第二輪:電気系ねずみ
予想以上に長文になってしまった。
もちょっと短く出来ればなぁ…
ちなみに
《 》:直哉の心中
『 』:電気系ねずみの心中
にしてみました。
「なんだテメェ!」
「やんのかオラァ!」
「グルォァァアアアア!」
……やぁ、直哉だよ。
俺は今、意味不明な罵声を浴びせかけられる。最後のはともかく。
これにはとぉっても深いわけがあるんだ。
状況が読めない、何がどうなってんだか分からない、所謂パニック状態な直哉。
それもそのはず、非力な自分の前に如何にも破落戸ですっていう雰囲気を漂わせるおじさんA・B・Cがいて、自分の後ろには可愛らしい少女がいるのだ。
よくあるパターンだなぁ…とか思いつつ、何故こうなったか、どこで人生を踏み外したのか…踏み外した所までを回想という名の現実逃避で遡ってみるとしよう。
――あれは朝食をとり終わり、部屋に帰る時だった。
直哉の部屋は二階、朝食は一階に安置されている。
一階に降りて朝食をとり、二階に戻る最中に、それは起きた。
慣れた階段、足元なんて気にする事もなく一段飛ばしで上る直哉。
つるっ
なんとも間の抜けた効果音が響いた。
と、同時に謎の浮遊感が直哉を襲う。
そして、視界が上下反転する。
《おいおい、俺どんだけ疲れて――》
ガンガンガンガン
「おごごごごごっ」
ドシャッ!
「ぐふぅ…」
…落ちた。い、痛い…
いつも通りの階段だったはずだ。踏み外す訳がない。
俺、やっぱり疲れてるんだな…とか呟きつつ、今度は一段ずつ踏み締めて行くことにした。
のぼること十段。
階段が原型をとどめていない事に気付いた。
本来十段目があるはずの所は、緩やかなスロープになっている。しかも、つるつる加工プラス。
頬を冷や汗が伝う。
《また変な夢でも見てるんだよね、きっとそうだよね…そういえば、あの電気系ねずみ、植物操ったよな…まさか、ね…》
深く考えないようにしながら十段目を抜かし、部屋に向かう事にした。
他にスロープ(つるつる加工プラス)は無く、無事に階段をのぼり終えることができた。
部屋に入ろうとして、変な音が部屋から鳴り響いてることに気付く。
バチバチバチバチ…
頬を滝のような汗が伝う。何処かで聞いたことのある音…そう、夢の中で降ってきた電気系ねずみの、放電の時に鳴った音だ。
ましゃか。
ドアを吹き飛ばす勢いで開け、中に転がり込む。
そして絶句する。
見覚えのあるシルエット…耳が長くて、まるっこくて、ギザギザしたしっぽがあって…色が紫で、どす黒いオーラを纏ってる物体。
そう、夢の中で降ってきた電気系ねずみだ。
ドアを開け、転がり込んできた直哉に気付いたのか、紫色の身体をぐりんと捻り、こちらに顔だけ向けた。ガラのよろしくないあの顔が、直哉にえげつない笑みを投げ掛ける。
そして、右腕をかざし――
「よォ」
――振りながら、話し掛けてきた。
「…え?」
思わず聞き返してしまった。
夢の中じゃ『ヴィィィィィィィィィ!』とか奇声をあげていた電気系ねずみ。
それが……
「あ?」
「いや、あの…」
「んだよ、神様に対して無礼なヤローだな」
…え?
人語を理解しているのか、話し掛けてくるだけでも驚きなんだけど…
「…神様?」
「あぁ、俺様神様」
「ただの電気系ねずみ――」
「うるせえ!」
あ、ほっぺたに雷が――
ババババババババッ
「アッーーーー!」
モロに電撃を喰らい倒れ伏す直哉に向かって、電気系ねずみが怒鳴る。
「俺だってなぁ、好きで電気系ねずみやってんじゃねーんだよォ!」
「じ、じゃあ何で…」
「…………………から」
「え?」
「女の子にモテるからだよォ!」
言うが先か、右手に雷を集め、球状になったソレをぶん投げてきた。
「ア゛ッ゛ーーーー!!」
雷球は倒れたままの直哉に直撃し、直哉は陸に打ち上げられた鯉のようにビチビチと跳ねた。
「我慢して電気系ねずみになったはいいんだがよォ……」
「…」
その後も淡々と語り続ける電気系ねずみ。
ちょこっと纏めるとこうなる。
人間の女の子にモテたくて電気系ねずみになり、愛でられに来たと言う。が、神様が普通の人間に見える訳が無く、途方に暮れてたらしい。誰にも相手にされなくてぁぅぁぅのたまう電気系ねずみを想像してしまい、笑ったら電撃を喰らった。
しかし、ここまで聞いて疑問が生じた。
「じゃあ何で俺の夢に出てきたんだ?ついでに何で見えんの?」
「俺様が聞きてぇ」
「え~…」
分からないらしい。
神様のくせに…
「なぁ」
「あ?」
「触らせろ」
ビビビビビビ!
