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第二十一輪:時計塔にて

累計あくせすが、ご、ごまんをとっぱしました!

駄作に暖かい眼差しをありがとうございます!


駄作らしく工夫してくので、末長くよろしくり!

静まり返った城下町を突っ切るように走る直哉。見上げたに先は時計塔がある。雰囲気的に、西洋の某吸血鬼のお城に出てきそうな感じである。


町を覆う黒い靄は、時計塔を除いて完全に晴れたようだ。だが、油断は禁物だ。時計塔にはボス(もはやRPG)がいるのだ。


直哉はそいつが両国の戦争の火種を作り上げたのだと踏んでいる。


人間を回収したのは魔物の材料にするためで、国旗は事態を悪化させるための布石。背中を押してやれば、国交は坂を転がり落ちるように悪化する。

戦争が始まれば、その分犠牲も増える。それを使い、また新たな魔物を……と言う永久サイクルが組める。そして、国の戦力は削られて、弱ったところを魔物軍団でどーん。


《原始的…?》

『さァ?』


首を傾げる二人。


しかし、惨い事をするものだ。国に恨みがあるのか、ただ王国を統治したいだけなのか…意図は掴めないが、ただの虐殺だ。

そうなると、ロキを許す事は出来ない。せめて止めてやろうと決意した。


あれこれ考えてるうちに、どうやら時計塔に着いていたようだ。はっとした直哉が前を向くと


「きゃうぅぅ…ヴヴヴヴヴ…」


あの可愛い子犬もといチワワ…じゃなくて、魔物が数百匹程と言う豪勢なお出迎えで出迎えてくれた。

揃って顎を抉じ開け、エイリアンヘッドを出している。正直気持ち悪い。


《俺、子犬に好かれてんのかなぁ…》

『明らかにあいつらの手駒だろ?この隙に逃げようとかって魂胆じゃねーのか?』

《そりゃそうだろうが…せめて、愛らしい姿のこいつらを向けなくても…》

『何だお前、エイリアンが…』

《いやそうじゃない!違うんだ、子犬が好きなだけだ!》

『人それぞれだからいいんじゃね…俺様は気にしない…』

《うるせぇ黙れ!》


脳内口論に夢中になっていると、周りが静かな事に気付いた。

気になって見回してみると、魔物…子犬達がお座りしていた。目の前の直哉を哀れむような眼差しを向けている。顎は閉じていて、愛らしい子犬モードだ。


「くぅぅん…」

「ありがとう…」


まるで「ご苦労様」と労られたような錯覚に陥った直哉。思わず返事をしてしまった。


顔をぱちんと叩き、気を引き締める。そして魔物と向かい合うと


「さて、お兄ちゃんが遊んでやるよ」


妖刀村正を構えた。すると、お座りしていた魔物が顎を開き始め、可愛らしさを微塵も感じさせないエイリアンヘッド様を出現させた。臨戦態勢だ。


そんな中、先制攻撃を仕掛けたのは直哉だった。妖刀村正を切れ味重視にし、目の前にいた魔物に向けて一歩踏み込む。10m程の距離を一歩で埋めてしまったのだが、もはや一歩ではない。

