第二十三輪:大人の階段
タイトルに深い意味はありません。
これから少しのあいだ、王宮内をうろうろしたり城下町に出たり、魔術を練習したりさせようと思いますた!
あまり期待しないで待っててください(笑)
ガルガント王国での魔物騒動が片付き、無事に戦争を止める事に成功した直哉。そんな直哉の疲れたの一点張りで帰ろう帰ろうと駄々をこねる攻撃を喰らい、エアレイド王国一行はガルガント王国を後にする事にした。
コラーシュは馬車に、騎士団達は馬に、直哉・シエルはリオンに乗る。二人を乗せても平気らしいリオンを見て、周りは驚きの声をあげた。
「おぉー」
「やるな、お前!」
「ウォォン!」
当然だろと言わんばかりに吠えた。魔物だと言う事すら忘れられたようだ。
その光景にほっとした直哉の顔から、自然と笑みが溢れた。
帰り際、ガープと愉快な仲間達が送り出してくれた。
「さて、コラーシュにシエルちゃん、騎士団の皆…そして直哉。我がガルガント王国は、君達を年中大歓迎しよう。たまには遊びに来てくれ。そして直哉、次はアレを着てもら――」
「コラーシュさん、アレ消しちゃダメですか?」
直哉が六芒星の描かれた左手の人差し指をガープに向け、コラーシュに確認を取る。同時に、ガープと密偵、騎士団達はびくりと跳ね上がる。
何せ一瞬で時計塔を消し去ったのだ。勇敢に立ち向かったところで、空の彼方に昇るか地中深くに埋められるか、どちらかにしかならないのだ。
ガープは取れるんじゃないかと心配になる程首を振る。
「いやいやいやいやいやいやいやいや、すすっすぅぅっ、すいませんすいませんすいませんなななんででもござざざ――」
「ナオヤ、何を着せられたの?」
ガープのあわてふためく発言を軽やかに邪魔し、満天スマイルを浮かべながらシエルが尋ねた。今回びくりと跳ね上がったのは直哉だ。
「え?いやいやいやいや、なんでもない――」
「ナオヤがフリフ――」
「………」
「――なんでもない」
満天スマイルの直哉の左手人差し指に稲妻が集まったところで、ガープは続きを言う事を止めた。
残念そうにふてくされるシエル。頬をぷくーっと膨らませている。ついてきたファンクラブのヤツらがそれを見て、ドミノ倒しのように倒れ始めた。
「ぶー…いいじゃない、教えてくれたってー!」
そんなシエルの頬を両手でサンドし、ぷしゅーっと可愛らしい音をたてながら縮む様を見ながら、直哉は諭すように語る。
「いいかいシエル。この世には"知っていい事"と"知らなくていい事"、それと"知ってはいけない事"があるんだよ」
「知ってはいけない事?」
シエルの問いに、直哉は空を漂う雲に目を向けながら答えた。
「あぁ。簡単に言えば、あのエロオヤジ…ガープさんの事だよ」
ガープに視線を戻した。いよいよ本格的に怯え出したので、左手を降ろした。
「あんな変態な大人になっちゃダメだぞ?シエル」
「むぅ~…よく分からないけど、ガープさん…何か、哀れだから…シエル気を付けるね!」
「偉いぞー、シエル」
「えへへー」
「………」
シエルの頭をぽんぽんと撫でる。撫でやすい頭も、気持ち良さそうに目を細めるシエルも久し振りだ。
…地面に膝を着き、空を見上げながら頭を掻きむしるガープは初めて見たが。
「僕は変態なんかじゃなぁい!信じてくれよォ!!」
そんなガープに、直哉は声を掛けた。
「あーそこのエロオヤジ。発狂するのは王宮に戻ってからにしてくれ。ま、俺達帰るからな…皆さん達者で~」
(ガープ以外の)ガルガント王国の人々に向けて手を振る直哉。コラーシュは名残惜しそうでも哀れなモノを見るようでもある目をガープに向けている。
「……元気でな、色んな意味で」
コラーシュはそう言い放ち、ガルガント王国に背を向けた。