「ヲヲヲヲヲヲ!!」
ひ…酷い…。
いいじゃないか…電気系ねずみ好きなんだよ…
「ったく、訳わかんねぇヤローだな」
「はぁ、はぁ…ええじゃないか…」
「ヤローに好かれたくもねェ」
「…」
この電気系ねずみめ…
どうにかして触ろうとしてる直哉は、重要なことを思い出した。
「いつまでここにいるの?」
「…帰りたいの。でも、独りじゃ不安で…」
ヤメテ!そんなうるうるした瞳でみつめないで!ガラ悪い顔面とミスマッチよ!でもそこが可愛らしい…!
しかし、このままでは俺が持たない。
「俺にどうしろと…」
「なぁに、簡単な事さ。ちょっと付き合ってくれりゃあいいのさ」
待ってました!と言わんばかりに反応する電気系ねずみ。雷を放電し直径2m程の輪にすると、輪の中が歪み始めた。
…嫌な予感がする。
「何でしょうコレ」
「簡易どこ○もドア。運が良ければ帰れるんだ、俺様」
新しいオモチャを貰った子供のような目を向け、輪を親指で指しながら
「一緒に逝こう」
とかほざきはじめた。
「…字がちげぇよ。まだ死にたくも――」
…あっれー?
目の前にいたはずの電気系ねずみがいない。
体積の無いミニマム脳みそをフル起動させて考えると
「拒否権ねーから(はぁt」
と、後ろから返答が返ってきた。
咄嗟に振り向いた俺が見たのは、俺に向かって短い右足を振り抜く電気系ねずみ。
こいつ…電光石火を……
バキッ
「ゴフッ!」
気持ち良いほどのクリティカルヒットを喰らってしまった。
1m程ぶっ飛んで、背中から着地する……筈だった。
覚悟を決めて衝撃に備えたが、いくら待っても衝撃が来ない。
なので、ゆっくり周りを見渡してみる。
闇、闇、闇。どこまで行っても闇闇闇。
上を見上げると、直哉の部屋の天井がうっすらと見える。
あー、雷の輪に落とされたのか…
目の前を過去の栄光が走り去る。所謂走馬灯。
元気良く駆け抜けたお花畑、昔付き合ってた女の子、黄色い電気系ねずみの人形を貰ったこと…
…あぁ、良い人生――
視界に入る、電気系ねずみ。
気のせいじゃないな、電気纏ってやがる。
――だと思いたかった。
神様なんて信じない!
ドォォォォォォォンッ!!
またもや雷が降ってきた。が、何回も喰らったお陰で耐性ができたらしく、身体が痺れる程度で済んだ。
嬉しくない恩恵を授けてくれやがった電気系ねずみは…ニヤニヤしてる。
そして雷を喰らった俺を、今さら思い出したのだろう仕事を始めた重力が引っ張る。
いつかあの耳をぱふぱふしてやろうと誓っていた直哉は、いつかあのガラの悪い顔面をぶん殴ってやろうと誓い直すのであった。
…しっかし。
「いつまで落ちてんだよ…」
もう10分は落ちてるはずだ。もはや天井すら見えない。
まだまだ底が見えないのは正直怖い。
恐怖を紛らわそうと独り言をぼやく直哉。
「大丈夫かなぁ…」
『駄目だな』
!?
