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第四十輪:ゴミ掃除完了

長かったゴリマッチョ共ともお別れです。


寝ないでひたすら執筆してたら、ひたすら長い文章になりました…も少ししたら、全体の長さの調節もしてこうかなって考えてます。


それでは、終わり方が謎すぎるお話ですがどうぞ!

コロシアムから地下牢までは一本道で、〝あの〟直哉でも道に迷う事は無く、少しすると魔術師が見え出した。


《〝あの〟って強調すんじゃねーよボケ!》

『お前から方向感覚と言う重要なモノを奪った神様に言え』

《〝あの〟って強調すんじゃねーよボケ!》

『…何?それ、重要な事でもなんでも無いぜ?』

《お前神様じゃん》

『あぇ?お前と面識を持ったのは、あの時が初めてだったはずだぜ?』

《いや、どっちにしろ神様だし?》

『…そりゃごもっともで』


一理あると折れた(これ以上続けるのが面倒になった)ウィズを、直哉は鼻で嘲笑った。

対するウィズは〝自分のが大人なんだ…〟と自分に言い聞かせ、なんとか自我を保っていた。


いざかいが一段落着いたからなのか、直哉は走る魔術師の肩を軽く叩く。

魔術師はびっくりして足を止め、呼吸を乱しながら凄い勢いで振り返った。


「お、お前は…」

「すまんね、呼び止めて」


後ろに佇んでいる直哉を見て、これまた驚いた様子だ。

魔術師は一刻も早く妹に会うために、全力で地下牢に向けて走っていたのだ。それなのに、こんなに容易く追い付かれたのだ。呼吸も落ち着いていて、今しがた走っていたとは到底思えなかった。


