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連夜と夜一  作者: anemone
13/21

狗神 5



再び意識を取り戻した結紀は意識が戻った事を死ぬ程後悔し絶望した。

目の前には土が、地面があり首から下が全く動かない状況を理解し嫌な汗が伝う。


「どうだ、指一本動かせねぇってのは」

「き、貴様‥‥っ!」

「そのまま耳に粘土を詰めて目隠しすれば、放っておいても三日ともたず発狂するらしいぜ」


自分を見おろす夜一の淡々とした表情に結紀は必死で恐怖心を払う為に状況を把握しようと努める。

だが土に圧迫され怪我が酷く痛み、全く身体が動かない重圧と苛立ちが恐怖となり結紀を襲う。


‥‥確かにこの上耳を塞がれ目隠しまでされたら‥駄目だ、そうではない、周りを見るんだ!

先程居た場所とはまた違う___何処かの山中か?

濃い緑の匂いと木々が見える。


まだ夜だがあれからどれ程刻は過ぎている?一日経っているのか?だが腹も空いていないし身体の痛みから然程経っていないのでは‥?此処は何処だ?!

兎に角情報を得なければ‥‥!


「わ、私をどうするつもりだ、狗神と同じ目にあわそうというのかっ?!」

「わかってるじゃねぇか」

結紀は首だけ出して山の中で埋められていた。


「何故だっ、鬼人、貴様は関係ないだろうっ!私に何の怨みがあるのだっ!此処は何処だっ?!私をここから出せっ!!」

「わしを式神にしようとしたのをもう忘れたか」

夜一は懐から煙管を取り出し側の岩に腰掛けるとふう、と煙を吐き出した。


「貴様に従うだけの奴隷にしようとした奴を見逃す程わしは呑気じゃねぇ」

夜一の淡々とした口調を結紀は怒鳴られるより恐ろしく感じる。


「く‥‥っ、ち、力だけは持っている癖に使い方を知らない、頭の悪い妖どもを制御しその力を正しく使ってやるのだっ、私は世の為人々の為行っている!それの何が悪いっ!」


「正しい?あの犬は何をして狗神にされた。己が力を得る為に無理矢理他人の命や生を奪ったたけじゃねぇか。呪われた阿波座屋だって何をした?懸命に真っ当な商売をしてただけだ。他人の力や金を欲しがり、ただ奪う為に平気で殺す盗人(ぬすっと)が綺麗事ぬかすんじゃねぇぞ。


まぁ良い、貴様が言うようにわしら妖は頭が悪い、小難しい話は面倒だ。貴様は弱いからわしに殺される。それにわしは用心深い、万に一つでも孫が攫われる事のねぇよう式神を欲しがる陰陽師は殺すと決めている」


「わ、わかった、貴様と貴様の孫には手を出さない、約束する、だから」

「信用すると思うか?わしの顔や名前を、孫がいる事を知っている貴様を逃す理由が何処にある」


「た、頼むっ、わ、私は廃業する‥‥っ、結紀家は廃業し陰陽には二度と関わらない‥っ、約束する、この通りだっ!!命だけは助けてくれっ」

「狗神を元の犬に戻せ、なら考えてやらなくもない」

「そ、それは‥っ」


「あいつは狗神なんかにされちまってこれから一人で長い生を生きなきゃならん上に、十数年で子が自分より先に死ぬのを見届けなきゃならねぇ。それがどれほど辛いか貴様にはわからんか。わしなら、わしの孫が死ぬのをただ見てるしか出来ねぇなんぞ考えただけで怒りで頭がおかしくなるわ‥‥っ」

