第四十二輪:悪夢
サブタイトルを決めるのが難しくなってきた今日この頃。
…それはさておき、今日は国公立の後期受験ですね…様々な想いを抱く受験生の皆様に、筆者は応援の言葉を捧げます。
「一寸先は闇、二寸先は光」
…あ、これ見たから受験失敗したって言う苦情は受け付けません(ぇ
健闘を祈ります!
シエルを抱き締めた状態のまま一睡もする事無く、直哉はついに朝を迎えてしまった。
腕の中では、シエルが心地良さそうに眠っている。
「うぐ…朝日が…」
疲れた身体に朝日がダイレクト照射され、直哉は身体が焼かれるような錯覚を覚えた。
少しすると、ウィズも苦しそうな唸り声を発し始めた。
『グォォォオッ、か、身体が、身体が焼けるゥゥゥウウウ!』
《うるせーよ、こんのドラキュラ崩れが!心臓に十字架叩き込むぞオラ!》
朝っぱらから面倒な突っ込みをさせられてしまった。それは今日一日がマトモな日にならない──厄日の前兆のように感じられ、直哉は今日初めての溜め息をついた。
《はぁ…ったくよー、朝っぱらから嫌な予感しか──》
コンコン
「──しねーじゃねーかよぉぉぉ!!」
嫌な予想程的中してしまうとは言うが、直哉も例外では無いようだ。思わず念じようとしていた言葉を叫んでしまった。
そんな直哉達の現状を見て、誤解しない人はいないだろう。
バンッ!
「大丈…夫……」
──直哉の叫び声を聞いて慌てて部屋に入ってきたメイドも、その例外では無かったようだ。
言葉は尻すぼまりになるが、対照的に表情は明るくなっていった。
メイドの変化を目の当たりにした直哉は、二つの事に絶望した。
一つ目は言わずもがな、この光景を目の当たりにされた事である。
だが、問題は二つ目だ。
ガルガント王国のメイド達の性格は分からない。一般的(知り合いに聞いた話により詰め込まれた知識だが)なメイドかもしれないが、エアレイド王国のような邪悪さを孕んでいるかもしれない。
そして、目の前にいるメイド──直哉を浴場に連れていった──は、喩え天地がひっくり返ろうとも前者に分類される事は無い。
「…ですよねー、お邪魔しましたー」
満面の笑顔をこれでもかと見せ付けながら、メイドは踵を返して部屋から出ていった。角と尻尾、それに小さな羽根が見えたのは、きっと幻覚では無い。
「ま、待ってくれ!」
直哉が呼び止めようとすると、メイドは凄い速度で走っていった。
メイドの足音が遠退くにつれ、直哉の生きる気力は弱まっていく。
「は…ははは…オワリダア…」
「んん…」
直哉が絶望を言葉に表すのと、シエルが目覚めるのは同時であった。
事情を理解したシエルは、耳まで真っ赤に染まっていた。昨日の事は覚えていないらしく、お酒の勢いに負けていたそうだ。
食堂に向かう二人は、通りすがりのメイド達から暖かすぎる視線を向けられていた。よくよく見ると、兵士達やお偉いさんっぽい人までもが視線を投げ掛けていた。
「げ、元気出せよ…周りなんて気にしちゃダメだぞ」
「うぅ…」
「?!」
恥ずかしがりながらも、シエルは直哉の右手を握った。手まで火照っているのが分かったが、何故握ってきたのかは分からなかった。
《な、なななっ、なな、なんだ?!何が起こってんだ?!》
『あーくそ!変われ、変わるんだナオヤ!』
そんな直哉もみるみる内に赤く染まっていく。そして、メイド達はそれを見逃さなかった。
直哉達の周りに集まって来たかと思うと、口々に揶揄いだした。
「あーっ、手まで握ってるー!」
「熱いですね~」
「真っ赤になってる、かーわいー!」
「初ちゃんでしゅねー!」
「うるせー!!」
「「「「キャー(はぁt」」」」