魔術師が何を考えてるのか理解した直哉は、取り敢えず自分が迷子だと言う事を伝えた。


「──って訳よ。で、腹いせにここの親玉を捻り潰してやろうと思ってね~」

「行動の理由が〝脂汗まみれの大男に詰め寄られてムカついたから〟か…色々と規格外だな」

「お褒めに与り」


苦笑いしながらま歩を進める魔術師に、置いてかれないように付いていく直哉。

魔術師にしても色々と聞きたい事はあるのだ。左目の六芒星の事や、右手に握る剣のような物体の事等々。しかし、今は妹の安否確認を優先した。


『後で聞いてみよう…』


心の中で呟き、歩きから走りへと移行した魔術師であった。







地下牢で再開(?)を果たした一行は、自分達の置かれている状況を理解する気すら無いのか、大音量でぎゃーぎゃーと騒ぎ立てていた。


「やったぞ、もう少しで自由だ!」

「うんっ、お家に帰れるね!」

「我が妹よー!!」

「お兄ぃー!!」


ゴリマッチョと抱き合う少女達…想像したくない状態だが、彼等には何の罪も無いので見逃して欲しい。

捕まっていた少女達の年齢はバラバラで、五歳くらいのチビッコもいれば二十歳くらいの大人びた人もいる。各々が自由になった事の喜びを噛み締めているようだ。


──だが、近寄ってくる足音を耳にした瞬間、喜びは絶望へと変わった。


カツカツカツカツカツ…


「あ、足音?」


あるゴリマッチョが呟くと、周りは静まり返った。そして、足音に聞き入っていた。


「まさか…」


別のゴリマッチョが呻くように言うと、全員の表情が強張った。


カツカツカツ…カツ、カツ…


足音はゆっくりになり、且つ近付いてきた。全員の顔から血の気が引き、少女達はガクガクと震え出した。


カツ、カツ、カツ……カン、カン、カン、カン…


そして、梯子の上らへんで足音が止まり、何の迷いも無く降りてきた。流石のゴリマッチョ達も震え出し、倒れる少女も続出する。


「──!」


各々の視界に黒い靴が映った時、ゴリマッチョは少女達の前に立ち塞がり、少女達を匿うようにした。

そして──


「あれ、あんた等何してんの?」


──降りてきた直哉に見つかった。


ゴリマッチョ達は対応出来なかったのか、全員が揃って口を開いている。

後から魔術師が降りてきて、ようやく正気を取り戻したようだ。はっとしたかと思うと、全員が溜め息による合唱を奏でた。


「「「「「はぁ~…」」」」」


溜め息コーラスを受け取った直哉は、溜め息聖歌隊達に溜め息の評価をした。


「はぁ…だから静かにしてろって言ったじゃねーか…」


そのまま回りを見渡した。どうやら〝敵〟はいないようだ。

ふと魔術師に目を遣ると、妹と思わしき人物とハグしていた。微笑ましい光景に、直哉は表情を綻ばせた。


『変わってくんねーかなぁ…』

《黙れロリコン》


ウィズがいたら間違いなくぶん殴っていただろう。表情こそ笑顔だったが、日本刀を握り締めた右手がそれを物語っていた。

そんな直哉を見かねてなのか違うのか、一人のゴリマッチョが歩み寄ってきた。何故か暗い面持ちで、寂しそうなのが気になった。


「怒っちゃダメだよ…みんな嬉しくて仕方無いんだ」

「んぁ、いや大丈夫、ロリコンクソメタボにムカついてただけだし」

「な…なんだい?それ」

「醜くて太ってて、見るからに気持ち悪いヤツかな」


直哉はゴリマッチョを適当にあしらった。そして、気になった事を直接聞いてみる事にした。


「ところでさ…あんた、どうしてそんなに寂しそうなの?」

「………」


先程まで賑やかだった室内に静寂が訪れた。

押し黙るゴリマッチョの変わりに、五歳くらいのチビッコが口を開いた。


「おにーちゃんのいもーとちゃんがね、わるいおにーちゃんにつかまってるのー」

「あっ、こら──」

「いや、いいんだ…私の変わりに言ってくれたんだよね?」

「うん!」


チビッコを咎めようとした〝兄〟ゴリマッチョを制し、チビッコの頭をなでなでした〝寂〟ゴリマッチョ。ウィズが再び騒ぎ出したが、ツッコミを入れるのすら面倒なので放置する事にした。

