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第十八輪:偵察(前編)

やっとガルガント王国の話に移れました。

文章の繋がりが異様なのは分かってる。だが…時には開き直りが必要だと思うんだ。後悔はしてない。


それではドゾー!

「はぁ…ん、はぁ……」


広い広い王宮を、風のように駆け抜ける影が一つ。直哉が居なくなった事を知ったシエルが、王宮内を捜索しているのだ。


王国を騎士団が捜索しても見付からなかった。それならば、もしかしたらと王宮を駆け巡っている訳なのだが、一向に直哉が見当たらない。


『直哉、どこ行っちゃったの?…私が…私が直哉をこの国に招待したから…こんな事に…!』


思考は暗い方へ向かってしまう。セラに思い詰めないようにと言われていたが、今の状況だと無理だ。


後悔や絶望がシエルの心を染める。胸が苦しくなり、思わず立ち止まった。

荒い息のまま座り込み、涙を流すシエル。


「ナ…ぐすっ、ナオヤ…ひっく、ナオヤぁ…けほっ」


嗚咽と共に直哉の名を復唱する。返事は帰ってこないが、名を呼ばずにはいれないのだ。


もし、直哉がこのまま居なくなってしまったら…もし、傷付いていたら…

…もし、殺されていたら。


「嫌ぁぁぁぁぁ!」


脳裏に浮かんだ嫌な想像を振り払うように、シエルは頭を振りながら叫ぶ。

王宮に響き渡る叫び声。それを聞き付けた巡回兵が駆け付けてきた。


「どうしましたか?!」

「嫌……やだ、やだよ…ナオヤ、死んじゃやだよ……?」


自分の肩を抱き、震えながら呟くシエルを見た巡回兵は、隣に座り込み


「大丈夫ですよ、姫様。私達王国騎士団が、必ずナオヤを見つけてみせます」


シエルに優しく語り掛けた。


巡回兵…ミーナも、直哉を心配する一人だ。シエルのために、直哉を心配するみんなの為にも必ず見つけ出そうと決心している。


シエルを抱き起こし、ポケットからハンカチのような布を取り出す。


「使ってください。ナオヤが帰ってきた時、姫様が泣いてちゃダメじゃないですか」


それをシエルに手渡す。ありがとうと呟くと、シエルは顔を拭き始めた。


「よくできました!さぁて、部屋に戻りましょう?」

「でも……」

「ナオヤが居なくなって、姫様は凄く心配した。もし、姫様が居なくなったら…」

「………」


コラーシュやフィーナ、セラや国民達は、シエルを心配するだろう。

自分と同じ苦しみを、これ以上広げてはならない。


シエルは一人の女の子でもあり、エアレイド王国の王女でもあるのだ。決心はすぐについた。


こくこくと頷くと、ミーナの手を握った。


「……独りじゃ、不安に押し潰されそうなの…一緒に、いてくれる?」


シエルのお願いに、笑顔で抱き締めると言う返事を返したミーナ。王女を…腕の中で震える少女を放っては置けない。


少しすると、シエルの寝息が聞こえてきた。走り回り泣きまくり、くたくただったのだろう。


部屋に寝かせようと思い、シエルを抱っこするミーナ。シエルもしっかりとしがみついている。


「シエルちゃん、ゆっくりおやすみ」


