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連夜と夜一  作者: anemone
14/21

オコジョ 1



都から北東にある山岳地帯の山にある小さな小屋で少年は父親と二人で暮らしていた。

父親は元々麓の村で暮らしていたが少年那通(なつ)は不作が二年続いた年に非常に難産で産まれ、痩せた母親は産後の肥立が悪く数日でそのまま後世(ごせ)へと旅立った。


当時薬師をしている村長が以前唐物の良い薬、万病に効く『金丹』を持っていると自慢していたとの話を聞き、父親はあるだけのお金を持参し売って貰えるよう頼んだ。


だが村長は産婆から那通の母親の様子を聞いただけで首を振った。


「お前の嫁はもう手遅れだ、薬を飲んだところで助からん、諦めろ」

「待ってくれ、診てもいず何故わかるんだっ!ちゃんと金は払う、足りないなら必ず後で払う、証文だって書くから助けてやってくれっ!この通りだ!」


何故わかる、と言われたのが余程気に障ったのか村長は顔を赤くし怒鳴り出した。


「わしは村の為に医術も勉強した薬師だぞっ!!どれだけ村の連中を助けてきてやったと思っている!お前になにがわかるっ!あの薬『金丹』は非常に貴重なんだっ!二度と手に入るものじゃないっ、売り物じゃ無いんだっ!」


「あいつはまだ生きているっ!万病に効くんだ、その薬を飲めば必ず助かる!後生だ、息子も生まれたばかりなんだ、母親を助けてやってくれ!どうか‥、お願いします、お願いします‥‥っ!」


「わからん奴だ。あの薬はわしが自分の為に苦労して手に入れたものだ、何故売らなきゃならん?!そんな端金で足りるかっ!絶対売らんっ、諦めろっ!おいっ!こいつを追い出せっ!」


村長の家の下男は父親を突き飛ばし追い出すと戸をぴしゃりと閉めた。

「また来たら次は酷い目に遭わすぞ!おい、盗まれたら事だ、しっかり見張っておけ!」


悔しさと怒りを抑え仕方無く家へ戻ると泣いている赤子の那通を慌てて抱き上げた。


唯一の頼みの綱だった薬師である村長があの様子ではもう此処では薬は手に入らない。都まで薬を買いに行くか、医者を連れて来るしかない。

だが一番近くの都までどんなに急いでも往復六日はかかる。


産まれたばかりの赤子と青い顔で寝込んでいる母親、六日も放って行く事は出来ない。一体どうすれば____。


悩んだ父親は隣の家から順番に村の家を回り頭を下げた。


田植えの繁忙期の為何件も断られ、かなり渋られたが充分なお金を支払う条件で何とか都へ行く間、赤子と母親の世話を引き受けて貰えた。


説得するのに時間がかかり、夜になった為夜明けとともに出立すると決め、急いで支度をした。

だが出立する事なくその夜未明に那通の母親は実に呆気なく息を引き取った。


父親は亡くなった母親の手を握り締めすまない、助けてやれなくてすまないと一人涙を流し、村で葬儀をせず赤子の那通を前に抱き、棺桶を背負い山に登った。


薬があるのに売ってくれず診てすらくれなかった村長。繁忙期で人手が欲しいのはお前だけじゃない、そもそもこんな時期に子を作らなくとも良かったじゃないか、と迷惑そうに笑う村人達。