それよりも、疑問の方が気になってしまった。


「なんであんたの妹だけ?特別な理由でもあんの?」


こんなに人質がいて、一人だけ連れ出しているのだ。周りも同じ疑問を抱いていたらしく、〝寂〟ゴリマッチョに答えを求める眼差しを向けている。

だが、〝寂〟ゴリマッチョは首を横に振った。


「分からない…でも、嫌な予感がする…」

「ふぅむ…」


俯く〝寂〟ゴリマッチョを見て、直哉は考え込む。

だが、それは少しの時間だけであった。


「そうだ!あんた、俺の道案内してくれ!」

「え?!」


返ってきた返事は、思わず笑ってしまう程素っ頓狂なモノであった。

直哉は至って真面目と言った様子で続ける。


「道分かんないし丁度良いわ、一仕事頼みたいってのもあるしな~」


そう言いながら、直哉は右手の日本刀を〝寂〟ゴリマッチョに渡した。戸惑いながらもそれを受け取ったゴリマッチョは、その重さに驚いたようだ。


「なっ?!…凄く重いぞ、これ」


片手で持つには重すぎたようで、辛うじて両手で持ち上げている。


《そんなに重いもんか?》

『勇者補正様々だな』

《そう言えばそうだったな》


ウィズと会話していると、魔術師が興味津々と言った様子で話し掛けてきた。


「ところで、その剣はどうやって作ったんだ?それに、その目は?」

「これ、君が作ったのか?!」

「あーっ、おにーちゃんきれー!」


周りが次々と集ってきた。一人一人が興味に満ち溢れたと言った感じで、直哉に熱い視線を投げ付けている。

魔術師を睨み付けると、びくりと震えてからぺこぺこと謝ってきた。


「あ、あはは…はぁ…」


観念したように溜め息を洩らし、渋々話し始める直哉であった。







直哉が必死に改竄かいざんした説明をしている頃、ボスは大きなベッドに横になり、一人の女性を抱いていた。


「んー、アナタ、最高ね…」


耳元で甘い声で囁き、ボスの首を人差し指でなぞる。

そんな女性の頭を撫で、ボスは満足げに言った。


「おまえには敵わんよ…実の兄まで騙してみせるとはな」


ボスの言葉にくすりと笑いながら、女性は明るい声で答えた。


「だってぇ~…あんな貧乏な生活になんか耐えられないもの。それに──」


女性がボスを見つめる。目の前の大男を陶酔しきった眼差しで見つめる女性は、其処彼処に妖艶な雰囲気を振り撒いていた。


「──あんな気持ち悪いヤツに纏わり付かれるくらいなら、アナタに娼婦として抱かれる方が良いに決まってるわ」


ウインクした女性に、ボスは思わずドキッとしてしまった。それを悟られないように振る舞いながら、ボスも笑いながら言った。


「今度は兄を気持ち悪い呼ばわりか…金と男が手に入れば、他は何でも良かったんだろ?」

「あらあら…私はアナタを気に入ってるのよ?平気な顔して酷い事するアナタも、アナタの身体の〝モノ〟もね」


首をなぞっていた人差し指を滑らせ、少しずつ下半身に向かわせる。そして、ボスの〝モノ〟を握り締める。

──何を握り締めたかは、想像にお任せする。きっと想像通りの結果だろう。


「ククク…この淫乱娘め」


女性を言葉でなぶりながら薄ら笑いを浮かべ、ボスはそのまま女性に覆い被さった。


「あっ…」

「それなら、たっぷりと調教してやらなければな」


それから暫く、部屋からは享楽にふける男女の声が零れ続けた。







「いやー、無駄に広い建物だなー…」

「元は兵士達を育成するために建てられた建物だからね」

「マジで──いや、本当に?」

「まじ…?…まぁ、君がいた闘技場も、育成した兵士達に実戦を経験させるための場所だったんだよ」

「へぇ~」


いつの間にか仲良くなったゴリマッチョと仲良く話しながら、直哉は上階に続く階段へと向かっていた。

