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連夜と夜一  作者: anemone
18/21

オコジョ 5



黒檀と夜一は一度しか会った事が無い。

眷族でもない自分の頼みなんて、聞いて貰えなくて当然だ。だが他に頼れる者を知らず、那通を狢道に入れて貰えるだけで良い、必死の思いで嘆願したがまさか来てくれるとは思ってもいなかった。


「‥あ‥あいが‥と‥」

きっと那通はもう大丈夫だ。黒檀は目の前の背中を見上げ、安堵し視界がぼやける。


喉元を噛み切られ血を流し続けている黒檀は、自分は死ぬかもしれない。死んだら夜一様への約束を果たせなくなるからせめて感謝だけでも伝えなきゃ、と出ない声を振り絞り礼を言った。



「…‥‥ん?___でかした黒檀、褒めてやる‥!」

飛びかかってきたので取り敢えず蹴り飛ばした夜一は、むく、と起きる斑尾の尻尾を見て眼を細め、ニヤリと笑うと側にあった大きな岩を片手でむんずと掴み上げた。


「ふざけやがって‥儂を蹴ったのはどいつだっ?!そいつから喰ってやるっ」

「斑尾ぁっ!此処で会ったが100年目、とうとう見つけたぞっ!」

「この斑尾様を呼び捨てるたぁ、良いどきょ‥‥げぇっ?!お、お前は‥っ、ま、まさかっ、夜一?!!!何故お前がいるんだっ!!?さては儂を縄張りから出す為に騙し__ぎゃんっ!!」


夜一は自分を見て青くなった斑尾にすかさず掴んでいた岩を投げつける。

岩は勢い良くばかりと割れ、斑尾は頭から血を流し再びぱたりと倒れたが、こんくれぇじゃ死なねぇか、とつまらなそうに舌打ちすると振り向き黒檀を見た。


ぜいぜいと荒い息をし、その度に喉からは息が漏れ赤いあぶくが流れている。相当苦しい筈なのに、黒檀は決して自分を助けてとは言わない。


死にかけているのに満足そうな顔を見て、夜一は大した(てぇした)覚悟だ、気に入った、と口の端を上げた。


「連夜、黒檀がやべぇ。今すぐ千年鯉の鱗を貼って縫ってやれ。鼠共から二人を守れるか?」

「守るでち!」

「わしはあの糞鼠に用がある、任せたぞ」

「はいでち!」


夜一は連夜を肩から下ろすと斑尾に向かって跳び、任された連夜は張り切って火の玉を吐く。火は地面に燃え広がり、大きな丸い円の結界のように連夜達を囲んだ。


そしてかくし(ポケット)から木箱と瓢箪を取り出し、薄緑色の水を黒檀の喉元の傷へとかけ清めた。


「ちくちくするでち。我慢でち」

木箱から釣り針のような針ときらきら光る糸を取り出し、黒檀が頷くと喉元の大きな傷口に鱗を貼り付けた。当て布のように傷を覆う大きな鱗は柔らかく、針で刺しても割れず鱗の上から丁寧に傷を縫う。


「や、やめて!!どうして黒檀を縫うの?!そんな事をして痛くないの?!」

「ちくちくしないと死ぬでち」

連夜はじゃあ止める、とでも言いそうな様子で手を止め、死ぬという言葉に那通は慌てた。


「っ!い、嫌だっ、死なないで!お願い、黒檀を助けて!僕何でもするから‥!お願いっ!」

「わかったでち。待ってろでち」


連夜は再び縫いはじめ、針で縫われる黒檀を見るのはとても怖かったが、那通はぐ、と我慢して両手で膝を握り締め見守った。


傷を縫い終えると連夜は桃色のこんもりとした丸い貝を取り出し、薬をたっぷり塗ると不思議な鱗は溶けて隙間を埋め傷を塞ぎ、血はピタリと止まった。


 

