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第三十八輪:闘技場

国公立の入試と重なって、更新が遅れてしまいました…見てくれてる人達には申し訳無い事をしたと思いましたprz


これからもペースは下がると思われますが、見捨てないでください…!

ガルガント王国王宮の最上階らへんにあるガープ夫妻の部屋──いつもは睡眠を取るためにしか利用しない部屋──は、いつもとは違う雰囲気を醸し出していた。

二人用の部屋だと言うのに、とても大型の八角形テーブルが置かれ、椅子は八個並べられて、各々に一人ずつ腰掛けている。


「うぅ~ん…大丈夫かなぁ…」


頭を抱えて不安を溢すのはシエルだ。いつもの元気な姿は無く、心底不安で大変だと言う事が見て取れる。

隣に座ってるセラも挙動不審に陥っている。いつもの事じゃね?と言われたら、それもそうであるとしか言えないが。


「ナオヤの事だから平気だとは思いますけどね」


そう答えたのはミーナだ。急所のみを守るように作られた簡易革鎧を身に付け、間接部分にはプロテクターのようなモノが取り付けてある。腰に提げた片手剣の扱いやすさを考えても、防御よりも行動を重視した装備だと言える。


「ナオヤが逆にやられるところを見てみたいですね」


呆れながら言うのはルシオだ。こちらはミーナとは対照的に、重装備と言う言葉がしっくりくるような装備だ。

銀色に輝く鎧を身に付け、腕はガントレットで指先から肩まで、足はレギングスできっちり固めている。間接部分は加工されているのか、曲げたり伸ばしたりと言う動作がスムーズに行えるようにされている。背中に背負う大型の両手剣は、勇猛さを象徴しているように見えた。


うんうんと頷くのはアイザックだ。黄緑の厚手のローブを着て、フードを被り、左手には背丈程もある緑色の杖を握っている。見るからに〝魔術師〟と言った格好だ。

ローブもただのローブではなく、特殊な生地を使った特注品であるらしく、優れた耐久性をもつらしい。


「ででっ、でもでも…〝ごりまっちょ〟って、なんか強そうですよぅ…」


おどおどとするのはセフィアだ。赤いローブを着ているが、サイズが合っておらず、ローブに呑まれているようにも見えてしまう。辛うじて袖から出てる真っ白な手は、赤っぽい杖をしっかりと握り締めている。ずいぶんと可愛らしい魔術師だが、魔術の腕は確か。そのギャップが人気を呼び寄せている。


「取り敢えず、店には兵士達を送っておいたが…」


直哉よりも店を心配するのはガープだ。直哉の実力は身をもって知っているので、心配しても杞憂に終わると思っているのだ。強ち間違ってはいないが。


「んー…みんな心配しすぎよ、なんとかなるって!」


明るい声を出して不安を取り除こうとするのはルナだ。言葉に根拠など無いが、この空気が嫌だったのか、咄嗟に思い付いた言葉を並べたのだ。

ミーナとルシオ、それにアイザックが頷く。


「………」


そんなルナの膝の上にはエレが座り、人形のようにじぃーっとしている。ときたまルナが頭を撫でるのだが、その時のはしゃぎ様が可愛らしい。


──忘れないように補足しておくが、アリューゼは二日酔いでダウン中である。直哉がゴリマッチョ共に立ち向かってる事も、ガープ夫妻の部屋で話し合いが行われてる事も知らないのだ。宛がわれた部屋のベッドで、独り寂しくドリームワールドへと旅立っているようだ。


ルナの励ましのお陰か、一行はちょっと明るい空気を取り戻した。

不安を感じていたシエルにも笑顔が垣間見えるようになり、セラもいつもの調子を取り戻したように見えた。セフィアは相変わらずおどおどしていたが、おどおどしていない時の方が珍しいので割愛。