魔物の目の前に入り込むと、妖刀村正を水平に振った。それは魔物の口から出ていたモノを綺麗に切り落とした。


強酸を噴き出しながら崩れ落ちる魔物を尻目に、次の魔物へと斬りかかる。身体は狙わず、口内から伸びる異物だけを切り落とす。

引っ掻かれたり咬まれたりしながらも斬りまくり、地面には切断された異物が蓄積されていく。


それにしても凄い数だ。数を減らしてたつもりなのだが、減ってる気がしない。

寧ろ増えてるような――


「……ましゃか」


時計塔の入り口を見た。すると、黒い影が次々と出て来た。どうやら中で量産されてるようだ。


『あーあ、無駄足だったな…面白そうだったから黙ってた、反省はしている』

「言えよ!」


直哉は思わず叫んでしまった。だが、魔物は怯みもせずに飛び掛かって来た。

それらをすいすいと避けながら集中をする直哉。


妖刀村正を地面に突き刺し、両手を空に向けて突き上げた。身体からは黒いオーラが噴き出し、稲妻が発生している。


「我は暗雷、怒るる力の化身なり――」


突き上げた両手の間に稲妻が集まり、巨大な雷球を形成した。いつも形成する片手サイズの雷球よりも数十倍は巨大だ。

威圧感もいつもの比ではなく、生存本能が魔物を撤退に追いやる。


だが、逃げようと思った時には遅いのだ。


「――残響を以て汝を虚空に誘わん!!」


直哉の詠唱と共に、雷球は炸裂する。黒紫の閃光を放ちながら、幾千もの稲妻の刃…刃雷へと姿を変えた。それは破落戸を退治した時のそれとは天と地程の差がある。


「チェイン・ライトニング!!!」


直哉は両手を思い切り振り下ろした。それと同時に、刃雷は目にも止まらぬ速さで空気を切り裂き、魔物と言う魔物を貫く。


鼓膜を破りかねない勢いで轟音が鳴り響いた。刃雷に貫かれた魔物は形を残す事すら許されずに消滅した。


今の一発で時計塔外にいた魔物は全滅。相変わらず勇者補正は強すぎだ。

しかも、息すら上がってないのだ。


妖刀村正を地面から引き抜き、時計塔入り口に飛び込んだ。この前見に来た時とは雰囲気が違う。そして、もう一つ決定的に違うモノがあった。


「でけぇ穴…」

『…この臭い…いい加減飽きた』


時計塔の中央の地面に巨大な穴が空いているのだ。そして、そこからは凄まじい腐乱臭が。

中は暗くてよく見えないが、中にあるモノの想像はついてしまう。それでも一応飛び降りてみた。


ぐちゃっ。


「うげ……」

『…ナオヤ、よく吐かないな…』

「その手のゲームやり込んだからな…でも、実物はマジでキツいぞ…」


落下地点は巨大なドーム状の部屋だった。ドームの中央は窪んでいて、そこに肉塊が敷き詰められていた。

で、直哉が落下したのはドーム中央のど真ん中。つまり、靴の下には肉塊が……


「うぅ…ごめんなさい…」


ふらふらと立ち上がり、肉塊の海から脱出した直哉。安全な陸地に上がると、周りを見渡す。


どうやら他にも部屋があるようでドーム状の空間の壁際に、うっすらとドアが見えた。

ドアを開け、奥に行く。すると、直哉が拘束された台のようなモノがたくさん備え付けられていた。ここは拷問+製造の部屋のようだ。


居るだけで吐き気を催すその部屋を後にするため、踵を返して――


「ぬぁ!」


鋭い何かが直哉を切り裂かんばかりに襲い掛かってきた。

咄嗟に後ろに回避したため、服を破く程度で済んだが。


目を凝らすと、拷問部屋にいたロキ・サラともう一人…三人目の人間である事が分かった。血に染まる白かった布を被り、素顔は伺えない。だが、高い身長・がっしりした体格からして、多分男性であろう。


「………」


無言で直哉と向かい合う。そして、右手に握った…人間が持てるような大きさではない斧を振り上げ、直哉目掛けて叩き付けた。


「んなっ?!」


斧のスピードはかなり速く、流石の直哉もビビったらしく回避しか出来なかった。

直哉の立っていた地面を斧が抉った。べこっと凹み、小さなクレーターになっている。


「何なんだテメェ!」

『…ナオヤ、こいつから…魔物の波動を感じる』


確かに、見た目こそ人間だが…巨大な斧を振り回す姿は、確かに人間には見えない。


妖刀村正を構えた直哉は、素早く接近して袈裟懸けに切り付けた。そいつは避けようともせず、カウンターに斧を叩き付けようとする。

それを回避し、距離を置いた。そして、もう一度そいつを見据えた。先程の斬撃で布を燃やしたので、その素顔を見るためだ。尤も、その斬撃で本体が燃え尽きなかったかまでは考えてなかったが。

