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連夜と夜一  作者: anemone
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ぬらりひょん 1


狢庵の屋敷でむくり、目を覚ました連夜は目を擦りながら身体を起こすと隣の空っぽの布団を見つめた。

「じじ様また呑んだまま寝たでち」


布団を仕舞い、寝巻きの腹掛を外し丁寧に畳むと大切な物なのかすりすりと腹掛に頬ずりした。

子供がよくしている赤い五角形の腹掛は幾つかの小さな花と連夜の名前が刺繍がしてあり随分年季が入っている。箪笥へ仕舞い、代わりに黒の丁稚腹掛を取り出し着ると部屋を出た。


広間に行くと案の定夜一は座布団を枕に寝ている。

連夜は反物掛けにある紅い羽織をそっと夜一にかけると、夜一が呑み散らかしたままのお皿や空の徳利を盆に乗せ土間へと向かった。


顔を洗い房楊枝で歯を磨いた連夜は流しに空の徳利を置きながら呟いた。

「じじ様沢山呑んだでち。冷やし汁するでち。ご飯残ってるはずでち」


夜一は酒呑みで滅多に二日酔いにはならないが、それでも沢山お酒を飲んだ後は冷たく冷やした味噌汁に焼いた干し魚の身、すりごまや胡瓜、茗荷や大葉を沢山入れてご飯を入れた冷やし汁を美味いと喜んで食べる。

今からなら味噌汁を冷やしておけると連夜はお櫃のご飯を確認した。


「‥‥ないでち。じじ様食べたでちか?む?!すんすん、知らない匂いでち!」

連夜はお櫃の蓋や端の匂いを嗅ぎながら眉間に皺寄せた。


「誰でち、勝手に食べたでち!じじ様に冷やし汁作れないでち!すんすん、すん‥‥わからないでち‥‥」

連夜は匂いを辿ろうとするが薄くて途切れてしまい、辿れないし冷やし汁が作れないしで落ち込んだ。が、


「‥‥御茶漬けするでち!干物魚焼いて山葵漬けと海苔のせるでち!じじ様喜ぶでち!」

別の夜一の好物を思い出した連夜は喜び上機嫌でざるを手に米を取りに行った。



その頃広間の夜一は妙な気配に目を覚ました。

身体を起こすと煙草盆に手を伸ばし、煙管に指でほぐした葉を詰めると火をつけ吸う。


何が入り込みやがった____

夜一は煙草を吸いながら部屋を見廻し一点を見つめると、丸めた手を右眼にあて遠眼鏡のように手の中の穴から覗いた。

すると覗いた穴の中に、頭が妙に大きな老人が見える。


「そこのジジイ、貴様此処で何してやがる」

「ひょっ?!」

部屋には小汚い小さな老人がおり、声をかけられ驚きあたふたと周りを見渡している。


「貴様だ、何勝手に人の酒飲んで煎餅食ってんだ?貴様、ぬらりひょんだな」

ぬらりひょんは夜一の大きな徳利を手に煎餅を食べていた。

「な、わ、わしの正体が見えるのか?!そんな筈はない!あ痛ぁ!!」

夜一はぬらりひょんの頭を煙管で叩き、ぬらりひょんは驚き夜一を見つめながら頭を抑えた。


「ガッチリ見えとるわ、ぬらりひょん。わしの酒を盗むたぁわかってるんだろうな」

「ひえぇっ!な、何故わしが見えるんじゃ?!万が一見えてもわしは家人や仲間と認識され正体は絶対にわからん筈じゃ!そ、それに酒はまだ盗んどらん!ここにあった残りを少し飲んだだけじゃ!」


「まだ、って事は盗む気満々じゃねぇか!しかもその酒は買ったヤツじゃねぇ、わしが丹精込めて作ったとっておきの酒じゃねぇかっ!わしの酒を盗むたぁ良い度胸だ、覚悟はできてるんだろうなぁ」

