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連夜と夜一  作者: anemone
17/21

オコジョ 4



「じゃあお父は急ぎの仕事があるからちゃんと寝てるんだぞ」

「うん。お父、おやすみなさい」

「ああ、お休み」


父親は那通の頭を撫でると小さな火鉢を手に母屋を出て行った。


引き戸の戸口が閉まると那通は布団の中から真っ暗な天井を見つめ思わず笑みをこぼす。


「‥‥冬になったら黒檀が来るんだ、楽しみだなぁ‥‥黒檀の好きな干し肉や木の実は足りるかな?足りなかったら僕のご飯をあげよう。お父がくれた双六、早く一緒にやりたいなぁ‥‥」


以前父親は木彫り仕事を頼みに来る商人に頼み、那通へ絵巻や草双紙(えほん)、双六を買って来て貰い字の読み方を教えてくれた。


双六はとても楽しかったが草双紙と違い一人では楽しむ事が出来ず、まだ父親と一度しか遊んだ事がないので黒檀とやってみたいとずっと願っていた。


既に黒檀は天井で寝ていると知らない那通は、黒檀と一緒に暮らす想像をしながら微睡み、やがてすうすうと寝息をたてた。


その夜那通は、黒檀と一緒に双六で遊ぶ夢を見た。

黒檀は那通と父親と三人で囲炉裏を囲み、一緒に暮らす夢を見ていた。


黒檀は那通の父親を『親父さん』と呼び、呼ばれて返事をする父親の優しい笑顔を見つめ、あゝと気がつく。


____こんな事はあり得ない。これは夢だ。‥‥夢だとわかっていても幸せだ‥なんて幸せな夢なんだろう。


「かたん」


黒檀が思っていると音がし、夢の中の父親は戸口へと目をやった。

『誰か来たか?』

「!!!?」


外から風が吹き込み、共に今迄嗅いだ事がないような強いすえた臭いがし、黒檀は一瞬で夢から目覚めびくりと身体を起こした。


 

