第三十二輪:戦略的散鬱(中編)
そう言えば、ゆにぃくあくせすが10000突破しておりました。感激の余りがくぶるっておりまする。
これからも一寸畑をよろしくです!
エアレイド王国を発って数時間。何のアクシデントも無く、一行はガルガント王国に入国する…前に、王国の警備兵に止められた。
警備兵は馬車の進路を遮るように立ち塞がる。
「失礼ですが、ご用件は?」
お決まり文句なのだろう、営業スマイルを携えた警備兵は自然に、且つ滑らかに聞いてきた。
その間、警備兵は直哉に気付く事は無かった。黒尽くしの少年が狼に跨がっていれば、嫌でも目に付きそうなモノだが。
なので、馬車の脇から返事が返ってきた時は、大層驚いたようだ。
「ガープさんが"いつでも遊びに来い"って言ってたから、遊びに来てみましたー」
「ガープ"さん"だと?!様を付けろ、無礼…者……っ!」
営業スマイルが一転、敵意丸出しな表情になる。が、それも束の間、みるみる青ざめる。
見覚えのある服、聞き覚えのある声、そして…漆黒の瞳に輝く紫の六芒星。それは正しく、ガープに頭を下げさせるまでの力を持った、ガルガントの英雄に間違いなかった。
ガープからも「英雄が来たら、問答無用で通せ…そして、決して怒らせるな」と言われていたのだ。警備兵は、その二つを破ってしまったのである。
「あぁぁぅううぅ、ししっ、失礼しましたぁぁぁっ!」
警備兵は慌てて隅に寄った。歯をガチガチと鳴らし、直哉達から目が離せないようだ。
馬車は何も見なかったかのように、ガルガント王国に入国。直哉とシエルもすんなりと入国――
「誰にでも間違いはあるから、最初は仕方がないよ。だけど、二回目は無いよ?その間違いが、人生最大で最期の過ちに変わるからね。俺もそんな事したくないけど、生きる事の厳しさを教えるのも教育の一環だからねぇ?」
――する前に、警備兵の前で立ち止まり、笑顔で魔力を纏いながら殺気を剥き出して脅す。
溜まりに溜まったストレスの一部を発散するためだが、警備兵は殺されると思ったのだろう、泡を噴いて気絶してしまった。
「ちょっ、ちょっと…ナオヤ、やりすぎじゃ…?」
シエルが完全にビビりながら聞いてきた。真後ろで人を殺れそうな殺気を発せられたのだ。対象が違ったから良かったが、ダイレクトに喰らっていたら、きっと気絶していただろう。
直哉は困ったような顔をしながら頬を吊り上げ、
「そうかなぁ…生きてるだけマシじゃね?」
とのたまった。
殺気は無く、見た目がちょっぴり邪悪なだけの直哉に戻っていたので、まだ問題はありまくりだったが、シエルは安堵の溜め息を洩らす事にした。
入国した一行は、真っ直ぐ王宮に向かった。日は丁度真上から射し込み、正にお昼時である。回りの食堂から賑やかな声が聞こえてきた。
賑やかになると言う事は、人が増えると言う事でもある。二国の英雄となってしまった直哉は、増えた人々が投げ掛ける言葉に苦笑いしていた。
リオンに速度を上げてくれと囁くと、リオンもこの空気が嫌だったのか、素直に頷いてくれた。風のように駆け抜ける姿は、反って人々の関心を集めに集めたのだが、直哉は気付かなかった。
王宮に到着した一行は、警備兵に面会手続きを済ませてもらい、無事に中に入れた。謁見用の場所があるらしく、警備兵が案内を引き受けてくれた。
ガルガント王国の王宮はエアレイド王国のそれよりは小規模で、内装も比較的落ち着いた感じだ。国の財政が不安定だからかもしれないが、直哉的にはこっちの方が好みだ。
周りを見ながら歩いていると、前方から見覚えのある人が歩いてきた。
黒いとんがり帽子を被り、紺色で引き摺りそうな程の長さのローブを纏い、まるで魔女のようだ。箒の代わりに杖を持っている。帽子の下から、皺が寄った顔が窺えた。
「あらぁ、この前の…」
直哉に向けて語り掛けてきた。そう、直哉が拉致られてガルガント王国に来た時、牢屋の監視をしていたおばさんだ。
