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第二十二輪:哀しみ

長かった戦争編は、今回で完結です。

この小説、面白く書こうとしてたのに…どうしても変な表現が入り交じってしまう。どうしようもないけどprz


それはさておき、戦争編最終話どうぞ!

ガルガント王国の中で最も高い建造物、時計塔。歴史は長く、見た目も壮大だ。時間を知らせるために鳴り響く鐘の音色にも風情がある。


そして、そんな時計塔の最上階。そこで、王国に新たな足跡を付ける出来事が起こっている。


「くっ、はぁ…はぁ…」

「先程までの威勢はどうした?まさかもう――」

「んな訳ねェ!」

「ククッ、そうでなくては壊し甲斐が無い」


直哉とロキの死闘(?)だ。

どうやら直哉が押されているようだ。覚醒したロキの力はとんでもないらしい。お陰様で、直哉の身体中には擦り傷や切り傷がたくさん。

それでも果敢に立ち向かう直哉。一直線にロキに向かい、右手を振るった。


「うぉら!」

「はははっ!」


笑いながら左に回避するロキ。その右手を掴み、直哉のお腹に膝を叩き込む。


「ぐふっ…」


苦痛にうずくまる直哉の右手は掴んだままだ。それを持ち、先程の直哉にやられたようにぶんぶん振り回した。

地面に叩き付け、叩き付け、叩き付け、叩き付け…ぶん投げた。綺麗な放物線を描き、地面を跳び跳ねる。止まったところは…空中。


「クソッ!」


辛うじて右手で時計塔にぶら下がる。塀のようなモノはいつの間にか消失していたようだ。

直哉がぶら下がったところには、時計盤のような絵が描かれていた。この世界の時間の決め方などはさっぱりだが、どうやら元の世界と同じような感じらしい。


右手でぶら下がっていると、ロキの声が近付いて来た。


「神が宿ったらしいが、器が悪かったようだな。神は全知全能の筈だが、そこに惨めに掴まってるガキは私にすら勝てないようだ」

「くっ……」


ロキの中傷に、悔しくても言い返せない直哉がいた。何回も魔物を倒して、自分は強いと自惚れていた。どんな時も、その自信が心の奥底に潜んでいた。

そして、いつの間にか"自分は強い"と言う固定概念に疑問すら持たなくなった。だが、ロキの言った通りウィズが宿ったから強くなったが、最強ではない。

無意識の意識である"自信"を打ち砕かれたのだ。


ロキは続けた。


「そんな塵のような器など捨ててしまえ。私と共に、素晴らしい人生を歩もうではないか」

「………」


直哉は沈黙する。いや、沈黙せざるを得ないのだ。

戦争を止めるために…人を死なせないために乗り込んだガルガント王国。だが、目の前で少なくとも二人の命が失われた。敵であれ、命である事に変わりはないのだ。

結局人を守るなんて言った事は、ただの綺麗事でしか無かったのだ。その事実が直哉の中を駆け抜けた。


バッドスパイラルに突入した直哉を、ウィズが救い出そうとする。


『ナオヤ、耳を傾けるな!アイツはお前の心を揺さぶってるだけだ!』

「俺は……」


だが、その声は直哉には届いてないようだ。

思えば、異世界に落とされた事は不可抗力だったとしても、落下地点にいたシエルを破落戸から救い出した事・エアレイド王国に寄った事・シエル誘拐事件に首を突っ込んだ事・魔物を自ら消し去った事…そして、今回の事。

