第三輪:シエル
比較的ほのぼの系な気がする。
平和っていいね!
「ぐすっ…えぐ、ひっく…」
ようやく涙も収まったのか、少しずつ落ち着いてきた少女。
「えぐ…」
目を擦り涙を拭き取る。そして、今の状態を認識する。
「………」
「………」
目をぱちくりしながら直哉を見て、やっと自分の現状に気付いたらしい。
「…ふぁぁっ?!」
すっとんきょうな悲鳴と共に、直哉の腕の中から脱出する。そして後ずさる。
「あ、あのあの……」
明らかに動揺している少女。目はともかく、顔まで真っ赤に染まっている。
…ショックだった。
《ここまであからさまに避けなくてもよくね?》
『わはははははははは』
《………》
自分の中で腹を抱えて大爆笑する電気系ねずみを想像し、溜め息ひとつ。
「はぁ…」
直哉の溜め息を聞き、ビクッと肩を震わせる少女。
縮こまってぷるぷるしながら、涙に潤った空色(+赤)の瞳を向ける。
産まれたばかりの小動物を思わせる姿に、思わず見とれてしまう直哉。
電気系ねずみも同じ気持ちらしく、罵声の一つを浴びせることすら忘れているようだ。
――見つめ合うこと数秒。
「あの…その、ありがとうございます……」
少女のお礼の言葉により、直哉は遠い宇宙の彼方に飛んでいった意識を取り戻した。
「あぁ、どういたしまして」
「でも、貴方どこから…あっ」
何かに気付いたらしく、少女はとてとてと直哉の元に歩いていく。
身長的に、少女が直哉を見上げる、という感じだ。
不意に少女が右手をあげ、直哉の左頬を撫でた。
そして、少女の右手から淡い白色光が溢れでる。
手のぬくもりと共に、何かとても暖かいものが左頬に染み渡る。
《やべぇ、いい気持ち…》
目を細める直哉を見て、少女は微笑んだ。
そして右手を左頬から離す。不思議な温もりが消え、直哉は目を開く。
「…今のは?」
「あ、頬が少し切れてたので…もう塞がってるので大丈夫です」
…?
《どういうこと?》
『治癒魔法ってやつだな。頬の傷が跡形もなく消えちまった』《…魔法?》
『RPGのアレだ。MPを消費して使うアレ』
《マジで!?》
『あぁ。つーか、ナオヤもぶちかましただろ?』
《あの雷、魔法だったんですか》
『そゆこと』
身体中を好奇心が電気の如く駆け巡るのを感じた。
直哉も一応男の子だ。ゲームだってやれば、冒険にも憧れる。しかし、年齢を重ねるにつれ、夢物語だということを認識してしまう。
だが、憧れが無くなる訳では無かったのだ。
《オイ、電気系ねずみ!》
『あ?テメェなにを――』
《よくやった!!》
『は?…あ、あぁ』
《お前大好きだわ!!》
直哉の心の中にいる電気系ねずみ、直哉の考えは手にとるように分かる。
餓鬼じゃあるめぇし…と、溜め息混じりに呟く電気系ねずみであった。
「あ、あのー…」
「のわっ!」
「ひゃっ!」
火星へ赴き、火星人と意志疎通を図ってた直哉の精神を、少女の呼び掛けが呼び戻す。
急に呼ばれてびっくりした直哉、そんな直哉にびっくりさせられた少女。
「あ…ご、ごめん」
「いえ…それより、大丈夫ですか?」
「あぁ。この通りぴんぴんしてるよ」
そう言って、力強く垂直に跳び跳ねて見せる。
…あれ?少女がぽかんと見上げてるよ…なんでこんなに離れて――
「「えええぇぇぇ?!」」
何故か10m程垂直に飛んでいた。
《電気系ねずみぃぃぃぃ!》
『……こいつ、バカだ……』
勇者補正を戴いたことを忘れてた直哉。体勢を崩したまま落下し、また少女に治癒魔法を掛けてもらう羽目になった。
「すいません…」
「クスッ…いいえ」
笑われてしまった。
出逢いは第一印象が大事だとあれだけ言われてたのに…
「…俺は直哉、神崎直哉。君は?」
「あっ!すいません、申し遅れました…エアレイド王国王女、シエル・キャパシェンと申します。シエルと呼んで下さいっ」
シエルって言うんだ、可愛い名前だなぁ…っていう本音を呟くことすら出来なかった。
聞き間違い…じゃないよな…
「…王女?」
「はい、エアレイド王国国王、コラーシュ=キャパシェンの一人娘です」
……テンプレ過ぎる。
《おい、お前何か情報操作とかしてねぇだろうな》
『でっきたーらいいなっ』
《………………》
空から落ちてきて、身体能力が強化されて、魔法使って、破落戸ぶちのめして、美女を救う。
次に何が起こるかは、だいたい想像が――
「…あの、此処で立ち話もなんですから…宜しければ、エアレイド王国へお越し戴けませんか?お礼も出来てませんし…」
計 画 通 り 。
右も左も上も下も前も後も…取り敢えずこの世界について何も知らない直哉にとって、それは神のお告げのような響きを持っていた。
「是非そうさせてくれ」
「はいっ!」
ぱぁっと明るくなるシエル。電気系ねずみの浮かべるそれとは比べたくもないエンジェルスマイルを浮かべている。後光が見えるのは間違いじゃないはずだ…
「じゃあ、早く行きましょう!」
そう言うか否や、シエルは直哉の手を引いて走り出す。
お花畑を手を繋ぎ走る二人。端から見たら恋人に見えなくはない。直哉のニヤけてる表情を除けば、だが…。
