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第六十一輪:到着

最近は文章が短めです。

時間が無いのもありますが、やっぱり執筆に掛かる時間やら集中力が丁度良いってのが大きいですね。


ペースを掴んだら、それを大事にしてみようと思いました☆

影縫いの森を抜けて暫く馬車を走らせた所にある、林のような平坦な土地。本来なら魔物やそれに準ずる生物が屯してそうな場所の中に、明らかに異質なモノが佇んでいた。


一つは巨大で堅牢な砦、その隣にあるのはこれまた巨大な、煙を立てる直方体の壁。


野営の王様(アリューゼ命名、センスは欠片も無し)が造り上げた──建設した、と言うべきだろうか──砦は、野営用の簡素なテントよりも断然過ごし易いと騎士受けが良かった。

騎士達全員の個室を完備、更には馬小屋まで備わっていると言うのだから、それは致し方無い事だが。


流石にふかふかな布団までは準備出来なかったが、それでも騎士達の疲労は100%解消出来たようだ。


そして、砦の脇の巨大な直方体。一辺が10m、高さが5m程のソレは、丁度ど真ん中で等分されていて、等分箇所を正面に見て左右には入り口と思わしき穴が空いており、そこには視界を遮るための布が掛けてあった。煙の正体は湯気で、耳を済ますと人の声が聞こえてくる。


「あー、生き返るわー」

「何日振りの風呂だろう………」

「でも、まさかこんな所で風呂に入れるだなんてなぁ」

「どうやら〝露天風呂〟って言うモノらしいぞ」

「初めて聞いたな………けど、悪くは無いよな」

「寧ろ最高だろ!」

「うーん………この仕切りがもっと低ければさいこ──」

「聞こえてんのよ、この変態!」


ジュッ!


「──うぁっちゃあああぁぁああぁあぁ!!」


………男はどこの世界でも卑猥な生き物らしい。


それは兎も角、風呂のお陰で疲労は150%吹き飛び、エアレイドを出発する時よりも元気になると言う異常事態にまで発展してしまった。

レジャー施設と化した砦に命を投げ捨ててまで乗り込もうとする魔物もおらず、見張りの数も拠点のみを見張る最低限の人数だけで足り、それらも疲労回復に大いに貢献した。


なので、次の日は超ハイペースな馬車旅となった。出発する時間がまだ薄暗い早朝と言うのだから、騎士達が有り余る気力に満ち溢れているのがお分かり戴けるだろう。

風属性の補助魔術により人工的な追い風を供給し、且つ馬の調子も絶好調だったらしく、馬車は飛ぶように街道を突っ切った。


「おぇっぷ………」

「あらら………大丈夫?」

「だめ゛………」


水桶に向かって苦しそうな呻き声をあげる直哉の背中をシエルが擦る。こんな光景が見られるようになったのは、アリューゼが調子に乗ってテンションの赴くがままに手綱をぐいぐいと引っ張った頃からだ。


「ね、ねぇ、ちょっと、速すぎ──」

「いーやっはぁー!この星は俺のモンだぁぁー!!」


直哉の悲痛の声は、聴覚が完全に麻痺したアリューゼの耳には入らなかった。

──否、寧ろ悪化させてしまったようだ。


「行けェ!」


バチン!


「バヒィィイイイン!」

「やめ、止めろォォォ──」


暴走列車ならぬ暴走馬車と化したエアレイド王国一行は、土煙を立てながら疾風の如く駆け抜けるのであった。









暴走した甲斐があったのか、昼頃にはセンティスト王国の城門が見える所にまで迫っていた。影縫いの森で足止めを喰らわなかったら最速記録を樹立するレベルだ。それでも騎士達に疲労の色は見られず、寧ろ嬉々としているようにも見えてしまう。

