第十一輪:脅威(後編)
しっかりしないオチとしか思えないモノになってしまった…。
ちょっとアレな戦闘シーンが7割、ほのぼのが2割、この駄作を見逃してくれる読者様の心が1割です…
…ちょっと樹海に逝って来ます
――朝
それは一日の始まりを告げる神聖なモノ。お日様が世界を暖かく包み込み、鳥は光り輝く世界を唄う。人々は活気付いて、時は動き出す。
そんな朝を迎えた直哉も、素晴らしい一日を迎える……
……筈だった。
「ん……」
目が覚めた直哉。光が瞼を照らし、訳が分からない色を醸し出した。
最初に目についたのは…緑の模様。
《あれ、ここは…》
「あ!目が覚めましたか?ナオヤ」
「ふぁ~…おはよ、シエル」
次に、シエル。
胸らへんが暖かいと思ったら、シエルが枕にしていたのだ。
シエルの頭を撫でてやる。嬉しそうに抱き着いてきた。
…だが、何か様子が変だ。
周りを見渡そうとして、すぐに理由が分かってしまった。
直哉を覗き込む好奇やら悲哀の眼差し。見覚えのある顔が四つ。コラーシュにフィーナ、セラ、そして先生だ。
コラーシュは悲哀の眼差し、フィーナな絶望の眼差し、セラは好奇の眼差し、先生は…死んだ魚のような眼差しを直哉に向けているのだ。
「お、おはようござ…いっ?!」
シエルが勢い良く首に抱き着く。紡ごうとした朝の挨拶は、余儀無く中断された。
咳き込む直哉。悲しいんだか怒ってるんだか分からない表情になるコラーシュ夫妻。満天スマイルでぐっ!と親指を出すセラ。相変わらず死んだ魚のような眼差しを向ける先生。そして、頬を赤らめながら頬擦りをするシエル。
「ナ…ナオヤ…」
コラーシュの怒りを感じさせる、低い声が響く。フィーナは倒れてしまった。
「…あー、なるほど。大丈夫、その、これに故意は無く――」
状況を把握し、必死に自己弁護する直哉。だが、シエルは空気を読まなかった。
「ナオヤは悪くないよ!ただ、優しくしてくれたのが嬉しかったの…」
ちんもくが、ばをせいした。
「…ナオヤ。二人きりで話をしようか」
凍り付いた空気を粉砕したのはコラーシュだった。必死に笑顔を取り繕ってるのだろうが…頬はひきつり、目は笑ってない。
直哉の首を掴むと、引き摺るようにベッドから引っ張り出そうとする。
そんなコラーシュを
「だめぇ!まだ一緒に居たいの、お父様!」
シエルが直哉に抱き着いて止めた。
「止めなさいシエル。お父さんはね、ナオヤと大事なお話をしなければならないのだよ」
「やだ!シエルだって、ナオヤと一緒に居たいの!」
「こら、シエル…いい子にしてないと――」
「酷いよ、お父様…私のお願い、聞いてくれないの…?」
シエルの必殺技(?)涙目上目遣い攻撃。指をくるくるとして、如何にも可愛らしい。
顔が赤いのはご愛嬌だ。
「ごごっ、ごめんよシエル…お父さんが悪かったよ」
狼狽えるコラーシュ。国王から、ただの父親に成り下がった。
「えへへ~」
嬉しそうに笑うシエル。女の子は、やっぱ最強だ。
そんな最強シエルに、直哉はお願い事をした。
「……シエル。俺のガウンを持ってきてくれないかな?風呂に入りたいや」
「あ、それなら私が――」
「はい!分かりました!」
セラの制止も虚しく、シエルは病室を飛び出して行った。直哉がセラを目で制したのもあるが。
そして、シエルが居なくなった病室で
「んじゃ、話しますか…」
渋々語り始める直哉。
シエルが心配になり、病室を訪れた事。見守っていたが、気付いたら寝てた事。シエルが恐怖に震えてた事。直哉が安心させる事を目的として抱き締めた事。そのまま寝てしまった事。
「……シエルの前で、礼拝堂での事を想像させるような事は言えなかったんです」
「ふむ…善き配慮だ」
直哉が本当にシエルを心配していて、特に下心が無い事を聞けて、コラーシュは安堵の色を見せた。いつの間にか起きたフィーナも頷いて見せている。
「まぁ、危険因子は早急に排除した方が良いし…少ししたら、調査に行ってきますね」
