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第三十六輪:ゴリマッチョ

ついさっき確認したら、お気に入り登録件数が100件を突破しておりました。

嬉しさの余り階段を飛び降りて、着地時に足を挫きました。


嬉しいけど痛い、痛いけど嬉しい…


ととっ、取り敢えず、これからもよろしくどぅわす!

いざこざが終わりを告げたガルガント王国は、今日も目紛めまぐるしく発展を遂げている。


近隣諸国との国交回復(主にエアレイド王国との)に奮闘し、輸出入にも力を注いでいる。働き手を王国に招き入れ、産業面の発達も順風満帆と言った様子だ。


――だが、招き入れた働き手は、全員が全員仕事を続けるような優等生ではなく、途中で投げ出したりする輩もいるらしい。そんな輩の増殖による王国の無法地帯化が、王国の抱える問題の一つとなっている。


そして、白いローブを纏う小柄な少女と、そんな少女に引っ張られる全身黒尽くしの不審者一歩手前な男…この二人組を睨む目の持ち主も、そんな無法者の一人であった。

その男を一言で表すと「ゴリマッチョ」で、身長が2m以上はあり、その巨大な肉体はボディービルダーのような生々しい筋肉で溢れ返っている。

その男に恐る恐ると言った様子で話し掛けるのは、直哉に金魚呼ばわりされた大男Cだ。だが、そんな大男Cが小さく見えてしまう程、その男は(様々な意味で)巨大であった。


「――あいつらに、俺様の可愛い弟分が氷漬けにされたっつーのか…?」


どうやら、昨日直哉が氷漬けにした人の身内(俗に言う"契り"を交わしただけだろうが)らしい。そんな人間が直哉達を睨んでいると言う事は、十中八九「身内の雪辱晴らし」だろう。

