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第十七輪:ダークマター

この話にはグロテスクな表現が含まれております。苦手な方はご遠慮下さいませ。


いよいよ(最後で、少しだけだけど)ガルガント王国が動き出します。

食堂に辿り着いた直哉は、シエルに泣き付かれたりセラに脇腹をどつかれたりした。くたくたな身体には余りにも荷が重すぎたようだ。


食欲が沸かなかった直哉。ピピンの実(第四輪参照)を搾った果汁100%ジュースをもらい、ちびちびと飲むだけで精一杯だった。


食事後、呪術符をコラーシュに渡し、先程の出来事を話す。もちろん、看板が無い事についても抗議した。


「本格的に、王宮内部の偵察が始まったようだ…」

「出入口の警備を固めて、城内の巡回兵の人数も増やすべきかと。窓から侵入してきたし」

「ふむ…」

「あ、コラーシュさん」

「うん?」

「この呪術符?の文字…ガルガント王国の文字で間違いないですか?」

「あぁ。…そう言えば、ナオヤには説明してなかったな。正確に言うと、文字はどこの国も同じなんだ」

「へ?」

「エレンシアで使われる文字は――」



――この世界…エレンシアで使われる文字は、ラジアンと言う共通文字だ。エレンシア全土で使われてるので、ラジアンさえ覚えてしまえば安心な異国ライフを満喫出来る。


ラジアンとは、複数の単語を組み合わせた…簡単に言うとパソコンなどのローマ字入力のようなモノだ。母音や子音に対応する単語がそれぞれあって、基本的に子音+母音で一つの文字(「K」+「A」で「か」のような感じ)となる。


そして、基本的な組み合わせとは別に、国内だけで通じるような組み合わせが出来たのだ。強化された方言のようなモノだと思えばいい。


この呪術符には、ガルガント王国内で使われる単語の組み合わせが組み込まれていた。

因みに「彼の者に永劫の苦しみを」と書かれていたとか。



「ほぉ…しかし、王国規模で呪術なんて使うもんですか?」


直哉は気になった事をコラーシュに尋ねた。

すると、コラーシュは思い出を遡るような表情で答えた。


「そもそも呪術が禁術だからな。あのガルガント王国が、そんなモノ…使う筈がないと思っていた」

「……その口振りだと、何かがあったように聞こえるんですけど」

「それなのだが…昔、エアレイド王国とガルガント王国は、国交も盛んな間柄だったのだ」

「そしたら、なんで戦争なんかおっ始めたんですか?」

「……ガルガント王国へ向かう輸送部隊が、何者かの襲撃を受けて壊滅した事があってな。盗賊かと疑ったりもしたが、輸送部隊には兵士達も同席させてあった。そう簡単には壊滅しない筈だ」

「まぁ、確かにそうですね」


同意するように、直哉は頷く。


「騎士団を現地に派遣してみると、交戦した形跡が生々しく残されていた…だが、何処を探しても輸送部隊が居ないのだ。そして、そこには血塗られたガルガント王国の国旗が落ちていたのだ」

「ふむ…」

「危険がガルガント王国に寄り付くのはまずいと思い、旗を拾った一行はそのままガルガント王国に出向いた。すると、ガルガント王国でも派遣した部隊が失踪すると言う事が起こっていたのだ。失踪したのはエアレイド王国に向けて派遣させた部隊で、輸送部隊が壊滅された場所からは遠く離れていたらしい。そして…」

「そんな中、エアレイド王国の騎士団が持っていた国旗をガルガント王国の人が見た、と言う事か」


先が読めたのか、次に来る言葉を直哉が予想をした。それは的中したらしく、コラーシュは顔を俯かせ、続けた。


「ガルガント王国の人々はエアレイド王国を疑った。まぁ、血塗られた旗なんて持ってたら…それも仕方がないと言えば仕方がないが。だが、エアレイド王国は何もしてないのだ。言い争いの土台にはもってこいな内容だ」


