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第二十四輪:直哉偵察

やっぱりまったりは好きです。えぇ大好きです。

世界がまったりに包まれればいいと思います。

食堂に着いた三人を迎えたのは、いつものメンバーであるコラーシュ・フィーナ・料理長と――


「よぉナオヤ、お邪魔してんぜ!」

「久し振り~」

「元気…そうだな」

「ここっ、こんばんわ!」

「こんばんわ、シエル様、ナオヤ」

「ご機嫌如何でしょう」


上からアリューゼ・ミーナ・ラルフ・セフィア・ルシオ・アイザックだ。

王国第一騎士団の団長と副団長がいた。シエルに挨拶したのはルシオだけだ…騎士団としてはあるまじき行為だが、そんなの知った事ではないらしい。


「おー、今日は賑やかだねぇ」


直哉の顔からは自然と笑顔が溢れた。賑やかな食卓は大好きだ。

身近な椅子に座る。直哉の右側にシエルが、左側にセラが座った。

すると、アイザックが話を振ってきた。懐かしの"珍獣を見る目"をしている。


「ところでナオヤ様、その目は?」

「目?…あぁー、やっぱ目立つ?これ」

「目立つなんてもんじゃないわよ」


直哉の質問にミーナが答えた。なかなか目立ちまくっているらしい。


「ふむ…いや、ちょっとブチキレたらこうなったんだよね」

「ナオヤの"ちょっと"は、俺達にとって"全力で"だからな」


ラルフが苦笑いしながら答えた。そんなラルフに苦笑いで返事をしながら、直哉はあの時の事を思い出す。


《なんつーかなぁ…よく覚えてないんだよな…》

『サラが落とされた時、お前の中で何かが起こってたな』

《…そっかぁ。多分、ブチキレたんだな…ロキと自分に》

『だが、お陰様で覚醒したようだな。魔術の威力が段違いだったしな』

《重すぎる代償だったな…》

『……仕方ないさ、ナオヤは"ナオヤがするべき事"を全力でやったんだ。それ以上でも以下でもない』

《そうかな?…いや、そうだよな》


直哉も精神的に成長したようだ。今までならワーストスパイラルに囚われるところが、何とか立ち直れるようになっていた。

…ただ、現実から逃げてるだけだと言えばその通りなのだが。


「まぁ、これのお陰で魔術が使いやすくなったけどね」

「おいおい、それ以上強くなんなよ…団長が変わっちまうだろ?」


アリューゼが笑いながら言った。場の空気も和ませてくれたらしく、みんな揃って笑い出した。


「俺、アリューゼさんみたいにサボりはしないからなぁ」

「一日休んだがな」


ツッコミを入れたのはコラーシュだ。はっとした直哉を見て、一同は大爆笑である。


「あれれぇ?ナオヤ君、サボり疑惑ぅ?」

「うるせー!あれは個人的な調査だったんだよ!」

「そのまま誘拐されたんだよな?ナオヤ」

「ぐっ…」


本当はわざと誘拐されたのだが、この空気では弁解にすらなりそうも無い。仕方無しに言葉を濁す直哉。

そんな直哉を茶化すように、ルシオが口を挟んだ。


「それに、ナオヤが団長になったら…どんな苦痛的な訓練が待ち受けてるんだろうね」

「ほほぅ…ルシオ君、俺の訓練が温いと言ってるのかね」

「えぇ?!いや、そんな――」

「仕方がない、ルシオ君だけ訓練二倍だ。俺は良心が痛むから無理強いしたくは無いが、本人が望むならやむを得ないな」

「そんなぁー!」


項垂れるルシオを余所に、またもや大爆笑の渦が押し寄せて来た。今日の食卓は賑やかだ。

だが、そろそろお腹がリミットブレイクしそうだったので、無理矢理食事に漕ぎ着けた。


「ごほん!あー…取り敢えず食べよう、お腹すきました」

「私もー!」


シエルが賛同してくれたのが大いに幸いし、食事を開始する事に成功したようだ。


開始した直後から、ひたすら料理を口に運びまくる直哉。シエルはニコニコしながら見つめ、コラーシュにフィーナ、セラは何気無い顔で箸(フォーク?)を進め、料理長は自慢気に眺め、騎士団の団長と副団長は唖然としている。


