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第十九輪:偵察(後編)

忙しくて更新スピードが落ちまくり…申し訳ないprz


内容がぐだぐだな偵察後編、それでも良ければどぞ!

町へ向かう直哉は、ガルガント王国を大雑把に見渡す。


地形は山のような感じだ。王宮は中央の高台にあり、その回りに下りながら城下町が展開している。エアレイド王国のように城壁で王国全体を囲ってはいないようだ。

そして、麓らへんに聳える時計塔。高さは王宮を遥かに越えていて、歴史を感じさせるレトロなモノだ。


道は手入れしてないようだが、通れる事は通れると言ったところだろうか。箱の中でぶつかりまくったことを思い出し、直哉は無意識に頭を庇う。


《はっ…俺は、何を…》

『…安心しろよ、もう箱詰めなんてされんぞ』

《そっかぁ…だといいんだがなぁ…》

『まぁ、今は偵察だろ?』

《言われてみれば…忘れてたな、うん》


気を取り直して歩き始める直哉。

とは言っても――


《しかしなぁ、こんなに町中が染まってるとさぁ…》

『流石の俺様でも…ちと厳しいもんがあるぞ』


――前も述べたが、王国全土を靄が覆っているのだ。右に左に上に下、どこを見ても靄靄靄。先程見た時計塔も霞んで見える。

こんな中、諸悪の根源を見つけるのも…なかなか骨が折れる作業だ。


それよりも、好奇心が勝ってしまいそうな直哉は男の子だ。


《それよかさ、異世界第二の国だぜ?あまり芳しい状況じゃないけど、食べ物とかも――》

『ナオヤ。ポケットに手を突っ込んでみろ』

《ん?あぁ》


大事な事に気付かない直哉は、言われるがままにした。


《……なんもねーぞ?》

『そう、なんもねェんだ』

《それがどーしたよ?》


不思議そうに聞き返した直哉に、ウィズは深すぎる溜め息を洩らした。


『はぁ…お前がそこまで脳みそ筋肉君だとは思わなかった…』

《あ?何なんだよ》


痺れを切らした直哉は、苛立たしげに聞き返した。


『金』

《金?……あっ》

『はぁ……』


ようやく気付けたようだ。直哉ははっとした表情を浮かべている。


『ここは王宮じゃねェんだ。ま、本来なら王宮タダ飯自体があり得ねェんだがな』

《うぅ……お腹すいた……》

『さっき食ったばっかだろ』

《そう言えばそうだった》


脳みそだけ老化現象が著しいようだ。大丈夫だろうかと呟くウィズ。


《一心同体っていいねー、呟かれる悪口まで聞き取れるよ》

『バカ・アホ・マヌケ』

《堂々と言うなよ…凹む…》

『一回ほどべこべこに凹んでみたら?多分さっぱりするぜ』

《ちぇめぇ…いつかボコったる!》

『ガープに…男に襲われるヤロー風情が――』

《やめろぉぉ!やめてくれぇぇ!!》


第何回目だか分からないが、ウィズの勝利で幕を降ろした口喧嘩。的確に弱みを握るところ、流石である。


そんな事で揉めながら歩いてたら、時計塔に着いていたようだ。入り口を見つけたので、中に入ってみる。


中は凄いとしか言えない感じだ。剥き出しの歯車は噛み合わせを狂わせる事無く回り、永久を彷彿とさせる。まるでゲームの世界のようなそれには、人が乗れるような巨大なモノもある。壁際に伸びる螺旋階段も綺麗だ。