そのせいかは不明だが、シエルの口走った〝ゴリマッチョ〟と言う単語について、一行は異様な盛り上がりを見せた。


「ところでシエルちゃん、どうして〝ごりまっちょ〟なの?」

「え?…そう言えば、なんでだろう…」


ルナがフレンドリーに話し掛けてきた。エレの事もあり、仲良くなっていたのだ。


「うぅ~ん…ナオヤがそう言ってたからなんだけど…よく分かんないや。ミーナちゃん分かる?」

「なーんでーだろー…ごりごりした、〝まっちょ〟…?」

「そもそもだ、〝まっちょ〟って何なんだろ?」


ルシオが冷静な対応を取った。〝まっちょ〟より〝ごりごり〟に視線を向けるべきであったが。


「でも、背筋がぞっとする響きですよね…」


アイザックがぼそりと呟く。確かに、筋肉を強調するポーズを取られたら、悪寒と言うか戦慄と言うか恐怖と言うか…とにかく、おぞましい感情を抱かずにはいれないだろう。

そんなアイザックの呟きに、ルシオが疑問を返した。


「そんなに怖そうな〝ごりまっちょ〟を相手に、勇敢に立ち向かうなんて…ナオヤは本当に何なんだろう…」

「「「「「「「………」」」」」」」


七人分の沈黙が返ってきた。各々の心の中には〝神〟だとか〝化身〟、更には〝死神〟等々…様々な言葉が浮かんだが、誰も口にしようとはしなかった。

様々な意味での畏敬の念を抱かれる直哉であった。







「ぶぁぁぁっくしょぃぃぃぃあああああ!」


豪快且つ大胆な、面と向かってされたら〝ウザい・キモい・小賢しい〟と言う言葉しか浮かんでこないようなくしゃみをする直哉。ずるずると鼻をすすり、「あ゛ー…」等と呟いている。