背後で崩れ落ちたガープを、全身全霊をもって無視したエアレイド王国一行であった。
中央にコラーシュの乗る馬車、左には直哉とシエル、それにリオンがいて、前後と右を騎士団達が馬に乗って囲んでいる。
シエルはリオンをなでなでしたり、抱き締めたりしている。どうやらご満悦のようだ。
「リオンふかふかー!ぽかぽかー!可愛いー!!」
「ウァォン!」
嫌がる様子も見せず、寧ろ喜んでいるようだ。きっと男だったのだろう、素直に同情する直哉。
「良かったなーリオン、こんなに可愛い娘に好かれて」
「なっ、ナオヤ~?!」
「ワゥワゥ!」
シエルの耳が真っ赤になる。直哉は満足げに腕を組み、シエルは後ろを向いて手をぶんぶん振り回す。
《あぁ…この感じ、久し振りだ…》
『…お前もご立派な変態だな』
《違う、俺はただ単に癒してもらってるだけだ!》
『そうか、それじゃあ変態じゃないな』
《分かればよろしい》
『変態なんて生易しいモノじゃないと理解したんだが、よろしいんなら仕方がないな』
《え、ちょま、違うよ違う、僕は――》
『ロリコンナオヤくぅ~ん(はぁt』
《やめろ気色悪い!》
『だってガチだし…ね?』
《俺に同意求めんなよアホが!》
『他に誰に求めろと?』
《シエルがいるじゃねーか!》
『シエルちゃんとは実体化しないと会話出来ねェ』
《あ゛》
『それに、面と向かって「ナオヤのロリコン!」って叫ばれて、ナオヤは生きていけるか?』
《……逝けそう》
『俺様の気遣いに気付かないとは…まだまだだね(キリッ』
《実体化出来ないから、俺に聞く事しか出来なかっただけだろ》
『ぐっ……うるせェロリコンめ!将来は脂ぎったガープだ!!』
《黙れ人類の敵!てめえにはニートがお似合いだぜ!》
「……オヤ…ナオヤぁ!」
「はいこちら直哉ぁ!」
脳内でぎゃーぎゃー言い争っていて、シエルの呼び掛けに気付かなかった。
びくっと震えてから反応した直哉に、シエルは言った。
「……置いてかれちゃったよ?」
「え?」
慌てて周りを見渡す。先程まで隣を歩いていた筈の馬車が、騎馬騎士団が、誰もいない。
「……なぜ?」
「直哉に話し掛けても反応しなかったから、リオンが気を遣ってくれたの」
「ウォン!」
一吠えして返事するリオン。何が何だか理解出来ずに混乱していた直哉だが、ようやく結論を導き出す事に成功した。
「迷子?」
「うん」
「ワウ」
王国救済の次は、自分を救済するしか無いようだ。
だが――
「シエル、エアレイド王国はどっち?」
「んー、分かんない!直哉をずっと呼んでたんだもん」
「遺書の準備は済んだ?」
ゴゴゴゴゴゴ…
言うと同時に、直哉のお腹が悲鳴をあげる。
急に鳴り響いた音に、敵襲かと身構える二人(一人+一匹)。
「な、何?!」
「ヴヴヴヴヴ…」
「あぁ…俺何か食べ物を…」
心底キツそうな直哉の声が聞こえ、シエルは直哉を振り返った。
顔は心なしか蒼白く、頬は少し痩せこけているように見える。瞼はとろんっとしていて、とても眠そうだ。
「な、ナオヤ?大丈夫?!」
「正直ダメ…お腹すいたー、眠いー…あぁ、パトラッシュ…俺もう疲れたよ…」
「眠っちゃダメ!冷たくなっちゃうよ!」
「ウォウウォウ!」
衰弱している直哉を慰める(?)二人。
本来寝ている筈の時間をフルに動き回り、食べ物を何も食べていないのだ。直哉が弱るのも無理がない。
揺らされる度にかくんかくんする直哉。
「あーうーあー……」
「ナオヤ!応答して、ナオヤーー!」
「ウォウ!」
急にリオンが吠えた。シエルはびくっとしてからどうしたのか尋ねた。
「わっ…どうしたの?」
「………ワウ!」
リオンが地面の臭いを嗅いでいた。どうやら馬車やら馬やらの臭いを見付けたようだ。鼻を地面すれすれに保ちながら、歩き始めた。
