第十輪:脅威(前編)
第九輪のあとがき通り礼拝堂を舞台にして、ちょこっとお話を作ってみます。
前編は比較的ほのぼので、タイトルとは不釣り合い。こまけぇこたぁいいんだよ!
コラーシュの部屋に来た直哉は、今日の事を大雑把に話した。
シエルと二人で町に降りた事、着せ替え人形にされた事…は黙っておいた。飲み物を買いに行ったシエルが拐われた事、魔術でシエルの居場所を探った事、そして…血塗られた礼拝堂を見つけたこと。
町の治安に気を遣っていたコラーシュも、裏通りにまでは気を回せて無かったようだ。
フィーナも同感らしい。セラだけは首を傾げている。もともと、セラはコラーシュとフィーナに遣えるメイドだったのだ。基本的には一緒にいるようだ。
そして、直哉は意見を述べる。
「俺には、あの礼拝堂が…何と言うか…ただの礼拝堂だとは思えません。国王も存在を知らない礼拝堂…隠れ家には持ってこいだ。拉致されたのが国王の娘…それを脅しの種にしたら?そして、現在戦争中と言う立場…考えすぎかも知れないけど、疑う価値はあるかと。それに…」
鋭い読みを披露する直哉に感心しながら、直哉が続ける言葉に耳を貸す。
「…裏通り自体暗い雰囲気がしたんですけど、あの礼拝堂は…纏う雰囲気が明らかに違います。悪意と言うか、負の感情と言うべきか…何か不吉なモノを感じました。庭にある墓石は砕かれ、死体は掘り起こされたような状態。礼拝堂内部は血まみれ。この時点で既におかしいと分かりますが」
「………」
「ここ最近、人がいなくなるとか…そう言う事で騒がれてませんか?」
「……私の記憶の内では、耳にした事は無いな」
「そうですか…」
ふーむ、と考え込む直哉を見て、コラーシュも思案する。
裏通りをしっかりと統治していれば、こんな事にはならなかったのだ。まだまだ甘いな、と自分に言い聞かせた。
それに…コラーシュは直哉を一瞥する。
神を宿す少年。嘘か否かは自分の目が証明してきた。稲妻属性の魔術を使い、それは凄まじい破壊力を醸し出す。さらに、神の具現化までやってのけたのだ。
そんな少年が警鐘を鳴らす対象…それに、実の娘が拐われた事実。コラーシュが直哉を信用しない理由は、無い。
「……うむ、早い段階で対処しよう」
「あ、それなんですけど…俺にやらせて貰えませんか?」
「何故だね?」
「さっきも言いましたが、あの雰囲気は普通じゃ無いです。無闇に犠牲を被るのは嫌な性分で」
「……何故そこまで、この国に尽くそうとするのかね?」
「何故と言われても…シエルが、セラが、コラーシュさんやフィーナさんが…この国が大好きだからですよ」
「………」
「借りも返せて無いですしね。俺がシエルを助けたのは偶然かも知れない。けど、無一文な俺をシエルは国に招待してくれて、町民は気軽に話し掛けてくれて、セラは面白い空気を作ってくれて、アリューゼさんは友達になってくれて、コラーシュさんやフィーナさんは俺を暖かく迎え入れてくれた。異世界人の俺にとって、エアレイド王国は母国です。」
「しかし、それではナオヤの命が危ないかも知れない。この国を想ってくれる人に、私は死なれたく無い」
「それは俺も同じです。…でも、あの礼拝堂を放置したら、それこそ犠牲者が増えるばかりだと思うんです。勘ですが」
「………」
「それに――」
直哉は右手を前に出し、ウィズを具現化する。
「俺にはウィズがいます。例え死んだとしても、こいつが黙って死なせはしませんよ」
「あぁ、ナオヤは俺のマブダチだからな…死なせはしねぇよ。ま、俺様がいりゃ死ぬ事なんざねェだろうが」
「頼もしいな、ウィズ」
本当に楽しそうに笑う二人(一人+一匹)を見て、コラーシュは確信する。
出逢いこそ偶然だったが、親しい間柄になるのは運命だったのだ、と。
「……分かった。この件は、ナオヤとウィズ…君達に任せる」
「おまかせあれ!」
「がってん承知でぃ!」
国民の安全の為にも、二人に任せよう。コラーシュは決心した。
「あ、コラーシュさん」
「どうした?何か分からない事があれば、何でも聞いてくれ」
不意に直哉が話し掛けて来た。自分も出来る限りの協力をしようと思ってたコラーシュは、出来る限りの知恵を与える事にした。