だが、それは杞憂に終わる。


「……!」


最早人間とは言えない。身体中は筋肉と薄暗い色の毛で覆われていて、手足には鋭い爪が生え、狼のような顔は直哉を睨み付ける。

その姿は、満月の夜に姿を変える――


「……ワーウルフ?」

『ゲーム脳も伊達じゃないな』


狼男との違いが分からなかったが、取り敢えずカタカナでカッコいい響きのワーウルフにしたらしい。

だが、これなら巨大な斧を振るえるのも納得だ。しかし――


《なぁ、ウィズ》

『んぁ?』

《斧邪魔じゃね?明らか爪のが強えだろ…》

『………』


――どう考えても爪の方が使いやすいのではないか。

つまり、どうでも良すぎる疑問を抱いたのだ。緊張感の無いバカである。


《聞こえてんだけど》


気のせい。

空耳を直哉が聞いたところで、ワーウルフが"斧"を振りかぶった。怪力と重量の合わさったそれは、軽々と台を粉砕する。


「うわぁ…あっぶねぇ」

『厄介だな…斧でも十分強ェじゃねェか』

《全くだちくしょう!》


切れ味重視にした妖刀村正を握り、ワーウルフを斬り付ける。切り口が裂け、赤い体液が流れた。流石に効いたらしく、苦しそうな呻き声を上げてよろよろと後退りした。

だが、ワーウルフを激昂させるのには十分だった。


「ウォォォォオオンッ!」


狼のように遠吠えすると、斧をぶん投げてきた。ギリギリ回避して、ワーウルフを見据えようとしたが、どこにもいない。


キョロキョロと周りを伺う。すると、直哉の後ろで着地音が聞こえた。

振り向くと同時に、ワーウルフの拳が胸を直撃した。


「かはっ!」


小さな悲鳴と共に、直哉は吹っ飛ばされて壁に激突した。壁にはヒビが入り、これまた小さなクレーターになっている。

前のめりに倒れそうになるのを必死に堪え、何とか両足で踏み留まった。拳ではなく爪だったら、きっとこんなモノでは済まなかっただろう。斧と言い拳と言い、微妙に人間味を帯びている気がする。こいつも人間だったのだろう。


「けほけほ…くはー!かなり効いた!」

『勇者補正の掛かったナオヤをブッ飛ばすたァ…やるな、コイツ!』


ウィズは何故か興奮気味だ。そのせいで直哉までわくわくしている。


「上等だ、テメェが拳なら俺も拳だ!」


妖刀村正の刃を消し、柄をベルトの袋にしまった。そして、両手を前に出してボクシングのように構えた。

因みに、直哉はボクシング未経験である。


妖刀村正をしまう間、ワーウルフは攻撃して来なかった。とは言っても、ほんの数秒の話だが。

直哉が構えると、頬を緩めてにやりと笑ったような気がした。


「行くぞォ!」

「ウォン!」


二人…一人と一匹?は同時に走り出した。直哉はワーウルフの顔面目掛けて殴り掛かる。それをしゃがんで回避したワーウルフは、立ち上がる時のエネルギーを上乗せしたアッパーを放つ。

直哉はそれを仰け反って回避し、その反動でバク転しながらサマーソルト。


「うるぁ!」


ゴスンッ


サマーソルトはワーウルフの顎に直撃し、その巨体を浮き上がらせた。

直哉は両手両足を着いて着地し、陸上のスタートの時のように構え、思い切り踏み込んだ。そして、落下してくるワーウルフのお腹にスピードを追加したストレートを打ち込んだ。


「おりゃ!」


ドムッ


「ヴヴッ!」


直撃をもらってしまったワーウルフは慣性を完全無視して、まるで地面の上を滑ってるかのように吹っ飛んでいく。そして、奥の壁に激突した。壁や天井が衝撃で崩れ、ワーウルフの上に降り注ぐ。