コラーシュは窓の外に視線を向ける。視線の彼方には、ガルガント王国がある。


「その言い争いは"痛み分け"で終わり、騎士団もエアレイド王国に帰還した。そして、その翌日…騎士団の数人が襲われると言う事件が起こった。犯人を捕まえて尋問すると「ガルガントの密偵だ」と自白し、自ら毒を飲んで自害した」

「………」

「その内容をガルガント王国に伝えると、傷付きながらもエアレイド王国の国旗を掴み、帰還した兵士がいる、と返ってきた」

「なんてこった……」

「それからもいざこざが絶えず、言い争いは武器を使った紛争に、紛争は戦争に発展してしまったのだ」

「………」


話を聞いて押し黙る直哉。ありがちな話だが、不自然すぎる。


「……ガルガント王国の国王は、どんな人ですか?」

「いいヤツだった。少し弱気で周りに流されがちだが、少なくとも…戦争を望むような人間では無い」


即答するコラーシュを見て、直哉は考え込む。

エアレイド王国輸送部隊が忽然と消えた事、その場の惨状、現場に残された国旗。同時に失踪したガルガント王国部隊、国旗。

それらが全部気になるが、何よりもコラーシュが信じる人が、禁術に手を染めて人を殺すような人である事に違和感を覚えた。


直哉は魔物と戦闘をして、普通の兵士では太刀打ち出来ない事を知っている。

仮にそれが輸送部隊を襲ったとしたら、もはや一方的殺戮と言っても過言ではないだろう。戦争を嫌う人間が、そんな事をするだろうか。


そして、輸送部隊が壊滅したところにガルガント王国の国旗が落ちていた事。


自国の人が行方不明な時、自国のシンボル…国旗を持って来て、しかもその国旗が血塗られていたら…誰でも国旗を持ってきた者に疑問を抱かずにはいれないだろう。明らかに事態を複雑にするための細工に思えるのだ。


