第三十三輪:戦略的散鬱(後編)
一寸畑史上最長の本文でお送りします!携帯の電池が切れる事2回、本文が途中で飛んだ回数…うぅ…
残念な内容には目を瞑ってくださいprz
直哉達に気付いた(無理矢理気付かされた)ミーナは、二人と同席する事にした。片側にミーナとシエルが、向かい側に直哉が座った。
「奇遇ですねー、お二方」
「ですねー!」
「デスね」
直哉の画策に気付く事無く、ミーナも自然と笑顔になる。個人的に、この二人は好きなのだ。
シエルは言わずもがな、直哉も笑顔だった事も影響していたりする。
「うーん、何が良いかなぁ…あ、これ美味しそ~!」
シエルは楽しそうにメニューを眺め、きゃっきゃっとはしゃいでいて、まるで子供のようだ。事実、まだまだピチピチのお子ちゃまである。
ミーナが横からメニューを覗き込む。
「どれどれ…おー、これは美味しそうですね!」
「分かっておりますね…流石はミーナ殿でございます」
「いやいや、シエル殿こそー」
「そちも悪よのぅ…うふふふふ」
「お主こそ、負けず劣らず悪ですぞよ…おほほほほ」
二人は意気投合している。元々、騎士と王女と言う立場の差など無きに等しく、友達のような間柄である。
それに、直哉が拉致られた時に、シエルの希望でずーっと一緒にいたりした仲だ。一言で纏めると"親友"と言う言葉がピッタリである。
そんな様子を見ていた直哉は、冷静にツッコミを入れる事を忘れない。
「どこに"悪"と言う要素が紛れ込んでたんだ?そのメニューを頼んだ人は全員悪になっちまうのか」
「違うよ、"悪も唸る程の美味しそうな料理を見抜く目を持つ者"の略だよ!」
「ちょっと長すぎるから、頑張って短くしたんだよね、姫様?」
「ねー!」
「いくら何でもその略は酷すぎるぞ…」
「えー…良いじゃない、簡単だもん!」
「んー…姫様、ナオヤに決めてもらえばいいのでは?」
「おー!良い考えだぁ、流石ミーナちゃん」
「えへへー」
シエルがミーナの栗色の髪を手で梳く。見るからにさらさらで、触り心地が良さそうだ。
ミーナは恥ずかしそうにもじもじしているが、嫌ではないようだ、止めさせようとはしない。
《いいなぁ、この光景…小動物と小動物がわきゃわきゃしてるよ…かなり癒されるわー》
『あぁ…俺様の肉食獣としての本能が刺激されるぜ…』
《ピカ○ュウって肉食なの?ドッグフードっぽいの食べてなかったっけ?》
『ピカチ○ウ言うな!それとそいつらが食ってんのはポ○モンフードだ!』
《何でそんなに必死なの?仲間が中傷されるのが許せないの?ねぇ、どうなの?》
『違ェよ!可愛いピカチュ○がバカにされんのが嫌なだけだ!』
《うわぁ~…遠回しに"私可愛い"みたいな事ぬかしてるよ…何こいつ、キモーい、ウザーい、エグーい》
『うぅっ、うるせェバーロー!そ、それより、目の前の二人を何とかしやがれ!』
ウィズが狼狽しながらも話題を逸らした。だが、意識を現実に向けると、怪訝そうな顔を向ける二匹の小動物…もとい、二人の女の子の視線が突き刺さってる事に気付いた。
今だけウィズに感謝し、腕を組んで考え込んだ。
「う~ん…つまりは、美味しそうな料理を見抜く目って事を表現すりゃいいんだから…」
二人が固唾を呑んで見守る中、直哉の脳内豆電球が灯る。
「キタァァァア!!」
椅子からガタッと立ち上がり、謎の雄叫びと共に両手を天井に向けて突き上げる直哉。焦点が合わない視線を空中にさ迷わせていて、かなり不気味だ。恐怖すら覚える。
周りは直哉に視線を固定し、しょうどうぶ…シエルとミーナは「私達、他人です」とアピールするかの如く顔を背けた。
そんな二人の思考など知った事ではない直哉は、淀みの無い笑顔を二人に向けた。
「良い料理を見抜く眼…良料眼!来たわこれ、今世紀最大の発見だ!!」
