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連夜と夜一  作者: anemone
9/20

狗神 1

このお話はフィクションです。式神を作る事は出来ません。動物虐待は犯罪です。



草木も眠る丑三つ刻。

誰も居ない大和貝紫にある和菓子屋、阿波座屋の戸口の閉まった店入口前でざくざくと土を掘る音だけがしていた。


黒頭巾を被り、顔を隠している男はふう、と息を吐き一息つくとヒタヒタと忍ばせた足音がし同じく黒頭巾で顔を隠した随分恰幅の良い男がもう一人やって来た。


「どうだ?」

「言いつけ通りに。誰にも見られていません」

ヒソヒソと話し、後から来た男は手に抱えているかめの中を見て確認すると、慎重に掘った穴の中に置き今度は静かに土を被せた。


消していた提灯に火を入れ埋めた後を確認し、掘り返したのがわからないよう二人で足で踏みならしては確認し、満足すると顔を上げた。


「ご苦労だった、蔵の方の始末も頼んだぞ。誰かに喋ったら命はないからな」

「承知しております」

頭を下げると差し出された小判を受取り懐に入れた。


「また御用があれば申し付け下さい」

小判を渡した男は頭を下げる男に踵を返すと早々に立ち去り、大通りに出ると菓子司(かしつかさ)風香堂と書かれた大きな看板の店の裏口でキョロキョロと見回し、誰も居ないのを確認すると音をたてないようそっと忍び入る。


黒頭巾を取り井戸で顔や手を入念に洗い、懐から懐紙に包んだ塩を取り出すと口を濯ぎ残った塩を身体に振ると提灯を消し漸く家へと入った。


使用人や家人に気づかれないよう、静かに自分の書斎へ入ると徳利を手に座り、湯呑みに注いだ酒を一気にあおるとふう、と大きな溜め息を漏らした。


「やっと終わった‥‥、くそっ!阿波座屋め‥!彼奴のせいでわしがこんな事‥っ、忌々しいっ!しかしそれも今夜で終いだ。見てろ、阿波座屋、明日からはもう調子にのらせんからな‥‥っ!」


くくく、と風香堂主人の男は声を押し殺して笑った。



◆◆◆◆


数日前_____


大和貝紫の大通りにある老舗の和菓子阿波座屋は可愛らしい動物(けもの)を形作ったお饅頭と、上品で風味の良い抹茶の餡子の新商品が人気となり今日もお客で賑わっていた。


特に細部まで愛らしく意匠を凝らした動物(けもの)饅頭は女性や子供の受けが良く、お饅頭にしては高い値段であるにも関わらずお土産として渡すととても喜ばれ瞬く間に人気商品となった。


「良かった、今日は買えたわ。前は遅くて売り切れだったのよ」

「うちの人も甘い物はあまり好きじゃないけど、ここの抹茶餡は美味しいと言って食べるの」


嬉しそうに包を抱えて阿波座屋から出てくる客を、少し離れた通りから睨むように見つめていた風香堂は忌々し気に鼻を鳴らすと踵を返した。


「ったく忌々しい、たまたま当たったからと良い気になりおって____」

風香堂はぶつぶつと言いながら通りを歩き角にある立派な料亭へと入った。


「御免ください」

「いらっしゃいませ、風香堂様。お連れ様はもうお通ししております。どうぞご案内致します」


もう来ているのか、ちっ。

料亭の女将に頭を下げつつ内心舌を打つが、顔には出さず後をついて歩いた。


「こちらでございます」

階段をのぼり案内された部屋に入ると狩衣に袴、頭には烏帽子を被った若い陰陽師が奥の上席に座っていた。


「遅くなり申し訳御座いません」

「いえ、私の方が早く参りましたのでお気になさらないでください」

二人が挨拶を交わしている間に女将は襖を閉めた。


「私のような若輩者が都でも有名な料亭で食事を頂ける等、このように招かれでもしませんと機会がありません。楽しみで早く参り過ぎてしまいました」

陰陽師は少し照れ臭さそうに言い、風香堂は和かに笑った。


「その様に仰って頂けるのでしたらお招きした甲斐があるというものです。私の風香堂は陰陽寮(おんようりょう)の方々には大変お世話になっております。陰陽寮に御推薦頂きましたお陰で菓子司を掲げる事が出来るというものです。ささ、固い挨拶はこの辺に致しまして」


