第十五輪:暗殺?
いつの間にか累計20000アクセス突破しておりました…!
驚きと感謝の気持ちでいっぱいです!作者の励みになりまくりですよ!!
これからも精進するので、一寸畑をどうぞよろしく。
んじゃ、どぞん!
強めの風が吹き荒れ、何かの合間に見える空にはどんよりとした雲が立ち込める。ちょっとした嵐が来そうな天気の中、直哉は吹き飛ばされまいと何かにしがみついていた。
《うぅ、風つえー…腹減ったー…でも良い香り…》
しがみつく何かを観察と、植物だと言う事が分かった。そして、この甘い香り。間違う訳も無い、元の世界で見た最後の夢、あの花畑だ。
だが…ちょっと様子が違う。
《あるぇー?こんなにでかかったっけ、花》
花が異常にでかいのだ。それに、直哉を吹き飛ばさんばかりに吹く風。回りがでかくなったと言うより…
《……俺が、小さくなった?》
そう考えるのが普通だろう。余りにも現実離れしているから、夢のような気もする。確かに実際の夢なのだが、直哉には分からなかった。
小人の気持ちになっていたら、不意に視界が暗くなった。デジャヴのような気がして、この先起こる事の想像がついた。いや、ついてしまった。
見上げると、黒い塊が降ってきた。きっとウィズ…電気系ねずみだろう。
予想は見事的中し、黒いような紫のような色をした、とがった耳に、丸っこい身体、ギザギザなしっぽに、ガラが悪めなピカ○ュウもといウィズが降ってきた。
いつぞやの時とは違い、雷を右手に集めて雷球にしている。まるで、某忍者外伝の…。
なんて考えてると、ウィズが目と鼻の先にまで迫っていた。直哉が縮んだせいか、物凄く巨大だ。右手に稲妻製螺○丸を携え、恐ろしいまでのにやけ面を直哉に向けた。
「おい、ウィズ、俺だ、俺、直哉だよ、忘れたのか?」
必死に訴える直哉など気にもせず、直哉目掛けて落ちてくるウィズ。右手を直哉に向けると、ドスの聞いた声で叫ぶ。
「るぁせんが――」
「バカあああああああ!」
対抗とばかりに叫ぶ。が、重力には逆らえなかったようで、ウィズの作った螺旋○は、直哉を直撃――
「はっ!」
ここで目が覚めた。が、次に直哉が目にしたのは――
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
――直哉に向けて、光る"何か"を握り締めた右手を振り下ろす女性。
暗くてよく分からないが、シルエットからして間違い無いだろう。
そして、その手は顔面のすぐ横を叩き付けた。
ドムッ!
変な音と共に、ベッドがへこむ。
ベッドにはスプリングが付いていて、あの独特のふわふわ感を醸し出している。しかし、いくらふわふわだとしても、ここまではへこまないだろう。
言葉を失う直哉。そして、元の形に戻るベッド。
「………」
「………あ、ごごごっ、ごめんなさいっ!」
目を開いた直哉に気付くと、急に慌て始めた。この慌てっぷり、どこかで……
「………セフィア?」
「ひゃいっ!ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!」
直哉をぶん殴ろうとした女性…セフィアは、ぺこぺこと頭を下げまくる。
命がある事に感謝しつつ、直哉は問い掛けた。
「寝込みを狙って暗殺ですか」
「っ?!ち、違いますぅ!そっ、そこに虫がいたからっ!」
「虫?」
起き上がって、殴られたベッドを見た。すると、小さな虫が押し花もとい押し虫にされていた。
「……御愁傷様。ふぁぁ~」
潰された虫に手を合わせながら欠伸をする直哉。そして、セフィアに向かい合う。
「冗談はこの辺にして。握ってるのは何よ」
「あっ…こ、これですか?これは、お金、です」
そう言うと、セフィアは手を開いて見せた。金色の硬貨が顔を出す。材料が気になったが、それよりも気になる事がある。
「ほぅ…で、何で俺の部屋に?ついでに、何でお金を?」
「あっ!そ、そうでした…」
「天然だね、君」
「ほぇ?」
「いや、何でもない。で?」
「あっ、その…えと…さっきの、マテ…マテリ…」
「マテリアライズ?」
「はい!そ、その…お、教えて戴けましぇんか?!」