ただでしゃばりたかっただけか、本心から助けたかったのかすら分からなくなってしまった。

その結果、シエルを泣かせ、人を殺し、自分を暗い意識の底に突き落とす事になった。


身体を支える右手に掛かる重圧が、急に倍近くになったように感じた。

手が震え始め、しがみつくのがやっとだ。


そんな間にも、ロキは直哉の真上にまで歩み寄る。


「……神は言葉まで封じられたのか。だが、安心したまえ。すぐにそのがきから解放してやる」


直哉の右手を踏みにじる。苦痛に顔を歪める直哉は、左手をあげようとして


「っ!」


あげれない事に気付いた。叩き付けられた時に痛めてしまったようだ。

ロキは踏みにじる足に力を込める。


「安心してくれ、この檻はしっかりと始末してやるから」


不意に右手を踏みにじる足が消えた。何事かと見上げた直哉に見えたのは、上に振り上げた足を振り下ろすロキ。

邪悪な笑みを浮かべながら、楽しそうに呟いた。


「さようなら」


振り下ろした足は右手に直撃し、直哉は衝撃で手を離してしまった。


重力が直哉を下へと運ぶ。直哉は呆然とロキを見上げる事しか出来なかった。

落ちていく直哉の耳に届いたのは、ロキの盛大な笑い声だった。


直哉はかなり冷静だった。自分がぼろぼろな事、落ちてる事、人を救えなかった事…そして、死ぬ事を理解している。


《あぁー…風すら感じないや。景色は流れてるのに、不思議だなぁ》

『ナオヤ、ナオヤ!』

《何だ、さっきから誰かが呼んでると思ったら…ウィズだったのか》

『何だ、じゃねェだろ!このままじゃ死んじまうぞ?!』

《それもいいんじゃね?結局、俺は何も出来なかったし》

『バカ野郎!お前が助けてやったヤツらだっていただろォが!』

《救えてないさ、誰もね…結局、俺はみんなの期待しか背負えなかったんだよ》

『んな事……!』


ウィズの返事が途絶えた。そして、はっとしたウィズの意識が伝わってきた。


『お前が助けたヤツが救われないだって?…いるじゃないか、目の前に救われたヤツが』

《誰だ、それ――》


念じ掛けた直哉の服の首らへんを、何者かの手が引っ張る。鋭い爪が生えていて、筋肉質で毛むくじゃら。だが、とても力強い腕。


「――うわっ!」


落ちる途中でワーウルフが引っ張ってくれたのだ。直哉が落ちた側に偶然構えていたらしく、すぐに対応出来たらしい。


「…お前、降りろってあれほどいったのに…」

「ヴォォン!」


直哉に向かって一吠えすると、伏せのポーズを取った。

地下で直哉が跨がった時のポーズだ。


『直哉もいる。他の人も、俺様もいる。もちろん、コイツもな』


ウィズが語り出した。


『だが、アイツに対抗出来るのは、お前しかいない。このままアイツを放っておいたら、それこそ数多の犠牲を被る』


直哉の身体に染み渡るウィズの声。何の差し支えも無く、水が喉を滑り落ちるように。


『今まで俺様達がしてきた事は、やるべきだったか分からない。なら、アイツを止める事で証明してやればいい』


一息置いて、ウィズが力強く言い放つ。


『それが"ナオヤがやるべき事"だとな』


直哉の中に一陣の風が吹く。心の闇を拭い去り、明るい光が差した。

しかし、片隅には闇が残っている。だが、これでいいのだ。これからする事が、この闇を自力で払い除ける事だから。


《ちくしょー、かっけー事言ってくれるじゃねーか!》

『神様だからな』


いつもの直哉に戻ったようで、ウィズはほっとした。

未だに伏せているワーウルフに跨がり、直哉は指示を出した。