恥ずかしげも無く喜ぶ直哉を見て、二人は恥ずかしさや呆れを通り越し、感動を覚えた。
今にも泣き出しそうな顔をする二人を見て、直哉がおどおどしながら話し掛けてきた。
「あ、も、もしかして、いや、でした…か?」
「ううん…」
「そんなんじゃないよ…」
二人が周りを見渡すふりをした。直哉もつられて首を動かすと――
「な、なぁ、今日のオススメは何だろうな!」
「これなんか、う、うまそうじゃないか?」
「あぁ、いいなそれ!すいませ~ん、注目決まりました!」
「はっ…はいは~い、た、ただいま~!」
「こ、こっちも頼むよー」
――至って普通の光景が広がっていた。
直哉が周りを見渡した時、周りの人々は瞬時に視線を正面に戻し、何もなかったかのように振る舞ったのだ。
「…普通、じゃん?」
「「………」」
「何言ってんのお前」と言わんばかりの眼差しを向けながら首を傾げる直哉に、二人は一生分の幸せを出し切る程の溜め息を洩らした。
二人に美味しそうな料理を教えてもらい、出来上がってから数分で完食した直哉は、二人とウエイトレスと周りの数人が驚きの余り石化したのを見て苦笑いしながら、どのように天誅を喰らわせるか画策していた。
《うーん…三人同時に動くとなると、やっぱやりにくいか…》
『まだやろうとしてんのかよ…あんなに仲が良い二人を引き裂くのか?』
《うっ…》
『見ろよ、あの笑顔、あの仕草、あの姿!お前は!あんなに可愛い子を!!手に掛けるのか!!!』
《ち、違ぇよ!ちょっとビリビリさせるだけだ!》
『黙れ変態!』
《うっせー!全ては騎士団が悪い――》
「ごちそーさまでしたっ!」
「美味しかったぁ!」
「?!?!」
考えているうちに、二人は食事を終えてしまったようだ。しかも、直哉もやる気をかなり殺がれてしまった。
溜め息をつきながらしょんぼりとした直哉を見て、ミーナは決心したように頷いた。
全員が食べ終わったので、三人は会計を済ませて町を歩く事にした。
シエルが全員の分を払おうと立ち上がろうとするのを、瞬間的にミーナが止めた。
「むっ!私が払うのー!」
「いやいや、姫様に払わせるなんて出来ません!」
「姫様命令です、私に払わせなさい!」
シエルの必殺技「姫様命令」が炸裂した。それはミーナに直撃し、敢え無く撃沈するだろうと思われた。
だが、ミーナは更なる一手を繰り出した。
「お友達としてのお願いです、私に払わせてください!」
「!!」
ミーナの「お友達」と言う言葉を聞いた途端、シエルの心に巨大な津波が生じた。それは「姫様」と言う言葉を飲み込み、変わりに「お友達」と言う言葉を広めた。シエルにとって、物凄く衝撃的だったようだ。
にへらーっと微笑んでいたシエルは、はっとしたように真面目な顔になった。
「そ、それじゃあ…せ、せめて、私がお会計だけ済ませてくるもん!二人は座っててね!!」
頬を赤らめたシエルにミーナが銅貨を数枚渡し、それを受け取ったシエルは足早に精算所に向かう。直哉も周りも、その様子を笑顔で見つめていた。
シエルが見えなくなったのを確認すると、ミーナが話し掛けてきた。
「…ねぇ、ナオヤ」
「うぁ?!」
突然の事に驚いた直哉は、変な返事をしてしまった。少し遅れて羞恥が襲い掛かる。
見た目では分からない直哉の様子に気付かず、ミーナは続けた。
「何か様子が変だよ?どうかしたの?」
「え、いや…」
「イライラを発散したいので犠牲になってください」など口が引き千切られても言えず、言い淀んでしまった。見抜かれたかもしれないと言う緊張も込み上げてきた。
微妙に履き違えた解釈をしたミーナは、直哉側に身を乗り出して囁いた。
「言い難い事なら無理にとは言わないけど、話すだけで楽になれるから…私で良ければ相談に乗るよ?」
「お、おう…」
猫のような金色の瞳に直哉を気遣う気持ちを滲ませながら、ミーナは頼もしい笑顔を浮かべた。
