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連夜と夜一  作者: anemone
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蛇 くちなわ 2



「黒鮭居ないよー?」

伊織は滝壺から流れる川を見つめ首を傾げた。


黒鮭とはその名の通り黒い鮭だ。通常の鮭より一回り大きく、鱗の下にある黒い皮は焼くとパリパリと香ばしい。

薄紅色の身は程よく脂が乗り肉厚で淡白。塩だけでも充分旨いが振った塩や香草の影響を良く受ける為、いかに美味しくするかは調理する者の腕の見せ所でもある。


「夜までには来るだろ」

「すみれでちっ!」

遅くなった昼餉を食べ終え、横臥し煙管を咥える夜一に近くを散策していた連夜が駆け寄り摘んだすみれを見せる。


「じじ様すみれいっぱいでち。摘むでち!」

「これに入れな」

「はいでち!」

連夜は渡された小さな籠に薄紫色のすみれを入れた。


「連夜様すみれが好きなの?」

「好きでち。甘くて良い匂いでち!」

連夜は両頬を手で抑えにんまりと笑う。

「すみれって甘いの?」

「砂糖漬けにするんだ。菓子や果実酒なんかに入れると香りだけでなく見た目も良いしな」

「甘くて可愛いでち!桜も美味しいでち」

「あー、桜の塩漬けみたいなもんかぁ」

伊織はすみれの砂糖漬けを想像し、女の子にウケそうだと目を輝かせた。


「連夜様、摘むの手伝うから俺にも分けて!」

「摘むでち!」

「お前の事だ、(あきな)いではなく娼妓(おんな)にやるんだろ」

「当然。俺が商売するのも遊廓へ通う為だからね」


少し俯き籠のすみれを見つめ笑う伊織の顔は癖のある柔らかそうな榛色の前髪に隠れて見えない。夜一はそうだな、と伊織から視線を目の前にある崖の上へと移した。


「そうだな___そういや上に山荷葉(さんかよう)があった筈だ。ついでに採ってくるか」

「サンカヨウ?」

「高地に咲く植物だが花が面白くてな。白い花びらが雨に濡れると透けてびいどろみてぇに透明になる」

「えっ?!何ソレ面白い!濡らすと透明になるの?」

「水をかけても駄目だぜ。霧雨程度の雨に湿気だなんだと条件があるんだ。薬剤だからうちの山で増やしたいと思っていた。採って来るから連夜、伊織から離れるなよ」

「はいでち!」

「じゃあ俺達はすみれを摘もう、連夜様」

「こっちでち!」

夜一はふわりと浮かび崖の上へ、伊織は連夜とすぐ側のすみれが群生している野原へ向かった。


「本当だ沢山咲いてる。山の中(ここ)はかなり上で気温が低いからまだ咲いているんだろな。花だけで良いの?」

「花でち!」

伊織の髪紐についている小さな鈴がちりり、と微かな音を鳴らし、隣へしゃがむとすみれを摘みだした。




「うー、背中痛いっ__」

二人は集中して花弁を壊さないよう丁寧にちまちまとすみれを摘む。背の高い伊織は顔を上げると丸めていた背筋と腕を大きく伸ばし身体をほぐした。


ズズズズズズ___

「__地震?」

地響きと共に地面が微かに揺れ伊織は辺りを見回す。


__近づいてる?夜一様じゃないよな___

地響きは近付いてくるように大きくなり気配を探っていた伊織が滝へと視線を向けた時、ばしゃん!水音と共に落ちる滝の中から妖が飛び出し咄嗟に連夜を抱き上げた。


滝から飛び出してきた妖は烏天狗のようだが顔には面布、腕に大きな丸い卵を抱えている。襲われたのか背中の左側の羽根は根本から折れ、バランスを崩したままそれでも必死で片翼を動かし飛んでいた。