「…そうか。決して無理はしないでくれ」
「もちろん。あ、礼拝堂ぶっ壊してもいいですか?あんな血生臭い空間、存在して良いモノじゃない」
直哉の真剣な表情を見て、コラーシュは頷く。
「許可しよう。町人の為にも、その血塗られた礼拝堂を壊してくれ」
「ありがとうございます」
直哉がお礼を言うと同時に、シエルが飛び込んできた。
「ナオヤー!私もお風呂入っていいー?」
ちんもくがしはいした。
シエルの涙目上目遣い攻撃に撃沈したコラーシュが崩れ落ちるのを尻目に、直哉にシエル、そしてセラは病院を後にした。
三人は風呂場に向かっている。
「あ、そうだシエル」
「ほぇ?」
直哉を見上げるシエルに、直哉はポケットの中から、オリハルコン製のブレスレットを取り出す。青い綺麗なブレスレットだ。
それをシエルに渡す。
「無くしたと思ってた…ありがとう、ナオヤ!」
輝く笑顔を直哉に向ける。が、瞳の奥に暗い闇が宿るのを直哉は見逃さなかった。
風呂場に着いた三人は、それぞれ男女別に分かれる。セラが「メイドだから」と直哉の方に行きかけたが、シエルが満天スマイルでセラを止めた。
そして中に引き摺っていく。セラの深緑の目は、荷馬車に乗せられて運ばれる生き物の眼差しを直哉に向けていた。
着替えてる途中、隣の部屋から悲鳴が響き渡ったが、直哉は決して関わろうとはしなかった。
そして浴場に入った。相変わらずの天然材質で、いい気分だ。
そこにシエルとセラが入ってきた。気のせいか、セラが泣いてるように見える。
「ぐすっ…」
「あら、どうしたの?セラ」
「ビクッ!」
…気のせいじゃ無かった。
気まずかったので、取り敢えず浴槽にダイブしとく直哉。ドボン!と言う音と共に、飛沫がシエルとセラに降り注ぐ。
「ふぁぁ!」
「わひゃぁ!」
面白い悲鳴をあげる二人を余所に、直哉は楽しそうに泳いでいる。
「わはははは!」
「もぉ~、ナオヤぁ!」
「ナオヤ様ー!」
二人も浴槽に乱入し、ナオヤにお湯をかけ始めた。
しかし、黙ってされっぱなしな直哉では無い。
「なにおう!とりゃっ!」
「ぷぁ!」
「きゃー!」
黄色い悲鳴では無い、筈だ。
直哉が水属性魔術でお湯を球体にして、二人の頭上に移動させる。そして、魔術を解いた。球体はただのお湯に戻り、二人に降り注ぐ。
もはや浴槽は役割を果たす事は無かった。
楽しいお風呂タイムも終わり、三人は浴場から出た。シエルとセラはガウン、直哉は黒いスウェットだ。
「ナオヤ…ガウンは着ないの?」
いつの間にか敬語を止めたシエルが聞いた。こっちの方が親近感が沸くなぁ…直哉はそう思った。
「あぁ、ちょっと出掛けてくる」
「………」
「大丈夫だよ、すぐに帰ってくる」
「……!」
直哉に思い切り抱き着くシエル。セラは理由を知っていたので、不安そうな顔を向けるのは分かる。が、シエルは分からなかった。まさか…
「……気付いてたのか」
静かに尋ねる直哉に、コクコクと頷くシエル。
「…はは、やっぱシエルは凄いなぁ…」
「………」
黙って擦り寄ってくるシエルを抱き締める直哉。
「すぐ町を歩けるようにしてあげるからな。そしたら、また案内してな?」
「……うん……ちゃんと帰ってきてね?」
「約束するよ、シエル」
そう言うと、シエルの頭を撫でる。
ちょっぴり不安も残ってるみたいだが、分かったとばかりに直哉から離れる。
《…頼むぜ》
『まかしとき』
目を閉じ、礼拝堂をイメージ。次に、礼拝堂に居る自分をイメージ。
不意に目を開き、直哉は二人に微笑み掛ける。
「いってきます」
「「いってらっしゃい」」
そう言うと、目の前から直哉が消えた。
びっくりするセラを余所に、シエルは涙を浮かべる。自分も監禁されてたのだ、そこの異様な臭気は簡単には鼻から離れない事を知っている。
そして、あの異様なまでの雰囲気も。
そんなシエルを見たセラは、そっと抱き締める事しか出来なかった。シエルは微かに震えている。