噛みながらも手を前に突き出すセフィア。金色の硬貨…金貨を直哉に渡そうとする。
戸惑いながらも、あわあわと否定する直哉。
「いやいや、お金なんて要らないよ。教え方が分からないだけで…でも、土属性魔術が使えないと無理って事だけは事実だな」
そう言うと、人差し指を突き出す直哉。エレメント・マナの渦が生じたかと思うと、小さな土の塊が出来た。ちなみに、物体を生成したのが土属性魔術だと言うのも、ゲームの受け売り知識によるモノだ。
「っ?!…そうですかぁ…私は火属性魔術しか使えないので…」
しょぼんっとしてしまうセフィアを、直哉が慰めた。
「火には火の良さがあるよ。俺だって稲妻は使えても、何故か火は上手く使えなくて…」
「そうなんですかぁ…」
「あぁ。だから、長所を頑張って伸ばそうな」
そう言うと、セフィアの頭を撫でる。シエルとのコミュニケーションでは日常茶飯事だったので、こうすれば笑ってくれるかと思ったのだ。だが……
「ぁぅぅ…あ、あうあう…ううー!」
ボンッと言う効果音と共に、セフィアの頭から煙が吹き出す。顔は真っ赤になっていた。
どうやら、シエル式コミュニケーション(直哉命名)は効きすぎたようだ。
俯いてシューシュー鳴っているセフィアを前に、成す術がない直哉。途方に暮れてるところに、突然の来訪者が現れた。
「ナオヤー!ご飯、でき…た……」
ドジっ娘でお馴染みのセラだ。しかし、様子が変だ。見るからに動揺している。
「……お邪魔、しまし――」
「待てぃ!何を妄想してやがる!!」
「シエル様が居ると言うのに…ナオヤ…」
「落ち着け、ほら、深呼吸だ」
「ヒッヒッフー」
「ラマーズ…」
素なのかボケたのか、そもそもラマーズが通じるのか…そんな考えが直哉の脳内を駆け抜けたのは、ほんの数秒だった。
「とりあえず!別に変な事してねーから安心しろ…これには、深い訳がだな――」
ドジっ娘セラにも分かりやすいように説明を開始する直哉。話し終えると、セラは納得したようだ。
「確かにナオヤは規格外だし…その気持ち、分かります」
「ほぁぁー…ナオヤさん、流石ですぅ!」
「はぁ…」
直哉が"異世界人"である事を隠してるのを見抜いたセラは、気を遣って話題が傾かないようにしてくれた。ドジっ娘ではあるが、なかなか切れ者な一面もあるのだ。
「そういや、ご飯出来たんだっけ」
直哉が聞くと、セラは「あっ」と呟き、本題に移る。
「そうだった!ナオヤを呼んできてって、シエル様が死にそうな声で…お腹ぺこぺこらしくて」
「それは急がなきゃな…シエルが餓死する前に行こうか。セフィア、今度火の魔術教えてな」
セフィアに向かって笑顔を向ける直哉。セフィアは、頬を赤らめたままこくりと頷いた。
それを確認したのか、二人は部屋を出て行った。セフィアは、そんな二人をぼーっと眺めるのであった。
「遅れましたー、すまんなシエル、生きてるか」
「うぅー…お腹すいたぁ…」
「もう大丈夫だ。ちゃんと噛んで食べるんだぞ」
「うん!」
直哉とセラが席につくと、コラーシュにフィーナ、それに料理長も頷く。直哉が気に入ったらしい料理長は、様子を見に来るようになったのだ。
そして、両手を合わせ、食事開始の合図を直哉が務めた。
「いただきます!」
「「「「いただきまーす」」」」
開始するや否や、シエルが凄い勢いで料理を食べ始めた。よほどお腹が空いていたのだろう。
呆然とする料理長を視界の隅に追いやり、負けじと直哉も食べ始めた。
「「「「………」」」」
「「ごちそうさま!」」
面白いように料理は無くなり、手持ちを食べ終えた直哉とシエルが、同時に声をあげた。
並んだ料理の六割を、直哉とシエルが半々で食べ尽くしていた。シエルの食べっぷりに驚く四人。
「ふぃー…お腹いっぱい!」
「あぁ、余も満腹じゃ」
満足そうな二人に、料理長は頷きまくった。
「明日も気合いを入れたのを作りますね!」
料理長は意気込むと、部屋から飛び出して行ってしまった。
顔を見合わせて苦笑いする直哉とシエル。
「んじゃー、風呂にでも入らせてもらおうかな」
「あ、私もー!」
「二人が行くなら、私も!」
