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連夜と夜一  作者: anemone
12/21

狗神 4



「う‥‥っ、つ‥‥、な、何が‥‥」

突然意識を失い、目を覚ました陰陽師の結紀は何が起こったのかわからず、辺りは真っ暗でよく見えなかった。


随分身体が、特に腹が痛い。隣には弟の具岱(ともたか)が同じように倒れており、目を覚まし上げた顔は腫れて口から血を流していた。


一体何が、先程迄阿波座屋の店前で狗神を_____

そこまで思い出し辺りを見て目を見開く。


ここは何処だ?!何が___

「がはっ!‥うぇ‥‥っ!!つ」

身体を起こそうと頭を上げた途端眩暈がし、結紀は口から血を吐き血の中には折れた歯が一本混じっていた。


「軽くしたつもりだったがそこまで弱いと思わなかった、中々目を覚さねぇから死んだかと少し焦ったわ」


痛みに口を抑えながら顔を上げ、涙目の視界がはっきりしてくると月明かりに自分を見おろす男の顔が見えたがまるで見覚えがなく益々混乱する。


だが男の背後にいる狗神を見て結紀は自分の企みが失敗した事を悟り顔色が変わった。


あの男は誰だ?何故男に憑くように狗神が‥‥だがあの男の顔は狗神憑きの顔ではない、まさか陰陽師か??狗神を式神に?横取りされたのか?!それとも狗神作りがバレて陰陽寮が動いていた?!


だがあの様な男、陰陽寮にはおらんっ。見た事がないっ!それに狗神の顔に面布(めんぷ)はない、陰陽寮以外の者に、いや、陰陽頭以外に面布なしの式神等()()()()()()()()!?


結紀は現状を把握しようと必死で思考を巡らせる。

辺りは何もない平野で都でないのは明白だ。

此処は何処だ?どれ程刻は過ぎている?!


ちらり、と弟の具岱を見ると狗神を見て青い顔で震えており内心舌を打った。


妖一体ごときであれ程震えおって小心者め‥‥!

いずれにせよ、あの男を殺してでもこの場を逃れるのが先決だ。失くしていないと良いが____陣があれば予定通り狗神を確保出来る。

狗神さえ抑えれば此方は私と具岱二人に人形代(ひとかたしろ)もある、男一人どうにでも出来よう。


腹を抑えるふりをして懐を確認すると痛みを堪えて叫んだ。


「貴様陰陽師か?!何処で知ったか私の狗神を横取りするとは許せませんっ!」

素早く懐から紙を数枚取り出し投げるとぱん!と手を打ち印を結ぶ。


「い、いけませんっ!兄上っ!!」

善無畏三蔵(おんしゅだしゅだ)式紙よ、急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


呪文や記号の書かれた数枚の人形代(ひとかたしろ)の札は一列に並ぶと飛び、折り畳まれていた大きな紙を夜一と狗神に向かって広げ、書かれていた陣が光る。


だが術の発動を見て思わず笑みを浮かべた結紀の顔を陣の裏側から出てきた鬼の腕が殴り、後ろへと倒れると陣の紙はぼん、と煙となり消え人形代は燃え滓となった。


「兄上っ!!?」

何が起こったか理解出来ず、顔を抑えて何とか身体を起こした結紀を庇うように駆け寄った具岱は夜一達に土下座し頭を下げた。


「どうかっ!どうかこの通りです!お許し下さいっ!」

「き、貴様何を言っている?!あの狗神は私のものだっ!!横から掠め取った盗人に何故頭を下げるっ!!」

怒り怒鳴る結紀を具岱は驚き眉を顰め、まるで異形の者でも見るように驚いた顔で見つめた。


「兄上何を‥?まさかっ、兄上にはわからないのですかっ?!」

「兄?すると貴様も陰陽師か」

「妾の子であるそいつが陰陽師である訳がないだろ、我が結紀家を継ぐのは嫡男である私だっ!そいつに陰陽師の才等あるものかっ!」

「ほう___」

夜一が見ると具岱はびくり、と視線を逸らし震えた。


「狗神を仕込んだのは貴様か?何故阿波座屋を狙う」

「わ、私ではありません‥‥っ、狗神様を作ったのは風香堂の主人です‥‥」

「風香堂?誰だ、そいつは」

「‥‥都にある阿波座屋と同じ和菓子屋です」


夜一は、はーん、と首を軽く傾げた。

「阿波座屋の人気を妬んでの仕業か。で?何故仕込んだ風香堂でなく貴様等が狗神を迎えに来た?野良にして___式神にしようって腹か」

「‥‥その通りです」

 

震える声で観念したように質問に答える具岱を、顔を抑えながら睨む結紀に夜一は顔を向けた。


「式神が欲しくて狗神作りを風香堂とやらに唆した貴様が首謀者だな」

「そこまでわかるとは、やはり貴様も陰陽師だな?!何処の家だっ、名を名乗れっ!」

「こんなわしが誰かもわからん暗鈍が陰陽師とは警戒し過ぎたか?近頃のは随分質が落ちたな」

「なっ?!」


馬鹿にされ結紀はかっとなるが、自分を見下ろす夜一の赤い瞳が光りぞわり、と悪寒がした。


「あ、兄上っ!その者は人の身ではありません‥っ!」

「は‥‥っ!あ、妖‥‥っ!?」

「漸くわかったか」


「夜一様よ、俺様にもわかるよう教えてくれ」

狗神は夜一に言い、その様子を結紀は驚き凝視する。


狗神は決して弱い下級妖ではない。その狗神が様と呼び大人しく従って‥‥赤い瞳‥‥もしや鬼人?!

