第十六輪:方向音痴
話の繋がりが意味不明な事になってしまいやしたprz
いつもに増して酷い気がしまする…
早朝のエアレイド王国の王宮。朝早くから仕事に勤しむ人や寝惚けて歩き回る人、さらには床に寝転ぶ人を直哉は見ていた。
珍しく早起きしたのは良いが――
《オイ、起きろ寝坊助》
『んぐー…あとご…ん、あと五年寝かせろ…』
《あーたーらしーいーあーさがーきた!きーぼーぉの――》
『うるせェうるせェうるせェ!何だってんだよ、俺様が気持ち良く寝てるっつーのによォ』
《いや、別に深い意味は無いんだけどね?》
『……は?』
《暇》
『そこの窓からゆーきゃんふらい!』
《シエルにセラが悲しむだろ?だから飛べないんだよ!》
――ウィズを叩き起こす程暇なのだ。
元の世界なら、早起きしてもゲームと言う親友がいたので、大して苦にはならなかった。だが、異世界にはゲームが無い。
《なぁ、ゲームくれよ》
『現実を見つめろ』
《酷い…》
『そーいや、騎士団はどうなったんだ?』
《あ゛、忘れてた》
ここで騎士団の事を思い出す。
早く行って訓練しとけば、きっと評価も上がるだろう。自己紹介の時の険悪なムードも消せるかも知れない。
《ありがとうウィズ!僕、優等生になってくる!!》
『単純なヤツ…』
呆れるウィズを軽く流し、訓練所を目指して歩き出す直哉。道はよく分からないけど、勘と気合いでなんとかする気だ。
そして、これが本日最大の過ちである事を、身をもって知る事になった。
午前五時…直哉、訓練所を目指す。
そして、歩き続ける事一時間。
「あれぇ?訓練所ってこんなに離れてたっけ」
午前六時…直哉、遭難した事に気付き始める。
歩けど歩けど、心当たりが無い場所にしか辿り着かないのだ。王宮の大きさが改めて分かった。
それでもめげずに歩き続ける。すると、金属を叩くような音が聞こえてきた。音源目掛けて突き進むと、廊下の向かって左側にあるドアの奥から響いている事が分かった。
カン、カン、カン、…と言うリズムの音。もしかしたら、もしかしたりすると…。
気になった直哉はドアをノックする。だが、返事は無い。
強く叩いてみる。ドンドンと鳴り、流石に気付いたと思ったが
「………」
気付かないようだ。
意を決した直哉は、ドアを強引に開け
「すいませぇぇぇん?」
疑問型気味に呼び掛けた。
すると、部屋の奥から返事が返ってきた。
「おう、手が離せねぇから…用事があんなら奥まで来てくれ!」
音のリズムを崩す事無く、そう言われた。なので、部屋の奥に行ってみる事にした。
一直線に続く部屋内はとにかく暑い。そして、そこかしこに鎧や剣が飾ってある。遠目でもしっかりとしたモノである事が見て取れる。
突き当たりに辿り着いた。右に通路が繋がり、少し歩くとドアがある事に気付いた。
ドアを開けると、先程より強い熱気が押し寄せて来た。
「何してんだ、早くドアを閉めろ!」
「あ、サーセン」
急いでドアを閉める直哉。それを確認すると、火が焚かれる炉に向けていた顔を直哉に向けて、にっと笑う筋骨隆々なおじさん。手は休めない。間違って指を叩かなければいいが。
「んで、アンタは?」
「俺は神崎直哉。つい最近王国第一騎士団に入隊したばかりだ」
「ほう…頼まれた剣なら、今打ってるのがそれだ。も少し待っててくれ」
「ほい。っと…柄を腰にぶら下げられるようなヤツも依頼してたんだが…」
「あぁ…それは出来てるぞ。この剣と一緒に渡すとするか。手は休めたく無いんでな」
そう言うと、剣と向かい合うおじさん。顔が真剣そのものになり、剣…鉄を叩く手にも力が籠る。
暑い部屋内にも関わらず、直哉は鉄を打ち鳴らすおじさんを興味深そうに見ている。