「どうした、風邪か?」


ウィズが心配そうに聞いてきた。直哉はその事が嬉しくて、ちょっと張り切ってしまった。


「んな訳無いっしょ!この俺様が風邪なんぞひく筈がねーんだッッ!」

「それもそうだよなぁ…アレは風邪ひかねェって言うしな」


どうやらこれをやるための布石だったようだ。小賢しく思えたので、ちょっと抵抗をする。


「何お前そんな迷信信じてんの?いつのお子様だよ、プッ」


当然の如く、ウィズは直哉の挑発に食い付いた。


「んだとゴルァア!俺様が餓鬼だとぉ?寝言は寝て言いやがれってんだ、この乳飲み子ヤローがァァ!!」

「子供なだけに、抵抗も必死だねぇ~。ははは、滑稽滑稽」

「何が子供だボケェ!このお姿が目に入らぬかァ!!」

「目に入らんねぇ。ボクチャンなんて空気なんでちゅよー、空気王くうきんぐの称号あげまちゅからねー?」


直哉がウィズを揶揄っていると、頭の上から〝ぶちっ〟と、まるで何かが千切られたような音が鳴り響いた。

頭の上には具現化したウィズが乗っかっている。そして、黒紫な筈の顔は真っ赤に染まっている(直哉からは見えないが、きっとそうだろうと言う予想である)。


「…上等じゃねェか。そんなに餓鬼を見くびってんなら、餓鬼の底力見せてやんよォ!」

「餓鬼認め──」

「とぅりゃ!」

「あだだだだだだだ!」


ウィズが直哉の髪を掴み、ぐいぐいと引っ張り始めた。なかなか強い力で引っ張るので、直哉は苦痛にもがき苦しんだ。


「ばっ、やめろ!ぬ、抜けるッ!俺の子供達が抜けるぅぅッ!」

「邪悪な芽は早いうちに摘んでおきましょう(はぁt」


声を聞いただけでも喜んでるのが分かる口振りで喋りながら、尚も直哉の髪を引っ張りまくるウィズ。頭皮はウィズの力に耐えられず、数本の毛を旅立たせてしまった。

激痛に耐えられなくなった直哉は、涙目になりながら必死に訴えた。


「お願いヤメテ!まだリー○21のお世話になりたくないの!!〝髪〟だって俺から離れたくないって泣いてるじゃない!!」

「俺〝神〟だし、いいって事よ」

「うまくねぇ──」

「………」

「ぎゃああああああああやめてやめてギブだよもうギブギブ!髪が髪が髪がアアアアアア!」


ノってくれなかった事に拗ねたウィズは、再び直哉の髪を引っ張る。今度のは捻りを加えた強化版で、直哉に与える苦痛と直哉から奪い去る髪の毛の両方が増加したようだ。

直哉はショックでその場に倒れ伏した。ウィズは空中で三回転半ジャンプを決め、華麗に着地した。そして直哉に歩み寄り、頬っぺたをぺちぺちと叩く。


「ハハハハハ、愚民が〝神〟に逆らうからだ」

「何の罪も無い〝髪〟に危害を加えやがって…」


霞む視界で床に散らばる黒髪を捉えた直哉は、泣きながらそれを集め、隅に丸めて設置(供養)した。


「うわ、何お前…髪の毛を集めて丸めて隅に置き…きんもーっ」

「黙れ!お前に足元を確認されずに踏み潰されたアリ様の気持ちが分かるかッ!!」

「分からん、分かりたくも無い、分かろうとしたくも無い」

「………」


徹底的に否定され、直哉は床にへたり込んだ。

だが、ウィズの嘲笑いが聞こえない。それよりも、何かに驚愕してるような感情が伝わってきた。


「ナオヤ──」

「ウィ──」


何事かと思って顔を上げた直哉が見たのは、自分の頭目掛けて振り下ろされた棒状の鈍器であった。


ゴンッ!


「──ズッ!」


それは直哉の脳天にぶち当たり、直哉の脳を揺さぶった。視界が揺らぎ、うねうねとうねり出した。

一撃だけでは物足りないのか、何回も何回も打撃を加えられた。それも、身体中にだ。どうやら、打撃を加えてるのは一人ではないようだ。


直哉の目の前にはひよこが飛び交い、きらきらと輝く星が舞い散っている。


《あるぇー?星の海をひよこが飛んでるぞぉー?》

『もちけつ、ナオヤもちけつ!』


頭に異常をきたした直哉に、ウィズは気を確かに持てと言う。だが、直哉にはその言葉すら耳に入らないようだ。

そのまま殴られ続け、真っ暗な闇の世界へと誘われていく直哉であった。







直哉が意識を手放した時、エアレイド王国の食堂では──


バキッ!


「「「?!」」」


突然の怪音に、コラーシュとフィーナ、それに料理長の三人が飛び上がった。

慌てて音源を探す三人は、〝それ〟をすぐに見つける事ができた。


「なんだ、これは…」

「…嫌な予感がしますね…」

「こんなに見事に…」


とある一つの椅子が真っ二つに〝割れて〟いるのだ。


「ナオヤ…」


コラーシュが呟く。

直哉がエアレイド王国に住み着くようになってから、各々が食事の時に座る席が決まったのだ。そして、直哉が座る場所に置かれた椅子が、まるで不吉の到来を告げるかのように割れたのだ。

そして、当の本人はガルガント王国にお泊まり中。治安が悪いと言う噂は兼ねてから耳にしていたので、尚更不安が募っていく。


「何かあったのだろうか…」


無意識に呟いていた不安を表す言葉は、二人を道連れにするのには十分だった。

だが、見方を変えると、直哉を〝家族のように〟心配してるとも言える──本人達は気付いてはいないが。


そんな中、まるで自分達の子供の無事を祈るように手を取り合う夫妻を見ていた料理長は、その事実に逸早く気付く事ができた。

そして、柔らかな微笑みを浮かべる。


「ナオヤ様の事ですから…お二方に黙ってやられるような事はしませんよ。…尤も、許可を得ても、自らやられはしないとは思いますけどね」

「まぁ、それもそうなんだがな」


料理長の一言を受け、コラーシュも微笑みを浮かべた。


賢者レベルかそれ以上の魔力を持ち、見た目とは裏腹の怪力で、負の産物である呪術にすら屈しない…まるで神のような人間が屈する事など、九割九部九厘あり得ないと言うか、想像が付かない。