「わぁー、リオン頼りになるなぁ」
「ゥワォン!」
シエルが褒めると、尻尾をぱたぱたと振り始めた。頭をなでなでしてやると、本当に嬉しそうにした。
調子が出てきたのか、歩くペースが上がった。このペースなら、すぐに王国に着くだろう。
不意に風が吹いた。それはシエルに甘い花の香りを運んできた。
エアレイド王国は"花の都"である。王国の周りには花が群生していて、その名前の由来となっているのだ。
そして、その花の香りがすると言う事は、王国に近い証拠でもあるのだ。
「もう少しだよ、リオン!」
「ウォーン!!」
すると、不意にリオンが走り出した。花の香りを辿っているようだ。その速さに驚くシエルを、虫の息だった直哉が支えた。
「速いな…羨ましいぜちくしょー」
リオンはひたすら走り、お花畑に到着した。風に花びらが舞い、まるで桜吹雪のようだ。
そこでお座りし、二人が降りやすくする。
シエルが先に降り、直哉を降ろそうとしたが、直哉の意識はシャットアウトしてしまっていて、リオンに突っ伏していた。
「どーしよっかなぁ…」
「ワゥワゥ」
不意にリオンが立ち上がった。びっくりしたシエルを余所に、直哉が滑り落ちた。背中から落下した。地面はふわふわで、余り痛くはないようだ。
「ぐへっ」
倒れた直哉に寄っていくシエル。目の焦点が合ってない直哉は、ちょっとヤバそうだ。
「大丈夫?ナオヤ…」
「そ、その声は…お花畑に、シエルが…?ここは黄泉の国のはずだ…」
「な、ナオヤ?」
「あぁ…神様が最期に至福の時間を下さったのか…ありがとう神様、お花とシエルに囲まれて、僕は幸せだよ…あぁ、眠くなってきた…」
「………」
困ったシエルはリオンを見た。黙って首を振るリオン。
「わ…し、シエル…そんな、膝枕だなんて、恥ずかしいよ…でも、いい匂いだ…」
「??!!」
直哉の幻覚の中では、シエルが笑顔で膝枕しているようだ。
それを想像して赤く染まるシエル。
「あぁ、ぼかぁ幸せだ…パトラッシュ、僕、眠ってもいいよね…」
不意に胸の上で両手を組む直哉。目は閉じられ、安らかな表情を浮かべている。
神崎直哉(十八歳独身男性)、ここに眠る(仮眠)。
「………」
沈黙。
騒ぐ事が出来ない空気になってしまった。安らかな寝息をたてる直哉を余所に、シエルは困っていた。
『ナオヤは私に…ひっ、膝枕されてるつもりなのね…』
直哉は遺言(寝言)で、間違いなくそう言っていた。
実際にするべきか、起きるまで待っておくべきか…シエルはシエルなりに羞恥を感じているようだ。直哉にしがみついて眠ったり、周りの視線を省みずに抱き着いたりしている時点で、羞恥なんて感じていない筈なのだが。
「うー…」
悩みに悩んだ末に、膝枕をしてあげる事にした。理由は"なんとなく"。
直哉の頭を持ち上げ、下に膝をもぐり込ませた。
「むにゃむにゃ…」
似たような寝言を聞いた事があるなぁ…などと思いつつ、シエルは直哉を見た。
久し振りに寝顔を見た気がする。微笑んでいるんだかにやにやしてるだけなのかよく分からない顔だ。
直哉の頬っぺたを摘まむ。すべすべで柔らかく、触り心地抜群だ。
調子に乗って、ひっぱったり縮めたりして遊び始めた。されるがままな直哉は、そんな事されてる事にすら気付かずにひたすら熟睡中だ。
「あはっ、面白ーい!」
「むにゃ…ひえう~…」
不意に寝言が暴発した。頬っぺたを摘まむ手を止め、直哉の唇に集中する。
「シエルぅ…」
「………?」
「今日も可愛いなぁ…え?冗談なんかじゃないよぉ…」
「!!」
「俺も?いやいやそんな…って…手に持ってるのはなぁに?…嫌だぁ、フリフリ着せないでぇ!」
「………」