だが、静かだ。機械が動く音しか聞こえない。


《……誰もいねー》

『重要なモンじゃねェんだろ』

《そかなぁ》


何か引っ掛かってる感じの直哉に、ウィズは聞いた。


『どうした?』

《……んー、なんか不思議な感じがしただけ、だよ》

『ふむ…まぁ、他の場所も調べてみっか。一応時計塔も目を付けておくって事で』

《そだな。他も見回ってみっかぁ!》


元気を装う直哉。ウィズには何故だか分からなかった。

そんな二人が時計塔を後にする。高く聳える時計塔を見上げると、いつの間にか月が出ていた。


《赤い月、か》

『嫌な感じだな』

《俺は個人的には好きなんだけどねぇ…この空気じゃ、なぁ》

『あぁ…魔性の月みてェだ』


空に昇る月は赤く染まっていた。まるで血塗られたかのように赤い月は、ガルガントの大地を紅色に染める。靄の黒さと混じり、とても不気味だ。

そんな月を見上げる直哉は、夢で見た惨状を思い出す。


《………》

『………』


しばらく黙り込む二人。止まらない胸騒ぎに、不安を募らせるのであった。






遠くに輝く月を眺める直哉を見つめる女性の影が一つ。黒いローブを身に纏い、フードに隠された素顔には、笑顔を浮かべているようだ。


「ロキ様…見つけましたよ、神の心臓を」


独り言を呟く女性は、直哉が見えるけど気配は感じられないと言う距離を保ち、直哉を尾行する。


女性の目には狂気の色が滲んでいて、ロキを彷彿とさせる。

ロキに様を付け、直哉に神が宿ってるのを知っている人物。そう、サラだ。


一見すると悪意を放っているように見えるが、ロキのため=正義だと思っている本人には悪意が無いため、直哉もウィズも気付けなかったのだ。


サラがロキのために動くのには理由があるのだ。


ロキとサラは幼なじみだったが、どちらも楽しい人生を歩んできた訳では無い。

ロキは貧しい農民の家に生まれ、物心ついた頃に両親を目の前で惨殺され、親戚などをたらい回しされてサラの両親に拾われたのだ。

だが、両親にとって暴力を振るう"モノ"が増えただけと言う感じだ。毎日二人をこき使い、殴り、蹴る。身体中には痛々しい傷痕が残り、心の闇は広がる一方だった。


そんな時、ロキが一冊の本を持ってきたのだ。魔方陣の描かれた表紙の、古そうな本を。その中には、苦しい生活を終わらせる方法…魔物の製造法が記されていた。


白い紙を店から盗み、そこに血で呪詛とサラの父親の名を記す。そして、サラの母親を呼び出して呪詛を呟きながら殺害。もちろん苦しませながらだ。

胸を切開して、心臓…ダークマターを取り出す。それに呪術符を張り、本に書かれている呪術を読み上げた。すると、呪術符を張り付けたダークマターが黒く輝き始めた。

それを母親の身体に戻し、切開した胸を縫い直した。少し放置すると、起き上がった"魔物"。迷わず父親の元へ向かい、父親を肉塊にした。と同時に、魔術で焼き殺された。


二人をいたぶる拷問のような生活が終わりを告げる。だが、ロキの傷は塞がらなかった。


『僕が弱かったから、両親を守れなかったんだ…僕が貧しい農民だったから、みんなに邪魔にされたんだ…全部僕が悪いんだ………僕が強くなれば、お金持ちな王様になれば…大事な人…サラを守れるのかな?みんなに邪魔にされないのかな?』


ロキの手に握られた"力"が、その考えを歪めに歪めまくった。


『邪魔者は材料にしよう。私とサラを王と崇める、私の理想国家を造るための材料に…』


殺戮型思考になったのだ。

だが、そんなロキもサラにとっては幼なじみであり、命の恩人であり、そして恋人でもある。自分を救ってくれたロキを、今度は自分が助けてあげようと思ったのだ。それが彼に対して出来る事であり、恩返しであり、サラのやりたい事なのだ。


歪んだ愛情でなければ、素晴らしい夫婦になれただろうが……。


「うるさいわよ」


黙らされてしまった。


直哉が歩くとサラも歩く。直哉が止まるとサラも止まる。

どうやら、直哉は国の散策をしているようだ。ロキの居場所でも探ってるのだろう。


国をざっと歩き回り、直哉の足は王宮に向かう。その通り道には、古びた小屋がある。


サラは自分の中にあるマナを確認する。そして、水のイメージ。

すると、しゃぼん玉のようなモノが出来上がった。水属性魔術で、相手を眠りに誘う効果があるモノだ。


それを直哉に向け、放つ。気付かれないような、それでもって十分な効果を期待出来る量。

ロキの役に立つため、その歪んだ愛を成就させるため…。






町中をざっと歩き回った二人は、王宮に戻りながら散策について話し始めた。

戻る理由は……お腹がすいたから。


《しかし、何も無かったな…》

『だな…どこもかしこも悪意だらけ、流石に厳しいな…』

《あぁー…流石に無理だったかなぁ…》

『どうしようもねェさ』

《でも、これじゃ示しがつかねー…》

『うーむ…困った……っ?!』


ウィズが警戒をしたので、身構えながら聞く直哉。


《え、なになに?》

『何かが、来てる…?』

《何か?》

『!後ろだ、ナオ――』


パンッ!


