縁石 3
翌日夜一は連夜を連れて乙女が倒れていた山の藪を訪れた。
「連夜、人間に会っても乙女の事は話すな、面倒になるからな」
「はいでち!」
幼児姿の連夜は手を上げ素直に返事した。
ぼろい祠と言っていたな___。
夜一は祠がないか見渡しながら歩いていると、一人の男が声をかけてきた。
「もし、突然すまんが‥‥顔や腕に火傷跡のある女の子を見なかったか?」
若い男は手に大きな風呂敷包みと随分使いこまれた竹の水筒を持っている。
「誰も会っちゃいねぇぜ」
「‥‥‥」
連夜は夜一の足元で口を両手で押さえると俯き、後ろへとそっぽ向いた。
「___そうか‥‥。___もし火傷跡のある女の子に会ったら心配ないから帰ってくるよう、俺の家へ来るよう伝えて貰えないか?俺は里の匠だ、乙女に言えばわかる」
「何かあったか?」
「乙女が昨日仕事に出たまま戻らない。探しに来たら配達を頼んだ荷が落ちていて中の皿は全部割れていた。‥‥転んだか何かして割れてしまい気にして帰れないでいるのかと思ったが、風呂敷に血が付いている。怪我をしたか‥‥拐かされていなければ良いが___」
男は心配し顔を歪め伏せた。
「そいつは心配だな。いいぜ、見かけたら伝えてやる、乙女に匠だな」
「頼む。あゝ、痩せた身体に伸ばした髪で顔の火傷を隠している。男の子に見えるかもしれないが女の子だ」
「わかった」
匠は頭を下げると立ち去り、夜一は叔父ではなかったかとその背中を見送った。
「お前を心配して探している奴がいるぜ、乙女」
夜一は呟きくるりと振り向くと、数歩先に小さなボロボロの祠が佇んでいた。
「‥‥お出ましか」
先程まで無かった祠は確かにボロボロで、外れかかった観音開きの扉はキイキイと寂し気な音をたてて揺れている。
「汚いでちっ!」
連夜は枯葉や吹き込んだ砂やゴミまみれの中を覗き呟き、夜一もしゃがんで中を見た。
「本当に汚ねえな___連夜、下がってろ」
「はいでち」
覗いていた連夜が後ろへ下がると夜一は立ち上がり、口元に指を二本あてふうと息を吐き出した。
すると突風が起こり、中でくるりと旋回し枯葉や砂を外へと全て吐き出す。
ゴミは吐き出したがボロボロなのは変わりない。
「はぁ‥‥‥‥面倒臭ぇ‥」
嫌そうに顔を顰めるが諦めるように盛大な溜息を吐くと木の葉を1枚投げ、煙と共に数枚の木の板や釘が現れた。
祠の傷みの酷い割れた板を手で剥がし、新しい板を拾った石で釘を打ち付ける。
「連夜、その辺で供える花を摘んできてくれ」
「はいでち!‥‥くんくん」
「‥‥ったく、何でわしが‥‥連夜が願っちまったから仕方ねぇが‥あー、面倒臭え‥‥っ!」
夜一は顰め面のまま、鬱憤を晴らすように石でガンガンと釘を打つ。
「‥‥やはり居やがるな」
ボロボロの祠は何故か夜一が強く釘を打っても壊れる事が無く、ますます力が入り強く打ちつけると石が割れ、舌打ちすると新しい石を拾った。
「じじ様、摘んだでち!」
祠の修繕が終わる頃、戻ってきた連夜はたんぽぽにシロツメクサ、雛菊、数種の可愛い野花を差し出した。
ありがとよ、夜一は言うと用意していた竹を切った花刺しへ水を入れ連夜に渡した。
「ここに花を供えてやれ」
「はいでち!」
連夜は花刺しに花を生けると祠の前の土に花刺しを差し込み、夜一は通い徳利から酒を注いだ湯呑みと白い玉を連夜へ渡す。
「願い事の礼を言ってこいつは返すんだ」
「ありがとでち!じじ様元気でち!嘘ついたら針千本でち、約束でち!」
連夜は言うと祠の中に白い玉を置き、花刺しの横へ湯呑みを置いた。
「ふん!勝手言うんじゃない、なぁにが針千本だ!」
突然声がし、二人が振り向くと汚い着物に痩せた身体の老婆がしゃがんで座り込み、先程供えた湯呑みを手にグビリと飲んだ。
「嘘吐いたら針千本でち。知らないでち?」
「ぐびっ___酒は久しぶり‥随分美味い酒じゃなっ?!‥ふん、約束なんて知らんねっ!」
老婆は素知らぬ顔で酒を呑み、連夜はむうと睨み怒った。
「駄目でちっ、嘘吐きはお仕置きでちっ!針千本でちっ!!」
「連夜、このババァは約束した事ねぇから知らねぇんだ。家族もダチも居ねぇ一人ぼっちだから知らねぇんだ」
「‥‥‥ぼっちでちか‥‥」
連夜は小首を傾げ可哀想な子を見る目で見つめ、老婆は顔を顰めたが笑いだした。