子供の喧嘩に親が出るようなモノで、見た目と脳の占める面積の反比例を示すのにはもってこいである。


「へっ、へぇ…間違い無ぇでやんす、アニキ」

「…見た目通り、"ちゃんぽん"なヤツじゃねぇのか?」

「それを言うなら"ちゃらんぽらん"じゃねぇでやんすか――」

「うるせぇバーロィ!俺様がんなヘマやらかす訳がねぇだろぉが!」

「え、でも――」

「黙れヴォケが!」


"美味しい"間違いをした男――ボスでいいや――は、右手を握り締め、その手で大男Cの頭部に打撃を加えた。

ゴン、と言う鈍い音と共に、大男Cは頭を抱えて踞った。


「うぐぅ…す、すいやせん…」

「次は…無ぇと思え」


無駄に凄んで、まるで脅すかのように言い放ったボス。そして、大男Cに命令した。


「よぉし、ちゃんと地獄を見せてやろう…オイ、仲間を片っ端からかき集めろ」

「え――」

「分からねぇのか?仲間をかき集めろっつってんだよ!俺様の弟分がやられるくらいだ、ただ者じゃねぇのくらい分かんだろ?!」

「へぇっ!」


慌てて走り出す大男Cを見送り、ボスは視線を二人に戻す。


「弟分を可愛がってくれた代償は、高く付くぜ…」


下衆な笑みを浮かべて、不気味な笑い声を発した。ボスに目で追われている二人は、そんな事など露知らず、ニコニコと駆け回っている。

ボスは二人に背を向け、数多くの部下と打ち合わせをするため、暗い裏通りの奥に消えていった。






そんな危機(?)が迫っている事を知らない直哉は、シエルに文字通り振り回されていた。


「おい!シエル、落ち着け!」

「にゃはー!」


直哉の制止に耳を貸さず、二人は店から店へと飛び歩いている。周りの最早お馴染みの視線が其処彼処から飛んできている事に、直哉は苦笑をもらした。

そして――


「…む?」

「う?」


――その中に、微妙に敵意の籠った視線を感じた。

足を止めた直哉を振り返るシエルに、何でもない事をアピールしておく。


「…いや、何でもないよ」


シエルは小動物のように首を傾げ、頬をつり上げた。


「そっかぁー…よしっ、次はあそこ!」

「うわぁ、女物の服が飾ってあるよぉ…」

「何ノ事カシラ~」

「待て、待つんだシエル――」

「ナオヤの着せ替え~!」

「嫌だぁぁぁぁーー――」


今回は"されるがまま"では無い。足に力を入れ、必死に抵抗していたりする。だが、それを凌駕する力で引き摺られているのだ。


直哉は何かに夢中な女の子には逆らえない事を知った。

――夢中になっている事が"自分(直哉)の着せ替え"と言う、普通では考えられない事なら尚更だ、とも。


地面に引き摺られた時の跡を残しながら、直哉は力尽きたかのように項垂れた。






その頃、シエルに酔い醒ましを命じられたアイザックは、食堂で咀嚼を繰り返すガープ夫妻と向き合っていた。

事の顛末を要点だけ抜き出して話し、疲れきった目を虚空にさ迷わせた。


「――と言う理由で、私がお二方の代役を引き受けたのですが…部屋が分からなくて」

「なるほど…ご愁傷様だな…」


ガープがうんうんと頷く。今の話を聞いて、何か思う事でもあったのだろう。

立ち上がってアイザックの肩に両手を置き、真っ直ぐ見つめた。


「君は私と同じだ」

「え…?」


唐突に意味不明な事を言われ、アイザックは素っ頓狂な声を発した。

ガープは肩を掴む手に力を入れ、ゆさゆさと揺らし始めた。


「いいか、君も私も尻に敷かれている事に変わりは無い…だが、逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ!現実に立ち向か――」