「頼むぞ、アイツを止めるんだ!」

「ウォウ!」


勢い良く走り出した。前傾姿勢でワーウルフにしがみつく直哉は、狙われたら最後、逃げる事の出来ない狩人に見えた。

その漆黒の瞳に映り込むであろうモノは、邪悪な笑みを浮かべる…魔物。


どうやら余り落下していた訳ではないらしい。風のように昇る一行は、すぐに頂上に到着した。


「……おや、誰かと思ったら」


出迎えたのは、町を見下ろしていたロキだ。見に纏う黒々とした悪意が恐ろしい。そして、その右手はサラの亡骸を掴んでいる。

直哉はロキに向けて怒鳴った。


「その"人"を離せ!」

「人?…あぁ、"これ"か」


右手に掴むサラの亡骸に視線を向ける。その目には哀れむ気持ちなど微塵も宿っていない。


「"これ"には世話になったな。様々な事をしてくれたよ。殺戮やら諜報やら、夜の世話やら。なかなかの名器だったな」


笑いながらのたまうロキに、直哉がぶちギレた。


「クズヤローが!テメエだけは許さねぇ!」

「許す必要は無い。貴様も"これ"も、すぐに無くなるのだから」


ロキは右手を時計塔の外へ向ける。その下に足場は無い。


「やめろ!」

「やめると思うか?」


ロキはにやりと頬を歪めて言う。


「やめて欲しければ、止めてみる事だな」


そして、右手を離す。


「――"これ"の落下をな」


サラは、直哉の視界から姿を消した。数秒後、ぐちゃっと何かが地面に落下する音、そして魔物らしき生物の咆哮が聞こえた。



サラは、心の支え、肉体、そして存在をこの世界から消した。余りにも哀れ過ぎる生涯は、絶望をもって幕を閉じたのだ。



同時に、ロキは吼えた。


「ヒャーッハハハァ!これで!これでェ!私の野望も成就するゥ!!」


月は血のように赤く染まる。それを背景にロキは両手を広げた。背中からは漆黒の翼が生えて、異形の怪物となった。

身体も巨大化し、地獄の悪魔のようだ。


「コノ世界ハ私ノモノダァァ!!」


さらに大きな声で怒鳴る。その声は王国中に響き渡り、空をどす黒い靄が覆う。


「手始メニ貴様カラダァァ!」


直哉に向かって飛んでいくロキ。怪物の腕としか言えないロキのソレは、人一人潰すには有り余る力を宿していた。

その手を直哉に向けて振り下ろして――


ガァアァアアアアンッ!


「何ダ?!」


二人の中間に稲妻が落ち、ガラスが割れるような音が鳴った。ロキは慌てて飛び退く。


「結界ガ…?!何ガ起コッタ!!」


慌てふためくロキを余所に、直哉は俯きながらワーウルフから降りた。

ワーウルフは何回も振り返りながら、時計塔を降りていった。


ロキは身構え、直哉と向き合う。直哉は俯き、ただ力無く立ってるだけだ。

――だが、この心に沸き上がる畏怖は何なんだろう。


「貴様!何ヲ――」


ガガガァァァンッ!


再び稲妻が、サラを投げ落とした方に落ちる。それは下で屍を食い漁る魔物を直撃し、存在を消した。


ロキは混乱した。直哉がやったのは間違いない。だが、どうやって結界を打ち破ったと言うのか、そしてどうやって無詠唱で、これだけ強烈な魔術を扱ったのか。


結界の能力にも限界がある。今回の結界には内部のエレメントを排出する効果があり、ある程度のエレメントが入ってきても、それを少しずつ排出する筈なのだ。この結界が打ち破られるのは、強大過ぎるエレメントが、急に流れ込んだ時だ。それも、魔物化したロキが強大な魔力と共に形成した結界だ。簡単に破けるモノでは無い。