確かに輪の所でニヤニヤしている電気系ねずみを目撃したはずだ。一緒に降ってきてる訳じゃないはずだった。
なのに電気系ねずみの声がした。聞き間違いかと思ったが、一応聞いてみた。
「オイ!出てこい電気系ねずみ!!」
『あいるびーらいとひあー』
「ウゼェ!何処だよオイ!」
『ギャーギャーうるせぇなぁ…お前の中だよ』
《そんなっ、私の貞操が…》
『黙れバカ、テメーはヤローだろうが…心の中だ!』
《本当に心の中にいるのか?。俺の思考読んだみたいだけど…》
『だから心の中にいるっつってんだろ…学習しろよ』
「ふんだ、余計なお世話だい!」
『あそ。落下の衝撃和らげてやろうと思ったのに――』
「ごめんなさい」
『よろしい』
《クッ…こいつ、やりやがる…》
『俺様神様』
《くそぅ…》
『あ、も少しで着くみたいだな』
「お前の世界?」
『まさか』
「えっ…?」
…やられた。こいつハナっから帰れたんだ…でも、帰る気なんて微塵もねぇだけだ…
「ちくしょぉぉぉぉぉ――」
直哉の悲鳴は、虚しく響き渡るだけであった――
「――ぉぉぉぉぉぶっ」
急に視界が開け、また暗くなった。
柔らかい何かに、頭から突き刺さったようだ。
わきゃわきゃもがいていると、やっと脱出することができた。
「ここは……」
『異世界だな』
「…」
直哉が見た景色は、今朝見た夢の内容とそっくりだった。
色とりどりのお花、吹き抜ける風、かんかん照りの太陽。ここまでは同じだ。
違うと言えば、電気系ねずみが降ってこないのと――
「聞いてんのかオラァ!!」
「殺っちまうぞクォラ!!」
「ウォオオオアアアア!!」
…現実逃避おしまい。
破落戸A・B・Cの罵声に現実に連れ戻されてしまった。相変わらず最後のは無いと思う…。
そして、破落戸が怒鳴るたびにびくびくと肩を震わせる少女。
肩より少し下まで伸ばした、金色のさらさらな髪が風になびいている。身長は150cmくらいだろうか、座り込んでいるのでよく分からない。足まで届く白いローブを来ていて、まるで白魔導師のようだ。
そして――
「――可愛い」
気付いたらそう呟いていた。
誰が可愛いと呟かずにいれようか、いや、呟かずにはいれない。
…と、反語表現で強調してしまうくらい可愛いのだ。ぱっちりとした空色の目、有り得ないほど整った顔立ち、ピンク色の瑞々しい唇、黄金比というモノをこれでもかとふんだんに注ぎ込んだとしか表現出来ない。震える姿が庇護欲を注ぎまくる。
《…なぁ》
『お?』
《あの娘、可愛くね?》
『テメーもそう思ったか。奇遇だな、俺様もだ…あぁーっ、ぎゅぅーってされてぇぇぇ!』
…駄目だコイツ。まぁそれはともかく…
「オラァ!」
ぶぉんっ!と、直哉目掛けて剣を振る破落戸A。
だが、様子がおかしい。
《…遅くね?》
『あぁ…面倒だから言わなかったけど、元からある程度動ける器だったお前だが、さっきの亜空間を渡ったせいで補正がかかったみてーだな。
勇者補正ってヤツ?』
《勇者…勇者……。うん、良い響きだ。》
『…バカで助かったわ』
《うるせぇ!》
どうやらパワーアップしたらしい。いやぁ、ここまでテンプレだと逆に面白いね、うん。
パシッ
「……へ?」
「あっれー?どーしたのぉー?」
言葉を失う破落戸A。目を見開いて唖然としている。
それもそうだ…ただの少年に、渾身の横薙ぎを左手の指二本で止められたのだ。しかも、びくともしない。
「う…、うわぁぁぁぁ!」
叫んだ破落戸Aの尋常じゃない様子から、破落戸B・Cは少し焦りだす。
「どうした、さっさと殺っちまえ!」
「コロセ、コロセ、コロセ!」
上から破落戸B、Cだ。破落戸Aで直哉が見えないため、事態の驚愕レベルについていけてない。
「ば、化け物だぁぁっ!!」
そう言って剣を手放し、逃げ出す破落戸A。
破落戸B・Cは、破落戸Aの剣を左手の二本の指で支えた状態のままの、黒髪に漆黒の瞳の少年を認識した。
――そして、少年の身体の周りを取り巻く黒い稲光を。
不意に少年が右手を破落戸Aに向かって振り下ろした。
破落戸Aは10m以上は離れている。破落戸B・Cには、これが何を意味するのかが分からなかった。
…そして、信じられないモノを見てしまった。
