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連夜と夜一  作者: anemone
8/20

山の主 2



「着いたでち」

「‥わぁ‥っ!」

桃の実がなっている木を見上げ雪乃は思わず声を上げた。一本だけ、立派な美味しそうな大きな桃がいくつもなっている。


木に近寄りそっと桃色に染まった実に手を伸ばすと甘い香りと手の産毛の感触に、雪乃は嬉しくてそのまま実をもぎ取ろうとした時連夜に止められた。


「駄目でち!」

「えっ?!」

雪乃は思わず手を引き戸惑いながら連夜を見た。


「桃が痛むから駄目でち!」

連夜は言うと背負子から鋏を取り出し木に登ると雪乃が手を伸ばしていた桃の根本をちょんと切り、雪乃の手にのせた。


「これが欲しいでち?」

「あ、ありがとう‥‥!」

雪乃は手の中の大きな桃の重さに、桃を手に入れる事が出来て涙が溢れた。


雪乃が桃を手に感極まっている間に連夜は器用に枝を動き、なっている桃を次々と収穫し終わった時には背負子がいっぱいになっていた。


「はいでち」

連夜は背負子から桃を一抱え取り出し雪乃に差し出し雪乃は戸惑った。


「え‥‥?」

「雪乃のでち」

連夜は構わず雪乃の背負子に桃を入れた。


「でも、私一つだけ下さいってお願いしたから___」

「一つじゃ雪乃の分がないでち。かか様といっぱい食べるでち」

「こんなに沢山貰って良いの?」

「良いでち。オオカミババがくれたでち」

「ありがとう‥‥!」

「じじ様待ってるでち。帰るでち」

「うん!」

お母さんに桃を食べさせてあげられる!喜んでくれるかな?雪乃は嬉しくて笑顔で連夜と歩いた。




「そんなに沢山梅干し作るの?!」

「そうでち。梅干しだけじゃないでち。梅酒も作るでち。沢山ヘソ取るでち」

帰り道話しをしていた雪乃は大量の梅干しを作ると聞いて驚いた。


まだ父親が居た頃、雪乃も梅干し作りを手伝った事があり、梅を一つづつ丁寧に拭いて竹串で梅のヘソを取ったのを思い出す。

大量となるとかなりの手間になる筈だ。


「連夜ちゃん、それなら私にもお手伝い出来るわ。次梅干しを作る時、私お手伝いする。連夜ちゃんにお礼がしたいの」

「手伝ってくれるでち?」

「うん!」

「嘘でち。来ないでち。雪乃も忘れるでち」

「忘れたりしない、必ず手伝う、約束!」

あっさり否定された雪乃は小指を突き出し、連夜は小首を傾げた。


「?」

「連夜ちゃん指切りしよう。大切な約束をする時にするの。連夜ちゃんも指出して」

「こうでち?」

雪乃は連夜の出した広げただけの手の多分小指になるだろう一番端の指に自分の小指を絡めた。


「指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます!指切った!」

雪乃は歌うと指を離し連夜は益々首を傾げる。


「針飲むでち?」

「約束破ったら飲まなきゃいけないのよ」

「駄目でち、痛いでち!」

「うん、だから約束守るの。連夜ちゃん、梅干し作る時は必ず教えてね、お手伝いに行くから。

でないと私、針を千本も飲まなきゃいけないの」

「わかったでち、呼ぶでち!」

二人はふふふ、と顔を見合わせ笑った。



◆◆◆◆


「じじ様ただいまでち!」

「お帰り。桃は手に入ったようだな」

「はいでち!」

「はい、ありがとうございます!」

狢庵に戻り、雪乃はお礼を言い初めて入った狢庵の部屋を見て驚いた。


百味箪笥が天井まで届き見た事もない道具や薬瓶が並んでおり、雪乃が薬を買った町の薬問屋と比べものにならない程立派だ。

 