それを見ながら、直哉は呆然としていた。


《ストレートであんなに吹っ飛んじゃっていいの?》

『さァ…いいんじゃね?』

《適当だな…しかし、憧れのバク転出来ちゃったよ!》

『流石勇者補正、何でもアリだな』

《殴られたところも、痛かったけど何ともねーし…》


胸を見下ろす直哉。服はちょっと破けてしまったが、肌は少し赤くなってるだけだ。


『ぺったんぺったん』

《なっ?!おおお俺は男だ、あっ当たり前だろ!!》

『初でちゅね~』

《っ!テメェ何なんだよ!》

『あたしレディよ?目、節穴?それともただのバカ?』

《寝言は寝て言え、そして二度と起きるな》

『何それ!ひっどーい!』

《ウザいキモいえげつないお前を中心とした半径2kmの円の中にに入りたくない》

『いつか殺す』

《黙れ両生類!人類の敵――》

「ウォウ!」

「うわう!」

『ふぉう!』


いつの間にか瓦礫の山から脱け出したワーウルフが、直哉に向けて吠えた。

はっとした直哉とウィズは臨戦態勢を取るが、ワーウルフの視線は冷たかった。まるで巣から地面に落ちた雛鳥を見るような視線だった。


「…なんだお前、俺に同情でもしてくれるのか?」

「ワウ」


こくりと頷くワーウルフ。魔物にまで同情されてしまう可哀想な直哉。

膝と両手をつき頭を垂れた。魔術を放つ時に発生するオーラとは違う何かを放っている。


不意にワーウルフが近付いてきた。それを視界に捉えたが、何もしない事にした直哉。


《ちょうどいいや、吊る手間が省けた。そのまま一思いに、俺を天国一週の旅に送り出してくれ…》


直哉の目の前にワーウルフの足が見えた。鋭い爪が生えていて、如何にも危険そうだ。


直哉は目を閉じ、一足先に精神だけを星の海に飛び立たせた。


《ハハッ、星の海は綺麗だなぁ。あ、火星だ。火星人とお友達になってもいいよね…》


ふわふわと火星に向けて(精神だけ)飛んでいく直哉。ワーウルフはトリップしてしまった直哉を見下し


「ヴヴヴ…」


ちょっと唸ると、凶悪な爪の生える手を――



ぽすっ


「……え?」



――直哉の肩に置いた。


予想外過ぎて脳の回転が追い付いてないようで、直哉は思わず聞き返した。そしてワーウルフを見上げた。

先程は視線で殺せそうな程の殺気を宿した目をしていたが、今は慈愛と哀れさと痛いモノを見る時のそれに満ちた目をしている。


「俺に…頑張って生きろとでも言うのか…?」

「ウォウ」

「さっきまで殺し合ってたのに…お前は、俺を許してくれるのか…?」

「ワウ!」

「友よー!」

「ヴォヴォヴォー!」


今ここに、人間と魔物の隔たりをぶち抜いた友情が誕生した。

尤も、それは九割がた直哉の考えで、ワーウルフはただ単に同情してやっただけであったのだが、直哉には知る由が無い。


直哉はワーウルフに飛び付いた。だが、ワーウルフはそれをかわした。そして、床に叩き付けられた直哉に哀れみの視線を送った。


「ヴヴヴ…」

「……すいません」


自重した直哉を見て誇らしげに胸を張る。そして四足形態になった。先程までは二足歩行だったが、こちらの方が狼っぽい。


それを見た直哉は、起き上がって跨がると言う動作を一秒と掛からない短時間でやってのけた。

いきなり直哉が消えて、尚且つ背中が重くなって、ワーウルフはびっくりしていたが、背中に乗ってる事に気付くと、やれやれと言わんばかりに走り始めた。


「うお!は、はええ!」

「ウォウ!」


景色が流れて見える。とは言っても、血塗られた部屋など見たくもないのだが、それはしょうがない。


不意に止まるワーウルフ。直哉は慣性に従い、背中から前へと飛んでいく。その先にはドアがあり


バキャッ!


