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第二十輪:戦闘開始

早いもので、もう二十話に到達してしまいました。

更新が不定期になったのはどうしようも無いけど、これからも人肌温度の眼差しを…!

「こいつ可愛いぞ!」

「待て、それは魔物だ!見ただろ、あの爪!あの牙!あの変なの!!」

「知るかぁ!外見が可愛ければいいんだよ!」

「バカヤロー!ここは戦場だ、ぐだぐだぬかしてんじゃねェ!」

「黙れハゲェ!てめえこの可愛いの独占してーだけだろォが!」

「貴様…上官に向かって"ハゲ"だとォ?まだ生い茂ってんだろ、なんだその目は、お飾りか?節穴か?あァ?!」

「怖いハゲおじいちゃんはほっといて~、こっちおいでぇ」

「なっ、貴様!抜け駆けは許さんぞ?!…ほらほら、こっちでちゅよ~」


走り寄った直哉が聞いた会話である。そして、二人の兵士が二匹の魔物…子犬と戯れていた。


確かに可愛いのは納得だ。真っ黒の外見に円らな瞳、生まれたてのようにぷるぷる震える様は、庇護欲しかそそらないのも分かる。

だが、爪や牙が生えていて、口の中には異形のエイリアン様までいらっしゃる。こんなに可愛くても、立派すぎるほど魔物なのだ。たとえ「くぅ~ん」とか鳴きながらうるうると見つめられても、それは愛でるべき存在ではない。筈である。


「はぅぁー!魔物よ魔物、どうして君は魔物なの?」

「くぅ~ん……きゃぅん!」

「あああああ!!」


耐えれなくなった兵士は、こい…魔物を抱き締めてしまった。頬擦りする兵士に、魔物…子犬でいいや、子犬は呆れ果てたような顔をしていた。

だが、不意に唸り声をあげ始めた。


「ヴヴヴヴヴヴ……」


顎がギギギギっと音を立てながら、直角に開いた。すると、中からエイリアンヘッドが出てきた。

それに気付いた上官…よく見るとハゲ…が子犬を呼ぶのを止めて、気付かない兵士に怒鳴る。


「オイ!顎、顎パカ――」

「うるせぇ!」

「いやマジで顎パカだってやばいって、変なのこんにちわしてるって」

「黙れェ!俺様のきゃわゆいわんこを愚弄するでない!」

「バカヤロー!そのきゃわゆいわんこ見てみやがれ!」

「うっせーな…この愛くるしい…わ……ん………こ…………」


声のボリュームは右下がりに下がっていった。子犬の顎は垂直に開き、中から子犬にあってはいけないモノが出ている。シャー…とか唸っている。


「ごめんなさい」


謝る兵士の言葉は届かない。口の中のモノは勢いよく飛び出し、兵士を直撃――


ガァァァァァァァアアンッ!!


――兵士を直撃したのは、黒紫色の稲妻だった。

正確に言うと、兵士・上官・子犬×2に直撃した。


黒い煙を仲良く噴き出し、その場に倒れ伏す二人と二匹。二人は痺れたのか痙攣しているだけだが、子犬達には炎が燃え広がっていた。


稲妻を落とした張本人…「雷神」直哉が歩いて来た。

二人は足音に顔を向けているが、顔は苦痛に歪んでいる。


「ら…らい…じ…」

「何が雷神だボケ共!この可愛らしい魔物に殺されかけやがって…それでも兵士か!」

「ぐっ……」

「戯れんのは普通の子犬にしやがれ!」

「返す言葉が…」

「分かったら立て!他のヤツら助けんぞ!」


二人を急かして(脇腹をちょっと軽めに蹴り飛ばし)立ち上がらせた。そして、燃える子犬を見た。こいつも"元"人間だったのだ。


両手を合わせると、呟くように言った。


「誰かを殺す前に、殺す必要が無いようにしてやるからな」


そして、二人と向き直った。二人は敵なのか味方なのか分からない直哉を見て、かなり複雑な心境のようだ。

直哉が言い放った。


「さぁーて、ガープ…国王様に今の失態を報告しに行こうか?」

「「なっ?!」」


いきなり恐ろしい事をぬかした直哉に、子犬が顎を垂直に開いた時よりも凄まじい恐怖を抱く二人。


「しょうがないよねー…国王様に嘘なんてつけないし、アンタらが明らかに悪いんだしね。せーぜー王国の土になれるように――」

「「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい、なんでもしますから頼むから黙っててくださいお願いしますこの通りです!」」