シエルの耳元で、子供をあやすようにミーナが囁く。シエルのしがみつく力が強まった気がした。






その頃、直哉を拉致した密偵が操る馬車の、荷物置き場のど真ん中にある箱の中。


「いでっ……あたた、優しく運転し…あだっ!」


馬車が石に乗り上げる度にうめき声をあげる直哉がいた。

拐われたまでは良いのだが、まさか箱詰めされるとは思ってなかった。


「おい!箱から出せ、それか優しく運転しやがれ!!」


箱の中から叫ぶ直哉。すると、密偵が話す声が聞こえた。


「確かに痛そうだしな…ぶつかる音がよく聞こえる…王国に着くまで出しといてやるか?」

「手足だけ縛っとけばいいな」


すると、馬車が急に停車した。慣性に従って箱前面に押し付けられる直哉。勢い余って、箱が前に倒れ込む。


「ぐへっ!!」

「だ、大丈夫か?」

「ダメ!」


心配する密偵に、直哉は苛立ちを隠せない声で言った。


「はははっ、元気なもんだな。今出してやるからな」


不意に箱が開く。だが、白い袋に突っ込まれた直哉には気付けない。

次に袋が開けられた。ようやく新鮮な空気が吸えて、苛立ちが収まったようだ。


袋から出してもらい、久し振りに解放感を味わう直哉。


「ぷはー!シャバの空気はうまいなぁ!」

「…しかし、ホント黒尽くしだな」


観察するような眼差しを向けられてる事に気付いた直哉。密偵四人がじろじろと直哉を見ていた。


「……何?」

「いや、特に意味はない」

「はぁ…ところで、何で出したの?俺、一応人質だろ?」

「あぁ、形だけのな」

「は?」


すっとんきょうな返事をする直哉に、密偵Aが説明をした。


「エアレイド王国とガルガント王国は戦争中だ。異世界から来たアンタも、それくらいなら知ってんだろ」


密偵Aの話を聞き、直哉は驚いた。


「なっ!なんで俺が異世界人だって知ってるんだ?」


話して無い筈だ。異国の人が知る訳が――


「アンタの活躍はガルガント王国にだって響いて来てるさ」

「俺、有名人?」

「知ってる人は少ないがな」


がっくりと肩を落とす直哉を見て、密偵Dは笑い出した。


「あはははは、気にすんなよ!アンタはガルガント王国の英雄になるかもしれないんだぜ?」

「ガルガント王国の英雄?」

「あぁ…」


密偵Dの表情が真剣になる。周りも空気を読んでか、しんとしていた。


「……ガルガント王国とエアレイド王国、両国の戦争は…何者かに仕組まれてるんだ」

「やっぱり?」

「き、気付いてたのか?!」


密偵Bが驚いたような声を出す。それもそうだ、そんな事知らない筈だから戦争になっているのだから。


「コラーシュさ…エアレイド王国国王コラーシュ・キャパシェン様に詳しく状況を聞いたよ」

「……まさか、国王の知り合いだったとはな」

「まぁそれは置いといて。話を聞いてたら不自然な点がかなり見つかった訳だ。なぜ各々の国の部隊が壊滅したと思われる場所に、各々の国のモノでない国旗が落ちていたのか。なぜ襲われたと思われる人間"だけ"がいなくなったのか。なぜ戦争が嫌いなガルガント王国が、ここまで好戦的な挑発を繰り返すのか。そして、なぜ禁術を用いてまで、嘗ての仲間を滅ぼそうとするのか」