人形にドアをくり貫き、中へ突入した。

遅れてワーウルフもドアを突き破ってきた。


「おいおい…何すんだよ……っ!」


そこには、血塗られた国旗があった。何処のモノかは分からないが、少なくとも二種類はある。


「これは…まさか…」

「ウォウ」


こくりと頷くワーウルフ。どうやら、ロキが戦争の火種と言う直哉の読みは的中したようだ。

他にもエアレイドで騎士団が装備していた革鎧などがある。


「あんにゃろー…何してくれやがる!」

「ヴヴヴ……」


直哉は激昂したが、ワーウルフは複雑なようだ。魔物に知識らしい知識は無いが、自分を造り出した"ご主人様"くらいは分かる。ワーウルフは知能が高く、これが裏切りに値する事も分かっていた。

それに気付いた直哉が振り返る。


「…そうだったな、お前のご主人様だった。だが、許す訳にはいかないんだなこれが」

「ヴヴヴ…ウォン!」


大きな声で吠えると、ワーウルフは背中を低くして、直哉が乗りやすいようにした。

魔物として悪行は尽くしてきたが、人間の心も失われてないようだ。直哉が素手で挑んできた事により、人間の心を直哉だけに開いたのだ。


「お前…分かった、間違った道を進んだご主人様を止めに行こうな!」

「ウォン!!」


国旗を懐にしまい、ワーウルフに跨がる。それを確認したワーウルフは、部屋を出て走り出した。

そして、あの巨大な穴の空いた部屋…肉塊池のある部屋に辿り着いた。

直哉は悪臭に鼻を覆うが、ワーウルフは気にもとめないようだ。そのまま地面を強く蹴り、大きくジャンプ。穴の外…時計塔一階に出た。


「ふー…いやぁ、お前速いなぁ!」

「ワウ!!」


気分を良くしたのか、そのまま螺旋階段を昇り始めた。昇る途中、時計塔の中をざっと見た直哉。大小様々な歯車が絡み合い、忙しく回っている。何か素晴らしいモノを感じるその光景が延々と続くのだ。今置かれた状況を忘れてしまいそうだ。


直哉は頭をぶんぶんと振り、考えを改め直した。これから王国の脅威の芽を摘みに行くのだ、油断は出来ない。

まだまだ続く螺旋階段を見上げる。だが、ワーウルフの速度が速く、振り落とされそうだったのでやめた。


やる気がのあるのか分からない直哉を他所に、刻一刻と戦いの時は近付いているのであった。






時計塔の頂上に着いた二人を、ロキとサラの二人が出迎えた。


「早かったねぇ…まさか、ヴォルトまで手駒にしたとは」

「ヴヴヴヴヴ……」


ロキにヴォルトと呼ばれたワーウルフが唸り始めた。ご主人様と敵対した瞬間だ。


「お前が、王国を争わせたんだな?」


直哉が敵意丸出しで尋ねた。


「ハハッ、そこまで知っているとはな…その通りだよ、私が細工したのさ」


ロキは笑いながら答えた。本当に愉快そうに語るが、悪意が見え隠れしている。

それに、内容には愉快さなど欠片も無い。


「王国同士が争うように仕向け、戦争にまで発展してくれたよ。これで、私の計画の一部が完了した」

「計画だと?」

「そう、計画さ。私達を苦しめた者達を――」

「ロキ様…それは言わなくても…」


ロキの話をサラが止めた。自分達の心の傷を抉る事になるのでは、と言う心配からだ。

だが、ロキはサラを優しく撫でながら話し続けた。


「…私はね、貧しい家に生まれたのだよ。両親と私の三人家族だった。苦しかったが幸せだった。…だが、子供の頃に両親を目の前で殺されたんだ。親戚は私を引き取ろうとはせず、たらい回しにされたよ。だが、サラだけは違った」


ロキはサラの家に引き取られた時の事を語る。


「私は幸せだった。独りぼっちではなくなったのだ。しかし…サラの両親にとって、私達は暴力の対象にしかならなかった。奴隷のようにこき使われ、殴られたり蹴られたりなんかは日常茶飯事だったよ」