「この世界の国について教えてください。どこと戦争してるのかも知らなくて」
「そう言えば、基礎知識を教えてなかったな」
すっかり忘れていた事に、コラーシュは笑ってしまった。
「まず、この世界だ。エレンシアと呼ばれていて――」
――エレンシア
五つの王国と多くの小国から成り立つ。王国はサイコロの五の目のように分布している。
左上がご存じエアレイド王国、右上がアラストル王国、真ん中がセンティスト王国、右下がシヴ王国、そして左下がガルガント王国だ。
エアレイド王国と戦争中なのがガルガント王国である。
センティスト王国はエアレイド王国とガルガント王国の両方と同盟を結び、エアレイド王国の補助をするべきか、ガルガント王国の補助をするべきか…つまり、動くに動けない状態なのだ。
エアレイド王国やガルガント王国とは対角線上の国…アラストル王国にシヴ王国は、手出しすらしないようだ。
つまり、エアレイド王国とガルガント王国だけの戦争と言う訳だ。
「あとは……如何にこの戦争を終わらすかに限るのだが……」
「早く終わるといいですね…」
素直に頷く直哉だった。
コラーシュに説明し終えた直哉は、セラに案内してもらい、病院のベッドに寝かせてるシエルの元へ向かう。
直哉の表情は硬かった。自分がいながら、シエルに危険な目に合わせてしまったと思っているからだ。
先程の話の内容こそ理解出来なかったが、直哉の考えてる事は手に取るように理解出来た。
「ナオヤ様」
「……ん」
「余り自分を責めちゃダメですよ」
「………」
「ナオヤ様が居なかったら、こんなに軽い被害で収まらなかったと思います」
「そっか……ありがとうセラ、ちょっぴり楽になれたよ」
自分が居なきゃ、シエルは町に出なかったのでは…と反論出来たが、素直にセラの励ましを頂戴する事にした直哉。
セラの頭を撫でてやる直哉。青い髪はふわふわで、撫で心地抜群だ。ちょっぴり頬を染め、目を細めるセラを見ていると、気持ちが…責任が和らいだ気がした。
そんな事をしていると、あっという間に病院に着いた。
セラにお礼を言うと、病院に入って行く直哉。
テンプレな病院とは違い、薬草のような匂いはしない。天井は白を基準とし、緑色で模様が描いてある。清楚な感じで、心が安らぐ。
緑には見るものをリラックスさせる効果があるっけな…と呟きつつ、シエルを看てくれた先生の元へ向かう。
「先生」
「ん?……君は、先程の」
「えぇ。先程はお世話になりました」
「いやいや、大事に至らなくて良かったよ。ところで、どうしたんだい?」
「シエルが心配で…問題が無ければ、傍に居させて貰えませんか?」
先生は直哉の目を見る。何故シエルが倒れたのかは、直哉の目の奥に映る罪悪感が物語っていたので、敢えて聞かなかった。
「ふむ……分かった。間に合わせですまないが、この椅子を使ってくれ」
そう言うと、先生は診察台の下から椅子を引っ張り出した。
「ありがとうございます」
「病室では静かにな。起こしちゃダメだぞ」
「分かりました」
ぺこり、と一礼する直哉。椅子を持ちシエルの眠るベッドに向かう。カーテンが閉めてある。
僅かにカーテンを開き、中に入る。天使のような寝顔のシエルを見て、優しく微笑む。
椅子を床に置く。そして、座る。今日一日はここで過ごすつもりだ。
シエルの頬を撫でる。白雪のような、だけど優しい温もりを宿した肌は、とてもすべすべで柔らかい。
「シエル……」
直哉はシエルを見つめ、呟く。その眼差しには、申し訳無さが見てとれた。
時間だけが過ぎる中、いつの間にか眠ってしまう直哉。
先生が様子を見に来て、直哉が眠ってる事に気付いた。毛布を診察台から取り出し、直哉に掛けてやる。
そして、病室の角に置かれている机の上に食事を置き、白い紙を被せる。直哉が夕食を食べに来ない事から察したセラが、病院に食事を届けてくれたようだ。病室でも簡単に食べれるように、パンに具を挟んだ簡易なモノだった。
それらを終えた先生は自分のベッドに向かう。いつ急患が来ても大丈夫なように、病院に寝泊まりしているのだ。
ベッドに潜り込み、直哉について考える。