考えれば考えるほど謎が出てきた。しかし、コラーシュの言葉と思いは信用出来る。身近で感じてきたから。


「……しかし、エアレイド王国外に出た部隊を襲撃するならまだしも、エアレイド王国内にも魔物が現れるのはヤバいかもしれませんね。しかも、二種類」

「………」

「明日からでも、本格的に準備するべきでしょう。どうにかしてガルガント王国を偵察出来ればいいんだけど…」

「そうか…嘗ての友も、愛する国民に仇を成すなら…覚悟を決めねばならんな…」


真剣に語り合う直哉とコラーシュ。二人を邪魔しないように、シエル・セラ・フィーナは黙っていた。

そして、事態の深刻さを理解したのだった。






話し合いも終わり、部屋に戻る前に入浴する事にした直哉。昼間動きすぎて、ちょっと汗をかいていたのだ。


直哉・シエル・セラのお馴染みメンバーで浴場に向かう。だが、いつもの楽しげな雰囲気が無い。


原因は直哉だ。先程から何かを考え込んでいる。事態が深刻なだけに、シエルとセラは口出しする事も出来ない。


沈黙が続く中、浴場に着いた。無言で入っていく直哉を見て、不安を募らせる二人。


「ナオヤ、大丈夫かなぁ…」

「分かりません…エアレイド王国を驚異から守り、ガルガント王国の攻撃を妨げたから…無関係とは言えないのかと…」

「………」


思えば、直哉をエアレイド王国に呼んだのはシエルだ。呼んだ結果、直哉を戦争に巻き込む形になってしまった。


『野をさ迷ってた方が、直哉にとって幸せだったんじゃないかな…』


そう思うと、直哉に申し訳無くて…そして軽率な行動を取った自分が憎くて…溢れる感情は涙となり、シエルの目を満たした。


セラは、そんなシエルの手を握り締めた。

伊達にメイドをやっちゃいない、感情の変化は手に取るように分かるのだ。今、シエルが自己嫌悪に陥ってる事もお見通しだ。


「……シエル様。今、私達が出来ること…それは、ナオヤに余計な心配を掛けさせない事です」


そうとしか言えなかった。セラも戦争中だと言う事位知っていた。それでも、止めなかった。それはシエルと同罪だ。


そっとシエルを抱き締めるセラ。いつぞやの直哉のように、シエルの背中をぽんぽんとたたく。


「セラ…うん、私がめげてちゃいけないよね。巻き込んじゃったんだから、しっかり守ってあげなきゃ」

「ふふっ、シエル様偉いですよ!いつもより王女様に見えます」

「ちょっ、どゆ事?!」

「あははっ、いつもの可愛いシエル様ですよっ」


目を擦りながらも笑顔を見せてくれたシエルに、セラはほっとした笑みを向けた。


二人で仲良く脱衣場に入り、ささっと着替える。王女とメイドと言うより、親友同士だ。

そして、中でばしゃばしゃとはしゃぐ直哉を見て呆然とした。


「おーい、んなとこで突っ立ってても冷えるだけだぞー」

「う、うん…」

「そ、それもそうだね」


さっきまで、直哉の事で涙を流していたシエル。この変化には流石について行けなかった。


言われるがままに浴槽に入る。今日はちょっとお湯が熱かった。

直哉は温度など知らんぷりで、ただばた足を繰り広げるだけだ。


「ふぁっ、ナオヤー!お湯がはねるぅ!」

「あつっ、こら、ナオヤー!」


直哉がばた足をするたび、お湯の飛沫が二人に降り掛かる。

二人は負けじとお湯をぱしゃぱしゃと掛ける。


二人の頭の中には"楽しい"と言う事しか入ってない。いや、直哉が入れ替えたのだ。


さっきまで暗かった浴場は、賑やかな笑い声でいっぱいになるのだった。






さっぱりした一行は、直哉は部屋に帰るために、シエルは直哉を送り届けるために、セラは偶然を装って何かを仕掛けるために、直哉の部屋に向かう。


食堂から浴場に向かう時の数倍は明るく、周りからも暖かな(?)視線が送られてくる。


「お、ナオヤ君だっけ?」

「はい?」

「いやぁ、両手にかなり豪華な花だねーって思って」

「「そんな事――」」

「とっても綺麗で可愛らしい花ですね」

「「ナオヤー!」」


とか


「シエル様にセラさん…綺麗なお二人に引っ張られて大変ねぇ、ナオヤさん」

「でも、引っ張られる幸せもありますよ」

「あら…ナオヤ君、まさか攻められたい――」

「わーわーわー!すいません先急ぐんでごめんなさい!」

『『ニヤリ』』


など。