「シエル様…」
「ナオヤ、大丈夫だよね?帰って来てくれるよね?」
涙声で聞いてくるシエルを、思い切り抱き締めるセラ。
「く…くるひ…」
「あ!ご、ごめんなさいっ!」
慌てて腕を緩めるセラ。緊張感が有るのやら無いのやら…。
《………》
『………』
言葉を失う二人。礼拝堂の庭に降り立った二人は、昨日よりも酷い"何か"を感じた。
《……そういや、昨日の二人は……》
『嫌な予感がしやがるな…』
ウィズの言う通り、嫌な予感が身体中を駆け巡る。
急いで礼拝堂に飛び込む。相変わらずの悪臭が鼻をつく。ウィズに風の壁を形成してもらう。
そして、異変に気付いた。
《……血?しかも、まだ新しい感じだ》
階段の下…昨日男Aを縛り付けた場所辺り…まだ床が濡れている。昨日見た限りでは、床の血は完全に乾いている筈だ。
鮮血は床に真紅の道を作り、入り口正面の部屋まで続いている。
『ただ事じゃねぇな…』
《あぁ……》
『他の部屋も調べてみろ、何か分かるかもしれねェ』
ウィズに言われるがままに、直哉は入り口右、左の部屋を調べた。改めて見ると広かった。だが、異常は見当たらない。
『あとは…二階か』
足を階段に向ける直哉。上まで上り詰めて、言葉を失う。
男B"だった"身体の一部らしい部分を残して、男B"だった"肉体が消えていた。
血だけが一階に滴っている。
『…こりゃァ、人間の成せる業じゃねェ』
《じゃぁ何が…》
『この魔の気配、間違いねェ…魔物だ』
《あ、RPGで出て――》
『そうそれ』
《………で、その魔物は何処にいるんだ?》
『二階に来たら、魔の気配が遠ざかった。一階か、それより下か…だな』
《入り口正面のあの部屋か…無意識に避けてるんだよな、俺》
『しゃーねェさ。俺様だって寄りたくはねェ。だが…』
《行くしかねーな》
決心した直哉。階段を降り、床を踏み締めた時
ヒュッ!
「?!」
不意に入り口正面の部屋から、何か触手のようなモノが飛んできた。咄嗟の判断でそれを回避する直哉。
触手のようなものは直哉が居た場所まで伸び、引っ込んでいった。
『気を付けろ!ここは魔物の射程圏内だ!』
《わーってる!なんなんだありゃ!》
『触手』
《まんまだなオイ!》
そう念じながら、直哉は叫ぶ。
「マテリアライズ!」
すると、直哉の前に刀の柄が出現する。
それを掴み、頭上に掲げる。
「我は望む、邪を切り払う轟雷の輝きを!!来たれ稲妻、妖刀村正ァ!!」
そう叫ぶと、一閃の稲妻が柄に落ち、昨日の妖刀村正が形成される。
ただし、斬ることを目的としたモノだ。ウィズが調節し、切れ味を徹底的に追及したモノである。
形成し終えた途端、奥から触手が飛んできた。しかも、三本。
だが、直哉も黙って見てるだけでは無い。
「おせェ!」
一本目の触手を回避し、水平に一閃。黄色の体液を撒き散らし、触手は床に落ちた。
二本目の触手は回避する前に切り刻む。細切れにされ、ばらばらと床に散る触手。
三本目は不規則に揺れながら近付いてきた。切り裂こうとした瞬間、触手の先端がぱかっと開き、中から目が出てきた。
『?!まずい、避けろ!』
ウィズの指示が飛び、右に転がる。この際血塗られた床なんて気にしてられないのだ。
刹那、直哉が居た場所に向けて、目がレーザーを照射した。黄緑のような白のような、綺麗な光が直撃した床は
「なんだと?!」
粉々に砕け散った。
所謂破壊光線みたいなモノだ。
《クソッ、飛び道具まで持ってやがんのか!》
心の中で悪態をつきながらも、触手を妖刀村正で切り裂く。ビクビクと痙攣していた触手は、やがて動かなくなる。
そして、この世のモノとは思えない悲鳴が直哉の耳に届く。
数十人が一斉に叫んだような声だ…だが、人間のモノだとは思えない。
直哉は正面の部屋に駆け込んだ。血染めの十字架の脇には、真紅のステンドグラスがある。光を紅く染めて床を照らす様は、不吉な何かを感じさせる。
ヒュヒュッ!