そこまで考えて、気付いた。

直哉の中には、全知全能である"神"が宿っているのだ。結界などどうとでも出来るだろう。


不意に直哉から膨大な魔力が立ち上がる。結界に阻まれていたエレメントが、直哉のマナの呼び掛けに応え、集まったのだ。


不意に直哉が左手を天空に向けてあげる。そのまま月を握り潰す錯覚がロキには見えた。


直哉の左手に稲妻…不規則な形ではなく、綺麗な円柱の…が落ちる。それは直哉全体を包み込み、凄まじい閃光をあげた。ロキは閃光から目を守るために目を覆った。

そんなロキの耳に、直哉の威圧的な言葉が響く。


「…さっき言ったよなァ、「器が悪かった」って。その通りだ、俺が不甲斐ないから、たくさんの犠牲を被った。誰も救えなかった」


その声には、強い後悔の念が込められていた。

ロキはそんな直哉を中傷する。


「アァソウダ、貴様ハ弱――」

「弱い自分に嫌気が射したよ。今まで俺がやってきた事の自信まで無くしちまう、弱い自分に」


凄まじい閃光が止まる。それに気付いたロキは、目の前から手をどかす。

そして見たのは――


「もう悲しみは十分だ。苦しむのも俺だけで十分だ。自分が弱いなら、強くなるまでだ。自分を、みんなを、この世界を守れるくらいな」


――荒れ狂る黒紫の稲妻を身に纏い、尋常じゃない重圧をロキに投げ掛ける、正しく「雷神」と呼ぶに相応しい、覚醒した直哉だった。

闇をも飲み込みそうな純粋なる漆黒の左目には、黒紫の六芒星の形をした模様が浮かび上がり、それを円が包んでいる。

左手の甲にも同じ模様が浮かんでいる。


「ナ…貴様…何ヲッ!」

「自分を信じるため…過去を証明するため、未来を守るため…そして、弔いのため…俺は、テメエを――」


不意に視界から直哉が消える。突然の事に驚くロキ。キョロキョロと身の回りを見渡した。


「――消す」


突然後ろから声が響いてきた。振り向こうとしたが、それよりも先にロキは吹き飛ばされた。


「グハァ!」


時計塔の頂上から弾き飛ばされたロキは、黒い翼で空に浮かび上がった。

同時に直哉は集中し始めた。覚醒した状態での集中は、普段の半分以下の時間で数十倍の効果を持つようだ。


背中に強大な魔力の渦が生じ、美しい稲妻の翼が出現した。それはバチバチと唸りながら、直哉を空中に浮かべた。

二人の距離は、ざっと30m程だ。


「ナンダト?!」

「荒れ狂う稲妻よ、此処に集い、集束せよ――」


驚くロキに向けて、直哉は両手を突き出した。時計塔の入り口で生み出した雷球の数倍はあろうサイズのソレを二つ作り出し、各々の手で掴む。刹那、雷球は凄まじい閃光を放ち、一対の弓矢へと姿を変えた。強大な魔力により生成された弓矢は、溢れ出す稲妻がただの弓矢では無し事を証明している。

それを構え、直哉はロキに向けた。


「――我が御矢は神風、汝に逃れる術は無し!!」


直哉は弦に矢を引っ掛け、強く引く。凄まじい閃光が発生し、危険を感じたロキが次のアクションを取った。

ロキの手に黒い靄が集まり、球形を形成した。それを直哉目掛けて放り投げた。


「ウォォラァァ!」

「サンダーアロー!!」


直哉が矢を放つのとロキが黒い塊を投げるのは同時だった。だが、その速度は圧倒的に違った。


ロキが黒い塊を投げた瞬間…手から1m程離れた瞬間には、稲妻の矢はそれを貫いていた。そして、ロキに突き刺さる。

刺さった瞬間に始まる放電。それはロキに絶大なダメージを与える。


「グォォァァアアァ!!」


悲鳴と共に、ロキを稲光が包む。貫くように何本もの稲妻が発生し、次々にロキを刺していく。

そして、大爆発。王国全土に衝撃が広がり、空気がぶるぶると震えた。


余程効いたのか、そのまま重力に従い落下していく。直哉は弓を消すと、ベルトに着いた袋から柄を取り出した。

それを頭上に掲げ、叫ぶ。


「我は望む!邪を切り払う轟雷の輝きを!!来たれ稲妻、妖刀村正ァァ!!!」


極太の稲妻が柄を直撃する。すると、その瞬間には柄から刃が伸びている。いつもの妖刀村正は全体が黒紫だが、今回のソレは漆黒だ。漆黒の刃に紫の波が現れ、美しい日本刀を彷彿とさせる。