直哉の疑問点が、密偵達の考えたそれと綺麗に一致していた事を話す密偵C。驚愕した顔はなかなか面白かった。


忘れてたように、密偵Cは話し出した。


「っと。アンタの話にも出てきた通りだ。国王はなんも悪くないんだ…だが、証拠も無い。…だから、俺達が情報を集めてたんだ」

「そんな時、エアレイド王国に黒尽くしの「雷神」が現れて、魔物を滅ぼしたと聞いたんだ。その魔物が…まさか我が国のモノだとは思いたくも無かった」


密偵Bが付け足した。後半の言葉には落胆の意が込められていた。


「確かになぁ…そうだ、国王に会えるかな?直接話が聞きたい」

「ふむ…王の間での面会は厳しいな…だが、牢屋でなら何とかなるかも」

「ましゃか、俺牢屋行き?」

「そのまさかだ。そうすれば怪しまれないし、表向きには敵国の脅威を捕らえた事にもなるしな」

「むぅ…一理あるな。これも両国のためだ、我慢するしかねーか」

「済まないな…国交が戻ったら、もてなしをさせてもらうよ」

「そいつぁ楽しみだ」

「はははっ…っと、もうそろそろガルガント王国だ。すまんが、また箱詰めされてくれ」

「優しく運転してくれよな」


話してる間にも馬車は進み続け、ガルガント王国がうっすらと見え始めた。

規模はエアレイド王国よりも小さく、割と質素なイメージだったが――


「……何だありゃ」


直哉は、ガルガント王国全土を覆う、黒い靄のようなモノを見た。雲のように浮いていて、薄気味悪い靄。…そう、それは礼拝堂で見た"暗さ"と同じだ。

だが、規模が違いすぎる。礼拝堂と王国全土では、比べ物にすらならない。


「どうかしたか?」

「んにゃ、なんでもない」


首を傾げる密偵Aに、直哉は苦笑いを返しておいた。

そして袋に詰め込まれ、箱詰めされ直した。端から見ると、どう見ても荷物だ。


「も少し我慢しててくれよな」

「がってん承知でぃ!」


密偵Dに意気込んだ返事を返した。しばらくは痛くても我慢しなければならないと思うと鬱になりそう――


ガンッ


「っ!」


――鬱になる直哉であった。


不意に馬車が止まったかと思うと、話し声が聞こえた。


「お帰りなさい。輸送部隊で間違いないですね?」

「あぁ。敵国の脅威を拐ってきた」

「なんと!…それでは、この戦争は…」

「みんなの頑張り次第で勝てるかもな」

「吉報ですね!早く国王様にご報告を!」

「あぁ、そうさせてもらう」


再び走り出す馬車。ガタゴトと揺れる馬車に、直哉は不覚にも酔ってしまった。


《うぇ~…》

『頼むから吐くな頼むから吐くな、ナオヤのリバースなんて見たくもない!』

《後でたっぷり吐いてやるよ(はぁt》

『………』


拉致された…と言うより、国交回復のために一肌脱いだ割には気楽すぎる直哉であった。






馬車が止まり、人が降りる音が聞こえた。そして、エレベーターに乗った時のような浮遊感。箱ごと持ち上げられたようだ。

その状態のまましばらく運ばれると、不意に話し声が聞こえた。聞き耳を立てるのは止めておいた。


《あぁ…牢屋のがマシだわ、こりゃ…》

『一心同体だと、ナオヤの疲れまで感じちまうんだもんな…』

《精神的に無理――》


そう念じかけて、木箱が開けられる音が聞こえたので中止した。

木箱から乱暴に引きずり出され、袋から放り出され、地面に叩きつけられた。


すぐに肩を掴まれて立ち上がらされた。足も縛られてるため、自力で立ち上がるのが無理だったのだ。

どうやら牢屋のようだ。鉄格子の扉が数多く見える。そして、目の前にはなかなか皺の深いおばさんがいた。正直、気持ち悪い。


「こいつがエアレイド王国の「雷神」、ナオヤと言う者です」

「あらまぁ、黒い髪に黒い瞳、噂通りの可愛さネ…」


そう言いながら直哉の頬を撫でるおばさん。シエルに撫でられるのは万々歳だが、このおばさんに――


「ふふっ、この怯えた瞳が最高ネ…あぁ、食べちゃいたい」


あろうことか、頬を舐められた直哉。全身に鳥肌が立ち、警戒信号がバリバリ発信されている。

送信者は直哉、受信者は…エアレイド王国。


《キケン、キケン、コノオバサン、キケン!》