「うわっ、そ、そんな…無理矢理…ちょっ、まだ、心の準備が…っ!」
「!!!!」
「そ…そんなに、見つめないで…は、恥ずかしい…ちょっ、そこ違っ…う……」
「~~~~~!!!」
シエルが暴走する。
『夢の中の私は、一体何をしているの…?まさか…あんな事やこんな……』
メイド達に詰め込まれた知識をフルに使い、直哉の夢で起きている出来事を分析する。
シエルに対して可愛いと言った直哉に、直哉も可愛いと言ったのだろう。女装させようとフリフリ付きの"ブツ"を直哉に渡そうとして、直哉が抵抗。それを見たシエルが、直哉の服を無理矢理ひっぺがす。あろう事か、そんな直哉をガン見…そして、手を――
ボンッ!ボンボンッ!
シエルには刺激が強すぎたようで、自分の妄想で自分がオーバーヒートしてしまったようだ。純情なのか乙女なのか、又は変態なのか…よく分からない。
頭から湯気を噴き出すシエルは、ぴくりとも動かなくなってしまった。直哉は何があったのか、シエルの膝に頭を乗せながらびくびくと痙攣している。リオンもまた、彫刻のように硬直している。
端から見たら不審な集団にしか見えない一行。各々の心中は、素晴らしく複雑である。
いつの間にかいなくなっていたシエル達を捜すべく、来た道を引き返したコラーシュ一行がシエル達を見つけた時、誰もが言葉を失ったようだ。
「「「………」」」
真っ赤になって加湿器と化したシエル、頬を紅潮させながらびくびくする直哉、王宮の宝物庫の片隅にありそうな彫刻にしか見えないリオン。
そんな光景を見た一行が沈黙する中
「アッーーーーーー!」
直哉が叫び声を発した。全員がびくっと震え、直哉に視線が釘付けになった。
よく見ると、直哉はシエルの膝に頭を乗せているのだ。お花畑のど真ん中で。
王宮での二人の接し方は有名だったので、大した違和感は抱かなかったらしいが、何故こんなところで…と言う別の違和感は抱いたらしい。騎士団の女性は「キャー!」とかほざいていたが。
「と、とにかく!シエルと直哉を王宮に運ぼう。リオンは歩けるか?」
「ウォン!」
戦闘不能になったシエルと直哉は、コラーシュの乗る馬車に乗せられた。コラーシュが見たくなかったのか、今度は膝枕をさせなかった。
湯気を噴き出し続けるシエルと、最早形容出来ない直哉を見て、コラーシュは大きな溜め息をついた。
熟睡する直哉の夢の中。直哉とシエルは二人きりで"あること"をしていた。
「ふふふ…ナオヤったら、初なんだから」
「ちがっ…だって…」
「あらぁ?もうこんなにしてぇ…違うのぉ?」
「やった事無いんだよ…まだ、そんな事…」
「うふっ、私が教えて、あ・げ・る」
「やっ、シエル…まだ早っ…」
「いいからいいからぁ…」
シエルがにたにたしながら寄ってきた。逃げようとしたが、何故か手足が動かない。
動かせたのは目だけだ。
「ふふっ…まずは力を抜くところから始めましょ?」
「あ……」
成す術が無い直哉は、黙ってされるがまま――
「シエルぅぅぅ!!まだ早いってダメだって!!」
「きゃっ?!」
叫びながらがばっと起き上がると、何故かシエルが驚いた。どこかの部屋に寝かされていたらしい。
シエルは顔が真っ赤である。
「な…ナオヤ?」
「あ…シエル…」
何か気まずい空気が流れる。直哉はシエルを見て、顔が火照るのを感じた。
それを見たシエルは、夢の中での出来事が予想通りの内容だった事を悟った。
意を決して聞いてみた。
「ナオヤ…」
「な、なに?」
「その…どんな夢、見てたの?」
夢と言う言葉を聞いてぴくっとした直哉。ほぼ確定だ、とシエルは確信した。
「…その」
「その…?」
「……夢の中で」
「夢の中で……?」
「…………シエルに」
「私に…………?」