口直しにコップ一杯の水を飲み干して切り出した直哉にシエルが同意し、セラも一緒に行く事になった。
挨拶も済み、部屋を出た三人。ガウンはセラが持って来るので、先に直哉とシエルの二人で浴場に向かう。
最近の王宮では、並んで歩く二人の姿は風物詩となっている。
不意に、シエルが直哉に尋ねた。
「ナオヤ、騎士団はどう?」
「あぁ…今日は自己紹介だけだったな。ちょっと人を殺りかけちゃったけど」
「えぇ?!」
「だってさー、人が気にしてる事言うんだぜ?変とか変とか変とか………うぅ………」
自分の言葉で落ち込む直哉を慰めるシエル。よしよし、と頭を撫でている。背伸びして撫でてるのだが、その姿が非常に可愛いと評判らしい。
「ナオヤは変だけど変じゃないよ、シエルが保証するもん!」
「嬉しいんだか、哀しいんだか分からん」
「えへへ~」
この無垢な笑みを向けられると、直哉は弱いのだ。本当に心配してくれてるのが分かって、大人しくなる。
そして、先程から何か変なのだ、身体が熱いと言うか、ふらふらすると言うか、上手く思考が回らないと言うか…。
先程直哉が口直しで飲んだ水…水では無く、少しアルコールの入った、酒のようなモノだったらしい。直哉は知らずに、コップ一杯分一気飲みしてしまったのだ。
大人しく撫でられながら、眠くなるのを懸命に堪えた。立ちながら眠るなど、ペンギンではあるまいし。
道行く人には微笑ましい光景だが、直哉にとって睡魔とのデッドヒートを繰り広げる戦場だ。
抵抗しない直哉を撫でまくりながら歩くシエル。楽しい(?)時間は早く過ぎるようで、浴場に到着した。
「二人とも、遅いですよー」
セラが先に着いていたらしく、ぷくーっと頬を膨らませて拗ねている。
「ごめんね、セラ…ナオヤが撫でて欲しいらしくて、ずっと撫でてあげてたの」
「ほっ、ほんとですか?!」
「………」
シエルの冗談をセラが真に受け、直哉に質問した。だが、無言の返事しか帰って来ない。
当の直哉は、意識が飛び掛けていた。目の焦点はずれて、顔は真っ赤。ちょっとおかしいのは一目で分かる。
心配になったセラは、もう一度呼び掛ける。
「…ナオヤ?」
「…あ、あぁ、そうだな」
適当に返事をして、目を背けながら頭をくしくしと掻いた。直哉にとって、意識が飛び掛けたのを悟られないための処置として行った行為だったのだが、セラには照れ隠しとして認識されてしまったらしい。
「お二方の仲も、目まぐるしく発展を繰り広げてますなぁ…ここは一つ…」
「え?なに?セラ」
「何でも無いですよ~」
何かを企むセラに、首を傾げるシエル。二人とも小動物のようで、とても可愛らしい。
「さて。ちゃっちゃとお風呂に入っちゃいましょー!」
「おー!」
テンションの高い二人を霞む視界で捉え、ふらふらしながらも中に入る直哉。
服を脱ぎながら、ウィズに話し掛ける。
《俺、どうしたんだ…》
『どうもしねェよ、寸分の狂いも無い、正真正銘ナオヤだ』
《そりゃそうだが…》
『まあまあ何とかなるって。風呂上がったらさっさと寝ちまえ』
《う~ん…》
ヤケに楽しそうに言い返してくるウィズに、ちょっと疑心を抱いたが…風呂の誘惑には勝てなかった。
着替えが済み、浴室に入る。シエルとセラがおしゃべりしていた。
二人の傍まで寄っていく直哉。ふらふらと歩く直哉を心配して、立ち上がってしまったシエル。
セラの目が妖しげに輝く。
「ナオヤ、だいじょ――」
「あー!手が滑っちゃったぁ!」
わざとらしい言葉と共に、セラはシエルの背中をドンッと押した。
立ち上がったばかりで、バランスが取れて無かったのだ。勢い余って直哉の元へ、よろよろとしながら歩いて
「ふぁっ!」
直哉を押し倒す形に倒れ込み、水(お湯)しぶきが上がる。いつもなら支えてくれる筈の直哉だが、今日は様子が変だ。
シエルは直哉を見た。
頬はあり得ないほど赤く染まり、赤らみは耳まで広がっている。身体は気のせいでは無い程熱くなっていて、シエルが乗ってるからか、呼吸は短くか弱く、荒い。ぐったりしながらもシエルを見つめ返す漆黒の瞳に、シエルは固まった。
「ナオヤ…」
覆い被さっている事など頭から吹っ飛んでるようで、シエルは直哉を見つめ続けた。
