黒檀 2 【画像】
遊びに来てくださった皆様にご挨拶をしたいと後書きに連夜【人型画像】がやってまいりました。是非お立ち寄り頂けると嬉しいです。
「夜一様ありがとうございました。那通は元気になりました」
狢庵を訪れ手をつき深々と頭を下げる黒檀を、片手で頬杖を付いた夜一は呆れた目で見つめた。
「那通よりお前の方が死にかけだったじゃねぇか。傷は癒えたか見せてみな」
「は、はい、傷痕も無いです‥!」
立ち上がりぴしっときおつけをして顔を上げると夜一の長い指の先が優しく首の毛を撫でる。
何だかくすぐったくて照れるが黒檀は笑わないよう堪えていると指は離れた。
「古傷にならねぇよう奮発して千年鯉の鱗を使ったからな、開いたり痛む事はねぇ筈だ」
「も、もしかして貴重な薬だったのですか‥?」
「ああ、貴重だぜ。なんせ千年鯉が鱗変えをするのは100年に一度、しかも鱗落としは蒼満月と決まっていてその夜にしか採れねぇからな」
「そ、そんな貴重なものを俺なんかに‥?!」
途端に青くなった黒檀のおでこを夜一は睨み指で軽く弾く。
「っ!?」
「あん時、わしが戻る迄待っていねぇから面倒になったのわかってんのか?」
「え‥?」
「ちゃんと言っただろ、手形がないと入れん、全員に渡すと」
夜一の言葉に黒檀は初めて会った日を思い出し、丸い目を更に丸くし見開いた。
「___!‥‥‥俺‥狸じゃないから貰えないと‥‥」
予想していた通りの反応に夜一は小さな溜息を吐く。
「中に入った時、狸以外の奴も居るのを見ただろ」
「___!‥‥ごめんなさい‥」
黒檀は貰えないと思い込みいじけて逃げた自分が恥ずかしくなり謝った。
「夜一様ごめんなさい、助けてくれて本当にありがとうございました。あの、これ、親父様が拙い物ですが感謝の気持ちです、お渡しするようにって」
黒檀が背負ってきた風呂敷をあけると木彫りの人形が二体、連夜と黒檀が出て来た。
「良い出来じゃねぇか!あの親父見かけによらず随分繊細だな、良い腕だ。連夜っ、連夜来てみろっ!」
木彫り人形は細かく彫らた上に怪我をしないよう丁寧にやすりをかけ、木とは思えない柔らかい表現がされている。
その出来栄えに夜一はとても喜び、黒檀は自分が褒められたように誇らしく嬉しくなった。
「じじ様はいでちー!む?黒檀いらっしゃいでち!」
「こ、こんにちわ、連夜くん」
「見ろよ連夜、可愛いだろ!」
夜一が人形を見せると連夜は目を輝かせ、キョロキョロと人形を何度も見比べて自分と黒檀を指差す。
「わ、わちでち!?黒檀でちっ!」
「あゝ、お前らにそっくりで可愛いだろ」
「可愛い‥‥でち‥!///」
そっくりで可愛いと言われ、二人は照れて顔を赤らめた。
「‥‥じじ様、」
連夜は両手で木彫り人形を抱き、夜一を見上げた。
「気に入ったか?那通と黒檀を助けた礼だから貰っておけ。お前と黒檀の人形だ、粗末にするなよ」
「はいでち!じじ様ありがとでち、黒檀ありがとでち!」
連夜はとても喜び礼を言うと大切そうに人形を抱え部屋を出て行き、夜一はその様子にくすりと笑うと煙管に葉を詰めた。
「それで仕事は決めたか?」
「は、はい、そのご相談に来ました」
「相談?」