「噂では聞いてたけど…」

「な、ナオヤさん、凄いです」


ミーナとセフィアが感嘆の声をあげる。直哉には届いてないようで、流し込むかのように食べ続けている。

みるみる料理は減っていき、ついに無くなってしまった。唖然としていた騎士団の面子は、あまり食べる事が出来なかったようだ。


「やっぱこの料理が一番だね!」

「そうですかぁ!お陰様で、次も頑張ろうと思えますよ。他の調理師の士気も上がりっぱなしです」

「ははっ、そりゃ良かったよ!」


いつの間にか仲良しになっていた二人。エアレイド王国の人は話しやすいから好きだ。

母国がここで良かったと思った直哉であった。






食事を終えた後も会話が弾み、それからしばらく、食堂からは楽しそうな笑い声が聞こえた。


解散になったのは日が暮れた後で、各々が持ち場に向かう。コラーシュ夫妻は自室で仕事に、セラは料理長と共に後片付けに、騎士団の面子は訓練所に、そして――


「ナオヤ、おふ――」

「よし行こう」


――直哉とシエルは浴場に。最早性別の壁は存在していない(布の壁は存在しているが)。

シエルには王族としての仕事が無いのだ。コラーシュにやりたいと言っても、まだ大丈夫だから等と言われてしまう。治癒魔術を学び始めたのもそれが理由の一つだったりした。


浴場までの道のりは覚えたらしく、スムーズに辿り着いた。途中にあった看板をチラ見していたのは、きっと気のせいだ。


着くや否や、直哉は脱衣場に飛び込んでいった。和の心が禁風呂に耐えれなくなったらしく、一秒でも早く入りたかったようだ。

シエルも慌てて脱衣場に入る。着替えてると


「ヒャッハァァァ!」


ばしゃぁぁあん!


直哉の奇声と飛び込んだ時の効果音が聞こえてきた。その姿を想像したシエルは、くすりと笑うと浴室に入った。

案の定直哉は飛び込んでいて、深いところでばしゃばしゃと泳いでいた。


「ナオヤ、子供みたい!」

「何を申すか!」


シエルの冗談に結構マジな返事を返す直哉。子供である。


「お風呂が久し振りだからはしゃいじゃっただけじゃ!」

「ふぅーん」


手を後ろで組み、ニヤニヤしながら近付くシエル。直哉は自然と後ずさる。

背中に壁が迫り、ぶつかった。シエルは刻一刻と近付いてくる。

そして


「えいっ!」


後ろで組んでいた手を直哉に向け、そこから水(お湯)鉄砲を照射した。

かすかな放物線を描きながら、それは直哉に直撃した。


「うわっ、や、やめい!あぶっ、こら、ぶくぶくー…」


お湯に言葉を掻き消されながらも、必死に抵抗する。お湯鉄砲が止まると、苦しそうな息をしながらも抗議の声をあげた。


「ぶはっ!いきなり、やるのは、反則、だろっ!」

「あはははっ、いきなりやらなきゃ驚かないでしょ!」

「そりゃ、そう、だがっ!」

「問答無用!とりゃ!」


再びシエルがお湯鉄砲を飛ばす。今度はしっかりと手元を確認出来た。

シエルの足元から吸い上げる感じで右手にお湯が集まり、それは球形になった。そして、球形の中央が凹む。すると、そこからお湯が飛んできた。先程よりも勢いが強く、当たったらちょっと痛そうだ。