いつの間にか王宮の住人と認められたのか、珍獣を見る視線が無くなった。

それが嬉しかった直哉。ウキウキとしながら部屋に向かうのだった。






部屋に着いた直哉は、ドアを開けて中に入る。直哉がドアを閉める直前にセラがシエルを押し込んだり、いつの間にか二人とも部屋の中に居たり…最後まで楽しい時間だった。


なんとか二人を追い出した直哉。笑いながら挨拶をした。


「んじゃ、おやすみ。二人ともありがと」

「「おやすみ、ナオヤ」」


ドアを閉める。一応部屋を見渡してみたが…どうやら二人は居ないようだった。


ベルトを外してテーブルの上に置き、ベッドに寝転がると、コラーシュに聞いた話を思い返す。


《うーん…なんだかなぁ…》

『晩飯の時の話か』

《うん。…ちょっと都合良すぎると思うんだよね》

『確かにな…壊滅が二ヶ所同時に起こる事なんてあり得んのか』

《二ヶ所にそれぞれの"何か"を配置してたとか》

『……魔物か』

《兵士も居た訳だしな…その辺の盗賊にやられる程ヤワでも無いと思う》

『それもそうか…んじゃ、居なくなった輸送部隊は?』

《仮に輸送部隊を襲ったのが魔物なら、そして礼拝堂に居たような化け物が他にも存在したら…》

『…良い餌ってワケか。魔物なら力もあるし、肉体の持ち運びなんて余裕か』

《そゆこと。うーん…何とかして、ガルガント、王国に、行けないかなぁ………》

『それが出来ればなァ』

《コラーシュさんに…聞いても……答え、分かってるし……ね………》

『ふぅむ…まァそれは置いといて、お前はどっちが本命なんだ』

《………》

『ナオヤ?』

「すー…すー…」

『………』


いつの間にか眠ってしまった直哉。そんな直哉に、ウィズは残念そうな溜め息をついた。






…ここはどこだろう。


気付いたら、台に寝かされていた。天井には照明があり、眩しい。周りからはうめき声や悲鳴が聞こえる。そして血生臭い。


起き上がろうとして、手足が固定されてる事に気付いた。台に大の字で寝かされてるようだ。


動かせるのは首だけだ。

右を見ると、同じように繋がれてる"動物達"。逃れようと必死にもがいている。


少しすると、奥から三人の人が歩いてきた。三人とも白い布の服を着て帽子を被り、ゴロゴロと台車を押してきている。

先頭を歩く人の、狂気に満ちた目ときたら、それはもう恐怖しか抱けない。それは恐ろしく冷たく、邪悪な光を放っていた。


そして、俺…直哉の右の人間の元で立ち止まる。隣の人間は「助けてくれ」などと喚く。


「これより、ダークマターの抽出作業を開始する」


リーダー格と思われる人が、何かの開始を宣言する。だが、ダークマターなど聞いたことすら無い。

そんな事を考えていると、リーダー格の人が信じられない事を言った。


「お前には死んでもらう。それも、惨たらしい死に方でな」

「やめろぉぉ!」


それと同時に、右の人間は恐怖がありありと感じれる悲鳴をあげた。そして、リーダーは後ろの二人に指示を出す。


「爪を剥け」


二人は台車の上からペンチのようなモノを取り出す。そして、右の人間…材料の左右の手の爪を、各々がペンチで掴むと…


ベリッ、ベリッ


「うああああああ!!」


何かを剥がした音と共に、悲痛な悲鳴をあげた。しかし、二人は手を休めない。次々と爪を剥がされ、悲鳴をあげ続ける材料。逃げれないから、されるがままでいるしかない。


ふとリーダー格の人を見た。本を見ながらぶつぶつと何かを呟いている。魔方陣のようなモノが描かれた表紙が見えた。


二人は材料の手の爪を剥がし終えたようだ。荒い息をする材料を一瞥すると、台車から器具を取り出した。


器具を手に、材料の顔の方に歩く。きっと材料は絶望と怨みに満ちた眼差しを向けてるのだろう。


そして、その器具を目に固定した。材料は必死に抵抗して目を瞑ったが、手の力に逆らう事も出来ずに開かれ、器具によって開いたままに固定されたようだ。


両目の瞼を固定すると、二人は台車から細長い棒を取り出す。長さは20cm程、先端は鋭く尖り、手元にはスイッチのようなモノがある。


不意に二人はスイッチを押す。すると、鋭く尖った先端からこれまた鋭い刺が飛び出す。先端と飛び出した針は垂直を成し、何かに突き刺しスイッチを押すと、その何かから棒が抜けなくなると言う仕組みだ。