ゴリマッチョはちゃんと日本刀を持ってきている。投げ捨てて素手で戦った方が、明らかに戦闘力も上がるとは思うが。


だが、戦闘が始まる事は無く、直哉がゴリマッチョの群れにフルボッコにされた地点に到着した。隅に丸められた髪が安置されていたので、間違いないだろう。


「うぅ、髪様…じゃなくて、えぇと…」

『キモッ…』

《お前のせいだろ!》


キョロキョロと周りを見渡し、柄を発見した。ゴリマッチョ共はこれに興味を示さなかったのだろう、目立つ外傷はゼロだ。


「よいしょ、っと」


それを拾い上げ、ベルト付属の袋に捩じ込む。懐かしい重量感を感じ(とは言っても体感で100g程だが)、落ち着いたようだ。

だが、ゴリマッチョは困惑の色を隠せないようだ。


「今のは?」

「持つところ?」

「…失礼だが、それで戦えるのか?」

「あぁ、後で見せてやんよ」


心配するような、このバカ頭大丈夫かよと訝しむような口調で尋ねられたが、面倒だったので適当に流しておく。

すると、変わりと言わんばかりにウィズが尋ねてきた。

『そーいやさ円形脱毛症、聞きたい事が二つあるんよ』

《いくらなんでもあんまりだ》

『ハハハ、よいではないか』

《よかねーよ、バ──》

『まぁそれは置いといて。あの日本刀って、アレか?』

《…チッ、よく分かったな…全然似てないけど》


ゴリマッチョの握る日本刀を、直哉は脳内の画像と照らし合わせた。


《見た目…ダメ、何か心細い。刀身…ダメ、切れ味悪そう。全体…ダメ、ノーコメント…やっぱ完全コピーは無理だな》

『でも、いいセン行ってるとは思うんだがなぁ…』

《んだったら、まだ〝こっち〟のがいいな》


直哉は腰の袋をぴしぱしと叩く。それを見たゴリマッチョは、埃を払ってるのだろうと勘違いした。

勘違いしていないウィズは、直哉に二つ目の質問をした。


『まぁいいや…んで二つ目だが、なんで柄を作らなかったんよ』

《そう言えば…うーん、愛着が沸いたっつーか、資源の無駄遣い防止っつーか──》

『なんとなく分かったからいいわ』


軽く受け流された事にショックを覚えながら、直哉は意識をリアルに引き摺り出した。すると、ゴリマッチョが少し先で固まっている事に気が付いた。身動ぎ一つしていない。


「おぉう、置いてくなよ!」


急いでゴリマッチョのところに駆け寄る直哉。ゴリマッチョに近付くにつれ、変な音が聞こえてきた。


──ん……ぁ……はぁ……──


「…ん?」


勇者補正により、直哉の聴力は格段に跳ね上がっているのだ。この音が人間の声である事はすぐに気付く事が出来た。

だが、更に近付くと──


──あぁっ、んんっ…くぅ…いいわぁ…もっとぉ…──


『ウホッ、これはまさかの展開かァ?!』

《だっ、黙れエロオヤジ!》


ウィズの反応でも分かると思うが、どうやら近くで〝プレイ中〟のようだ。初な直哉には応えてるのか、顔が赤くなっている。

辛うじてゴリマッチョの隣に来る。それでも立ち尽くしたままのゴリマッチョを不思議に思い、直哉はそのままゴリマッチョを見上げた。


「おい、だいじょ──」

「そん…な…」


糸を切られたマリオネットのように床に座り込んだゴリマッチョは、がっくりと力無く項垂れた。顔面蒼白になり、身体は小刻みに震えている。

そして、譫言うわごとのように喚いた。


「そんな…ボスの、慰み者に、されてる、なんて…」


身体の震えは少しずつ大きくなり、痙攣してるのではと思うくらいにまで発展した。そして、苦しそうに顔を背け、床に胃の中身をぶちまけた。

直哉は背中を擦るべきか迷ったが、脂汗まみれで躊躇ってしまった。


『とりゃっ!』


そんな直哉のためかゴリマッチョのためか、ウィズがゴリマッチョに、魔術により生成した微風を当てた。それはゴリマッチョの身体から脂汗を取り除き、スベサラ素肌を露にさせた。