しかし、それも十割ではない。残りの〝一厘〟にだけ心当たりがあるコラーシュは、傍らの心当たり──フィーナを見つめた。


「…大丈夫よね、あなた?」

「あぁ、心配する事は無いさ」


不安げに尋ねてきたので、肩を抱き寄せて落ち着かせた。


──そう、残りの〝一厘〟は、フィーナの血を受け継ぐシエルの事だ。


コラーシュは貴重な吹雪属性魔術の使い手で、衰えてはいるだろうが、一応槍も使えるのだ。昔は喧嘩はもちろん戦争でも負け知らずで、〝戦神〟と言う二つ名まで貰っていた。

だが、そんな〝戦神〟でも、少女だった頃のフィーナには敵わなかったのだ。親しみやすく、誰とでも笑顔を浮かべる事ができ、しっかりしている反面、危なっかしさを漂わせる行動、たまに見せる弱気な姿が庇護欲を沸かせ、コラーシュの心は引き寄せられていったのである。


「懐かしいな…昔、私が戦争に赴こうとした時、震える君を今のように宥めていたな」

「えぇ…あの時は、不安で不安で仕方無かったから」


目を細めながら呟くコラーシュに、フィーナが赤面しながら答えた。こんな動作も、コラーシュが惹き付けられた一因となっている。


「今思えば、君がいたからこそだろうな…私が命を落とさずに、無事に帰還できたのは」

「ずたぼろなあなたを見るのは、とぉーっても辛かったんですよ?」

「ははは…すまんすまん、もうあんな無茶はせんよ」


頬っぺたを膨らませ、頬に食べ物を詰め込んだリスのようになっているフィーナを慰めるコラーシュ。親子だと仕草も似るらしく、まるでシエルを見ているようだった。


だが、似るのは可愛らしいところだけではない。


現在コラーシュは、フィーナに完全に尻に敷かれている状態だ。そして、そんなフィーナの血を引き継ぐシエルと、心なしか昔の自分に似ている直哉が一緒にいるのだ。


『強引に事を運ぶ事まで似なければな…』


コラーシュの心の声は口から出ず、心の中でぐるぐると渦巻くだけであった。







山を越え谷を越え、様々な香りを乗せた微風が吹き、直哉の頬を擽った。


「ふぁ~…を?」


気付いたら夕暮れの空を見上げていた。背中から伝わるのは、ひんやりとしていて、だけどどこか温もりがあって、ふわふわしてる不思議な感覚。


「…土か」


どうやら、土の上に寝かされているらしい。悪い気はせず、流れゆく雲をそのまま眺めていた。

穏やかな光景に見入っていると、突然視界の左端に黒いモノが映り込んだ。


「む…なんだ?」


逆光で良く見えないが、シルエットだけはうっすらと認識できた。

尖った耳に、微妙に丸っこい輪郭。つい先程まで見てたシルエットで、見間違う事もあり得ない。


「…なんだ、ウィズ──」


それは先程まで言い争っていた相棒・ウィズのシルエットだった。

──だが、どう見てもおかしい。


「なぁ、お前…その〝身体〟は?」


先程まで戯れていたのだから、ウィズがどんな形だかくらいは分かっている。ふっくらとした身体に、ギザギザな尻尾が揺れていた筈だ。

──どう間違っても、ウィズの首から下には、こんなにムキムキでおぞましい肉体はくっ付いていなかった筈である。


「………」


直哉の呼び掛けには答えず、じりじりと詰め寄る〝異〟ウィズ。直哉は目が慣れてきて、その表情や肉体がはっきりと見えてしまった。

首から上がウィズ、そこから下がゴリマッチョ。上半身が人間で下半身が鳥の怪物〝ハーピー〟でも、ここまで怖くはないだろう。そして、ウィズのモノである首が直哉を見つめ、あの笑顔──空から降ってきた時に浮かべていた、ガラの悪い顔を歪ませて作る、見るからに邪悪で悪質な笑顔──を浮かべているのだ。