「じじ様、雪乃と行くでち」

「‥‥なに?お前に来いと言ったのか?」

それまで笑顔で迎えてくれた夜一が、明らか不機嫌声になり雪乃はびくりと顔を上げられなくなった。


「違うでち。わちとじじ様ずっと一緒でち。雪乃もかか様一緒でち。かか様元気するでち。じじ様のおにぎり雪乃送るでち」

連夜は懸命に話し、夜一は片眉をあげ聞いていた。


「‥‥んー‥、あー、そういう事か。お前が雪乃の母ちゃんを治してやりてぇんだな?」

「はいでち!わちとじじ様一緒でち!雪乃もかか様一緒でち!雪乃のかか様元気なるでち!」


「わかったわかった。雪乃を送ってやる。連夜準備しな。雪乃、怖がらせたな。上がって少し待ってくれ」

「上がるでち」

「は、はい」


雪乃は夜一から上がれと言われ、ほっとした。

夜一は立ち上がり部屋から出て行ったが、雪乃は立派な部屋に恐縮して上がらず、沓脱石のある上り口に腰を降ろし緊張したまま座っていた。



「雪乃、母ちゃんの具合はどんなだ?」

風呂敷を手に戻った夜一に聞かれ雪乃は少し緊張しながら答えた。


「は、はい、三月前に風邪をひいて‥段々と食べられなくなって起きると熱が上がります」

「悪循環だな。食えなくて余計弱ってんだろう。連夜、薬は何を揃えた」

「熱さましとこんこん止め、三色蓮華の蜂蜜でち」

「それだけありゃ充分だ。行くか」

「あ、あのっ!!」

話しを聞いていた雪乃は立ち上がり声を上げた。


「どうした?」

「あの、ごめんなさい‥!連夜ちゃんのお薬、きっとお母さんにきくと思います。でもお薬代を持っていません‥!」

「そうか」


「じじ様、雪乃手伝うでち。梅干し手伝ってくれるでち。約束したでち!」

「違います、お手伝いは連夜ちゃんが桃を貰うのを手伝ってくれたお礼でお薬は___」


「わかった。薬代はそうだな、わしと一つ約束してくれ。わしらから薬を貰った事は誰にも言うな。わしは神さんじゃねぇからな、気が向かねえ時はいくら頼まれても手は貸さねぇ。だからいらん怨みを買いたくなきゃわし等の事は決して他人に話すな。約束出来るか?」