これなら大丈夫と、直哉はゴリマッチョの背中を擦る。


「大丈夫か…?」

「うぐっ…はぁ、すまない…」


土気色と形容できるまでに血の気が引いた顔は、見るからに大丈夫ではない事を訴えていた。


「無理はすんなよ…ここでぶっ倒れたら、それこそ元も子もないぞ?」

「クソッ…う゛っ…」


そのままゴリマッチョの背中を擦る事数分、リバースしながらも、少しずつ落ち着いてきたようだ。顔色も肌色に戻り、先程よりも楽になっている事が見て取れた。

因みに、女性の声はいつの間にか途絶えていて、それもゴリマッチョの回復に繋がる要因となっていた。


「落ち着いたか?」

「あぁ…なんとか…」


ゴリマッチョに上を向かせ、その口に小型の水球スポーツではないを突っ込んだ。ウィズが調整し、魔力を純粋な水へと転換したのだ。

ゴリマッチョの身体に水分が行き渡る。それで楽になったのだろう、小さな溜め息をついてから重い口を開いた。


「…今の声は、私の妹のモノなんだ…長年聞いてたから、間違いない筈だ…」

「そうだったのか…」


自分の妹が、下衆な大男に…その苦しみは計り知れないモノだろう、直哉はそう思った。

その証拠に、ゴリマッチョの目から溢れ落ちた涙が、床に黒い染みを広めていた。


だが、いつまでもうじうじしてる訳にはいかなくなったのも事実だ。


「悔しがるのはさ、ボスをぶっ飛ばした後でも遅くないんじゃねーか?」

「………」


直哉の言葉を受け、ゴリマッチョは目元を擦りながらも立ち上がり、「すまない」と小声で謝ってきた。


「…こんな事してる暇は無いんだったな…」

「んだ、妹さんを助けるためにもな」


ふとゴリマッチョの左手を見ると、直哉が渡した日本刀を凄い力で握り締めている事に気付いた。柄が割れそうな程強く握り締めているゴリマッチョは、復讐の炎に燃えているようだ。

ゴリマッチョはよろけながらも立ち上がり、声がした場所──通路の奥──を睨み付けた。


「ボス…アンタだけは許さない!」


そのまま駆け出したゴリマッチョに苦笑いしながら、直哉は腰の袋から柄を取り出す。

そして、自分自身に気合いを入れるかのように独り言を呟く。


「んじゃー、俺も行きますか」

『羨ましいボスを──』

《お前のお願いは却下するために存在するようなモノだな》


ウィズに喋らせないようにし、ゴリマッチョの後を追う直哉であった。







部屋の中にいるのは、事を終えたボスと女性、それと二十人程の手下達だ。

女性はボスに抱き着き、荒い呼吸を繰り返していた。


「はぁ…はぁ…やっぱり…アナタ、素敵よ…」

「おまえこそ、中々の名器ではないか」


女性を抱き寄せながら、ボスは満足げに頭を撫でてやった。くすぐったそうにしながらも、女性は抵抗しようとはしなかった。


手下達は羨ましそうにボスを見ている。その視線に気付いたボスは、薄気味悪い笑みを浮かべた。


「安心しろ、てめえ等には地下牢の娘共を〝食わせて〟やるよ」


ボスがそう言った途端、手下達は素晴らしい盛り上がりをみせた。ゴリマッチョ共が歓声をあげながら狂喜乱舞する様子は、恐ろしいの一言に尽きた。

そんな中、鳴り響いてきた足音を聞いたゴリマッチョが、


「…おい!ちょっと静かにしろ、足音が聞こえる」


と怒鳴ると、空気は一瞬にして静まり返った。

手下達は武器を構え、ボスも抱いていた女性を引き剥がし、服を着る。女性は奥の物陰に隠れ、臨戦態勢が整ったようだ。


「「「「「………」」」」」


沈黙が広がる中、足音は少しずつ近付いてきた。そして、部屋の前らへんにまで迫ってきた時──


ガシャァアァアアァアンッ!


「ぐふっ!」

「「「「「?!」」」」」


──ドアが吹っ飛び、一人の手下に直撃した。手下はドアに押し潰され、ぴくりともしなくなった。

そして、ドアがあった場所から、日本刀を片手に携えたゴリマッチョが入ってきた。


「ッ?!…てめえ…」


手下達は構えた武器を、全員揃ってゴリマッチョへと向けた。だが、ゴリマッチョは物怖じすらしなかった。


「妹は、何処だ?」


低く唸るように発せられた言葉は、手下達に恐怖を植え付けるには十分であった。

後退りする手下達の代わりに、ボスが大きな声で言った。


「てめえから離れたいからって寄ってきたから、俺様が手込めにしてやったんだよ!てめえのツラなんざ見たくねぇだとよ!安心しな、てめえは二十人の精鋭に生ゴミにさせるからよぉ!」


ボスの言葉には、手下達に植え付けられた恐怖を取り除き、ゴリマッチョに怒りを抱かせ、自分が満足すると言った目的があったのだが、それらを全部達成する事に成功したようだ。手下達は敵意を剥き出しにし、ゴリマッチョは怒りに我を忘れ、ボスは現在の状況に優越を覚えた。