『……今回ばかりは同情する。ドンマイ、直哉』


ウィズが同意してくれた。直哉はきっと絶望的な表情を浮かべてたのだろう、それを見たおばさんが


「あぁーん、この子貰っちゃダメェ?」


とかほざきはじめた。


直哉も耐えれなくなり、首を左右にぶんぶん振りまくる。流石に哀れみを抱いたのか、密偵Aがそれを却下する。


「いいえ…ガルガント王国の危険因子です、牢屋にぶちこんで…戦争に勝利してから、ごゆるりとお楽しみくださいませ」

「………」


仮に今回の作戦が失敗したら…直哉はおばさんにあんな事やこんな事をされる自分の姿を想像してしまい、涙が溢れ出すのを止めれなかった。


「あらあら…泣いちゃって、可愛いんだから」


おばさんが直哉の涙を掬い、ぺろりと舐めた。

おばさんがトラウマになった瞬間だ。


「…まぁ、牢屋に連れてくんで…失礼します」


密偵Bも我慢の限界だったらしい。足早に直哉を持ち上げると、ずんずんと歩いていく。


「ありがとう…」

密偵達にこっそり呟くと、小さく頷いてくれた。


そして、連れてかれた先には…一つだけ別に佇む如何にも頑丈です的オーラを放つドアがあった。

他の牢屋は鉄格子だけだが、そのドアは鉄板で補強されていた。


密偵Cは、囚人と接するような口調で言った。

壁に耳あり障子に目ありと言う諺があるように、どこで誰が見たり聞いたりしているのか分からないからだ。


「ここはアンタみたいな極悪人専用の部屋だ!補強された扉は簡単には破れず、壁も分厚くしといてやった。生きて出られるとは思うなよ?」


そう言いながらドアを開ける。ゴゴゴ…と言う重いモノを押す時のような音が鳴り、ゆっくりと開いた。

開いた扉の厚さが凄い。ざっと30cmはあるだろう。確かに脱獄は出来そうも無い。


密偵C・Dが直哉と一緒に中に入り、密偵A・Bがドアを閉めた。そして、直哉をベッドに降ろし、手足のロープをほどいた。


部屋の中は割と広く、遮音加工もしっかりされていて、机に椅子、質が良さそうなベッドまで完備されている。窓も一応付いているが、人が抜けれそうなサイズでは無い。

そして――


「……血ですか」

「あぁ、さっきの話…あながち嘘じゃないしな。でも、ここらへんしか安心して会話出来るスペースが無いんだ、我慢してくれ」


――壁は所々へこみ、その回りには血が付着している。床には爪が落ちてたり、白い骨のような……深く考えない事にした。


「まぁ、今から国王様を呼んでくるさ。少し待っててくれ」


そう言うと、ドアに歩み寄る密偵C・D。そしてドアを思い切り蹴った。

それが合図だったらしく、ドアが開かれた。内側からでは開けないようになっているのだ。


密偵達は吐き捨てるように言う。


「これでエアレイド王国も終わりだな」

「あぁ…ガルガントがさらに発展するのも時間の問題だ」

「その時を指をくわえて待っときな!」

「ざまぁみやがれ!」


上から密偵A・B・C・Dだ。酷い事を言ってるようだが、密偵達の目は希望に満ち溢れていた。それを読み取った直哉は黙って頷いた。


ドアが閉められる。ごぉんと重そうな音が鳴り響き、静かになる。密偵達の足音すら聞こえない。


《……ふぅ》

『色んな意味でお疲れ、ナオヤ』

《ありがとう……あのおばさん、普通にトラウマ》

『ありゃ確かにひでェわな…よく耐えたな、偉いぞナオヤ』

《うぅっ……汚されちゃったよぅ……》

『よしよし、男の子なんだから泣かないの』

《ぐすっ………シエル達、今頃慌ててるかな。俺の送信した電波に気付いてくれたかな》

『電波はともかくだが、間違いなく慌ててるだろうな』

《そっか…黙って来るべきじゃなかったな》

『まぁいいんでね?理由を説明する前まで、ナオヤの首が飛ぶ事はない』

《……前?》

『おっと、大丈夫お前なら出来る』

《急に不安になって参りましたけど…》


相変わらず変なやりとりだ。だが、こんな状況で独りぼっちじゃないのは凄く頼もしいのだ。そもそも、直哉に神が宿っているのを知ってるのは…エアレイド王国で仲良くなった数人だけ――