直哉は何も言えなくなった。ついさっきまでの自分をフルボッコしたい衝動に駆られたりもした。
《そんなに優しくするなよ…うぅ、自分がバカバカしく思えてきちまうじゃねーか…》
『安心しろよ、お前は天性のバカだ』
《………》
少しすると、シエルが帰ってきた。席に座っている二人を急かし、各々の腕を引っ張って食堂を後にした。
腕を引っ張られながら、直哉は脳内に妄想フィールドを展開する。そこには騎士団の団長と副団長にガープの名前、それと「戦略的散鬱」と書かれた紙がある。直哉は妄想力を駆使し、ミーナの名前の上にペケを書いた。
その映像はウィズも共有している。ウィズも妄想力を駆使し、「戦略的散鬱」に一本の打ち消し線を引いた。
《はぁ…八つ当たりする気は失せたが、このイライラはどうしよう…》
『オブラートにくるんで飲み込め、それしかねェ』
《それじゃあ胃の中で溶けてリミットブレイクだろ…それに、どうやってイライラを包むんだよ》
『こうやってそうやって、こうこうこうだ』
《訳分から――》
「こっちこっち!」
「うぉ?!」
シエルが急に曲がり、真っ直ぐ進んでいた直哉を引っ張った。急に方向転換させられた直哉は、あらぬ方向に曲がりそうになる腕を庇おうと必死だ。
何とか腕を守りきった直哉は、そのまま商店街へと引き摺られていった。
なかなかの規模で、洋服から食料、家具に小物…様々な分野のモノが揃っている。
「すげーなぁ」
「エアレイド王国だって負けてないよ!」
「でも、新鮮ですねー…私、他の国の商店街って初めてですよ」
ぷくーっと膨らむシエルを慰めつつ、ざっと目を通す三人。
小物を取り扱う店に視線を移した時、見覚えのあるシルエットが視界に映った。三人はゆっくりと、その人の背後から忍び寄る。
「うぅーん…こんなの似合わないかなぁ…これなんてどうだろう…」
「何悩んでんだ、ルシオ?」
「わっ!…ナオヤか…って、ナオヤ?!」
「私もミーナも一緒ですっ」
「あやや…三人一緒でしたか」
「二人とは食堂で偶然ね」
店で見かけたシルエット――ルシオは、振り向いてから「あちゃー」と呟いた。
それを見て、申し訳無さそうな表情を浮かべながら、ミーナが言った。
「なんか邪魔しちゃったかな?ごめんね、偶然見掛けちゃったから…」
「いやいや、邪魔なんかじゃないよ」
「じゃあ、どうしたの?」
シエルが疑問符を浮かべる。すると、ルシオは頬をぽりぽりと掻きながら答えた。
「ナオヤに何かあげようかと思って…国を救ってくれたって言うのに、何もしてあげられないのは、ちょっと申し訳無いからさ」
「なるほどー…ナオヤに聞いちゃったら、びっくりしなくなっちゃうもんね」
「そゆこと。…まぁ、こうなったら仕方無い、ナオヤ、何か気に入ったモノはあるかい?」
「………」
開き直ったルシオが聞いてきた。だが、俯いた直哉から返事は返って来ない。
疑問に思ったルシオは、直哉を急かすように呼び掛けた。
「ナオ――」
「気にしないでいいよ」
直哉が顔を上げた。満面の笑顔を浮かべている。道を行く女性達が足を止め、小さな人だかりができた。
「見返りが欲しくて頑張った訳ではないし、そう思ってくれる気持ちだけでお腹いっぱいだ」
直哉の返事に、驚いたような表情を浮かべるルシオ。柔らかい表情になったかと思うと、感心しながら呟いた。
「凄いなぁ…見返りを求めず、国のために動いてたなんて…君こそが騎士の鑑だよ、ナオヤ」
「んな大袈裟な…大事な人達が傷付くのが嫌だっただけだよ」
「とんでもない、それこそが王国を護る騎士団の心得さ」
直哉にとって当たり前な事だったのだが、物凄く感心されてしまった。
この世界と元の世界。大体は似たような世界観だが、"当たり前の事"の基準が異なるようだ。だが、大した障壁にはならないレベルである。