耐えきれなくなった直哉が叫ぶと、蜘蛛の子を散らすかのように走り去るメイド。しかし、物陰に隠れたかと思うと、今度はこちらをチラチラと窺い始めた。
「………」
無言で左手に雷球を形成すると、メイド達は今度こそ完全に逃げ出し、兵士達は足早に去り、お偉いさんっぽい人は部屋の中へと非難した。
静まり返った通路を確認した直哉は、雷球を消しながら溜め息を洩らした。
「はぁ…」
それを聞いたシエルは、直哉の右手を離すと、今にも泣きそうな声で直哉に尋ねた。
「…ナオヤ…」
「ん?」
直哉が聞き返すと、俯いていたシエルが顔を上げた。真っ赤な顔とは対照的な、空色の潤んだ瞳で見上げる姿に、直哉もウィズも何か〝来るモノ〟を感じた。
そんな直哉など露知らず、シエルは続けるために口を開く。
「…嫌、だった…?」
胸の前らへんで両手を組み、最早上目遣いとしか言えないような眼差しを向けながら直哉の返事を待つシエルは、直哉の心に500m程の津波を発生させる程のエネルギーを持っていた。
動揺を隠せない直哉は、やっとの思いで動かせた口から、やっとの思いで考え付いた言葉を発した。
「そそっ、そんな訳無いよ!ちょ、ちょっと恥ずかしかったから…その……えと………」
最後の方は口ごもってしまったが、シエルには無事に伝わったようだ。表情が明るくなったかと思うと、直哉の右腕にしがみついた。
『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!』
ウィズの心の枷が崩壊したようだ。えげつない雄叫びを発しながら、頭を押さえて転げ回っているイメージが伝わってきた。
ウィズを極力無視し、何とか平静を保ちながら、直哉は慌てたように言った──
「とと、とにかく──」
ゴゴゴゴゴゴ…
「「………」」
──が、腹の虫の警鐘に遮られてしまった。
「あ……」
「………」
「…ぷっ」
「ふふっ」
「「あはははは!」」
呆然と見つめ合っていた二人は、どちらからともなく笑い出した。笑い声を聞いて、メイド達が戻ってきたりしたが、直哉が笑顔でどす黒い魔力を纏った途端に戦略的撤退と言う名の逃亡を図った。
一頻り笑った後、二人は食堂を目指す事にした。
「まぁ、食堂行こっか。お腹が悲鳴をあげ始めたし」
「そうだねっ…って、目の前?」
「え?…ありゃ」
気付いたら目の前には食堂のドアが聳えていた。歩いている内に到着していたのだ。
再び顔を見合わせると、再び笑い出す二人であった。
「あぁー…裟婆の空気はうめーなぁー…」
「どこぞの囚人だってんだ」
釈放された囚人のように深呼吸をするアリューゼに、直哉は即座に突っ込みを叩き込んだ。
その手はシエルをしっかりと支え、リオンの走りに対応させていた。
二人のやり取りを聞いて笑うシエルは、後ろに座る直哉に体重を預けながら、跨がるリオンの頭をなでなでしている。
「ははは、ナオヤも面白い事言うねぇ」
「でっ、でもっ!今のは、あ、アリューゼしゃんがっ!」
「はいはい…落ち着こうね、セフィアちゃん?」
上から直哉を揶揄うルシオに、直哉の無実を証明(?)しようとするセフィア、そんな彼女を宥めるミーナだ。セフィアをなでなでするミーナを見ながら微笑むのはアイザックで、彼の隣ではラルフとセラが仲良く居眠りをしていた。
現在は来た時と同じように引き返している真っ最中だ。大型の馬車をアリューゼが操り、そんな馬車の隣を直哉とシエルを乗せたリオンが駆け抜けている。見方を変えると、まるで襲撃者から必死に逃げている馬車のようにも見えるが、そんな事は無い。
「しっかし、まさかあんなところで、ねぇ…」
「た、確かに…」
ルシオの呟きにミーナが頷いた。かすかに頬に朱が差している。
