第三十輪:郷愁
大学の倍率が、ついに二桁になってしまいました。
ハハハッ!面白ェーじゃねーか!面白すぎて目から汗が止まらねェぜ!
食堂に向かう直哉とシエルを妨げるモノは無く、すんなりと目的地に到着した。
すれ違うメイド達が畏まっていた事が気掛かりだったが、食堂に入った瞬間に理解出来た。
「ご飯様を頂戴しに来ましたー」
「したー!」
元気に飛び込んできた二人を迎えるのは、いつもの固定メンバーだ。
「遅かったな、二人共」
「手は洗いましたか?」
上からコラーシュ・フィーナだ。料理長は二人に向けて会釈をした。
ここで違和感に気付いた直哉。いつもなら「やっほー!」と絡んでくる、"ある人"の声がしないのだ。
"ある人"がいつも座る定位置を見てみる。すると、その人はそこに座っていた。だが――
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、もうしません、しません、ゆるしてください、おねがいします」
「…やぁ、セラ」
「うぅ…寒いよぅ…怖いよぅ…助けてよぅ…」
――セラは寒そうに身体を震わせ、青ざめた顔を俯かせていた。足もガタガタと震えているらしく、静かな空間に足踏みするかのような音が響いていた。
…だんだんだだんだんだだんだん…
その様子を見たシエルも震え出した。シエルも"被害者"になった事があり、その時の事を鮮明に思い出してしまったのだろう。
「………」
「(ニコニコ)」
コラーシュが笑顔になった。フィーナも笑顔なのだが、いつもこうなので除外しとく。
背筋に冷たいモノを感じた直哉は、若干引きながらも尋ねてみた。
「あー…こ、これは…どーゆー事でしょ…」
「ちょっと"お説教"をね…」
「ずいぶんと強烈なお説教ですね…」
「気のせいだよ…クックックッ…」
コラーシュが不気味に笑う。同時に、セラがビクンと跳び跳ねた。口々に謝罪の言葉を呟いている。何をされたか、実際に見ていないから分からないが…とにかく、恐ろしい事は分かったのでよしとした。
椅子を二つ引き、片方に直哉が座り、もう片方にぶるぶる震えるシエルを座らせた。どうしたものかと思ったのだが、空腹に勝てる訳が無かった。
二人が着席すると、コラーシュが笑顔で食事の開始を告げた。何故か直哉ではなく、コラーシュがだ。
開始と同時に料理長が出ていったが、気にはしない。
お腹は空腹警報が出る程ぺこぺこだったのだが、セラの哀れな姿を見てしまうと、ちょっと気が引けてしまう。
それでも口に運んではもぐもぐ、運んではもぐもぐを繰り返す。お腹はみるみるうちに満たされ、腹八分になる頃には、料理がほとんど消滅していた。
セラをちらりと見ると、暖かそうなコーンスープっぽいモノをちびちびと飲んでいた。シエルを見ても全く同じ行動をしていたので、ちょっとびっくりした。だが、二人共顔色が良くなっている。
少しすると、料理長が部屋に入ってきた。食事中の人数と同じ人数の料理人(全員男)を連れて来ていて、各々の手には丸い容器。テーブルの皿を下げ、変わりに丸い容器を置いた。
「ピピン搾りの氷菓子でございます」
「おー」
「これは珍しいな」
コラーシュが驚きの声をあげた。
目の前に置かれた容器には、山吹色のシャーベットのようなモノが盛られていた。とは言っても、見た目は完全にアイスクリームである。甘い香りが食欲をそそりまくっている。
様々な工夫がされ、なかなか高価な一品らしい。コラーシュのセリフからも、それは窺い知れた。
だが、はしゃいだのは直哉だけだ。どうしたものかと周りを見渡すと、それは一瞬で理解出来た。
「あ………」
「う………」
シエルとセラの二人が、氷菓子のように凍り付いていた。顔色が再び青ざめ始め、テーブルの上に置かれた強敵を呆然と見つめている。
それを見て、料理人達は勘違いをする。