土下座までして許しを乞う二人。言葉まで綺麗にハモっていて、笑いだしそうになるのを必死に堪えた直哉。


「そんなに知られたくないんだー…ん?今の言葉は本当かな?」

「本当でございます雷神様、どうか国王様にだけは――」

「んーじゃ…町を案内しろ!」

「は?」

「だから、町を案内しろって。それとも何?晒し者になって首だけでお空に向かって飛び立ちたいの?それともここで土になりたいの?」

「いやいやいやいやいやいやいやいや、よよよ喜んでででで案内しまっすぅぅぅ!」


痺れる身体を必死に起こして、直哉を案内する意を表した上官。兵士はこの世の終わりに立たされた最後の人間のような顔でぶるぶる震えている。


「よろしい。王国中に魔物が広がってる筈だから、ひたすら王国を走り回ろうか」

「は、はいっ!……で、でも…何故、敵国の貴方が?」

「この騒ぎが終わったら国王から聞いて。説明嫌い無理」

「はぁ……」


疑問を抱きながらもふらふらと先導する上官。それに直哉もついて行く。


「まっ、ままっ…まってくださっ、待ってぇ~!」

「「あ、忘れてた」」


腰が抜けてる兵士を忘れてた。直哉が近寄ってぺちぺち叩くと、兵士は痛がりながらも立ち上がる事に成功した。

その二人に案内されながら、直哉は王国を脅かす脅威に立ち向かうのだった。






その頃、エアレイド王国。直哉が行方不明になった事もあり、王国内は騎士団達の警備網が張り巡らされていた。王国全土には明かりが焚かれ、昼間のような明るさだ。


そんな中、城壁の上の警備兵…高所恐怖症の人にとっては拷問のような場所にいる見張りの兵士が、王国に近付く黒い影を見付けていた。

尋常じゃない速度で近付くソレは、どう見ても人間では無い。兵士を緊張が駆け抜けた。


「敵襲ー!」


見張りの兵士の一言で、王国内部の空気が一変した。敵に備え剣や槍を構え、声のした城壁を見上げる。


すると、城壁頂上から何かが降ってきた。

ソレはすとん、と着地した。

ぷるぷる震える足で辛うじて立ってると言った様子だが、この高さから飛び降りて無事に着地しているのだ、ただ者ではない。


「「「………」」」


凍り付く騎士団達。その黒い生き物は、あの円らな瞳で見つめ返してきた。

沈黙を破ったのも、その"子犬"だった。


「くぅ~ん…」

「「「………?」」」


ちょっと凶悪な爪や牙があるが、やはり子犬にしか見えない。

そんなのが「助けてください」と言わんばかりの目で見つめながら「くぅ~ん」と愛くるしい声で鳴くのだ。

それはつまり……


「「「きゃわゆーん!」」」


と言う事だ。

つまり、子犬に騎士団が殺到したのだ。男性女性関係無しに、その愛くるしい生命体に駆け寄る様は、恐ろしいモノがある。


子犬も子犬で、何の抵抗もせずに抱き上げられたり頬擦りされたり暑苦しい鎧の中に突っ込まれかけたりしている。

だが、本性を発揮するのはここからだ。


騎士(男)が子犬を抱き締めた。すると、子犬は顎を開いて件のエイリアンヘッド様を出現させた。数人は気付いたようだが、思い切り抱き締めてる騎士(男)は気付かない。

周りは慌てながらも、騎士(男)に離れるように促す。


「離れろ!そいつぁ魔物だ!」

「えー…こんなに可愛い――」


それが、その騎士(男)が話した最後の言葉となった。


ぐちゃっ


何か生々しいモノを刺し貫いたような音が鳴った。エイリアンヘッド様が騎士(男)の顎の下から突き刺さり、脳天からこんにちわしたのだ。

血塗られたエイリアンヘッド様は、小さな口をカチカチと鳴らし


「ヤー…ハー…」


とのたまった。

瞬間、城壁から数十匹の子犬…魔物が降ってきた。全てが顎を開き、エイリアンヘッド様を出現させていた。


騎士(男)からソレを引き抜いた魔物。騎士"だったモノ"は力無く崩れ落ちた。

それを合図に、騎士団は混乱していく。固まる者や逃げる者、泣き出す者やら他多数。


魔物は集まっていた騎士団を囲うように展開し、ジリジリと距離を詰めた。

そして、一斉に飛び掛かった。だが――


「せいやぁ!」


ザシュッ!