――その身に神を宿す異世界の少年、カンザキナオヤか…神の宿る心臓はどんなダークマターに…どんな邪神に変わるのか――


夢で聞いた狂気の男の台詞がよぎる。身体を固定され、隣で人を殺され、次は自分を殺しに――


『ナオヤ!』

《!!……すまねぇ》


無意識のうちに想像していたようだ。遅れてきた恐怖が身体を強ばらせ、冷や汗が一筋。


《仮にその男がいたら…》

『全力でぶっ飛ばす』

《ウィズ…》

『なんであんな現実みたいな夢を見たかは知らねェが、お陰様で不快感MAXだ』


どうやらウィズもご立腹のようだ。

正直、直哉もブチキレていた。あんなに可愛い子犬を○イリアンにしたのだ。だが、それと同じくらい怖いのだ。あんな事されたら、正気ではいれなくなる。


心の底では居なければいいのに、等と思っているが、先程見た黒い靄…この王国に強大な闇が潜んでいるのは、逃れられない事実だ。


《覚悟しねーとな》


直哉が覚悟を改めると同時に、鉄製の重いドアが開く。

いきなりだったので物凄くビビったようだ。最近は心臓にストレスを与えっぱなしである。重そうな音を立てながら開くドアの向こうから、先程の密偵A・Bと、そんな二人に挟まれた身なりの良い男が入ってきた。


「おまたせ、ナオヤ。彼が我らがガルガント王国国王ガープ・ツペッシュだ」


ガープと呼ばれた男…身長は180cm程で、直哉より少し高い。顔や身体は痩せこけている。だが、直哉を見据える水色の目には強い意思が込められ、力強い何かを感じさせる。

どこかコラーシュに似ている。


「初めまして、神崎直哉です。この戦争のきっかけに気になる事があったので、独断で来ました」

「敬語など使わなくていい。私はこの戦争を止められなかったのだ、そんな価値のある人間では無い」

国王にタメ口なのもどうかと思う、と言う直哉の意見は飲み込まれた。


「コラーシュさんは貴方…ガープさんの事を「戦争が嫌いなヤツ」と言ってた。そんなガープさんが、禁術に手を染めてまでエアレイド王国と戦争をする訳が無い、と話を聞いてそう思った」