「俺なんかに出来るのかわからないけど‥飛脚になりたいですっ」
黒檀は飛脚になりたいと思った理由、昨日の姉弟の事から懸命に話した。
黙って聞いていた夜一はふう、と煙管の煙を吐きどきどきしながら言葉を待った。
「笹舟流しか、ありゃ願掛けだ。親父や那通の心配は当然だな、わしもお前を捕まえて帰さねぇ奴がすぐ出てくると思うぞ。ただの人間なら良いが問題は陰陽師だ。お前を式神に欲しがるぜ」
やはり駄目かと黒檀は落胆したが、夜一はうーん、と考えやがてよし、と膝を打つ。
「わしと契約してわしの飛脚になれ」
「夜一様の飛脚?」
「あゝ、わしの飛脚だから当然わしが最優先だが空いてる時間は好きにして良い。眷属じゃねぇが仕事としてわしと主従契約を結ぶ。契約済みのわしから奪い式神に出来る奴等いねぇ。
何よりわしと契約すりゃ特典が凄いぞ。ほんの僅かだがわしの妖力をわけてやる。僅かとはいえわしの妖力は凄いからな、今の倍以上になりいつでも変化出来るようになるぜ」
「やります!俺を夜一様の飛脚にして下さいっ!」
思ってもいない夜一の提案に黒檀は即座に立ち上がり叫ぶ。
「修行が必要だぜ。変化だけじゃねぇ、飛脚なら他の術や人間の字の読み書きも出来ねぇとな」
「はい!」
「決まりだ。わしはお前に契約料としてわしの妖力を与えてやる。代わりにお前はわしに誓約をしなきゃならん」
「せいやく?」
「そうだ。何でも良いんだが、まぁ普通は裏切らねぇとか嘘つかねぇとかそんなとこだが___」
黒檀は絶対裏切ったり嘘ついたりしない、と言おうとしたがその前に夜一は指を二本立てた。
「お前の誓約は二つ。一つは如何なる時もお前の命を最優先しろ。命をかけてまで荷や手紙を守る必要はねぇ。ヤバイ時はどんな事をしてでも逃げて必ずわしか那通の元へ帰って来い」
「は、はい、必ず戻ります」
「この一つ目の誓約は絶対だ。破れば契約は破棄され契約違反の代償として与えた妖力がわしに倍返しされる。そうなるとお前は妖力を全て失いただのオコジョになるから肝に銘じろ」
「はいっ」
「もう一つは『俺なんか』と言うのをやめろ」
「‥‥?」
「言霊と言って言葉にゃ力がある。
お前はまだ餓鬼でこれから成長する。習えば連夜みてぇに薬を作る事も出来る、自分次第だ。そんなつまんねぇ言葉で自分を呪い縛るのは金輪際やめろ」
「ことだま‥‥」
夜一を見つめ黒檀は初めて聞いた言葉を呟いた。
夜一様って凄い。色んな事を知っていて俺なんかにも教えてくれる。強くて凄い人なのにどうして‥?
黒檀はずっと思っていた疑問が口から零れた。
「___夜一様はどうして俺なん‥はっ!?」
俺なんかに、言いかけ黒檀は慌てて口を抑えた。
初めて気づいたが口癖になっているようで余りにもさらりと出てきた言葉に驚き、夜一の視線に口を抑えたままぶんぶんと頭を振り言い直す。
「夜一様はどうして‥‥俺を助けてくれたり優しくしてくれるの?」
「面白ぇからな。狸に化けて混じるオコジョなんて初めて見たぜ____あと、お前を見ていると少し昔を思い出した」
じっと真剣に見つめて話を聞く黒檀に、夜一は微かに笑うと自分の前髪の先を摘んだ。
「この通りわしも黒毛だが餓鬼ん時は全身真っ黒でよく犬に間違えられてな」