──後から入ってきた黒尽くしの男により、現状は容易く崩されたが。


「うわっ…何この部屋、むさ苦しいな…」

「「「「「「?!」」」」」」


得体の知れない威圧感を感じた手下達は、ゴリマッチョに向けていた敵意を引っ込めてしまった。


「…これ、落ち着かなきゃダメだろうに」

「はっ…すまない」


肩を叩かれたゴリマッチョは、自分が血走っていたことを自覚した。小さく謝り、冷静さを取り戻したようだ。

そして──


「クソッ…てめえ、何度も何度も邪魔しやがって…」


──苛立ちを隠せないのか、ボスはベッドを殴り付けた。最早優越など欠片も感じていなかった。

怒りを込めた視線を黒尽くしの男──直哉に向け、先程とは比にならない程の怒号を飛ばした。


「てめえ等、怯んでんじゃねぇ!そこの二人を生ゴミに変えてやれ!!」


この怒号により、手下達の敵意が再び出現した。それは直哉とゴリマッチョの二人に向けられ、手下達が一斉に向かってきた。

それを察知した直哉は、ゴリマッチョに小さく耳打ちをする。


「きつく目を瞑っておけよ」


疑問符を浮かべるゴリマッチョは無視して、直哉は柄を天井に向けた。手下達や親分が笑い出したが、気にせずに集中を開始した。

そして、久し振りの呪文を詠唱する。


「我は望む、邪を切り払う轟雷の輝きを!来たれ稲妻、妖刀村正!!」


ズガァァァンッ!!


刹那、凄まじい轟音が響き渡り、眩い閃光に全員が目を覆った。

──そして、三人の手下達が床とキスをした。


「な、なんだ?!」


何かが倒れる音に戸惑いを見せたボスだが、目が眩んでよく見えないようだ。それが戸惑いを加速させ、一人で面白いように慌てている。

一方、目を瞑るように指示されたゴリマッチョは、閃光による目眩ましを受けずに済んだ。なので、直哉が手に持つ柄に、黒紫に輝く刃が伸びてる事に誰よりも早く気付いた。


ゴリマッチョの視線に気付いた直哉は、にっこりと笑いながら答えを述べた。


「こうやって使うんだよ」


言うが先か、視界に閃光が残っている手下に斬り掛かる直哉。躊躇い無く手下に日本刀を振り下ろし、幹竹割り宜しく真っ二つに切り裂いた。

だが、実際に真っ二つにする事は無く、代わりに大きな痙攣をしてから、手下はその場に倒れ伏した。


「な…?」

「ほれ、後ろ!」

「?!」


直哉に言われて後ろを振り向くと、目眩ましから回復した手下が武器を振り被っていた。


「くっ!」


慌てて日本刀を両手で掴み、手下の武器を弾き飛ばす。そして、仰け反った手下のお腹に横蹴りを叩き込んだ。手下は透明な液体を吐き出しながら、1m程吹っ飛んで地面に崩れた。