「ひぇええっ!」

「じじ様どしたでちーーーっ!」

騒ぎを聞きつけた連夜がドタドタと走ってきた。


「おう、連夜縄持って来い、縄!」

「む?!すんすん、見つけたでち!じじ様のご飯食べたのお前でち!」

連夜は飛ぶと口を大きく開け、ぬらりひょんの後頭部に噛みついた。


「ひょえええーーっ!痛いっ!やめてくれっ!わしが悪かった、許してくれっ!」

「駄目でち!悪い子はお仕置きでち!謝らないと許さないでち!」

「謝るっ!謝るから噛むなっ!痛いっ!この通りだ、勘弁してくれっ!」

「ごめんなさいでち!」

「ご、ごめんなさいーーっ」

ぬらりひょんが謝ると連夜は噛むのを止め、しがみついていた後頭部から飛び降りた。


「ひいぃっ、痛いっ!」

「わしはまだ許してねぇ」

ぬらりひょんは頭を抑え蹲った所を夜一に足で踏み抑えられ逃げ損ねてしまった。


「ごめんしても駄目でち?」

「ああ、わしの酒を盗んだ、しかもわしが作ったとっておきのヤツだ」

小首を傾げていた連夜は納得し頷いた。

「縄持ってくるでち」

「ひえぇっ!許してくれーっ!」

縋るように叫ぶぬらりひょんを置いて連夜は縄を取りに部屋を出て行った。



「じじ様、このジジ食べるでちか?」

「どう見ても不味そうだろ。喰っても何の足しにもならんぞ」

「どうするでち?」

「2度とわしの酒を盗む気が無くなるよう簀巻にして、ひと月程川に沈めた後流すか」

「ひええ!許してくれっ!死んでしまうっ!頼むっ!」


柱にぬらりひょんを縛りつけ、夜一と連夜はご飯を食べながら話しており、恐ろしい自分の処遇にぬらりひょんは必死で叫んだ。


「ちょっと酒と飯を貰っただけであんまりじゃ!」

「じじ様の酒を盗むの馬鹿でち。じじ様お酒には意地汚くて五月蠅いでち。怒るでち。

じじ様おかわりするでち?」


「そうだ、わしは煎餅くれぇならくれてやるがあの酒は別だ。わしがどれだけ手間暇かけて作ってると思ってんだ。連夜、茶ぁだけくれ。

有り難うよ、美味かった、御馳走様でした」

夜一はきちんと手を合わせて言い、連夜は夜一の茶碗にお茶を注いだ。


「ぬらりひょん、貴様何が目的で此処に来た。どうやって入り込んだ」

「言ったら縄を解いてくれるか?」

「今すぐ川に沈められてぇようだな」

「は、話す、話すから噛むな!」

連夜がぬらりひょんを見て口を大きく開け、ぬらりひょんは慌てた。


「‥‥町で行商狸を見かけたので噂の狢市でもあるのかと興味本位でついて行ったんじゃ。この屋敷に来てここが狢庵じゃと、夜一様の屋敷じゃとわかったから、その、なんだ‥‥評判の夜一様の酒を貰ったと自慢して羨ましがらせたかっただけじゃ‥!」

夜一は2人にバレないよう煙管を咥え、煙と一緒に溜め息を吐いた。


狢庵へは不思議な道、狢道からしか行けない。

狢道は夜一が許可した者は通れるが普通は妖でも見る事すら出来ない。

そして狢庵への道はとても複雑で、狢道が通れる者の中でも夜一が特別許可した者しか普通は辿り着けない。その上狢庵への入り口には非常に強力な結界があり害意のある者は決して入れない。

だが逆に害意の無い者は入れてしまう為、稀にこのように偶然迷い込む者が居た。


夜一にとって気配を完全に断つ事が出来るぬらりひょんは、気付かない狸達にくっついて今後も好き勝手に狢道に出入り出来る厄介な存在だ。


「わしの酒を盗んで誰に自慢してぇんだ」

どうしたものか。面倒になりそうなら殺すか、思いながらぬらりひょんに聞いた。


「‥‥わしはぬらりひょんだ。何の力もなく、ただ気配を消す事しか出来ず家人に気づかれないのを良い事に、勝手に家に上がって飲み食いするしか能のない妖じゃ。妖連中にも馬鹿にされ悔しくても言い返せん。有名な夜一様から貰った酒じゃと言えばわしを馬鹿にしていた奴等も見直すんじゃないかと思ったんじゃ」