沸々と湧き上がる怒りと悔しさを堪え山に入った。


見捨てられたようなものだ。お前を送るのにあんな連中の手は借りない。俺と那通で送ってやるからな____。


父親は山の中に捨てられた小屋を見つけ、近くに一人で穴を掘り母親を埋葬した。


それからの父親は人が変わったように厭世的になり、村人とは一切口をきかず那通が一歳になる頃山で見つけた小屋を直して移り住んだ。


冷静に考えれば村長の言う事にも一理ある。

二度と手に入らないかもしれないような貴重な薬、自分や家族に何かあった時の為にとっておきたい。

村人だってそうだ。米の出来は自分達の糊口を凌ぐだけでなく生き死に関わる____皆必死なんだ。


自分に言い聞かせるが顔を見ると恨みが募る一方で村を出た。


那通の為にもこんな父親ではいけない。あいつが命をかけて残してくれたんだ、人を恨むひねた人間にしちゃ駄目だ____。


忘れる為に木彫り職人の父親はひたすらのみと彫刻刀を握り、木を彫り母親の墓の側で静かに暮らした。


仕事に没頭したせいか、父親は那通が物心ついた頃には頼まれて欄間を彫るようになっていた。


山へ移り住んで五年経ち、部屋を一つと彫刻刀で那通が怪我をしないよう小さな仕事用と倉庫の部屋も増えた。そんな父親を幼い那通は小さな畑や薪拾いをして働きよく助けた。



いつものように山の中を歩きながら那通は薪を拾った。山の中では色んなけものが住んでいて、時々逢えるのが楽しみだ。


雄鹿や角兎、猪は危険だから絶対に近づいちゃいけない。山犬や熊等もってのほかだ。だから角のない兎やりす、小鳥といった可愛いけものと仲良くなりたかったが那通が近づくとすぐに逃げられがっかりした。