──馬車の中に寝転がっている、ただ一人の例外を除いて。


「ナオヤ、もうちょっとだよ?馬車も落ち着いたから起きて?」

「うぐぉぉぉ………ばーちゃん………いい加減ジェットコースターから降ろせよ………もう二十周目だよ………もう駄目死ぬ死ぬ、色々出る………」


耐えれなくなって愛と勇気が蔓延る夢の世界へと現実逃避した直哉だったが、その現実逃避先でも悪夢に見舞われているようだ。つくづく救われない生物である。

寝言で〝ばーちゃん〟と呟いた直哉を起こすべきかと真剣に悩んだシエルは、その後の寝言が少なくとも良いモノだとは思えなかったので、取り敢えず起こして謝る事にした。


揺すっていると、不意に直哉が飛び起きた。


「うわぁ──」


ごつん。


「「──っ~~~~~!!」」


小気味良い音が室内を跳ね回り、ぶつけた額を押さえる二人が室内をバタバタゴロゴロドッカンと転げ回った。

アリューゼの溜め息は誰にも聞こえてはいない。


涙目になりつつ、赤くなった額を擦りながら、その眼差しをシエルに向けた。


「ってぇー………幾らなんでもヘッドバックはやりすぎだろ──あ、おはようシエル」

「むぅ~………」


どんな夢を見ていたのか本気で気になったが、聞いたら怖そうなので深追いはしなかった。

先程の〝ジェットコースター〟と言い今回の〝ヘッドバック〟と言い、日本には良く分からないけど面白そうで邪悪な響きを含む言葉があるんだなぁ………と、額に治癒魔術を施しながら唸るシエル。彼女の日本に対する理解が順調に道を踏み外している──寧ろ修正不可能なまでに歪んでいる──が、それを知る者はいない。


唸るシエルを見た直哉は、起こしてくれて早々に頭突きをぶちかましてしまった事を怒っているのかと思ったようだ。

慌てて地面に正座をし、頭を床に打ち付けた。


「す、すまん!夢が怖すぎて、早く起きたかったんだ………まさか頭をぶつけちゃうだなんて思わなくて………」


「この通りだ、許してくれ」と床を頭で抉る直哉を見て、本当に治癒魔術を施した方が良いかなと真剣に考えるシエルを余所に、馬車はゆっくりと速度を落としていった。慣性の法則はこの世界でも通用するらしく、土下座をしていた直哉が転がり出した。


因みに、慣性の法則とは「物体が現在の運動を継続する」事だ。車に乗って急発進する時の背凭れに押し付けられるような感覚(静止していた人間は静止を続けようとするから、動き出した車に押し付けられる形となる)をイメージすれば分かるかも知れない。


「うぉ、ぐぇっ、うぎゃ!」


頭を何度も床にぶつけ、面白いように飛び跳ねた。暫く転がると回転は収まり、


ゴシャッ!


「を゛を゛を゛を゛………」


痛そうな音を立て、アリューゼの隣の御者台に頭から落下して静止した。

うっすらと目を開けると、天地が逆転している事に驚き、簡素だが頑丈そうな塀が広がっている事に気付き、正面には城門が取り付けられていて、そこには二人の兵士と思わしき人間が足だけで空からぶら下がっている事に恐怖した。


「ついに逝っちゃったのかな………」等と呟く直哉を一回転させて御者台に座らせ、アリューゼは近付いて来る兵士達に軽く会釈をしたが、兵士達は喋りながらのんびりと近付いて来るだけで、アリューゼの会釈には応えなかった。

こめかみに浮かぶ青筋を無理矢理押さえ付け、アリューゼは笑顔を繕った。


馬車との距離が1m程になった時、兵士達が気だるそうに口を開いた。


「何の用っすか?」

「あーまじめんどくせー」


ピキッ。


その場に何かに亀裂が走ったかのような音が鳴り響く。音の発生源であるアリューゼは辛うじて耐えていると言った様子だが、身体中から噴き出す殺気が隠しきれていない。

その殺気を受け流して──或いは感じすらしないのか──尚も口を滑らせる兵士達。


「あのさぁ、用が無いんならとっとと帰れよ。俺様達ァ忙しいんだヨ」

「アンタとは違うからねー」


ぶちっ。


今度は亀裂が走る等と甘くは無い、何かが力尽くで引き千切られたような音が鳴った。流石の兵士達も異常を探知したようだが、アリューゼが一人の兵士の首元に槍の穂先を突き付けるのが先だった。

突き付けられるのと同時に、アリューゼの殺気が兵士に襲い掛かった。まるで強風に吹かれているようなその感覚に、兵士は冷や汗を流しながら立ち尽くす事しか出来なかった。


「な──」

「〝エアレイド王国からの親善使節〟として来たんだが、どうやら人殺しの一線を越えなければ気が済まないみたいだ」

「て、てめっ」

「自分の心配したら?」

「あぁ?──ひぃぃ!」


腰に提げた剣を引き抜き、軽いと訝しみつつも刀身を直哉に向け──銀色に輝く凶器がどこにも無い事と、自分が刃を向けようとした人物が絶対に逆らってはいけない存在だと言う現実を認識し、その口から悲鳴を洩らした。