当の直哉は…
《シエルがぶつかってきたな》
『あぁ…』
《なんか身体があちー…ふらふらするし、シエルが霞んで良く見えないや》
『…ナオヤ、お前…』
《なぁにー?》
『さっき口直しに飲んだアレ、酒だぞ』
《酒ー?わぁ、どーりで美味い筈だぁ》
『……御愁傷様』
完全に飛んでいた。今の状況すら理解出来ず、最早何をされても完全無抵抗、俗に言う"されるがまま"だ。
シエルの手が伸びてきて、直哉の頬を撫でる。直哉はビクッと震えながらも、されるがままモードに突入した。
《あー、シエルの手かなぁ…びっくりしたけど、ひんやりして気持ちぃー…》
状況は理解出来て無いが、背中から伝わるお湯の暖かさ、シエルから伝わってると思われる温もり、そして頬を撫でる冷たい手の感覚だけは理解出来た。高級マッサージをされてるような感じ…らしい。
不意に直哉が熱い瞼を閉じた。直哉は気分が良くなって目を閉じたのだが、それを見たシエルはまた違う解釈をする。
シエルは物凄く純情だと思われている。誰とでも平等に接し、差別をしない姿から"純愛の女神"なんて呼ばれたりもする位だ。
だが、年頃の女の子でもあるのだ。情報源はメイド(主にセラ)。平等に接するため、メイド達も心を許す。そして、気軽にそんな話題を振るようになったのだ。
そんなメイドの教えの第二章「流れに任せろ」とは、正しく今の状況では無いか、とシエルは考えた。でも、どうやって任せれば良いのか、シエルはいまいち分かって無い。
セラがガン見する視線にも気付かず、シエルは顔を直哉に近付けてく。いつの間にか呼吸も安定していて、まるで眠ってるよう――
「ナオヤ?」
異変に気付いたシエルは、顔を離すと、直哉の頬をむにっと摘まんだ。直哉はぴくりともしない。
この状況で、直哉は夢の世界に飛び立って居たのだ。
「「………」」
シエルとセラは黙り込んだ。直哉は、すやすやと寝息を立てるばかりだ。
そして、自分の状況を改めて認識したシエル。湿った薄い布しか纏っていない身体を、直哉を押し倒す形に押し付けていたのだ。
「っ~~~~!」
声にならない叫び声をあげたシエルは、直哉から飛び退くように離れて脱衣場に猛ダッシュ。その場には熟睡中の直哉と、余りの急展開に付いてくことが不可能なセラが残された。
不意に寝返りを打つ直哉。鼻と口がお湯に浸かった。が、そこから動こうとはしなかった。
慌ててセラは直哉を抱き起こし、脱衣場(男)に引き摺っていった。そして床に寝かせて身体を拭く。
セラはメイドなので、こう言う事には慣れているらしい。慣れた手付きで身体を拭き、不意に手を止めた。
「………」
目線の先には…腰に巻かれた布。確かに慣れてはいるが、相手が直哉となると話は別だ。しかし、このまま放置したら風邪をひいてしまう…。
観念したのか、大きな溜め息を吐くと、布に手を掛けたのだった。
外で真っ赤になったシエルが待っていると、中からセラと直哉が出てきた。
セラは重そうに直哉を引き摺っている。
羞恥からか不安からか、涙目なシエルに直哉の右手を掴ませる。セラは左手を掴み、シエルと向き直る。
「取り敢えず、部屋まで運んであげましょっか」
「そ、そうだね……ナオヤ、どうしたのかなぁ……」
「さぁ?」
とぼけるセラ。直哉の手元に酒入りコップを置いたのは、他でも無いセラなのだ。
直哉を心配するシエルを促し、二人は廊下を歩く。ずるずると言う効果音付きだ。
その光景は、見るものに様々な妄想をさせた。王宮七不思議の一つ「二人の美女に引き摺られる男」は、これが起源だ。
黙々と直哉を引き摺る最中、シエルが質問した。
「……ところで、「流れに任せろ」って言ってたけど…どうすれば良かったの?」
「えーとですね…あのままこうしてああして、極めつけにそうすれば……」
セラの話を聞き、さらに赤面したシエル。だが、新たな知識を身に付ける事が出来た。
戦果は芳しいと自分に言い聞かせ、廊下を歩くペースを上げるシエル。右手に負荷が集中し、ちょっと痛そうな顔をする直哉。
「し、シエル様!バランスが、バランスが悪いです!」
「バランス?…あっ」