それを両手で握り締め、落下するロキに向けて接近する。稲妻の翼は直哉の思うように動き、直哉をロキの元へと誘った。

ロキの目の前に辿り着いた直哉は、妖刀村正をロキの足目掛けて振るった。それは豆腐を切り裂くように、ロキの足を切り裂いた。


「ギャァアアアアァ!」


ロキの絶叫が木霊する。だが、直哉は手を休めない。

次々と四肢を切断した。切り口からはどす黒い血が溢れ出した。

地面に叩き付けられたロキ。直哉はスタンッと着地した。


「……それが、俺の目の前で殺された人の苦しみ」


刃をロキの羽にあてがう。そして


ヒュッ


「ガァアァアアアア!」


片翼を削いだ。ロキはもがき苦しむ事しか出来ない。


「それはお前に殺された、エアレイドの人々の苦しみ」


反対側の翼も削ぎ落とした。黒い血は地面に闇を落とす。


「それはガルガントの人の苦しみ」


次に刃をあてがったのは、お腹。上半身と下半身を真っ二つにした。


「~~~~~!!!!」


最早叫び声にすらならないロキの悲鳴。直哉は哀れみを含んだ視線を向けた。


「それはお前を愛し、裏切られ、絶望の底に沈んだ…サラの苦しみ」


刃を消し、柄を袋に閉まった。そして、切断した四肢・翼をロキの元に集める。

ロキ…邪悪な魔物はビクビク痙攣していたが、不意に声を張り上げた。


「グゾォォ!ゴロズゴロズ、ゴロジデヤルゥゥゥ!!」


魔物が黒いオーラを噴き出す。それは漆黒の手を形成した。

鋭い爪の光る手は、迷わず直哉へと飛んでいく。

直哉はそれを避けもせず、直撃を喰らった。


「ハハハハハァァアアアア!ゴロジダァ、ゴロジダンダァァ!アハハハハハハハ……ハ……ハ………」


砂埃が立ち上がる中、人影が浮かび上がった事に、魔物は絶句した。

何も無かったかのように、直哉は告げた。


「……そして、これは俺が進むためのけじめ」


目を閉じ、両手を前に突き出す。先程とは比にならない魔力を感じ、魔物は戦慄した。


「グゾォォッッッ!!」

「天叢雲の雷よ、神の名に於いて命ず――」


魔物の下と上空を囲う、複雑な言葉の書かれた黒紫の魔方陣が出現する。下の魔方陣は地面に吸い込まれるように消え、上空の魔方陣は巨大化しながら更に高く昇っていく。時計塔をすっぽりと囲ってもお釣りが来るサイズになり、時計塔頂上の上空で静止した。

地下に消えた魔方陣も、上空のようなサイズになり、地中で"その時"を待っている。


「――彼の者に与え、永久なる裁きの鉄槌を」


魔方陣が高速回転を開始した。そこからは稲妻が溢れ出し、空に雷鳴を轟かせる。

魔方陣の模様が見えなる程のスピードで回転した時、直哉が魔術の名を告げる。


「オ゛オ゛オ゛――」

「アストライア」


天空から黒紫の稲妻の柱が生えた。それは時計塔を完全に覆い尽くし、強大なエネルギーをその内部に反響させた。

神々しさや畏敬の念…それを見た人に様々な感情を抱かせた直哉の魔術は、エアレイド王国とガルガント王国…両国間の戦争の火種であるロキ、哀れな犠牲者サラ、その他の犠牲者、そんな舞台となった時計塔を葬り去った。