だが、直哉には秘策があった。シエルに向けて不敵な笑みを浮かべ、集中を開始。左目の六芒星が輝く。

左手をグーにしながら前に出して思い切り開き、叫んだ。


「リフレクト・ソーサリー!」

「!!」


刹那、薄緑の壁が目の前に展開された。それはシエルの放つお湯鉄砲を完全に反射し、お湯鉄砲はシエル足元へと照射された。

びっくりしたシエルは、思わず尻餅をついてしまう。


「うわぁ!」

「これぞ直哉力!思い知ったかぁ!」


えっへんと胸を張る直哉を、シエルは放心した…所謂アホ面で見返した。


「すごーい…今のなになに?」

「某戦乙女が駆け回る世界の防御魔術みたいなもんかな」


冗談混じりに答えた直哉だが、シエルは目を見開いて驚いていた。


「ナオヤ…凄いとは思ってたけど、戦乙女と知り合いだったんだね…」

「え?お、おう…」

「ナオヤのいたニホンってところ…凄いところなんだね…」


今更「ゲームのお話でした~」なんて言える空気ではない。そもそも、ゲームの無いこの世界でこの話をしても意味がないのだ。


シエルの日本に対する印象が歪み始めた瞬間であった。






さっぱりした二人は、直哉の部屋に戻る事にする。何故かシエルもついてきたのだ。

理由は"なんとなく"らしい。


「俺の部屋っつったって、何もねーぞ?」

「いいの!ゆっくりお話したいだけだから」

「そうかぁー」


話してるうちに部屋の前。物凄く懐かしい気がする。

ドアを開け、中に入った。綺麗に整理されていた。


「私がちゃんとお掃除してたんだよ!」

「サンキュー、シエルにはお世話になりっぱなしだなぁ」

「えへへー」


ニコニコしているシエルを撫でた。一種のご褒美となっているようだ。


直哉は窓に歩み寄り、全開にした。流れ込んできた微風が二人の髪を揺らした。

今日も快晴で、空にはたくさんの星が輝いている。

そんな空を見た直哉は、脳内に豆電球が灯る。


「シエル、ちょっと待っててな」

「?」


疑問符を頭の上に浮かべて首を傾げるシエルを見ながら、直哉は窓辺に足を掛けて身を乗り出し――


「え?ナオヤ?!」

「あーい・きゃーん・ふらーい!」


――窓辺を蹴って、夜空に飛び立った。

言葉とは裏腹に、直哉は下へと落下していった。


「ナオヤ!」


慌てて窓辺に駆け寄るシエルは、下を見て驚いた。

直哉から黒紫の翼が生えているのだ。いつの日か「鳥になりたい」とか叫んでいた直哉が、本当に鳥になってしまったのだ。


シエルの目の前まで昇ってくると、右手をシエルに差し出した。


「カモンシエル!」

「カモン…?」

「おいでって事だ」

「なるほど~」


ちょっと怯えながらだが、直哉の右手をしっかりと掴む。

直哉はシエルを引っ張り出すと、左手でシエルの左手を掴んだ。つまり、宙ぶらりんで支えたのだ。背中に乗せたら翼で感電してしまうだろうから、こうするしかないのだ。


「わひゃぁぁぁ!」

「大丈夫だって、離したりしないからさ」

「ほんとに離さないでね!!」


面白い悲鳴をあげるシエル。足が地面から離れた事が無かったのだから、当たり前と言えば当たり前である。


そんなシエルと共に空に浮かび、二人は空中散歩を開始した。気温は20度くらいで、微風が気持ちいいくらいだ。最初は怖がっていたシエルも、好奇心が勝ったらしい。きゃっきゃっとはしゃぎ始めた。


「すごーい!町があんなに小さいよ!たかーい!きれー!」

「気に入った?」

「うん!!」

「そりゃ良かったな」


はしゃぐシエルを見て、直哉は癒されていた。

不意に上昇し始め、王宮のてっぺんにシエルを着地させる。学校の屋上のような感じで、昼寝にはもってこいだ。


着地と同時に翼をしまい、ノーマル直哉に戻った。

そして、ごろんっと寝転がる。シエルも隣に来て寝転がった。


眼前に広がるのは、空いっぱいの星の海。明るかったり暗かったり、赤かったり青かったり…様々な光度の色とりどりな星が、自分が一番と言わんばかりにきらきらと輝いていた。