「っ?!!」


ごうっと夜一から妖力が溢れ、怒りを含んだそれは直接触れていないのにあてられただけで結紀の顔にチリチリと痛みを与えた。


「い、痛いっ!!な、何だ?!土の中に何が‥っ!」

夜一は落ち着く為に煙管を深く吸い、煙を吐き出すと火を落とし立ち上がった。


「土の中だけじゃねぇぞ、此処には獣から妖まで色々居る。大方わしの妖力(ちから)にあてられた妖虫が、恐ろしくなって貴様の身体の中へ逃げようとしているんだろ」


「なっ?!い、痛いっ!!止めろっ!噛むなっ」

「あと珍しいのだと鬼婆(おにばあ)も居たな」

「お‥鬼‥(ばば)だと‥?」

「そこそこ強い、結構な(かず)人を喰っているからな」


「ま、待て、待ってくれ、頼む‥っ!」

「鬼婆は人の血の匂いに敏感だ。さっきのわしの妖力(ちから)で貴様の匂いが広まったからそろそろ気付いたんじゃねぇか?」

「やめてくれっ!!頼むっ!置いて行かないでくれっ!謝るっ、だからっ、助けっ、嫌だっ!!」


結紀はもうなりふり構っていられず泣きながら叫ぶと夜一は静かに、と唇に指を一本立てた。


「___っ?!」

「聞こえるか?______鬼婆の足音だ」

ドスドスと身体の大きさを思わせる足音が聞こえ、結紀は必死で逃げようとするが首をひっくり返った亀のようにただ四方へ伸ばすだけで全く動けない。


埋められ圧迫されているせいか、恐怖のせいかうまく息が吸えずはっ、はっ、と息が上がり苦しくなり短い呼吸を繰り返し必死で息を吸い涙を流した。


「此処に住む鬼婆は昔人間だったが陰陽師に騙され呪物を食べさせられて鬼婆にされた。

挙げ句子供を人質に面布式神にされてな。陰陽師が死んで漸く自由になったがもう何も覚えちゃいねぇ、貴様の言う頭の悪い妖になり人を喰うようになった」

「わ、わるっ、私がわる、嫌だっ!頼むっ助けてくれえっ!!」


「何も覚えていねぇが陰陽師と同じ人間の男だけ喰うんだ。世の為妖を正す貴様なら式神に出来るだろ。____ああ、これがねぇと何も出来ねぇな、返してやる」


夜一は懐から焦げ跡のある人形代(ひとかたしろ)を一枚取り出すと、結紀のおでこに目印のようにペタリと貼り、くるりと背を向けると歩き出し結紀は声の限り叫んだ。


「い、嫌だっ、助けてくれっ!!頼むっ!!!私が悪かった!もう二度と妖には関わらないっ!金でも何でも‥‥私の持ってるものなら全て渡すっ!だから命だけは‥‥っ!!」



夜一は振り返る事なく闇に消え、姿が見えなくなっても必死で逃げようともがいている結紀の頭や顔にポツ、ポツと水が落ちてきた。


「はっ?!___あ、雨?‥‥あ‥雨が降れば土が緩み‥‥っ!」

雨が降れば水分を含み土は緩むし流れる、逃げられるぞ‥!土砂降りに降り注いでくれ!結紀は希望を胸に夜空を仰ぎ見た。



「____ぇ?」

結紀が最後に見たのは雨が降ってくる天ではなく、自分を見下ろし大きな口を開け涎を垂らす恐ろしい鬼婆の形相だった。




◆◆◆◆



「‥‥風香堂さんが___」


「ああ、唆されたかもしれんが陰陽師の口車に乗って狗神を作ったからな、風香堂はもうお終いだ。言っておくが下手な仏心出して関わるんじゃねぇぞ、わしは狗神と構える気はねぇからな」

「はい、肝に命じます」


朝になり、朝餉が済んでから事の顛末を聞き満月堂と阿波座屋はしんみりとした顔で頷いた。


「夜一様此度は助けて下さり誠に有難う御座いました。私で御恩返し出来る事がございましたら何でも致します故、どうぞ御命じ下さい」

「わしの遣いが来た時は菓子を融通してくれ、売り切れるのが早いらしいからな」

阿波座屋はそんな事いつでも、と驚き夜一を見つめたが再び手を付き深く頭を下げた。

「___畏まりました。いつでもご用命下さい」


「じゃあ世話になった、連夜帰るぞ」

「はいでち!」

幼子姿の連夜を夜一は抱くと立ち上がり、阿波座屋は大きな風呂敷包みを差し出した。


「御荷物になりますが、どうぞお仲間皆様と召し上がって下さい」

「ありがとうよ、ではまたな」

「ばいばいでち!」

お土産に沢山の饅頭を貰い、帰る連夜と夜一を満月堂と阿波座屋の二人は深く頭を下げ見送った。




夜一達が帰った翌日の大禍時、大和貝紫に狂人の通り魔が現れ、男は店の戸口を閉めていた風香堂の先代を刀で切りつけそのまま店に押し入った。


刑部省が駆けつけた時は既に遅く、店の奥の屋敷の中は血の海といった凄惨な有様で、風香堂の家の者は現当主以外子供に至まで全員切り刻まれ殺されていた。


狂人は大変な力持ちであったらしく、大きな身体の風香堂を肩に担ぎ血塗れの姿で都を出て行ったが狂人の身元はすぐに割れ、陰陽家の結紀家に連なる者は全員連行された。


目撃者の話から狂人が狗神憑きである事はすぐに看破され、陰陽寮に勤めていた当主が呪詛を行った証拠の書き物や札、書物が結紀家から次々と発見されたが犯人である当主が行方不明の為祖父から子に至まで容赦なくひと月にも及ぶ拷問の末、大門の外で晒し首にされた。



首が晒されて幾日か過ぎた頃、酷く汚れ獣のような姿と臭いの男が夜陰に紛れて一番小さな首を手に泣き崩れていたが、暁の頃ピタリと泣き止むと立ち上がり、抱いていた首を投げ捨てふらふらと笑いながら何処かへと歩いて行った。



それから狂人となった具岱、連れ去られた風香堂、そして陰陽師であった結紀の姿を都の人々が見る事はなかった。


陰陽寮の役人が呪詛を行った為陰陽寮は狗神について箝口令を敷き、表向きただの狂人として扱ったが時既に遅く都の人々の間でひそひそと狗神の恐ろしさは語り継がれる事となった。




おまけ


「‥‥すぴ〜すぴ〜‥むにゃ‥朝でち‥?」

「目ぇ覚めたか?」

「じじ様‥!おはようでち!」

「ああ、おはようさん」

目が覚めると連夜は夜一の着物に包まれ膝に抱かれており、最高に幸せな気分で目覚めた。


「むふーっ、じじ様‥‥、じじ様のお膝で寝るのは久しぶりでち。あったかいでち‥っ」

連夜は嬉しくて夜一に甘え、顔をすりすりと擦り付けた。


「皆が来る前に顔洗ってきな」

夜一は膝の連夜にふう、と煙を吹き掛け連夜は狸から幼児の姿に変化し連夜ははっ、と思い出し顔を青くした。


「‥っは!じじ様ごめんなさいでちっ!」

「ん?」

「寝てしまったでち‥‥、狸に戻ったでち‥」

「よく頑張ったな、連夜。わしがお前くれぇの時は一日維持するなんざ出来なかったぜ。偉ぇぞ」

夜一は落ち込む連夜の頭を撫でた。


「‥‥じじ様怒ってないでち‥?狸に戻ったでち」

「怒らねぇよ、お前は頑張ったぜ」

「じじ様ーっ!」

「‥‥わしとしては狗神に火ぃ吐こうとした時に、こんくれぇ反省して欲しかったんだがな」

「‥‥顔洗ってくるでち」

連夜はさっと膝から降りると部屋を出た。


「都合悪くて逃げやがったな」



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