稲妻の柱が天空に昇っていくのを直哉は見届けた。そして、それが完全に空の彼方へと消えた時、直哉は呟いた。


「夜が明けたな……」

『長い夜だったなぁ』

「全くだ、ちくしょう」


直哉達を出迎えたのは、眩しい太陽の光だった。

そんな光に目を細めると、不意に身体から力が抜け、ぺたんっと座り込んだ。身体を覆う稲妻が消え、見た目も普通の少年…神崎直哉に戻った。

……筈だった。


直哉の元へ駆け寄って来る影が一つ。振り向くと、それは飛び掛かって来た。


「わっ!」


尻尾をぶんぶん振り回すそれ…ワーウルフは「撫でて撫でて」と言わんばかりに擦り寄って来た。

直哉によしよしと撫でられ満足したのか、隣にお座りした。


《……なぁ、ウィズ》

『あん?』

《こいつ、魔物だよな?》

『そうだな』

《……生かして、大丈夫かな》

『しっかり躾するんだぞ』

《わーい》


一人と一匹で朝日を眺めていると、周りがざわざわしている事に――


「……周り?」


見渡すと、いつの間にか人だかりが出来ていた。それもとんでもない人数だ。


「あいつが時計塔を?」

「魔物と戦ってたらしいぜ」

「噂によると、エアレイドのヤツらしいぞ」

「何で敵がここにいるんだ?」

「ねぇねぇ、あの子格好良くない?」

「そう?女装させて可愛くしたほうがいいわよ」


口々に言いたい放題のたまっている。それを見た直哉は、大袈裟に溜め息を吐いた。

すると、人だかりを掻き分けて、ガープと密偵、騎士団らしき団体が現れた。野次馬達は道を空け、左右に避けている。

直哉の目の前に来たガープは、直哉の様子を見て驚いていた。


「ナオヤ…お前、その服は…それに、その目は…手もだな…それと、その獣は…?」

「質問多すぎだろ」


再び溜め息を吐き、答えようとして――


「目?手?」


自分の手を見た。右手の平、問題なし。甲、問題なし。ならばと左手を見た。平、問題なし。甲、問題――


《これ消えないの?》

『さぁ?消えないんでね?』


左手の甲に、円の中に六芒星を描いた、紫色の模様が浮き上がっていた。目にも同じ模様が浮き上がっているらしい。


「うん、目と手はほっといて。服は戦闘でこうなっちった。んで、このわんこは……拾った!」

「ウォウ!」


直哉の言葉に合わせて吠えるワーウルフ。息がぴったりである。

首を傾げるガープ。まだ疑問は残ってるようだが、気合いでなんとか理解させた。


「まぁさ、早く着替えたいんだ。王宮行っちゃダメ?」

「いやいや、とんでもない。ごちそうを準備しておこう」

「サンキュー!お腹ペコペコだわさ!」

「さ、さん…?」

「サンキューね。ありがとうって意味だよ」

「成る程!まぁ、行こうか」

「あぁ、今…っとと」

「大丈夫かナオ――」

「大丈夫大丈夫大丈夫だから来るな」


ふらふらしている直哉を抱き抱えようと近寄ってきたガープを制した。それを見たワーウルフは、直哉の手前に伏せた。


「ウォウッ」

「おー、すまんね」


かろうじて立ち上がり、ワーウルフに跨がる直哉。それを確認したワーウルフは、直哉を伸せたまま立ち上がり


「ヴヴヴ…ワゥ!」


ガープに向かって吠えた。


「よくやったな…えぇと…」


吠えたワーウルフを褒めつつ、名前を付けてない事に気付いた。ちょっと悩む直哉は、すぐに電球が灯ったようだ。


「リオン!リオンどうよ?」

「ウォウォン!」


気に入ってくれたようで、直哉はほっとした。ワーウルフは名前をもらい、またまた尻尾を影分身させる。

それを見た直哉は、久し振りの微笑みを浮かべた。


ガープはリオンに鋭い視線を向けている。


「ナオヤを独占しおって――」

「え、何?ガープ」

「何でもないさ!えぇ何でもないさ!」


慌てて歩き出したガープに密偵、それと騎士団。リオンも並んで歩く。騎士団に警戒されたが、手は出されなかった。


王宮に向かって歩く一行を見送った野次馬は


「何で国王様が敵国のヤツと…?」

「さぁ…同盟でも結ぶんじゃね?」

「でも、今戦争中じゃねーか」

「んー…まぁいいじゃん、悪いようにはならんだろうさ」

「それよかさ、なんかスッキリしない?」

「んー…言われてみれば…」

「空気が透き通ってる感じ?」

「ほんとだ…こりゃいいや、仕事が頑張れそうだ!」

「私も!今日一日がんばろーっと!」


一部が不安を口ずさんでいたが、大部分の人が空気の変化を感じてくれたらしい。

王国を覆った靄が完全に晴れたのだ。今までの悪意は見当たらない。お陰で、暗い気持ちだった国民達の心にも光が差したようだ。


王国を覆う驚異は、完全に姿を消したのだった。






王宮に着いた直哉は、まずは牢屋に向かった。もちろん、道案内としてのガープ付き。

ひしゃげたドアの牢屋の前に着くまでに、たくさんの兵士に疑問の眼差しを投げ掛けられた。ガープがなんとかしてくれたから良かったが、エアレイド王国でも似たような事があったな、と思い出した。