次の瞬間烏天狗が出てきた滝から大きな水音と共に顔だけで大人程の大きさの大蛇が牙を剥いて飛び出してきた。


大蛇を見た伊織は瞬時に状況を把握し眉間に深く皺寄せる。烏天狗が抱えているのは大蛇の卵だ。


大蛇(くちなわ)から卵を盗むなんて正気か?!逃げきれる訳がない、死ぬまで追ってくる。巻き込まれないうちに離れねぇと___


「マっ!?ざけんなっ!こっち来んなよっ!!」

烏天狗はよろよろと伊織達の方へと飛んで来る。伊織は素早く連夜を肩車すると走り、驚く程の跳躍力で近くの大きな木の上の枝へと飛び移った。


「でっかいにょろにょろでち!」

「手ぇ出しちゃ駄目ですよっ!面布付きは陰陽師の式神だ、大蛇の卵を盗んだあいつが悪い。夜一様に叱られるよっ!」

「は、はいでちっ!」

夜一から散々陰陽師について言い聞かされている連夜は素直に頷き、ついでに伊織から離れるな、との夜一の言葉を思い出し伊織の頭にぎゅ、と抱きついた。


滝壺から出てきた大蛇はとても大きく、まるで動く川のようではいずる地面から土煙を舞い上げながら長い尻尾をぐりんと廻し、烏天狗の残っている右の羽根を打ちつけた。

烏天狗は勢いよく地面に叩きつけられ、伊織は素早く別の木へと飛び移る。


デカい上になんて速さだ。早く此処から離れないと__

「!?最悪じゃん‥‥!」

大蛇と烏天狗をもう一度確認した伊織はもう猶予はない、と顔を上げ素早く隣の木へと飛び移る。

地面へと叩きつけられた烏天狗の腕の卵は割れ中身が溢れていた。


「‥‥っ、約束を守れ‥っ」

烏天狗は割れた卵を抱えていた自身の濡れた両手を見つめると諦めたように項垂れ呟く。


「でなければ貴様を‥貴様の血が絶える迄呪ってや_ぐふっ!」

大蛇は烏天狗の背中から大きな牙で貫きそのまま飲み込む。途端に瞳の縦長だった瞳孔が大きく開いた。


伊織はその場から離れる為に左へ左へと木を飛び移り続けた。

「キシャアアアっ!!」

飲み込んだ烏天狗から卵が割れた事を知った大蛇は怒り狂い、なり振り構わず大きな尻尾をぶん回し暴れ出した。


暴れる大蛇の大きな身体と尻尾は辺りの大木をまるで稲穂を刈るかのように簡単に薙ぎ倒す。

伊織達が居た木も大きく傾き、伊織は悪手だと思いながらも仕方なく倒れる寸前で地面へと着地した。


暴れる大蛇のせいで木々は倒れ、土煙が煙幕のように辺りを覆い視界は悪い。

「ちっ!」

伊織は素早く腰に差している脇差を抜くとギン、と重い音と共に土煙の中から飛び出してきた大蛇の長い舌を両手で握った脇差で抑えるように受け止めた。


伊織はずざざっ、と後ろへと押されながら何とか体勢を崩さないように踏ん張り、渾身の力で脇差を廻して斬りつけると長い舌がぼとりと落ち、肩に乗っている連夜は息を吸い大きな火の玉を吐き出した。


「当たったでち!」

「駄目だ、効いてないっ」

どんっ!と火の玉が直撃した音がし黒い煙が上がる中から大蛇の顔が現れ伊織は倒れた木の上をひょいひょいと飛び逃げる。


「卵を盗んだのは烏天狗だろっ!何で無関係の俺達を狙うんだよっ!」

「あれじゃぁ足りん、お前達も喰って新しい卵を産むのじゃっ!」

「ざけんなっ!!」

「嫌でちっ!」

連夜は再び大きく息を吸い先程より大きな火の玉を吐き出し大蛇の顔に直撃させた。


「やっつけたでち!___む?!」

火の玉は再び顔に直撃した。だがおかしな事に炎がぽろぽろと剥がれ落ちてゆく。

「___鱗だ‥!」

大蛇は炎ごと鱗を落とし、見ている間に新しい鱗が生える。


「効かないでちっ」

「少し痛かったぞ。元気な坊やにお返しじゃっ!」

「連夜様っ目を閉じて息止めてっ!!」

大蛇は紫色の毒霧を吐き出し、伊織は目を閉じ手で口を抑えている連夜を腕に抱き締め庇ったまま走った。

だが大蛇は頭を上げ大きく息を吸うと先程より更に大量の毒霧を吐き出し、伊織達を包む。


畜生、触れただけで駄目だ、皮膚がビリビリする。連夜様だけは絶対守らないと___

伊織は手拭いを取り出し連夜の目を覆い縛り、連夜はごそごそとかくし(ポケット)を手探る。


「あったでち!ふんっ!」

団扇を取り出し妖力(ちから)を込め大きくし、扇ごうと持ち上げた途端大蛇の再生された舌が団扇を貫き、勢いのまま弾き飛ばし連夜の手から離れた。


「わちの団扇っ!?」

連夜の焦った声に伊織は目を開けるとまだ毒霧に包まれておりすぐに視界がぼやけてくる。

よろけながらも抱いている連夜の頭を自身の胸に押し付け、毒霧から逃れようと足に力を入れた時、大蛇の舌が抱いている連夜ごと伊織の身体に巻き付き二人をあっという間に大きく開けた口へと引き寄せた。


「う、唄えっ鈴音っ!!」


伊織は渾身の力で叫ぶがそのまま大蛇の口の中へと飲み込まれてしまった。





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