そう言うと、身に纏う布から手を出す。薄暗くてよく見えないが、腕は紫色に腫れ上がっているようで、小さい頃の暴力とは思えない。


ロキは布に手を引っ込める。そして、続けた。


「そんな日々に堪え忍んでいたある日、この本が捨てられていたのだ」


懐から本を取り出す。魔方陣の描かれた、件の本だ。

愛しそうに本を見つめながら、話を続ける。


「内容は素晴らしいモノだった。魔物を造り出し、使役する。それも、人を殺すだけで。私は迷わずにサラの母親を殺した。本の内容に沿ってね」


ロキの目に狂気の光が宿る。


「ダークマターを取り出して、呪術符と共に埋め込んだ。すると、殺した筈の母親が起き上がったのだ。そして、呪術符に描いた"サラの父親を殺せ"と言う命令に従って、すぐに実行してくれたよ。まぁ、その"道具"も直ぐに殺されてしまったがね!」


声のトーンを上げ、強調の意を示したロキ。


「晴れて暴力の脅威から脱け出した私達だが、世間の目は冷たかった。私達に関わろうとはせず、いつも村八分だ…それでも私達は生き延びた、今日のためにな」

「奴隷のように扱われたから、逆に扱う立場に。逆らう事の許されない、絶対的な立場に。つまり、一国の王になろうとしたの」


サラが付け足した。


直哉も話を聞いて、同情の念を抱いた。暴力など振るわれた事は無いが、辛いと言う事だけは理解出来た。

しかし――


「…そのために、あんなに多くの人間を殺したのか?」


私利私欲のために、将来のある人間を殺し、魔物にしたのだ。辛い過去を持つ事は分かったが、これでは八つ当たりもいいところだ。

だが、ロキの返答は決まっていた。


「その通りだとも、私達の築く王国の礎になってもらったのだよ!」

「ふざけんな!殺された人らはテメェと同じ境遇に立たされたんだぞ!」

「知ったことか!私こそが全て、私こそが理、"私"こそが神なのだ!」


ロキから黒いオーラが立ち上る。そして、布を払い除けた。


「?!」


その身体は直哉が乗っているワーウルフのように毛むくじゃらだった。先程見た腕も嘘みたいに力強くなっている。

だが、格が違う。重苦しい威圧感を感じる。

そして、何よりも言葉を話せる事が異なっていた。自分の意識も保てるようだ。


「貴様にも私の計画に加担してもらおうと思ったが、そのつもりは無さそうだな」

「ったりめーだ!テメェなんぞに加担してたまるか!」

「……それ相応の立場を――」

「うるせぇバカヤロー!言葉理解出来ねェのか?!」

「……交渉決裂だな。王に楯突いた罪、貴様の心臓でまかなってもらおうか!」


ロキが叫ぶと、黒いオーラが噴き出した。そして、直哉に向かって走り出した。その行動力は凄まじくて、勇者補正のある直哉にも匹敵しそうだ。

直哉は迎撃するべく、魔力を練ろうと集中し、魔術を発動させようとしたが――


「?!」


――集めた魔力は霧散し、何も出現しなかった。


「ウォォン!」


ワーウルフが咄嗟に左に回避した。今まで直哉達が居た場所をロキの拳が粉砕する。


「んだこりゃ、魔術が使えねぇ?!」


その反応に応えたのはロキであった。


「今更結界に気付いたのか。ここにはエレメントを排出する結界が張ってある。魔術が主体の貴様には持ってこいだろう?」