二人が思い浮かべたのは、出発する前に見せ付けられた光景だ。
何があったのか見てみるために、少し時間を遡ってみよう──
「ふぃー、ごっつぁんです」
「ナオヤ、〝ごっつぁん〟ってなぁに?」
「〝ごちそうさま〟みたいなモノかな」
食堂で朝食を摂った一行は、食後のまったりタイムを堪能していた。
直哉の言葉に首を傾げて疑問符を浮かべるシエル、甘い香りがするお茶を啜るミーナ、そんな彼女に倣って香りを堪能するセフィア、目を閉じて瞑想(?)するアイザック、お茶請けに手を伸ばすセラ、椅子にだらしなく寄り掛かるアリューゼに、律儀にも片付けを手伝うラルフ。ルシオは遠い空の彼方を見つめている。
──楽しんでいるかは別として、一行はリラックスしているようだ。
そんな光景を見つめるのは、微笑みを浮かべたガープだ。自分の孫を見守るような、優しくて暖かい眼差しを向けている。
その隣には、そわそわするルナが座っている。何かをしようとしては止め、挙動不審と言う言葉がぴったりである。膝の上に座っている筈のエレは、自室のベッドで丸くなっているらしい。
そんな挙動不審なルナは、ついに行動を開始した。
「ねぇ、あなた…」
「な…んだ?!」
不意に立ち上がったかと思うと、ルナはガープの膝の上に座った。余りにも唐突で、ガープは状況が理解できないようだ。
──唖然とするエアレイド一行も、例外とは言えない。
周りのリアクションなど気にも留めず、ルナは続ける。
「今日くらい、良いじゃないのぉ…もう数日になるのよ?」
「え、あ、あぁ…」
言葉に詰まるガープ。顔色がみるみる内に青ざめていくのが分かった。
そんなガープの首に腕を絡ませ、ルナは耳元で〝大きな声〟で言った。
「私、もうだめぇ…溜まりすぎて、大爆発しちゃいそう」
「あー!待って待って、今すぐ消えます帰りますー!」
直哉が慌てて席を立つ。他の固まっていたエアレイド一行も立ち上がり、急いで部屋から出ようとする。
すると、後ろから
「あらぁ、観客がいた方が燃える──」
と声が掛けられたが、
「結構でーす!!」
即答した。
そのまま部屋から出──
「た、頼む!待ってくれ!!」
──ようとすると、今度はガープが呼び止めた。土の地面に横たわらせたら間違って踏んでしまいそうな程顔色が悪く、溢れ出す脂汗が普通では無い。
だが、それは直哉達に恐怖しか埋め込まなかった。
「「「「「「「「「~~~~~!」」」」」」」」」
我先にと部屋から出て、最後に出た直哉は、二人を見ないようにしながら叫んだ。
「ごゆっくりぃぃぃいいい!」
バタンッ!
そのまま廊下を全力疾走し、通りすがりの警備兵の首を鷲掴みにしながら、直哉は前を走るエアレイド一行の元へと辿り着いた。
警備兵はいきなり景色が変わった事に呆然としていたが、直哉達の血相を見た途端に青ざめた。客人に失礼な事をしてしまったのだろうかと思ったのだろう。
ぶるぶると震える警備兵に、アリューゼが恐喝紛いに怒鳴った。
「おい!」
「ひぃぃっ!」
警備兵は頭を抱えて踞り、命乞いを開始した。
「すすっ、すいませんでしたぁ!失礼があったのなら何でもします、だから命だけは──」
「だぁぁー!殺らないから殺らないから!馬車は何処なのおぉぉ?!」
そんな警備兵に苛立ちを抱きながら、直哉はアリューゼに負けない程の声で尋ねた。
警備兵は泣きながらも立ち上がり、目元を擦りながら通路の奥を指差した。
「うぅ…ごっぢだがら、命だげば…家族が飢えぢゃうがら…命だげば…」
警備兵の涙ながらの訴えは、直哉達の心に響く事は無かった。
「あぁぁーん…あぁぁー、ん……あれ?」