「よ、夜一様が犬に?!」
「お前よりマシだがわしは生まれてすぐ捨てられて親を知らん」
「‥‥う、生まれてすぐ?!‥どうして?!どこが俺よりましなの?!そんなの酷いよ‥っ!」
「実際捨てられたのか死んじまったのかわからねぇが目が開い時一人だった。さすがに泣く事しか出来なかったが人間のガキ共が犬と勘違いして世話してくれてな。ガキ共は毎日賑やかで知らねぇ親を想う暇なんか無かったぜ」
話した途端遠い昔の自分を見る子供達の笑顔が鮮明に蘇り、まるで瘡蓋を剥がしたかのように夜一の胸は痛む。そのうちの一人の男の子と自分を見つめる黒檀の瞳が重なる。だが噯にも出さず気遣わし気に見つめる黒檀に笑う。
「いずれお前も那通も番が出来て子が出来りゃ家族が増える。その時後悔しねぇよう強く賢くなれ。でなきゃ奪われて泣くだけだ」
黒檀は那通が鼠達に攫われた時を思い出し、毛がざわざわと逆立つ。あんな怖い思いは二度としたくない。
「俺、うんと強くなるっ」
「あゝ。それじゃあ景気良く契約といくか」
夜一は袂から木の葉を一枚取り出し放ると煙とともに細い巻物が現れ、すらりと広げた。
契約書の妖文字を読み黒檀は顔を上げ首を傾げる。
「‥‥夜一様、きゅうきんって何?」
「金はわかるな?お前の働きに対しわしがお前に金を払う。一人前になる迄は小遣い程度だ。わからねぇ事は他にねぇか?納得がいったらそこに血判をしろ」
黒檀は頷くと小さな手を噛み指し示された箇所にぎゅ、と手を押し付けた。
するとぼふん、と小さな煙があがり血判の上に黒檀の名前が現れ驚いていると身体がぞわりと総毛立った。
「っ?!す、凄い‥っ、これが夜一様の妖力‥っ!?」
「わしの妖力を貰えるなんざこんな有難い機会は二度とねぇ、心して受け取れ」
夜一の妖力はとても密度が濃く暴力的で、身体に入ってきた途端に溢れそうで黒檀は懸命に身体に留まるよう身体を震わせる。
凄い、俺の妖力とは全然違う‥!でも夜一様のように強くなりたい、俺が那通を守れるように‥‥!
黒檀は貪欲に夜一の妖力を吸収し、夜一はニヤリと笑う。
「はははっ黒檀いいぞ大盤振る舞いだっ!わしから獲れるだけ奪い獲れ!」
急激に身体を駆け巡る妖力に身体中の血が熱く沸騰しているようで黒檀の身体はぶるぶると震える。気を抜くと一気に身体から抜け出てしまいそうだ。
「‥ふぐっ、く、嫌だ‥っ、折角‥夜一様のちから‥っ!」
どくん、と心臓が大きく跳ね手をつき四つん這いになり何とか堪えるが頭がクラクラとして意識が飛びそうになる。
ぎりぎりと歯を食い縛り堪えるがもう駄目だ、貰った妖力がおさまりきらず身体から抜け出てしまう、と思った時妖力の流れが止まった。
「流石に限界だな」
「あ‥ありがと‥ござ‥ます‥」
夜一が想像していた倍の妖力を身体に納めた黒檀は力尽きペシャリと倒れ込んだ。
「ほら、口を開けろ。飲み込まずに噛め」
口に放り込まれた丸薬を何とか噛むと中からとろりと冷たくて甘い蜜があふれる。口内に広がると身体は冷えて血は鎮まり途端に回復した。
「‥‥凄い‥、夜一様凄いっ!妖力が今までと全然違うのがわかるっ!」
立ち上がった黒檀は妖力が漲る身体に我慢が出来ずぴょんと飛びくるりと空中回転する。
ぼんっ!!