破落戸Aを天を引き裂いて落ちてきた、漆黒の稲妻が直撃したのだ。凄まじい轟音と共に、その場に倒れ伏す破落戸A。
身体からはぷすぷすと煙があがっている。
そして、今自分たちが置かれてる状況を忘れて、ただ呆然と眺めてる最中。
「…さぁ、お仕置きの時間だ」
悪魔の声が、頭に響き渡った。
《うぉ、すっげぇー》
『見たか、俺様の実力!』
落雷を起こした張本人も、ちょっと信じられないという顔をしていた。
《流石は電気系ねずみ…雷系技の威力がパネェぜ…》
『テメェ…チッ、まぁいい。今はあの娘を助けるのが先か』
《おう。って、あ…》
「くっ、来るなぁぁ!!」
「いやぁっ…んんっ!」
あろうことか、破落戸Bが少女を人質に取りやがった。唇を汚らわしい手で覆って、少女の言を封じている。
「う、動いてみろよぉ!こいつの首と胴が泣き別れすっかんなぁ!!」
「…っ、んん、んーっ!」
「うるせぇ!!」
「んぐっ……」
騒ぐ少女を黙らせるため、唇を塞ぐ手に力を入れる破落戸B。
苦しそうな表情を浮かべ、目から恐怖と悲哀の涙を流す少女。
「今だっ、殺れェ!」
「ウォオオオアアアア!」
大型の両手斧を携え、直哉に向けて破落戸Cが突進してきた。
ぶちっ
直哉の脳内の"何か"が切れる音がした。
《おい、電気系ねずみ》
『…分かってる、殺るぞ』
《頼むわ》
『任せろ、相棒』
テメェから一気に相棒に昇格した直哉。
…正直、嬉しかった。
『右手を前に』
《あぁ》
言われた通りにする。
『指先に力を集めるイメージだ。』
指先に集中する。
「…我は闇雷、怒るる力の化身なり――」
口からは言葉が、指先からは稲妻が発せられる。
右手の指先に稲妻が集まり、球体を成す。雷は荒れ狂い、フレアの如く吹き出している。
ただものならぬその圧力に、破落戸B・Cは凍り付いた。
何故逃げなかったのだと後悔する。立ち向かっていい相手では無い、次元が違いすぎる。
が、後悔先に立たず。
「――残響を以て汝を虚空へと誘わん!」
右手の先の雷球が炸裂する。黒と紫の入り交じった閃光と共に、幾千もの刃雷と化す。
『よく狙え、そしてぶちかませ!』
刃の先に破落戸B・Cを捉える。そして――
「『チェイン・ライトニング!!』」
直哉(と電気系ねずみ)の言と共に、幾千もの刃雷が、轟音を鳴り響かせながら破落戸B・C"だけ"を貫く。
身体中を刃雷が駆け抜けた破落戸は、身体を弓なりに反らせてビクンビクンと痙攣している。白目を向き、口から泡を吹きながら、力無くその場に崩れ落ち――
「うるぁ!」
ゴスッ!
鈍い効果音と共に、少女を人質に取っていた破落戸Bが5mほど吹き飛んだ。
…直哉は助走を付けた飛び蹴りをかましただけである。
《…勇者補正、とんでもねぇな…》
『かなり都合良く力を与えるよな…俺様ながらビックリだぜ』
《え゛、まさかお前知らなかったの?》
『俺様が異世界…というより、人間界に降りてきたのは、今日が初めてだ』
《ナンテコッタイ!》
『つー訳で、俺様のマブダチ第一号はお前で決まりだ。宜しくな、ナオヤ』
《むぅ、照れるじゃねーか…その、宜しく………ピカ○ュウ》
『往ね』
《酷い!結構ガチで悩んだのに…って、忘れてた》
腰が抜けてぺたんっと座り込んだ少女に、しゃがみながら声を掛ける。
まだ震えてる…よっぽど怖かったんだろう、可哀想に。
「大丈夫か?怪我は…無い、みたいだな」
「…………う……」
「う?」
「うわぁぁぁ!!」
安心したのか、火が着いたように泣きながら抱き付いてくる少女。戸惑いながら、直哉は受け止める。
「ごわがっだ、ごろざれるがどおもっだぁぁ…」
「よしよし、もう大丈夫だからね」
顔を直哉の胸に埋めて泣きじゃくる少女の震える肩を優しく抱き締め、優しくあやす直哉。
今日一日を通して、間違いなく最も充実した時間を過ごす直哉であった。
一向に泣き止まない少女。まぁ、あんなに怖い目にあったなら仕方がない。
《今は思う存分泣かせてあげよう》
肩を抱く手に力を込める。独りじゃないよとアピールする。
…決して下心があるわけでは、ない、と、思う。
そんな和やかな空気の中、約一匹だけが殺気を放っていた。
『………………』
電気系ねずみである。
いつか寝首をかいてやろう…そう誓うのであった。