その間も鼠達は目の前の燃え上がる焔を飛び越えようとしたが、鼠達が近づくと焔は鼠に向かって勢い良く燃え盛り、焼かれて悲鳴を上げた。

「熱いでチュウーーっ!」


「何をしてる、お前等ガキを捕まえろっ!早く行けっ!」

灰鼠は黒檀に噛みちぎられ、血が流れる喉元を抑えながら叫ぶ。このままでは怒り狂った斑尾の餌にされてしまう事を、一番付き合いの長い灰鼠は知っている。


「無理だチュウ」

「熱いでチュウ!」

「嫌だチュウ!」

「斑尾様が来ちまってる、ヤベェ位不機嫌だ、さっさと捕まえねぇと喰われるぞっ!」

「どっちも嫌だチュウ」

「死ぬのは嫌だチュウ、逃げるでチュウ!」

「今のうちに逃げるでチューっ」

「巫山戯やがって、逃げるなっ!」

怒った灰鼠が怒鳴ると、鼠達はピタリと動けなくなり止まった。


「う、動けないでチュウ‥!」

苛立ち怒った灰鼠は鼠達を前足と長い尻尾でぺんぺんと、連夜達に向かって次々と高く叩き飛ばす。


「ふざけやがって‥っ!行けっ!行けぇっ!」

「キキイっ!!酷いチュウ〜っ!」

「嫌だチュウーっ!」

「許してでチュウーっ!」

焔は鼠が飛んで来ると高く燃え上がり、焼かれた鼠達は焼け死ぬ時、黄土色の瘴気を放ちあの嫌な臭いが立ち上った。


灰鼠は少し考えると今度は下から鼠をすくい上げ更に高く飛ばし、逃げないよう妖力(ちから)で縛られている鼠達は震えた。


「終わったでち!」

「黒檀、大丈夫‥?」

「死なないでち」

薬を塗った後薄い木綿布をあて、包帯を巻き終え言うと那通は安堵し顔を上げた。


「あ、ありがとう‥!狸さん本当にありがとう!狸さんとっても凄いね、助けてくれてありがとう!」

那通は連夜に感謝しきらきらと尊敬の目で見つめ、

連夜はむふーーっ、と頬を赤らめ鼻息を出した。


「嫌だチュウーーっ!」

灰鼠に高く高く飛ばされた鼠に焔はぼう、と燃え上がるが届かず、初めて焔を超えた鼠が一匹ぺしゃりと目の前に落ち、褒められ上機嫌だった連夜はスンとなり鼠を見た。


「た、助かったでチュウーっ!」

「来るなでち!」

漸く焔を超え安堵した鼠だが、連夜は直ぐ様焔へと蹴り返す。


「ひ、酷いでチュウーーっ!」

鼠は蹴られた瞬間、連夜達に向かい瘴気を放つと叫び、焔に焼かれ死ぬ間際にも瘴気を放った。


那通はとうとう瘴気を吸い込んでしまい、力が入らず膝に黒檀を抱いたままパタリと横に倒れた。


「む?!こいつ弱いでちっ!」

那通は青い顔で倒れ、連夜はかくし(ポケット)から団扇を取り出しふん、と一煽ぎすると団扇は連夜よりも大きな大団扇になった。


「消えろでちっ!」

連夜は一扇ぎし、大きな風がぶわりと吹くと焔の結界は消え、更に取り出した木の葉を数枚放り上げ、大団扇でぐるり扇ぐと木の葉が舞うつむじ風が現れた。


「くさいのとばすでちっ!ふんっ、ふんっ」

つむじ風は扇ぐ連夜に合わせて動き、周りを旋回しながら嫌な臭いの瘴気を勢い良く吹き飛ばす。

鼠達は突風に飛ばされないよう、目を閉じて必死で踏ん張った。


辺りの瘴気をすっかり吹き飛ばし、満足した連夜が扇ぐのを止めると風は収まり、灰鼠は目を開け叫ぶ。


「火が消えたっ!今だっ!」

「血を飲むでチュウーーっ!」

「お腹が空いたでチュウ!」

「死んで味が落ちようが構わねぇっ、もう逃げられねぇよう瘴気で弱らせろっ!あの変な黒オコジョは俺が頂くっ」

鼠達は今が好機と動かない那通達へ向かって一斉に瘴気を吐き出しながら走った。


「臭いでちっ!」