「出来た!大禍時じゃないのに変化出来るっ!‥‥あ、あれ?おかしいぞ、いつもの狸に変化したのに‥!」
いつもの子狸ではなく倍の大きさの狸に変化し、黒檀が戸惑っていると再び煙に包まれるとオコジョに戻りぺたんと座りこんだ。
「ど、どうして?!」
「急激に増えた妖力を制御出来ていねぇからだ。身体に馴染ませ抑制し使えるようにしろ。飛脚修行はそれからだ」
オコジョに戻った黒檀はまだ上手く制御出来ないがこれから修行をして飛脚になるんだと思った途端、あの笹舟を流していた姉弟を思い出してポロリと涙が落ちた。
俺なんかでも___ううん、俺も誰かの役に立って笑って貰えるかもしれない。
「‥‥‥夜一様、俺を夜一様の飛脚にしてくれてありがとう。俺に恩返しする機会をくれてありがとう‥ひぐ‥、助けてくれてありがとう‥っ、必ず一人前になって沢山働きます‥っ」
「おう、コキ使ってやるから安心しろ」
「う、うん‥っ」
黒檀は涙を拭い顔を上げると満面の笑みで笑う。
「良い顔だ。特別に最初の仕事だ。この手紙を親父に渡してくれ」
「はい!」
夜一は銀色の紙を巻いて封をした手紙を取り出しとん、と指で弾くと手紙は木の葉になる。
「わしの手紙や荷は木の葉にして渡す。届け先でお前が手紙に戻してやるんだ。戻すにはほんの僅か手紙に妖力を流せ」
黒檀は頷くと渡された木の葉に慎重に妖力を流す。
「まだまだ多い、もっと絞れ」
「は、はいっ、むむむーっ」
もっと小さく、少しだけ___
妖力を絞るが上手くいかず汗が出るだけで木の葉は変わらない。
「___出来ないでち?」
木の葉を手に汗をかいていると戻って来た連夜が黒檀の顔を覗き込み首を傾げた。
「よこせでち」
「だ、駄目なんだ、俺が出来なきゃ駄目なんだ‥むむむーっ」
「む?多いでち、あめつぶでち!」
「雨粒‥‥?」
「あめつぶでち!」
黒檀は小さな雨粒を頭に思い浮かべ、妖力を絞って雨粒に重ねてみる。
まだ大きい。もっと小さく小さく____
ぼんっ!
「で、出来た‥っ!」
「出来たでち!」
「出来たよ連夜くん!見て、連夜くんのお陰だよ、教えてくれてありがとう!」
「むふーっ!」
「ふむ‥そういや黒檀、人には化けられるのか?」
「人間はまだ‥」
「連夜」
「はいでち!___変化でちっ!」
連夜は木の葉を取り出し頭に乗せ指を組み念じるとたちまち煙に包まれる。
ぼんっ!
「はわわ、夜一様にそっくりだ!連夜くん凄いっ」
「むふーっ」
「耳と尻尾がまだだがな」
相変わらず狸耳と尻尾はそのままで、黒檀に感心され得意気だった連夜は慌てて尻尾を手に抱き隠す。
「凄いよ連夜くん!俺人間には変化出来なくて‥教えてもらえないかな?一生懸命頑張るから‥!」
褒められ教えてと懇願された連夜はたちまち笑顔になり顔を上げた。
「教えてるでちっ!」
「本当?!」
「ついでに字も連夜に習え」
「教えるでち!」
「ありがとう!ありがと連夜くん!」
黒檀は何度もお礼を言い手を振ると飛び跳ねながら帰って行った。
◆◆◆◆
「あゝ、有難い‥‥!」
「お父どうしたの?」
家に帰った黒檀から渡された手紙を読み親父様は珍しく大きな声を上げた。
「夜一様が俺に欄間の注文をくださった。その欄間を薬代の支払いとして下さるそうだ!」
「夜一様とても褒めてたよ!連夜くんも凄く喜んでた」
「そうか‥喜んで貰えたのか‥!更に満足頂ける欄間を彫らなくてはな。飛脚になる黒檀に負けていられない、俺も精進しなくては」
「お父頑張って!畑や家の事は頑張るから僕に任せて!」
「俺も手伝うぞ!」
「あゝ、那通、黒檀頼りにしているよ」
「お父、どんな欄間彫るの?」
「満月に狸達が酒盛りしている意匠との事だ」
「わぁ、楽しそうだね!」
「あゝ、うんと賑やかなのが良い。今日はご馳走にしよう、黒檀が飛脚になる前祝いだ。二人も手伝ってくれ」
「わあーい!」
まだ飛脚になっていないのに自分の事のように喜んでくれる二人に黒檀は嬉しくて涙がこぼれそうになり慌てて笑う。
「___お父見て!黒檀が笑ってる!」
「えへへ」
「そんなに嬉しいのか、良かったな黒檀」
「くすくす、黒檀見ていると僕も嬉しい!」
黒檀が来てから那通と二人だった家は随分賑やかに明るくなった。楽しそうな二人を見ている親父様も自然と笑顔になる。
三人で用意した夕餉はいつもより豪華で上機嫌の親父様が歌を口遊むのを二人は初めて聞いた。
祝いだから一杯だけ、とお酒を飲んだのは随分久しぶりで那通の母親が亡くなってからは初めての事だった。