『まさか…ナオヤにそんな趣味があったとは…』
《何お前、暑さにやられて頭の中身がオーバーヒートでも起こした?安心しろ、例えどう間違っても直してやらん》
『少なくともナオヤよりはマトモな自信があるわ』
《大丈夫、ウィズも手遅れな領域の中だ、間違いない。因みにマジレスすると、おじさんに興味があるんじゃない、鍛冶に興味があるだけだ》
『………チッ』
《残念そうに舌打ちするんじゃねーよ…》
金属を叩く音、この熱気、そして剣を造ると言う事。
直哉の興味を引くには充分すぎる内容だった。
「おじさん、その剣良く斬れる?」
「あぁ!全力を尽くして打つんだ…それなりに斬れてくれなきゃ、名も廃るってモンよ」
「そっかぁ」
豪快に語るおじさんに、直哉は好意を抱いた。鍛冶と言う興味深い事を生業としている事もさながら、自分の行う事に胸を張っている事も、直哉が気に入った理由だ。
男として尊敬出来る気がした。
そんなことを直哉が考えてる最中も、剣を打ち続けるおじさん。直哉が見てる事もあり、気合いが入っているようだ。
「ようし、出来たぞ!これを持ってってくんな!」
不意に声を張り上げるおじさん。直哉が顔を上げると、一本の立派な剣を握っていた。
刀身は薄いが、しっかりとした工程を踏まえていて、強度は高そうだ。鈍く輝く姿は、下手な飾りをしない実戦向けのモノである事をアピールしているようだ。
直哉はその剣を受け取る。重すぎず軽すぎず、とても扱いやすい一級品だ。
「っと…それと、あれもか」
付け足すと、奥に歩いて行った。少しすると帰ってきた。右手には、ベルトのようなモノと、柄を携えている。
「普通の剣は刃を下にして、手で掴む部分を上にする形で鞘に納めるんだ。だが、その刃が無いからな…どうするか考えてたら、予想以上に時間が掛かっちまった」
ベルトを自分の腰に巻くと、柄を右手に掴むおじさん。ベルトには柄を入れるだろう袋が着いている。
袋は革製、柄と同じ位の細さで、だいたい10cm程だ。袋の口の手前には袋と同じ材質の紐、奥には金属製のフックが付いており、どうやら固定に使うようだ。
そして、袋に柄を入れた。
因みに、直哉の生成した柄に鍔は無く、端から見るとただの短い棒だ。長さは20cm程で、両手でも掴めるゆとり仕様。
「固定は、こうやって、と…」
確認するように呟きながら、おじさんは袋から飛び出している柄の尻に、口の手前から出ていた紐を包み込むように引っ掛ける。そして、奥にあるフックに紐を引っ掛けた。
「これでフックから紐を外さない限り、落とすなんて事は起こらないだろ。…しかし、こんな変わりモノを依頼したのは誰なんだ」
腰からベルトを外して直哉に手渡しながら、おじさんは不思議なモノを見たような口調で呟く。
その呟きに、ベルトを受け取った直哉は答えた。
「あ、依頼したの俺ね」
「こりゃたまげた…わざわざ貰いに来たのか」
「迷子の末にここに辿り着いただけだ!」
「わはははっ、その歳で迷子たぁ……しかし、その柄でどうやって?」
笑いながら疑問を投げ掛けてくるおじさん。思い切り打ち返すために、直哉は紐をフックから外し、柄を取り出した。
そして、炉に向かって歩き出し
「こーすんのよ」
炉に、柄…本来なら、銀色に輝く刀身が伸びる方を向けて、集中。凄く熱かったが我慢した。
おじさんは目を見開いている。
火の粉が柄の先端に集まり、球を形成する。柄の先端に球状のモノがくっついてる、と言うと分かりやすい…かも。
そこからゆっくりと柄を引くと、何も無かった筈の柄から、赤く光る刀身が伸びていた。
凄まじい熱を発する赤い刀身は、紛れも無く火属性だ。斬られたらただじゃ済まないだろう。