「……………料理作らされてた」
「料理作らされて……って、え?」
「俺…料理だけはダメなんだ…無理なんだ…」
身震いしながら話し始めた。
フリフリの付いたエプロンらしきモノを着たシエルを、直哉が可愛いと言った。すると、直哉もこれを着れば可愛いと言い始めたシエルが、無理矢理直哉を脱がせてフリフリエプロンを着せる。だが、着け方がいまいち分からなく、背中で結ぶ紐を腕のところで結んでしまったらしい。
何とかエプロンを装着出来たのはいいが、料理の腕がからっきし無いのだ。与えられた食材を劇毒の物体にしてしまった。恥ずかしそうに顔を染める直哉を見たシエルは、料理のいろはを教えようと近付いて来た。
そこで目が覚めたらしい。
話を聞き終えたシエルは、身体から蒸気を噴き出した。部屋がそれに包まれ、それと反比例に赤みが抜けていく。
そんな様子を見ながら、直哉はシエルに尋ねた。
「ところで、何で夢なんて聞いたのさ」
「えっ?!…いや、そのね…あの…」
「?」
「なっ、なんでもないの!気にしないで!!」
シエルの顔に赤さが戻ってきた。今度は焦りが格段にプラスされている。手をぶんぶん振り回す事に加え、首までぶんぶん振り、目はうるうるとしている。
それを見た直哉は、にやりと不気味に笑う。
「どうしたの?シエル、ずいぶん慌ててるみたいだけどー」
「やっ、ききっ、気のせい!」
「気のせいじゃないって。この湯気は何だろうね?それに、顔が真っ赤だよ?」
「なっ、ななななっ、何のお話?!」
「ははーん、さては――」
「違う違う違う違う、夢は関係ないの!絶対違うの、知らないの!間違いないんだから!」
慌てようがヒートアップした。夢が関わってるのは間違いないようだ。
「ふぅーん、夢がどうしたの?」
「な!何でそれを…!」
「さぁ、何ででしょう。で?夢がどうしたの?」
「っ!…そ、その……」
「んんー?まさか、やましい事でも――」
「わーわーわー!!別に直哉が変な事してたとか思ってない――」
言い終えてから、はっとしたような顔になるシエル。頬を異様に冷たい汗が伝う。
直哉を見ると、神様のような笑みを浮かべていた。だが、冷たい何かを感じる笑みだ。
「へぇ?俺が変な事したって?」
「ちちちちちがっ、違うよ!言ってないよぉ!!」
「そのお口が滑りまくっちゃってたよ?」
「しらなぁぁぁぁい!!」
「ふぅーん、知らないんだぁ?」
シエルの目を覗き込む。奥に輝く光はゆらゆらと揺れ、明らかな動揺を表している。
ちょっとずつ近付いていく直哉。
「ほんとにほんと?」
「ほんとほんと…」
「ほんとにほんとにほんと?」
「ほんとほんとほんと……」
直哉が近付くにつれ、シエルの息が荒くなってきた。シエルはぼーっと直哉を見つめ返している。
不意にシエルが目を閉じた。何故だか分からないが、大人の魅力を感じる。赤くなった頬に、震える唇。それは直哉に変な感情を抱かせる。
《やべぇ…可愛い…》
『ナオヤが…ついに大人に…!行け!強奪するんだ!!』
ウィズに急かされるままに、少しずつ近付いていく直哉。
二人の距離が縮まっていく。シエルの短くて荒い吐息を肌に感じるくらいの距離だ。
そして、シエルに唇を――
「しっつれーい!ナオヤにシエル様、起きて……くだ………さ…………」
バンッ!と勢いよくドアが開き、セラが笑顔でお盆にコップを乗せて入って来て、直ぐに静止した。
はっとして振り向いた二人は、表情は笑顔を浮かべたままで、視線は二人に釘付けなセラを見た。そして、各々が顔を見合わせる。
「………」
「………」
目の前に各々の顔があって、見つめ合ったまま再び静止した。
三人が静止する中、セラの手の中にあったお盆が落下した。
ガシャァァン!