牢屋に入る直哉は、スウェットの上下を手に取り


「着替えかナオヤ!それではこれを――」

「出てけエロオヤジ!」


件のワンピースを着せようとしたガープを叩き飛ばし、ドアを閉めた。とても人間業だとは思えない。

部屋の中には直哉とリオンしかいない。


すぐにスウェットに着替え、ベルトを装着してドアを開く直哉とリオン。出来ればお風呂に入りたかったが、我が儘は言えない。


スウェット姿になった直哉を見たガープは、とぉーっても残念そうに溜め息を吐きながら、直哉を食堂へと誘う。


「それでは行こうか、ナオ――」

「国王様!エアレイド王国の国王ご一行がお見えです!」

「……チッ」


兵士が呼びに来た。ここまで来ると、ガープが哀れに見えてしまう。

だが、エアレイド王国の国王…コラーシュ達が直接来たとなると、直哉もそっちを優先したくなるものだ。


「行こうよガープ!」

「くっ…ナオヤが、そう、言うなら…」

「サンキュー!!」


全力で残念そうにするガープの背中を押し、急かす直哉。

兵士はそんな直哉を見ながら、ガープに問い掛けた。


「ところで、国王様…」

「なんだ?」

「その、ナオ様?…は、どなたですか?」

「ナオヤの事か?こいつはな――」


一息ついて、ガープは言った。


「――ガルガントの英雄さ」






兵士の話によると、コラーシュ一行は入り口で待たせてるらしい。戦争中だし、王宮に入れないのは当然だ。そもそも、国王が敵国を訪問など前代未聞である。


『そんなにも、ナオヤと言う人物は大きな存在なのだろうか…それとも、戦争を終わらせに来たのか?』


ガープはそんな事を考えながらも歩を進める。

少し歩くと入り口に着いた。見覚えのあるシルエットを見かけ、思わず呼んでしまった。


「コラ――」

「コラーシュさん!」

「………」


邪魔される事、本日三回目。ちょっとしょぼくれたガープを余所に、直哉はエアレイド王国一行の元に走って行った。

周りにはこれまた人だかりが出来ていた。


「ナオヤ!無事だったか!…ところで、その目は?」

「この通り、ぴんぴんでございまする!目はね、ちょっと分からん!」


ぴょんぴょんと跳び跳ねる直哉を見て、コラーシュも安心したようだ。

だが、もう一人安心させる必要がある娘がいた。入り口を向き、直哉はその名前を呼んだ。


「……シエル」

「ナオヤ……」


真っ赤に泣き腫らした目を直哉に向けるシエルがそこにいた。いつもの白いローブに、オリハルコン製ブレスレットをしている。

ふらふらと歩み寄り、急に駆け出し


「ナオヤー!」


直哉に飛び付いた。直哉も腕を開いてそれを受け入れた。

周りからは「いいなぁ」とか「すげー」とか「キャー!」等々…様々な声があがっていた。

そんなのを気にしないで、思い切りシエルを抱き締め、シエルに思い切り抱き締められる直哉。


「ばかぁ!急に居なくなって…ぐすっ、心配だったんだからぁ……うぅ…シエル、泣いちゃったじゃない!!」


シエルの可愛らしい言葉に、周りの空気が和む。


「悪かった…戦争を終わらせたくてね。よしよし、泣かないの…とは言わないよ、思い切り泣いていいからね」

「うわぁぁん、ナオヤのバカ!バカバカバカバカバカぁぁ!!」

「ごめんな…でも、お陰でシエルの大嫌いな戦争が止めれそうだ。そうすれば、シエルと一緒にたくさん遊べるよ?」

「ぐすっ…ほんと?」


シエルの十八番、涙目涙声上目遣い。可愛すぎるその姿に、ガルガント王国にもファンクラブが出来上がったとか。

その姿にくらくらしながらも、直哉は答えた。