そして、材料は瞼を抉じ開けられた眼球を晒している。


《まさか…》


直哉を恐怖が支配していく。つま先の感覚が無くなり、そこから冷たいモノが込み上げてくる。だが、余りの恐怖に声すら出せない。


二人は躊躇う事無く、材料の両目を突き刺した。


「あああああああああ!!!」


材料の絶叫が部屋に響き渡る。それを聞いた他の"動物達"…主に人間が「嫌だぁぁぁ」と叫ぶ。


二人は同時にスイッチを押した。材料はビクンッと痙攣すると、静かになった。

そして、スイッチを押したまま棒を引き抜く。だが、うまく引き抜けないようだ。


必死に棒を引き抜こうと引っ張ったりする二人。挽き肉をかき混ぜるような生々しい音が響くたび、材料はビクンビクンと飛び跳ねる。


ようやく抜けたようだ。棒の先には血が滴る眼球が付いていて、目を失った材料は、本来目がある筈の場所から血の涙を流す。


棒を台車に備え付けられた箱…ゴミ箱に突っ込むと、スイッチを離した。取り出した棒には眼球が付いてなかった。


直哉を蝕む恐怖が速度を増す。鼓動は速まり、吐き気が直哉を襲う。


そして、二人は台車に棒を置く。一人は台車をガサガサとあさり、取り出したのは……斧。


二人は材料の元へ歩み寄ると、斧を持っていない人が材料の頭を、顎を上に向けるようにして手で押さえた。斧を持っている人はそれを振りかぶる。


顎を上に向けると、首が露になる。そして、斧を振りかぶる人。


直哉の恐怖が直哉を支配したと同時に、材料の首は斧で切り落とされた。血が間欠泉のように吹き出し、頭を押さえていた人の服を赤く染めた。

材料は、人間"だったモノ"になった。


材料の頭を押さえていた人は、頭を台車のゴミ箱に放り込む。ズチャッと音が鳴った。

そして、台車から長い包丁のようなモノを取り出した。分厚い刀身は骨すらも断ち切りそうだ。それを持ち、斧を持つ人の元へ寄る。


ズドッ


何の躊躇いも無く材料の首寄りの胸に突き刺し、そのまま下へと力任せに引き裂いた。そして、無惨にも解剖された材料の中に手を突っ込み、心臓を引っ張り出す。


心臓は真っ黒に染まり、何故か鼓動を刻んでいる。


「おぉ…立派なダークマターだ…」


リーダー格の人が素晴らしいモノを見るような目で呟く。

そして、材料を解剖した人からソレを受け取り、台車に乗っていたビーカーに入れた。


斧と包丁のようなモノを台車に戻した二人は、材料を固定していた紐を外すと、台車の下から金属の板を取り出し、材料を乗せた。

それを台車に戻すと、二人は台車を押して引き返そうとして


「待ちたまえ」


リーダー格の人に呼び止められた。

リーダー格の人は台車に歩み寄り本を置くと、代わりに血塗られた斧を手に取った。


「お前達は戻ってなさい。私は、この少年のダークマターを回収する」


直哉の思考回路が活動を停止した。視界は真っ白になり、どんな感覚も感じなくなる。目からは涙が溢れ出すが、泣いてる事すら分からない。眩しい照明も、血生臭い臭いも、周りから発せられる悲鳴も、直哉には届かない。