「お二方も気に入られたようですね。今日の氷菓子は、特に真心込めて作らせて戴きました。お口に合えばいいのですが…」
「はぁ…」
「え、えぇ…」
「"強敵"を呆然と見つめる二人」を「目の前に出された"氷菓子"を美味しそうなモノを見る目で眺めている二人」だと捉えたようだ。
二人がしどろもどろな返事を返したにもかかわらず、料理人がそれに気付く事は無かった。
料理人はスプーンを全員に手渡し、氷菓子を勧めた。コラーシュやフィーナは美味しそうに、直哉は流し込むように食べているが、シエルとセラの手は止まったままだ。
それを見た料理人は、半分冗談半分本気に揶揄った。
「どうしましたか?何なら、私が食べさせてあげましょうか?」
「ずるいぞ、抜け駆けは許さん!!」
「俺も、是非!」
すると、他の料理人達が悪乗りし始めた。最初はおふざけだったが、途中から本気になったらしく、ぎゃーぎゃー喚き始めた。
二人は言うまでもなく可愛いのだ。モデルのような人達の中にいても、飛び抜けて目立っている。そんな二人の評判は良く、男共は適当な理由を付けて、お近づきになろうと必死なのだ。
シエルとセラは、それだけはやめてと言わんばかりに、氷菓子を無理矢理流し込む。寒さに震えながらも、それを無事に完食。
「ごごっ、ごぢぞうざま…」
「うぅぅぅ…」
二人は肩を支え合いながら立ち上がり、逃げるように部屋から出ていった。それを見た料理人達は大きな溜め息をつき、「お前のせいだ」や「いいやお前だ!」等々、責任転嫁を開始した。
その様子を呆れ顔で見ていた直哉は、苛立ちを込めた大きな声で食事終了の挨拶をした。
「ごちそーさん」
同時に、責任転嫁合戦を繰り広げていた料理人達が黙り込んだ。恐る恐る直哉を見ると、怒りが込められた眼差しを向けられてる事に気付いた。
料理人達はコラーシュ夫妻に一礼し、テーブル上の食器を整理し、すまなそうに食堂から出ていった。
料理人達がドアを閉めた後、直哉は大きな溜め息をついた。
それを聞いてか、コラーシュ夫妻が会話を始めた。
「素晴らしい料理を作ってくれるのはいいんだがな…」
「貴方も、シエルも、セラも苦労してますね…」
「シエルも、おまえに似て美女だからな」
「あらまぁ、あなたったらぁ!セラも負けてないじゃないの!」
「はっはっはっ、おまえも負けてないぞ?」
誰がどう見ても、完全に完璧なバカップルだ。百人に聞いたら、間違いなく百人が頷くレベルである。
《ホントに分かってんのかと考えた俺がバカだったな…》
『ナオヤ…お前、そこの夫妻よか苦労してんな…』
《あれ、ウィズもそう思った?実は俺もそう思ってたんだーあははー》
『思わずにはいれねーだろ、常識的に考えて…』
《ですよねー…》
「はぁ…」
直哉は先程よりも大きな溜め息をついた。そのまま立ち上がり、食堂を後にする。食堂を出るとき、コラーシュが呼び止めようとした気がしたが、聞こえないふりをした。
直哉はそのまま歩き出し、ガウンを借りるのとセラの安否確認を兼ねて、メイド達の控え室へと向かった。
王宮内の構造(いつも行くところだけだが)は大分把握出来たようで、迷う事無く辿り着けた。
ドアをノックすると、すぐにメイドが開けてくれた。
第一印象は大事なので、直哉は笑顔を浮かべている。そして、如何にも好青年っぽい口振りで用件を述べる。
「すいませーん、ガウンを――」
だが、途中で無理矢理中断されてしまった。
メイドに引っ張り込まれたのだ。抵抗する暇など無く、中に転がり込み、床に倒れる直哉。後ろでドアが閉まる音がした。
「――借りに来たんですけど…」
小さな声で呟く直哉を取り囲むように、メイド達は展開した。取り囲むメイドは六人、部屋の奥には数十人が待機している。
「えーと、ガウンですねー?」
「サイズ調べなきゃーですねー」
「ナオヤ様、脱いでください!」
「あ、いや、サイズLだし、測る必要は無いよ」