そんな事を考えていると、感心するルシオも一緒に行動する事になっていた。直哉は脳内の妄想フィールドに浮かぶルシオの名前の上にペケを書きながら返事をした。この時、ウィズは「戦略的散鬱」に二本目の打ち消し線を引いていた。
「人数は多い方が楽しいからなー」
「ね!流石ナオヤ、分かってるぅ!」
シエルが直哉の頭をぽふぽふと撫でた。周りの視線が痛いが、直哉は止める事はしない。騎士団の二人は、これも直哉の長所なのだと捉えておく。
《ちょい恥ずかしいけど、まぁいいかなぁ…小動物だー…》
直哉の本心など知りもしない二人であった。
四人になったからなのか、一行の間では会話が盛んになった。様子がおかしい直哉をみんなが心配してた事、この遠足(?)で元気付けようとしていた事…様々な会話が繰り広げられた。
話を聞いていて、イライラしてた自分にコブラツイストをかましていた直哉。もちろん、妄想の中でだ。
イライラ直哉の背骨を粉砕したところで、意識を現実に連れ戻した。
「心配かけて悪かったな…俺はこの通り、ぴんぴんしすぎて困ってるくらいだよ」
ぴょんぴょんと跳び跳ねる直哉を見た二人は、顔を見合わせてから微笑んだ。
「良かったよー」
「みたいだね。いつもと変わらなくて、安心したよ」
それを確認した直哉は、自分の中のイライラが綺麗さっぱり無くなってる事に気付いた。
本来は闇討ちをしてストレス発散を目論んでいたのだが、今では観光や会話を楽しみながらストレス発散だ。どっちにしろすっきりしたので、直哉にとって万々歳である。
そんな事を考えていると、
「やだぁっ、助けてぇ!」
不意に悲鳴が聞こえてきた。
「?!」
「どうしたの?」
はっとした直哉に、シエルが首を傾げながら尋ねた。
耳を澄まさないと聞き逃してしまいそうな程小さな悲鳴で、周りの反応を見るからに、どうやら直哉にしか聞こえてなかったらしい…流石は勇者補正である。
「いや…今、悲鳴が聞こえた気がして」
「え?何も聞こえなかったよ、僕」
「私も聞こえなかったなぁ…」
二人は聞こえなかったと言っているが、目は聞こえたと仮定した時のそれだった。直哉の言う事は、あながち冗談ではないからだ。
直哉は音を取り零さないように、聞く事に集中する。だが、ここは商店街だ、賑わいも一入、雑音が混じってそれどころではない。
「あーくそ、うるせーぞバカヤロー!」
直哉の悲痛の叫びは通じず、喧騒が止む事は無かった。
どうしようかと悩んでいると、ウィズが語り掛けてきた。
『シエルちゃんが拉致られた時、ナオヤはどうやって見つけたんだ?』
《ん…確か…あぁ!》
何かに閃いた直哉は、一瞬の集中でかすかな魔力を纏い、両目を閉じる。
周りが見守る中、直哉は妄想フィールドを展開。
《でもさ、シエルはいつも一緒にいたからイメージ出来たけど、悲鳴の持ち主はイメージ出来んぞ?》
『魔力を纏う前に思い付くべき疑問だな…声は覚えてんだろ?』
《あぁ、ヤケに子供っぽかったなー》
『なら大丈夫だ、その声をイメージしながら、"アレ"を使え!』
《いけるのか分からんが、当たって砕けるしかねーな…》
脳内に悲鳴を反芻しながら、精神を統一。心の波を完全に静め、心の目をイメージ。
ゆっくりと開く目をイメージしながら、魔術の名を呟いた。
「イマジン」
心の目――第三の目が完全に開いた。その目が脳裏に投影するのは、白と黒が支配する世界。
「うわぁ~…」
「これは凄いなぁ」
「規格外だよ、ナオヤ…」
上からシエル・ルシオ・ミーナだ。どうやら、三人にも同じ景色が見えているらしい。
ウィズが上手い具合に調整してくれたらしい。
《お前、たまにウザいけど、たまに頼りになるよな》
『前半分取り消せ』
ウィズにお礼を言いつつ、直哉はイマジンの大まかな説明をした。