「なんと!…コラーシュは、まだ私の事を…」


ガープはよっぽど嬉しかったのか、頬を涙が伝っている。見掛けでは憎しみあってるように見えるが、内心では理解しあってる事が証明されたのだ。

直哉のデマカセとは微塵も感じなかった。なぜだかは知らないが、この少年は信頼出来る。第六感がそう告げていた。


喜ぶガープを見て、本題に入る事を躊躇う直哉。だが、優先順序は守らねばならない。


「思い出なら国交が回復してから、本人と好きなだけ語り合えばいい。今はそれどころじゃ無いんです…だ」

「……何か、分かってるのか?」


ガープも一国の王だ、切り換えが早い。そっちのが直哉としても良い。


「エアレイド王国での魔物騒動は耳にしてる?」

「あぁ、それに使われた呪術符にガルガント王国で使われる文字の組み合わせが書かれてた事までは」

「なるほど、凄い情報網だ。じゃあ、魔物が作られた場所は?」

「それは分からん…国内なのか、国外なのか」

「多分国内だ」

「!…なぜそう思ったのだ?」

驚きながらも聞き返してくるガープ。直哉は礼拝堂近くから内部で感じた悪意について話した。


「……なるほど。黒い靄が掛かっていた礼拝堂の地下に、巨大な魔物が居たのだな」

「そゆこと。んで、ここに来る時に王国を眺めた訳だ。するとびっくり、王国全土を黒い靄が覆ってるんだ」

「ふぅむ…エアレイド王国の魔物騒動から、国内の調査に乗り出しているのだが…怪しい建物が見つからないのだ」

「うーん…俺が町を出歩ければいいんだけどなぁ…」

「服なら用意しよう。髪と目を隠すために、大きめの帽子も」

「まじすか!そりゃあ助かる」

「私には、これくらいしか出来ないからな…」

「いやいやいやぁ、十分すぎ!後は俺に任せてくれ」


ドンッと胸を叩く直哉を頼もしそうに見つめるガープ。エアレイド王国を憎んでないのが本当のようで、作戦も多少変わりはしたが、取り敢えずいい方に転がったようだ。


「コラーシュさんとガープさん、各々の国の人の気持ちは俺が引き継ぐ!…って言いたいんだけど……」


急に言葉を濁す直哉。急変した直哉に、納得の意を示すガープ。


「報酬か。事が済んだら支払おう。もちろん、弾むぞ?」

「いや、報酬って言うか……」


ちょっと恥ずかしそうにもじもじとする直哉を見たガープは


「な、なんだ?まさか、私が欲し――」

「そんな訳があるわけが無い!お腹すいただけだぁぁぁぁ!」


うがー!と雄叫びをあげ始めた直哉。端から見たら完璧な"痛い人"だ。

だが、ガープは大笑いしながら言う。


「はっはっはっ、腹が減ってるのかぁ!私はてっきり溜まってるのかと――」

「続きは敢えて聞かないが、生涯に幕を降ろしたいなら続けてくれても構わないよ」


直哉は超満天スマイルをガープに向けた。もちろん、男には興味が無いのだ。一応健全な男の子である。


《一応ってなんだよ!》


ナレーションに突っ込みを入れつつ、ガープを見据える直哉。当のガープは震えながら


「わっわわわっ分かった、今すぐに食事を準備するから、頼むから命だけは勘弁してくれ」


まさかの土下座。

これには流石に直哉も罪悪感が積もり、すぐに止めさせた。


「わ、分かったから、飯と服と帽子!早く持ってきてくれ!」


急かしてみると、疾風のように出て行こうとして――


ガンッ!


「ぐはっ!」


――扉にぶつかった。

しかも、それが合図になってしまうと言う始末。


ガープは頭を抑えながら、開かれたドアから出ていった。密偵A・Bも苦笑いしながら出ていった。


《なんか……》

『なんかな……』

《『ドジ?いや、バカ?』》


閉じられる扉を見ながら念じた内容が綺麗にハモった。抱いた印象が同じであった。


《なぁ…ホント、大丈夫なのかぁ?》

『俺に聞くなよ…』

《『はぁ……』》


コンビネーションばっちりな二人であった。






少し待つと鉄製ドアが開き、汗だくになり息を切らしたガープが現れた。後ろには密偵達もいる。ガープは茶色い袋を、密偵達は料理を持っている。


各々が机に手持ちのモノを置く。密偵Aが外に出ると、急いでドアを閉めた。流石に大胆すぎじゃ…直哉は飲み込む事でこの疑問を押さえ込んだ。


「はぁ、はぁ……」

「そんな急がんでも……」


荒い呼吸を続けるガープに、直哉は労い(?)の言葉を掛けた。


「そんな訳にはいかん…一刻も早く、直哉にこれを着てもらいたくて!」


袋を漁りながらそんな事をのたまうガープ。そして、取り出したのは……フリフリのついた、黄緑の生地の……シエルが直哉に買ってあげた、今はエアレイド王国の客室のクローゼットの片隅に封印されているモノと同じワンピース。