「える?何でしょうか、それ」
「…何でもない」
たまにだが、異世界にいると言う事を忘れる時がある。元の世界の言葉をそのまま使ってしまうのだ。
何だかんだで馴染んでいる自分に、直哉は苦笑いする。
…だが、メイド達には慣れそうもない。
メイド達がにじり寄って来た。目が悪意に満ちている。
「だいじょぶですよー」
「私達、慣れてますから」
「いや、そーゆー問題――」
「です!」
「………」
「さぁさぁ、観念しろー!」
ついに飛び掛かってきた。四方八方から襲い掛かるメイド達を回避するのは、かなり至難の業である。
だが、直哉はたった一言で回避して見せた。
「あーあ、またコラーシュさんに氷漬けにされる人が…」
ピタッ
聞こえない筈の効果音が聞こえた気がした。メイド達は動く事を放棄し、変な体勢で固まっている。まるで、氷漬けにされているようだ。
直哉はゆっくり立ち上がり、自分の肩を抱いて震え上がる主犯格(?)のメイドに、先程の好青年スマイルを向けた。
「ガウン、どこかな?」
主犯格メイドは、ぶるぶると揺れる指を、自分の後ろにある棚に向ける。そこに歩み寄ると、棚の中から適当なガウンを取った。
そして、直哉は主犯格メイドの頭を撫でる。撫でられたメイドは、頬を赤らめて見つめ返して来た。
ちょっぴりドキドキしながら、撫でやすいなー等と考えながら、直哉は優しく言った。
「氷漬けにならないように気を付けてね」
メイドの頭から手を離し、そのままドアに歩み寄る。ドアを塞ぐように固まっていたメイド達は、道を開けるように左右に展開し直した。
そのまま控え室から出ようとして、振り返った。
「そーいや、セラは?」
「あ…お、お風呂、です…」
直哉の質問に、頭を撫でられたメイドが答えた。
「おー、ありがとさん」
にっこりと微笑むと、直哉は踵を返し、メイド達の控え室から出ていった。
控え室を沈黙が支配する。誰も話そうともせず、その場で固まっているのだ。
確かに、でしゃばって氷漬けにされるのは御免だった。だが、それよりも、直哉の行動による驚きの方が大きかった。
あんなに屈託の無い笑顔で頭を撫でられたら、誰も抵抗出来なくなってしまうだろう。本人が意識しているのかは別として、だが。
直哉が強力すぎる武器を得た。それは、直哉弄りが困難になる事を意味している。
大勢が悪化する現状を懸念する中、一人だけは違う心配をしていた。頭を撫でられたメイドだ。先程から、直哉の事が頭から離れないようだ。
頭の中はピンク色に染まっている。危険なので、細かく書かない事にした。
「ナオヤ様…」
明後日の方向をぼんやりと眺め、ほんわかふわふわした様子のメイド。その目には、直哉の残像が映っていた。
「っくしゅい!」
廊下を歩く直哉がくしゃみをする。鼻をずるずると啜り、気だるそうに唸る。
「うぅー…誰か噂でもしてんのかな…」
『………』
《お前、最近点が多いぞ?》
『これが点を打たずにいれるかよ…』
《何があったんだよ、相談になら乗るぜ?》
『それじゃあ…ナオヤがフラグメーカー過ぎて泣きそうなんだが、どうにかならねェ?』
《ふらぐめぇかぁ?何言ってんのお前》
『ここまで鈍いのもなぁ…』
《あんだと?てめーコノヤロー、言わせておけば――》
『言わせたのは間違いなくお前だ。数行上を読み直すんだな』
《ぐっ…う、うるせー!》
『念にうるせーもクソもあるか、ボケ!』
《うぅ……で、フラグメーカーって何だよマジで》
『お前…意識が伝わってこないから不思議だと思ったが、まさか本当に気付いてねェの?』
《いくら重要な事だっつってもさ、流石に三度言いました、って事はねーぞ?》
『………』
《本日何回目でしょう?》
『さぁ…』
とても呆れられてしまった。何故だか考える直哉だが、その脳内に光明がさす事は無かった。
首を垂直に傾げる直哉に、ワンブレスじゃ到底出来そうも無い芸当をやってのけたウィズ。
『はぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~…』
《ざっと三十秒は溜め息を吐き続けたな》
『凄いだろ?』
《別に?》
『あんだと?…やってみろよ、後で後悔すんなよ』
調子に乗った直哉がチャレンジしたが、半分にも及ばないところで声にならない悲鳴になった。
息を荒げる直哉を鼻で笑い、優越感に浸るウィズ。結局話をはぐらかされているのだが、それに気付けない程のおめでたさを携えているようだ。
最早何を言い争っていたのかすら覚えていない二人は、疑問符を数え切れない程頭上に浮かべながら、浴場への道を歩んでいくのであった。
場所は二人が目指している浴場。王族専用の、物凄く大型な大浴場。
二人の女の子がお湯に浸かり、身を寄せ合っていた。
「あうあうあうあう…」
「うぅぅぅぅぅぅぅ…」
歯をガチガチと鳴らし、二人…シエルとセラは、ただひたすら震えていた。振動数・振幅が全く同じで、二人が震える事により発生した波が干渉を引き起こし、少しずつ大きくなっている。
波が10cmに差し掛かった頃、真後ろのドアが開いた。
二人は首だけをゆっくりと捻る。数年間放置された歯車のような怪音と共に、ドアの方を向く事が出来た。
「あ、いた…い……た………」
バカ…ではなく、直哉の声が響いた。言葉の勢いは尻すぼまりになっていく。
青ざめた首だけをあり得ない角度で捻る二人の女の子を見たら、きっと誰でも言葉を失ってしまうだろう。
「なおなおなおなお…」
「やややややややや…」
言葉がうまく喋れないようだ。きっと直哉の事を呼んでるつもりなのだろうが、見た目による相乗効果もプラスされ、まるで呪術の儀式を目の当たりにしている気分だ。
慌てて二人の元へ駆け寄り、首を戻すように伝えた。
「ととと取り敢えず、首首首もどせせせっ」
直哉も呂律が回っていないが、意味は伝わってくれたようだ。ギギギ…と首を元に戻し、今度は身体全体で振り向いた。
身体中で安堵を表現した直哉は、ガタガタ震える二人を見て、お湯を掬ってみた。
「ぬっるいな…」
お湯とは間違っても言えない水温だった。泳ぐには丁度良いが、入浴には温すぎる。
二人を哀れに思った直哉。どうにか出来ないかと思案をめぐらせる。
珍しく冴えていたのか、豆電球はすぐに灯った。とは言っても、今日の訓練でセフィアに教わらなかったら、思い付きもしなかっただろう。
「よーし!ちょっとあがれ!」
二人に指示を出した。ぬるま湯から出た二人は、本当に寒そうにしている。震えが尋常では無いのだ。
直哉は二人をなるべく直視しないようにしながら、魔力を練り始めた。二人を見てしまうと、煩悩が集中に勝ってしまうからだ。
直哉が魔力を身に纏う。すると、そのままぬるま湯に飛び込んだ。左目が赤く輝いていたのを、二人は見逃さなかった。
少しすると、空気が暖かくなった気がした。不思議に思った二人は、直哉がやったように"お湯"を掬う。
「「!!」」
そして、二人揃って、"お湯"に向けてボディープレスをかました。ばしゃーんっと飛沫が舞い、辺りに湯気が充満する。
何をしたのかは分からないが、ぬるま湯がお湯になっていたのだ。ちょっと熱めだが、二人には丁度良かった。
幸せそうな顔をする二人を見て、直哉はにんまりと微笑んだ。
因みに、使ったのは火属性魔術だ。基本的には"炎"を使うのだが、炎によって生じる"熱"も使えるのだ。セフィアが訓練の途中で教えてくれたのだ。
これを使えば、冷めてしまったお茶を暖めて飲める。なかなか便利ですよー、と言っていた。早速役立ってくれたようだ。
二人の顔色も良くなり、はしゃぐ余裕も出来たようだ。お湯をぱしゃぱしゃと掛け合っている姿には、目…いや、心まで癒された。
ほのぼのしている直哉に、二人が質問をした。
「ナオヤー、何したの?」