懸命につむじ風(つむじかぜ)で鼠達の放つ瘴気を飛ばした連夜は怒り、大きく息を吸うと両手で大団扇を握り妖力(ちから)を込めて大きく扇ぐ。


「来るなでちっ!!」

すると木の葉のつむじ風は細長く伸びた竜巻となり、鼠達に襲いかかった。

「ふ、ふんぐ‥ち、畜生ーーーっ!」

「チュウーーーっ!」

「あっち行けでちーっ!」


踏ん張る灰鼠もろとも凄い勢いで鼠達を巻き込み、灰色になった竜巻は連夜が両手で団扇を大きく空へ向かって振り上げると、そのまま空高く遠くへ飛んで行き、きらーんと最後光ると見えなくなった。


「___綺麗になったでち!」

鼠達と一緒に臭いも瘴気も吹き飛ばした連夜はふう、と額を拭い満足気に頷いた。


◆◆◆◆


少し時は遡り、厠へ行く為に外へ出た那通の父親は母屋の戸が大きく開いているのに気付き、誰も居ない部屋を見て胸騒ぎがして厠の戸を叩いた。

「那通、居るのか?那通?!____?!」


返事は無く厠の戸を開けると中には誰も居ず、こんな夜中に一体何処へ?!父親は青くなり辺りを見渡した。

こんな夜中に、何処へ行ったというんだ?


「っ?!」

家の周辺を回って探していた父親は、目を見張り息が止まる。那通の母親の墓の前に、母親がぼう、と淡い光を放ち立っていた。思わず駆け寄ろうとしたが、母親は何かを訴えるよな必死な顔で父親の背後の山を指差した。


早く、お願い 那通を 助けて


声は無かったが母親の唇は動き、父親には声が聞こえるようで何度も頷くと、淡い光は弱まり母親の姿は今にも消えそうで慌てて声をかけた。


「わ、わかった‥!わかった、那通は必ず見つける、ありがとう‥!」

父親は母親の姿に思わず涙が溢れたが、早く、と言う必死な顔にぐ、と涙を拭う。


「すまない、ありがとう‥!」

言うと未練を断ち切るように指差された方へ踵を返し走り出した。


◆◆◆◆


大丈夫だな____

少し離れた場所から見ていた夜一は、鼠達を吹き飛ばす連夜の様子に満足すると、先程から喚いている足元を見た。


「儂は脅されたんだっ!本当だっ、あの性悪女狐に脅され仕方無かったんじゃっ!!」

夜一に踏みつけられ、逃げられない斑尾は必死で叫んでいた。


「貴様に会いたくて随分探したぜ?」

「くそっ!!お前等コイツを何とかしろっ!__って何故誰も居らんっ?!灰鼠!何処だぁっ!」

「ははっ、とっくにお前を見限り全員逃げたわ。眷族に見捨てられるたぁ随分慕われている、流石斑尾だ」


夜一の馬鹿にした言い方に、簡単に挑発された斑尾はかぁと頭に血が登る。

「ば、馬鹿にしおって‥もう許さんっ!!汚ねぇ足でいつまで儂を踏んでるっ!どけえぇっ!!」


斑尾は怒り叫ぶと身体が夜一の倍程にも大きくなり、ひょいと避けた夜一を見下ろした。


「くふーっ、くふーっ!儂を舐め腐りやがって‥!こうなったら貴様から喰ってやるっ!!」

「わしを喰う?面白ぇっ、出来るもんならやってみやがれ糞鼠っ!」


口を開け、大きな牙を更に鋭くすると頭目掛けて襲い、防ぐ為に上げた夜一の左腕を牙でがっちりと噛み捉えた。


斑尾はニタリと笑い、腕を噛み砕こうと顎に力を入れるが動かず、夜一はぐ、と腕に力を入れると手前に引き、腕を捉えていた牙をバキバキと砕いた。


「あ、あが‥っ?!!」

「貴様如きがわしを見下すたぁ頭が高ぇっ____ひれ伏せ‥っ!」


夜一はとん、と軽く飛ぶと脳天から真っ直ぐ下へと蹴り落とし、斑尾の頭は土下座をするように地面にズッポリめり込むと、身体は元の大きさよりも小さな猫程にシュルシュルと縮んだ。