「初めて見せるかな…まぁいいや。この魔術は…例えば、シエルをイメージしながら発動したら、シエルに関する場所だけに色が付くようになってんだ。触ったところとか、いたところとかな」
補足をすると、三十分前にいた場所と一時間前にいた場所では、三十分前にいた場所の方が色が濃い。そして、ただ歩いただけの地面などはカラー表示されないのだ。何かしらの"基本的なモノではない"アクションが行われた場所のみが色付くのだ。そして、魔力の量によっては、かすかにその時の映像が見えたりもする。
例としてシエルを挙げたのは、過去にシエルを救った事があるからなのだが、騎士団組はニヤニヤとしていた。敢えて気付かない事にする。
「取り敢えず歩いてみるか…ほら、そこの壁。っと、映像まで見えるじゃねーか…便利だなーこれ」
直哉が裏通りを指差した。心なしか薄黒い靄が掛かっているように見えるそこからは、あまりよろしくない何かを感じる。
そして、その入り口。白銀の髪を揺らして抵抗するシルエットが見え隠れしていた。
「急がないと危ないかもな…」
誰にも聞こえないような呟きを洩らした直哉は、裏通りへと足を踏み込んだのであった。
「んーっ、んんー!」
「うるせェ、静かにしろ!」
入り組んだ裏通りの奥では、四人の大男A・B・C・Dが少女の口を塞ぎ、言葉を奪っていた。だが、唸り声までは奪えなかったようだ。
純白の髪と瞳を持つ少女は、大男から逃れようと必死だが、どう足掻いたところで大男に勝てる筈が無かった。
だが、抵抗を止める事はしない。恐怖からだろうか、一途の望みからだろうか…。
一向に静かにならない少女を前に、大男は強行手段に出た。
「おい、縛って"噛ませとけ"」
リーダー格らしき大男Aが命令を下した。すると、大男Bがロープを取り出して少女の手を後ろ手に縛り、大男Cが猿轡を噛ませた。少女を拘束しているのは大男Dだ。
抵抗を続けた少女だが、恐怖が勝ってしまった。ただ震える事しか出来なくなり、目には恐怖から涙を浮かべる。
それを見た大男Bは、歪な笑顔を見せた。
「兄貴ィ…こいつ売る前に、可愛がっちゃダメですかぃ?奴隷として売るなら差し支え無いでしょう」
「そりゃいい!どーせもっと酷い仕打ちが待ってるんだ、ちょっとくらいなぁ…」
大男Bの呼び掛けに、大男Aが答えた。下衆な笑みを浮かべ、数本抜けた汚い歯を見せる。
少女の表情が強張る。近寄ってくる大男から目を逸らそうとするが、両手で顔を押さえられ、無理矢理正面を向かされてしまう。
「ッ~~~!」
「さぁーて、お楽しみの時間でしゅよ~?」
「兄貴ィ…急いで――」
「うるせェ!てめえらは俺様の後だ!」
大男Bに怒鳴りながら、大男Aは少女の顔を押さえる手を下にずらしていく。ビクッと震える少女に、大男――下衆共は大興奮だ。
手が首を通り過ぎ、小さな膨らみに達しようとしていた。少女は耐えきれなくなり、目をきつく瞑った。
その時――
「おいおい、四人で一人の女の子に何してんだよ」
「汚らわしいです!」
「騎士団として見過ごせないね」
「同じ女の子として許せないわ」
――突然、後ろから声が聞こえてきた。
慌てた大男達は、少女を手離して振り向いた。崩れ落ちた少女など気にしないところが、より一層醜さを引き立てている。
「誰だッ!」
声を張り上げたのは大男Dだ。そんな大男が見たのは、二人の女の子と一人の青年。武器を背中に背負っていて――
「……?」
何かがおかしい。
声は四人分だったはずだが、目の前にいるのは三人。
あと一人の声の持ち主は、と考えた時――
「よしよし、お兄ちゃん達が助けてあげるからね」
――後ろから返事が返って来た。
慌てて後ろを振り向く。すると、黒尽くしの男が少女を抱き起こしていた。
呆気に取られている大男達の前で、男――直哉は、
「てぃ!」
ブチブチブチッ!