黒髪に漆黒の瞳、全身黒尽くしの姿は、訓練で傷を負った兵士が治療中に呟く"雷神"と酷似している。訓練用の案山子を跡形も無く消し去ったとか。
その"雷神"でさえ、シエルが倒れるのを止めれなかった。疲労で倒れたのならいいが、他の理由なら……。
詳しくは聞かなかったので分からないが、多分後者だろう。直哉の目を見たら頷ける。
ふぅ、と溜め息を吐き、目を閉じる。そして
「この国の将来は、どうなるのだろう」
誰にと言うわけでも無く呟くのだった。
「う………ん」
真夜中になって、シエルは目覚めた。見上げる天井には緑の模様がうっすらと見える。上半身を起こし、病室に居ることをすぐに理解した。
そして、なぜ病室で寝てたのか…昼間の出来事を思い出す。
直哉と町に降りて、着せ替え人形にして、飲み物を買いに行って…そのまま拐われて……気付いたら真っ暗な部屋で………怖くて、直哉に助けを求めて…………そこからの記憶が無い。
身体が震えている。思い出したら、とても怖かったのだろう。
頭をぶんぶんと振る。嫌な気持ちが支配しそうになるのを振り払った。
頭を振ってる時、視界の右側に黒いモノが映った。視線を向けると、ベッドに突っ伏した直哉の頭である事が分かった。
直哉の頭を優しく撫でるシエル。きっと、暗い部屋から助け出してくれたのだろう。そして、自分を心配してベッドにまで付き添ってくれたのだ。
不意にぴくりと直哉が動く。そして、頭を持ち上げる。起きたようだ。
「おはようございます、ナオヤ」
「……シエル?」
寝惚けて回転が遅い脳が、少しずつ覚醒する。
「良かった、目が覚めたんだな…」
「ナオヤのお陰です。助けてくれて、ありがとうございます」
直哉に向けて軽くお辞儀する。直哉は照れたように頭を掻く。
――そして、シエルが震えている事に気付いた。昼間の出来事を思い出してしまったのだろう。
それを見た直哉は――
「ふぁっ、ナオヤ?!」
――ベッドに乗り、シエルの隣に寝転んだ。
すっとんきょうな声をあげながらも、シエルは拒否しようとはしない。幸いにも(?)ベッドは大型であった。
そして、直哉は言った。
「震えてるシエルを見て、何だかほっとけなくて。今日はずっと傍にいてやるから」
直哉に言われて、自分がまだ震えてる事に気付いた。さっき頭から振り払った筈だが、身体はそうはいかないらしい。
振り払った恐怖が戻ってきた、いや、取り戻した。しかし、傍には直哉がいる。
寝転んだ直哉に抱き付くシエル。取り戻した恐怖を、直哉に中和してもらう。
「ナオヤ…怖かった…」
「助けるのが遅れてすまなかった」
「ううん…私、ナオヤが来てくれると思ってた」
「シエル…」
震えてる身体を直哉に押し付ける。直哉は両手でしっかりと抱き締めてくれた。背中をぽんぽんとたたくのだが、これが不思議なくらい安心するのだ。
震えが収まってくのを感じた。独りでは耐え難い恐怖も、直哉は中和…と言うより、さらに還元してしまう。
「ナオヤ…」
恐怖が消え去り、シエルを安堵が満たす。ほっとしたからなのか、シエルは目がとろんっとしている。とても眠そうだ。
「今日はゆっくりお休み。疲れてるんだから、しっかり眠っておこうね」
直哉が言うと、シエルはこくんっと頷き――
「………」
――直哉の胸板を枕にして眠ってしまった。
ただでさえ鼓動が早いのに、聞かれてしまったら…と焦るが、シエルの寝顔を見てたら杞憂に終わった。
静かな微笑みを浮かべながら眠るシエル。とても幸せそうだ。
そして、そんなシエルを救えたのだ…直哉の中の罪悪感も、シエルの抱いてた恐怖のように消え去った。
シエルの頭を愛しそうに抱き締める。そして、シエルにお礼の言葉を述べた。
「ありがとう、シエル」
シエルが僅かに微笑んだ気がした。
「………」
シエルも眠った事だし、自分も寝ておこう…そう思った直哉だが…
「眠れねェ」
…眠れないのだった。
思春期の男の子が可愛い女の子にしがみつかれてるのだ。当たり前と言っちゃ当たり前だ。
かと言って動ける訳でも無く、幸せなような不幸なような…不思議な感じだ。
結局は眠ってしまうのだが、遅寝により遅起きになってしまう。
夢に誘われる直哉は、朝に起きる事態など想像すら出来なかった…。