「あが‥っ、な、何故じゃ‥‥っ!?___よ、夜一、夜一様、許してくれっ!本当に儂は脅されたんじゃっ、夜一様のガキの気を引いて引き離せと__」


夜一は小さくなった斑尾の首根っこを掴み上げ睨み、斑尾は慌てて謝りだした。


「わしの【絶対殺す番付(リスト)】で貴様は不動の関脇(三番目)だ。脅された何だと嘘ばかり言いやがって、連夜を喰うつもりだったのをわしが知らねぇとでも思ってんのか?」

「違うっ、悪いのは儂を唆した九尾だっ!仕返しならあの女狐じゃっ!!」


「九尾はとっくに済んだ、貴様で終い(しまい)だ」

「は、はぁっ?!お前が九尾を倒したというのか?!儂を脅そうと吹くのも大概に‥っ、や、ヤメローーっ!」


夜一は斑尾の胸にずぶりと右手の爪を突き刺しそのまま指を沈め、引き抜くと指には紅い小さな栗程の宝石のような石を掴んでいた。


「こんな矮小な妖力(ちから)でわしを喰う等大言壮語、よく吐けたな」

「か、返せっ!儂の妖力(ちから)を盗る気かっ?!!」


胸に穴が空き血が流れるのも構わず、必死に紅い石へ手を伸ばしジタバタと暴れたが、夜一は斑尾の目の前で指を閉じると紅い石、妖の力の源である妖核は粉々に砕け散った。


「ぎいやああああーーっ!!」

すると絶叫した斑尾の身体は萎み少し大きな普通の鼠となり、夜一はぷつんと自分の髪の毛を抜き、す、と指でしごき長く伸びた髪を斑尾の首にぐるぐると巻きつけ結んだ。


手を離し斑尾を地面に落とすと髪の毛を飼い紐のように持ち、連夜達へと歩き斑尾は身体をずるずると引き摺られた。



「那通ーーーっ!!何処だぁ、那通ぅーーっ!」

歩く夜一に、那通を探す父親の声が耳に入る。


「那通ーーーつ?!那通っ!!何処だ、返事をしてくれーーっ!!」

「此処だ、ガキは無事だ!」

「っ?!」



「___ああ、鼠共の瘴気にあてられたか」

歩いてきた夜一は、青い顔で汗をかき意識がない那通を見て呟く。その横で連夜はゴリゴリと薬研を動かしている。


「な、那通っ?!」

駆け寄って来た父親は驚き、慌てて抱き上げようとしたが夜一はす、と手を出し止めた。


「待て、今触ると貴様にも感染り面倒だ。連夜が薬を作ってるから少し待て」

「く、薬?!」

この子狸が?!父親は思うが包帯を巻かれ手当をされている黒檀を見て、次々と溢れる疑問に狼狽えた。


「い、一体何が?!寝ていた筈なのにどうしてこんな山の奥へ?貴方は一体‥?」

「わしは夜一、黒檀に助けを請われて来たがまだ何も聞いていねぇ。黒檀、声は出るか?」


黒檀は驚き自分を見つめる父親の顔を見て覚悟を決めると頷き、鼠達が那通を攫いに来た事、それからの出来事を話し、聞いた父親は顔が青褪めた。


「な、那通を食べる‥?何故、何故鼠が那通を狙うんだ?!」


「コイツの好物が人間のガキだからだ」

夜一は手の髪をくい、と引っ張り小さくなった斑尾は前に引っ張り出されこてん、と転んだ。


「力を抜きわしの髪で縛っているが、こいつは旧鼠だ、知ってるか?」

「旧鼠‥?」

父親は眉を顰めたが、黒檀が頷く。


「竹林に住む旧鼠だ。竹林を縄張りにしている、人間を喰う大きな旧鼠が居るから近づくな、って狸に聞いた事がある」

「竹林か」

夜一は縄張りの場所を聞きニヤリと笑う。


「出来たでち!若水かけるでち」

