淋しげに笑うロームは、国王では無く鏡を何とかしようとしているのだ。仮に自分が同じ立場にいたら、まず国王を四分の五殺しにする事を考えているだろう。


《大人だな、うん》

『ちょっとは見倣ったらどうだ?』

《黙れMSR》

『ケッ』


短い念話を終えるのと、ロームが言葉を繋げるのは同時だった。


「近々国王の部屋に侵入する予定です。同志達も臨戦態勢を取っています」

「まぁ、一人でやろうとする訳が無いわな」

「えぇ、流石にそんな無謀な行動は取りません。こちらとて戦闘員の端くれですから」

「団長が端くれな訳が無かろう。多少は胸を張れよ」

「ふふ、それもそうですね」


ロームは口元に笑みを浮かべたが、それをすぐに打ち消した。


「私が言いたい事は一つです………どうか、今のベクター側には就かないで下さい。間違いを無視しないで下さい。巻き込んでしまう形になるのは、事が済んでから謝罪を申し上げますから」

「分かってるよ。こちとらあんな豚に就きたくは無いから大丈夫さ」

「豚、ですか」

「あぁ、ぴったりだろ?」

「………ここで笑ってしまっても良いでしょうか」

「いいんじゃね?豚だし」


それから少ししてシエルが目覚めるのだが、二人の笑い声が主な原因だった。


白いローブの袖で寝惚け眼を擦るシエルに柔らかな微笑みを向けつつ、ロームは「お食事の準備が整うまで失礼します」と一言告げて部屋から出ていった。

まだ頭が覚醒していないシエルは、ロームが出ていったドアをぽけーっと眺めている。


「ふぁ~あ………あれ?」


大きな欠伸を一つして、漸く異変に気付いたようだ。


「さっきまで王様の所にいた筈なんだけどなぁ………」

「おはようシエル。王様の前で寝ちゃうんだから、流石シエルだな」

「そっか、眠って──え?!」


ベッドから飛び降り、微かに涙ぐむ目を直哉に向けた。


「眠ってたの?王様の前で?!」

「あぁ、そりゃもうぐっすりだったな」

「ぁぅぁぅ………」


顔を赤くしてから青くし、最終的には土気色にまで変化させ、シエルはただひたすらにぁぅぁぅと呟く。


「ぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅぁぅ~………」


可愛かったが、余りにも気の毒過ぎたので、取り敢えず頭をなでなでして落ち着かせた。


「よしよし、大丈夫だシエル。俺は喧嘩を叩き売りしてやったから」


シエルがベッドに倒れ込んだので、なでなでは逆効果だったかと直哉は反省した。本当の理由等知る由も無いのは、まぁ………仕方が無い。


暫くして落ち着いたシエルに小一時間程の説教を喰らい、耐え切れなくなった直哉が日本流謝罪術一之型〝DO☆GE☆ZA〟(二之型は無いけど)を繰り出した所で説教は終わりを告げた。

現在は顔を上げる事が出来ずに、シエルの足元に平伏した状態をキープしている。


ここで顔上げたら色々と危険だよなぁ、と腕を組んで尚もプンスコしている仁王立ちシエルを宥めようと頭を床に擦り付けていると、思わぬ形で妨害が飛んで来た。


「お食事………の………準備………が………」

「「あ゛………」」


ノックもせずにロームが急にドアを開けたかと思うと、中の光景を見て絶句した。言葉は尻すぼみに弱まり、赤い瞳には溢れ落ちんばかりの動揺が宿った。

それは直哉達も一緒で、一刻も早く誤解を解きたかったが、不思議な圧力に逆らえずに「あ」や「う」を繰り返すばかりだった。


部屋内部の時間が三十秒程止まったかと思うと、軋む身体を必死に動かしたロームが部屋からの脱出を試みた。


「あ、いや、その………まさか旅先で、そんな事………申し訳ありません、失礼しました、ごゆっくりど──」

「待てぇぇい!!」


ぎこちない動作で逃げ出そうとするロームにはっとした直哉は、その肩をテレポートして掴み、部屋の中に引き摺り込んだ。ドアをゆっくり、且つ力強く閉め、ロームを椅子に座らせた。