どすん


「え゛っ…」


謎の効果音と共に、ガープがびくりと痙攣した。目を見開いて、口をパクパクとしながら、視界の下へと消えていった。

肩に置かれていた手は滑り落ち、床に力無く伸ばされていた。


「あらあら、ガープったら…おほほほほ」


ルナが子供っぽく笑いながら、口の端をつり上げる。悪戯を思い付いた時のシエルを彷彿とさせ、アイザックの背筋を冷たい何かが滑り落ちた。

握り拳を作っていた右手から力を抜き、左手でガープの首を乱暴に掴む。


「ごめんなさい、私、"お洗濯"しなきゃならないの」

「そ、そうですか…」

「えぇ、貴方もどうかしら?」

「残念ですが、酔い醒ましをしなければなりませんので…」

「それは残念だわ。うふふ」

「そ、そうですね…あは、あはは…」


引きつる頬を懸命に動かし、アイザックは謹んで(?)お断りした。ルナは愛想笑いを浮かべ、左手に持つ"洗濯物"を洗うべく、その場を立ち去ろうとする。

そんなルナを、アイザックは振り絞った声で呼び止めた。


「る…ルナ様っ!」

「なぁに?」


くるりと振り返ったルナの目は、ガープをどうやって痛め付けようかと考えているのか、非常に恐ろしい光を放っていた。

えも言われぬプレッシャーを浴びせかけられ、今にも刺し殺さんとするルナの幻覚まで見えてしまった。


「いや、その、部屋番号を、教えて、もらいたくて…」


なので、声も途切れ途切れになってしまった。

だが、主旨は伝わったようだ。「あぁ、そう言えば」と呟き、部屋番号を三つ教えてくれた。


アイザックはお礼を言うと、まるで突風のように走り去った。一人(正確には二人なのだが…)残されたルナは、くすりと吹き出しながら


「若いのって、良いわねぇ…」


と呟き、左手に握る"モノ"をチラ見し、わくわくした様子で歩き出した。


――その後、身体中から水を滴らせ、ぶるぶると震えながら助けを求めるガープの姿が、王宮のあちこちで目撃されたとか。






「じゃじゃーん!女の子ぉ!」

「………」

「まぁ、ほんとに女の子みたい!!」


店に連れ込まれた直哉は、シエルと女性の店員にマネキン扱いされ、着せては脱がして、着せては脱がして…と言う作業の渦中にいた。


直哉も最初は抵抗していたのだが、いつの間にか仲良くなっていた店員とシエルのコンビネーションは素晴らしく、到底太刀打ち出来ない事を悟らされたのだ。

目は虚ろになり、身体は二人の手でポーズを取らされる事以外で動く事は無い。つまり、生きるマネキンと化したのだ。

周りに客がいなかったのが不幸中の幸いだった。仮に見物客がいたら、この異世界から存在が自然消滅するところだったのだ。


心の中で会話を続けるのが精一杯な直哉は、ウィズに明日からの生き方を尋ねていた。


《ウィズ…俺、明日からどうやって生きていけばいいの?》

『どっちかっつーと、"今日から"じゃねェか…ま、元気出せ』

《抵抗する気力どころか生きる希望が湧かねーんだ…》

『大丈夫だって、その内良い事だってあるさ――』


不意にウィズから警戒の気配を感じた。直哉も無意識に集中し、周りの気配を探った。


『――って言いたいんだが…』

《…はぁ…これの何処が良い事なんだよ…》

『…むさ苦しいゴリマッチョに囲まれる事?』

《お花達にしてくれ…》


心の中で溜め息をつくと、現実の世界に舞い戻り、そのまま立ち上がった。突然の事に驚いた二人は、ただ呆然とする事しか出来なかった。


頭からリボンを取り、淑女の着そうなドレスを脱ぎ捨て、ぎゅーぎゅーに絞められたコルセットをなんとか外し、いつの間にか履かされたブーツを…とにかく、着ている女物の服を全て脱ぎ、黒いスウェットに茶色のベルト、黒塗りの靴を装着した。店員が興味津々に見ていたが、直哉は気付かない。直哉はそのまま振り返り、二人に告げた。


「はい、着せ替えごっこ終了~」

「えぇ~?!どーしてぇ?」

「まだ続けるべきだと思います!」

「そーだそーだぁ!」


二人が揃って抗議してきた。あの短時間でここまで仲良くなれる二人を見て、直哉は笑みを溢した。

――だが、着せ替えの脅威が二倍増しになってしまった事でもあったので、背中には冷や汗が流れまくっていた。


右手でシエルの頭を撫でながら、左手の親指を真後ろの入り口に向け、直哉は二人に二択を迫った。


「今だけ我慢して平穏無事なのと、今続けて汗だくのむさ苦しい筋肉の塊に詰め寄られるの…二人なら、どっちが良い?」


二人は顔を見合わせてから、直哉の指差した方向に目を遣った。

そこには――


「おっ、話通りの二人がいるぜ…」

「…それと、美味そうな女が一匹追加っと…」

「ヒッヒッヒッ、ほーら出てこいよぉ!可愛がってやんぜぇ?」

「おぉい!ちっせぇ方は俺が戴くんだよぉ!」

「あぁ?じゃあ俺っちは店員だぁ!」

「うるせぇてめえら!ワシらの人数考えろや!」

「それもそうか…マワせばいいんだな?!」

「バカにしちゃ良く頭が回るじゃねぇか!」

「早くしないと大事な大事なお店が――」

「めっちゃめちゃにされちまうよぉ~?」

「「「「「ヒャアアァッハハハハアアァァアアァア!」」」」」


――筋肉。筋肉、筋肉筋肉筋肉、とにもかくにも肉肉肉…何故か上半身裸の、筋骨隆々…と言うか、無駄に筋肉だけを寄せ集めて出来上がったような男達が屯していた。ざっと見ただけでも、十人は確認できた。


そんなえげつなくむさ苦しい光景は、二人に吐き気をもたらせる程の強烈さを兼ね備えていた。

二人は直哉を振り返り、青ざめた顔に脂汗を浮かべながら首を振った。

直哉は苦笑いしながら、二人を店の奥に行くように促した。


「いいか、ずぇぇぇーーったいに外に出てくるなよ?あと、二人とも何か武器を持っておけ。仮にゴリマッチョが入ってきたら、思い切り叩きのめせ。いいな?」


二人はコクコクと頷き、モップっぽいモノを手に取った。それを確認した直哉は、不敵な笑みを浮かべた。


「よろしい。んじゃ、ちょっくら行ってきますかねぇ」


二人に背を向け、単身で筋肉塊共へと足を進める直哉。憂鬱な気持ちを怒りに変え、目の前の雑魚敵にぶつける事にしたのだ。

直哉が店から出てきたのを見た筋肉塊共は、強烈なブーイングをかました。


「ッチ、なんだよ…男に興味無ぇんだよ、引っ込めや」

「オイ、引っ込ませんなよ!コイツも捻り潰せって言われてんだろ!」

「めんどくせぇなぁ…まぁいいかぁ」

「こいつぶっ殺してから――」

「可愛い女を――」

「ゆっくり――」

「いただ――」

「うるせぇ」


バキッ!