連夜は用意していた瓢箪の水をかけると那通の身体は淡く光り浄化され、小さな光の粒が上り消えると出来上がった薬を那通に飲ませた。


「‥ん‥‥こ、黒檀‥っ、お父‥‥!」

薬を飲みこむと那通はたちまち目を開けた。


「那通っ、大丈夫か?!何処か痛いとこはないか?!」

父親は堪らず那通に駆け寄ると、途中で拾った那通の敷布団代わりの毛皮でくるみ抱きしめた。黒檀はその様子に心から良かった、と安堵し最後くらいは素直な気持ちを伝えようと那通を見た。



「___那通、ありがとう。俺なんかと仲良くしてくれて、本当は凄く嬉しくて毎日とても楽しかったんだ。ありがとう」

意識が戻った那通は黒檀の言葉に、もう会えなくなるとすぐに悟り首を振った。


「‥黒檀?‥はっ!黒檀、嫌だっ!!お父っ!黒檀は友達なのっ!黒檀が助けてくれたんだっ!」

「俺、夜一様と約束したんだ。一生夜一様の為に働くから那通を助けてってお願いした。俺一人じゃ那通を助けられなかったから‥那通が助かって俺は満足だ、だから約束を守る」

「そんな‥っ!嫌だっ!お願いします、黒檀を連れて行かないでっ!僕も手伝うっ、一緒に働く、ね?!だからお願いしますっ!」


夜一に懇願する那通に、連夜はふりふりと首を振る。

「駄目でち。お前わちに約束したでち!何でもする約束でち」

「何を頼まれたんだ?」

「黒檀助けろお願いしたでち!」


連夜の言葉に父親はこのままでは二人共連れて行かれる、と慌てた。


「ま、待ってくれっ!那通は俺の息子だ、そして黒オコジョ、黒檀は息子の友達で命の恩人だ。二人の負債は親の俺が全て背負う!どうか二人を連れて行かないでくれっ」

「‥‥親父さん‥?!」


「知っていたよ、二人が一緒に居るのを何度か見かけてな。だが隠しているようだったから、下手に言うとお前は那通の前から消えるんじゃないかと思って知らないふりをしていたんだ」


父親は夜一を見ると土下座し頭を下げた。

「那通と黒檀の薬代は俺が一生かかってでも必ず払います。証文も書く、お願いしますっ!」

「____良いだろう、二人の薬代は貴様持ちだ。連夜、良いな?」

「はいでち!」


「だがわしが動いたのは別だ。わしは薬代程安くはねぇ。約束通り働いて貰うぞ、黒檀」

「はい」

素直に頷く黒檀に、夜一は懐から手形を取り出し渡した。


「まず怪我を治せ。その間お前のやりたい事や出来る事、仕事は何をするか考え決まったら言いに来い。わしの為に働いて貰うが居候はさせん。自分の家から通え」


泣きそうになっていた那通は、夜一の言葉に顔を上げると叫んだ。

「黒檀の家は僕の家だよ!黒檀の寝床だってあるんだ、嘘じゃない、本当だよ!ねぇお父、良いよね?!」

「あゝ、勿論だ。どうかうちで一緒に暮らしてくれないか?家族として、これからも那通を頼む」


父親と那通の言葉に黒檀は驚き、まるで奇跡が起こったようで身体がぷるぷると震えたが、夜一は眉間に皺寄せ父親を睨んだ。


「家族だと?その言葉に最後迄責を持つのか?黒檀は良い毛を持っている上、妖者だ。知られれば必ず狙う人間が出て来る、最後迄守る覚悟はあるのか?手に負えなくなったと捨てたり売ったりしたらわしは絶対赦さねぇ。売れば貴様のガキを攫い売り飛ばし、捨てれば貴様を殺す。半端な覚悟で関わるな」