直哉が集中を解くと、赤い刀身は火の粉に戻り、霧散した。
「………」
「こゆことよ」
おじさんは絶句している。現実離れした光景を見てしまったから、まぁ仕方が無い。
「だから、柄だけを渡したってワケ」
「……なるほどな…あんな剣に、勝てる気がしねぇ」
「んな事無いよ、おじさんの作った剣も、かなり使いやすそうだし」
「そうか?」
「うん。ま、ベルトと剣はありがとさん。そろそろ訓練所に行くわ、剣渡さなきゃならんし」
踵を返して部屋から出ていく直哉。右手をひらひらとして、別れの挨拶をしていた。
すると、おじさんが叫んだ。
「また来いよ、ナオヤ!その剣の作り方教えてくれよ!」
「迷わなかったらな!」
威勢良く答える直哉を見て
『自信満々に恥ずかしい事言ってるよ、コイツ…』
思わず本音を漏らすウィズ。
《うるせぇうるせぇ!俺だって好きで迷ってるんじゃねーんだぞ!》
『方向感覚皆無少年だもんな』
《シャラップ!》
脳内で言い争いをする事三十分。その間も適当に歩き回っていたので、ここがどこなのかすら分からない。因みに、鍛冶場では二時間ほど滞在していたようだ。
午前八時半…直哉、遭難した事を確信する。
今思えば、朝食を食べていない。お腹が悲鳴をあげ始めていた。
《これは、本格的にヤヴァイんじゃないの?》
『鍛冶場のオッサンに聞けば良かったのに…』
《なぜ言わなかった》
『言おうとしたら、どっかのバカが逆ギレしたからさー』
《ドコノ誰デスカネー》
『カタコト棒読みなお前ー』
《ぐぬぬ…》
『つーか、場所聞く事くらい思い付けよ…テメェの脳みそ筋肉か?あァ?!』
「うわああぁぁぁ!!」
脳内での言い争いに敗れ、発狂する直哉。膝から崩れ落ち、頭を掻きむしる光景は地味に恐怖を抱く。
隣を通過するメイドは、汚物を見るような目で直哉を見つめている。
はっとした直哉は、メイドに目を向けた。
「あのっ!」
「ひっ、ひぃぃ!」
悲鳴と共にメイドは走り去っていった。
「………」
無言の沈黙の後、渋々歩き出した。もちろん、勘を頼りに。
だが、現実は厳しかった。
午前十二時…直哉、生命の危機を感じる。
こんなに広い王宮に看板が無い事に、直哉はコラーシュに抗議する事を決めた。
そんな直哉は肉体的精神的疲労により身体が重くなっていて、空腹と不安、焦りにより目には涙を浮かべていた。
「えぐ…、ここ、どこ……」
《王宮》
「………」
嗚咽混じりに呟く。王国を魔物から救った英雄は、親とはぐれて泣き喚く子供になっていた。
いつの間にか人通り、人気共に無い場所をさ迷っていて、孤独と言う枷が直哉を縛り付けた。
「ひぐ……うぅ…怖いよ、シエル…」
《早く迷子から脱出しろよ》
「………」
目を擦りながら囁く。声はすっかり枯れていた。
涙を拭きながら前を見ると
ガシャァンッ!
ガラスを突き破り、何かが転がり込んで来た。大きさは子犬位で黒いオーラを身に纏い、邪悪な感じがする。
《……ねぇ、あれなぁに?ぼくこあいよ》
『落ち着け、落ち着くんだ直哉。大丈夫、ちゃんと帰れるから』
《ほんと?》
『あぁ、マジ。だから、目の前のアレを何とかしろ』
《……礼拝堂の化け物みたい》
『強ち間違いでもねェ…同じ悪意を感じる』
《なにそれこわい》
意外と早く立ち直った直哉は、右手に持った剣を構える。黒い物体は、身体をぷるぷると震わせながら立ち上がり、鳴き声をあげた。
「くぅーん」
《………》
『………』
《あれ、ほんとに悪意あるの?》
『確かに感じる事は感じるが…』
黒い物体…子犬のような大きさの動物は、黒いオーラを纏ってはいるものの、他は子犬としか言えない特徴しか無かった。