直哉は苦虫を噛み潰したような顔をした。シエルは不思議そうな顔をして、直哉とおばさんを交互に見比べる。
それを見たおばさんは、卑しい笑みを浮かべながら続けた。
「お姉さんに会いに来たの?可愛いんだから~、ほら、おいで?私のお部屋に案内するわ」
"自称"お姉さんの"正真正銘"おばさんが腕を広げる。飛び込んでこいと言わんばかりの光景には、エアレイド王国一行だけでなく、案内の警備兵までもが身震いした。
その空気を打開するべく、シエルが立ち上がった。直哉を庇うように両手を広げ、おばさんを睨み付ける。
「私達は、これからガープ様と面会しなければなりません。ですから、"おばさん"と遊んでる暇なんて無いです」
「おばさん」を強調したシエルの言葉に、おばさんは動きを止めた。
おばさんから異様な気配を感じた周りの兵士達は、野次馬として集まってきた。
「…おばさん、だってぇ?」
「えぇ、誰がどう見たって、貴女は"おばさん"ですよ。それとも"初老"ですか?いや、"中老"…ううん、"還暦"のが正しいかしら?」
シエルの毒舌が炸裂した。エアレイド王国一行はシエルの豹変振りに、警備兵や野次馬はシエルの行動に驚いた。
シエルが様々な地位の人に好かれるのは、地位など関係無く、差別等をせずに接するからだ。そのシエルが、間違いなく初対面の、中々地位の高い人相手に毒を吐いているのだ、驚かずにはいれまい。
おばさんのこめかみに、極太の青筋が浮かんだ。
「もういっぺん言って――」
「おばさん、初老、中老、還暦。言いましたよ?満足ですか?」
シエルはおばさんの言葉を遮り、ご丁寧に全部並べて返した。
ついにおばさんの我慢に限界が訪れ、大噴火を起こした。
「調子に乗るんじゃねぇよクソガキがぁ!誰に向かって口聞いてんだ、あぁ?」
「目の前の見た目も心も薄汚れた、家畜以下の生物。それに、"おばあちゃん"こそ、立場を弁えるべきですよ」
人差し指を向けながら、シエルがきっぱりと言い放つ。確かに、立場を弁えるのはおばさんの方だ。看守と友好国の王女。どちらが偉いかなど、考える時間すら必要無い。
だが、激昂した醜いおばさんに、そんな事を考える脳は備わっていないらしい。
「うっさいわね、小娘風情が!調子に乗るんじゃないよぉっ!」
「おばあちゃんこそ、ギャーギャー煩いですね。もう少し静かに会話出来るように練習したらどうですか?」
「うっさいうっさいうっさいうっさい!今すぐ黙りな、この――」
「黙れ」
重く低い言葉が響き渡る。すぐ隣で囁かれたような、深淵から唸るように発せられたような…えもしれぬプレッシャーを乗せた言葉は、聞く者全ての背筋を凍り付かせた。
全員が声の持ち主――直哉を見た。
身体を取り巻く黒紫の魔力は、まるで風を受けたかのように螺旋状に渦巻いている。左手を稲光を放つチャクラムの中央に空いた穴に通し、看守を睨む左目には六芒星が妖しく輝く。
直哉が言葉を発する。同時に、周りの人々は風が吹き付けるような錯覚を覚えた。
「薄汚ねぇ目をシエルに向けてんじゃねーよ、家畜が。それ以上喋ってみろ、直ぐにでもてめえを墓場へご案内してやっからよ」
チャクラムに魔力を供給する。すると、周りから反り返った刃が次々と出現する。半月型の小さな刃が生えたチャクラムは、殺傷能力を強化した殺戮兵器となった。
直哉はそれを携えた左手を振り被り、カウントダウンを開始した。
「三秒待ってやる。生きるか死ぬか、てめえが決めろ」
「え、ちょ、ま――」
「三」
「あ…ひぃ――」
「二」
「あひぃぁあああ!!」
絶叫と共に、看守は通路の奥に走っていく。だが、長いローブを着てたのが仇となったのか、何回も転んでいる。それでも立ち上がり、生きるために必死に逃げる。
だが、直哉はカウントダウンを止めなかった。
「一」
看守は直哉達から10m程離れた場所を走っていた。なので、直哉の呟くようなカウントダウンは聞こえない。
動く事を忘れてしまった人々が直哉のカウントダウンが終わらない事を疑問に思った時、直哉が――
「…零」