「オイ、何を血迷いやがった」


焦りながら聞く直哉に


「これ着たら可愛いだろうなぁって思ってな…はあはあ…」


急いで来たから荒れている訳ではなく、違う意味で息を荒げながらガープは答えた。


顔もスタイルも良い直哉は元の世界でモテていたが、「格好良い」と言う理由以外に「可愛い」と言う声も混じっていたのだ。

女物の服を着させてカツラを装着し、ハイヒールを履かせたら…道行く男も振り返る"美女"の出来上がりだ。

直哉の学校の文化祭で、喫茶店を企画した時。女手が足りないと言う事でメイド服を着た直哉が手伝ったのだが…これもまた後に。


そして、それが再現されようとしている。先程のガープの台詞(直哉が止めてしまったが)も、あながち冗談ではないらしい。


「待て、冗談だろ?お前熱でもあるんじゃね?休んどけよ、老体に無理は禁物だぞ?」

「ならん!私も確かに老いてはいるが、まだまだ元気――」

「うるせー!嫌だ嫌だ嫌だーーーー!!嫌だっつったら嫌なんだぁぁぁぁぁ!」


女装するのはまだしも、した後が恐ろしい。この変態エロオヤジに何をされるか…。


助けを密偵達に求めようとして視線を向けると、密偵達は部屋の片隅に集まって縮こまり、直哉をチラチラ見て耳を抑えながら「ナオヤごめんナオヤごめん」と呟いていた。


視線を前に戻す。手にワンピースを携え、明らかに興奮してるガープがすぐそこにまで迫っていた。

ガルガント王国の国王とは口が裂けても言えない、寧ろ言いたくもない。もはや形容する言葉すら見つからないのだ。

王国を救いだそうとしていた、あのガープは何処へ行ったのだろう。


「はあはあ、ナオヤ…お着替えしましょうね~」

「やめろぉぉぉぉ!」


耐えられたくなった直哉は右手に小さな雷球を生成し、その手をガープに叩き込んだ。


「うがぁぁぁ!」


痙攣しながら床に倒れ伏したガープ。直哉はそんな変態を冷たい視線で睨み付け


「今するべき事は、この飯が冷めないうちに食べる事だ!」


そう言い放ったのであった。






痙攣していたガープが復活して起き上がった時、机に並んでいた料理は姿を消していて、皿が置かれているだけだった。


ガープは近くにいた密偵Bに尋ねた。


「食事は?」

「ナオヤが…全部…」

「美味しかったよ~」

「………」


満足そうに言う直哉を見て、ガープは唖然とした。結構な量だった筈だ。

そんなのは当たり前だと言わんばかりに、直哉はガープに言う。


「ふぃー、お腹いっぱい。よし、服決めちゃおうか」

「よし、さっきの――」

「さぁここで問題です。ガープさんが次に取るアクションは何でしょう。次の三択から選びなさい」


ガープの言葉を遮り、直哉が満天スマイルになりながら言った。直哉の身の回りをどす黒いオーラが包み、身体からはバチバチと稲妻が唸りをあげていた。

ただならぬ魔力の流れに、密偵は目を見張る。


「いちばん、俺に何もせず、何もされない。にばん、俺に女物の服を着せようとして、再起不能にされる。さんばん、俺に手を出そうとして、密偵達もろとも消される。さぁどれでしょう?」

「いちばんで」


密偵と言う言葉を聞いた時、密偵達がビクッと震え上がる。そんなのは知らずに即答するガープ。


「物分かりが良くて安心したよー」


直哉を取り巻く魔力の渦が消える。それを感じたのか、密偵は座り込んだ。ガープはガタガタと震え上がったままだ。


「って訳で、"マトモな男物"を借りるよ」


そう言うと、直哉は袋を漁り出した。女物は黄緑のワンピースだけのようで、豪華なスーツっぽいモノから庶民が着てそうな地味なモノまで、幅広い範囲の"男物"が詰め込まれていた。帽子も入っている。