那通は驚かさないよう、こっそり眺めて楽しむようになった。


ある日薪を拾っているとかさかさと音がし、那通は音のする方を見た。すると丸い顔に長い胴体で直立している初めて見る黒いけものが居た。


「か‥‥可愛い‥!」

身体はそれ程大きくなく、那通の両手に乗りそうで思わず声を上げるとけものはぴくりと那通を見て二人は目があった。


那通は嬉しくてつい近寄ろうとするとけものは突然その場でぴょんと跳ね出した。

「えっ?!」


けものはぴょんぴょんと跳ねて踊りだし、那通が驚いていると次の瞬間大きく飛び視界から消えた。


「あっ?!待って!何処?!」

那通が必死で探すとけものは先にある岩陰へと飛び姿を隠した。

「ごめんよ、声を出してごめん!僕は那通、那通だよ!とても上手な踊りだったよ!何も怖くしないから、また会いにくるから仲良くしてね!」


那通は必死で声をかけるがけものはもう現れなかった。



「お父!」

「どうした、何かあったか?」

家に戻るなり珍しく大きな声で呼び、木彫りをしていた父親は驚き興奮した様子の那通を見た。


「可愛いのが居たよ!凄く可愛いのが居た!」

父親は興奮して話す那通の話を聞くと少し考えた。

「‥‥お前の話からすると恐らくオコジョだな」

「おこじょ?」


「ああ。だけどオコジョは茶か白だ、黒は見た事が無い。‥‥まさか管狐じゃないだろうな、尻尾は何本だった?」

「尻尾はひとつで黒だった。手と足の先が白くて可愛いかったよ。茶と白いのも居るの?」

「夏毛と冬毛で色が変わるんだ。夏は茶色、冬は受難の白になる」

「受難の白?」


「オコジョは良い毛をしていてな。冬毛になると尻尾以外真っ白になるから毛皮が高く売れる。皆冬に狩るんだ」

「可哀想だよ、あんなに可愛いのに‥!まっすぐ立っていてね、目があったらこう、ぴょんぴょん跳ねて踊るんだ」


「踊ったならやはりオコジョだな。‥‥本当に黒なら珍しいから冬でなくとも狙われるぞ。猟師に会わなければ良いが」

「この辺は猟師が来ないから大丈夫だよね、また会えるよね」


「オコジョは可愛いが気性が荒い。兎や自分より大きな鳥も狩るんだ。オコジョが踊ったら近づいては駄目だ、気を逸らした隙に攻撃してくるかもしれん。わかったな?」

「あんなに可愛いのに‥‥とても強いんだね、わかったよお父、近づかないで遠くから見るよ」


父親は嬉しそうに笑う那通を見つめ、不憫になり目を少し伏せた。


オコジョを見ただけでこれ程喜ぶなんて‥‥こんな山の中に連れて来られ、まだ七つにもならないのに友達と遊んだ事すらないのだから____自分のせいだ。


「‥‥那通、すまんな。俺のせいで寂しい思いをさせて‥‥」

「お父、どうしたんだ?寂しくなんかないよ?」

「‥‥そうか、それなら良いんだ」

父親は無理に笑うと頭を撫で、那通は嬉しそうに笑った。



それから毎日歩きながらオコジョを探した。 

「おこじょー!僕は那通だよ、怖くないよ!胡桃を持って来たんだ!」


暫く待つがオコジョは来ない。

那通は薪を拾い終えると、置いてくから食べてね、と言い近くの木の根本に胡桃を置いて帰った。


那通が帰ると木の上から黒いオコジョは降りて来てくんくんと胡桃の匂いを嗅ぐと両手で持ちがり、と噛んだ。


「あいつ、那通とか言ったか、いつも一人だな。人間は群れで生活するんじゃないのか?‥‥どうせなら肉を持って来いよ、ぺっ、殻はイマイチだ、中のはまあまあ美味いけど」

オコジョはぶつぶつ言いながら胡桃を食べた。


「‥‥大禍時だ」

胡桃を食べ終わる頃、日が傾き辺りが紅く染まりオコジョはぴょんと飛ぶと子狸に変化した。


「確か今日だ」

オコジョは狸に化けると走り出した。

最近山の狸達は夜になると集まって何か相談をしており、興味を持ったオコジョは狸に化けて集会に混ざるようになった。



「隣山の奴等は狢道を繋いだそうだ」

「で、どうなんだ?!」

「儂等じゃ精々山の中しか行き来できんが、あちこちの都に行けるようになったらしい」

「本当か?!」


「都に用なんてねぇだろ」

「ずっと遠くの山や、海にも行けるそうじゃ」

「何っ?!!海だと?!馬鹿なっ!どれだけ遠いと思ってる、そんな事出来る訳がないっ」

「本当らしい、嘘を言ってるようには見えなんだ」


「‥‥代償は何だ、その夜一とやらに繋いで貰った狢道を使うには何をさせられるんだ?!」

「馬鹿っ!夜一様だっ!気をつけろっ!国中の狢道を繋げる妖力を持っている大妖様だ、聞かれたらどうするっ!」


「そうだ、同じ妖狸とはいえ警戒は必要だ。で、代償は何だと言ってた?」

「特に無いらしい」

「馬鹿なっ!眷族にしない上何もない筈無いだろっ!?何の利益があるってんだ!」