うっすらと見える耳は垂れ、身体は震えている。足は四本で、短くてラブリーな尻尾をパタパタと振っている。鳴き声は、先程あげた「くぅーん」や「きゃんきゃん」等々。
そんな姿を見て、直哉は思う。
《あれ飼いたいんだけど》
『動物は飼えないのよ、空き地に捨ててらっしゃい!』
《酷い、酷いよママ!……あ》
よくある話をウィズと再現していると、子犬…黒いオーラを纏う何かが歩いてきた。
よろよろとおぼつかない足取りだ。
それが母親の元へ歩み寄る赤ちゃんのように見えた直哉には、無意識のうちに母性本能が働いていた。
「ほら、こっちにおいで~」
『オイ、何してんだ!』
ウィズの反論は聞き流して、子犬…めんどいから子犬でいいや…を呼び寄せる。
子犬も応えるように、直哉の元へとことこと寄っていった。
不意に子犬が歩くペースを上げたかと思うと、ジャンプして直哉の胸に飛び込んだ。
「うわっと!はは、可愛いなぁ…」
直哉の頬をペロペロと舐める子犬を、直哉はなでなでした。
すると、子犬が唸り出した。
「う゛~~…」
「おーよちよち、どうちたの~?」
「う゛ぅ゛う゛う゛う゛…」
「?」
子犬が少しずつ口を開き始めた。不自然な量の牙が見えて、直哉は警戒した。
それでもなお口を開き続ける子犬。顎からはギギギ…と嫌な音が響く。
《顎って、ここまで開くもん?》
『まずあり得ないな』
考えてる間にも顎は少しずつ開き、ボキッと言う音と共に90度…直角に開く。
そして、そこには…
《おいおい、悪すぎる冗談だろ…どんな映画のワンシーンだこりゃ…》
『外見"だけ"しか普通じゃなかったんだな』
《いくらなんでも、ここまで似ちゃっていいの?》
みんなは某未確認宇宙外来生物vs某未確認宇宙外来人形生物を知っているだろうか。前者は長い頭・鋭い尻尾・強酸の体液が特徴で、後者は変なマスク・ボタン一つでフォームチェンジする武器が特徴だ。
そして、前者は口の中に顔のようなモノがある。人間を追い詰め、それでトドメを指すのだ。
そして、目の前の子犬の口の中にも全く同じ顔がある。
目は無く、口だけがあり、「シャー…」と唸っている。
「っ?!」
《逃げろ、ナオヤ!!》
不意に凄まじい殺気を感じ、子犬から飛び退いた。刹那、口から伸びた"顔"が、直哉が居た地面を抉る。同時に強酸の体液も撒き散らして、地面が少しずつ溶け始めた。
《シャレになってねーぞ?!》
『なんだありゃ…映画そっくりじゃねェか』
《…ウィズ…お前、アレ知ってんの?》
『思考は共有してるって教えたよな?まぁ、このシリーズは結構見直したってのもある』
《腐っても神様だよな?な?》
『悪かったな!こちとら暇なんだよ!』
《じっくり話を伺ってやりたいが…あれ?》
話に集中していた間に、子犬はどこかに消えてしまった。しかし、あの悪意は消えていない。
直哉もある程度は感知出来るようで、泣きじゃくってた先程からは想像が付かない、緊張が消えてない顔をしている。そんな直哉の頬を、冷や汗が一筋。
沈黙が訪れた。
《まさか、あの可愛い子犬がエイ○アンだったとは…》
『可愛い外見に惑わせて、狼狽えたところをドーンだろ』
《くそ…俺が可愛いモノに目が無いのを知ってやがるのか…?》
『って事は…これはナオヤを狙っての事か?』
《多分間違いねーな》
直哉とウィズは、犯人は身近なヤツでは無いかと考えた。お花や可愛い生き物が好きなのを知ってるのは、身の回りの人しか居ない筈だからだ。
因みに、魔物が子犬型なのは偶然の中の偶然だ。
その頃、ガルガント王国。
王宮近くの古びた小屋の中、盛大なくしゃみをする者がいた。
「ぶぁーっくしょい!」
「大丈夫ですか?ロキ様」