――ミーナに剣で両断され、


「大いなる風よ、我が剣に汝の加護を与えたまえ!装填・神風!」


シュパーン!


――ラルフに風属性を付与した剣で切り裂かれ、


「か、彼の者に炎獄の裁きを!ファイアランス!」


じゅっ!


――セフィアが放った炎の槍に焼かれて消し炭になり、


「うりゃ!」


ズバンッ!


――ルシオの剣で肉塊にされ、


「森林の猛威よ、悪しき者に牙を剥け…ベノム!」


――アイザックが放った緑色の光の球に触れて、糸が切れたかのように倒れ伏した。


王国第一騎士団の副団長達だ。この五人が来た途端に、混乱していた騎士団達は冷静さを取り戻した。

ミーナが声を張り上げた。


「怪我人は?!」

「……兵士が一人、魔物に……」

「…そう…この魔物達を黙らせたら、しっかり供養してあげましょう」


悲しみを含んだ返事を返したミーナは、剣を右手に、盾を左手に構える。ラルフも風属性を付与した剣を握り、セフィアとアイザックはエレメントとマナを合わせて各々の属性の魔力を生み出し、ルシオは魔物を睨み付けながら両手剣を構えた。


「反撃開始だ!」


ラルフの叫び声と共に、各々が魔物に向かっていく。

魔物の数は増えていて、正直キリが無い。だが、放っておく訳にもいかない。


王国騎士団vs魔物×たくさんの戦いの幕は、たった今切って降ろされたのだった。






エアレイド王国で戦闘が始まった頃、ガルガント王国のとある広場では――


「「ひぃぃぃぃっ!」」

「またこいつかよ…」


直哉が礼拝堂にいた魔物…レギオンと対峙していた。

礼拝堂にいたソレよりは小さく、直径3m程の"子供"だ。だが、立派な魔物だ。本体を囲うように、屍をまとわりつけている。動かない筈の屍が助けを求めるように手を動かし、口からは苦痛の喘ぎ声をあげている。その様は、間違いなく一級ホラー。


案の定、兵士と上官は腰を抜かし、抱き合って仲良くガタガタと震えている。一回見てしまった直哉は平気(多少キツいらしいけど)だった。


不意にレギオンが触手を伸ばす。狙いは、震え上がっている二人組。

それに気付いた直哉は、急いで二人を持ち上げ


「ぬぉりゃぁああ!」


近くにあった建物目掛けてぶん投げた。勇者補正が掛かってるだけあって、割と簡単に出来たようだ。


ガシャァアンッ!


盛大な音がしたが、きっと無事(でいて欲しい)だろう。


だが、二人がいた場所にいる直哉は、触手を避けようとしたが


「がはっ!」


間に合わずに直撃をお腹に喰らってしまった。寸でのところで後ろに飛んだのだが、それでも凄まじい威力だった。生身の人間なら、礼拝堂を染め上げていた血を噴き出しながら、そのお腹に風穴を開けているレベルだ。


後ろに吹っ飛びながらも体勢を立て直し、両足で着地する。ずきずきと痛みの響くお腹をさすると、何故かぬるぬるした。


《うぇ…アレの体液…》

『後で洗濯しとけ…今は…ほら、来てんぞ!』

《え?うわっ!》


直哉の足元を触手が薙ぎ払う。ジャンプしてかわし、距離を取った。

幸いな事に、移動速度は遅く、触手も先程ぶん投げた二人までは届かないようだ。

だが、このままではやられる一方だ。素手でぶん殴る気にはなれないし、触れたくもないのが現実だが。


「こんにゃろ~!」


腰のベルトに付いている袋から鞘を取り出し、天に向けて掲げる。ぶん投げられた二人は、頭を擦りながらもそんな直哉を見ていた。そして、お馴染みの驚愕タイム。


「我は望む、邪を切り払う轟雷の輝きを!来たれ稲妻、妖刀村正!!」


ガァァァアアアァァン!