風香堂がぱんぱん、と手を叩くと示し合わせたように襖が開き女中がお酒と料理を運んできた。



風香堂は中務省なかのまつりごとのつかさ陰陽寮の推薦で帝や朝廷に菓子を献上しており、そのお陰で堂々と献上している証である【菓子司】を看板に掲げている。

菓子司の宣伝効果は絶大で勝手に客が来る上、帝のお墨付である証ともいえた。



結紀(ゆうき)様どうぞ、冷やといえば温めていないお酒の事ですが、この店は冷たく冷やしたお酒が頂けるのです」

陰陽師の結紀は置かれた透き通った淡い水色のお猪口を手に珍し気に眺めた。


「これは‥‥びいどろ(ガラス)ですか。美しいものですね」


ふん、貴様のような下っ端役人など本来この店の敷居を跨ぐことすら出来んのだぞ。


とはいえ、面倒でも大切な接待の席で今日はこの歳若い結紀が陰陽寮に配属された祝いの席だ。こうして接待し顔を繋ぐのは大切な仕事である。風香堂は内心罵倒しつつも和かな笑顔でお酒をお酌した。



「陰陽寮に配属されるなど、結紀様はお若いのに優秀で御座いますな。式神もお待ちなのですか?」

和やかな雰囲気で食事はすすみ、風香堂は何気なく話題にしたが結紀は手にしていたお猪口を置き顔を曇らせた。


その様子に風香堂は不味い事を聞いたか、と慌てた。


「これは不躾な事を申し、申し訳御座いません。式神の事は大切な機密に関しますので私のような者においそれと話す訳にはまいりません、大変失礼致しました。ほんの興味本位でお伺いしました。どうかご容赦を」

「いえ、構いません。私は式神を持っていませんから」

「___左様でございましたか」


結紀は伏せていた目を上げ風香堂を見て僅か姿勢を正した。


「今日はその辺りのお話をしたいと思っていました。風香堂さん、私は式神を得たいと思っております。手を組みませんか?」

「あの、一体どういうお話しでしょう?」

風香堂が怪訝そうに聞くと結紀は片眉を上げ、それまでの品の良さそうな雰囲気からガラリと変わり笑った。


「今都で一番と噂されている和菓子屋は何処かご存知ですか?残念ながら風香堂さんではありません」

結紀の小馬鹿にしたような言い方に風香堂はかっと顔が赤くなった。


若造が‥!!

怒鳴りそうになるのを堪え、風香堂は表情を見られないよう俯いた。


「阿波座屋の新商品で御座いましょう。実はあのけもの饅頭はうちの考案した新商品でしたが、絵師に意匠を依頼し検討している最中に盗まれ先に売り出されてしまったのです‥‥!」

「それは本当ですか?何故訴えないのですか?」


嘘だから、とは全く態度に出さず風香堂は悔しそうな顔を上げた。


「訴えようにも証拠がありません。それに使用人に裏切られた等うちの恥でもあります。私にも菓子司を掲げている誇りがあります。そんな恥を広める様な、勝てるかどうかもわからない訴訟をするくらいならと今回は泣き寝入りを決めました」


「そうでしたか___でも悔しくてありませんか?

このまま阿波座屋が評判になり続けると、阿波座屋に菓子献上の話が参りましょう」


「な‥‥っ!?それは本当ですかっ?!」

風香堂が思わず身を乗り出すと、結紀はええ、と頷いた。


「まだ決定ではありませんが、あそこの抹茶餡を気に入っている方が多いのです」

「そんな‥‥っ!結紀様、抹茶餡ならうちも今研究しております、今暫くお待ち頂けましたら必ず阿波座屋よりも美味しいものを献上致しますっ!価格も半値とさせて頂きますのでどうか‥っ!」


風香堂はなりふり構わず手を付き土下座をし懇願した。


「残念ながら私のような下っ端の若造には何の権限もないのです」


風香堂の心の内を見透かしたような言い方に思わず顔を上げると結紀はにこりと笑い、風香堂はもう繕いもせず真っ赤な顔でギリギリと歯を噛み締め結紀を睨み付けた。


「落ち着いて下さい。風香堂さんの菓子司としての地位は安泰。阿波座屋の評判を落とし、私も式神を得る良い案があるのです。如何です?」


「‥‥話しをお伺いしましょう」

落ち着かせる為に風香堂は酒を飲み干し息を吐くと言い、二人は声を顰めひそひそと密談を始めた。


◆◆◆◆


陰陽師結紀との密談を終えた翌日風香堂は使用人に言い、犬を一匹手に入れると縄で縛り何処かへ連れて行った。


家から離れた場所に蔵を一つ借り、繋いだ犬に向かってよくも儂に恥をかかせたな!阿波座屋め!今にみておれ!その生意気な顔泣きっ面に変えてやるわっ!と怨みを吐き出しながら棒で犬をしこたま打ちつけた。


散々殴り弱った犬を掘った穴に首だけ出した状態で埋め、届かない先の位置に水と餌の肉の入った皿を置き、蔵を閉めるとその日は帰って行った。


犬を打ち付け虐げるという行為をはじめは少なからず躊躇していた風香堂であったが、いざやってみると生意気な阿波座屋への怨嗟をぶつけながら代わりに殴るのは存外すっきりとした。いや、むしろ楽しくなりやり過ぎてしまった。