あぁ、と相槌を打ちながらずるずると鼻を鳴らすロキを、風邪でもひいたのかと心配するサラ。
「きっとどこかの者が噂をしてるんだろう。もしかしたら、カンザキナオヤかもな」
「あらまぁ、男性にも人気なんですね!」
「変な事言うな!私は…お前にだけ好かれてればいいのだ」
「っ!…ろ、ロキ様…」
ぽぉーっと赤らむ顔をロキに向けるサラ。そんなサラの腰に左手を回し、抱き寄せるロキ。
右手でサラの顎を支え、くいっと上を向かせる。身長的にロキの方が大きいので、見上げさせてる形になる。
「私の理解者はお前だけで良いのだ。いや、お前しか居ないのだ」
「ロキ様ぁ…」
直哉を悩ませている張本人の周りには、薔薇色の花園の幻覚すら見えてしまうような空間が広がっていた。
《……まだ出て来ないの?》
『油断したところをガブリ』
ぶるっと震える直哉。小動物に噛み殺されるなら笑顔で逝けるが、相手は小動物の皮を被った化け物だ。このままでは自縛霊になってしまう。
なら返り討ちにすれば良いと思うが、口さえ閉じれば庇護欲をそそりまくる愛らしき小動物なのだ。
殺されるのも嫌だし、殺すのも嫌だ。間違い無く、礼拝堂の化け物より強敵だ。
《クソッ!どうしたら…どうしたら良い――》
『っ!上だ、ナオヤ!』
天井を仰ぐと、直哉に向けて口の中の顔を向ける子犬が居た。直哉に向けて顔を突き出す。直哉は咄嗟にしゃがんで回避した。
だが…
『バカ!強酸が飛んで来るぞ!!』
《あ、忘れてた》
ウィズの読み通り、子犬は的確なコントロールで眼球サイズの強酸を直哉の目に向けて発射した。
左に飛び退いたがなかなかスピードがあり、完全に回避する事が出来なかった。
強酸は目に直撃こそしなかったが、直哉の右頬を掠めた。
「っつ!あっちゃちゃちゃ!」
焼けるような痛みが右頬を襲った。某映画のような侵食作用こそ無かったが、普通の火傷より酷い爛れ具合だ。
掻きむしりたくなるのを必死に堪え、子犬を見逃さないように目を離さないようにする。
地面に着地した子犬は、直哉から離れて威嚇するように毛を逆立てた。因みに、顎は閉じている。直角に開くのは、内なる顔を使った攻撃をする時だけだ。
対する直哉も剣を両手で掴み直し、脳内で作戦会議を繰り広げた。
《あの顔が厄介だな…直撃したら、小説には書けない惨状を展開する事になるぞ》
『だな…強酸もあの顔から出てるようだし』
《……あの顔?》
『あァ、あの顔で攻撃する時だけ強酸が飛び散る事から推測した』
《流石神様、素晴らしい観察眼だな…って事は、それさえ切り落とせば…》
『流石ナオヤ、お前にしては上等な考えだ』
《後半いらねーよ!》
そう念じると、子犬に向かって走り出した。両手で掴んだ剣を右足側に靡かせながら。
凄まじい速度で接近する直哉に、子犬は思い切り飛び退いて距離を作る。
それを待ってたかのように、直哉も地面を踏み締めて前方にジャンプした。踏み締めた地面が陥没している。
距離を詰める直哉。だが、空中では動くに動けない事を子犬は知っていた。
顎を直角に開き、顔を出す動作をする。直哉はこれを待っていたのだ。
直哉は剣を構えながら、礼拝堂でウィズが作ってくれた風の壁を思い出す。予想外の強酸も跳ね返せるだろうと思ったのだ。
そして、剣の回りにも風を纏わせるイメージをする。少なくとも剣は強酸に触れる。また作り直してもらうのも申し訳無いし、鍛治場に戻ったら…今度こそ屍になってしまいそうだ。
直哉がイメージし、ウィズがエレメントとマナを調節する。風が吹いたかと思うと、直哉と剣を風の層が包み込んだ。
そして、子犬が口から顔を突き出した。直哉目掛けて伸びる顔は、直哉の顔面に直撃――
「ぬぉぉりゃぁぁあああ!」
ヒュッ!