「キキイーっ」

「そのまま布団で簀巻にしろ、行くぞ」

「大事なご馳走だチュウ!」

「包んで持ち帰りだチューっ!」

「な、那通っ?!何だ?!ね、鼠っ?!」


開いた戸から暗闇に紛れ、異様な臭いの元である大量の鼠が雪崩れ込んでいた。

ご馳走だと囃し立てながら掛け布団を剥ぎ取ると、敷布団代わりの毛皮でぐるぐる簀巻にして那通を攫い、黒檀は慌てて飛び降りた。


「待てっ!!那通を何処に、どうして連れて行くんだっ!ご馳走って那通の事か?!どうする気だっ!!?」

「チュウーっ!」

鼠の大群はまるで黒い波のように那通を攫い、黒檀は慌てて後を追う。


「那通っ!!くそっ!追いつけないっ!!むむむむーっ!」

鼠達は那通の簀巻を乗せ、その上に灰鼠が乗り抑えたまま山の奥へと走り、黒檀は念じると大きな黒い犬に姿を変え走った。



「那通ーーーっ!!那通を返せーーっ!!」

「な、何だ?あの犬は?!おめーら急げっ!」

「怖いよーっ!!お父なの?!誰なのっ?!出してっ!怖いよーっ!!お父っ!!」

起きた那通は動けない毛皮の中で、怖くて泣いて暴れ出した。


「暴れるなっ!ちっ、大人しくしろっ!くそっ、瘴気をかけて弱らせたいが、ガキは下手すりゃ死んじまうからな」

「那通ーーーっ!!」

「こ、黒檀?!黒檀っ怖いよ!動けないよっ!」

「あいつら那通を泣かしやがって‥っ、許さねぇっ!」


那通の怯えた泣き声に黒檀は怒り、灰鼠へと飛び掛かると付き飛ばし、そのまま爪を立てて抑えこむと喉元に咬み付いた。


「っ!!」

灰鼠も負けじとぐりん、と驚く程首を伸ばし黒檀の喉元に咬みついたが、構わず首を強く振り灰鼠を投げ飛ばし、お互い噛みちぎりあい喉元からぼたぼたと血が流れた。


鼠達は簀巻の那通をその場に放り出し、灰鼠に加勢する為一斉に黒檀へと向かった。

黒檀は自分に向かって襲ってくる鼠達を、踊るように跳んでは爪を立てた両手足で踏み潰し噛み殺した。


「‥‥ひ‥っ、こ、黒檀何処なのっ?!怖いよっ黒檀っ!何処に居るのっ?!黒檀っ!!」

見た事もない大きな黒い犬と、大群の鼠が血塗れで争っている恐ろしい光景に、那通は地面に放り出されたままずりずりと後退る。


「くそ‥っ!ガキを奪われたら俺等が餌にされる‥!逃してたまるかっ!」

地面に叩き落とされた灰鼠は、痛みを堪えながら起き上がるとそのまま那通へ向かって走った。


「那通っ!!」

「____?!‥こ、黒檀?!黒檀何処に居るの?!」

「伏せろっ、那通っ!!」

黒い犬が自分に向かって走ってくるのが恐ろしく、ずりずりと後退ったが自分を呼ぶ黒檀の声に止まり、両手で頭を抑えぎゅ、と目を瞑った。


犬は那通ではなく後ろに居た灰鼠に飛び掛かり、足で強く抑えつけ叫ぶ。


「那通っ!!俺の背中に乗れっ!!早くっ!!」

「‥‥こ、黒檀なの‥?」

「そうだ、早く乗れっ!!急げっ!」

「う、うん‥!」


黒檀は灰鼠を抑えつけながら叫び、那通は慌てて起き上がり黒檀の背にしがみついた。

「お前等逃すなぁっ!」

「チュウーーっ!!」


那通は犬の黒檀に飛び乗ると、鼠達も逃すまいと一斉に二人に飛びかかる。


「絶対離すなよっ!」

飛び掛かる鼠達が届くより僅か早く、黒檀はふん、と妖力(ちから)を足に込めると大きく跳んだ。


「追えっ!!このままじゃ全員斑尾様に喰われるぞっ!!」

灰鼠は血が流れるのも構わず怒鳴ると黒檀達を追い走り出し、鼠達の群れもぞろぞろと続いた。




その頃斑尾は久しぶりのご馳走が楽しみで待ちきれず、竹林の入り口で今か今かと待ち構えていた。


「‥‥遅い、遅いぞ、まさか失敗したんじゃ?!様子を見に行くか?いや、でも‥‥‥はっ?!まさか、あいつら儂のご馳走を食べたりしていないだろうなぁっ?!」


強欲で疑り深い斑尾は、配下の鼠達が少しだけ、と一口ずつこっそり摘み食いをする様を想像すると落ち着かず、ぐるぐるとその場を回りだした。


大群の鼠が各々一口だけ、と齧りご馳走の子供はどんどん小さくなっていく。


「もう半分もなくなったではないかっ!!ええいっ!!儂のもんじゃぁっ!!あいつ等許さんっ!!」

斑尾は一人で勝手に怒り叫ぶと竹林から飛び出し走り出した。


◆◆◆◆


「黒檀、黒檀だよね?!大丈夫?!血が出てるよっ!」

黒檀は身体中傷だらけで、特に喉元の傷は深く血がボタボタと流れている。だが黒檀に返事をする余裕は無く兎に角走る。

 

どうしよう?!あいつ等那通を攫って食べる気だ‥!家を知ってるから帰るのは駄目だ!もうすぐ妖力(ちから)が尽きてしまう‥、どうすれば___。


「儂のガキは何処だー?!あいつ等は何処だ?!」

「?!」

登ろうとしていた獣道の奥から恐ろしい声がし、黒檀は慌ててそのまま山道を走る。


何故那通を食べようと?どうすれば助けられる?!俺も那通も傷がある、手当もしてやりたいが薬も無い、あゝ俺にもっと力が有れば‥‥力が全然足りない‥っ!ちゃんと鍛えていたのに____はっ!!


逃げ道、薬________夜一様だっ!

黒檀は夜一を思い出し、更に脚に力を込めて地面を駆けた。


「む?!血の臭いじゃ‥‥すんすん、やはりアイツ等っ!絶対許さんぞぉっ!」

獣道から降りてきた斑尾は黒檀の血を臭いを追い走り出した。



◆◆◆◆


「はぁ、はあ‥っ??!!」

目的の狸像に辿り着くと黒檀は力付き、黒い犬からオコジョの姿に戻り倒れこんだ。


「黒檀っ!大丈夫?!ああ‥っ、血が沢山出てるっ!」

那通はキョロキョロと薬草がないか見回し、立ち上がり探しに行こうとした時、恐ろしい声が響き足が竦んだ。



「何処だーーーっ?!儂のガキは何処だぁっ?!」


「早く探せっ!!絶対見つけて捕まえるぞっ!」


涎を垂らし怒り狂う斑尾と、そして反対の方角からは灰鼠と鼠の大群が迫り、力尽きもう動けない黒檀は狸像に向かって必死で叫んだ。


「夜一様お願いだっ!!那通を助けてっ!!鼠が那通を食べようと‥、那通を中に、狢道に入れてくれっ!お願いだっ!俺は何でもするっ、一生夜一様の為に働くと誓うっ、お願いしますっ!!!」

「黒檀っ、喋っちゃ駄目だ、血が‥!」


「み〜つ〜け〜た〜」

斑尾は二人に気付き、ニタニタと笑うと走り出した。


不気味な声がし見た那通は、驚く程大きな鼠にひっ、と怯え、黒檀は更に大きな声で叫ぶ。


「夜一様っ!!那通だけで良いっ、中に入れてくれっ!!お願いしますっ、俺はどうなっても良いから頼むっ、たった一人の友達なんだっ!!」

「あそこだっ!もう逃げられねぇよう瘴気をかけろっ!」

「キヒヒッ!儂のもんだーっ!」

「那通っ」

右方向から鼠の大群が異臭のする黄土色の霧、瘴気を吐き飛ばし、左方向からは凄い速さで走ってきた斑尾が飛びかかる。


黒檀は那通の前に立ちはだかったが、後ろから那通は庇うように震える手で抱きしめた。

「大丈夫‥怖くない‥‥、黒檀が一緒だから怖くない‥!」

黒檀は震えながら抱きしめる那通を見上げ、目が見開いた。

「___‥あ‥あいが‥‥と」


「____んげっ!!」

斑尾は那通に届く事はなく後ろへと大きく蹴り飛ばされ、凄い速さでザリザリと地面を削りめり込みながら漸く止まった。



「臭いでちっ!!」

「酷ぇ風の日だ、悪いなんてもんじゃねぇな」

夜一は眉間に皺寄せるとふう、と煙管の煙を深く大量に吐き出し、煙は辺りの鼠達の瘴気を飛ばした。


「キキィーーっ!!!」

「じじ様に近づくなでちっ!!」


連夜は迫りくる鼠達に息を吸い込むと、口からポンポンと大きな火の玉を吐き、鼠達は鳴き声を上げ一斉に逃げ出した。




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