身体に走るのは戦慄、頬を伝うのは冷や汗、直感で感じるのはこの後待ち受けている運命。

それらから逃れようとし、直哉は慌てて立ち上がろうと──


「あーもぅ!なんでここまで同じなんだよ!」


──したが、手足は蔓が絡まって動かせず、身体を持ち上げる事すらできなかった。これでは垂らされた蜘蛛の糸すら掴めない。

つまり、逃げ場が無いのだ。


そうこうしてるうちに、シルエットがもう一つ出現した。今度は右端から現れたが、見た目は全く同じの〝異〟ウィズである。そして、次は視界の下から。


「うわぁ!やめろ、来るな、来るんじゃねぇー!」


極め付けに上からの急接近。


身動きの取れない直哉を取り囲む、四人(四匹?)の〝異〟ウィズ達。

少しすると、〝異〟ウィズ達が腕を伸ばした。それらは直哉に向かって伸び、両肩と両方の太ももを押さえ付ける。


「やめろー!気持ちわりーよ、大気に帰れ空気王!!」


直哉はぎゃーぎゃー喚きながら抵抗するが、自由が無い身体が捻り出す力など高が知れている。

蔓とゴツい腕に押さえられ、直哉は完全に行動を塞がれた。

そして──


「うわああああああああああ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、来るな来るな来るな来るな、やーめーろーわあああああああ!!!」


上から急接近してきたウィズが目を閉じ、そのまま直哉に近付いてきたのだ。直哉が顔を逸らそうとすると、何故か汗ばんでいる〝異〟ウィズの腕が直哉の顔を掴み、無理矢理真上を向かせた。

そこには、生暖かい吐息まで感じれる程にまで接近した〝異〟ウィズが。


「う、あ…」

「………」


絶望から呂律が回らなくなった直哉に目もくれず、更に顔を近付けていく〝異〟ウィズ。そして、鼻がくっ付きそうな程近付いた時──


「嫌だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」


──窮地に立たされた直哉の意識が覚醒した。

叫んだ途端に視界が歪み、変わりに薄暗い室内が映り込んだ。身体は相変わらず縛られているが、ただのロープで縛ってるだけのようだ、その気にならなくてもなんとかなりそうである。そして何より、周りにおぞましい〝怪物〟がいない事に安堵した。


「ふぅ…」

「ずいぶんと魘されてたな、ナオヤ」


溜め息をついた直哉を心配するように、ウィズが顔を覗き込んできた。だが、今の直哉には完全に逆効果だった。


「うわああああああああああ!!!!」


ブチブチブチブチィッ!


叫び声を発したかと思うと、一瞬でロープを引き千切り、その場から跳び跳ねるように後退りした。そして、荒い呼吸を繰り返しながら敵意を身体中から絞り出し、ウィズをきつく睨み付ける。