――する前に、直哉が振り切った剣に切り落とされた。
ドチャッと床に落ちる顔。そして、顎を開いたままの子犬の喉からは、あの緑色の強酸が噴き出す。
しかし、風の層で身を包んでいた直哉には届かない。直哉の近くまで飛んできても、180度方向転換をしてしまう。そのまま壁や床、天井に飛び散った。
子犬が地面に着地した。だが、足には力が入らないらしく、崩れ落ちた。そして、慣性に従いゴロゴロと転がっていく。
次いで直哉も着地した。こちらは両足でしっかりと立っているが、肩で息をしている。疲れたと言うより、化け物と言えど子犬を斬ってしまったショックからだ。
子犬は5m程先でぴくぴくしている。直哉は急いで駆け寄った。
黒いオーラは薄らいでいる。エイリ○ン顔を切り落としたからだろう。子犬の口は強酸で爛れ、骨や牙が剥き出しだ。強酸耐性があるのも、あの顔だけのようだ。
剣を置き、そっと子犬を抱き上げる。強酸が手に焼けるような感覚をもたらしたが、気にはしなかった。
うっすらと開いた目で直哉を見つめる子犬。その目に悪意は籠っては無く、寧ろ感謝のようなモノを感じた。好きでこんな化け物にされた訳では無いのだろう。
爛れきった舌を出したかと思うと、直哉の手をペロペロと舐めた。血の気が無く、とても冷たかった。
そして、目を閉じて動かなくなった。
《子犬……》
『酷ェな…』
眠るように逝った子犬を腕に抱き、直哉は涙を浮かべた。礼拝堂の化け物を切り刻んだ時は何とも思わなかったが、子犬は別だ。
涙が直哉の頬を伝い、子犬の顔に滴る。
すると
「?!」
どこからか黄緑色の暖かい光が出現し、子犬を包んだ。手に感じていた子犬の感触が薄らいでいき、完全に無くなった。その代わり、目の前には子犬程の光の球体が浮いている。
球体は直哉の周りを飛び回る。まるで元気にはしゃいでるようだ。
一頻り飛び回ると、直哉の顔の正面に浮かんだ。目の前で少し揺れたかと思うと、子犬がぶち抜いた窓から光が出て行き、そのまま空に昇っていく。
まだ明るいにも関わらず、黄緑の光の目撃者は多数居たそうだ。
窓に歩みより、浮いてく光を見ながら、ウィズに問い掛けた。
《確かさ、ガルガント王国だっけ?魔物製造してんの》
『忘れた。コラーシュに聞いてみろよ』
《うん…》
『まぁまぁ、元凶をゆっくりねっちり潰してやればいいだろ』
《…そうだな》
『まぁ帰ろうぜ。挨拶もしてねェだろ』
《そう言えばそうだった。またシエルに泣かれるぞ》
『罪なヤツ』
《何その意味深な言葉》
ウィズが元気付けると、直哉も少し元気になったようだ。これ以上進むのも迷うだけだと察知した直哉は剣を拾って、来た道を引き返す事にした。
ふと視界に白いモノが見えた。よく見ると、先程切り落としたエイリア○の顔だった。
直哉が近寄ると、煙を吹きながら消えていく。そして全部消えた後に、見覚えのある紙が残されていた。
「これは…この前の…」
礼拝堂で化け物を消し去った後に落ちていた紙だ。白い紙に赤い文字が書かれている。
それを拾い上げ、ジーパンのポケットに入れて、今度こそ引き返す直哉。
しかし、素直に帰れる訳でも無いらしい。王宮はこれでもかと直哉を迷わせた。
午後六時…直哉、何かを忘れながらも騎士団員に渡す剣を携え、泣いて疲れきった姿で食堂に到着する。
コラーシュにフィーナ、シエルにセラがちょうど夕食を食べようとしてる最中だった。
「ナオヤが来ねぇな…」
「"変"って言ったのがまずかったのかしら…」
「…意外と、デリケート」
「な、ナオヤさぁ~ん…」
「ナオヤの事だから、迷ってるのかもしれませんね」
「王宮は入り組んでますからねぇ…」
上からアリューゼ・ミーナ・ラルフ・セフィア・ルシオ・アイザックだ。
そう、直哉が忘れた事は…騎士団の訓練だったのだ。
編入二日目で、早くも初サボりをしてしまう直哉だった。
直哉が泣きながら食堂に到着した頃。
薔薇色の空間を作り上げていたロキは、新しく送り込んだ魔物が消えた事を知った。
思い切り机を叩くロキ。
「クソォッ!何なんだ、カンザキナオヤ!!」
魔物を消す力を持つ異世界人。魔物を送り込んでは悉く消されてしまう。厄介だ、厄介過ぎる。
こんなのが敵国に居たら、自らの野望…国家を支配下に置く計画が台無しだ。
しかし、魔物では歯が立たないのも事実だ。
悩んだ末、一つの結論に辿り着いた。
「…これは、王を唆せて…早めに仕掛けるのが得策か…」
決心すると、行動が早いのがロキの特徴だ。
すぐに立ち上がると、小屋を出て王宮に向かうのだった。