不意に触手が飛んできた。だが、慣れたのか直哉は簡単に回避する。そして、切り裂く。黄色い液体をぶちまけて触手は動かなくなる。
そして、触手の出所を探す。切り裂いたのは先端だけで、根元は残ってるのだ。
それは、ステンドグラスの真下に繋がっているようだ。
直哉は妖刀村正を床に突き刺し、腕を両方とも前に突き出してから呪文を読み上げる。
「荒れ狂う稲妻よ、此処に集い、集束せよ」
直哉の両手に稲妻が走り、雷球が出来上がる。そして、破裂音と共に、右手に矢、左手に弓を握った状態になる。もちろん稲妻製の非売品。
「我が御矢は神風、汝に逃れる術は無し!」
矢を弓の弦に引っ掛けて、後ろに引く。稲妻がバチバチと唸りを上げた。
「サンダーアロー!!」
適当に技名を付けて、矢を放つ。王宮で案山子を撃ち抜いた時とは、明らかに桁が違う威力だ。
撃ったと同時に弓が消え、ステンドグラスの真下に突き刺さる。
そして、放電。回りのモノを破壊する稲妻は、十字架もステンドグラスも粉砕した。
極めつけに大爆発。直哉を狙って出てきた触手も、この爆発により消し炭になった。
砂埃がひいた部屋を見渡す直哉。巨大すぎる穴が空いた床の下には…巨大な空洞が広がっていた。しかも、ただ空洞がある訳では無いようで、腐乱臭が襲い掛かって来た。風の壁を形成しているにも関わらずだ。
《………!》
『こりゃァひでェな…』
《一体、何が――》
考えようとしたその時だ。
急に地面が揺れ始め、直哉の居た部屋が崩れ落ちる。妖刀村正を瞬時に引き抜き、何とか体勢を立て直し、床に着地する時のために身構える。
天然の空洞か、人為的に作られたモノか、直哉には分からなかった。穴は深さは20m程はあり、直径10m程の円柱形だ。。何か黒い影が下を覆っているが、はっきりは見えない。
そして、ついに床に着地する。バランスを崩して転んでしまったが、それが幸いしたようだ。
直哉のちょっと上を触手が掠める。凄い勢いで飛んできたため、直撃していたら……ただじゃ済まなかっただろう。
慌てて身体を起こした直哉は、信じられないモノを見た。
――巨大な塊が浮いている。目を凝らしたら、人間"だったモノ"の塊である事が伺えた。
それもとんでもない"量"だ。巨大な穴の半分は塊が占めている。直径5m…それ以上はあるだろう球形を成している。
《にんげ――》
「うわっと!」
塊を構成しているモノは人間"だったモノ"だが、綺麗な肌の状態のモノや、明らかに腐敗しているモノ…さらには、身体の部位が足りないモノまで様々である。よく見ると、男A・Bの残骸・Cも…巨大な塊の一部として仲良く紛れていた。
《動いて――》
「おぉうっ!」
そして、本来なら死んでいる筈の元人間は、苦し気にもがき、呻き声を発している。
直哉が昨日感じた何かは、間違いなくこの塊の存在感だった。
「喋らせろよぉ!」
直哉は逆ギレし、先程から襲い掛かる触手に八つ当たりした。
サイコロステーキサイズにされる触手。
《これ食えるかなぁ》
『諦めろ』
頭を垂れる直哉であったが、巨大な塊のアクションによりそれは中断された。
空中に浮いていた塊が地面に落下し、バウンドする。すると、巨大な塊から肉体が溢れ落ちる。人間の形をしたソレは、むくりと起き上がり…直哉に襲い掛かってきた。
「きめぇ!」
叫びながら肉体に向かう直哉。妖刀村正を両手に構え、肩から脇腹にかけて切り裂く。赤い体液が切り口から噴き出す。
後ろに気配を感じた直哉。すぐに右に回避すると、そこに覆い被さるように肉体が倒れ込んで来た。首と胴体を泣き別れさせる。勢い良く振られた妖刀村正は、肉体の首を吹き飛ばした。
本体に向かう直哉。巨大な塊は空中で漂うように静止している。