――無情にも、最後の数字を告げた。
同時に、振り被った左手を、野球の投球のように振り下ろした。その手にチャクラムは無く、一同が何かを考えようとした瞬間
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛ぁ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛あ゛!!」
看守の断末魔が響き渡った。身体を稲妻が貫き、凄まじいまでの放電が始まる。電流が体内を駆け巡り、ショックに耐えられなくなった看守は倒れ伏した。びくびくと痙攣している様は、陸に打ち上げられた魚のようだ。
周りは空いた口が塞がらないと言った感じだ。突然魔力が沸き上がったかと思えば、突然直哉が雷神モードになり、突然看守が逃げ出し、突然看守が苦しみ、倒れ伏したのだ、理解が追い付かないのも納得である。
そんな中、直哉は身に纏った魔力を霧散させ、殺気を引っ込めた。同時に、周りの野次馬がざわめきだした。
「あれが「雷神」…」
「凄まじい威力だ…」
「でも、ありゃ間違いなく逝ったな…」
「いいじゃねぇか、あんなババア!散々好き勝手してくれやがって…ざまーみろってんだ!」
「そーだそーだ!」
どうやら、あの看守はかなり評判が悪いようだ。野次馬達は意気投合し、喜び出した。
だが、直哉がそう簡単に人を殺す訳が無い。
直哉は近くにいた兵士を呼び、頼み事をした。
同時に、野次馬が沈黙する。
「ねぇ、君」
「はっ、はいっ!」
「あれさ、医務室にでも持ってってやってくれない?」
直哉が看守を指差しながら言った。兵士は驚いたように聞き返した。
「え…医務室、ですか?」
「うん、まだ生きてるから…当分起きないと思うけどね」
「はぁ…」
「ダメかな…?」
「い、いやいやいやいや、喜んで!」
兵士はあたふたと慌てながら看守に近付き、肩を掴んで重そうに引き摺っていった。
野次馬は再びざわめきだした。
「あんなの喰らって生きてるのか…」
「雷神もだが、あのババアも信じられん…」
色んな感情が混じった呟きを口にしている。直哉は草臥れた溜め息を洩らしながら、エアレイド王国一行と向き合った。
「あー、すまん…シエルが悪く言われんのに、ちょっと耐えれなかったわ…」
頭を掻きながら、済まなそうに謝罪した。すると、少しの沈黙を置いて、周りが口を開いた。
「…いや、ナオヤは間違ってない。実を言うと、俺も限界だったんだ」
まずはアリューゼが話し出した。その手には槍が握られていた。
「私も気に入りませんでしたね。シエル様に、あのような無礼な態度を取るなんて…!」
「同感だ」
「ナオヤさん、よくやりました!」
上からアイザック・ラルフ・セフィアだ。ミーナとルシオは、苦笑いしながら剣を鞘に差し込んでいた。
セラもご立腹だったらしく、両手を力一杯握り締めていた。
各々を宥め、直哉はシエルと向かい合った。
「ごめんよ、シエル…もっと早く止めるんだったよ」
しょんぼりとした直哉の謝罪を聞いたシエルは、直哉に抱き着き、上目遣いで見上げた。
周りから歓声と羨望の溜め息が洩れた。
「ううん…私のために怒ってくれて、ありがとう…嬉しかったよ」
頬を赤らめながら、シエルは恥ずかしそうに言った。
《恥ずかしいなら、無理して抱き着かなくてもいいのに…》
『………』
女心が理解出来ない直哉は、不思議に思いながらもシエルの頭を撫でてやるのであった。
案内の兵士は、最後までお勤めを果たした。お勤め終了後、飛ぶように帰ってったが、突っ込まない事にした。
謁見の間に着いた一行は、現在ガープと淑やかな女性と向き合っている。
「いやー、よく来てくれたな。しかも、あの…名前何だっけ…まぁいいや、あの看守まで手に掛けたとは――」
「手に掛けちゃいねーよ…それと、名前くらい覚えてやれよ…俺なら覚えないけど」
「はっはっはっ、相変わらず手厳しいな…はっ、そうだ…紹介しよう、私の愛する妻だ」