「はい」


「わし等妖との約束は破った時恐ろしいぞ」

「はい、誰にも話しません」

「約束だ。じゃあ遅くならねぇうちに行くぞ」

夜一が言うと二人は返事をし、各々荷物の入った背負子を背負った。


「雪乃の家はお前が居た山の麓の村か?」

「はい、大杉がある大杉村の東にある家です」

雪乃が答えると夜一は煙管から煙を吐き出し、煙に包まれ消えると雪乃は自分の家の前に居た。


辺りは紅く染まり大禍時になっており、驚き見渡していた雪乃は朝から母親を放置している事に気付き慌てて家に駆け込んだ。


「____お母さん‥‥っ!お母さんっ!」

雪乃が母親に駆け寄ると、母親はいつもより高い熱を出しているようで額に汗をかき寝ていた。


「お母さんごめんなさいっ、遅くなってごめんなさい‥っ」

「邪魔するぞ___落ち着け、大丈夫だ」

「お祖父様‥‥、お母さんが‥」

「薬飲ませるでち」

雪乃は連夜に渡された赤い薬の包を開けると、中に丸薬が一つ入っており母親を揺り起こした。


「お母さん、起きてこの薬を飲んで、お母さん!」

「‥‥雪乃‥遅かったね‥心配したのよ」

「ごめんなさい、お母さん、お薬貰ったの、お願い飲んで‥!」

雪乃の泣きそうな顔に母親は差し出された薬を言われるまま飲み込んだ。


「すぐ下がるでち」

「雪乃、来い」

「は、はい」


「桃の皮を剥いてな、種を取り出したら実を潰すんだ。熱がある時はこうすると食いやすい」

夜一は小刀で桃の皮を剥き種を取り出すとざくざくと切り、椀に入れ木匙で更に潰した。


「この蜂蜜は身体を丈夫にする、お前も桃にかけて食べろ。美味いしな。この匙に日に一杯だ」

連夜は蜂蜜の入った小さな壺を渡し、夜一は潰した桃に蜂蜜をかけると雪乃に渡した。


「お前が苦労して手に入れた桃だ、母ちゃんに食わせてやりな」

「は、はいっ!」

雪乃は椀を手に母親の枕元に戻ると声をかけた。


「お母さん、桃よ、食べて」

「‥桃‥‥?」

雪乃は匙で掬った桃を母親の口に入れると、母親は驚きながらも美味しい、と涙を浮かべた。


「懐かしい味だわ‥、でも‥‥こんな美味しい桃、初めて‥‥、雪乃、桃なんて一体どうやって____う‥、く、苦しい‥‥っ」

「お、お母さん?!」

桃を一口食べた母親は何故か胸を抑えて苦しみ出した。


「‥ん?こりゃあ‥‥」

「お母さん、大丈夫?!しっかりして‥、お母さんっ!」

「雪乃、代われ」

「は、はい」

様子を見ていた夜一は母親の背をさする雪乃に言い、母親の身体を支え下を向かせた。


「連夜いくぞ、逃がすな」

「はいでち!」

連夜が頷くと夜一は母親の背をとん、と叩いた。


「‥キギっ、」

途端に母親の口から小さな灰色の肌をした小鬼が吐き出された。


「_____えっ‥?!」

ぺしゃ、と畳の上に現れた途端小鬼は猫程の大きさになり、素早く立ちあがると飛んだ。

雪乃が驚いているとごうっと音がし、見ると連夜が火の玉を吐き出していた。


「ギギィッ!!!」

連夜の火の玉は逃げた小鬼に直撃し、小鬼は苦しげな鳴き声を上げながら炎に焼かれ黒い燃え滓のような煙になり消えた。


「やっつけたでち!」

「よくやった」

「何‥今の‥お母さんの口から出て来たの‥‥?___お母さん、大丈夫?!」


「‥‥どうしたのかしら‥?とてもすっきりして‥‥あ、貴方様は‥?!」

「わしは夜一だ。もう苦しくねぇな?」

「は、はい‥、」


自分を支える夜一に母親は驚き戸惑うが、自分を呼ぶ雪乃の声に我にかえると慌てて駆け寄る雪乃を抱きしめた。


「大丈夫?!お母さん」

「え、ええ、一体何が____」

「お前さんの口から出てきたのは行疫神だ」

「ぎょう‥やくじん?」

「疫病神でち。悪い奴でち」

とてとてと歩いて来た連夜が言い雪乃の母親は益々驚いた。


「お前さん、行疫神に取り憑かれてたんだ」

「‥‥貴方様が‥助けて下さったのですか?」

「わしらじゃねぇ、助けたのは雪乃だ」

「雪乃が?」


「ああ、雪乃がお前さんに食べさせたいと手に入れた桃は、山の主の神気を含んでたんで行疫神は苦しくなって堪らず出てきたのさ。オオカミは随分気前良く良い桃をくれたようだ。治らねぇ筈だ、あのままだと取り憑かれて死んでいたぜ」


夜一の言葉に幼い雪乃を一人残して死ぬ様を想像した母親はぞっとし、ぎゅっと雪乃を抱きしめた。


「ああっ、雪乃、本当にごめんなさい。長い間苦労をかけて‥本当にありがとう‥‥!」

「ううん、私じゃなくて連夜ちゃんとお祖父様のお陰よ。主様の事を教えてくれたのはお祖父様だし、案内してくれたのは連夜ちゃんなの。

あの、私に出来る事なら何でも手伝います。こんなによくしてもらったのに、私何も____」


「気にするな、元はお前がわしの石像を綺麗にしてくれた礼だ」

「石像?‥‥あ、あの狸のお地蔵様!」


「あれはわしが他の妖狸の目印に置いてるもんだが、お前が可哀想だと綺麗にしてくれた。その礼だ。お前の優しい気持ちが母ちゃんを救ったんだ」

「お祖父様‥」


「白はこんこん止めでち。赤は熱い時飲むでち。じじ様お握りでち!」

連夜は雪乃に狢庵、一回一包と書かれた薬袋と風呂敷包みを渡した。


「連夜ちゃん‥‥こんなに沢山本当にありがとう‥!」

「約束でち!」

「うん、必ず教えてね、私必ず行くから約束ね、指切り!」

「指切りでち!」

二人は指を突き出しふふ、と笑っていたが夜一は片眉を上げ二人を見つめた。


「お前ら指切りしたのか?」

「したでち!梅干し手伝うでち」

「‥‥わかった。梅干し作る時は必ず呼ぶからな」

「はい!」

雪乃は笑顔で頷き夜一は少し困ったように笑った。


「雪乃、連夜だから良かったが二度と妖と指切りをするんじゃねぇぞ。約が破られた時本当に針を千本飲む事になる。そこにどんな事情があろうと妖は関係ねぇ、破約するには先に約を結んだその小指を落とすか、誓いの通り針を飲むかするしかなくなる。わかったな」