翌日再び蔵へと訪れた風香堂は犬の様子を見てギョッとした。


手足も埋められている犬は殴られた傷から辺りに血を撒き散らし、逃げようと相当暴れたようで、顔は乾いた血と土まみれで首は異様に伸び、餌と水を求める舌はその口から更に伸び垂れ下がっている。


はっ、はっ、と弱い息をしながらも風香堂が近寄るとぐるる、と小さな唸り声を上げた。


「‥‥まだ死んでおらんか。可哀想に、死んでいた方が楽だろうにな。ま、死なれていたら儂が困るのだ。また犬を用意してやり直す面倒が増える」


風香堂は言いながら暴れて盛り上がり、散乱している犬の周りの土を歩きながら踏み固めた。


「怨むなら阿波座屋を怨め。儂より長く店をやってるからと大きな顔しよって!調子に乗るなぁ‥っ!」

風香堂が殴ると犬はぐったりとし、死んだか?思い覗くと犬は突然首を上げ風香堂に咬みつこうとし、間一髪でのけぞるとそのまま足で蹴った。


「はぁ、はぁ、油断も隙もない‥‥まだまだ持つな」

風香堂は息を整えるともう一度足で犬を蹴り、蔵を出て行った。


三日目に訪れるとまだ暴れていたようでこんなに伸びるものか、と驚くほど首が伸びた犬はもう風香堂に反応せず、その伸びた首と舌をだらりと横たえるだけだった。


四日目に訪れた風香堂は犬の様子を気味悪く思いながら、もう首を落とすかどうか悩んだ。

結紀が言うには散々虐げ餓死寸前に追込み怨みを強く持たないと狗神にならないという。


慎重に犬の様子を見、悩んだ風香堂はええい明日だ、明日の晩に首を落とす、と決め新しい水と餌に変えると

「喉が乾いて堪らんだろう。ほれ、新しい水と餌を用意してやったから食べると良い」

犬の耳元で囁くが犬は全く反応せず、風香堂はつまらん、と吐き捨てると帰って行った。


五日目の深夜、蔵を訪れた風香堂はまだ微かに生きている犬を見て安堵した。

「さも首を落としてくれと言わんばかりに伸びておるから落とし易いわ」


持ってきたなたで犬の首を落とすとかめに入れ、背負子に背負い阿波座屋の店先に首を埋める為蔵を出て行った。



◆◆◆◆



いつもより遅く目を覚ました風香堂は昨夜を思い出し、やるべき事はした、もう蔵へ通わなくて良いのだと思うととてもスッキリとした目覚めになった。


面倒であったが犬を罵倒しながら打ち付けるのは案外良い発散になったな、くくっ、と笑いが漏れたがふと阿波座屋の様子が気になった。


首を埋めたのがわからぬよう念入りに土もならしたが何か異変を感じられていたら___

万が一にもあの首が見つかりでもしていたら不味い。様子を見に行きたいがせめて二、三日待たなくては、と自分に強く言い聞かせた。




犬の首を埋めて二日目の昼過ぎ、風香堂は我慢出来ず買い物に出るふりをし阿波座屋がある通りへと行った。


おや___


風香堂は少し離れた物陰から阿波座屋を見た。

丁度年配の女性が明らかに阿波座屋へと入ろうとしていたが、立ち止まると急に向きを変え立ち去ったのだ。


おおっ!!効き目が出てるじゃないか‥っ!

風香堂はにやける顔を抑え、阿波座屋の前を通り過ぎ中をちらりと見た。

あれ程賑わっていたのに客は一人しか居なかった。


何をやっている、客が居るではないか!役立たずめ!風香堂は丁度首を埋めた辺りを強く踏み締め心の中で悪態をつき通り過ぎた。


まあ良い、これから阿波座屋はどんどん客が離れるのだ。その隙に抹茶餡を完成させるよう急がせねば。いや、待てよ____阿波座屋は客が離れ、やがて潰れるだけだ。その後阿波座屋の職人をうちで雇って作らせれば良いのではないか?!


店が潰れて行き場を無くした職人を拾ってやるのだ、それくらいの手土産を貰うのは当然だ。

職人も抹茶餡も客も、阿波座屋から全て奪ってやる‥‥!


風香堂はくふっ、くははっ、と堪える事が出来ず笑いを漏らしながら家へと帰って行った。



何も知らない都の人々が、往来である通りに埋められた犬の頭を踏みしめる度怨念は強くなり、阿波座屋の前まで来た客は皆嫌な気持ちになったり用を思い出したりして引き返して行く。


そして十日も経つ頃には阿波座屋を訪れるお客は居なくなってしまった。



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