何かが割れる音が響く。


「ん?何今の――」


不意に視界が歪み、その場に倒れ込む直哉。エアレイド王国で密偵に薬品を嗅がされた時のような感じだが、今回は症状の重さが違う。


『ナオヤ!大丈夫か?』

「う……あ……」


ウィズの声が頭に響き渡る。だが、今の直哉には返事をする余裕がない。


瞼が重くなり、目が塞がる。最期に見たモノは、近付いてくる黒い影――


鐘の音を背景に、直哉は意識をぶん投げた。






とある部屋の中。

お日さまの暖かさは感じられない、どこか装置じみた明るさが直哉を照らしている。


『…ヤ…ナオヤ!』

《………》

『っち…あ!シエルが泣いて――』

「泣くな、いいこだから!」


シエルが泣いていると言うウィズの囁きに、反射的に飛び起きようとした直哉。だが――


「…おいおい、こんな趣味ねーぞ?」


――両手両足を台に大の字に固定され、身動きが取れないのだ。金属で固定されてるようで、足掻いても取れそうに無い。

そして、あの不思議な感じ。時計塔で感じたそれと同じような感じがする。


先程の冷たい明るさの正体は、この照明のようだ。天井を見上げる形で固定されてる直哉に、無機質な光を投げ掛けている。


唯一動かせた首をキョロキョロと動かそうとして、変な臭いがする事に気付いた。


「……?」


何か生々しく、鼻をつく臭い。鉄のような……


「……血?」

そう、血の臭い。少し前に礼拝堂で嗅いだ、あの生臭さ。


『しかも相当新しいぞ…まるで、隣で切り刻まれたみたいだ』

「そうであって欲しくは無いな…」


恐る恐る左を向く。同じような台がたくさんあった。どの台も赤黒く染まっている。

そして、すぐ左の台。生々しく台を染める鮮血が床に滴り、血の池を作り上げていた。


「うげ……」

『……濃い悪意を感じる。今までの比じゃ、ねェ』

「悪意が無きゃ、こんな事出来ないだろうな…」


血染めの台から目を背けるため、右を向く直哉。


「?!」


右にも同じような台が並び、そこには人や動物が直哉のように固定されていた。助けを求め、終わりを悟り、ひたすら唸り…まるで収容所のようだ。


驚愕した直哉は、何かを思い出す。


「夢……!」

『確かに。余りにも似すぎてるな』

「くそったれ…このままじゃ――」


不意にドアが開く音がした。右に並ぶ台の奥から人が入ってきたようだ。同時に助けを乞う叫び声が響き渡る。

そんな声を無視しながら、人影がつかつかと歩み寄ってくる。足音と共に、何かを押すような音が聞こえてきた。


ガラガラガラ……


「まさか――」

「おや、お目覚めかね?ナオヤ君」

「は?」


不意に名前を呼ばれ、すっとんきょうな返事を返す直哉。


少しずつ近付いてくる人…三人いるようだ。三人ともフード付きの、引き摺るほど長い白い布で身を包んでいる。フードを被る三人は、目元しか見ることが出来ない。押しているのは台車、これまた白い布が掛けられている。