「戴くかぁ!」と言おうとした筋肉塊の真ん前にテレポートし、顔面に右拳を叩き込んだ。

骨が砕ける音と共に、筋肉塊の顔面が鼻を中心に窪んだ。そして、少し遅れてから身体が吹っ飛んだ。吹っ飛んだ身体は店に向かって飛んでいき、そのまま――


「「「「「んなぁぁ?!」」」」」


――180度方向転換し、戻ってきた。

筋肉塊共が口々にブーイングを飛ばしていた時、直哉は密かに魔力を練り上げ、シエル達のいる店を風の壁で覆っていたのだ。中の二人に武器を持たせたりしたが、筋肉塊共の侵入を許すつもりなど毛頭無いのだ。

最早意識の欠片も持ち合わせない男を身体を捻って回避し、地面を何かが引き摺られるような効果音をBGMにしながら、直哉は筋肉塊共(残り十四人、予想以上に多くてびっくりした)と向き直った。そして、見た目は笑顔だが邪悪な心を感じさせる表情で言った。


「死にたいヤツから順番に名乗り出てくださーい」


同時に、直哉は周りを囲む風の壁――風の檻を形成。それは直哉と筋肉塊共を囲み、且つ十分なスペースを確保する程の規模で展開された。

筋肉塊共を逃がさないためでもあるが、集まってきた野次馬に被害が及ばないようにすると言う目的もあったりした。


風の檻は店を囲むモノとは別に発動されていて、魔術を使える人が見たら間違いなく青ざめるだろう。こんな大規模の魔術を二つ同時に発動し、しかも維持すると言うのは、王国騎士団のウィザードでもできる人がいるかどうか、と言ったところだからだ。

――直哉は様々な意味で常識を逸してるので、直哉を知る者達は驚かないだろうが。


当然の事だが、頭を振ったらカラカラと音が鳴りそうな筋肉塊共はそんな事に気付かず、仲間をやられた怒りからなのか、三人が無謀にも殴り掛かってきた。しかも、真っ正面から、三人揃ってだ。


「ウガァァァ!」

「オラァァァ!」

「ミャォォォ!」


…最後の叫び声は猫のモノではない、筋肉塊のモノだ。


《オイオイ、こいつら大丈夫かよ…》

『最後のはダメだと思う、色んな意味で』


直哉は呆れ顔を浮かべ、やれやれと溜め息をついた。

そして、右足を身体に引き付けるように折り曲げて、真ん中の男のお腹に、足のバネを活かした水平蹴りを叩き込んだ。


「~~~~!」


声にならない悲鳴を発し、男はそのまま風の檻に叩き付けられた。直哉は頭上に振り上げた右足による踵落としを、跳ね返ってきた男の脳天に直撃させた。


ゴシャッ!


鈍すぎる音が響き、踵落としを喰らった男は地面に叩き付けられた。だが、それで全ての勢いを殺げた訳では無く、殺がれなかった衝撃は、頭を地面にめり込ませた男を中心に、半径2mのクレーターを作り上げる事で完全に霧消した。


急に足場が無くなった二人は、その事に気付く事は無かった。直哉が両腕を広げ、二人の顎にラリアットをぶちかまし、そのまま地面へとゴーダウンさせたからだ。

二人は仲良く地面にめり込み、クレーターを三つに増やす事で役目を終えた。


水平蹴りからラリアットまでの流れには、正しく刹那の時間しか要しなかった。向かってきた三人の筋肉塊達も、周りで様子を窺う筋肉塊共も、野次馬達も、何が起こったのか分かっていない。