だが――


「その身に神を宿す異世界の少年、カンザキナオヤか…」


歩み寄るこの人は真っ白い視界の中に立ち、声が聞こえる。


「神の宿る心臓はどんなダークマターに…どんな邪神に変わるのか…」

「あ……あぁ……」


嬉しそうな声を聞きながら、直哉は嗚咽を漏らす事しか出来なかった。


怖い。怖い、怖い怖い怖い。


直哉の脳裏を恐怖が走り回る。


そんな直哉を余所に、リーダー格の人…邪悪な輝きに満ちた瞳を持つ狂気の男は斧を振り上げる。


「安心して。君の心臓は、ちゃあんと再利用してあげるから」


振り上げた斧から材料の血が滴り、直哉の顔に落ちる。まるで死に化粧のように直哉の顔を赤く染める、血。


「ダークマターを採取する時、本来は絶望の底に突き落とさなきゃいけないんだけどね?」


頬をつり上げる男を見て、直哉は目を見開く。


やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめ――


「君は貴重なダークマターを提供してくれるから、特別に楽に逝かせてあげる」


振り上げた斧を力任せに振り下ろした。


「や…やめ……」


だんっ。










「やめろぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」

「?!な、ナオヤ?!」

「はぁ……、くはっ…はぁ……っ」


目が覚めると朝だった。直哉は見馴れた客室のベッドに横になり、上半身を持ち上げていた。


声の持ち主の方を振り向く。


「シエル………」

「ナオヤ、大丈夫?」


シエルが驚きと不安を織り混ぜた眼差しを向けていた。

どうやら眠ってる直哉を起こしに来てくれたようだ。


シエルはとことこと肩で息をする直哉に歩み寄り、背中をさすってやった。

涙は止めどなく溢れ、身体は汗だくでガタガタと震えている。一体どんな夢を見たら、ここまで怯えれるのだろうか。

少しずつ落ち着いてきたのか、直哉の呼吸が整ってきた。

ほっとするシエルは、直哉に優しく問い掛けた。


「どうしたの?凄くうなされたよ?」

「………」


一呼吸置くと、直哉は夢の内容を話し始めた。それを聞くシエルの顔は青ざめ、ぷるぷる震えている。余りにもリアルすぎて、鮮明に想像してしまったのだ。

頭を撫でて安心させる。シエルはこくこくと頷いた。


「ごめんなシエル、びっくりさせちゃって」

「ううん…ナオヤ、ご飯食べれそう?」


話を聞いただけで明確なイメージが浮かぶ惨状を、直哉は夢とは言えど身近で見ていたのだ。食欲が沸くとは思えないが、一応確認を取るシエル。


直哉もシエルの心遣いに気付き、好意に甘える事にした。朝食はパスし、代わりに風呂に入る事にしたのだ。


だが、気になる事がある。それを聞くために食堂に行くとシエルに伝え、スウェットとベルトを持ち、直哉は部屋を後にする。

客室から風呂場・食堂への道のりは覚えたのだ、大いなる進歩である。


風呂場に到着した直哉は、汗を流す程度にして、すぐにスウェットに着替え、ベルトをつけた。汗だくの服は洗濯してもらう事にし、ひとまず自室に持ち帰る。そして、急いで食堂に向かった。