三人は直哉の右側の台で止まり、その中の一人…先頭を歩く男が近寄りながら話し掛けてきたのだ。


「だ、誰だ!」

「おっと、これは失礼。私はロキ、ナオヤ君のダークマター…神の宿る心臓をもらいに来たんだ」


ドクン…

直哉の心臓が飛び上がる。近付いてくる男の目…狂気に満ちたあの目。忘れる筈が無い。

夢の中で直哉を殺した男だ。


「お前は――」

「お礼ならサラに言ってくれ。君を見つけ、ここまで招待してくれたのは彼女だからな」


すると、男の後ろの人が歩み寄ってくる。フードを脱ぐと、女性だと言う事が判明した。

見覚えのあるシルエットだった。先程気絶する前に……


「!…お前は、さっきの…」

「おはようナオヤ君、サラよ。短い間だけどよろしくね」


直哉に向けてにこっと微笑むサラ。無邪気な笑顔は好感を抱ける。

尤も、場所が場所なだけあって、そんな感情は抱けないが。


サラは顔をロキに向ける。心なしか、紅潮しているようだ。ロキはサラの腰に手を回し、引き寄せるように抱き締めた。


「よくできたね、サラ。ご褒美をあげなくてはな」


ロキが言うと、サラは目を閉じる。ロキはサラに顔を近付け、唇をサラのそれに重ねた。

お互いにちゅぱちゅぱと吸い合っているその姿は、直哉には刺激が強すぎた。


「わわっ!やりたいならあっちでやれ!俺ぁ純情なんだ!!」

『初――』

《うるせぇ!》


先程のとは違う理由で心臓が飛び上がった直哉。純情と言っていたが、あながち間違いでも無い。


そんな直哉を横目で睨み、唇を離す二人。


「これからが良いところ――」

「知るか!」


ロキの残念そうな言葉を途切れさせた。拉致に拘束、場所を弁えないであんな事まで…全くもって困ってしまう。


「…彼の心臓をむしり取ったら、続きが出来るよ、サラ」

「あん…長い長い焦らしです、ロキ様ぁ…」


完全にとろけてしまったサラ。今にも続きを始めてしまいそうで、危機的状況にいる事を忘れた直哉はひやひやしている。

だが、ロキの一言で空気が引き締まる。


「さぁて、君には恐怖を感じながら死んでもらうよ」


直哉に向けてそう呟いたロキ。視線を振り向いた直哉の右に固定された人に向けた。隣の人…材料は「ひっ」と短い悲鳴をあげた。


「さて、ナオヤ君を脅かす生け贄になってもらおうか」


その言葉が合図だったのか、三人が台車を漁り始めた。サラともう一人の部下が取り出したのはペンチのようなモノ、ロキは本を取り出している。魔方陣の描かれた、件の本だ。


次に取る行動は決まった。

二人は各々材料の左右に歩み寄り、各々の手の指をペンチで摘まむ。ロキは本を開き、ぶつぶつと呟く。

呟きが止まったかと思うと


「嫌だぁ!やめ――」

「剥け」


再びロキの声が響き渡る。二人は握るペンチに力を込め、ロキは呟きを再開する。


ベリッ、ベリッ


材料の制止も虚しく、爪を無理矢理剥がす効果音が鳴り響いた。


「あああああああああっ!」


材料による苦痛の叫び声があがる。そんな材料を見た二人は、楽しそうに他の指の爪を剥がす。

爪の無くなった手を見てしまった直哉。思わず目を背けると


「ダメじゃないか、ちゃんと見てなきゃ」


ロキが直哉の頭を右に回し、台車から取り出した器具で固定する。目を反らせなくなった直哉は、目の前の恐ろしい光景を呆然と眺める事しか出来なかった。


「ほーら、手が綺麗になったよー…でも、寂しくなっちゃったかなぁ?」


サラが愉快そうに言った。材料は歯をガチガチと鳴らしながら、ただ痛みに耐え続けている。

そんな材料を見て、サラは呟く。


「うぅーん…針でお飾りでもしてみましょうか」


そう言うと、台車から針を取り出した。先の鋭い、よく刺さりそうな細い針。だが、先端から手で持つところまで、ギザギザの棘のような突起物が多数ある。


それを迷う事無く、各々の指に突き刺し始めた。


「うわぁぁぁああああぁぁ!」


再びの絶叫。針の刺さった指からは血が吹き出し、台に血飛沫を撒き散らした。

全部の指に刺し終わったようだ。爪があった場所には赤い血の爪が現れ、輝く銀色の針がそれを指と繋げてるように見えた。


「よし、綺麗になったね~」


無邪気な笑顔を材料に向けたサラ。そんなサラに、直哉は恐怖しか抱けなくなってしまった。


目を閉じればいいだけなのだが、そんな事すらままならない。視覚からは拷問の光景が映り込み、嗅覚は材料の流す鮮血の臭いを感じ取り、聴覚は材料の悲痛な悲鳴を聞き取る。あらゆる恐怖に、直哉の精神は蝕まれていく。恐怖に震えるその姿は、精神崩壊の第一歩を踏み出した証拠に見えた。