「うざってぇ気遣いありがとよ!」



直哉が感じた違和感は、どうやらこの結界のようだ。今更気付いたところで遅いのだが。


結界の外で魔力を練り、結界の中にそれを持っていく事は可能だ。妖刀村正を維持出来た事からも証明出来るだろう。


ロキが再び接近して来た。直哉はワーウルフから飛び降り、目を向けた。


「お前は下に降りとけ!怪我させたくはねェんだ!」

「ヴヴヴ…」

「いいから降りろ!後で乗せてもらうから安心――」

「おや、余所見してる暇など無いぞ?」


振り向くと、目の前にロキが迫っていた。直哉の顔面目掛けて拳を振るった。


「うるせェ!」


直哉はその拳を右手で掴み、勢いを殺した。

ロキも驚いたような表情をしている。


「なっ…?!」

「補正掛かってんのはテメェだけじゃねーぞ!」


拳を離し、ロキのお腹を思い切り蹴り飛ばした。今までの戦闘ではある程度加減していたが、今回は全力だ。

まともに喰らったロキは床を転がっていった。止まらずに転がり続け、ようやく止まった。



因みに、時計塔は物凄く広い。直径50m、高さ100mの円柱だと考えると分かりやすいかもしれない。

よくもまぁこれだけの建物を作ったものだ。



「ぐっ…」

「ロキ様!」


勢いが止まったロキにサラが駆け寄った。その潤んだ目は、心の底からロキを心配する気持ちを表していた。


「私は大丈夫だ…ナオヤ、ただ者ではないな」

「無理しないでください…」

「無理をしなければ、アイツを殺すことは出来ないぞ!」


不意に立ち上がり、またもや直哉目掛けて突進するロキ。直哉も迎撃するために駆け出した。

直哉目掛けて拳を突き出すロキ。それを右に回避する直哉。


「はぁっ!」


すると、ロキが左足で直哉を蹴り飛ばした。だが、間一髪で足を受け止め、直哉はそのままロキを引っ張る。

バランスを崩したロキに、その場で一回転して生み出した遠心力を伸せた肘を繰り出した。

だが、それをしゃがんで回避されてしまう。その時ロキの左足を離してしまい、ロキは左足を軸にし、右足で直哉の顎を下から蹴り上げた。


「ぐっ」


直哉が3m程宙に浮く。その隙に体勢を整えたロキは、落ちてくる直哉を右足で蹴ろうとする。

それを見た直哉は咄嗟に身体を捻り、ロキの蹴りを足の裏で受け止めた。

ロキは足を振り抜き、直哉は飛ばされる。体勢を立て直して着地すると、一歩でロキの懐に潜り込む。そこで鳩尾を――


「――ッ!」


――殴る前に飛び退いた。後ろからサラが接近していたのだ。その手にはナイフが握られている。


状況は1:2。ちと不利である。


《くそ…厄介だなこりゃ》

『いっそ突き落としたら――』

《ダメだ、町に危険因子を突き落とす事になる…それに、今魔術が使えないのはアイツも一緒だしな》

『それもそうか…』


特に作戦も思い付かず、なかなか苦しい状況になってしまった。


そんな直哉を知ってか、ロキは再び向かって来た。

正面から殴り掛かる。それを捌いてやり過ごす。不意に足払いが来たが、後ろに退いて回避した。払うためにロキが持ち上げた右足を蹴り、バランスを崩させ、倒れたロキの顔面に拳を振り下ろした。だが、それは手で捌かれた。お返しと言わんばかりに、ロキが頭突きを直哉に喰らわせた。