ドアを開くと、いつも通りの空気が広がっていた。一言で言うと和やかな空気だ。


「おはよう、ナオヤ」

「おはようございます」

「おはよっ!」

上からコラーシュ・フィーナ、セラだ。シエルは不安そうな顔で座っていた。


「うーっす。あ、腹減ってないんで、今日は少しでいいや…ピピン搾りのジュース貰えるかな」

「ほいほーい」


セラがコップにジュースを汲んでくれた。直哉はお礼を言うと、一口だけ飲む。優しい甘さが身に染み渡った。


《そう言えば、汗をかいたら塩分だか糖分だか取るといいんだっけな…》

『あぁ……』


そんな事を考えていると、フィーナが質問してきた。


「ナオヤ…昨日の夜からあまり食べてませんが、調子でも悪いのですか?」

「あぁ、寝起きだとちょっとキツくて…早起きすれば、多分食えます」

「ふふっ、シエルに早く起こしてもらってくださいね」

「頼むぜ、シエル!」

「は、はいっ!」


昨日の朝…王宮と言う迷宮に迷った時から、食事らしい食事をしてなかった事に気付いた。


流石に身体に悪いと思い、手元にあるお皿に山盛りなパンを一つ取り、それをかじる。


《うんまー…》

『あぁ…栄養が身体を駆け巡るぜ…』

《そんなのまで分かるのか》

『一心同体だからな』

《それでもすげーよ…》

『神様クオリティーだな』


そんな話をウィズとしていると、回りの視線が直哉に釘付けになっていた。

それに気付いてキョロキョロする直哉。


「寝起きじゃ、なかったの?」


聞いてきたのはセラだ。驚いたような、呆れたような…なんとも言えない表情だ。


「いや、寝起きだよ?」

「ナオヤのちょっとは、山盛りなパン一皿…」

「え?」


手元のお皿に視線を落とす。真っ白の綺麗なお皿だが、山盛りだったパンが無い。


「……あるぇー?みんな食べた?」

「いや、ナオヤが黙々と食べて…」

「……まじすか」


どうやら自分の胃袋に納めてしまったようだ。食欲が無かったのだが、身体は養分が欲しくてたまらなかったらしい。

急に恥ずかしくなってきた直哉。


「ふふふ、たくさん食べてくださいね」


フィーナが笑いながら言う。直哉恥ずかしそうに頭を掻き、頷いた。


そんな直哉を見て、シエルも安心したようだ。やっと笑顔を見せてくれた。


そんなこんなで、全員が食べ終わったようだ。少し残っているが、流石に無理だったので諦めた。


「「「「「ごちそうさま」」」」」


手を合わせて、全員が声を揃えて挨拶をした。


そして、本題に入る直哉。


「コラーシュさん、ちょっといいですか」

「何かな?」

「ダークマターって、何の事だか分かりますか?」


ダークマターと言う単語を聞いた途端に、コラーシュの表情が強ばった。


「……なぜ、それを?」

「今朝見た夢で出てきたんですけど…よっぽど悪いもんですか」

「あぁ…魔物の材料だ」

「………」

「詳しくは……私の部屋に来てくれるかな?」

「ほい」


そう言うと席を立ち、ドアに向かうコラーシュ。直哉も立ち上がり、コラーシュを追った。

直哉も流石にコラーシュの部屋までは分からないようだ。


廊下には人がいるので、この件についての話はしなかった。


コラーシュの部屋に着くと、ドアを開けて直哉を中に招いた。

そして、棚にある本の中から一冊の本を取り出す。


「!!」


直哉は驚愕せざるをえなかった。その本の表紙には、夢の中で狂気の男が持っていた本に描かれていた魔方陣が描かれていたのだ。


直哉が明らかに動揺をしているので、コラーシュは聞いた。


「……これも夢で見たのか?」

「……はい」直哉は夢について話した。細かいところも正確に。


「これは驚いたな…この本に書かれたダークマターの製造法と、まったく同じだ」


そう言いながらページをめくり、あるページを開くと直哉に見せた。


「……読めません」

「あ、すまんすまん」


本来なら笑えるところも、今回はそうはいかなかった。


「しかし、なんでそんな夢を見たんだろう…知識を微塵も持ってない俺が…」

「嫌な予感がするな…ここまで現実味を帯びた夢は…」

「……もしかしたら、現実になるかもしれないって事ですか」

「気を付けるに越した事はないな」

「ふむ…あ、町でも見回ってきましょうか」

「言ってるそばから…急にどうした?」

「仮に俺が捕まってもなんとか出来ますけど、町の住民はそうはいかない。今の話だと、人間もダークマターの原材料だし…それに、愛する母国を守るのが騎士団の役目でしょう」