この世界の星空をしっかりと眺めたのは、今日が初めてである。


そんな光景に見入っているシエル。ぽーっと眺める様は、とても女の子っぽかった。


「きれー…」


空を見つめながら呟いている。そんなシエルを見て、直哉は微笑んだ。


「エアレイドで、一番あれに近い場所だな」


空を指差しながら直哉が言う。シエルは直哉の指先を見て、それから空を見つめ直した。


「触れそうなのに、手が届かないんだよね」


シエルが星を掴む仕草をした。その手は星を掴む事は無く、空を切るだけに止まった。


「ほんとだよな…掴めそうで、全然掴めないんだな」

「えー?直哉なら掴んじゃいそうだけどなぁ」

「俺は化け物か!」

「あはははっ!」


笑い出したシエルにつられ、直哉も笑い始める。二人の笑い声は、星の海に飲み込まれていった。


一頻り笑ったところで、深呼吸する直哉。

そして、話し出した。


「ガルガント王国で、こんな目になったのはな」

「?」

「……目の前で、人を殺されてからなんだ」

「え…?」

「悪玉を時計塔に追い詰めてさ、頂上に行ったら、男と女がいたんだ」

「……うん」

「夫婦みたいな感じだったんだけど、最終的に女は男に殺された」

「………」

「そんな人を助けようと決めてたんだけどね、それをあっさりと砕かれた。俺は何も出来なかったんだ」


シエルは直哉を見る。空を見上げる直哉は、触ったら崩れてしまいそうな程脆く見えた。


「その時この模様が浮かび上がったんだ。その力を使って、俺は男を殺した」

「………」

「化け物って言った方が正しい姿になってたとは言えど、俺はまた人間を"殺した"んだ」


直哉は左手を空に向かって突き出し、きつく握り締めた。


「その時から、この目と手に描かれた模様が消えないんだ…これは、俺に刻まれた刻印なのかなって思うんだ」

「刻印?」

「あぁ。俺がやった事を、"俺がやるべき事"だったと胸を張って言えるように、ってね」

「ナオヤ……」

「まぁそんなところかな。みんなにはあんまり知られたくなかったけど、シエルにだけは知っといてもらいたくてな」


不意に直哉が起き上がり、空を見上げる。その目…六芒星の輝く左目には、強い決意が宿っていた。

シエルも起き上がり、直哉の隣に寄った。


「……きっと、それが"ナオヤがするべき事"だったんだと思うよ」

「?」

「その女の人が、ナオヤに止めてもらおうとしたんじゃないかな?」

「…と、言うと?」


シエルは床があるギリギリのところまで歩み寄った。そして、直哉の質問に答えた。


「その男の人を止めてあげて、って」

「止める?」

「二人が酷い事をしてたのは事実だけど、女の人は男の人と一緒にいれれば、それで良かったんだと思う」

「ふむ…」


直哉は二人を思い浮かべた。ロキのために何でもしていたサラ。言われてみれば、その通りかもしれない。


「だけど、女の人を突き飛ばしてまで手に入れたモノが、その男の人にとって"幸せ"な訳が無いよ」

「………」

「だから、女の人がナオヤに力を与えてくれたんじゃないかな?男の人を苦しむ前に止めれるだけの力を」


シエルの言葉には、言い知れぬ説得力があった。直哉の模様に対する認識が変わる。


「まだ模様が消えないって事は、他にもするべき事があるって事だよ」

「……そうか。何すりゃいいのかな」

「それは分からないけど、きっとナオヤが見つけなきゃダメなんじゃない?」


シエルが振り向いた。星明かりに照らされたシエルは、いたずらっぽく舌を出していた。


「ふむ…でも、これでこの模様に胸を張れるよ」

「うん!よかったね、ナオヤ!」

「あぁ、ありがとな、シエル」


シエルの元に歩み寄り、頭をなでなで。さらさらな髪の毛は触り心地がよく、ずっとなでなでしていたいと思った。

すると、シエルは目を細目ながら笑顔で言った。


「えへへ…何かあったら相談してね?話しか聞けないけど、ちょっとは変わるかもしれないから」

「ほう…それじゃあ、一つ相談があるんだ」

「何かね?ナオヤ君」


シエルが腕を組みながら相槌を打つ。それを見た直哉は、ニヤリと笑う。


「昼間の仕返しさせろ!」


そう言うと、シエルの頬っぺたを摘まみ、びょ~んっと伸ばした。シエルはびっくりしている。


「ふぁ、ひょっとぉ、ひゃひふんのよ!」

(訳:ふぁ、ちょっとぉ、なにすんのよ!)

「寝てる時摘まんでただろー」

「なんへそれを?!…ひょっ、ひょんなほとひなひ!ひてなひよぉ!」

(訳:なんでそれを?!…そっ、そんなことしない!してないよぉ!)

「この口かぁ、この口が嘘ついちゃうんだなぁ?」

「ふぁぁぁ!ほめんなひゃい、ほめんなひゃいぃぃぃ!」

(訳:ふぁぁぁ!ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!)

「わはははは、聞こえないぞぉ!」

「ひゃめへぇぇぇぇ!」

(訳:やめてぇぇぇぇ!)