「で、でも___」


「お前が嘘つかねぇのも、連夜に信じて貰いてぇのもわかってる。だが絶対にするな」

「はい、連夜ちゃんとしか指切りしません。でもお祖父様との約束も絶対守ります、薬の事は誰にも話しません!」


雪乃は真っ直ぐ夜一を見て言い、夜一は妖と指切りは二度としないと言って欲しかったが二人の様子にこれ以上言うのはやめた。


「ああ。じゃあ邪魔したな、帰るぞ、連夜」

「あ、あの!本当にありがとうございました。貴方様の事は誰にも話しません」

「それが良い」

手を合わせ頭を下げる雪乃の母親に夜一は頷くと踵を返し、連夜はするすると夜一の肩へと登り振り返る。


「ばいばいでち!」

「お祖父様、連夜ちゃん本当にありがとう‥!必ず行くから、忘れないでね!」

「約束でち!」

連夜と雪乃は互いに手を振り、雪乃の母は夜一達に深く頭を下げたまま出て行く二人を見送った。



二人が外へ出ると日は沈み、辺りはすっかり暗くなっていた。

「今から飯の用意もなんだ、屋台で蕎麦でも食って帰るか」

「食べるでち!」


雪乃の家を出た夜一は帯にさしていた煙管をくわえ、美味そうに深く一服吸うと吐き出された煙と共に二人の姿は暗闇に消えた。


戸口で見送っていた雪乃は幻のように消えた二人に夢を見ているようだったが、自分の肩に手を置く起きている母親を見て現実を確かめるように抱きつくと、母親は柔らかく暖かかった。


おまけ


狢道内の屋台蕎麦屋『あなぐら』にて____


「このたぬき蕎麦ってのは何が入ってんだ?」

「たぬきが入ってるでち?」

品書を見て夜一が言うと連夜は首を傾げ、店主の狸は慌てて首を振った。


「まさか!そんな恐ろしい蕎麦じゃありませんよ!聞いて下さい夜一様、先日評判になっている人間の蕎麦屋へ行ったら品書にたぬきときつねがあったんです」

「ほう?」

「当然興味があり注文したんですが、きつねは甘く煮た揚げが入っていました」


「狐の好物だ、お約束だな。で、狸は何だ?」

「それが揚玉なんです」

店主の言葉に夜一は眉間に皺寄せた。


「‥‥なに?!揚玉だぁ?!狐の揚げより安い揚玉が狸とは狸を馬鹿にしてやがる、何処の蕎麦屋だっ!」

「許せないでちっ!お仕置きでちっ!」


夜一は立ち上がり怒り、隣の連夜も怒って椅子の上に立ち上がり卓叩いた。


「おかしいでしょう?!頭に来たので勘定は木の葉で払ってやったのですが、どうにもおさまらないので俺がたぬきの名に相応しいたぬき蕎麦を作る事にしました。夜一様連夜様、是非食べて下さい!」


「おう、たぬき二つだ!」

「食べるでち!」

「はい、少々お待ちください!」


暫くして店主の狸は二人の前に蕎麦をどん、と二つ置いた。

「お待たせしました、たぬき二つです!」


「こりゃあ____」

「小海老とまこもだけ、青香草にどんぐりが入ったかき揚げにわかめと山菜です!」

器には大きなかき揚げが乗っており、豪華なお蕎麦に連夜は早速手を合わせた。

「いただきますでち!」


夜一はをたっぷりと蕃椒(唐辛子)をかけると大きなかき揚げを箸で摘んだ。


齧るとかき揚げの上はさくっと、下は汁を吸い良い塩梅に味が染みている。ぷりっとした小海老に適度な大きさに砕かれたどんぐりとまこもだけの歯応えも楽しい。


「美味しいでちっ!」

「美味いな!狸がつくからにはこうでなくてはな。‥‥けどこの値段で採算とれるのか?」

品書に書かれてる値段はとても安く、夜一が聞くと店主は顔を曇らせた。


「‥‥それが悩みです。けど皆に食べて欲しいんで高くしたくないんです‥」


「見上げた心意気だ、場所代は免除してやるから皆にも喰わせてやりな」

「あ、ありがとうございますっ、夜一様っ!」 

情け無い顔をした店主に夜一が笑って言うと、店主は感激して何度も頭を下げた。


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