「ぐっ…」


ふらふらと仰け反った直哉に、立ち上がったロキは右足の蹴りをかました。それを防ぎようが無い直哉は、直撃を――


「なんちって」


――頭突きを喰らった後の行動は、所謂オーバーリアクション。大したダメージは喰らっていない。

ロキの右足を掴み、そのまま引っ張る。バランスを崩したロキは、直哉に右足を掴まれたままぶんぶん振り回された。

そして、直哉はロキを思い切り地面に叩き付けた。


「うぉらぁ!」

「がはぁっ!」

「ロキ様ぁ!」


バキッと音が鳴り、時計塔の屋上の床に亀裂が走る。


直哉はまだ右足を掴んだままで、再び持ち上げて


「おらよ!」


サラに向けて投げ付けた。


「きゃっ!」


サラはロキを受け止めたが、直哉の力の方が強かったようだ。

ロキと共に吹っ飛ばされ、床を転がった。


「そう簡単に国落とさせてたまるか!」


直哉が二人を挑発する。スイッチが入ってしまったようで、とても好戦的だ。

尤も、ウィズが直哉の中に入ったからスイッチが入りやすくなったのだが。


「がはっ…クソッ、クソォォ!」

「はぁっ…ん…はぁ…」


そんな直哉の挑発を聞いてか、悔しそうな言葉を吐くロキ。サラは苦しそうに呼吸するだけだ。

不意にロキが床を這い、サラの元へ移動した。何をするか分からないので、直哉は身構えながら様子を窺う。


サラの元へ辿り着いたロキは、その人間離れした腕でサラを起こし、抱き締めた。

そして、耳元で囁く。


「…終わりのようだ。私の力では、アイツを殺す事が出来ない」

「ロキ様…もう、もういいです…それ以上無理しないで…」

「だが、あいつがサラの父親と被ってしまう…あいつだけは…あいつだけは許せないんだ」

「ロキ様……」

「だから…サラの力が必要なんだ」

「……私、ロキ様のためなら何でもします!」

「そうか…なら――」


両手でサラを抱き締めていたロキが、不意に右手を離した。そして、後ろに引く。その手には鋭い爪が生えている。


「ろ、ロキさ――」

「――死んでくれ」


右手をサラのお腹目掛けて突き出した。



ズドッ



その手はサラのお腹を貫き、背中から突き出た。

背骨もしっかり砕いていて、上半身のバランスを保てなくなったサラは、地面に倒れ込んだ。同時に、ロキは手を引き抜いた。お腹には痛々しい風穴が空き、そこからは血が溢れている。


「あ…あぁ…ろ…き……」

「知ってるか?サラ、ダークマターと言うモノはな…」


再び手を風穴に突っ込み、それを上半身の中に無理矢理捩じ込む。ぐちゃぐちゃとかき混ぜる音が響く。

それと同時に、サラが苦痛の呻き声をあげた。


「あっ、あがっ…あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛……」


そんなサラを見て、ロキは笑いながら言った。


「愛が絶望に変わる時、凄まじい力を生み出すんだよ」


ロキの手が、サラの心臓を掴んだ。ビクンッと跳び跳ねるサラ。言葉をあげる事すら出来なくなってしまい、最早虫の息だ。


「……今までご苦労様。私のための貴重なダークマターを育ててくれてありがとう」


そのままダークマターを引きずり出す。ブチブチと何かを引きちぎる音が響き、サラは完全に沈黙する。


サラがその憐れな生涯を閉じる間際に見たのは、ロキの邪悪過ぎる笑みだった。

見開いた目から輝きが失われていき、それは完全に輝きをなくした。

それと同時に、ロキはそのダークマターにかぶり付いた。直哉は衝撃に対応する事が出来ず、立ち尽くしていた。


サラから取り出したダークマターは漆黒で、薄暗い月明かりでも、その黒さが分かるモノだった。


その人を想う気持ちが強い程、裏切られた時の反動も大きい。これがロキの使いたくなかった切り札だ。だが、魔物化した彼に躊躇いの気持ちは生まれなかったようだ。


ダークマターを接種し終えたロキは、身体の中から沸き出す力を感じていた。


「素晴らしいぞ、この力ァ!」


見た目でもその異様さが伝わってくる。魔力の使用に長けないナイトでも、この光景には恐怖を抱くだろう。


口元の血を拭き、ロキは直哉に向かって言い放った。


「……さぁ、第二回戦と行こうか」



空気が凍り付くのを感じた直哉であった。

直哉が覚醒したロキと戯れる最中、エアレイド王国の王宮では


「お父様!あっちの空が光った!ナオヤがいるんですよ!」


シエルがガルガントの方角を指差していた。

直哉が時計塔に入る時…巨大な雷球を刃雷にして魔物を貫いた時…空が輝くのを見逃さなかったのだ。


「ガルガントの方角…やはり、ナオヤはガルガント王国に…」

「お父様!行きましょう、ガルガント王国へ!」

「しかしシエル、今は戦争中で――」

「ナオヤはそんなところに、たった独りでいるんですよ?!どうして助けてはいけないのですか!!」


シエルが泣きながら訴える。娘の懇願に、父親は弱いのだ。

それに、コラーシュも直哉を助けたいと思っていた。


「……分かった。今すぐ、準備しよう」


踵を返し、国を警備する騎士団の元へ向かう。魔物騒動は王国第一騎士団の活躍で鎮圧されたらしい。

歩きながら、コラーシュは呟くように言った。


「ナオヤ…今助けるからな」

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