それから5分程、直哉の拷問(?)は続いた。直哉が満足したのか手を離すと、シエルはぺたりと座り込んでしまった。

頬っぺたはちょっと赤くなっていた。


「ふぅー、大満足です、シエル先生」

「うぅー…いたいよぅ…」


直哉が笑いながら言うと、シエルが涙目で見上げてきた。

流石の直哉のいたずら心も、こんなシエルには敵わなかった。


「す、すまん…ちょっとやりすぎた…」

「えぐ…ふぇぇ…」

「うぐぐ…ごめん…ごめんよ、シエル…」

「うぅぅぅ…いたいよぉぉ――」

「分かった分かった!明日何でもしてやるから!だから泣いちゃダメな、な?」


泣き叫ばんとするシエルを泣き止ませようと、適当な条件を提示した。これが最善の方法だと思ったからだ。

この時、シエルの十八番"涙目上目遣い攻撃"があった事を忘れていた直哉。それの応用"嘘泣き"をマスターしていた事など、知る由もない。


直哉がそう告げた瞬間、多少潤んでいるが、輝いている目を直哉に向けた。


「ほんと?じゃあ町に行こ!」


してやられた、直哉はそう思った。演技にしては上手すぎる"嘘泣き"をされたのだ。

跳んで喜ぶシエルを見て、やれやれと溜め息をつく直哉。


そんな二人の背後の物陰から


グキッ


「いってぇ!」


何かを捻る音と誰かの悲鳴が聞こえた。


急いで振り返り、両手に稲妻の弓矢を形成、右手で矢を左手で持つ弓の玄に引っ掛けて引き、身体をシエルの前に移動すると言う動作を一瞬でやってのけた。

シエルはびっくりしているだけで、何が何だか分かってないようだ。


そして、少し敵意を含めた声で、物陰に向けて叫んだ。


「誰だ!」


すると、すぐに返事が帰ってきた。


「あー分かった、分かったから打つ…ちょ、押す…ぶへっ!」


聞き覚えのある声だ。そして、声の持ち主が転ぶ。それに続いて、次々と人が転んでいった。その数七人。

全員見覚えがある。と言うより、先程顔を合わせたばかりだ。


弓矢を降ろしながら、その七人…セラと騎士団の団長、副団長達に向けて、呆れた声で言った。


「…はぁ、何してんのあんたら…」

「見ての通りよ」

「見ての通りって…密偵ごっこでもしてたのか」

「密偵ごっこではない…密偵だ」

「こんなヘマやらかす密偵なんていねーよ」

「こっ、ここにいまひゅっ!」

「あんたら騎士団じゃねーのかよ…それにそんな密偵は密偵じゃねーだろ」

「騎士団兼密偵だよ。これから密偵として成長するのさ」

「どっちかにしろよ…何なら密偵としてのあんたら消してやろうか?」

「そ、それはご遠慮したいですね…」

「ったくよぉ…で?何で俺らを密偵"ごっこ"で追跡してんの?」


直哉が質問する。答えたのはセラだ。


「そりゃ、さっきの部屋の口づけの続き――」

「いやぁこれには深い深い訳があってね…は、ははは………は…………」


ミーナが必死に止めたが、時既に遅し。

直哉とシエルの顔は真っ赤になっていた。直哉の左手には稲妻が集まって直径10cm程の球形を形成。それは七個に分裂し、


「死にさらせェ!!!!」


直哉の掛け声と共に七人を貫いた。

貫かれた七人はびくびくと痙攣している。そんな七人に、直哉が笑顔を纏い、優しい口調で言う。


「次はもうちょっと強めの打とうと思ってるけど、どうする?」


再び左手に稲妻を集め始める。

それを見た密偵達は、揃って首を横に振った。


「えぇー、んな遠慮すんなって。邪心退散だぞ?」


左手に稲妻を集め終えたようだ。先程の二倍以上はある。

密偵達は慌てて物陰に消えていく。物陰には階段のようなモノがあるらしく、王宮の中に繋がっているようだ。

次々と逃げる中、最後に逃げようとしたセラを肩を引っ張って止めた。


「待とうか、セラ」

「ひぃぃっ!」


悲鳴をあげながら転ぶセラ。直哉はシエルを呼び、愉快そうに話し始めた。


「シエル、どうしようか?」

「どうしよっか、ナオヤ…キツいお仕置きが必要って事しか分からないよ」

「やっぱそう思う?奇遇だね、俺もなんだよー」

「奇遇だぁ。んー…その左手の稲妻で黙らせてあげるのは?」

「あーそれいいね、採用!」