「ひゃひゃひゃ、馬鹿め、わしが誰かも知らん癖に!知らん相手と約束なんぞ、何時どうやってしたんじゃっ?!」
「わちはバカじゃないでちっ!」
「貴様が誰かは知らんが、礼を受けておいて知らぬ存ぜぬは通らねぇ」
「知らん!お前等が勝手にした事だ、わしには関係ない、ひゃひゃひゃ!」
「祠はわしが勝手にした事だ。だが貴様の玉に願った連夜の返礼を受け取り、酒を飲んでおいて知らんは通らねぇ」
「‥‥‥‥」
片眉を上げ見下ろし言う夜一を老婆は無言で睨付た。
「貴様、神格だろ。そのボロボロのナリと祠、そうやって人間の願いを弄んできたからじゃねぇのか?それ以上堕ちると消えちまうぞ」
「ふん、知った口を言いおって生意気な餓鬼めっ。見くびるな、わしはこの程度で消えんわっ!」
餓鬼と言われ夜一は片眉を上げつい笑った。
「ははっ、餓鬼扱いは随分久しいな。貴様が貧乏神だろうが堕ち神だろうがどうでも良いが___願いの玉を与えながら何故乙女を殺した」
老婆はあおるように酒を飲み干すと、そのまま夜一へと差し出す。
「もう酒はねぇよ」
「嘘を吐け、そこにあるだろ!」
「礼は済んだ、貴様にやる酒はねぇ」
「‥‥お前は未だだな?お前の願いを叶えてやるぞ!」
「玉でちっ!!ぴかぴかでち!」
老婆は先程祠へ返した、更に光が増した白い玉を懐から出し言い、夜一は目を輝かす連夜の着物の襟首を掴むと自分へと引き寄せた。
「いらん、貴様にする願いなんざねぇ。礼は済んだ、連夜帰るぞ」
夜一はあっさりと踵を返し、老婆は慌てて引き留めた。
「待てっ!!話してやるからそれを願い、礼に酒を寄越せ!」
「わしは他人に頼る願いなんざねぇ」
老婆は自分を見下ろす夜一の瞳から、願い事はないという偽り無い強い意志を感じ歯軋りする。
「〜〜〜っ、酒を出せっ!話すと喉が渇くっ、話してやるから呑ませろっ!」
「こいつは気が効かねぇで悪かったな。貴様の望み通り酒を呑ませてやるから、何故乙女を殺したか話せ」
「ふんっ!しつこいな、話すと言っただろ!」
夜一に念をおされ老婆は悪態つくが、承知すると夜一は湯呑みに酒を注いでやった。
「餓鬼、お前は知ったかぶっているだけで何もわかっちゃいない。縁を結ぶのは石じゃ。わしは殺しておらんしお前はあの醜女の願いを知っているのか?」
「死んだ父親に会いたかったんだろ」
「ひゃひゃひゃ!違う、会いたかったんじゃない。それじゃあ醜女の願いは半分にも足らん!醜女の心からの願いは『父親に迎えに来て欲しい』だ」
老婆の言葉に夜一は僅かに眉間を寄せると袂から煙管を取り出し咥え、火をつけた。
「‥‥あゝ‥そうか___会いたいだけでは足りず、もう迎えに来て欲しかったのか」
夜一は嬉しそうに父親と手を繋ぎ歩く乙女の姿を思い出す。
「そうだ!わかったか!難癖つけやがって、詫びにもう一杯呑ませろ!」
老婆は得意気に言うと酒を飲み干し、夜一は老婆への表情を僅か緩めた。
「あゝこいつは詫びだ、呑んでくれ」
「ふん!わかったか」
「ババァ、そんな大層な力を持ってて何故そんなナリなんだ?」
「身の丈以上の願いをし勝手に自滅して恨む、人間は欲深でバカだからな」
「確かにな。だがごく稀にそうでないのも居る、貴様なら見分けられるだろ」
「ふん、それではつまらん。己の欲望に自滅し騙されたと騒ぐ馬鹿を見るのも楽しいからな、ひゃひゃひゃ!」
心底楽しそうに笑う老婆に夜一は呆れた。
「あの醜女、虐げられた恨みつらみがもっと強けりゃ怨霊になり、叔父達を呪い殺して面白い事になったものを‥‥儂の楽しみを邪魔したんだ、酒を全部寄越せっ」
「‥‥叔父達?叔父以外に怨む奴_____母親か」
「そうだ。醜女を殴るのは叔父だが、苦しみが続くのはそこから逃げず自分を助けない母親のせいだ。蓋をした心の底では恨んでいたから怨霊になりゃ母親も祟られていたさ」
「それだと乙女は親父に会えなくて望みは叶わなかったじゃねぇか。拾ってやったわしに感謝しろ」
「感謝じゃと?!自惚れるな餓鬼、お前が拾おうが見捨てて怨霊になろうが、どちらになろうとわしにはどうでも良い事だ。怨霊になった醜女が絶望し更に醜くなるのを見るのは愉快じゃったろうからな!」
老婆は心底愉快そうに酒で上気した顔を更に赤らめ笑った。
騙すのではなく欲をかくな、と乙女にもちゃんと説明をして玉を渡していた。なのに怨霊になっていれば愉快だったのにと笑うこいつは何がしたいのか。夜一は老婆を見つめた。