「あ……う……」

『オイ、ナオヤ!しっかりしろ!意識すんな!!』


最早ウィズの言葉も耳に届かない。直哉が理解出来るモノは、視覚・嗅覚・聴覚と絶望だけだ。


同じように材料の足の爪も剥き、針で飾りつけを行う二人。材料の顔は汗と涙と涎でグショグショだ。


それだけでは物足りないようで、二人は台車から鋸のような形状のモノを取り出した。

鋸は木を切る道具だ。だが、切れるのは木だけでは無い。


二人は各々材料の肩に刃を当てると、木を切るようにスライドさせ始めた。


「あがっ、がぁ゛ぁ゛ぁ゛!」


生きたまま、意識も保ったまま、腕を鋸で切断されるのだ。切れ味の良い刃物ならまだしも、鋸でだ。形容したくもない音が鳴り響き、直哉の精神は崩れ始めた。


「うぁ…あ、あぁぁ……」

『クソッ、ナオヤ!しっかりしやがれ!!』


ウィズは直哉がテレポートと呼んだ魔術を思い出した。ガルガント王宮の牢屋をイメージする。

そして、魔力を放出して――


『?!』


――それは霧散した。


この部屋には結界が張られているのだ。直哉が感じた不思議感は、結界に足を踏み入れた時に感じた違和感だったのだ。


結界には様々な効果がある。内部のエレメントを取り除いたり、重力を倍にしたり、治癒効果があったりと便利な魔術だ。

今回用いられた結界はエレメントを取り除く効果があるのだ。内部で魔法を使うのは不可能だ。


万事休すになったウィズは、黙って直哉と共に見つめる事しか出来なかった。


切断を終えたようだ。材料の両手は固定されているのだが、完全に肉体から分離した。


材料はショックで気絶したようだ。白目を剥き、泡を吐き、身動き一つしない。


そんな材料の様子など知った事無いように、二人は両足も同じように切断し始めた。ギチギチと嫌な音を立てるソレは、狂気の成せる技だ。


そして夢の内容に添って眼球をくり貫き、最後は斧でずばん。首と胴が泣き別れした。

ダークマターを取り出す作業に取り掛かっていたが、直哉の視界はその光景を捉えなかった。

目前の衝撃に耐えれず、意識が飛んでしまっていた。


『ナオヤ?オイ、ナオヤ!しっかりしろ、しっかり――』






目の前に広がるのは、毎度お馴染みになったお花畑。


《あれ…なんでお花畑にいるんだろ》


風もお日さまも何もかもが同じ。だが、何故こんなところにいるのか、直哉は理解出来ない。


《確か…ロキ…とサラ…あと一人は知らん。隣のヤツを惨たらしく…》

「ナーオヤっ!」

「うぇあ!」


急に呼ばれてビビる直哉。振り向くと、笑顔のシエルにセラ、コラーシュにフィーナ、それにエアレイド王国の人々がいた。


「あ、あれ?なんでここに?あれあれ?」

「ナオヤが心配だったから、みんなで探しに来たんだよ?」

「一人で敵国に乗り込むなんて無茶するんだからー!」

「危ない事なんてするでないぞ、ナオヤ」

「そうですよ?シエルの未来の旦那様なんですから、身体を大事にしてくださいね?」

「なっ?!お母様!」

「「「「あはははは!」」」」


フィーナの冷やかし(?)に、周りが笑い始めた。さっきまでの惨状が嘘みたいだ。

得たいの知れない事だが、直哉は安堵を覚えていた。


その後もしばらく話し合っていた。一日振りなのだが、数年会わななかったような錯覚すら覚える。ずっと話してたいと思う直哉。


だが、不意に空を闇が覆い、冷たい風が吹き始めた。人々は不安そうな表情をする。


突然火が放たれ、焼き野原になる。人々は逃げ惑う事しか出来ず、少しずつ焼かれていく。

次に黒い影が飛んできて、人々を次々と虐殺し始めた。影の正体は魔物の集団のようだ。


「あっ!」


逃げていたシエル達が次々と転び、魔物が馬乗り…マウントポジションを取る。

声を上げる間も与えず、コラーシュ・フィーナ・セラの順で一人ずつ肉塊にしはじめた。

直哉は動く事が出来ず、声しか発せない。


「や、やめろ!」


だが、その声を理解する魔物ではないようだ。鋭い爪をシエルに目掛けた。シエルの目には恐怖の色が滲んでいる。

そして、爪をシエルの華奢な首に――



「シエルぅ!!」


急に声をあげた直哉に、ロキ・サラ・部下の三人は驚いたようだ。ロキに至っては、血塗られた斧を手から滑らせていた。