水平に、垂直に、斜めに、下から、右から…斬って斬って斬りまくる。謎の力でへばりついていた肉片を切り刻み、床は細切れにされた肉片と、肉片から溢れ出した血で満たされる。
少しずつ肉片は床に落ちていく。が、不意に触手が出てきた。先端が開き、目を露にしている。
慌てて回避する直哉。黄緑のような白のような光線が照射され、後ろの壁を粉砕する。
「おー怖」
『…ナオヤ、気を付けろ…中に"何か"がいる』
「つまり肉体をひっぺがせって事か」
光線を照射した触手を切り落とすと、塊から一気に離れる。
「………」
妖刀村正に集中する。目に見えない何かが流れ込んだそれは黒紫色の波動を放ち、ただならぬ威圧感が押し寄せる。その姿は、正しく妖刀だ。
そして、塊に目をやる。ちょうど直哉に向けて触手を放ったところだった。
そして、直哉は妖刀村正を天に構え
「うぉぉぉぉりゃぁぁぁ!」
叫び声と共に振り下ろした。剣の軌道には黒紫の光の筋が残り、そこからは幾千もの刃雷が生み出される。触手を切り裂き、塊に直撃する。悲痛な悲鳴が鳴り響く。
どうやら肉体の寄せ集めである塊、中心の核と思われる場所に何かがあるらしい。
「中心だけを残せってのも無茶な話だ」
『全くだな』
「ってか、ゲームの必殺技使い放題じゃね?」
『イメージがはっきりしてるからな…ナオヤ、よっぽどゲーム好きだったんだな』
「睡眠の次に好きだったな」
破落戸の時のはともかく、妖刀村正の柄・刀身の形成、雷の矢、そして先程の稲妻。それらはゲームの技を綺麗にコピーしたようなモノだ。余りにもうまく行き過ぎて、調子に乗ったのも事実だった。
「しかし…」
塊を見据える直哉。綺麗に外郭…肉体の塊だけが吹き飛んだらしい。中心部が姿を表した。外側から…網のようなスカスカな膜が全体を包み、透明のゼリーのような膜が中心部で脈打つ黒い塊を包んでいた。
そして…
「…あの数は反則じゃね?」
『やばいかもな』
網の至るところから、触手が噴き出している。外郭をくっ付けていた謎の力は、どうやらこの触手のようだ。
不意に触手が動いたかと思ったら、全ての触手の先端が開く。冷や汗が頬を伝う。
「おいおい!」
ご丁寧に全方向に触手が向いてるので、普通にしたら回避不可能だ。
《何か攻撃を妨げる魔術…!!防御魔術か!》
触手が破壊光線を照射するまでの時間は、先端が開いてから一秒程だ。
が、一秒あれば十分だった。
両手を前に突き出し、叫んだ。
「リフレクト・ソーサリー!」
すると、透明な薄緑色の防御壁のようなモノが直哉の前方を塞ぐ。それと同時に、触手は破壊光線を照射した。
全方向に破壊光線が飛ぶ。直哉にも向かっていて、直哉まで目と鼻の先…と言うところで、鏡に当てた光のように反射した。そして、反射した光線の数本が中心部を、他の光線が周りの壁を直撃する。
穴はさらに深く広くなり、上からは崩れた床や天井、土などが降り注ぐ。太陽の光が穴底を照らした。
先程直哉が切り刻んだ肉片は、今の破壊光線が消し去ったらしい。地面、壁とも綺麗な土が露になっている。
汚ならしいと言えば、目の前の塊だけだ。反射した光線が直撃した場所は、網のような膜が剥がれていて、ゼリーのような物質が露にされていた。中心部の黒い塊もはっきり見える。
《触手がかなり厄介だな》
『はげど』
不意に駆け出した直哉。手には妖刀村正を携えている。
そして、刀の射程圏内に触手が入った。
すると、ひたすら妖刀村正を振り、次々と触手を切り落とす。再生する事は無いらしく、全ての触手を切り落とした。
悲痛な悲鳴をあげるにも、口が無いのだ。先程は外郭が変わりになってくれてたが、今度はそうは行かないようだ。