「はぁー…はぁー…」

「お、オイ…どうしたんだよ…」


少し睨み付けていると、ウィズの首の下の肉体が本来のモノだと言う事に気付いた。

それをフル回転していた脳が認識すると、直哉から敵意が消散した。


「んだよ、脅かすなよ…」


直哉が敵意を引っ込めた事を確認し、ウィズが恐る恐る近付いてきた。そして、頭の上に飛び乗った。


「こっちのセリフだっつーの…いきなり殺され掛けたんだ、こっちとしちゃたまったもんじゃねェぞ…」

「殺しても死なないじゃねーか」

「それもそうだが」


ウィズが直哉の頭をぺしぺしと叩く。労ってるつもりなのだろうか、全然痛くはない。寧ろ心地好い力加減だ。

少しすると、ウィズが再び聞いた。


「ところで、なんでそんなに──」

「俺の口からは言いたくないんだ…」

「………」


ウィズが頭の上から飛び降り、直哉のお腹に向けてタックルを繰り出した。だが、物理的ダメージを与える事は無く、溶けるように直哉の中へと消えていった。


『久し振りの具現化だったぜ…楽しかったわ』

《なんか不思議な感じだよなー…お腹に穴空いてないし、かと言って痛くもないしな》


自分のお腹を擦りながら、直哉は苦笑いした。これからウィズが、あの生々しい光景を目の当たりにするからだ。

少し前にウィズが言っていたのだが、思考を共有できるのは一心同体の時だけらしい。あの悪夢の様子が伝わっていなかったのが証拠である。因みに、分離しても会話はできるので、言葉で伝える事は可能だ。


『………』


暫くすると、ウィズは言葉を発しなくなった。あの〝地獄絵図〟を目の当たりにしたようだ。そして、震える声で謝罪の言葉を呟く。

『…悪い事して、すまんかった…』

《お前は悪くない…筈だ》


直哉が励ましなのかすら分からない言葉を投げ掛けた。ウィズからは申し訳無いと言った意識しか伝わってこない。

その空気を打開するために、直哉が頭をぶんぶん振り回す。そして、改めて回りを見渡した。


《…しっかし、ここどこだ?》

『お前をボコボコにしたゴリマッチョ共が運んできたな』

《だから夢にゴリマッチョが出てきたんだな…ヤケにリアルな夢だったワケだ》


改めて見渡すと、蝋燭の火が薄暗いドーム状の部屋をぼんやりと浮き上がらせていると言う事が分かった。天井は暗くて見えないが、なかなか高いようだ。ドームの半径は20m程で、なかなか広い空間だ。直哉が立っているのは、そんなドームの中央に置かれている、円形の石造りの土台のようなモノのど真ん中だった。まるで闘技場のフィールドのようなそれは、半径が15mはあろう巨大なモノだった。

そして──


《…ありゃ、観客席か?》

『そうらしいな…どうやら、コロシアムみたいな場所みてェだ』


──そんなフィールドを金網のようなモノが囲っていて、その外側──残りの5m程の空間──には、数多くの椅子が並べられていた。回りを囲む椅子の数は、ここが大型のコロシアムだと言う事を再認識させた。


ここまで認識し、とある疑問にぶち当たった。


《…なぁ、ウィズ》

『なんでこんなところに運ばれてたんだ、だな?』

《その通りだ》


ゴリマッチョ共は直哉が邪魔だった筈だ。それを気絶させてまで連れ去ったのなら、人目に付かない場所で〝処分〟してしまえば良いだけの話である。


《なのにそれをしないで、こんなところに放置する事にさ…どんな利点があんだろ?》

『何か嫌な…と言うか、面倒な予感がするな…』

《奇遇だな、俺もだ》


ゴリマッチョ共に考えがあるのは明確だ。だが、それが何なのか…考えても思い付かなかった。

だが、それを考える必要など微塵も無かった事をすぐに知る。


ガシャンッ


直哉とウィズが考え込んでいると、部屋内に扉を開くような音が響き渡った。部屋の形状の事もあり、それは延々と木霊を繰り返した。


「………」


警戒心を剥き出し、身体を音がした方向に向け、咄嗟に動けるように構えた。音が響くので特定は難しかったが、人の気配ばかりは響く事が無かったのだ。

観客席の扉から入ってきた男──ゴリマッチョと共に入ってきた、魔術師のような男──は、指をパチンと鳴らした。すると、部屋中に設置されていた蝋燭に次々と火が灯り、ドーム内を明るく照らした。

