蛇 くちなわ 1
人には見えない不思議な道、狢道の先にある狢庵で連夜はじじ様夜一と二人気侭に暮らしている。
とはいえ夜一が大好きな連夜は自ら進んで手伝いとても良く働く。
連夜が今より幼い頃、夜一が畑に水を撒いていると真似をして桶に手を突っ込み水を撒き散らした。桶に手を突っ込んでは出す、ただの水遊びにしか見えなかったが夜一は『手伝いご苦労さん、ありがとよ』と笑い褒めてくれた。
「やり過ぎると枯れちまうからこれを使いな」
それから毎日手伝うようになると、夜一は大きめの杓に小さな穴を沢山つけたのを作って連夜にくれた。
その杓で水を掬うと穴から沢山細かい水がぴゅうぴゅうと出るので水やりが一層楽しくなった。
連夜は今日もその杓でせっせと水を撒く。
「おっきくなるでち、おいしくなるでち。む?!」
青々とした葉を伸ばし育つ薬草畑に水を撒いていると葉についている虫をめざとく見つけしゃがんで虫を摘む。
「駄目でち、こっち食べろでち」
虫を畑から離れた雑草に乗せ言い聞かせると空になった桶と杓を手に歩き出した。
「えっ?!連夜様?!連夜様だよね?!」
「いらっしゃいでち!」
丁度屋敷の玄関前を通りかかるとやって来た伊織は初めて幼児姿の連夜を見て驚きの声を上げる。
「連夜様もう変化出来るの?!やばっ、超可愛ゆい!」
「むふーっ出来るでち!黒檀教えるでち!わち先生でち!」
驚く伊織に幼児姿の連夜は胸を張り応え尻尾は左右に揺れる。
黒檀に字と変化を教える事になってから朝目覚めると人型に変化しそのままの姿で過ごしている。まだ夜眠っているうちに変化は解けてしまうので朝にまた変化をしそのまま過ごす。
「うわーっ‥夜一様の子供の頃ってこんな感じだったんだろうなぁ」
「確かに良く似ているが連夜の方が可愛いぜ。わしは目つきの悪いクソ餓鬼だったからな」
「そうだよね、連夜様可愛く似て良かったねー!」
屋敷から出て来た夜一の言葉に伊織は連夜を見つめうんうんと頷く。
かなり失礼な事を言われた夜一だが事実だからか連夜が褒められているからか全く気にしている様子はない。
「早くから呼んで悪かったな」
「大丈夫。夜一様最優先だから」
見覚えのある二人のやりとりに連夜はショックを受け青褪めた顔で持っていた桶と杓を落とす。
がーん‥!留守番‥嫌でち‥!!
夜一が用事で出掛ける際時々こうして伊織がやって来て一緒に留守番を言いつけられる。夜一が大好きな連夜にとって留守番程辛いものはない。
伊織が居てくれても夜一が戻り顔を見る迄寂しくて不安で仕方がない。
駄目でち‥泣くの駄目でち‥!
「連夜」
「は、はいでち‥」
「水やりご苦労さん、道具を仕舞ってきな。出掛けるぞ」
俯き留守番を言いつけられると涙を堪え身構えていた連夜は天啓のように落ちてきた言葉に驚き顔を上げると夜一はにっと笑った。
「っはいでち!!ないないするでちっ!」
夜一の気が変わっては大変だとばかりに慌てて返事をすると落とした杓と桶を拾い抱えて走り出す。
「連夜様も一緒に町へ出掛けられるんすね、やったー!」
「お前まで随分嬉しそうだな」
「留守番の時の連夜様は元気なくて超可哀想だし、俺嫌われちゃって辛かったんですよー」
実際一時は伊織が来る=留守番の方程式が出来てしまい、伊織を見ると連夜は項垂れるようになった。その為伊織は呼ばれていなくても時々お菓子を手土産に遊びに来ては伊織=留守番のイメージの払拭に努めた。
「町へ連れて行くのは完璧に出来るようになってからと思っていたが変化を教える事になって随分と張り切っている様だ。引き篭もって世間知らずじゃ生きていけねぇしつまらねぇ」
「じじ様ーっ!ないないしたでちーっ!」
置いて行かれては大変とばかりに連夜は走って来る。
「いいか連夜。首に下げてるこの鈴は外すな」
「はいでち!」
夜一はしゃがんで連夜の首にぶら下がっている鈴を見せると大きく頷いた。
「どこ行くでちか?!」
「町で買い物をしてその後魚を獲りに行きますよ」
「今の時期に黒鮭が戻って来る川があるんだ。黒鮭は美味いぞ。刺身に塩焼き燻製、どれも酒にあう。腹に卵を持ったメスは大当たりだ」
今夜の晩酌を思い夜一は思わず舌なめずりをする。
「捕まえるでち!」
「おう、行くぞ」