「お見事~」


後ろから直哉の声が聞こえてきた。振り向くと、直哉の周りには五人の手下達が倒れていた。


「どっちがお見事なのかね…」


直哉に向けてそう言い放つと、苦笑い混じりの返事が返ってきた。


「まだまだ甘いな、ちょちこっち来い来い」


ゴリマッチョは言われた通りに直哉の傍に行き、出方を窺った。それを確認した直哉は再び集中を開始し、刃に魔力を纏わせた。それは稲妻へと姿を変え、唸りをあげ始めた。

そして、その刃を水平に振った。すると、刃が纏っていた稲妻が扇形を保ちながら衝撃波のように飛んで行き、手下達の身体を貫いた。同時に、手下達は一斉に倒れ込んだ。


「………」


最早言葉すら出せなくなったゴリマッチョに、直哉が相変わらずの笑顔で言った。


「こんなもんかねぇ」


眼前に広がるのは、〝二十人分〟の屍。異様としか言えない光景だ。


「…待てよ。〝二十人〟?」


ゴリマッチョがある事に気付いたらしく、屍の人数を数え始めた。


「ひぃふぅみぃ……やっぱ〝二十人〟だ…ボスが居ない…?」


屍は二十人分、先程のボスの発言によると、少なくともこの部屋には二十一人いなければおかしい事になる。

──尤も、ボスが嘘をついていればそれまでなのだが。


「いや、ちゃんといるよ…〝二人ね〟」


直哉はゴリマッチョの言葉を否定し、奥に向けて歩いて行った。ゴリマッチョは半信半疑になりながらも、そんな直哉に付いていく。

そして、ベッドの陰に隠れている〝二人〟を見つけた。


「「ひっ!」」

「はい、アンタの探し人ですよ」


直哉はゴリマッチョと向き直り、肩を叩いた。ゴリマッチョは二人から目を離さず、少しずつ近付いていった。


「貴様…よくも、よくも私の妹を…ッ!」


そのまま日本刀を持ち上げ、真上に構えた。その目はボスしか映さず、憎しみの感情をありありと含んだ眼差しを向けている。

そして、振り下ろ──


「やめて、お兄ちゃん!」


──そうとしたが、妹の呼び掛けで停止させた。それを見た二人は、悪意を込めた笑顔を浮かべる。


「今よ!」


ゴリマッチョの妹が叫び、ボスは後ろ手に隠し持っていたナイフをきつく握り締めた。そのままナイフをゴリマッチョのお腹に突き立てようとする。

だが、その策略は無惨にも打ち砕かれてしまった。


シュンッ!