ガープが隣に座る女性を促す。女性はゆっくりと立ち上がり、一行を一人一人じっくりと見つめ、口を開いた。
「初めまして、ルナと申します」
にっこりと微笑んだ女性…ルナは、見た目は三十路くらいだ。小柄だが豊満な身体を持ち、大人の魅力を漂わせる反面、見るからに淑女と言った感じでもある、不思議な人だ。
腰まで伸びる白い髪は、光が反射してきらきらと輝いている。前髪の下から覗く白い目は、まるで女神のそれだ。
そんな印象を抱いた直哉だが、次の一言でそれを変えざるをえなくなった。
「皆さんには、このバカで間抜けな万年引きこもりみたいなガープがお世話になりました。恥ずかしくて、何を言えば良いのやら」
「おい、何を言う!」
「やーっかましい!アンタにゃ発言権なんて無いのよ!」
唖然としたのは、直哉だけではない。エアレイド王国一行全員が、口をあんぐりと開いている。
ようやく周りの変化に気付いたようだ。ガープ夫妻は咳払いをし、朱に染まった顔を背けた。
「うぉっほん…ま、まぁ、そう言う事だ」
「こほん…そ、そうですよ、おほほほほ」
それを見た直哉は、頭に豆電球が浮かんだのを感じた。
邪悪な笑みを浮かべた直哉は、まだ顔が赤いガープに話し掛けた。
「そーいえーばガープさーん」
「なっ…なんだ?」
直哉の呼び掛けに答えるガープの表情は、かなり入り組んだ鏡張りの迷宮に迷い込んだ時のそれだった。
「いやー、この前着させられた――」
「あぁぁあれか、うんそうだったな、洗濯して綺麗にしておいたよ、あは、あははは」
「でもさ、俺、女物着れ――」
「あーいやいやいやいや、ななっ、何でもないよな、なっ――」
「あら…ナオヤ、どうかましたか?」
ルナが聞き返してきた。直哉は楽しそうに、ガープは苦しそうに笑う。
直哉は即座に頬を赤らめ、俯きながら言った。
「そ、そのっ…が、ガープさんに――」
言い掛けたところで、ガープは必死に阻止しようとしたが、
「わーわーわー!」
「煩い、黙れっ!」
ドスッ!
「へぶっ…」
ルナのボディーブローをダイレクトに喰らってしまい、無理矢理中断させられた。お腹を抱え、地面に踞っている。
《ぷっ、ざまぁ》
『………』
行動に苦笑いしながら、直哉は続ける事にした。周りも集中して聞き入っていた。
「むっ…無理矢理…脱が――」
「ちょっと、お話を聞きましょうね?あなた」
ルナは地面に転がるガープを掴み、乱暴に引き摺っていく。その時、直哉を哀れな瞳で見つめてきたのは忘れられない。
部屋から出てく時、ルナが振り向いて言った。正しく満面の笑顔だった。
「ご飯は町で食べてくださいね…突然の事で、準備してなくて…ごめんなさい」
「いえいえ、気にせずに」
直哉も満面の笑顔で応えた。
ガープの処刑が確定し、謁見の間から処刑場に連行された後。
シエルが怯えた眼差しを向けてきた。
「あの二人…怖い…」
生まれたての子馬のようにぷるぷるしている。あの光景を目の当たりにしたら、仕方無い事だ。
優しく諭すように、直哉は言った。
「大丈夫…ガープさんに、無理矢理脱がせれてなんかいないから。ただ…」
「ただ?」
言い淀んだ直哉をセラが促した。目がキラキラと輝いてるのは見間違いでは無い。
直哉が邪悪な笑みを纏う。
「むしゃくしゃしてたからやった、後悔はしてない」
一同が黙り込んだ。直哉が邪悪な笑みを浮かべるのはいつもの事だが、今日は特に身近に感じ、恐怖を感じたのだ。まるで、警告するかのような――
「――まぁ、お腹すいたし…取り敢えず解散?」
直哉の言葉にはっとした一同は、蜘蛛の子を散らすように、各々が町に向けて移動する。
シエルも例外では無く、そそくさと立ち去ろうと――
「シーエールちゃーん」
ガシッ
「ひっ!」
シエルの肩を直哉が掴む。ビクッ!と跳び跳ねてから、シエルは停止した。
そんなに怖かったかなぁ…等と考えながら、直哉は真面目な表情を纏う。
「一緒に来て欲しいところがあるんだ」