今見た景色が何なのかはよく分からないが、こいつら…この三人を放っておいたら、いつかあのようになってしまうだろう。

それだけは嫌だ。絶対に阻止するべきだ。


正面を見ると、惨たらしく解剖された"元"材料が"あった"。それを見ないために目をきつく瞑り、両手に力を入れ、手前に引っ張った。


「うぉぉおあああ!!」

「何をすると思ったら、この期に及んで悪あが――」


バキッ!


手を拘束していた金具が崩壊した。俗に言う"火事場の馬鹿力"だ。


「なっ……?!」


三人は驚きからか硬直している。そんな三人を他所に、首を固定した即席金具・足の金具を各々引きちぎった。


「ごめんね隣の人!いつか供養してあげるから!」


横目で元材料をちら見し、吐きそうになるのを堪えながら三人が出てきたドアに駆け寄り、飛び蹴りをかました。

轟音と共にドアは砕け散り、直哉はその先に続く暗い通路を全力疾走していった。



視界から直哉が消えてから、呆気に取られてた三人は正気を取り戻す。

慌てながら指示を飛ばしたのはロキだ。


「お、オイ!アイツを逃がすな!!」


すると、サラが直哉を追う。手には先程の斧を携えている。

もう一人の部下は、ぼーっとしてるだけだった。

悔しそうな表情を浮かべるロキは、直哉の固定されていた台を蹴り飛ばす。


「クソッ!…このままでは、いずれここの場所が割れてしまう…仕方がない、まだ早いが…」


ロキは直哉が粉砕したドアに歩み寄る。暗い通路の左側に、よく見なければ分からないドアがあった。

ドアを開き、中に入る。そこには、各々のガラス管にダークマターが保管されていた。

大小様々な形の、生臭い肉塊もたくさん用意されている。


ガラス管からダークマターを取り出し、肉塊に突っ込んだ。肉塊が黒い輝きを放つと、形を形成した。小さい犬のような形になった肉塊は、鋭い牙に刃物のような爪を携えている。


次々に肉塊にダークマターを突っ込み、同じような魔物を量産するロキ。


「王国を落とし、我が帝国を築くのだ…。行け、我が僕達、王国の生き物を食らい尽くせ!」


ロキの命令を受けた魔物は、ぷるぷると震える足でよたよたと歩き出した。

「くぅ~ん」とか鳴き始めるモノまでいる。


「可愛…じゃないじゃない、ほら、王国中に美味しそうなご飯がありますよ~」


ロキが遠回しな命令をした。すると、子犬…魔物たちは「きゃんっ!」と一鳴きすると、おぼつかない足取りでドアに向かって歩いていった。


和んでしまうその光景に、これから王国侵略を企てる事すら忘れてしまっていた。

いかんいかん、と目を閉じて気持ちを切り替える。自分が弱かったから、殺されてしまった両親。一緒に暴力を振るわれてしまったサラ。過去を忘れるために強く、偉くなろうと決めた年少時代。


深呼吸をし、目を開く。その目には狂気の黒い輝きが戻っていた。

そこへサラが帰ってくる。荒い息をして、両手に握る斧を握りっている。


「はぁ…はぁ…っ」

「サラ…大丈夫かい?」


気遣うような響きを含んだ声が、サラを優しく包み込んだ。苦しそうなしていたサラの表情が明るくなる。


「はぁ…はい、平気…はぁ…ですっ…すいません、逃がしちゃ、いました」

「いいんだ。サラさえ無事でいてくれればね」

「はぁ…ロキ様…」


斧を手放してふらふらとロキに歩み寄り、そのまま倒れ込むように抱き着いた。勢い余って押し倒してしまった。


「ロキ様ぁ…」

「よく頑張ったね、ご褒美増加――」


言葉の続きは、サラの唇により封じられた。

ロキの首に、サラが手を絡める。唇は離さないまま、ロキは手を滑らせて……そのまま大人時間に突入。内容は想像にお任せなモノであった。






「ふぅ…、はぁ…」


小屋を飛び出した直哉は、とにかくひたすら走りまくっている。王宮とは逆方向に全力疾走したのが不幸だったか。


流石に疲れたようで、立ち止まって荒い息を整える。

後ろを振り向く。血塗られた斧を携えた怖いお姉さんはいなかった。


「ふぁー……」


緊張の糸が途切れ、へなへなぺたんと座り込む直哉。あんなに惨い光景を目の当たりにし、同じようにバラバラ緊急脱出(再結合不可)させられてしまうところだったのだ。怖いのも仕方がない。