直哉は威嚇のためか稲妻を纏った雷神モードに突入し、妖刀村正を右手に携えている。鈍く輝く刀身が文字通り〝光速で〟兵士の剣の柄と刃を綺麗に分断していたのだ。

しかし、それが功を奏したのだろう。その姿を見て、そしてアリューゼが告げた言葉も合わせ、兵士達は漸く一つの結論に辿り着いた。


「ま、まさか………雷神?!それに、エアレイド王国って──!」


アリューゼに穂先を突き付けられた兵士がそれに気付き、思わず逃げようとした。

しかし、アリューゼはそれを許可する気など毛頭無かった。


「………」

「う、ぁ………………」


逃げ出した兵士の背中に向けて、人を殺せそうな程の殺気をぶち当てたのだ。見えない凶器に貫かれた兵士は、視界の暗転を防ぐ事すら叶わずに昏倒した。

二人の延長線上にいなかったにも拘わらず、もう一人の兵士はぺたんと座り込み、直哉は前に自分も向けられたっけなと苦笑いをした。


兵士が座り込んで直ぐに、エアレイド王国一行が何事かと飛び出して来た。


「どうしたんですか、団長」

「んな禍々しい殺気出しちゃって………」

「他国に八つ当たりはいけませんよ?」


冗談混じりに話す騎士達を前に、兵士は再び愕然とした。

この殺気の中で、その発生源に軽々しく口を聞けるのだ。団長と呼ばれた男も只者では無いが、部下と思わしき騎士達も侮る事は出来なかった。


『何なんだ、コイツ等──』

「なぁ」


兵士が冷や汗を一筋流すのと、そんな兵士に直哉が話し掛けるのはほぼ同時だった。

驚いた兵士が見上げると、左手に先程アリューゼの殺気にあてられた兵士を掴んでいる直哉が映り込んだ。


「あひ──」

「うるせー黙れ。つーか、さっさと案内してくんね?こちとら暇じゃねーんだよ」


心底イラついた眼差しで兵士を睨み付ける直哉。六芒星が輝く目が細められた事に、兵士の我慢は臨界点を突破した。


「分かりましたから命だけは見逃して下さいまだ死にたくないんですお願いしますこの通りですから頼みますまだまだまだまだ死にたくないんです──」


喚きながら城門を開く兵士を見て、直哉とアリューゼ、他の騎士達は溜め息によるコーラスを奏でずにはいられなかった。


気絶した兵士をもう一人の兵士に押し付け、一行は城壁の内部──センティスト王国へと足を踏み入れた。

──この時の一行は、国を巡る事件に巻き込まれる事など、毛頭程も理解していなかった。

窓一つ無い、陰湿な部屋の中。壁には双頭の鷲のタぺストリーが貼られ、揺らめく蝋燭がそれに数人の人影を浮かび上がらせている。

年齢や性別はバラバラだが、各々の目に燻る強い意思だけは共通だ。


「………どうやら、第一段階は無事に完了したようだ」

「はぁー………こんなにヒヤヒヤするモンなんだな………」

「失敗したらどうしようかと思いました」

「まぁまぁ、成功したんだから良いじゃないか」


その中でも一番年を取っている老人が、ぽつりと口を開いた。同時に、周りが安堵の溜め息を洩らす。


「しかし、安心するのはまだ早い………我々には、大きな使命が残されているのだからな」


老人は立ち上がり、周りに座る人間の顔を見渡す。

そして、懐からナイフを取り出し、タぺストリーに描かれた鷲の右側の頭にそれを突き刺した。


「この残虐な国を〝創り直す〟と言う使命が──」


再び周りを見渡し、決意に満ちた眼差しを周りに向けた。それに周りも頷いて応えて見せた。

部屋からは暫く話し声が聞こえ続けた。






──双頭の鷲は、センティスト王国では正義と悪を司る神として崇められている。右側の頭が悪、左側の頭が正義だ。

その神に、しかも悪を司る右側の頭に刃を突き立てたと言う事は──






誰にも気付かれずに燃え上がる炎は、少しずつ勢いを増して行くのであった。

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