城下町に降りた二人は、近場の店で花束を買った。ラッピングなどはしてないシンプルな花束で、お金はシエルが出してくれた。
『不甲斐ないな、お前』
《うっせ!その内給料入るだろ、ちゃんと返すわ!!》
ちょっと落ち込みながらも、直哉はある場所へ向かう。シエルも黙って付いていった。
数分後、二人は巨大な穴の前に到着した。本来なら時計塔があった場所である。シエルが穴の規模にびっくりしてるのを尻目に、直哉は語り出した。表情に陰りが出た気がした。
「…ここが、この王国に巣食ってた闇の拠点で…悲しい物語の舞台だよ」
直哉はあの日の事を思い出していた。一人の悪魔が、自分を慕う女性を、惨たらしく、殺した。そして、地面に落として、二度殺した。
それを見てから覚醒したのだから、皮肉なモノである。
直哉が花束を足元に置き、両手を合わせ、黙祷を捧げた。
シエルも倣って黙祷する。詳しくは聞いてないが、少しは聞いているのだ。それに、直哉の様子を見れば、聞いた内容以上の事が起こった事くらいは分かる。
直哉が黙祷を止め、空に視線を向けた。シエルもつられて見上げる。
「天国で、二人で幸せに過ごせてるといいなぁ」
「きっと幸せだよ、ナオヤが助けてあげたんだから!」
寂しそうに呟く直哉を元気付けるように、シエルが微笑みながら明るい口調で言った。
シエルを連れてきて良かった、と直哉は実感した。
「…そうだよな、この俺が助けたんだもんな!」
「うん!」
シエルの微笑みに、直哉も笑顔で返事をした。
不意に直哉がしゃがみこむと、魔力を練り始めた。緑色の優しい魔力が、直哉をゆっくりと包み込んだ。
「そんな二人に、俺達からの贈り物だ」
呟きながら花束に手を添え、魔力を流し込んだ。花束を緑色の光が包み込んだかと思うと、そこから穴の縁に沿って光が広がり、ぐるっと一週した。
少しすると、光の中から花束の花が生えてきた。穴を囲むように咲く姿は、空から見ると大きな指輪に見えた。
シエルが驚きの声をあげた。
「うわぁ~、綺麗~!」
「これくらいじゃなきゃ、天国から見えないだろうしなぁ…それに、指輪が無きゃ結婚出来ないだろうし」
「わぁ!ナオヤ、ロマンチックー!」
「そんな事無いよ、ただ、二人に幸せになって欲しかっただけだ!」
「ロマンチック」と言う言葉は、この世界でも使われるらしい。それに驚き、シエルの反応に戸惑う直哉。
シエルが直哉を揶揄い、笑い出した。直哉もつられて笑い出す。
穴の底にまで響く笑い声を、花の香りを乗せた微風が空に運んでいった。
天国に巨大な指輪を捧げた二人は、適当な店を見つけて食事を摂る事にした。
キョロキョロと辺りを見渡すシエルが、店を見つけたようだ。
「あっ、あそこなんてどうかな?」
シエルが左手の人差し指を向けた先には、立派な佇まいの店があった。文字が読めないので名前などは分からないが、割と繁盛しているようだ。
「おー、良い店見つけたな」
直哉がシエルを褒める。シエルは嬉しそうにはしゃぎ、直哉の手を掴んで引っ張っていく。
「あ、こら、落ち着け!」
「早く早くぅ!」
端から見たら、仲の良い恋人に見える二人組。だが、周りから飛んでくる視線には、それ以上の何かを思わせる感情を感じた。
それを極力意識せず、二人は店の中に入っていった。
中も立派の一言に尽きた。しっかりとしたテーブルに椅子、高そうなカーテンが靡き、天井から吊るされる明かりは幻想的な雰囲気を醸し出す。まるで、洋風のレストランのようだ。
近くの席に案内された二人は、その席に腰掛けた。
シエルは落ち着かない様子でキョロキョロしている。そんなシエルの後ろに、見覚えのある人影が見えた。
《…最初の犠牲者、みーつけた(はぁt》
『キモい、そして怖いぞ、ナオヤ…』
《そんな事無いよ~》
「どうかした?」
「あーいや、何でもないよ」
顔を覗き込んできたシエルにドキドキしながら、何でもない事を必死にアピールする。
首を傾げながらメニューを眺めるシエルを見ながら、人影…ミーナを司会の隅に置く直哉であった。