思えば、命を全力で狙われたのも初めてな気が…しなくもない。


しかし、がむしゃらに走ったのはいいが――


「……どこでしょう」


――つまり、迷子。

ガルガント王国を歩いた事すら無く、歩いた事があるエアレイド王国ですら迷う直哉。どうやら血迷ったとしか思えない行動を取ってしまったようだ。


《ウィズたんウィズたん》

『どうした急に、きしょい。つかいつ起きたの?』

《ひでー…あんなの見せられたら、誰もが寝たくなるだろ?》

『初――』

《関係ねーよバカヤロー!》

『ふん、まぁいいだろう。で?』

《迷子?》

『知るか!テレポートあんだろ?!』

《あ゛》


すっかり忘れてたようで、直哉はいかにも驚いたような顔をしている。そんな顔を見たウィズは、溜め息を吐く事しか思い付かなかった。


《うん、テレポートしよう。場所はガルガント王国の牢屋…みんないるといいけどな》

『ガープの部屋の場所なんて分からないからなー』

《牢屋で我慢だ我慢!んじゃ》


直哉が集中すると魔力が集まり、それが直哉を包み込んだ。浮遊感が襲うと、次の瞬間には見慣れた牢屋にいた。幸運な事に、全員が勢揃いだ。


「うわ!」

「「「「?!」」」」


基本的にビビられてしまうようだ。慣れたから平気だが。


咄嗟にガープを囲うように身構える密偵達。護衛としてしっかりしていると思った直哉は


「いやー、凄いね。ガープさんもこれなら安心だ!」


密偵を褒め称えた。


「「「「な、ナオヤ…」」」」


密偵達の声が綺麗にハモる。直哉だと分かってる筈だが、未だに警戒体勢を崩さない。


「なに?」

「「「「服…」」」」

「服?……うあー」


言われるがままに服を見た直哉。そして言葉を失った。

一言で言うと"血まみれ"。ガープのお古(?)は水分たっぷりの赤い絵の具がついた筆を思い切り振られた後のように染まっている。着色料は天然の鮮血だ。


「ナオヤ?ケガでもしたのか?!大丈夫か!!!」

「だいじょ…やっぱだめ」


先程の材料を思い出してしまった。映像・臭い・効果音。それらが直哉の目の前に鮮明に広がる。限界状態の時は平気だが、そうでない時は…。


耐えていたのだが、もう限界のようだ。牢屋の片隅に駆け寄り、胃の中身をリバースした。

そんな直哉を心配し、ガープが駆け寄って背中をさする。


「ナオヤ…何があった?」

「はぁ…はぁ…正体、掴んだ…うっ…」

「…今は無理しないほうがいいな」

「だめ…魔物が、町に…国民を…守らなきゃ…」


途切れ途切れに言う直哉。ふらふらと鉄のドアに歩み寄ろうとするが、ガープが止めた。


「魔物…それはまずいな。だが、今は休め」

「でも…う゛っ」


苦しそうに戻しながら咳き込む直哉。痛々しすぎて、見ていたくない程だ。

そんな直哉の肩を抱き、ベッドへ寝かせるガープ。懐からハンカチのような布を取り出し、直哉の口を拭いてやった。


「ガルガント王国の兵力を舐めちゃダメだぞ。魔物なんて捻り潰してやろう」

「はぁ…頼もしいね…」

「だから、今はゆっくり休むんだ」

「……うん、そーする」


目元を腕で隠す直哉。声が微かに震えていた。

その姿を見ていたガープは、黙って部屋から出ていく。それに密偵A・B・Cが付いていった。Dだけは残り、直哉の横になるベッドに腰掛けた。


「くそ…だらしねーな、俺…」


震える声で呟く直哉。腕で隠した目元から、一筋の涙が流れた。


自分のために殺された人。そんな彼を救えなかった自分。この戦争を解決するつもりで来たのだが、この様じゃ示しがつかない。

出来た事と言えば、あの地獄から逃げ出せた事だけだろう。


「…俺はさ、戦争終わらせたくて来たんよ。でも、人死なせちゃったんだ」

「………」