「盗んだ酒でか」

「‥っ、そ、そうじゃっ!悪いか!」

「悪いだろう。酒をを盗んだ上、さもわしと親しいように吹聴するつもりだったんだろうが」

「ゔ‥っ、そうじゃ、どうせわしは小物じゃ、人間以下の力しかない妖の恥じゃ!夜一様にはわしの気持ちなんかわかる筈もないっ!」

ぬらりひょんはおいおいと泣き出し夜一は溜息を吐いた。


「わかる訳ねぇだろ、貴様だってわしの気持ちは知らんだろうが。盗んだ酒でわしの名を使い、嘘を言いふらそうってのが気に入らねぇ。余りにも狡い(こすい)

「じゃあ嘘は言わんから酒をくれるか?」

もう泣き止み、シレっと酒を貰おうとするぬらりひょんの図太さに夜一は呆れた。


「面倒だ、もう川に流すか」

「待てっ!待つのじゃ!短気は損気じゃぞ!そうじゃ、詫びに都一の商家から千両箱を盗んできてやるぞ!」


「要らねぇ。わしは金に困っとらんし興味がねぇ。大体貴様千両箱担げるのかよ」

「た、確かにわしはかなり素早いが力はあまりない。なら着物はどうじゃ?!都の呉服屋が帝に献上する大層上等な着物を作っていた、それを盗んでこよう!夜一様の男ぶりが上がるぞ!」


ぬらりひょんは夜一が着ている上等そうな黒の着物に、沢山の花が刺繍された随分手の込んだ紅い着物を見て着道楽だとあたりをつけ提案した。


「帝‥‥?」

ぴくり、と夜一が反応し、ぬらりひょんは夜一がやはり興味を持った、と慌てて続けた。なんせ命がかかっている為必死だ。


「そうじゃ、帝が着る着物じゃ、他にない上物じゃぞ!普通金を積んでも手に入る物じゃない、箔がつくぞ!わしなら盗んでこれる!」

「面白れぇ!貴様わしが言った物を持ってきたら許してやる!」

「ノッた!必ず着物を盗んできてやる!」

「着物じゃねぇ。貴様帝の住んでる御所に潜り込んでこい」

「は?!」

夜一のとんでもない提案にぬらりひょんはぎょっとした。


「証拠はなにが良いか、そうだ、帝が持ってるっていう神器、剣は‥でかいと貴様には重そうだな。勾玉で良い、勾玉を盗んで来い」

夜一は良い退屈凌ぎが思いついたとばかりに楽しそうに言いぬらりひょんはガックリと項垂れた。

「無理じゃ、帝の御所に入るのは無理じゃ」

「なんだ出来ねえのか、大した事ねぇな」

「わ、わしは地獄にだって潜りこめるぞ!昔地獄見物に行って帰って来た事がある!じゃが御所は駄目じゃ!」


「その口振りだと行った事があるのか?」

「うむ、どうせなら帝が食べる飯はどんなものか食べてみたくて行った。じゃがあそこはやたら強い陰陽師が居て結界だらけ、猫の子だって入れやせんぞ」


「陰陽師な、居るだろなぁ、あそこにゃあ。いつ頃だ?貴様が行ったのは」

「50、いや80年ばかし前じゃ。だが無駄じゃ、今もかわらないぞ。

わしも10数年前に、昔のあの強力な結界を張っていた陰陽師はもう死んだじゃろうと思って行ってみたが変わらんかった。

わしは完全に気配を断つ事は出来るが結界を抜ける事は出来ん。夜一様もそれでわしが居るのに気づいたんじゃろ?!」


「まぁな。だが連夜は違う。連夜は貴様の匂いに気づいてたぞ。薄くて辿れなかったがな」

「う、嘘だ、わしは今迄一度だって、大妖にだって気づかれた事が無いのじゃぞ!だからこうして生き延びて来たんじゃ!わしが気配を絶って気づける筈がない!」


「お前、お櫃に残っていたご飯食べたでち。わちの踏み台に座って食べたのはわかっているでち!‥‥その後はわからないでち‥‥」

連夜は言いながらしょぼんとしたが、ぬらりひょんは青冷めた。

「お、恐ろしい餓鬼じゃ‥‥!」

「わしの孫だ、大したもんだろ?」

夜一は得意気にニヤリと笑った。


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