「本当だ。ただ今まで通りこの山の狢道は儂等が作らなきゃならん。それを他の道と繋いで下さるそうじゃ」


「ふん、要は俺等の力が必要って事じゃねぇか」 

「そうじゃ。儂等も力を提供する、それが代償じゃが対等ともいえる。他へ行き来出来るようになると随分助かる」 

「繋ぐべきだ。食べ物が無い時探しに行ける」

「私も賛成!都に行ってお買い物できるもの!」


「待て待て、慌てるな、もう少し慎重に検討しよう、他に意見はないか?」

「そうだ、俺達が行けるって事は余所者も来るって事だ」


こんな調子で狸達は喧々諤々(けんけんがくがく)連日会議をし、今夜その大妖が来るというのでオコジョはどんな奴なんだろう、と楽しみにしていた。


狸達が一同集まり、皆興奮と不安の入り混じった顔で待っている中、夜空から人が降りてきて皆驚き見上げた。


「集まっているようだな皆の衆、わしが夜一だ」


てっきり大狸が来ると思っていた狸達は、現れた派手な着物を着た夜一の姿に驚き言葉を失いただ見上げた。


「じじ様に挨拶するでち!!」

腕に抱かれている子狸が怒り狸達は、はっと我に返り皆一斉に跪き、オコジョも自然と同じように頭を垂れていた。


「突然縄張りの道を繋げないかと言われてもよくわからんだろ。お前等の不安もわかる、今日はわしの狢道へ入れてやるから実際に見てみろ。入りたい奴はついて来い」

夜一はぱちん、と指を鳴らすと木の葉が舞い上がり狢道の入口が現れた。


「俺は行くぞ‥‥!」

「お前は来るな、俺に何かあった時は子供達を頼んだぞ!」

半数以上の狸が夜一の後に続き中へと入り、オコジョも興味津々で中へと入った。



◆◆◆◆


狢道の中へ入った狸達は出て来ると興奮した様子で話しだした。


「そうか!襲われた時の逃げ道だけじゃなく、この道を使って商売が出来るんだ!」


「中でも外でも狢道を使って商いをする場合、上りの三割を利用料としてわしに納めてもらう」

「さ、三割?!人間の市場は折半、安くて四割だぞ?!」


「一律で全て三割。たまに開く狢市も同じだ。狢道に面倒な関所は一切ねぇから充分儲けが出るぞ。わしは酒を作っていてな、米を持ってきたら買い取る。その場合も三割引いて支払う」


狸達は興奮し話しており、輪に加わっていないオコジョは不意に顔を上げ夜一と目があった。

じっと見つめられ、オコジョは汗をかくが夜一はにっと笑い子狸のオコジョに近づいた。


「面白ぇのが居るな」

「‥‥っ」

「若ぇのに大したもんだ」

バレてる。だが怒っていないようで、褒められたオコジョは目線を逸らしたまま何故か言い訳をした。


「‥‥いえ‥、大禍時になって妖力(ちから)が強くならないと化けられないので‥‥」

「お前ならいつでも化けれるようになるさ」

「本当ですかっ?」

「ああ」


「わ、わちは化けれるでちっ!じじ様、化けれるでちっ!」

子狸を褒める夜一に連夜は慌てて言い、夜一は笑った。

「こいつはわしの孫の連夜だ」

「連夜でち!」


「あ‥、‥‥‥黒檀(こくたん)‥です」

オコジョは言い淀み少し小さな声で言った。

「黒檀、良い名だ。お前に似合いだ」

黒檀は驚き顔を上げ夜一の笑顔を見つめた。


「夜一様!我等の狢道も傘下に加えて下さい」

「もう決めたのか?じっくり考えて構わねぇぜ」

「いえ、是非」

「わかった、じゃあこれから宜しく頼む。此処の入口は‥‥全部で五つか」

夜一は懐から木の葉を一枚出し投げると狸の石像が現れた。

『おおっ!』


「入口の目印に石像を置くから妖力(ちから)の弱い奴は此処で念じな、手形がありゃ入口が見える。今後繋いだ狢道に入るにはわしの手形が必要だ。わしの許可がねぇ奴は入れんぞ、許可した奴は出入り自由、その為の手形だ」

「‥‥っ!」

夜一は黒檀を見て言い、黒檀は俯いた。


「わしは他の入口に石像を置いてくる、手形を全員に渡すから集めておいてくれ」

「承知しました」

長の狸が頷くと夜一と連夜は狢道に消え、狸達はわっと歓声を上げた。


「ここの木の実を都に持っていけば売れるんじゃないか?!」

「いや、半日で都に行けるんだぞ?!魚や果物が傷まないで売れるって事だ!」

「お前達それより今此処に居ない者を集めるんだ、夜一様が戻って来てしまうぞ」


俯き興奮している狸達から離れ、一人になるとぽんっと変化をといた黒檀の耳に夜一の言葉が残っていた。

俺は狸じゃ無い。釘をさされた。


____わしの許可がねぇ奴は入れんぞ


「‥‥‥別に、困らねぇし。羨ましくねぇぞ!」

狢道の中で初めて見た屋台や駕籠かきの狸達は楽しそうで黒檀はぶんぶん首を振ると走って行った。




後世ごせ あの世

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