その音を聞いて、二人が解凍される。お互いに飛び退き、未だに動かないセラに弁解した。
「いや!こ、これには訳があってさ!決してやましい事なんかやってた訳じゃないんだ!」
「そ、そうよ!あんなに近くにいたのは、その、事故で…」
「………」
セラは微動だにしない。その姿に、直哉は生きてるのかと言う疑問を、シエルはこれが広められると言う戦慄を、各々が抱き始めた。
不意にセラが動いた。お盆を持つポーズから、直立不動のポーズに移行する。
表情は先程とは比べ物にならない程の笑顔である。
そして、楽しそうに言うのであった。
「お邪魔しましたぁ。ごゆっくりどうぞ~」
部屋から出ようとしたセラの肩を、瞬間移動した直哉が掴んだ。
「待て」
「いやー、お掃除もしなきゃいけないからー」
「後でいいよ。それよりもお話しないか?三人で」
「でも…」
「拒否権は、無い」
笑顔の直哉に逆らえる気がせず、首根っこを掴まれて引き摺られていくセラ。笑顔のシエルもセラを見つめていて、セラはぷるぷると震え始めた。
すると、直哉が話し始めた。
「セラ。君は何も見ていない。疲れてたのか、幻覚でも見てただけだ」
「で、でも…二人が、くちづ――」
「何も見てないよね?セラ?」
「はい何も見てません」
恐喝紛いに丸め込まれたセラ。今にも泣きそうな目をしていた。
すると、直哉が立ち上がる。びくっとしたセラに、直哉が優しく言った。
「それよりもお腹すいたなぁ。ご飯まだ?」
「ひゃっ、ひゃぃっ!!しゅぐごあんにゃいしまひゅ!」
噛みながら、震えながら立ち上がるセラ。部屋に備え付けてあるタオルのようなモノで床を拭き、コップを拾い上げた。プラスチックのようなモノで出来ていて、割れてなかったのだ。
それを拾ったお盆に載せて、急いで部屋を後にする。
直哉とシエルも続いて部屋を出た。どうやらシエルの部屋だったらしい。
部屋を出た三人は、一言も言葉を交わさなかったとか。
そんなこんなで、直哉は無事にエアレイド王国に帰還出来たのであった。
『無事じゃないけどな…』
ウィズの呟きは、直哉でさえ聞き取る事が出来なかった。
沈黙を保つ三人だったが、不意に直哉が声をあげた。
「あ!」
「「?!」」
びっくりして振り返る二人。そんな二人に、直哉は確認のように話し掛けた。
「看板出来てるじゃん!」
「ナオヤが誘拐されてから、すぐに出来たよ」
シエルが答えた。王宮を走り回ってたから、その辺の状況ならよく知っているのだ。
「そっかぁ…これで迷子にならずに済みそうだな」
笑いながら言う直哉につられて笑い出した二人。堅苦しい空気は遠くに吹き飛んでいた。
それからは会話が弾み、食堂に着くまでの楽しい時間を満喫する三人であった。