「この返り血はその時に付いたんだと思う。目の前で無惨に切り刻まれてるのを、俺は見てる事しか出来なかった」


服を眺めながら話す直哉。うっすらと血生臭さが残っていて、吐き気が戻ってきた。それにひたすら耐えながら、直哉は言葉を紡いだ。


「正直自惚れてた。神が宿ったんだ、確かに強くなったよ。だけど、力だけしか強くなってなかったんだ」

「ナオヤ……」

「いざと言う時には何も出来ない…心が弱いままだった。人一人守れなかった。今も俺はこうして座ってるだけで、周りは魔物と戦ってるんだ…こんなんで戦争止めようってんだからなぁ…」


血塗られた服を掴む。ひんやりとしていて、まるで氷のようだ。

服を握る拳は震え、そこに涙が滴る。


「こんなに悔しいのは初めてだよ…あの時、何で動けなかったのか。何で人を…命を救えなかったのか。何で今、俺は休んでるのか」


目を閉じる。刻まれた人の、見た事も無い笑顔が浮かんできた。楽しそうに笑う。だが、今は冷たい奈落の底に突き落とされているのだ。


「もう、そんな事は嫌だ。誰にも死なれたくない」


ゆっくりと目を開いた。涙で洗われた漆黒の瞳は、力強い意思を宿す。


「魔物の強さは半端じゃない。並みの兵士じゃ返り討ちにされちまう…そんな兵士を、国民を、命を、今度こそ救ってみせる。こいつに誓うよ」

握った服を見つめる。気のせいかもしれないが「頑張れよ、俺の分まで」と言われたような気がした。直哉を苦しめている心の傷がちょっぴり塞がれた。

直哉は密偵Dと向き直り、真剣な眼差しを向ける。


「だからさ、見逃してくれないかな?今度は…今度こそ、死なせない、死なせるもんか」


密偵Dは何も言えなかった。直哉の様子からして、死と向かい合った事は無いだろう。

それを目の当たりにしているだけでもショックだろう。しかし、目の前の少年は、それを乗り越えてさらに先を目指していたのだ。


直哉から凄まじい何かを感じた密偵D。わざとらしく溜め息をついてみせた。


「どうせ止めたって――」

「よく分かってるね!」



直哉は密偵Dに笑顔を向けた。悩殺スマイルだが、わだかまりが取れた今、それは威力を増していた。


「行ってきます」

「おう、気ィつけて」


元気良くドアを蹴り飛ばし、それを吹き飛ばした直哉を見た密偵D。


「あ、ごめん、後で直しといて(はぁt」

「お、おう……」


その場を風のように走り去る。直哉の勇者補正が炸裂している。

身体が羽のように軽く、足はあり得ない反発力を生む。


吹っ切れた直哉に敵無しのように見えた。だが、大いなる強敵がいたのだ。


《………》

『オイ、魔物潰すんだろ?泣き虫』

《うるせぇ!迷ったんだよぉ!!》


強敵…その名も"王宮"。

なかなか広い王宮は、迷うにはもってこいだ。


直哉が王宮外に飛び出したのは、それから十分後、テレポートを使えばいいと気付いた時だった。


外に出た直哉を、赤い月と騒ぎ声が出迎えた。

金属が擦れ合う独特の音が聞こえる。


《もう戦闘が開始したのか》

『十分も迷えば――』

《よしいこう、今すぐ行こう》


ウィズの呟きを掻き消すように、騒ぎの中心に向けて走り出す直哉であった。

因みに、ロキが生み出した魔物…子犬だが、外見は完全にチワワだ。

丸くくりくりした目、ぴんと立った耳、可愛らしい尻尾。黒いオーラを纏わず、爪や牙が無ければ立派なチワワだ。


ロキがこの形の魔物を生成した事に故意は無いと主張する。因みに、ある程度のイメージを想像しながらダークマターを突っ込むと、その通りの形になるらしい。


…もしかしたら、ロキも小動物好きかも?

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