「あぁ!コラーシュさんにガープ、二人にこれを見せれば、ね」


そう言うと、再会の喜びを密かに分かち合っていた二人に身体を向ける。

シエルも空気を読んでか、直哉から離れた。だが、左手はしっかりと握っている。


直哉は上半身のスウェットの中に手を突っ込み、血塗られた国旗を取り出した。

着替えた時に取っておいたのだ。血塗られたモノを服の中に突っ込むのに抵抗はあったが、あの服でここに来るよりはマシだ。

それを見た二人は絶句した。周りも絶句した。


「「ッ!それは……!」」


綺麗にハモった。


「昔、戦争の火種として使われたモノでしょう。今は無いけど、時計塔の地下にありましたよ」


そして、ガルガント王国に来てからの一連の事を話し始めた。

拉致られてエアレイド王国を後にし、ガルガント王国に来た事。町を調査してる最中に拐われた事。そこで見た事。そこから逃げ出して、魔物が現れた事。そして、時計塔での事。リオンの事は黙っておく。

魔物の話をした時、コラーシュの顔が驚いたモノになっていた。


「エアレイド王国にも魔物の襲撃があったのだ」

「…多分、ロキとサラの仕業でしょう…その二人は、消してしまったけど…」

「仕方がないさ、そんなに自分を責めるでない」

「………」


サラの最期を目の当たりにして、それを先程の事のように思い出してしまった直哉。結局助けれなかった事を自覚し、気分が沈んでしまった。

そんな直哉を慰めるように、直哉の頭をなでなでするシエル。周りのファンクラブのハート鷲掴み間違いなしだ。

慰めようとしたのはリオンも一緒だ。直哉に寄って行き、心配そうな視線で見上げる。


「あれ、このわんこは?」


シエルがきらきらした目で直哉を見上げた。

直哉はリオンを見た。リオンはこくりと頷く。それを見て、直哉は話し始めた。


「こいつ…リオンは、魔物だ」


周りがざわざわと騒ぎ始めた。密偵達は武器を構え、ガープを庇うように移動する。コラーシュも驚いてるようだ。

それを見た直哉は、苦笑いしながら言った。


「確かにリオンは魔物だが、普通の魔物じゃないよ。さっき、ガープを襲うつもりなら襲えたからね。本人も分かってるでしょ?」

「あ、あぁ…時計塔からナオヤを伸せてきたし、その間何もしなかった…今も、だな」

「そゆこと。どうやら、人間の意識が残ってるみたいなんだ。な?リオン」

「ウォン!」


返事のように吠えるリオン。それを見たシエルは、嬉しそうに言った。


「わぁー!お話分かるの?すごぉい!」

「ワゥ!」


寄って来たシエルの手をぺろぺろと舐めた。その光景は、普通の犬と主人が戯れてるそれである。

これを見て安心したのか、溜め息を吐く一行。

直哉が話を切り出した。


「んまぁ、これでお互いの王国が悪くないって証明出来た訳だ」

「あぁ、そうなるな」

「我々が争う必要も無くなったな」

「そうだな、コラーシュ。我が王国に驚異が潜んでいたとは盲点だった…」

「まぁまぁ、もう大丈夫なんだからさ。もう、戦争なんて――」

「「あぁ、終わりだ」」


コラーシュとガープ、二人の声がハモり、ここに終戦が決まったのだ。

歓喜の声が王宮に響き渡る。もともと戦争などしたくなかったようだ。


直哉の働きが取り越し苦労にならずに済んだ瞬間だ。


王国間の敵対関係は、昔の頃の友好関係へと変わるのであった。

これで最初描いてた構図(戦争させて直哉が解決)を終えた事になります。


次から暫くはまったり…かも?

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