急に明るくなった事に目が眩んだが、なんとか耐えてゴリマッチョを睨み付ける。


「ハッ、やっと起きやがったか」


ゴリマッチョがけなすように言った。直哉は挑発だともすら認識していない。

そんな事を知らないゴリマッチョは、直哉を睨みながら叫んだ。


「あの時はよくもやってくれたなァ!お陰で怪我はするわ髪は焼けるわ…大変だったんだぞ、あァ?」


必死の叫びを聞いた直哉は、首を右側に45度傾けた。


「…あのさ」

「あァん?!」

「お前、誰だっけ」

「…え?!」


ゴリマッチョは心底驚いたような顔をしている。隣にいる魔術師まで驚いていた。

先程までの威勢はどこへやら、慌てた様子で聞いてきた。


「え、えぇ?覚えてないの?ねぇ、氷漬けにした相手の事って、普通忘れる?ねぇ?!」

「氷漬け…あぁ、あの娘を拉致ろうとしてたゴミの残りか」

「そうそうゴミの…って、違うわ!」


今度は怒り出した。感情豊かであり、カルシウム不足でもあるな…直哉はそう分析した。


《フルボッコにしてカルシウム摂らせよう。よくも殴ってくれたなー》

『奇遇だな、俺もそうしようと思ってたところだ』


心の中で意気投合している直哉を見たゴリマッチョは、恐れおののいて言葉が出なくなったのだろうと勘違いした。

高笑いと共に、これでもかと言わんばかりに大声で怒鳴り散らした。


「ハッハハハァ!今更命乞いしたところで遅いんだよォ!」


怒鳴ると同時に、魔術師が金網に設けられたドアを開け、フィールドに足を踏み入れた。

それを見た直哉は、警戒の色を少しだけ強めた。


「テメェはここで死ぬんだよ、じっくりと苦しめられながらなァ!」


言いながらも金網ドアをしっかりと閉め、ゴリマッチョも(安全面的に見て)準備万端だ。

魔術師が構えたのを視界に捉えた直哉は、ゴリマッチョに向けて大声で怒鳴った。


「これはてめえが吹っ掛けてきた喧嘩だ、後悔すんなよ?!」


そして、眼前にまで歩み寄っていた魔術師と向き直って、


「あんたは悪くないんだがな。まぁ、やるってんなら手は抜かないぜ?」


と忠告した。


ゴリマッチョは腹を抱えて笑いだし、ひいひい言いながらのたまった。


「クヒャハハハァァ!聞いたか?後悔すんなよ、だってよォ!これから殺されるヤツが、ずいぶんでけェ口叩くじゃねェか!ハハハハハァァァァ!」

「………」


直哉は表情は普通だが、内心はリミットブレイク寸前であった。


《なぁ、あいつ殺っちまっていいかな?》

『いいんじゃね?徹底的に苦しめてやれよ』


ウィズの同意も貰ったので、ゴリマッチョは公開処刑確定だ。

だが、目の前の魔術師は違った。


「…忠告ありがとう。だが、私も負ける訳にはいかないんだ…娘のためにもね」

「………」


直哉を見る目には、申し訳無さとぶつけようの無い怒りが込められていた。おおかた娘を人質として拐われ、無理矢理手下にされた、と言うところだろう。

直哉はその目を見つめ返す。


「…ならしゃーねーな」


直哉が言うと、魔術師は杖を片手に構えを取る。そして、魔力を纏い始めた。うっすらとだが、赤いオーラのようなモノが見えた。

直哉は接近戦に持ち込むかのように構えた。


「いけェ!俺様に仇成すネズミを叩き潰せェェェ!」


そして、ゴリマッチョの怒号をスタートの合図に、戦いの火蓋は切って落とされたのであった。

気付いた方もいると思われますが、一応報告をば。


一寸畑内で使われてる記号を一部変更しました。

""を〝〟に、――は──になっております。


理由は簡単、ただ単に見た目の良さを追及しただけです(


また何か変更があれば、前書きやら後書きやらで報告いたしまっす。

これからも、どーぞよろしく!

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