──警備兵の目の前から、跡形もなく消えていたからである。警備兵の訴えに耳を貸す事より、この王宮から脱出する事を優先したのだ。
馬車を発見した一行は、急いで馬小屋から馬を連れてきて馬車に繋ぎ、逃げるように走り去った。
直哉とシエルの二人は、同じく馬小屋から飛び出してきたリオンに乗っている。機動力では馬車を凌駕していて、その走りは風のようだった。
そうしてガルガント王国を脱出し、現在に至るのである──
「「観客がいた方が燃える」って…」
「…そっとしておきましょう。きっと〝そんな人〟なんですよ…」
ミーナが赤くなりながら呟くと、アイザックが首を振りながら言った。
面倒見が良いミーナだが、子供な一面があるようだ。
「ガープなら、そうかも、しれない…いや、寧ろ、そうだな…」
途切れ途切れに言葉を繋げるのは直哉だ。女装させられそうだった時の事を思い出していたのか、肌には鳥肌が立っていた。
シエルとセフィアの二人は、それはもう気持ち良さそうに微睡んでいる。シエルは直哉を背凭れに、セフィアはミーナの膝を枕にしていて、見てるだけでほんわかしてしまう。
──尤も、直哉はほんわかと言うより、緊張しているように見えるが。
少しすると会話が途切れ、車輪が地面の上を転がる音と馬の蹄が地を駆ける音、風切り音にリオンの足音だけが耳に入る音となった。
直哉はぼーっと空を眺め、ミーナもこくりこくりと俯き気味になり、ルシオは馬車の床に倒れ込み、アイザックは腕を組んで再び瞑想(?)を開始している。
「ったくよー…俺にも寝かせろっての…ふぁぁ~」
御者台に座るアリューゼが振り返り、眠っている一行を見ながら呟く。欠伸は噛み殺すには大きすぎたようで、大口をあけている。
後どれくらい掛かんのかなー等と考えた時だ。
「うわぁぁぁっ!!!」
「「「「「「「「?!」」」」」」」」
馬車の中から悲鳴があがり、周りは一斉に飛び上がるように起きた。表情には驚愕と疑問の色が見て取れた。
「急にどーしたんだ?!」
アリューゼが悲鳴をあげた張本人──ラルフに尋ねた。
ラルフは荒い呼吸を落ち着かせ、額の汗を拭いながら話し出した。
「ガープ様が、ルナ様に締め上げられてたんだ…」
「なんだ、いつもの事じゃん」
直哉がやれやれと溜め息をついた。だが、ラルフは至って真剣な様子で怯えていた。
「…怖かった?」
直哉の質問に、ラルフはひたすら頷いて見せた。冷静沈着なラルフをここまで恐怖に陥れたのだ、きっとただの夢ではないのであろう。それからは誰も夢を追及しようとはしなかった。
先程とは重みが違う沈黙が流れ、気まずい雰囲気の中、一行はエアレイド王国目指してひたすら揺られ続けるのであった。
ラルフが悪夢からお目覚めした頃、ガルガント王国のドアも窓もしっかりと閉められた一室では──
「うふふふふ~」
ギギギギギ…
「ぎゃあああああ!ダメダメダメダメ、こ、降参!無理無理無理ぃぃぃぃ!」
──ルナの関節技を受け、ガープが悲痛な叫び声を発していた。
ドアの外にいる警備兵は、それを聞かまいと耳を塞いでいる。
ルナが仕掛けた関節技は、俗に言う〝腕十字固め〟だが、骨が軋む嫌な音が鳴る程強烈に〝キマって〟いるようだ。
苦しむガープを見たルナは、曇り一つ無い笑顔を浮かべた。
「あぁー…良いわぁこの感じ、病み付きになるぅ…」
「いいからやめてくれぇぇぇ!」
ガープは声が震え出し、目には大粒の涙を浮かべている。それを見て満足したのか、ルナは関節技を掛ける手を休めた。
「はぁ…はぁ…」
「ふぅ~、大満足!さぁて、エレちゃんと遊んでこよっと」
良い汗かいた!と言わんばかりに額を拭い、そのまま部屋を出ていくルナ。床に座り込んだガープは、呆然と見送る。
「虐待だぁ…」