「「「「?!?!」」」」
ロープを素手で引き千切ってみせた。ただでさえ強度に重点を置いた代物なのだが、目の前の男はまるで糸を千切るかのように引き裂いたのだ。
大男達に緊張が走る。背中に背負った武器を手に取るのは四人同時だった。Aが大型の斧、B・Cが両手剣・Dは槍を手にしている。
「てめえ!」
大男Cが両手剣を握り直し、直哉を両断しようと脳天目掛けて振り下ろす。だが、大男Cの目の前で信じられない現象が起き、両手剣は地面に突き刺さる事になった。
「んなっ…!」
直哉がにやりと笑ったかと思うと、突然視界から消えたのだ。唖然としているのは大男Cだけではなく、大男達全員だった。
状況を把握しようとしていると、再び後ろから声が聞こえた。
「おいおい、ちゃんと狙えよ…っと、シエル、この子頼んでいい?」
「任せて!」
「それじゃあ、僕は二人の警護を」
「私も二人を見ておくわ。ナオヤ、思い切り殺っちゃって」
「字が違うぞ、字が…まぁ、期待にはそぐわないようにするつもりだ」
ついさっきまで目の前にいた直哉が、後ろで仲間達と話しているのだ。更に理解不能になった状況で大男達が慌て出した時、直哉が嘲笑混じりに言った。
挑発するように言ったのには、忘れてたイライラが蘇ったのが影響していたりもする。
「おいおい、いくら木偶の坊だっつっても、そんくらいは見えとけよ…まぁ、雑魚には無理か」
テレポートをしたので、直哉が見える訳は無いのだが、大男達を激昂させるのには十分であった。
「てぇぇんめぇぇぇぇ!!」
ブチキレた大男Cが突進してきた。見るからに初心者な走り方で、直哉は思わず笑ってしまう。
それを見た大男Cは怒りを加速させた。視界にはにやにやしている直哉しか映っていない。
「ガァァアアア!!!」
ぶぅんっ!
大男Cが両手剣で横薙ぎを繰り出した。剣速はなかなか速いが、避けれないレベルには到底及ばずだ。
直哉は避ける事はせず、親指と人差し指で受け止める事にした。
「アハハハハハハ…は……あ………」
「殺った!」と思った大男Cは笑い出したが、次第に言葉を失っていった。指二本で剣を止められたら、誰だって沈黙してしまうだろう。
口をパクパクする大男Cを見ながら、直哉は呆れたように呟いた。
「こんな気持ち悪い金魚なんていらねーよ、往ね」
ドンッ
大男Cが言葉を認識する前に、顔面に右拳がめり込んだ。大男Cの巨体は軽々と空中を飛び、壁に大の字で激突した。だが、そのまま倒れる事はせず、めり込んだまま動かなくなった。
唖然とした大男達の前で、直哉はちょっと集中。左右に広げた両手に雷球を形成し、更に魔力を練り込む。すると、雷球が渦を巻きながら平べったく変形し、円盤型の投擲武器であるチャクラムへと形を変えた。
稲妻がほとばしるチャクラムを両手に携え、
「そぉい!」
その手を大男B・D目掛けて振り抜いた。
正気を取り戻して武器を構えたのは、大男Aだけだった。
ガガガアァァァンッ!