《ぐふっ、ぐふふふふ…》
『…毎度のことだが、お前気持ち悪いぞ』
《褒め言葉ですか?》
『いいえ、ケフィ《はいはいワロスワロス》…………』
本当に子供じみたやり取りである。
「うぅ…」
「がはっ、はぁ…」
「………」
やっと気付いた破落戸A・B。Cは…ただの屍のようだ。
「あんのガキィ…」
「クソッ、次会ったら磨り潰してやる!」
「………」
口々に直哉を罵っている。
そんな中、破落戸Aが。
「まだ近くにいるはずだ!探せェ!」
とかのたまい始めた。
「ぶっ殺してやるッ!」
「………」
B・Cも頷いた。
尤も、Cは俯いていたと表現するのが正しいが。
破落戸A・Bは立ち上がろうとして…立ち上がろうと……
「オイ、どうなってやがる!」
「ふざけんな!邪魔だぞテメェ!」
「………」
――無理だった。
三人仲良く背中を向けて長座体前屈のように座り、伸ばした足の足首、胴回り、そして手首をお花さんが縛り付けていた。
電気系ねずみが気を遣って縛り上げてやったのだが、直哉とシエルは気付かなかった。
もちろん破落戸A・Bは直哉がやったことだろうと決めつけて激昂する。
「クソガキィィィィァアアア!!」
「調子こいてんじゃねぇぇ!!」
負け犬もびっくりの遠吠えである。
そんな感じでギャーギャー喚いてる破落戸A・Bを
「うるせぇんだよ!」
破落戸Cが黙らせた。
辺りを沈黙が支配する。
「テメェらがうるせぇから、眠れねぇじゃねぇか!」
『『さいですか…』』
破落戸A・Bの脳内など我関せずとばかりに、早くも寝息をたてはじめた破落戸C。
キレると面倒だから、素直に従ってるのだ。
顔を見合わせて溜め息をついた破落戸A・Bは
「「覚えてろよぉぉ~」」
と、テンプレな負け台詞を吐くのであった。
お花畑を疾走する直哉は、さっきの戦闘で気付いたことを電気系ねずみに尋ねていた。
《なぁ》
『なんだ』
《魔法ぶっぱなすとき、変な言葉読み上げてたよな》
『あぁ、それは呪文っつってな、効率良く集中するためのもんだ。主に上級魔法で必要だ』
《へぇ…集中しなくても使える魔法ってあんの?》
『そうだな、さっきの落雷くらいなら出来るんじゃねーの?』
《んなアバウトな……》
『ものは試しだ、やってみろよ』
《それもそうだな。珍しく正論述べやがって》
『あぁん?テメ――』
《うるせぇ黙れ、試せねーだろ》
『………』
電気系ねずみを黙らせた直哉は、後ろを振り向き右腕をあげる。
それに気付いたシエルは足を止め、不思議そうに振り向く。
脳内に戦場…破落戸を思い浮かべる。
そして、右腕を振り下ろす。
刹那、轟音を轟かせながら一閃の稲妻が落ちた。
「―――――!」
遠くから悲鳴が聞こえた気がしたが、何も聞かなかった事にする。
《おー、すげェ》
『………』
《おい、どうした》
『………ふんっ』
《…はいはい、あっしが悪うございやしたよっ》
『つーん!』
電気系ねずみを初めて可愛いと思った直哉。
密かにS心に火が灯るのであった。
振り返り、口をあんぐりと開けて佇むシエルに
「破落戸が起きたみたいだからさ」
と、笑顔で言うのであった。
…実は本当の事なのだが、直哉に知る由は無かった。
「ところでシエル」
「はい?何でしょうか?」
「さっきの治癒魔法すげーな」
「あ、ありがとうございます」
頬を赤らめながら俯くシエル。物凄く可愛い。
「でも、私…まだまだなんです」
「どうして?」
シエルの表情が暗くなるのを、直哉は見逃さなかった。
「…私の国は、今…戦争中で…大切な人が傷付くのが嫌で治癒魔法を習ったんです…。でも、かすり傷しか治せなくて…」
声が震えているのに気付いた。
「みんなは頑張ってるのに、私は…私の力では……」
大粒の涙がお花を濡らす。
…見てるだけで苦しくなってしまう。
「…そんなこと無いよ」
「えっ?」
顔をあげるシエル。涙が頬を伝っている。
涙を指で掬い上げてやる。
「天才はひとかけらの才能と多くの努力による、って言葉があってね――」
努力無くして天才在らず。過程は結果に繋がる筈だと説いた。
「…ナオヤさん…」
「直哉でいいよ。今はどうにもならなくたって、諦めなければ必ず何とか出来る。シエルにはそれが出来る筈さ」
そう言って頭を撫でてやる。何故か撫でやすい。ヤバい、クセになりそう…
「な?頑張ろう?シエル」
「はい、私…私、頑張りますね、ナオヤ!」
澄んだ瞳を直哉に向け、心の底からの笑顔を見せる。
瞳の奥には新たな決意の色が伺える。
「そう来なくちゃ」
直哉も笑顔でそれに答える。
「それじゃあ、エアレイド王国に向かおうか。もう腹ペコだ、俺…」
「ふふっ、ご馳走を用意しますね?」
「おぉー…楽しみじゃ!」
再び歩を刻み始める二人。先程よりもしっかりと、お互いの手を握り締めるのであった。
しっかりと手を繋ぐ二人を見て、電気系ねずみは考える。
『…これ、フラグってヤツ立ったんじゃねぇのか…』
電気系ねずみの中で、直哉の危険度が上昇した。