空を斬る音が聞こえたかと思うと、ボスの握るナイフの刃部分が切り落とされていたのだ。もちろん、切り落としたのは直哉である。

そのまま稲妻の刃をボスに突き立て、電流により昏倒させた。気絶したボスを引き摺りながら、直哉はゴリマッチョに言い放つ。


「後はお前に任せるよっと」


そのままボスを部屋から連れ出した直哉。二人が見えなくなってから、何かをぶつけるような痛々しい音が聞こえ始めた。

ゴリマッチョは出来るだけ考えないようにして、妹に尋ねた。


「どうして、こんな──」

「うるさいわねぇ、あんな生活が嫌だったからに決まってるじゃない!」


ゴリマッチョの言葉を遮り、妹は怒鳴り散らす。


「どうして私があんなに貧乏な生活をしなきゃいけないの?どうしてこんなに纏わり付くお兄ちゃんと一緒にいなきゃいけないの?!」

「ッ……」


妹の叫びに、ゴリマッチョは返す言葉を失った。


「私だって女なのよ…人並みの幸せってモノを感じたって良いじゃない!なのにお兄ちゃんが纏わり付くから、みんな気味悪がって離れてくのよ!!」

「………」


項垂れるゴリマッチョを畳み掛けるように、妹は続ける。


「こんなお兄ちゃんいなければ良かったんだ…お兄ちゃんなんて、死──」

「はいそこまで」

「んーっ!!」


いつの間にか後ろにいた直哉が、ゴリマッチョの妹の口を塞いだ。驚く妹に向けて、直哉は告げた。


「兄に向かって〝死ね〟なんて言っちゃダメでしょ?」

「………」


「何が分かるのよ」と言った感じの目で睨んでくるゴリマッチョ妹に、直哉は溜め息をついた。

そして、口から手を離した。


「ぷぁっ!…何を──」

「しゃーねぇなぁ…そんなに嫌なら──」


直哉は妖刀村正を持ち直し、ゴリマッチョの首筋に宛がった。妹の目に動揺が浮かんだが、構わずに続ける。


「──俺が代わりに殺ってやるよ」


ゴリマッチョは微動だにせず、されるがままの状態だ。抵抗もしなければ嫌がりもせず、妹のためなら仕方無いと思っているらしい。


妖刀村正を首から離し、妹を睨み付けた。


「これで自由になれるぜ?大好きな男共を追いかけ回し放題だな…じゃあ、〝邪魔〟なお兄さん?妹さんのために消えましょうね」


再び構え直し、小さく一言告げた。


「さようなら」


そして、思い切り妖刀村正を振り、ゴリマッチョの首を──






「やめてぇぇぇぇ!」






ザンッ






…ゴトッ






──〝斬った〟。

妹の制止も虚しく、ゴリマッチョは首を〝斬られた〟のだ。だが、そのまま地面に倒れ込む身体には、首が付いていた。斬りはしたが、切り落としはしてなかった、と言う事だ。


妹はゴリマッチョに駆け寄り、肩をゆさゆさと揺らす。


「嫌だ!死んじゃ嫌だ!お兄ちゃぁぁぁんっ!!」


先程までとは打って変わり、今度はゴリマッチョを心配し始めたのだ。全くもっておかしな話である。

矛盾に気付かない妹は、必死にゴリマッチョを起こそうとする。

「お兄ちゃんなんて嫌いだけど…だけどっ、死んじゃやだぁ!死なないでよぉぉ!」


直哉は苦笑いしながら、妹に尋ねた。


「どうして?あれ程邪魔にしてたのに」

「お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなのぉ!!」


最早会話すら成り立たなくなってしまった。直哉が溜め息をつくと、後ろから慌ただしい足音が聞こえてきた。

そして、ゴリマッチョがぶち破ったドアから、たくさんの兵士達が雪崩れ込んできた。先頭に立つのは、お馴染みの〝アイツ〟だ。


「あらー、こっぴどく殺りましたね」

「生きてる生きてる。まぁ、当分起きないだろうけど」


その兵士は苦笑いしながら、ゴリマッチョと泣きじゃくる少女を見た。


「…これは?」

「あぁ、こいつ等は人質な」

「…え?ちが──」

「──わないってさ。だから、二人は保護してやってくれ」


直哉の言葉に、妹は言葉を失った。何故だか分からず、困惑しているのだ。

そんな妹を尻目に、直哉は続けた。


「因みに、死んでないから安心しろ」

「本当っ?!」


兵士より先に、ゴリマッチョ妹が食い付いてきた。直哉はにんまりと笑い、続けた。


「後で起きたら謝っとけよ?お前を心配する大事なお兄ちゃんなんだからな」

「うん!」


兵士がゴリマッチョを担ぎ上げ、重そうに運んでいく。妹もつられて歩き出し、直哉は溜め息をついた。


「はぁ~…ちかれたわ」


通路の奥で「うわぁ、人が逆さまに吊るされてるぞ!!」と言う悲鳴が聞こえたが、完全にスルーした。

こうして、長い長い〝ゴミ掃除〟は終わりを告げたのであった。


吊るされたボスも捕まり、ゴリマッチョ含む人質達も全員解放され、ガルガント王国に平和が訪れた。

少しだけ話を聞かれた後、人質達は各々の家庭へと帰って行った。

直哉の計らいで無罪になったゴリマッチョとその妹は、兵士達の宿舎で休ませてもらっているようだ。


「よく場所が分かったな」

「あんな雷落とされれば、誰だって分かっちゃいますよ」


直哉は仲良くなった兵士と喋りながら、王宮へと向かっていた。回りは夜の帳が降りていて薄暗く、独りでは迷子になってしまうからだ。


苦笑いしながら、直哉は兵士に話し掛けた。


「それよりさ、お前も家庭を大事にしろよ?」

「独り身の男に言うセリフですか?」

「あぁ、すまんすまん」


兵士が悲しそうな表情になったので、直哉は弄る事をしなかった。


そうこうしてるうちに、いつの間にか王宮に到着していた。


「んじゃ、俺はこの辺で失礼しますか」

「あぁ、助かったよ」


兵士は足早に去って行こうとして──振り向いた。


「シエル様を大事にしてくださいねー!」

「はぁ?!」


一言叫ぶと、直哉の返事を聞く前に走り去った。風属性魔術を行使してるのではと疑う程の速さで。


「………」


残された直哉は、呆然と立ち尽くす事しか出来なかったのであった。

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