ペースアップした事に気付いて無かったらしい。直哉がTを反時計回りに90度回転させたような体勢になっていた。
慌てて元に戻すシエルを見て、セラは大爆笑していた。
「あはははははは!」
「んもぅ、笑わないでよー…」
シエルは恥ずかしそうに縮こまるのだった。
そんな感じで、しばらくセラに弄られるシエル。内容は様々だった。
その度に真っ赤になるシエルを、それをネタに…等々。このままでは埒が明かないと言うところで、直哉の部屋の客室に到着した。
シエルはセラを一睨みすると、ドアを開けて直哉を部屋に引きずり込む。やっとの思いでベッドに寝かせると、シーツを掛けてやった。
泥酔する直哉は何も知らないように、ひたすらすやすや。
そんな直哉の頬を人差し指でつついた。相変わらずぷにぷにですべすべ、とにかく素晴らしい頬だ(シエルの感想)。
名残惜しそうに人差し指を離し、寝てる直哉に
「おやすみ、ナオヤ」
と呟き、部屋を後にした。
部屋の外にいたセラは残念そうな顔をしていたが、気にしない気にしない。
場所は変わって、ガルガント王国。王宮の近くの薄汚れた建物からは、人の気配がする。
中では一人の男が、赤い液体が満たす巨大なガラスの筒に入る"何か"を見つめていた。
そんな男に、部屋に入ってきた女が話し掛ける。
「ロキ様、新たに魔物の開発でもしてるのですか?」
「…サラか。エアレイド王国に送った"レギオン"が消されるとは思って無くてな」
ロキと呼ばれた男は、サラと呼ばれた女と向き直り、苦笑いを溢した。
どうやら、エアレイド王国に"悪"と"人間"を糧に育つ魔物…レギオンを送り込んだ張本人のようだ。
すると、サラが口を開く。
「その件の事ですが…どうやら"レギオン"を消した者は、カンザキナオヤと言う少年のようです」
「ほぅ」
「情報収集を目的として、昆虫型の魔物を送ってたのですが…」
「……何だ」
言い澱むサラに対し、ロキは疑問を含めた視線を送る。
「……何者かに、潰されました、手で」
「は?」
ロキは思わずすっとんきょうな声をあげてしまった。
それもそのはず、"レギオン"より小型な上に魔術迷彩を施したそれは、普通なら存在にすら気付けない筈なのだ。"レギオン"も気付かれにくいが、その比では無い。
気付けるとしたら、よっぽど強力なマナを持つ者位だ。
「それは本当か?」
「えぇ…最後に届いた情報は「ごめんなさい」と謝る女性の声でした」
サラの報告に、ロキは怒りを募らせる。
「ごめんなさい、だと…?この私が作り上げた魔物を潰し、頑張ったね…でも気付いちゃったから潰すね…ごめんなさい、だと?!」
素晴らしく愉快な誤解だが、そんなのを知りもしないロキは
「……ククッ、いいだろう…私の作る魔物達で、貴様を絶望の底に叩き落としてやるぞ、カンザキナオヤ!」
直哉に対して敵意を剥き出す。エアレイド王国の者で、"レギオン"を消し、実際はセフィアだが…偵察特化の魔物まで潰してくれたのだ。腸は煮えすぎて沸騰している。
「ロキ様……」
「どんな惨状を造り出してやろうか…四肢を千切り、首だけにして命乞いでもさせよう。そしたら、躊躇い無く首を切り落としてやるのだ……!」
狂気の博士のようにえげつない直哉殺害計画を立てるロキを、サラは紅潮した顔で見つめた。
こうして、直哉は晴れて"命を狙われる獲物"の称号を得たのだった。
赤い顔でロキを見つめていたサラ。何かを思い出したようにロキに呼び掛ける。
「ロキ様…そう言えば…」
「何だ…?」
「いえ、大した事では無いのですが…」
「勿体振らないで言いたまえ」
「はぁ…まぁ、本題に…"レギオン"を消したカンザキナオヤですが、この世界の人間では無いようです」
「…なんだと?」
「潰された偵察型の魔物が、この事を呟く王女を捉えました」
「…ふむ。それなら、"レギオン"を消した力がある事にも頷けるな」
「はい…だけど、無理だけはしないでください」
ロキの身を気遣うサラ。夫婦のような二人だ。…悪意を抱いて居なければ、だが。
「ククッ…無理はしないよ。だが、エアレイド王国は消す」
「ロキ様…」
「私の計画に、失敗など認められない」
呟くロキの目には、邪悪な光が宿っていた。