「言ってる事がチグハグだ、貴様の目的は何だ」
夜一は心底呆れ、老婆に酒を注いでやるともう一つ湯呑みを出し自分もぐびりと呑んだ。
「人間が自滅するのはわしのせいじゃない。いいかわしは奇跡を興す力はない、縁を結ぶだけじゃ。大金が欲しいと願っても働かず寝てる人間にそんなまとな縁はありゃせん。金持ちの身内でも居れば別じゃがな」
老婆は白い石を取り出し夜一に見せながら言う。
「じゃが縁石は願いの縁を探して結ぶ。金に縁が無いのを無理矢理探すんじゃ、まともな縁で無いのは仕方無い。運良く大金を拾ってもネコババせず届ければ額は少なくとも謝礼が貰えるのを、欲をかきネコババするのはそいつの勝手、わしのせいじゃない。
幾つかの中からどの縁が結ばれるかは欲次第、無意識だろうが選んだのは本人じゃ!ひゃひゃ!見ろ、欲深で馬鹿な人間だらけじゃ!」
見せていた白い玉の中に、水に落とされた墨汁のようにぽつんと黒いシミが現れ老婆は笑う。シミは全体に広がると玉は少し濁り光が弱くなった。
「駄目でち!」
「連夜?」
「駄目でちっ!ぴかぴかするでち!」
連夜は必死で言い、夜一は老婆を見た。
「おいババァ、」
「わしのせいじゃない、醜女の叔父の縁が結ばれた。こりゃろくな目に遭わん」
「‥乙女が怨霊になっていたら、どうやって親父と会えたんだ、縁を結ぶんだろ?」
「怨霊になった醜女を助けようと、彼の世から来た父親を道連れに二人仲良く怨霊になったさ」
「______」
縁を結ばなきゃ怨霊になる事も、そもそも死ぬ事も無かったんじゃ‥‥いや、金が欲しいや逃げたいではなく、父親に迎えに来て欲しいと願った事でもう他の目は無かったのか____。
夜一は継当てだらけの古い粗末な着物を着た、痩せ細り酷い火傷跡のある見つけた時の乙女を思い出し溜息混じりに酒を呑んだ。
『かたん』
音がし夜一達が振り向くと直した筈の祠の扉の蝶番が一つ外れて傾いた。
「___ババァ、貴様の名はなんだ?」
夜一が言いながら顔を戻すと老婆の姿は消えていた。
「おい、ババァ!」
「___くんくん、居ないでち」
辺りを見回すと夜一が手に持っている通い徳利からちゃぽんと水音がした。
___あの業突く張り、まだ酒が残っているのに消えると思えねぇ。
玉が濁ったからか?直した祠がまた壊れたって事は力が弱まったのか?
「持って帰るのも面倒だ、最後の一杯はやるよ」
夜一は置かれていた空の湯呑みに残りの酒を注ぐと祠に置いた。
願い通りの縁を結ぶが結果は望んだ者の行いや心持ち次第___如何にも神らしいやり方だが貧乏神なら兎も角、力と貧相なナリが釣り合わん。
‥‥‥好きであの姿でいるのか?それとも制約や懲罰でも受けているのか?
「‥‥なら消えねぇのも辻褄が合う___が、わしには関係ねぇ、用は済んだ。連夜帰るぞ」
「はいでち!」
「___そういやわしの言いつけを守って乙女の事を話さなかったな、偉かったぞ。阿波座屋寄って菓子でも買って帰るか」
「じじ様はいでち!」
連夜は褒められ喜び飛びつき、夜一はそのまま抱くと木の葉が舞い上がり姿が消えた。
◆◆◆◆
「‥‥‥くそっ、わしとした事が‥やられた‥‥っ!」
阿波座屋で買い物をして狢庵に戻った夜一は、羽織っている着物を脱いだ際にぽとりと落ちた白い玉を見て目が点になり、自分の間抜けさに思わず俯いた顔を手で抑えた。
「いつの間に‥‥!くそっ、油断した‥!」
夜一は玉をちり紙やら懐紙やらを乱暴に掴むとくしゃくしゃと包み、更に自分の髪の毛でぐるぐる巻きにした上で箱に入れると、妖力で岩のように固めて封印した。
うっかりこいつの力で縁を結ばれると厄介だ___
願いが正しく叶うと浄化され、叶わないと濁るのだと思うが‥‥だがそれなら連夜が願ってすぐ浄化されたのは何故だ?
___わしは長い間病も怪我も無い、何があろうと連夜は守ると決めている。連夜の願いはもう叶っているからか?
「‥‥サッパリわからん、あのババァが何者かもわからねぇ、クソっ!!!」
夜一は封印した箱を倉の中へ投げつけ、老婆にしてやられたと歯軋りをし悔しがった。
「あーーーっくそっ!クソババァめ、覚えてろっ!絶対貴様の正体と玉のからくり暴いてやるからなっ!!」
夜一は倉を出るとがしゃりと錠をかけ、更に指を動かし厳重に封印を施した。