「何だと思う?」
勿体振ってみたら、二人の愛らしい抗議が帰ってきた。この二人を見ておくのも大変よろしかったのだが、仕方無くネタばらしをする事にした。
二人は直哉が異世界人だと知っているので、日本の事を説明したら「そなんだ~」と理解してくれるから、特に秘密にしようとは思っていないようだ。
「…ぬるま湯を暖めるのに、ちと熱を使ったんだ。歩くオーブンだな」
「お…ぶ?」
「俺の世界の道具でね、熱みたいなモノで食べ物なんかを暖める事が出来る代物だよ」
「わぁ、凄い!便利なんだねー、それ」
「是非とも欲しいなぁ!」
「うーん…難しいなぁ…」
「うふふ、冗談だよ~」
この世界に無理矢理召喚されて気付いた事がある。それは、現在の日本の生活しやすさだ。
電気の有無でここまで変わってしまうと言う事を、改めて認識させられた。無くても不便過ぎると言う訳では無いが、痒いのに手が届かないところが、数ヶ所程出てくると言った感じである。
今の生活が嫌と言う訳では無く、寧ろ大大大歓迎であるのは確かだ。だが、昔の生活が恋しくないかと質問された時、首を横には振れないだろう。
最早日本での生活を"昔の生活"としてしまうまでに、異世界の生活が当たり前になってしまった事に、直哉は隠さず苦笑いする。二人は気付かなかいふりをしていたが、そんな直哉をしっかりと視界に捉えていたのであった。
十分身体を暖めた三人は、各自の部屋に帰る事にした。通路を記憶したから、今では一人で帰れる直哉。二人も道案内はしなくなっていた。
だが、今日は直哉が二人に着いていくと言う珍しい現象が発生している。
「あれ?ナオヤ、こっちだっけ?」
「独りじゃ寂しいのかな?よかろう、私の隣で――」
「物凄く魅力的な案だが、残念ながら目的はそれじゃないんだなー」
セラの冗談をどこまでが本気だか分からないような言葉で受け流し、食堂に用がある事を話した。
「まだ食べ足りないの?ナオヤ凄いなぁ、どれだけ食べれるの?」
「うーん…赤字を叩き出す事は出来るかもな」
「す、凄いね…ナオヤが言うと、なんだか冗談に聞こえないや」
セラが尊敬とも呆れとも取れない相槌を打つ。苦笑いしながらも、どれだけ食べれるかなど考えもしなかったなぁ…等と考えた直哉であった。
そうこうしてる内に、目の前には食堂のドアがあった。気を利かせた二人が、食堂まで一緒に着いてきてくれたのだ。
そこで別れ、直哉はドアを開く。すると、中ではコラーシュ夫妻がお酒を煽っていた。その傍らに待機する料理長は、呆れ笑いを直哉に向けていた。
「おぉう、ナオヤではないか」
「どーしましたでしゅか?」
べろんべろんに酔っている。通りすがりに肩がぶつかったら、きっとたたじゃ済まされないだろう。
苦笑いしながら、要件を話した。
「いやぁ、喉渇いちゃって…部屋で飲む何かをもらおうかなーと」
「あぁ、そりゃー丁度良いあ、一緒に一杯どうだぁ?」
「遠慮せーずにー」
「あいや、独りが――」
「あんだと~?ワシの酒が飲めねぇ~のかぁ~?」
「いえ、そーゆー訳じゃ――」
「えぇいっ!飲んじゃえ飲んじゃえ~!」
フィーナがコップを投げ付けた。飲み口が上を向いたまま、コップは放物線を描きながら飛んできた。
落とす訳にもいかず、両手でキャッチする直哉。中に入っていたお酒がちょっと溢れ、手に付いた。
「わ…良い匂い…」
「だろぅ?ピピンを搾った特製酒だ。甘くて旨いぞぉ?」
手に付いたお酒を舐めてみる。先程の氷菓子とは違う、控え目な甘さが口に広がる。アルコールは弱めのようで、ジュースと言っても間違いでは無い。
思い切ってコップに口を付け、一気に流し込んでみた。何の抵抗も無く、喉を滑るように落ちていった。
「ぷはぁ、うんまぁー」
「だろぅだろぅ?」
「あらまぁ…ナオヤ、いけるクチかしら」
コラーシュ夫妻の手招きに応え、直哉は二人の元へ歩み寄る。そして、目の前にコップを置く。