「あがぁぁぁぁぁ!」
「わああああああ…」
耳をつんざく雷鳴と悲鳴が聞こえたので、周りを見渡す大男A。そして、再び唖然とした。大男B・Dが地面にキスをし、びくびくと痙攣しているのだ。まるで糸の切れたマリオネットのようだ。
それを見て何かに気付いたようだ、大男Aは硬直した。
「この魔術…まさか…てめえは…っ!」
「まいねーむいずなおやかんざき、どぅーゆーあんだすたん?」
聞いた事も無い言葉を喋る目の前の男が、ガルガントの英雄として名が知れた人物だと認識したようだ。
黒尽くしな時点で気付くべきだったのだが、脳みそ筋肉は予想を遥かに上回っているようである。
だが、そんな脳みそ筋肉にも分かる事があった。
それは――
「んじゃあ…悪い大男にはお仕置きしなきゃね~」
――ガルガントの英雄が謎のオーラを纏い、自分を消そうとしてる事。
それを知った大男は、無謀にも斧を両手で握り締め、大男Cのように突進してきた。だが、リーダー格なだけあって、他の大男よりは俊敏だった。
「うわぁぁ!」
叫びながら斧を袈裟懸けに振るう。無駄な動きが少なく、並の騎士なら苦戦しそうだ。
――"並の騎士"なら、だが。
「…その程度か」
直哉は如何にも余裕綽々と言った様子で後ろに回避した。大男Aは焦りながらも斧を持ち直し、下から上に振り上げた。
直哉はそれを右に避けて脱力し、魔力を練り始めた。
《うーん…稲妻ばっかじゃあれだよなー》
『ゲーム脳を活性化させるんだ!お前ならできる!』
《イメージは沸いてるわい!》
脳内の妄想フィールドにイメージの大まかな構成を描く。魔力の調節はウィズに任せ、イメージに肉付けをし、より鮮明なモノにしていく。
危険を感じたのか、大男は斧を捨てて逃げ出した。もちろん、逃げれる訳が無い。
直哉が左手を大男の足元に向け、人差し指を立てた。そして、イメージに最後の部品を組み込んだ。同時に、ウィズが魔力を供給して具現化する。
大男の足元に白い魔方陣が浮かび上がった。それと同時に、辺りに冷気が満ちる。大男は足元に形成された氷に躓き、その場に倒れ込んだ。
その大男を見つめる直哉の左目には、白い六芒星が浮かんでいる。
そして、両手を正面に突き出し、呟くように呪文(のように並べただけの言葉の羅列)を詠唱した。
「取り敢えず、お前には溜まりに溜まった鬱憤を晴らさせてもらおう。安心しろ、死にはしないから…多分」
最後の言葉は本当に小さくぼやいただけだったので、周りが理解する事は無かった。
そんな事を気にする余裕がない大男は、その場から逃げ出そうとした。
しかし、
「んなっ、なぁぁ?!」
足が凍り付き、動けなくなっていたのだ。冷たさよりも恐怖を身近に感じたのは、仕方無い事だろう。
それを満足げな顔で見た直哉は、うんうんと大袈裟に頷いた。
「それじゃあ――」
「うわぁぁあああっあああ!」
「終わりにしよう――」
「嫌だぁぁぁぁぁ!!!」
「主役より目立ってんじゃねぇぇぇぇ!」
突き出した両手を、各々の手で握手をするように握った。同時に、大男の周りに白い粒が出現する。それは次々と数を増し、渦を描くように飛び回った。そして、突き刺さるような冷気を振り撒く。
呆然とする大男を確認し、握り合わせた両手を空に向けて突き上げた。
「アブソリュート・ゼロ!」
叫ぶと同時に、白い粒が大男に纏わり付く。そして、一際冷たい冷気が吹き付け、四人――シエル達と少女は目を手で覆った。
少しして冷気が薄くなる。それを手で感じた四人は、手をゆっくりと退け、固まった。
「「「「………」」」」
そこには、天然の水晶のような氷の結晶が聳えていた。その中央に横たわる大男はぴくりともせず(出来ず)、生きてるのかすら謎である。
固まった四人は、視線を直哉に向けた。直哉は大男を睨みながらも、すっきりしたような顔をしている。
《いやぁー、やっぱ魔術っつったら、戦乙女さんが駆け回るゲームから引用がいいよな》
『イメージが固まりすぎだとは思ったが…流石だな』
空に突き出した両手を下ろし、直哉は四人と向き合った。
「いやぁー…かなりすっきりしたよ。こいつらには感謝しなきゃなぁ」
直哉はそう言いながら、氷の結晶をぺちぺちと叩く。だが、よっぽど冷たかったのか、「ちべたっ!」と呟きながら、すぐに手を離した。