「それもそうだな。ナオヤなら返り討ちにしてしまうな」

「買いかぶりすぎですよ」


苦笑いする直哉に、コラーシュは笑顔を向けた。


「あ、ついでに……」

「ん?」

「騎士団長のアリューゼさんに、今日休むって伝えといてください」

「お安い御用だ」


国王をパシると言う余りにもクレイジーな事をやってのけた直哉。罪悪感など微塵も感じてはいないから凄い。


コラーシュの部屋を出て、歩き出そうとして引き返した。


「まだ何か?」

「あの…」

「………?」

「……城下町までの道、教えてください」

「はっ…そう言えば、看板は現在製作中でな」

「ひじょ~に助かります」

「気にするでない。さぁ、行こうか」


コラーシュに唆されて、直哉も部屋を後にした。






町はいつもの賑やかさを失い、ピリピリとした雰囲気が漂う。

戦争が始まるかも…と言う事で、戦いの準備に取り掛かっているのだ。出店は閉じて、人はちらほらしか見当たらない。


そんな中、黒髪に漆黒の瞳、黒尽くしの服装に茶色なベルト着用と言う目立ちまくりな格好をした直哉は、周りからの視線を感じながらも表通りを歩いている。


町中に悪意を感じないか巡回すると言うのが主だが、騎士団の訓練が面倒と言う理由もある。

見馴れない馬車以外に異常は感じなかった。…表通り限定だが。


そんな直哉の足が向かう先には、巨大な穴が空く裏通りへの入り口がある。


一歩踏み込むと、相変わらず暗い雰囲気が漂う。日の当たりが悪いのもあるが、人々の負の意識が集まる場所でもあるからだ。


《何回来ても、この暗さだけは変わらないんだな》

『……今回は、別の"暗さ"が紛れてるがな』

《ですよねー》

『複数居るな…三、四人ってところか』


裏通りは入り組んでいて、隠れる場所は腐るほどある。そして、今日の裏通りからは微かな悪意を感じるのだ。

もちろん直哉も気付いている。だからこそ、裏通りに足を踏み入れたのだ。


わざと気付かないふりをするのには理由がある。そう、偵察だ。


今の時期、ガルガント王国を偵察に行くのは、エアレイド王国もガルガント王国も許さないだろう。それに、ガルガント王国の位置を直哉は知らない。ならば拉致されてしまおうと思ったのだ。迷う事も無く、不可抗力で拐われたとすると直哉の勝手な偵察を責める事も難しくなる。魔物を消したのが直哉だと知れてるかは不明だが、王宮から出てくる人間を捕らえる事はほぼ確定だ。そいつを人質に揺すればいいのだから。


密偵がいれば捕らえるのは当然だ。しかし、密偵がいなかったら残念賞だ。密偵がいるかいないかは賭けだったが、直哉の感は的中したようだ。


隠れてた密偵Aが直哉の後ろに忍び寄る。手には薬品を染み込ませた布を持っている。

敢えて気付かないふりをする直哉など露知らず、その密偵Aは直哉の口と鼻を布で覆う。


《うん、計画通りだ。薬品は睡眠を促すヤツかな?》

『少なくとも劇薬では無いな』

《んじゃいっか》


わざとらしく深呼吸をする直哉。少しすると、目の前がぐるぐると回り始めた。


《めーがーまーわーるー…》

『ぐっどらっく、ナオヤ』


そして、直哉は意識を手放す。倒れ込もうとする直哉を支え、手を手前に引くジェスチャーをする密偵A。すると、直哉を襲ったのも含め四人の密偵が集まった。


「意外とあっさりといったな」

「あぁ…だが、意識的に深呼吸をして、薬を吸い込んだような気がするな…」

「考えすぎだって。こんな子供にそんな事考える余裕なんて無いよ」

「そうそう。それにさ、手足縛っとけば平気じゃん?」



上から密偵B・A・C・Dだ。

そう言う密偵Dの意見に納得し、懐から手足を縛るロープを取り出す密偵C。手際よく直哉の手足を縛ると、白い袋に詰め込んだ。さらに木箱に詰め込むと、ただの荷物に見える。


密偵A・Bが箱を持ち上げ、運ぶ。因みに、密偵は普通の服装をしているため、町人として見られている。


そして、予め待機させていた馬車に運び込む。直哉の読み通り、怪しいモノだった。


何食わぬ顔で馬車に乗り込み、走り始める密偵達。城門に到着すると、警備兵に質問された。


「外出の目的は何だ?」

「センティスト王国へ輸出です」

「?…おかしいな、そんな指示は――」

「国王様からの直々の命令ですからね…あまり知れ渡ってはいません」

「なんと…それは失礼した。どうぞ通ってくれ」

「ありがとうございます、頑張ってください」


そして、城門を開く警備兵。密偵達の乗り込んだ馬車は、スムーズにエアレイド王国を抜け出した。


「いくらなんでも、あれは…」

「警戒心薄すぎるだろ…」


密偵A・Bが感想を述べる。確かに、あの警戒心の薄さのお陰で密偵が王国に侵入出来たのだ。

だが…いくら敵国でも、酷いとしか言えない。


感謝とバカにする気持ちが入り交じった感情を抱く密偵達。こうして…見掛けは人質、実は偵察と言う直哉の偵察劇が幕を開けるのだった。

直哉に道案内をして、アリューゼに直哉が休む事を伝えたコラーシュは、考え込んでいた。


あの不思議な少年の事だ、今回も大いに動き回るだろう。

だが、規模が規模だ…危険すぎる。もし、直哉が生きて帰って来なかったら…仮に殺されて、ダークマターを抽出され、魔物にされたら…。


不安に駆られたコラーシュは、城下町に騎士団を派遣した。






そしてそれから一時間後、直哉が見つからないとの報告を聞くのだった。

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