「絶対そんな事しないよっ!ずっと一緒に暮らすんだ!」

「黒檀を息子同様大切にすると約束致します。どうかうちに来る事を、私達と家族となる事をご承知願います」


黒檀はぞわぞわと全身の毛が逆立ち、震える身体を堪えながら不機嫌そうに父親を睨む夜一を見つめていると夜一は振り向き目があった。


怒られると思ったが、夜一は一転、穏やかな声と眼差しで黒檀に聞く。

「お前と家族になりたいと言ってるがどうする」

黒檀は驚き言葉が出ず、それでも目を見開き夜一を見つめ、身体は勝手にコクコクと何度も頷く。


必死な姿に夜一はふ、と笑うと両手を合わせて顔の前でぱん!と打った。


「___友の為に身体を張った黒檀の心意気に免じ、大妖夜一様が見届け人だ。今この時より貴様等は家族となり仲睦まじく暮らせ」


「‥‥う‥うわーんっ!!ふぐっ、ひっく、ありがと‥親父さんありがとう‥っ、俺‥一生懸命働く、決して迷惑をかけないよ‥っ!」


号泣する黒檀を那通は嬉しくて笑顔で抱きしめる。

「黒檀、これからはずっとずーっと一緒だね‥!」

「那通も黒檀もまずは身体を治さないとな」

「毎日飲むでち。貝の薬塗るでち」

「あ、ありがとうございます‥!」

薬袋を二つ連夜は差し出し、父親は腰を屈め両手で受け取った。


「ありがとう、連夜くん、黒檀と僕を助けてくれて本当にありがとう!」

「むふーっ」

「わかっているだろうが、旧鼠の竹林には暫く近づくなよ」

「わかりました」

「連夜、行くぞ。黒檀またな」

夜一は連夜を抱くとふわりと飛び、三人は見上げ見送った。



「___さあ、俺達も家に帰ろう」

父親は黒檀を抱いている那通を抱き上げる。

少し大きくなった那通の重さを両手に感じながら、無事な姿にこの数時間の出来事が、久しぶりに見た母親の姿が頭に浮かび涙が込み上げてくる。


俺があまりにも情け無くて来たんだな。心残りをさせてすまない。お前を助ける事が出来なかったと自分やまわりを恨むのはもうやめる。だから安心して休んでくれ。


___家族が増えた、薬代を返す為にも釈迦力(しゃかりき)に働かなくては。


父親は憑き物が落ちたようなスッキリとした顔を上げると家へと歩きだした。




◆◆◆◆


「随分長ぇ事隠れていたな。貴様の臭いと瘴気が染み付いて臭くて仕方ねぇ」

「‥‥‥‥‥‥臭いでち」

竹林の入り口へと来ると連夜はまたこの臭いか、とうんざりしたように顔を顰め、斑尾は必死に中へ入りたがるが、夜一に繋がれている為前に進めずジタバタともがいた。


夜一は繋いでいる髪を巻取り、近くの高い木を見上げるとふわりと飛び、てっぺんの高い枝に斑尾をぐるぐると縛り付けた。


「わしの髪で縛ってあるから絶対解けねぇ、干されて飢え死にしやがれ」

「キキィ、夜一様、儂を夜一様の眷族にしてください!忠誠を誓い夜一様の為に働くっ、お願いだっ

助けてくれっ!」

「貴様を眷族にする位なら、腹で毒蛇飼う方が万倍マシだ」

斑尾は逃れようともがき、髪が身体に喰い込み血が流れた。


「竹林の貴様の結界は壊れたが、まだ妖力(ちから)の残滓があるようだから戻れたら生き残れるかもな。精々足掻け」

「行くなっ、助けてくれ夜一っ」

「貴様との悪縁はこれで終いだ、あばよ」

夜一は上機嫌で笑うと斑尾の前から空へふわりと飛んだ。


斑尾は夜一の予想より遥か早くにその生を終えた。

夜が明けると飛んてきた大鷲が啄み、斑尾の頭は簡単に胴体から離れたが、途端に広がる臭いにすぐ様嘴から離し、斑尾の小さな頭は音もなく落ちていった。



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