鬼人など伝説級の妖、式に出来れば私が陰陽頭になるのは間違いない‥‥っ!


しかも夜一様と名を呼んだ‥‥っ!【夜一】なんて妖は聞いた事がない、間違いなくあの妖の()()だ。何て事だ!陰陽師である私の前で真名を呼ぶとは!あの妖を真名で縛り私の式に‥‥っ!!


結紀は目を輝かせ再び懐から札を取り出しばさりと投げ呪文と共に印を結ぶ。

「我が名結紀嗣胤(つぐたね)の名において夜一に命ずるものなり。夜一は我式神として契約し我が命に従うものとし___」


「無駄だ」


結紀の札は光り契約は成功するかに見えたが、夜一が呟くと札は一斉に光が消え黒い炎に焼かれた。


「な?!何故だっ!!何故っ!?」

夜一は指一本動かさずただ一言呟いただけで結紀の術も札も潰され力の差に愕然となる。


「真名縛りってのはな、名前さえわかってりゃ出来る訳じゃねぇ。縛り使役するにゃあ妖に勝ち力を示さなきゃならん、でなきゃ従う道理がねぇ。妖に勝って認めさせて初めて縛れる、手前より弱い奴に従う筈ねぇだろ。わしの名を知ったからと浮かれ過ぎだ」


「く‥‥っ、」

「お前はこの陣で狗神を捉え、期限が来たら解放する条件で()()()()にするつもりだったんだろ。貴様等陰陽師は妖を見ると己の式神にする事しか頭にねぇ、道具としかわしらを見てねぇクズだ」


夜一は木の葉を投げるとぼん、と現れた焦げ跡のついたぼろぼろの紙が結紀の目の前にぱさりと落ちた。


結紀は目の前の自分が書いた陣を見つめぎゅ、と地面についている手を握り締め震えた。


陣はいつの間にか、恐らく気を失っている間にすり替えられ、人形代も札ももう無い。

手札が何も無い状態で鬼人と狗神、この二体を相手にどうすれば此処を切り抜けられる?!


特に問題は鬼人だ。底が見えない上に陰陽師にやたら詳しく明らかに敵意を持っている。具岱には殆ど興味を示さないが私に向けられる殺意からして間違いない、どうにか逃げなくては___!



「狗神、直接手は下してねぇが貴様を殺し今回の絵を描いた黒幕はこいつだ。貴様を自分の式神にするのが目的だ」

「何だとっ?!!」

狗神はぶわりと雲が大きくなり、結紀を睨み牙を剥いた。


「だがさっきこいつはわしを縛り式にしようとした。こいつはもうわしのだ、譲らねぇぞ」

夜一は狗神を睨み、狗神も夜一を睨んだが狗神はふと具岱を見た。


「あれも夜一様のか?」

「いや、あれは陰陽師じゃねぇしどうでも良い」

「ならあれは俺様のだ!!あいつも手を貸し加担したのだ!わしのものだ!」

「ああ、好きにすれば良い」


狗神は舌をペロリと舐めるとニヤリと笑い、具岱は自分の末路が恐ろしくガタガタと震えた。


「お、お許し下さい‥っ、お願いです、お許し下さい‥‥っ、貴方様を祀り一生供養致しますっ、どうかっ!」

具岱は泣きながら土下座をし、狗神は具岱に近づくと覗き込むように顔を近づけた。


「俺様は懇願する事すら出来なかった、何故許さねばならん?」

「わ、私には‥幼い息子がおります‥‥っ、どうかお慈悲を‥っ!息子にも代々貴方様を祀り供養するよう___」


「そうか、息子が居るのか‥‥。ならば俺様の頼みを聞いてくれるなら許すぞ。

_____俺様を元の身体に戻してくれ」


一瞬希望が見えた具岱はヒュッと息が止まり、色を無くして固まった顔に狗神はくっつきそうな程近付き、俯かないよう髪を掴み顔を上げさせた。


「俺様にも息子が居るのだ。まだ幼く心配で仕方がない。散々苦しまされ殺されたのが息子達でなく俺様で良かった。これは心から本心だ。だがこのような祟り神の身ではもう息子達を抱く事も触れる事も叶わん。貴様も親ならこの悔しさ、哀しさをわかってくれるだろ?」


目を覗きこみ、逃がさないとばかりに間近で言う狗神の怒りに具岱の身体は震え、噛み合わない歯がガチガチと音を立て始める。


「息子達も突然俺様が居なくなり心配して寂しがっておるから帰りたい。息子達と今まで通り暮らしたい。俺様の望みはそれだけだ。だから元の身体に戻してさえくれればあれだけの目に遭わされ殺された怨み、水に流してやる、寛大であろう?


____それが出来ぬなら、俺様を甚振り、殺した俺様の怨みは貴様に!親を殺された息子達の怨みは貴様の息子に晴らさせて貰うっ!!」


狗神は叫ぶと黒雲となり、具岱の口から無理矢理身体の中へと侵入した。


苦しみ涙を流しながら喉をかきむしり、黒雲が全て入ると具岱は白眼をむいたままパタリと糸の切れた人形のように倒れ込んだ。


「?!!と、具岱?!」

「何呑気に見てやがる、貴様もだ」

結紀は夜一に腹を蹴られ更に肋骨が折れ意識を失った。





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