直哉が叫ぶと、轟音と共に黒紫色の稲妻が落ちた。それは直哉の握る柄に直撃し、凄まじい閃光を放つ。

目を隠す二人。しばらくすると、閃光が止んだ。恐る恐る直哉を見て、またもや驚愕タイム。


先程までは何も無かった筈の柄から、黒紫色に輝く剣が伸びていたのだ。見たことも無い形のソレは、ただならぬ威圧感を与えた。


妖刀村正を握り締め、直哉は肩の力を抜く。そして、自然体のまま剣を下段に構えた。あろうことか、目を閉じている。


レギオンが触手を五本同時に伸ばした。右・左・正面・直哉の頭上を通り越して後ろから・そして頭上から、各々の触手が襲い掛かる。

端から見たら回避不能に見える攻撃だ。動かない直哉を見て、二人ともぐちゃぐちゃにされる直哉を想像してしまい、思わず目を瞑った。そんな二人の耳に届いたのは、直哉の断末魔ではなく


「ギェァアアアアァァァ!!」


この世のモノとは思えないような叫び声だった。

恐る恐る目を開くと、直哉の姿は無かった。そんな直哉の代わりに、五本の触手が黄色い体液をぶちまけていた。


二人が目を瞑っていた時、直哉は垂直に飛んだ。そして、真上から襲い掛かる触手を切り落とす。体液はウィズが作ってくれた風の壁が防いだ。

直哉がいた場所に四本の触手が集まる。狙いは正確で、それらは寸分の狂いも無しに衝突していた。そこを直哉が切り裂いた。身体を捻りながら妖刀村正を下に構えて落下し、一回転。綺麗に円形に切断完了だ。


それと同時に先程の叫び声を発した。苦痛から来た叫び声だろう。

レギオンが先端の無い触手を引っ込る時、直哉は本体に急接近していた。だから二人は直哉を見失っていたのだ。

本体に接近した直哉は


「おんどりゃぁぁいいい!」


謎の掛け声と共に妖刀村正を振るった。刃が外郭に突き刺さる度に、レギオン(の周りの屍)は悲痛な悲鳴をあげる。耳を塞ぎたくなるような轟音だ。

そんな事はお構い無しに、ただひたすらに切り刻みまくる直哉。すると、触手が目の前に出てきた。先端がぱかっと開いている。

こうなった時、次に起こる事は――


「っ!!」


危険を察知した直哉は慌てて飛び退いた。刹那、開いた先端が黄緑のまばゆい光線を照射。直哉がいた場所を直撃し、土の地面に深い穴を空けた。


二人は呆然とする他無かった。明らかに戦闘のレベルが違うのだ。こんな敵がいたのかと思うと冷や汗が噴き出す。

だが、この敵は二人を守ったのだ。何故だか理解出来ず、ただ途方に暮れるだけだった。


そんな二人など気にも留めず、直哉はレギオンを見据えた。

赤い月明かりに照らされたそれ。切り刻んだ場所は剥がれ、切り口からは黄色い体液をぶちまけ、地面には屍が転がっている。中からゼリー質の殻が露出され、黒く蠢く核が見えた。何回見ても、あの核が苦しむ人間に見えてしまう。


ゼリー質の殻が歪むと、中の核から触手が伸びてきた。それも数十本。さらに、先端がぱかっと開いている。それらは全て直哉を狙い撃ちしようとしていた。


光線が照射されると同時に、直哉は右に飛び退く。全てかわす事は出来ず、手や足、頬を掠めた。


そんなのを気にせず、レギオンに向かって走り出す。強く踏み切り、飛ぶように駆け抜ける。そして、本体に辿り着いた。

妖刀村正をゼリー質の殻に突き刺し、叫んだ。


「来世で会おうぜ!!」


そして、妖刀村正にマナを流し込む。刃の質を、切れ味重視から電撃効果重視に切り替えたのだ。それも膨大な量のマナを流し込みながら。


突き刺さった妖刀村正は、凄まじい放電を開始した。触手の光線照射が止まり、苦しそうにうねうねし、燃え始めた。切り刻んだ反対側の外郭は悲鳴をあげている。

それでも放電は止まらず、外郭が全て剥がれ落ちた。悲鳴をあげる事が出来なくなったソレは、ただ電撃を喰らう事しか出来なくなる。


やがてゼリー質の殻は干からび、浮いていた核は地面に落ちた。びくびくと心臓の脈動のように震えている。


直哉は妖刀村正を引き抜いた。そして、真上に構える。そして、悲しみを含んだ眼差しを向け、叫ぶ。


「次はチワワになれるといいな!」


真上に構えた妖刀村正の切れ味を引き上げ、それを振り下ろした。黒い球体を真っ二つに切り裂き、各々に電撃を浴びせかけた。

すると、脈動が完全に止まる。そして、黒かったソレは徐々に肌色になり、中から光が溢れ出た。肌色の球体から光が抜けきると、それと外郭を形成してた屍は砂の塊になり、微風に運ばれていった。光は天に向けて昇っていく。ふわふわと浮かんでいく様は、とても幻想的だった。