そして、そのまま四人に歩み寄る。
「みんな無事か?怪我とかしてない?」
「怪我する機会が無かったー」
「ナオヤは色々と規格外だなぁ…稲妻の次は吹雪属性とはね」
「本当に凄かったね…ナオヤ、実は神様なんじゃないの?」
三者三様の返事を返された。その反応に苦笑いしながら、直哉はもう一人の少女に顔を向けた。
目の前に歩み寄って座り込み、目線を同じにして話し掛けた。
「さてさて、お嬢様は大丈夫かな?」
「………」
黙ってコクコクと頷き、シエルにしがみついた。その白い目に、怯えの色が滲んだ事を見逃さなかった。
少女に向けてにっこりと微笑み、その場で立ち上がる直哉。少女を除く三人が口を開き掛けたが、直哉は首を振って制止した。
それと同時に、直哉達が歩いてきた通路から足音が聞こえてきた。
直哉が柄を取り出し、シエルが少女を抱き締め、ルシオとミーナが武器を取り出して構える中、足音の主が視界に映り込んだ。
「こっちだ…あぁぁっ!貴方は!」
「おぁー、お前は、あの時の!」
足音の主――直哉が拉致られた時、ガルガント王国を半ば強制的に案内させられた兵士は、直哉の顔を見るなり驚いたような声を上げた。それに呼応するように、直哉が指を差しながら叫んだ。
三人が唖然とする中、直哉達はお喋りを開始した。あれからどうだったとか、最近怪しいところは無いか等々。
「――ただ、最近は破落戸が目立ちますね」
「こんなのとか?」
「はい…って、こんなの?」
直哉が親指で氷の結晶を指差した。それを見た兵士が驚愕を的確に表した表情をしているが、気にせずに続けた。
「この娘がこいつらに襲われてたから、ちょっと頑張っちゃったんだよな…まぁ、この娘は無事みたいだから良かったけどさ」
兵士は"この娘"と呼ばれた少女を見た。真っ白な髪と白い目を持つ、小柄で可憐な、何か恐ろしい面影をちらつかせる少女。
兵士の表情がみるみる内に青ざめた。そして、慌てて片膝を着き、騎士のポーズを取った。
「おっ、王女様!お怪我はございませんか?」
すると、"王女様"は黙って頷いた。
兵士が発言してから数秒の間、時は流れる事を忘れてしまったようだ。
だが、気を取り直したのだろう、シエルは王女様を抱き上げ、ルシオとミーナは剣を収め、直哉は柄を袋にしまった。そして、小さな王女様を見つめた。
「あ、あの…」
兵士が言い辛そうに口を開く。
「皆様、王宮まで来て戴けませんか?今回の事もありますから」
「あぁ、それもそうだな…ご飯も食べたし、丁度良いかな」
直哉が周りを見渡し、意見を求めた。周りからは頷きが返ってきた。
――ただ一人、王女様を除いて、だが。
裏通りから抜け出し、王宮に向かう一行。そんな中、直哉は清々しい感情と煮え切らない感情を織り混ぜたような感情を表情に滲ませていた。
《イライラは全部ぶっ飛んだんだがなぁ…やっぱ、子供には怖いのかな?》
『…そんな時もあるさ。護るためだったんだ、仕方が無いだろう』
《いや、控え目にすりゃ良かったかなーってね》
『まぁ良いんじゃね?』
《う~…》
ウィズに微妙な励ましを受け、複雑な気持ちになった直哉であった。
王宮に辿り着いた一行を待ち受けていたのは、大小様々な袋を持つ騎士団のメンバー達とセラだった。
「よっ、ご苦労さん」
「おっかえりなっさーい!」
「お疲れ…」
「おっ、おちゅかれれひゅっ!!」
「お帰りなさい」
様々なお出迎えを受けて、ちょっぴりもやもやが晴れた直哉。だが、今はまったりしてる場合ではない。
何故なら、ガルガント王国の王女様を保護(?)しているからだ。
嬉しい気持ちを軽く抑え、直哉は一同に告げた。
「うん、ただいま…っと、ちょいと俺ら、ガープさんとこ行かなきゃならんのだ、後でいいかな?」
「それなら、私達も同行しましょう。もちろん、迷惑でなければ、ですが」
「ん、全然構わんよ」
すると、何故か全員で行く事になった。どっちかと言うと、頼もしい仲間が増えたと捉えた方が正しいが。何せ、あの恐ろしいルナの元へ行くしかないのだ。何をされるやら…。
…どちらかと言うと、犠牲者が増えたと捉えるのが正しいのかも…しれない。
大きな溜め息をつきながら、兵士につられて歩き出した直哉であった。