《うっわー、やりすぎた?》

『ナオヤが強すぎるのか、さっきのがよっぽどショックだったのか…』

《それもあるし、こいつらが異様に気持ち悪いってのもあるかもね…》


当の本人がこれだ、周りが分からないのも仕方無いだろう。

――尤も、地面に倒れる(めり込んだりしてるが)三人は、理解する事すら許されてはいなかったが。


直哉にとって上のような事を考えれる程の時間でも、普通の人間にとっては一瞬の時間である。

筋肉塊共(残り十一人)が現状に気付き、次々に慌て出した。


「い、一瞬で…」

「三人を…」

「おっ、おい!生きてる――」


だが、慌てる事すらも中断させられてしまった。


「自分の心配したら?」


ドスッ


「あ゛…」


三人の安否を心配した男の言葉は、直哉の膝による打撃をお腹に喰らう事によって途切らせられた。

呻き声を洩らし、その場に崩れ落ちた男。これで、残る生存者は十人になった。


それを前に、筋肉塊共は慌てふためいた。纏め役がいないのだろう、一度統率が崩れた集団が立て直す事は、最早不可能であった。

――最初から統率など取れてない気がしなくもないが。


10×1から1×10になった筋肉塊共は、様々な行動を取り始めた。


「うわぁぁぁ…ああああ?!」


逃げようとして、風の檻に弾き返される者もいれば、


「おがーざぁぁん!」


その場に座り込んで泣き叫ぶ者もいるし、


「………」


死んだ振りをするバカがいるなら、


「ちくしょおおお!」


直哉に向けて突進する命知らずだっている。


害虫は手当たり次第に駆逐する事にしている直哉は、檻の中の害虫を易々と逃がす気など無い。

手始めに、近くにいる奴等からと、敵意を剥き出しにしている男達を睨み付けた。戦意喪失しなかったのは、どうやら六人のようだ。


《頑張る奴等よのぅ…んまぁ、負ける気なんてしねーしハナっから逃がす気もねーし、憂さ晴らしには持ってこいだよな…あれ?デジャヴが――》

『…お前、実はドSなんじゃねェのか…?』

《シエルはいたぶる相手ではない、愛でるべき存在なのだよ。まぁ…騎士団とか、こーゆー雑魚は、ね?》

『確かにな…しかし、Sは打たれ弱いんだな』

《そうだなぁ…着せ替え人形如きで取り乱すなんて、俺もまだまだ甘ちゃんだな…》

『いや、そこは取り乱すべきところだろ…』

《そうなの?…やばいな、俺、この世界に来てから人格が崩壊してるみたいだ…》

『うーん、ナオヤの"元"を知るのが怖くなってきた』

《一心同体なら分かっちまうんじゃねーのか?》

『そう言えばそうだった』

《つまらねーぞ!》

『嘘でも笑っとけ』

《あはははは》

『…やっぱ腹立つな』

《理不尽にも程があるだろ》


――こんな下らなさを極めたような会話をする程、直哉は余裕で満ち溢れていた。


一人目の正拳を首を左側にずらしてかわし、二人目の裏拳はしゃがんで回避、三人目の蹴りは手で軌道を反らすように、無駄に力を入れずに往なし、四人目の洋剣のような剣の斬撃は右側に転がって避け、五人目のローキックはジャンプして遣り過ごし、六人目が繰り出した槍による刺突撃は、蹴り上げた右足で槍を弾き飛ばし、身体に当たる前に無力化した。


蹴り上げた反動でバク宙をして、そのまま地面に着地し、バク転をして距離を置いた。それを目の当たりにした筋肉塊共の動揺に拍車が掛かった。


「な、何で当たらないんだ…」

「こいつ、人間か?!」

「信じられんぞ…」

「オイ、どうなってやがる!」

「ボス…こんな話、聞いて無ぇよ…」

「…化け物め」


好き放題言ってくれるモノだな…と、直哉は溜め息をついた。

これでも"一応"人間をやっているのだ。


《人様を化け物扱いたぁー良い度胸じゃぁーねぇの…》


六人を睨みながら深呼吸をし、両手を左右に広げ、一瞬の集中。瞬時にエレメントを集め、体内から放出したマナと合成し、莫大な魔力を身に纏う。それを両方の手のひらに集め、黒紫の巨大な雷球を生成する。