刹那、フィーナが絶妙なタイミングでお酒をついだ。
「も一杯いっとけー」
「あははは~」
それから五分後、直哉が無表情のままぶっ倒れると言うかたちで酒盛りは終わりを告げた。
料理長が部下を呼び、直哉を数人に担がせた。そして、料理長はお酒の入った瓶とコップを持ち、一行は食堂から出ていった。頬が歪に歪んでいたのだが、誰も気付かなかった。
コラーシュ夫妻は笑いながら、そんな様子をお酒のつまみにしていた。
次の日、二日酔いに魘される二人の呻き声は、王宮に不気味に木霊するのであった。
「ううぅぅ…」
自室に寝かされる直哉も例外では無く、一足どころか何十足も早く二日酔いに襲われていた。
《あ…頭が…》
『ぐぅぅ…てめーのせいで、俺様まで苦しんじまうだろ…』
《ハッ、ざまーみやがれってんだ…》
『くっそ…いつか寝首を掻いてやる…』
《望むところだってんだ、MSR》
『あんだよ、そりゃ』
《メタボリックシンドロームラット》
『………』
《本日何度目だか数えるのすらだりーよ、お前…》
呻き声だか溜め息だか分からない声を洩らす直哉の耳に、ドアを叩く音が聞こえてきた。
力無い声を精一杯張り上げる。
「どーぞー…ぐぅっ…」
ドアが開き、入ってきたのはシエルだ。手には水の入った容器を持っている。
自室に戻ったシエルは、気になって食堂に行ってみたのだ。そこで直哉が倒れて運び出され、自室に寝かされてると聞かされた。直哉のお酒の弱さは知っていたので、気を利かせて水を持ってきたのだ。
それをテーブルの上に置く。そのテーブルには、お酒の入った瓶が置かれている。
「やけ酒なんてダメだよー?」
「ななな何のお話?」
「じゃあ、これは?」
シエルがお酒の入った瓶を持ち上げた。直哉は寝転がったまま、心底不思議な顔で見つめ返している。
「何それ、劇毒物?」
「見覚え無い?さっき飲んでたお酒だよ」
「ナニソレシラナイ」
目を逸らす直哉。だが、流石に冷や汗までは隠せなかったようだ。だらだらと止めどなく溢れ出す冷や汗は、次々にアルコールを体外に放出していった。
頭痛が薄らいできた直哉は、ふらふらと立ち上がった。テーブルに歩み寄ると、シエルが持ってきた水を飲んだ。
「ふぁー!やっぱ水うみゃー!」
「酔いは冷めましたか?」
「えぇ、ばっちり…はっ」
直哉はゆっくりとシエルを見た。目は心配する時のそれだが、口は歪みに歪みまくっている。
観念したのか、直哉は大きな溜め息をついた。
「フィーナさんに無理矢理飲まされたんよ…」
「やっぱり…」
「え?」
シエルがやれやれと言わんばかりに溜め息をついた。そして、淡々と話し出した。
「お母様に無理矢理飲まされる"被害者"が、年々増加してるの」
「うわぁー…」
「最初の被害者はお父様だったの…次に私、メイド、騎士達…酔ったお母様を止めれる人は、エアレイド王国にはいなかったの…」
「…ご愁傷さま」
遠い目をするシエルを、直哉はぽむぽむと撫でた。シエルはその目を直哉に向けて、じーっと見つめる。
直哉の手が止まった。
「な、何だよ…」
シエルが近付いて来た。恐怖を感じた直哉は、そのまま後ずさる。ベッドにふくらはぎがぶつかり、直哉はベッドに座り込んだ。
それでも接近を止めないシエルは、座り込んだ直哉の正面に立ち、両手を突き出して
「むぎゃー!」
頬っぺたをサンドする。そのままむにむにと動かし、何をされてるのか分かってない直哉を見て笑っている。
一頻り笑ったところで、シエルは直哉と同じ目線になり、優しく言った。
「寂しいの?」
「……!」
ガンッ
直哉はびっくりしたような顔をシエルに向け、目を見開いている。シエルはちょっと拗ねたような仕草をしながら、続けた。
「相談してくれてもいいじゃないのー!」
ぶーっと不貞腐れるシエルを見て、直哉は苦笑いしながら謝った。
「わりーわりー…日本の事だから、話さないほうがいいのかなーってね」