夜一は背負子を左肩に担ぐと言い三人は舞い上がる木の葉に包まれ姿を消した。
◆◆◆◆
別の街道がひらけた為今は道行く人の少なくなった旧街道の小さな宿場の町を三人は訪れた。
あまり広くない坂道の左右両側は小さなお店が看板と共に沢山並んでおり、その各々から煮炊きものや暖をとっている竈煙が沢山上がっている為『煙坂』と呼ばれていた。
「くんくん、じじ様ここでちか?!」
「あゝ」
連夜は味噌の匂いが漂っている店を指差した。並んだ盥には茶色や黒、もろみの入った数種の味噌が盛られており店構えとは異なり品数は豊富だ。
「おや___いらっしゃい。大きくなりましたね」
店の老主人は連夜のぴこぴこと動く狸耳を見ておや、と眉を上げたが一人頷くと優しく微笑んだ。
「沢山欲しいでち!」
連夜は空の味噌樽を差し出し老店主は頷きながら受け取る。
「はいはい、お入れしますのでお待ち下さい。いつものでよろしいですか?」
「あゝ」
贔屓のお店らしく夜一が頷くと老店主は手際良く樽に味噌を詰め始めた。
味噌を詰め油紙を敷いて蓋をする。蓋は落とし蓋の状態で上部二箇所にある小さな穴に外側からコンコンと小さな木の棒を打ち込むと蓋が外れないようおさえられた。
「お待たせ致しました」
「ありがとでち!」
「連夜」
「‥はっ!お金でち。いくらでちか?」
「はい、大銀銭一枚頂戴します」
連夜はかくしから巾着の財布を取り出し中を覗く。四角い銀色の大小二枚のお金を取り出し見比べると小さな方を戻して大きい銀銭を見せるように差し出す。
「はいでち!‥‥あってるでち?」
「はい、頂戴致します。たんと入れたから重いよ、大丈夫かい?」
「持てるでち」
「おお、すごいね。それにお利口さんだ」
「むふーっ」
夜一の前で褒められた連夜は澄ました顔をしているが嬉しくて尻尾がぶんぶん揺れ、後ろで見ていた伊織はくすくすと笑った。
「ありがとよ、また来る。息災でな」
「はい、夜一様もどうかお変わりなく。ありがとうございました」
「連夜様、次は醤油ですよ!」
「行くでち!」
根気良く連夜に付き合ってくれた優しい店主に夜一は礼を言い三人は次の店へと歩き出した。
「連夜、ここへ入れな」
「はいでち」
買い物を済ませ宿場町を出ると連夜は他の買い物が入っている背負子の中へ抱えていた樽を入れた。
夜一がぱちん、と指を弾くと煙と共に背負子は木の葉になり、懐に仕舞うと入れ替わるように煙管を取り出し咥えた。
◆◆◆◆
三人は田舎道を歩き山道を歩き更に獣道を進む。夜一は兎も角、連夜と一見優男の伊織も遅れる事なく軽口を叩きながら飄々と険しい道を歩いた。
「着いたぜ。二人共頑張ったな」
「はいでち!」
「確かに此処を知ってる人はそうそう居ないだろうなぁ」
途中道のない崖や岩場もありかなり険しい道を果て辿り着いたのは高い滝壺から激しい水音が響く川辺だった。
「後はあの滝壺へ落ちて来る黒鮭を待つだけだ。ちと遅くなったが昼飯にしようぜ。腹減っただろ」
「水入れたでち!」
「連夜様ありがとう」
夜一が早速川に網を張っている間に伊織は川辺で大きめの石を拾って囲い焚き火を熾し、連夜が川の水を汲んでくれた鉄瓶を五徳に載せた。
網を張り終えた夜一が木の葉を三枚投げると敷物と風呂敷に包まれた三段の重箱、皿にお箸、湯呑みが入った籠が現れる。
一番上の重箱を開けて串に刺された燻製の魚を取り出し焚き火の周りに刺し炙った。
「はい夜一様。連夜様熱いから気をつけてね」
「ありがとでち!」
伊織は鉄瓶を下ろしお茶を淹れ、代わりに夜一は五徳に焼き網を載せる。
二段目の重箱にある竹皮の包みに入っている味噌をおにぎりに塗り焼き網へと乗せていく。
三段目の重箱をには伊達巻や海老の天ぷら、田楽に木の実和えにお煮しめが彩豊かにたっぷりと詰まっていた。
「うわっ!めっちゃ豪華!!美味しそう!」
「沢山喰え」
「はいでち!」
「頂きまーす!」
夜一は酒を呑みながら焦げないように魚を回しておにぎりをひっくり返し、炙られ香ばしい湯気を放つ魚とおにぎりを皿に載せ二人へ渡した。
「ありがとでち!」
「あざまーす!皆で来ると物見遊山みたいで楽しいね、連夜様!」
「楽しいでち!」
上機嫌の連夜はおにぎりを頬張りながら笑顔で応え二人もつられるように笑った。