「ら、「雷神」……」


信じられないモノを見たような声で密偵が呟いた。密偵三人にコラーシュが固まっていた。

稲妻属性魔術を使いこなす人間は、エレンシア全土を捜しても数人しかいない…コラーシュの言葉を思い出す直哉。


「あぁ、言ってなかったな…一応使えるから、変な行動はとらない方がいいよ?天使になりたいなら別だけど」


袋を漁る手を休めずに直哉が言った。四人に戦慄が走る。

だが、ガープの目には期待の光が宿っていた。王国に蔓延する黒い靄も、この少年の稲妻で消し飛ばせるかもしれない。


直哉はそんな期待の眼差しなど感じてないようで、服を決めていた。


「よし!こんなんでどうよ」


白いTシャツにグレーのパーカーのようなモノ、黒のジーンズに紺色のつばひろの帽子をチョイスしていた。服は元の世界のそれと似たり寄ったりだ。


「……ふむ、確かに。少し金持ちな町人だと見られるだろう」


ガープが残念そうな言葉で言った。理由は分かっているので、何も聞かなかった事にした。


「そんじゃー早速――」

「待て待て、牢屋から出ていったら不審者としか思えないだろ」

「それもそうだった!」


密偵Cの指摘に納得した直哉。余りにも首を絞めかねない行為だったので、ちょっと自分を戒める。


「ちょっと待っててくれ、下見してくる」


密偵Dの提案に、直哉は賛成した。ドアを蹴ると、外にいた密偵Aが開けてくれた。


部屋を出てく密偵Dを見送り、直哉はガープと向かい合う。

先程のふざけた空気は無く、張り詰めた空気が流れている。


「ガープさんは部屋にいてくれ。もしかしたら、身内に裏切り者がいるかもしれない」

「なっ?!そんな訳――」

「ガープさんが怪我したら、コラーシュさんは悲しむ筈だ。それに…国王が倒れたら、誰がガルガント王国をまとめるんだ?」

「っ……分かった、そうしておこう」


直哉の正論に、頷く事しか出来なかった。無力な自分を心底憎んだ。


「大丈夫だって。俺がなんとかするから」

「……済まない、頼む事しか出来なくて」

「後で食べ放題よろしく」

「うむ…そのためにも、怪我しないでくれよ」

「もちろん!」

「そしたら、ワンピ――」

「消えたい?」

「すいませんごめんなさいもうしません許してください」


これが無ければいい人なのに…直哉は大きく溜め息を吐いた。

それと同時に、密偵Dが戻ってきた。


「今なら大丈夫だ、早く来てくれ」

「んじゃ、行って来ますわ」

「気を付けてな」


ガープに見送られ、密偵Dと共に牢屋を後にした直哉。


《シエル…みんな…待っててくれよ、戦争なんてすぐに終わらせてやるからな》


直哉の決意は固かった。


密偵Dについてくこと数分、王宮の裏口に着いた。警備兵も居ないので、楽に抜け出せそうだ。


不意に鐘のような音が響き渡る。音源は町中にそびえ立つ時計塔のようだ。


気付いたら暗くなっていた。エアレイド王国で拉致られたのが九時程だったと思ったので、だいたい午後六時と言ったところだろう。直哉は馬車に揺られてた時間が意外と長い事に驚いた。


「よし、行ってくる。いつ戻ってくればいい?」

「次に鐘が成ったら戻ってきてくれ。どこにいても聞こえる筈だ」

「そりゃ頼もしいな。んじゃ」


密偵Dに手を振り、城下町に向かって歩き出す直哉。国の造りはエアレイド王国と同じで、王宮を囲むように城下町が展開している。

まずは町中に聳え立つ時計塔らへんをと思い、時計塔目掛けて突き進む。


直哉の偵察は第二ステップを迎えたのだった。

直哉がガルガント王国の偵察に乗り出したころ、エアレイド王国では戦力の確認をしていた。


王国第一騎士団、第二騎士団、第三騎士団。その他の兵士達等々。意外な事に、弓や弩は使用されていない。全てがナイト・パラディン・ウィザード・一般兵士だ。

正確な数は分からないが、相当な兵力だろう。


コラーシュは、ガルガント王国に乗り込むべきか否かで迷っていた。


これだけの兵力があれば、まず負けないだろう。だが、殺戮は避けたいところだ。


それに、直哉が拉致された可能性もある。騎士団が城門にいた警備兵に聞いたところ、センティスト王国に向けて輸送部隊が出発したそうだ。だが、現在は戦争中なので、輸出に力は入れてない。

つまり、不自然な馬車なのだ。


行き先はガルガント王国だろうと呟きつつ、空を見上げるコラーシュ。


「ナオヤ…」


呟くコラーシュの目は、息子を心配する親のそれであった。

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