雷球からは稲妻が龍の如く溢れ出し、それはまるで強大なエネルギーを強調しているかのようだ。


「「「「「「………」」」」」」


六人が身構える。見た事も無い魔術を、目の前で行使されようとしているのだ。本来なら力尽くで止めるべきなのだが、先程の交戦から、力尽くは無理だと判断したようだ。賢明とも愚かとも取れる対応だった。


直哉が両手を突き上げた。同時に、雷球は天空へと飛び去った。それを見た六人は、「残念でした」と言わんばかりの嘲笑を浮かべた。

――だが、すぐに絶望を浮かべる羽目になる。


天空から紫色の光が射し込み、一人を除く九人の男達を包み込んだ。そして、空にはどす黒い雲が立ち込める。太陽の光すら通さない、正に"漆黒"の雷雲だ。

そして、冷たく言い放つ。表情は無く、暗い輝きを宿す目には、酌量を認めようとする色すら込められていない。その恐るべき姿に、男達はおろか、野次馬達も言葉を失った。


「目には目を、歯には歯を――」


男達がざわめき出したと同時に、直哉は手を勢い良く振り下ろす。

すると、雷雲に渦が生じ、そこから黒紫の稲妻が九つ、男達目掛けて降り注いだ。一人一人に確実に当たり、身体から次々に生命活動を奪い去った。

――一時的に、だが。


突然雷雲が晴れ、辺り一面を太陽の光が満たした。そして、野次馬達は眼前の光景に戦慄した。


「「「……!」」」


広場には肉の焼けるような臭いが立ち込め、真っ黒の煙が其処彼処から上がる。悪臭と煙の発生源は黒焦げのゴリマッチョ丸焼きで、見るからに不味そうである。


そんな中、一人だけ尻餅をついてガクガクブルブル震えてる脂汗まみれのゴリマッチョと、そんなゴリマッチョを睨み付ける、黒いオーラを纏った直哉がいた。

口を歪に吊り上げ、狂気を孕んだ表情で言い放った。


「――ゴリマッチョには審判の雷を。君は"無罪"だったみたいだねぇ?」

「あ、あ…」


ゴリマッチョに一歩ずつ近付く直哉。見た目とは裏腹に、心中は良い意味で穏やかでは無かった。


《決め台詞決まりましたァ!一度言ってみたかったんだよね(はぁt》

『痛いとかそこらを通り越して、お前には畏敬の念を抱くわ』

《はっはっ、苦しゅうない》


心の中でソロ狂喜乱舞しているうちに、"無罪ゴリマッチョ"の前に来ていた。ゴリマッチョは震える眼差しで直哉を見上げていて、まるで小鹿のようだ。

正面に立ち、見下すように言った。


「ボスの元へ案内しろ」

「っ?!な、何でそれを――」

「君の軽くて軽くて軽すぎるこの口が呟いてたよぉ?」


先程の六人攻撃を避けきり、六人が口々に好き放題言った時、目の前で震えているゴリマッチョが呟いた「ボス…こんな話、聞いて無ぇよ…」と言う台詞を、直哉は聞き逃さなかったのだ。


直哉がゴリマッチョの首を右手で掴み、力を入れる。少しずつ気道や動脈を塞がれ、ゴリマッチョは振りほどこうと必死だ。

だが、常識が通用しないバカの握力に敵う訳も無く、ただもがくだけとなっている。


「ぐ…が、あ゛ぁ゛…」

「言いたくないなら言わなくてもいいよ?但し、加減は出来そうに無いから」


更に右手に力を入れて、そのままゴリマッチョを持ち上げる。そして、魔力を練り上げ、左手に集めた。左手の六芒星が紫色に輝き、手のひらにゴリマッチョの顔と同じくらいの雷球が出現した。