「ごめんなさいいいいい!」


ぶるぶる震え出したセラに、満天スマイルを向ける直哉。左目の輝きが異常だ。


「つーわけだから。次会うのは天国かな?」

「地獄かもね?」

「それもそうかぁ~。あはっ、あはははははは」

「ナオヤったらぁ~。うふっ、うふふふふふふ」

「ゆるひてぇぇぇぇ!」


端から見たら頭のおかしい集団に見えるだろう。声をあげて不気味に笑う男女に、絶望に染まる顔でガタガタ震える女性。異様である。


「さて、お別れの時間が近付いてきたよ~」

「短い間だったけど、お勤めご苦労様でした、セラ」

「大丈夫だよ~、気付いたら逝ってるからさ」

「あ…う…」


左手を振り上げる直哉。セラは逃げる事も声を出す事も顔を背ける事も出来ず、直哉の狂気をありありと感じさせる目を覗き込む事しか出来なかった。


「それじゃあセラさん」

「さようなら(はぁt」


直哉が手を振り降ろす。



ドガァァアン!



その手はセラの顔のすぐ左側の床を抉り、下まで貫通させた。

下を覗き込むと、蜘蛛の子を散らすように密偵達が逃げる姿が見えた。明日お仕置きしようと決意する直哉。

対するセラは――


「………」


――あり得ない程震え、歯をガチガチと鳴らし、目からは大粒の涙をぽろぽろと溢していた。


直哉はシエルを見た。もういいでしょ、と言うアイコンタクトを貰ったので、それ以上何もしない事にした。


「これに懲りたら、そんな事、もうやっちゃダメだよ?」


笑顔で告げる直哉に、首を何回もこくこくと振ってセラは答えた。


「よろしい。部屋に帰ってゆっくり休みたまえ」


すると、セラは震える足を何とか動かしながら、階段を降りていく。後ろを振り返らず、その場からそそくさと居なくなる。

それを確認した直哉は、シエルの隣まで歩いていく。


「んま、部屋に帰るか。流石に目立ちすぎたかも」


床を粉砕した音で人が集まりつつあるのだ。急いで翼を形成し、シエルを掴まえて飛び立つ直哉。

奇跡的に、誰にも目撃される事が無かったとか。


部屋に向かったのはいいが…


「何処だっけ?」

「さぁ?」


直哉の部屋の場所を忘れてしまったようで、途方に暮れていた。窓が開いてる部屋がたくさんあったのだ。

仕方なしに中庭に降りる事にした。だが、流石に人がいたらしく「うわぁぁ!」とか「敵襲ー!」など言われた。うまく丸め込んだが、寿命が縮みそうであった。


そこからはシエルの案内で、すぐに直哉の部屋に到着。密偵がいないか確認して、ようやくほっと出来る空間に辿り着いた。

部屋に入る二人。ドアをしっかりと閉めて作戦会議だ。

だが、思うように進まなかった。


「「………」」


二人とも気まずいのだ。


「「……あの!」」


1ハモり、


「「……どうぞ」」


2ハモり、


「「……その」」


3ハモり、


「「ごめんなさいっ!」」


4ハモり。


同時に謝った二人。綺麗に4回もハモらせてくれた。

それがおかしかったのか、二人して笑い出した。


笑いが引いてきた頃、シエルがもじもじしながら言ってきた。


「あ、あのね、ナオヤ」

「ん?」

「シエルね…その…」

「?」

「な、ナオヤとなら…」

「……!」

「……ううん何でもない、おやすみナオヤ!」

「あ、お、おやすみ…」


部屋から駆け出していくシエルを呆然と眺めた直哉。

男の部屋から逃げるようにして走るシエルをメイド達が目撃し、メイド間で噂になったとか。


『……お前ら、特別天然記念物かよ……』

《……俺もそう思う……》


高鳴る心臓を押さえながら、開きっぱなしのドアを眺める直哉であった。

部屋に帰ったシエルも、鼓動が速まっていた。

走って来たと言うのもあるが、大部分が別の理由である。


ドアをしっかりと閉めて、ベッドに座り込んだ。


「はぁ…やっぱ無理だぁ!」


シエルも葛藤の最中にいるようだ。夢について聞いたあの時は勢いで任せれたのだが、さっきは流石に無理だったようだ。


青春真っ直中な二人であった。

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