その光景を黙って見てると、不意に複数の光が降りてきて、直哉の傷…お腹や頬、それに手足の周りを飛び交い始めた。すると、お腹の痛みが消え、光線が掠り爛れた肌が綺麗な肌に戻った。

そして、脳内に女性の声が響き渡った。


――ありがとう、チワワが何か分からないけど、それになれたら可愛がってね――


先程の魔物の犠牲になった人だろうか。

飛び交う光に不思議な暖かさ…シエルが頬の擦り傷を治してくれた時に感じた、暖かい何かが流れ込んでくるのに似た何かを感じた。

よく分からなかったが、それは沈んだ直哉の心をも癒してくれたようだ。

身体から離れ、昇っていく光の集団に向けて飛んでいく光。そんな光に、直哉は返事をした。


「おう、あんたらも頑張れよ?」


光は空高く昇り、雲の彼方へ吸い込まれていった。それを見届けた直哉は、先程の二人の元へ歩みより、向き合った。


「怪我は無い?」

「え?!あ、はい!」

「あは、あはははは」


上官はしっかりしているが、兵士の方は完全にラリってしまったようだ。

直哉は苦笑いしながら言葉を紡いだ。


「そか。んじゃいいや、二人は住民の非難でもさせてくれ」

「へ?」


周りを見ると、住民が集まって来ていた。騒音と言い光と言い、かなり目立ったようだ。


「あんなのが暴れてるんだ、危ないだろ?」

「は、はぁ…」

「俺は平気だからさ、住民第一でね。さっきの事国王に言われたく――」

「分かりました分かりましたごめんなさいごめんなさい」


慌てて住民たちに駆け寄る上官。直哉はラリってる兵士をぺちぺちと叩いた。すると、またもや復活した。原理は解明されていない。


「ほれ、お前も行け。時計塔の逆に移動させろよ?多分安全だ」

「ひゃ、ひゃいっ!」


急いで立ち上がり、上官の元に駆け寄る兵士。そんな兵士を見て、直哉は溜め息を防げなかった。


因みに、二人に道案内を辞めさせたのには理由がある。

王国を覆ってた靄が薄くなったのだ。直哉や王国の兵士が倒したりしたからだろう。だが、まだ完全に消えた訳では無く、どちらかと言うと一点に集まっている感じだ。そして、その一点と言うのが時計塔の方なのだ。目立つ時計塔が目印なら迷わないだろうし、二人が死ぬ危険性も減る。


ふぃ、と一息つくと、聳え立つ時計塔を見据える。時計塔が赤い月を遮り、真ん丸な月には靄が掛かっている。幻想的であり不気味であり、ただならぬ悪意…目の前で人が殺された時に感じた、ロキのそれを感じた。


妖刀村正を右手に携え黙って歩き出す直哉を、平静を取り戻した上官が見つめていた。


後のガルガント王国の騎士団の間には、脅威に立ち向かう英雄「雷神」の姿が、それは長く語り継がれる事になる。

…のだが、それはまた後のお話。

直哉が悪意を感じた時計塔…そこにはロキとサラの二人がいた。

二人は手を繋ぎ、時計塔を昇っている。


「ナオヤ…アイツのせいで、私達の計画が…」

「ロキ様…まだ大丈夫。今度こそ、彼を消してしまえば…」


サラが慰めるが、その声は震えている。根拠の無い慰めは、却って不安になってしまうのだ。


「………」


黙り込むロキには、ある考えがあった。だが、出来るなら行いたくない内容だ。

それは自分でも分かるほど残虐で最低なモノだ。


頭を振り、その考えを振り払う。そして、二人で時計塔の外に浮かぶ、真っ赤に染まった月を見上げるのだった。

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