「や…やめ…」

「L・チャクラム:クリセントエディション」


尚も魔力を注ぎ込み、雷球は変形し、チャクラムへと姿を変えた。そして、円盤の縁からは三日月型の突起が生じ、凶悪な殺戮兵器となった。

因みに、名前はたった今思い付いたらしい。


それを見たゴリマッチョは、涙やら涎やら汗やらで顔をグショグショにし、首を掴む直哉にとっても拷問となった。

仕方無いんだと割り切り、ゴリマッチョの口を割ろうとする。


「んー…これじゃあ、目も当てられない姿になっちゃいそうだねー…ま、仕方無いかぁ」

「や…だっ、ああぁ…」


ウィズに心の中でお願いし、チャクラムを高速回転させた。離れていても風圧を感じれる程の速度で回転していて、溢れ出す稲妻が周りに飛び、地面等に当たってはぜている。

そんなチャクラムをゴリマッチョの顔に近付ける直哉は、まるで死神のようであった。


「口を割らないなら用は無いんだー、さっさと消えとこうか?」

「あ、っ…が…」


ゴリマッチョの鼻っ面にチャクラムを近付ける。風圧でゴリマッチョの肌に裂傷ができ、稲妻が身体に突き刺さる度に痙攣した。

直哉は少し待ってみたが、ゴリマッチョは喋りそうも無い。面倒だが自分で探す事を決意し、雑魚を処理する事にした。


「…はぁ、仕方無いね。短い間だったけど、なかなか楽しませてもらったよ。あの世でも達者でな」

「う、あ、あああぁぁ、あがぁぁ…」


左手をゴリマッチョから遠ざけ、右手でゴリマッチョを真上に持ち上げた。そして、最後の挨拶をする。


「――さよなら」


同時に、チャクラムをゴリマッチョの顔目掛けてぶん投げ――


「嫌だぁぁぁあああ!ぼぼっ、ボズはあっぢだぁぁ!」




ザシュッ




――ようとしたが、ゴリマッチョが白状したので、チャクラムを手放さずに軌道だけを反らした。ゴリマッチョの頬を軽く削いだだけで、なんとか殺す事だけは回避できた。が、血飛沫は微妙に回避できなかった。

荒い息をするゴリマッチョを睨み、続きを促した。


「あっち?」


それからは、ゴリマッチョの赤裸々告白が続いた。筋肉塊共にこれを依頼した人物や、その人物がいる場所、特徴まで詳しく話してくれた。

それを記憶した直哉は、ゴリマッチョにお礼を言った。


「ありがとう、助かったよ」


助かると安心したのか、ゴリマッチョはかくんっと項垂れた。

だが――


「それじゃ、安心して逝きな」

「な…」


――再びチャクラムを向けられ、ゴリマッチョは硬直した。

何でか分からないと言った表情で見つめてきたので、分かりやすく説明してやった。


「口を割らないヤツに用は無いって言ったけど、割ったヤツにも用は無いんだ」


ゴリマッチョは目を見開いた。


「ついでに、割ったから助けるなんて、一言も言ってないしな」


直哉はにんまりと笑ってみせた。


前にも書いたが、直哉は「害虫は手当たり次第に駆逐する」ようにしている。「檻の中の害虫を易々と逃がす」など、絶対にしない。

つまり、この檻に入った――直哉と敵対した時点で、筋肉塊共は害虫となり、逃げると言う選択肢を削除された事となるのだ。


直哉はゴリマッチョ――害虫を空に放り投げ、それ目掛けてチャクラムを投擲した。害虫に当たると同時に突起を引っ込め、回転を止めたりもしたが、凝縮されたエネルギーによる破壊力は凄まじく、それは幾重にも重なった稲妻となり、害虫の身体中を貫いた。

身体を貫かれた害虫は、引力に引き寄せられるように地面に落下した。ぴくりともせず、全く生を感じさせなかった。だが、生きてはいるようだ。


「…ふぅ」


静寂が満ちる中、溜め息をついた直哉は風の檻を解除し、野次馬の視線をオールスルーして、店の中へと足を進めた。


店の奥の物陰には、シエルと店員が潜んでいた。直哉の足音をゴリマッチョのモノだと勘違いし、両手に握るモップを握り直し、二人して頷いた。

そして、足音がすぐそこにまで迫った時――


「「やぁー!!」」


ガツンッ!