攻撃手段を失い、ただ漂うだけになった中心部を前に、直哉は思った。
《…なんか、あの黒い塊さ…見てると心が苦しくなってくるんだ》
『どうした急に』
《この礼拝堂、普通の人は入ろうともしない筈だ》
『中があんだけ血塗れならな』
《それでも、ここに住み着く奴らはいるんだよね》
『シエルちゃんを拐った奴らとかな』
《…で、そいつらは外郭にされてる》
『……なるほど……そう言う事か』
直哉が導き出した結論はこうだ。
この礼拝堂に住み着くのは、人を拐ったりするような悪党ばかり。裏通りの、それも奥地にある、人が気味悪がって近付こうともしないところ…悪党にとって最高の隠れ家だ。
そして、この巨大な塊は、そんな悪党どもを肉体の一部にしている。悪党に負の感情が宿るのは普通だ。負の感情が宿るから、悪党になるようなものだ。
そして、そんな悪党…負の感情を貯めた化け物が、この塊。
つまり、この礼拝堂は…言うなれば、この塊の餌場だったのだ。
しかし、こんな化け物が自然に発生するとは思えない。どうにかして、悪意ある者が作り出したのだろう。
魔術が使えるファンタジーな世界だ、あり得ない訳では無い、と言うモノだった。
こんなのが町に出てたら…凄まじい犠牲が出ただろう。
化け物の中心部に目をやる。中心部に渦巻く黒い塊…それがもがき苦しむ人間に見えた直哉は、今からこの塊を…礼拝堂を消し去る事に、ちょっと躊躇いを感じた。
しかし、この危険因子は取り除かねばならない。国には変えられないのだ。
《せめて、一発で逝かせてやろう…》
そして、脳内で過去のゲームの記憶を掘り漁る。なかなか強かった範囲魔法を見つけた。即採用し、呪文を適当に考えて、さらに威力を上乗せする。
目を閉じて集中する。範囲は…礼拝堂全体。威力は…ここを消せるだけのモノ。
「天叢雲の雷よ、神の名に於いて命ず――」
空に巨大な魔方陣が出現する。文字が紫色に輝く魔方陣は、稲妻属性である事を物語っている。礼拝堂全体を包み込む範囲で展開されたソレは、ゆっくりと回転している。
「――彼の者に与え、永久なる裁きの鉄槌を!!」
空に浮かぶ魔方陣が輝き出す。回転する速度も上がり、紫色に輝く円盤が浮いているように見えた。そして、空には稲妻が走り渡る。
直哉は塊を一瞥した。力無くふわふわと浮いてるだけだった。
そして、魔術の名前を告げる。
「アストライア!!」
音として表す事が出来ない程の大音量が鳴り響き、空を貫く極太の稲妻…と言うより、光線のようなモノが礼拝堂に照射された。
その光が触れた場所は音も無く消え去り、直哉の目の前にいる塊も同様に消え去る。
その時、何か笑い声が聞こえた気がした。悪党では無い人…庭の墓に埋まってた人も外郭として使われたようだが、その人が悪党だったとは限らないのだ。きっとその人達の笑い声だろうと思う事にした。
光が消えると、大穴が空いているだけになった礼拝堂跡地があるだけだになった。
ざわざわと人の声がする。流石に目立ちすぎたかな、と苦笑いする。
王宮にテレポートしようと集中し始めた直哉。しかし、視界の隅にあるモノを捉え、それを拾う事にする。
「これは……」
それはお札のようなモノだった。血で文字が書いてあるらしく、少し毒々しい感じがした。
今まで死体を斬りまくってた直哉が言うのもおかしな事である。
良く分からないが、一応持ってこう…それをポケットにしまい、人目につく前に王宮に飛ぶ直哉であった。
次回はまったりにするか、停滞中な戦争を進めるか…気分で決めようと思いますた。
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