「いいか、今のは深い意味は無いんだ。ちょっとシエルに土下座と言う謝罪術を──」


それから暫く、直哉がロームに言い訳をつらつらと聞かせ続けた。最後には魔力による脅し付けで強制的に頷かせ、口外・改竄しませんと言う二ヵ条約を結ばせた。

各々の頭文字を取って平仮名表記すると〝こうかい〟となるのは、類い稀なる偶然だ。


機械的に頷くロームにほっと一安心した時、ドアがノックされた。直哉が「どうぞ」と告げると、「失礼します」と呟いた兵士がドアを開け、三人に向けて言った。


「お食事の準備が整ってからかなり経っていますが………」

「「「!!!」」」


はっとした三人は顔を見合わせ、三者三様に返事を返した。


「いいい今行くわ!」

「ご飯だー!」

「何のためにここに来たんだ………これでは騎士失格だ………」


後に聞いた話によると、今回迎えに来た兵士はローム直属の──と言うより、手が行き届いた──部下らしい。王宮で無礼を働いた兵士の代わりに謝罪したロームだが、その兵士達は国王寄りの者らしい。道理で礼儀正しい(本来ならそれが普通)兵士な訳だ、と直哉は自己解決に至った。


気を取り直して兵士に付いて行こうとすると、直哉のお腹が発信源の空襲警報が鳴った。


「「?!」」

「「………」」


驚く二人に、シエルと直哉は顔を見合わせて苦笑いしたのであった。

夕食は巨大な宴会場のような場所で、エアレイド王国一行とセンティスト王国の国王であるベクター、騎士団の団長であるローム、そして数人の重鎮達で行われた。数多く並べられたテーブルの一つにエアレイド王国一行が着くと、次々と料理が運ばれて来た。

敢えてセンティスト王国側と離れたテーブルに着いたのだが、咎められたりはしなかったようだ。


重鎮達の視線は滅茶苦茶痛かったが、あれ程嫌がらせをしてやったベクターが平気な顔をしている事に、直哉は驚きを隠せなかった。



「ふー、ご馳走さんっした」

「「「「「っした!」」」」」


毒を盛られる事も無く、食事会は無事に終了。直哉の食欲に驚いた重鎮はスルーしつつ、エアレイド王国一行は手を合わせ、挨拶を交わした。

因みに、料理は普通に美味しかったようだ。テーブルに並べられた皿の上には殆んどの具が乗っていなかった。


暫く食後の余韻に浸っていると、ロームがエアレイド王国一行のテーブルに近付いてきた。


「さて、汗もかかれた事でしょうし、お風呂でも如何──」

「はいはい!賛成ですー!」


即刻返事をしたミーナは、元気良く右腕を突き上げた。

それに倣って控え目に手をあげるセフィアとシエル。女の子は風呂が大好きだ。


「分かりました。寝間着はこちらで準備して届けさせますので、気にせずにごゆっくり入って貰って構いませんからね」


踵を返したロームに続いて女性陣が席を立ち、男性陣もそれに続いた。勿論、直哉も例外では無い。

因みに、一行はローム以外のセンティスト王国の人間と言葉を交わすような事はしない。謝罪するべきなのだろうが、直哉がそれを止めたのだ。


そして、その場にいるのがセンティスト王国の人間だけになった時、ベクターが傍に控える老人──白髪を小綺麗に纏めた──に告げた。


「………食事に仕込んだ睡眠薬が回る深夜、寝静まってから〝暗殺部隊〟を回せ。騎士達は殺しても構わん。但し、姫君だけは生かすのだ」

「仰せの通りに」


その老人は、何か含んだモノを感じさせる表情を浮かべ、宴会場を後にした。


それを見届けたベクターは、まるで魔物のような笑顔を顔面に貼り付けた。

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