「へぶっ?!」


――二人は物陰から同時に飛び出し、直哉にモップによる打撃を喰らわせた。二人のモップはクロスし、ちょうど交わった部分が直哉の脳天に直撃したのだ。

その場に踞る直哉を見た二人は、頭を押さえて喚く少年が直哉だと言う事に気付いた途端、踞った直哉を心配し始めた。

シエルに至っては、直哉の右手に付着した血を見て、怪我をしたのかと思ったのだろう、慌て様が普通では無かった。


「ナオヤ!!」

「可愛いお兄さん!」

「あたたたた…」


シエルが治癒魔術を施し、直哉の頭を癒した(?)。痛みは引いたが、直哉は二人を睨み続けていた。そんな直哉の頬にも血が付着していて、再びシエルはあわあわと慌て出した。


「こんにゃろぉ!俺はゴリマッチョじゃねーんだぞ!」

「ごめんなさい…それより、ナオヤ…頬っぺた、血が付いてるよ?」

「血?…あぁ、ゴリマッチョのだろ」

「………」

「しぃーましぇんっ」

「コノヤロー…心を込めろ!」

「あはは~」


だが、心配そうなシエルと、舌を出して謝る店員を見ていても、不思議と怒りは湧かなかった。

ゴリマッチョとは凄い違いだ。


そのまま立ち上がり、シエルの頭を左手で撫でながら話し出した。


「ふぅ…ま、いいや。シエルは王宮に行って、ゴリマッチョ共を何とかしてくれるよう頼んでくれ。あんたは店の中で隠れとくといい」

「うん、分かった…けど、ナオヤ…無茶しないでね?」

「ほいほーい」


二人が素直に頷いた事に、直哉は微笑みを溢す。


「んじゃ、俺はもう一仕事してくるかな」

「大丈夫?目が紫だから、魔術を使ったんだろうけど…魔力、使いすぎじゃない?」

「さっき、店の前に雷が落ちましたよー…まさか、可愛いお兄さんが…!」


シエルに笑顔を向け、店員に苦笑いを返し、直哉は言った。


「魔力はまだまだ全然バリバリ大丈夫。ついでに、可愛いお兄さんじゃねーぞ!」

「やっぱり、直哉は凄いなぁ」

「じゃあお兄たん!」

「もう何でもいいや…まぁ、二人共気を付けろよ?」


今度は二人に苦笑いを向け、そのまま店を後にした。目指すは近くの裏通りの、そのまた奥にあるアジト。


害虫ボスを駆逐するため、再び動き出した直哉であった。

アイザックにより、騎士団の副団長達の酔いは醒め、現在はアイザック・セフィア・ミーナ・ルシオ(ラルフは戦闘不能、アリューゼは放置)・ガープ夫妻の六人で食事を囲んでいた。

現在はちょうど昼時で、昼食を摂ろうとしたところでばったりと出会でくわしたのだ。

そのまま同席し、一行は世間話に花を咲かせた。


「最近は、城下町の治安の悪さが目立つのだ…」

「そうなんですかぁ…物騒なのは嫌ですね」


ガープの溜め息混じりの呟きに、アイザックが答えた。声色には不安と安心が織り混ぜられている。

そんな物騒な町に、シエルが降りているのだ。心強い直哉と一緒に。


何もなければいいが…と思っていると、食堂のドアが弾き飛ぶんじゃないかと言うくらい勢い良く開いた。

そこに立つシエルは、荒い呼吸を必死に整えながら、


「町に、ごりまっちょが…」

「「「「ごりまっちょ?」」」」


とのたまった。


聞き返しはしたが、アイザックの心中は穏やかになっていた。

アイザックはシエルを優しい眼差しで見つめ、質問を投げ掛けた。


「…ところで、何で一人なのですか?まさか――」


言い掛けたところで、シエルが口を開いた。


「「もう一仕事してくるかな」って、裏通りに…」


それを聞いたアイザックは、やっぱりなと言わんばかりに頷き、ガープと向かい合った。

呆れたような笑顔で、愉快げに言った。


「良かったですね、今日限りで治安が良くなりますよ」

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