シエルが直哉の瞳に垣間見たのは、直哉の抱いた郷愁であった。頭のネジが足りない直哉も、寂しさを抱く事はあるらしい。
胸中に抱く事を、ぽつりぽつりと話し出した。親の事やら友達の事、学校、友人の事も。
「なんか、これらを忘れちゃいそうで怖かったんだろうな…」
どっちが本来の世界だか分からなくなってしまいそうなのだ。この異世界で現世界の言葉を使ってしまう…慣れてしまったところからも想像出来る。
「で、眠れるか疑問だったからさ…部屋で飲み物でも飲みながらまったり~って思って、今に至る訳ですよ…」
「なるほど…ご愁傷さま」
今度はシエルになでなでされる。気恥ずかしかったが、大人しく撫でられておく。
直哉の頭から手を引くと、シエルは笑顔で言った。
「いつか帰れるよ。いつかは分からないけどね…でも、帰らないと、みんなが悲しむもんね」
「…それもそうだな…」
直哉が複雑そうな顔をする。まだ蟠りを抱いているようだ。
「帰れたとしても、こっちに帰ってこれるか分からんからなぁ…」
現世界にも異世界にも行けるようになって欲しいなー…直哉は呟く。
帰りたいのだが、帰りたくない。全くもって優柔不断である。
そんな直哉を見たシエルが、直哉に質問をする。
「でも、まだアテも無いんだよね?」
「うむ…」
ゴツンッ
露骨にしょんぼりする直哉。慰めるような口調になったシエル。
「見つかるまではさ、開き直っちゃいなよ!ウィズもいるんだしさ」
"ウィズ"と言う単語を聞いた直哉は、それを瞬間的に具現化させた。直哉からはアルコールが抜けたが、ウィズはまだ二日酔い中だった。
「な、なんなんだよ…頭痛ェんだよ…」
「ひ、久しぶり…」
「このMSRのせいと言うか、お陰と言うか…」
「えむえすあーる?」
「こいつみたいに丸っこくてネズミみたいなヤツの事だよ」
「テメェ、ざけん――」
「黙れ愚か者!」
直哉はウィズの頭を殴り付けた。ウィズは頭を痛そうに擦りながら、あの柄悪アイを直哉に向けた。だが、直哉は無表情で応える。左目には紫色の六芒星が輝いていた。
「いってぇぇぇ…」
「"ご主人様"に逆らうなんてなぁー…これだからウィズは…」
「ご主人様?寝言は寝て――」
「何か?」
「………」
ウィズは抵抗したが、直哉が拳を振り上げた瞬間に黙り込んだ。そんな姿を見たシエルは、苦笑いしか浮かべる事が出来なかった。
「つーかさ、お前帰り方知らんの?こっちに来た時に出したあれは?」
「あぁー…頭痛くて無理だわ…」
ゴンッ
大袈裟に頭を擦るウィズ。二人は溜め息しかつけなかった。
直哉はウィズから意識を引き剥がし、シエルにお礼の言葉を投げ掛けた。
「んでもまぁ、話したら楽になったよ。抱え込むべきじゃ無かったわ」
「えへへ、良かったよー」
シエルは最上級の笑顔を向けた。直哉もつられて笑顔になった。その笑顔をドアに向け、大きな声で呼び掛けた。
「セラも入ってきたらどう?」「ひゃひぃぃ!」
ドアの向こうからは、慌てたような返答が返ってきた。少しすると、開いたドアからひょっこりとセラが入ってきた。
驚きながらも、直哉に尋ねた。
「あ、あのあの…いつから?」
「バレたくなかったら、頭をぶつけないようにしような」
「う~…」
先程から響いていた、何かをぶつけたような効果音…それは、セラが頭をぶつけた時の音だったのだ。
顔を真っ赤にするセラを見た二人は、お腹を抱えて笑い転げていた。
直哉の郷愁は、頼もしい二人組に打ち返され、場外ホームランよろしく吹っ飛ばされていた。
三人の笑い声(約一名は抗議の声をあげていたが)は、コラーシュ夫妻の呻き声と共に、王宮に木霊していた。
記念すべき三十話が残念な内容になってしまった。
ここっ、後悔なんてしてないからねっ!
そーいえば、ユニークって何なんでしょうか…私のミニマム脳みそじゃ解読不能でござるprz